Dendrodium とりとめのない話

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成果主義の行き着くところ 

お金に使われる人間によって人類は滅びる?にも書いたことだけれど、陰極陽転・陽極陰転の原理によって、現代社会は行き詰っているのかものかも知れない。

資本主義社会は成果主義主義社会でもあり、
成果を上げる事によって幾らでも出世も出来れば裕福にもなれる。
封建主義社会と較べたら、努力の人にとっては夢のある素晴らしい世界であった。

資本主義の下現代社会は100年前には想像さえ出来なかったほどの、便利で豊かな世界になった。
各企業は科学技術の発展を実用化しそれを大量生産して、庶民までその恩恵に浴する事が出来る社会になったのであった。

私達は今当たり前のようにテレビやパソコンを見、携帯電話を使っている。
60数年前にはテレビは愚か冷蔵庫も洗濯機も掃除機も、ごく一部のお金持ちの家にしかない、夢のような文明の利器であった。
40年位前にはクーラーが庶民の間でもボツボツ利用出来る様になったが、
クーラーは今のように一家に何台も、部屋ごとにつけるなど思いもよらない高価な物であった。

それがクーラーとヒーターが一緒になったエアコンという物が大量生産されて、
現在は今よりずっと貨幣価値の安かった頃の半値か、3分の1の値段で買えるようになっている。

電気製品一つをとっても、ここまで普及出来る様になるまで、電機会社の従業員のたゆまぬ努力があったお陰だろう。
このたゆまぬ努力は成果主義の下に、関係者皆が夢を持って努力出来たたお陰だろう。
つまり資本主義の成果主義は、今の便利な世の中を形成するのに大きく貢献した、貴重なものだったと思う。
その頃の私達は科学技術の発展は、人類を限りなく幸せにしてくれるものだと信じきっていたものだったが・・・・・

しかし資本主義の成果主義は、人間が求める限りの進歩、進歩の頂点に達するにしたがって、負の面の方が強くなって来る。

消費者ががこれ以上の発展は必要ないと思う様になっても、
会社は更に発展する事を求め、従業員に案を出すように要求する。
成果主義とはこの期待に答えられる者が出世できるシステムだから、皆競って会社が儲かる方法を考える。

或時まではまともな発案で会社は順調に発展できたけれど、
もうまともな案は出尽くしてしまった時、更に発展する為には、
まともでない案でも採用するしか、業績は上がりようがない時代となって来た。

資本主義は行き詰ったから、社会主義を取り入れる事にすれば良かったのだろうけれど、
チェルノブイリ原発に事故が起きたソ連が崩壊し、
世界は社会主義より資本主義のほうが良い主義だと言う事になってしまった。
進歩の余地のある間は資本主義のほうが優れていたかもしれないけれど、
進歩が頂点に達してからは、
資本主義は金権主義に様変わりしてしまった。

儲かりさえすれば何でもするという身も蓋もない、破廉恥な主義になってしまったのであった。

企業の従業員が成果主義の下、自身の出世をかけて業績を上げる為に出す提案は、
其れまで公害対策に使っていたお金とか、食品添加物の規制の為に余分にかかっていたお金など諸々のお金を、節約するしか方法がない時代になった時、
企業戦士の出す提案は、政府に規制を緩めさせる事が主になって行ったのではないだろうか?

民主主義の下、国民の福祉の為に決められていた諸法律を、
大企業が資金力にものを言わせて政治家を買収し、
企業利益につなげるように変更するようになった所謂民主主義国は、
国民がうっかりしている間に、
民主主義国ではなく金主主義国に変えられていたのだった。

企業戦士も一国民であり、公害を受けたら体を壊す筈なのに、
只ひたすら企業戦士として、会社の利益を増やす事に邁進し、
自分たちの環境を悪化し、体に悪いものを含む食品を、外国だけでなく自分の家族を含む自国民にも押し付ける努力を続けている。
遺伝子組み換え食品しかない世界になったら、自分達も遺伝子組み換え食品しか食べられなくなるというのに、
企業戦士には会社の業績を伸ばす事にしか注意が行かない様である。

今書いたことはほんの一例に過ぎないが、かくして各業界各分野にわたって、政府を抱き込んだ荒稼ぎが蔓延し、
企業は資金力の使い場がないほど肥え太ってきた。
人の欲には限りがないもののようで、企業戦士たちは競って悪巧みを練り、
人類にとって害になる事を普及させる事に、現を抜かすようになってしまった。

彼等の欲は、民主主義国の中に自分たちの有害製品を規制対象にしている国があることだけでなく、
その国の一般庶民が小金を持っている事も我慢できない所にまで、来てしまっている様である。

今問題になっているTPPにしても、米韓FTAにしても、
企業がその国の法規制を免れる目的とか、
その国で小金を持った者から総てを巻き上げるのが目的で、推進されているものが多いようである。

資本主義は初め頃は民主主義を推進して、大勢の消費者を作りたがっていたが、
今はその民主主義が邪魔になって来て、貿易協定の名を借りて民主主義破壊に乗り出している。

彼等の目標はニューワールドオーダーと呼ばれる新世界秩序であるらしいが、
新世界秩序が彼等の望み通りに完成し、
原発やモンサントの農薬への規制等を、一切心配しなくて良い世界になった時、
一時は彼等の業績は上がるのかもしれないが、
そのうち原発事故や放射性廃棄物対策で思わぬ出費が掛かり、
その損害を負わせ様にも国民に納税する力がなくなっていたら、
後始末を国民にさせる事も適わないという状況になっているかもしれない。

又モンサントがきつい農薬とか遺伝子組み換え植物を、各国に押しつけ放題になった時、
害虫だけでなく、農業に欠かせないミツバチまでも死滅させてしまったら、
流石のモンサントでも製品を作る事が出来なくなり、
人類だけでなく一切の生物が、植物から食品を得ることが出来なくなってしまうかもしれない。

彼等の目指しているのは死の世界ではなかった筈なのに・・・・・

民主主義国の政府は誰の為にあるの? 

今朝の京都新聞一面トップは
「成長戦略に原発再稼動」
   経済界などに配慮
と言う見出しであった。

政府が配慮するのは経済界(財閥)に対してばかりである。
経済界と言っても、下請け企業などの中小企業に対しては、余り配慮していないようである。
下請けが払った消費税を親会社が、輸出払戻金として受け取っているのをしっていても、
大企業にそれを中小企業に返しなさいと言う指導をする気は全然ない。

それどころか昨年消費税増税を野田政権が決めた時、自民党も此れに協力していたが、
消費税の払戻金欲しさの財閥の依頼を受けての、消費税増税であったと考えられる。
毎年何千億円もの消費税の払戻金を得ている企業が、
消費税率が倍になったら払戻金も倍になるだろうとの皮算用で、
消費税増税を政府に働きかけていたのではないかと思われるのである。

政府(官僚を含む)は財閥の希望なら何でもすぐに聞こうとする体質があるようで、
官僚にとって消費税増税は長年の課題だったそうである。
消費税増税が財政再建の為でなかった事は、
今年になって財政再建を更に不可能にするようなアベノミクスなる政策を、
消費税増税をスムーズに行う為に安倍政権は強行している。
(消費税増税の条件・2%の経済成長を満たす為)
そして官僚もマスコミも此れに対して、反対を表明していない。
マスコミはアベノミクスという称号を付けて、鳴り物入りで褒め称えている。

原発を再稼動する事の何処が成長戦略だろう!
もう頭打ちである事が証明されている原発に、しがみ付いている電力株の持ち主達を守る為だろう。
原発を止めたら電力会社は軒並みつぶれてしまい、
電力株を持っている資本家が大損をする恐れがあるから、
どんなに危険でも不経済でも一切構わず、原発を再稼動しようとしているのであろう。

もし政府に成長戦略を選ぶ気があるなら、
再生可能エネルギーの開発に向かうべきであろう。
この分野はこれからの分野だから、
幾らでも成長が見込めるはずである。

安倍政権は成長戦略と言いながら、
経済の停滞戦略を選び、
保守と言いながら、
憲法をぶち壊し、主権を国民から略奪して、TPP参加で財閥に売り渡そうとしている。

主権者の変更を企てている事を、革命を目指しているというのではないのだろうか?
日本の主権者は国民であって財閥ではない。
安倍総理は「民主主義国の総理大臣は誰に仕えるべき者であるのか」と考えられた事がおありなのだろうか?



これからの日本人は・・・・・ 

独りファシズム5月18日の記事に下記の記述がある。

おそらく国家崩壊の回避は、2001年の特殊法人改革が最後のチャンスであったのだけれど、小泉純一郎は当時すでに400兆円規模の負債を抱えた外郭団体群を統廃合することなく、むしろ独立行政法人化によって官吏の権益を強化したわけだ。そのうえ彼は翌年の「内閣総理大臣指示書」において、福祉、教育など国庫負担事業の縮小・廃止を明記するなど、破綻者ぶりを存分に発揮している。

これにより租税収入の全額を上回る金を、官製経済に投入するという破滅的システムは存置されたのであり、つまりノーメンクラツーラ(特権官僚)とグローバル資本の二者によって国家資本が略奪され、原発事故により国家体系が終焉するという、旧ソ連と同じプロセスを我々の社会は辿っているのだと思う。


小泉内閣は外国資本に日本企業を乗っ取りやすくする法整備をして、優良な日本企業を軒並み外国資本に売り渡してしまっただけでなく、
日本の財政を破綻させる政策を、阻止するどころか容認し助長させたのだった。

こんな小泉政権を嘗ての私は、マスコミに操られるまま信じていたのだった。
目の前にこんなにも理不尽な事が続出していても、未だに政府マスコミを信じている人々も、
嘗ての私と同じなのかもしれない。

一口に官僚と言っても、立派な人も大勢あるのだろうけれど、
悪貨は良貨を駆逐すると言う諺どおり、
良心的な官僚は、強欲な官僚に駆逐されてしまったのだろう。
折角の優秀な頭を、国家滅亡に導く為に使ってしまった強欲官僚の中には、
今臍をかんでいる人も多いのかもしれないが、覆水盆に返らずなのかもしれない。

日本が総中流社会と言われていた時代、
今日本人にとって足りないものは「足りない事」なのではないかと言われていたものだった。
足りないものがないから、頑張りがない人間になると言うのだったと思う。
これからの日本人は、大いに頑張る人間に、変身するかもしれないが・・・・・

飯島参与の北朝鮮訪問の目的は? 

飯島参与、訪朝終え帰国へ「お話しすることできません」
 【北京=奥寺淳、ソウル=中野晃】北朝鮮を訪問した後、北京入りしていた飯島勲・内閣官房参与は18日朝、北京空港から帰国の途についた。飯島氏は北朝鮮滞在中に金永南(キムヨンナム)・最高人民会議常任委員長らと会談しており、帰国後の18日午後、菅義偉官房長官と東京都内で会い、訪朝について報告する。内容は九州を19日にかけて視察中の安倍晋三首相にも伝えられ、政権として今後の対応の協議に入る。

 飯島氏は18日、北京空港で報道陣の質問に対し「お話しすることができません」などと話した。


アメリカのデービース北朝鮮担当特別代表は、
飯島参与の北朝鮮訪問を「聞いていなかった」と言ってお怒りだそうだけれど、
安倍総理はアメリカの意向に逆らって、北朝鮮と密談する勇気を持っているだろうか?

飯島参与が北京経由で帰国したというのも、見方によってはアメリカを刺激しそうな行動であるが、
昨日付けの飯山一郎のブログで、眉につばをつけて聞くべきかもしれない情報を書いておられる。
もし此れが本当だったら、飯島参与が北京経由で帰国しても、何の問題も起きはしないだろうと思われるが・・・・・

(以下 飯山一郎のブログの複写)

◆2013/05/17(金) オバマが切るか? “めぐみカード”

いま、極東アジアの最大の関心は…、
「なぜ? いかなる目的で飯島氏は訪朝したのか?!」
ということだ。
じつは、謎が、もうひとつある。
それは4月14日、ジョン・ケリー米国務長官が初来日した際、
会談内容が全く不明な安倍首相との「サシの会談」のあとに、
横田めぐみさんの両親と面会していたこと。
これも極秘面談だったが、ケリー国務長官が「めぐみカード
に関与しはじめたことは間違いない。
(そうでなかったら横田ご夫妻には会わない)。

いっぽう、韓中日を歴訪中のグリン・デービース米政府特別
代表(北朝鮮担当)は、飯島訪朝を、「聞いていなかった!」と
大変な不快感を表明している。

同じく韓国政府高官も、「(飯島訪朝は)日米韓協調への助け
にならない!」と懸念を表明している。(16日)

これに対して菅官房長官は、「言っている意味分からぬ!」と
韓国に対して不快感を示している。(16日)

ケリーと会った横田ご夫妻は、飯島訪朝を控えめに歓迎。
中国政府も、日朝の「話し合いと意思疎通」を暗に評価。

以上、「飯島訪朝」は関しての評価は各者バラバラである。
とくに日米韓はバラバラである。意志の統一が取れてない。
アメリカも、もともと政府内部で戦争屋と平和屋の確執が激し
く、とくに日朝関係に関しては「日朝分裂を画策する」戦争屋
と、ケリーのような「平和屋」の路線が全く逆。バラバラ。

さて、結論を急ごう。(旅の途中なので…。)
「なぜ? いかなる目的で飯島氏は訪朝したのか?!」
丹東の情報筋(ユダヤ系)から、金虎(ゴールデンタイガー)氏が
聴取した話は…、
「北朝鮮のナンバー・ツー=金永南(キムヨンナム)最高人民会議
常任委員長が、飯島勲(子分)を呼びつけた。“めぐみカード”を
チラつかせながら…。」(飯島訪朝にケリーは同意している。)

金永南と飯島薫の会談には、宋日昊(ソンイルホ)日朝交渉担当
大使も同席していた。
会談のテーマが「拉致問題」、とくに“めぐみカード”だったから
である。
いま…、
中国(習近平&胡錦濤)と、米国(オバマ&ケリー)は、期せず
して“めぐみカード”を発動を画策しはじめ、極東アジアの政治
のダイナミズムを大変革させようとしている…。



時代が変われば未来は拡がる? 

米、デフォルト回避措置発動へ=債務上限到達目前で財務省
 【ワシントン時事】米財務省は15日、政府の借り入れが法定上限に達し、国債の元利払いが滞りデフォルト(債務不履行)の危機に直面するとして、17日に緊急措置を発動すると発表した。こうした措置で数カ月間、上限到達を回避できる見通し。その後は議会による上限引き上げのための法的措置が必要だが、与野党の溝は深く先行きは不透明な情勢だ。
 緊急措置は、州・地方公共団体支援のための財務省証券の発行を停止するもので、債務の増加を抑えるのが狙い。最近では2012年12月にも発動された。(2013/05/16-08:28)


デフォルト危機回避措置発動を半年置きに繰り返しても、アメリカが破綻せずに済むのは、
アメリカが財閥にとって利用価値がまだあるからだろう。
財閥はお金なら幾らでも持っているから、アメリカ政府の破綻を先延ばしするくらい何でもないのだろう。

TPPを発動した後でアメリカがデフォルトしたら、
日本はTPPから外れる事が出来るのだろうか?
日本から搾るだけ搾り取るまでは、アメリカが破綻する事はないだろうから、
一日も早くアメリカが破綻したら良いのにと期待するなど無駄な事。

リーマンショックで禿げ鷹の一羽が死んだかと、当時の私は期待したのだけれど、
死んだのは禿げ鷹の一羽ではあっても、スケープゴートにされた鷹だけで、
金融業者は金融危機を理由にアメリカ政府(アメリカ人の税金)から、ガッポリ獲って焼け太りしている。
アメリカの弱体化で、日本の危機は納まるどころか、
更に獰猛になった禿げ鷹に日本は、遂に食い殺されかけている。
今の日本は死んだ振りをして、穴に篭っているのが一番なのかもしれない。

そういう意味では安倍総理の迷走は、日本にとって最悪ではないのかもしれない。

戦前は狭い日本では暮らせないと言って、日本人は大陸へ大陸へと生きる道を求め、中国人の迷惑も考えず突き進んでいた。
今の日本には原発がなかったら日本のエネルギーは二進も三進も行かなくなる等と、言っている者がいるけれど、
今朝の朝日放送モーニングバードの「そもそも総研」では、
日本国内に利用できるエネルギー源が何種類も眠っているという話を、実例を挙げて紹介していた。

戦後の日本が戦前に思いもよらなかった高度経済成長で、「大陸に攻め込んだりしないでも、狭い日本でも生きる道があったのだ」という事を実証したように、
「国内にある自然からの恵みを生かしたら、日本のエネルギーはそれだけで充分やっていけたのだ。」と
未来の日本人は実証しているのかもしれないと思った。

ちなみに、そもそも総研が紹介していた自然エネルギーは、
木屑を利用した発電・地熱発電・風力発電・水力発電・波力発電etcだった。

今日はこどもの日 

今日はこどもの日
子供の人口は1649万人になったそうである。
日本の人口は1億2780万人 (2011年)だそうだから、
大人が1億人強であるのと較べて、子供の人数がなんと低い事か!
政府は少子化対策を叫びながら、福島や周辺地域での放射能汚染から子供を守ろうという対策を殆どしていない。
放射能疎開させるにはお金がかかるから出来ないと言っているそうであるが、日本の実行予算は270兆円もあるのに、政府はその1%さえ子供の放射能疎開の為に支出しようとしていない。
そして、福島原発事故が起きる前には放射能汚染された食品として廃棄されていたレベルの食品が、普通に市販され子供の給食にも取り入れられているという。(こちら

こういう状態の中に国民を放棄している政府は、
恥ずかしげもなく諸外国に原発輸出を推進し、その尖兵にまでなっている。
東電福島原発事故で、原発の危険性が余すところなく提示されているというのに、
地震国であるトルコまで、日本から原発を買うと言っているとか(こちら
トルコでも反対運動が起きて、危険な原発を押し付ける国として、日本は憎まれる事になるのだろうな。

山田正彦のウィークリーブログによると
米国民は78%がTPPに反対であり、
アメリカでの報道と国民認識ではTPP参加は「日本の方から」求めてきている、と思っているのだそうである。

そして権限の無いオバマ大統領が、TPPの日本参加を交渉しようとしているが、
「これはおかしい」とテレビでもキャンペーンを始めたそうである。

日本人が本当はTPPに入りたくないのに、
「TPPに入らない」と言って、国民を騙して政権を取った現政権が、
国民の意思を無視してTPPに入ろうとしているのだという事が、アメリカ人の知るところとなったら、
日本はTPPに等、入らなくても済むのかもしれない。

こどもの日の今日こそ、
子供達の将来を本気で考えて、
政府は日本の軌道修正を実行してほしいものである。

お金に使われる人間によって人類は滅びる? 

東京や大阪では桜は満開を遠に過ぎているらしいが、
大津市では月末にやっと開花して、今日は五分咲き程度となっているが、
満開まではまだ日にちが掛かりそうである。
東北や北海道ではまだ雪が残っているところもあるようで、日本は狭いと言いながら結構広いのだな~と、改めて思わされる。

狭いのか広いのか今の日本では、飛行機を使わなくても、新幹線で東京まで約3時間、博多までも約3時間で行くことが出来る。
こんなに早く江戸と大阪を行き来できるとは、江戸時代の人には夢にも考えられなかった事だろう。
電話が出来た時にも、人々は驚いた事だろうけれど、
テレビ電話が出来るかもしれないと、夢物語のように語っていたのはほんの10年位前のことであった。
私達は科学技術の発達で、今夢のように便利な世界の住人となっている。
その科学技術の発達で、地球を生物の生きられない世界にしてしまいそうになってもいる。

もし今も物々交換の世の中だったら、物流はこんなに発達しなかっただろうから、
近代文明もこんなには発達する事は出来なかっただろう。
しかし現代人はいつの頃からか、お金を使うというよりお金に使われる身分になってしまっているように感じられる。
ある商品開発で成功しそれを商売にしてしまった時、
その商売を続ける為に、人にその商品を消費し続けて欲しくなるのは人情だろうけれど、
その商品が武器である時、事は恐ろしい方向に向かってしまう。

初めは国民を守る為に作られた軍隊であり軍備であったとしても、
新鋭の武器を創った甲斐あって戦勝国となった時、
喜びも束の間その国の苦しみは始まる。
一旦始めた武器開発は、戦勝の功労者であるだけに、戦争が終わったからと言って即座に廃止する事は出来にくい。
武器業者には今後何かの時に役に立つようにと、当然の事として武器の開発を続けさせる事だろう。

それから平和が何十年も続いたら、武器は必要ないという事になるから、
武器業者は自己存続の為に策を練るようになってしまう。
そのため考え出されたという東西冷戦で、
武器業者は戦争が無くても失業せずに済んできたが、
東西の緊張が解けて、武器業者に再び失業の危機が迫ってきた。

武器業者が存続する為に、戦争を画策する世の中となってしまっているとは、なんとむごい事だろう。
戦争とは人の大量虐殺を国家が容認する事である。
住宅や工場や学校やその他諸々の、人の役に立っている物を破壊してしまうことを、国家が容認する事なのである。
これでは保険金殺人を国家が容認しているのよりももっと酷い事になってしまう。
近代文明によってつくられた武器は、一度に何十万人でも殺してしまう恐ろしいものである。
無人の飛行機から爆弾を落として、殺人者は安全な所にいて、ゲームのように人殺しをする事もある、
戦争とは人として許されざる行為であると教えられてきた悪事を、
国家が強制して国民にさせることなのである。
これに逆らったらその人は愛国心に欠けると糾弾されるだろう。
もしかしたら監獄に入れられるのかもしれない。

元を正せば武器業者が戦争をせねば廃業になってしまいそうだから、
自分達の利権を守る為に、戦争をでっち上げたのであっても、
政治家が一味となっていたら、極悪人のほうが正義となり、
善良な人間の方が非国民と罵られる世の中になってしまう。
その戦争が武器業者がお金を儲けたい為、無理やり理由をつけて始められたものだった場合であったとしても、
国によって一旦戦争を始められてしまったら、国民にとっては万事休すなのである。
かくして人はお金に操られて、人を殺したり殺されたりの国にされ、地獄をさまよう事になる場合も出来てしまう。

近代文明の中にあっては、国が税金を出して何かを始めたら、
何が起きてもも引き返せなくなってしまうケースが何と多いことだろう。
道路や空港やダムを建設業者に請け負わせ始めたら、国には新たに創る必要がなくなっても、
建設業者や公務員(政治家を含む)は永遠に土木工事を続けたがり、
日本では税金を使って、自然破壊を続ける事になっていた。

福島第一で悲惨な原発事故が起きても、電力会社は既に造った原発を使い続けたくて、
地震国日本で安全確認など出来る分けがないのに、
安全確認が出来たと国民を騙し、使用済み核燃料の処理も出来ない現状を無視してでも、
福島原発をくすぶらせたままで、原発の再稼動を大々的に行おうと手薬煉引いている。
国土がどんなに放射能汚染されようが、国民がどんなに放射能で病気の危険にさらされようが、
原発村の住人達は一顧だにせず、ひたすらお金を追いかけている。

農薬を創り始めたのは、農家の労力を減らして上げる為だったのかもしれないが、
今や農薬業者は農薬を売り込むために、国を挙げて他国の農業に影響力を及ぼしている。
安い農産物で他国の農業を潰して、自社の農薬を使う農業を広める為に、
相手国の貿易協定を変えさせ、農薬の害悪を避ける法律も政治力で阻もうとしている。
強烈な農薬によって、地球環境は侵され、虫や鳥が減ってきても、農薬を売り続けるために、
農薬業者はあらゆる手段を行使し続ける。
これと言うのも、ひとえにお金を儲ける為。

お金によって人類は幸せを得たけれど、
お金によって人類は、地球を生物の住めない星にしてしまうかもしれない。

過ぎたるは及ばざるが如し
陰極陽転 陽極陰転


私達人間はお金に於いても、このことわざを思い出さねばならないのではないだろうか?

人がお金を使うのではなく、
お金に人が使われる様になってきたら、
どんなに素晴らしい発明品であっても、お金が人間を滅ぼしてしまうことになるかもしれない。

今こそ陰極陽転の時、
為政者はお金に使われるのではなく、
お金を使う人間になってほしいものである

地球挽歌を見て思ったこと 

地球ばかりが人の住む星ではない。
宇宙には数え切れないくらいに、生物が住む事の出来る環境の星があるそうである。
そんなに悲観することもない。
人生はいつかは終わるという事は初めから決まっていた事だったのだし、其れが何時来るかは誰にも分からなかった事なのだから、今の世の馬鹿な指導者達によって其れが早められたところで、50歩100歩だろう。

今度生まれる時には生物にとって害のある物質(放射能)に満たされたこの地球ではなく、
清らかな素晴らしい星に生まれる事が出来るかもしれない。
その時にはこの地球での過ちを教訓にして、もう再び過ちを繰り返さないように、自然を大切に慎ましい人生を送る事が出来るかもしれない。

然しながら今現在自分はまだ生きている。
この地球の恩恵を受けている。
どうせいつかは終わる人生なのだから、今後の世界がどうなるのか心配しながら、保身に汲々としているなんて馬鹿馬鹿しい。
保身等かなぐり捨てて、馬鹿な指導者達に物申して地球をまともな星にすべく、ひと暴れするのも一興かも。

どう死ぬかという事は、どう生きるかという事と同じ事である。
地球をまだ生きられる星にしておく為に、命を賭けるのも良いかもしれない。
それに折角こんなスリルに満ちた時代に生まれる事が出来たのも、何かの縁かもしれない。
正義を貫く戦いを思いっきりやってみるか。
安穏なだけの時代だったら、絶対に味わう事が出来なかったスリルを、味わう事が出来るかもしれないぜ。

なんて言いつつも、暖かい家があり大人しくしていたら、暫くは今日と同じように明日も安全に生きていけるとなると、
やっぱり今の生活を放り出す決心等出来はしない。
世界情勢についての自分の判断が、正しいかどうかだって分かりはしないのだから、
変な事をして人に迷惑を掛けるだけになってしまうかもしれないのだし・・・・・

かくして悪政は改められる事もなく、今日と同じように明日も大手を振ってまかり通るのだろう。
そして遂にはイースター島のように、地球もその歴史を閉じるのかもしれない。

志村建世のブログに面白い替え歌を書いておられる。
素晴らしい出来栄えに思わず口ずさんでいたが・・・・・

「戦友」の曲(ここはお国を何百里……)による替え歌

 地球挽歌

ここは何処かは 知らねども
今もただよう 宇宙旅
時も流れぬ 光速度
不思議にいのち 永らえて

思えば悲し 放射能
二十世紀の 大ニュース
キューリー夫妻に 見出だされ
人智の光と 祝うたに

晴れのデビューは 核爆弾
広島、長崎 焼き尽くし
それでも足りず 水爆へ
破壊と殺戮 かぎりなし

されば平和な 利用をと
辻褄合わせの 原発や
経済発展 第一と
後の始末も 考えず

折から起こる 災害に
人々ようやく 目を覚まし
これは子孫の ためならず 
脱原発の 声高し

それでも懲りぬ やからども
ことの大事を わきまえず
目先の金に 目がくらみ
ついに破綻の 大惨事

住めない世界 後にして
わずかに逃げた 背景に
地球ひとつが くるくると
回っていたも 情けなや
 
跡なく消える 人類の
はかない歴史 書きしるす
読む人のない 遺言に
思わず落とす 一しずく


アリモドキゾウムシの運命 

志村建世のブログの放射線による人類駆除計画は面白くも恐ろしい物語であった。
琉球新報に載ったアリモドキゾウムシという人間にとって害虫である虫を駆除したニュースを元にした想像である。

アリモドキゾウムシ根絶確認 
甲虫で世界初 
年度内にも根絶宣言
2013年1月11日
 那覇植物防疫事務所は11日、2012年6月から久米島で実施していたイモ類などの特殊病害虫・アリモドキゾウムシの駆除確認調査で、実質的に根絶を確認したと発表した。放射線を照射して不妊化したアリモドキゾウムシを大量に放つ不妊虫放飼法による甲虫の根絶は世界初となる。今後、農林水産省消費安全局へ報告後、省令改正などを経て早ければ年度内に正式に根絶が宣言される見込み。
【琉球新報電子版】


人間にとってアリモドキゾウムシは害虫であるが、地球の創造主(天・神・仏)にとって人間は害獣となってしまったから、
そろそろ人間を駆除せねばならないと、創造主は放射能を人間界にばら撒く事を思いつかれた。
放射能汚染された人間は、アリモドキゾウムシのように不妊になってやがて滅んでいく。

核の知識は放射能をばら撒かせる為に、創造主が人間に開放されたのだった。
これからの世界は原発の使用済み核燃料が、人間に対して猛威を振るう時代となるかもしれない。
人間に核の危険性への認識と生物全般への愛があるなら、人間はアリモドキゾウリムシの様に不妊化されて駆除される運命から逃れる事が出来るが、
核の危険性を軽視し利己主義に走るようだったら、全員駆除される運命に置かれている。

何代か後の世代まで生を受けることの出来た人間に、突然変異が起きて放射能をも取り込むことの出来る種類の人間が生まれる日が来る。
其れが新しい人類として地球上に繁栄する時代が、やがて来るのかもしれない。
自分の子孫が新世界に生き残るかもしれない微かなチャンスに賭けて、
今日も人間は子孫に富を残そうと躍起となっている。
そんな利己的な人間は、真っ先に淘汰されてしまう事になっているとは思いもしないで・・・・・

今の地球は愛に包まれた新世界を生み出す為の「生みの苦しみ」の真っ最中にあるのかもしれない。

アジアの世紀 

「アジアの世紀」到来を予感 12年版「戦略概観」
2012/9/14 1:12
 英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は13日、世界の外交や軍事・経済情勢についてまとめた2012年版「戦略概観」を発表した。経済危機を背景に欧米の軍事力が下がる一方、アジア経済の成長が続き、「アジアの世紀」到来を予感させると指摘。民主化運動「アラブの春」を経たエジプトなど中東諸国は「難しい過渡期」にあると説明した。

 概観は中国やインドなどアジア諸国の伸長を強調。世界に占めるアジアの国内総生産(GDP)の比率は30%に近づいており、50年までに50%になると試算。域内の中間層が過去20年で3倍以上に増えたと指摘した。

 中国の現状について「内政は危機だが外交は前進している」と総括。北朝鮮は4月の長距離弾道ミサイル発射の失敗で、米オバマ政権との関係改善の見込みが無くなり、中国まで怒らせたと言及。「国際社会から無視されたと感じ、最悪のやり方で注意を引こうとする危険がある」と強硬策を取る可能性に触れた。

 日本は「民主党も自民党も人気がなく、いずれも総選挙で過半数の議席はとれない」と予想。地域政党「大阪維新の会」の名前を挙げ、米国の草の根活動「茶会党」に似た現象だと伝えた。中国や韓国との領土問題の存在にも触れた。

 シリア問題などを抱える中東諸国に関して「アラブの春による指導者交代は、現実には統治システムの迅速で包括的な転換を伴わなかった」と分析。IISSのチップマン所長は記者会見で「エジプトが地域外交で従来の重い役割を果たすのは難しい」と言明した。

 リビア情勢では「カダフィ政権崩壊後、治安上の空白地帯が残り、反体制的な武装勢力の活動を許している」と懸念を表明。IISSの地域担当者は、11日に起きた米公館襲撃を「政治情勢の脆弱さを露呈した事件だ」と語った。

 シリアのアサド政権は厳しい状況にあるが、内戦状態が長引く可能性にも触れた。欧米による対イラン経済制裁拡大の効果を検証。金融部門を含む制裁がイラン経済に深刻な打撃を与えつつあるとの結論を示した。

 紛争が相次ぐアフリカ地域の安全保障の在り方も注目点に挙げた。

 欧米の存在感は低下している。概観は北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州諸国が08~10年に軍事費を平均7.4%減らし、さらに11年に2.8%縮小したと分析。米国も国防予算の抑制を背景にアフガニスタンからの撤退などを進めていると論じた。

 ユーロ危機に関しては「英保守党政権のようなユーロ懐疑派でさえ、解体阻止に向けたユーロ圏の行動を望んでいる」と皮肉を交えて表現した。(ロンドン=上杉素直)


アジアの世紀到来だそうであるが、日本はアジアの国として残る事が出来るのだろうか?
欧米かぶれの国として、欧米と共に没落していくのだろうか?
アメリカは日本の脱原発に注文をつけてきているそうだから、
日本は欧米や原発と共に没落していくしかないのだろうか?

幕末には「ええじゃないか」と言って踊り狂う民衆が、日本中で現れたそうだけれど、
官邸前デモの参加者の多さに私は、「ええじゃないか」の逸話を思い出させられたものだが・・・・・
これからの日本にも再び幕末のように、脱藩浪士(公務員を辞めた憂国の士)が大勢表われて、
日本の生き残りをかけて働く、新しいドラマが始まるのかな?

人生の目的は自分のドラマを生きること。
こんな時代に生まれてきた人々の中には、
日本再生のドラマに参加すべく生まれてきた人も、大勢あるのではないだろうか?

騙されやすい凡愚(勿論私を含む) 

三国志の諸葛孔明は、その軍事的才能と共に、信義に厚い忠義の人として有名である。
日本人にも諸葛孔明のファンは大勢あるのではないだろうか?
私は先日来中国が作った三国志をテレビで見ていて、何の疑問も持たないまま諸葛孔明を応援していた。
しかし、孔明支配下の蜀の人民にしたら、諸葛孔明は迷惑至極の人だっただろうとは、考えもしないでいた。
孔明は漢を再興する為必死で頑張っていたので、自分がやっている事は良い事であると、信じて疑わなかったのだろうけれど、
一般人民に取っては、漢であろうと魏であろうと、自分達の苦労して栽培した収穫物を取り上げていく、怖い存在であることに違いはなかっただろう。
勝手に自分達を奴隷扱いにして、生殺与奪の権を握っている、迷惑至極な支配者達に過ぎない。
それなのに、漢を守る為に戦えと何年間も戦場に連れ出され、食料の大半を戦場に持っていかれてしまう。
戦争に勝っても負けても、人民の奴隷的な立場に変わりはないのに、命がけで刃の狭間を駆け巡らされていた。

こんな戦に何回も何回も引っ張り出され、殺したり殺されたりを続けさせられてきた。
そして孔明は、遂に蜀を勝たせて平和にしてくれる訳でもなく、決着をつけられないまま、あの世に旅立って終う。
孔明の死後数十年間蜀は続いたそうではあるが、蜀の君主劉禅は贅沢好きな凡人で、特に悪い事もしてはいないが良い事もしていない。そして最後は候に格下げされることを容認して、魏に主権を渡している。

蜀の領民たちは何のために戦争に引き出され、悲惨な目に会わねばならなかったのだろう?
これは偏に諸葛孔明の思い違いの所為であると思われる。
諸葛孔明は蜀の為に命を削って戦う事が正義であると信じて。死ぬまで戦い続けたのだろうけれど、
結果的に見て、はた迷惑なだけの人だったと言う事になる。
それなのに私達凡人は諸葛孔明を、軍事的天才であるだけでなく、信義に厚い立派な人であると敬愛してやまない。
世の中の大多数の人が褒める人のことを無条件で賞賛する癖が、私達凡人には染み付いているのだろうか?

日本人で言えば織田信長、信長は残忍極まりない人物で、
聞くだけで身の毛もよだつような残虐なことを、しばしばやっている。
それなのに子孫は先祖の信長の事を恥じるどころか、信長の子孫であるという事を自慢にさえ思っているらしいし、世論も子孫が信長を自慢にしている事を当然視している。

豊臣秀吉は自分の子秀頼の為に、甥の秀次を殺したばかりでなく、
秀次の一族を子供にいたるまで殺した。その上、もし秀次の子を宿していたらいけないからと言って、側室まで全員殺させてしまったと言う。
こんな残虐な人間だから出来たことなのだろうが、
自分の権勢欲の為に、朝鮮出兵を決めて、
日本に何一つ悪い事をしたわけでもない朝鮮の人々を、大勢虐殺させている。
この出兵で朝鮮人はもとより、日本人にも大迷惑を受けた者が多数有った事だろう。
それなのに大阪の人々は秀吉が大阪城を作った縁を多として、
「太閤さん」と秀吉の事を愛し続けている。
どんなに理不尽で残虐な人間であっても、
英雄豪傑有名人等に無批判になるのが、私達凡人の病理なのかもしれない。

そんな凡人が庶民の大部分だから、橋下徹が人気者になれるのかも知れない。
橋下徹が大阪府知事になったのは、テレビでの人気者であったからではあろうが、
府知事から大阪市長に転じるころには、マスコミが大々的に橋下徹を持ち上げていた。
圧倒的多数で大阪市長に選ばれ、彼の推薦する大阪府知事も当選させる事が出来てからの、
マスコミの橋下徹への肩入れは、物凄いものであった。

元々大阪市職員の紊れが市民の怒りを買っていたから、橋下徹の市職員に対する攻撃がもろ手を挙げて賛同されたのではあろうが・・・・・

橋下徹は此れまで市民が作ってきた色々な良いものや「市民の福祉」に掛かる費用を、総て無駄な出費として潰すことによって捻出した予算を、箱もの等新たに何か創らせて、業界の利益になる様工夫している。
色々とけちな事を言って予算の見直しをするのは、業者に奉る為なのではないかと私には感じられる。
児童図書館の維持費をケチって、良書のそろった図書館を潰しながら、10億円以上をかけて、御堂筋にイルミネーションをつけるなどは、象徴的なことではないだろうか。
資本家の傀儡になって、権力の座に着こうと企んでいると思える橋下徹を、
マスコミに囃し立てられるままに、信認し続ける大阪府民を、
愚かだとは言う資格は、私にはないのかも知れないが・・・・・

テレビジョンというのは衆愚を操作するのに何と有能な機械であろうか!
この機械のお陰で私達は、毎日家に居るままで、世界中の映画やドラマ・寄席・コンサート・美しい風景、その他数限りなく楽しませてもらえるが、
私達は選挙の時自分の意思で選んでいたつもりで、テレビに誘導されるままスポンサーの意に沿った、政治家や政策を選ばされる事になっていたのだった。
気がついてみたら私達は政治家に、日本人全員を放射能汚染してしまいかねないくらい多数の原発を作られていたり、此れまで民主主義の下、色々と取り決めていた国民福祉の政策が総て水泡に帰してしまうような取り決めTPPを推進する等、数限りなく国民福祉に逆行するような政策を行う政治家を、無批判に選び続けてきていたのだった。

今心ある人々によって、金曜の官邸前デモは続けられている。
日本にもチェコスロバキアの様に、ビロード革命が起きないかしら。
でも間違ってもカラー革命(こちら)になどに陥らないで、
飽くまでもビロード革命。(こちら)を目指して欲しい。
殺し合いをして政治を改めても、庶民にとって良い政治が生まれるはずがないのだから・・・・・

逆しまの世の中 

以前にも書いたことがあるのですが、
私の夫は若い頃左翼思想にかぶれていた人で、自民党の代議士はみんな嫌いというタイプでした。
だから小沢さんなど大嫌いな政治家の一人だったと思います。
私はというと、父の影響からかなり右翼がかった思想の持ち主でした。
結婚後、生活に関わる普通の事柄で喧嘩する必要は殆どなかったのですが、
ちょっと政治の話題が出ると、大抵意見が合わずしょっちゅう議論していたのでした。

そんな夫が小沢さんの事件で、弁護士が無罪判決を不服として、控訴するというニュースを見て、
「弁護士と言うのは、弁護するのが仕事なのに、無罪では気に入らないから控訴するなんて・・・・・」と言っていたのでした。
弁護士と言ったって、人権弁護士はともかくとして、
法の網を掻い潜る方法を、企業に伝授するのが弁護士の第1の仕事である。という認識を持っていた私は、
「弁護士がお金を貰って仕事をするのは、今に始まった事ではないでしょう。」と軽く応じていました。

しかし考え直してみると、弁護士という名前は、「弁護する仕事をする人」という意味でつけられた名前だったはずでした。
弁護をするのが仕事の人が、
有罪に対してクレームをつけるのならともかく、
無罪に対してクレームをつけるなんて、「看板に偽りあり」と言えそうですね。

尤も、悪い業者の悪行に苦しめられている人々が訴訟を起こした時、
裁判でその悪徳業者が無罪判決を獲得したとしたら、
弁護士は無罪を不服として、控訴する事になるかもしれませんが・・・・・
でも小沢事件の場合、誰か被害者がいるのでしょうか?

賄賂を取って国に害をなす政策を強行したという事件ならともかく、
収支報告書の記載がおかしいからと言って、被害者国民があるわけではありません。
こんな事案で国民が選んだ政治家が、政治活動を規制され続けたら、
小沢さんを選挙で選んだ国民は、自分の投票が無効にされたのと同じ事になるでしょう。
そうすると弁護士は国民の権利である国政参加の機会を、奪う為に控訴した事になってしまいます。

この件で、弁護士が無罪を不服として控訴すると言うのは、どう考えてもおかしいですね。
今の日本おかしいことだらけですが・・・・・

原発が事故を起こして、原発の恐ろしさが身にしみたから、国民が原発の再稼動に反対しているのに、
原発を動かさなかったら、電気が足りないから原発を動かすしかないと言う意見をマスコミは取り上げています。

政治家は電力不足に備えて、完全な安全を求めるより、政治判断で再稼動させるべきだと言う意見が、
マスコミで大真面目に吹聴されています。
原発の安全は絶対的には保障できない状態なのに、
「電力不足を補うため、今すぐにも原発を動かせ」と言っている人々は、
もし原発が事故を起こしたら、事故の後はどうやって電力を補うべきか、考える必要はないと思っているのでしょうか?

原発が絶対に安全なものであったら、原発で電力の不足を補っても良いでしょうが、
地震国日本では何時何所で地震が起きるか、誰にも予想できないのだから、原発が絶対に安全であると言う事が出来る人など、誰もいるはずがありません。
ところが その事を逆手にとって、
「原発が絶対に安全だと言える者があるはずがないから、政治家が政治判断で原発再稼動を進めるべきだ。」
等というトンデモナイ意見を、まるで正論であるかのように報道するマスコミさえあったのでした。

「安全が保障できないのに原発を稼動させて、電力を補うのではなく、しばらくは電力不足を我慢する事になったとしても、原発ぬきで電力を賄えるような日本に変えていかねばならない」という答えしかないはずですのに、マスコミはどうして「危険は承知で原発を稼動させよ」等と平気で言っておれるのでしょう?

「電力を何時事故るか分からない原発に頼るな」
というのが大部分の国民の声であると思うのですが・・・・・

99%の人がまとまって 1%にNOと言う方法はないものだろうか? 

悪化は良貨を駆逐するとは、この世の習いのようですが、
何故この世の中は、心優しい人々が踏みつけにされ、
他人や他国を犠牲にして勢力を拡大している者達が、幅を利かせ続ける事が出来るのでしょうか。
オキュパイ ウォールストリートでは99%が1%に犠牲になっていると言って、デモをしていましたが、
犠牲にする人たちの人数よりも、犠牲にされる人たちの人数のほうが圧倒的に多いというのに、どうしてやられっぱなしなのでしょうか?

日本に於いても国民のために改革しようとしている政治家が、スキャンダルなどで失脚させられるているのに、国民はスキャンダルに気をとられて、失脚を当然視し続けています。、
私たち国民はどうして私たちの敵と、私たちの身方とを見間違うのでしょうか?

マスコミが国民を騙しているからとか、強欲な資本家が政府を裏で操り安くするために、いろいろと手を回しているからとか、いろいろな原因があるのでしょうが、ここ数年民主主義勢力は負け続けているように感じられます。
どうして国民は民主主義を無視する勢力に、反対する一大勢力を作ることができないのでしょうか?

ネット界の従米右翼などは外部に対しては戦闘的であっても、仲間内では助け合いの精神があるように私には感じられます。
それが民主主義を求めている勢力では、批判ばかりして互いに牽制しあっていることが多いように感じられます。
もともと批判精神を持って政治家に騙されない様にしよう、と言うのがモットーなのですから、
当然の成り行きなのでしょうが、
力を結集できないところに、民主主義勢力が負け続けている原因があるのではないでしょうか。

民主主義を破壊しようとする勢力は、民主主義を破壊して庶民から富を剥奪したり、戦争を起こして庶民を苦しめても軍需景気を起こして、暴利を得ようという勢力だから、
バックには莫大な資金力を持つスポンサーが控えています。
その資金力に物を言わせて、若者を取り込むためのプロジェクトを作ることも出来ます。
プロジェクトは自分たちの主張に、盲目的に従う若者群を作るという目的が設定されていますから、
メンバーに議論のぶれはありません。
命令一過、戦争賛美の議論も書けば、原発に賛成の議論も書くし、消費税増税の議論も書きます、
このプロジェクトに参加しているほどの者で、議論の矛盾点を突くものなど一人も有りはしません。
初めから道理に基づいた議論をしているのではなく、篭絡を目的に屁理屈を正統な理屈のように装っているだけだという事を、プロジェクトメンバーは始めから折込済みなのですから。

プロジェクトチームメンバーのブログのコメント欄で、何も知らない純真な若者が質問したら、
ディベートを駆使して、優しく解説してあげることでしょう。
どんな馬鹿な事を言って来ても、手なずける事が出来る相手と見たら、絶対に馬鹿にしたりはしません。
組織の一員として仲間意識を持つように誘導し、その仲間から離れたら寂しくてたまらないくらいにまで、若者に気を使ってあげます。
遂に彼ら若者は「僕たちは戦争を待っている」と言う者があっても、違和感を持たないまでになって行きます。
彼らの仲間内には、偽ものの愛ではありますが「愛」があるのです。
若者を地獄に導く導師が、偽りの愛(執着心)を持って導いているからです。

一方批判精神をモットーとするネット住人たちは、政治の本当の姿がまだ見えていない若者が、
コメント欄で変なことを言ったりすると、こっぴどく批判したり、あざ笑ったりするのではないでしょうか。
一度嘲われたりすると、怖くなって二度と近寄りがたくなり、
一方のやたらと優しいブログの方に、
引き寄せられて行くのは、人情かもしれません。
こうやって人を集めたブログが、ランキング上位を占めていると、新しくネットを見る様になった者は、
自然とランキング上位に引き寄せられ、しかも居心地が良いとなると、
国民のために酷い事を企んでいる勢力であるという事に気がつかないまま、
愚民懐柔ブログに親しんでいく事になってしまうでしょう。
そしてプロジェクトチームの理論に騙され、なじんでしまった者たちには、
彼らが庶民である自分たちを食い物にしようとしているという議論が、なかなか通じない状況になっているのではないでしょうか。

こうやって悪貨は良貨を駆逐するという法則が、ブログの世界にも当てはまる事になってしまっているのですね。
99%の人間が、1%の人間に好いようにされ続けるのを、終わりにする方法は、
99%が手をつなぐ事しかないのでしょうが、99%をまとめると称して立つ政治家に、何度騙されてきたかを考えると、私たちは何に纏まったら良いものやら

今上陛下は平和主義者であられるというのに、天皇は未だに軍国主義の象徴のように言われ続けていますが、
右翼が天皇を蔑ろにしている今こそ、天皇を平和勢力の象徴として、99%が纏まる為の象徴にする事は出来ないものでしょうか?

当たるも八卦当たらぬも八卦の占い数種 

今年も三が日は穏やかなうちに過ぎていった。
今年は壬辰の年だそうで、田中良紹の国会探検によると、
今年の干支は「壬辰(みずのえたつ)」である。種が膨らみ生物が成長していく様を表す。私はそれを「変化する年」と捉えたい。明日を作るためには我々が捉われてきた常識を捨て、大胆に変化する事を恐れず、「失われた時代」から決然と脱却するのである。
という事で、「失われた時代から脱却する年」という事に出来るかもしれない。

ペルーのマヤ暦では2012年は人類滅亡の年となっているということであったが、
シャーマンのフアン・オスコさんは、「マヤ暦の予言に対抗するために儀式をしている」とし、「世界は滅亡するのではなく、報復やコレラといった悪が滅んで平和の精神世界が始まる」などと語ったこちら)そうである。

現在の世界の異常な状態が、正常になり始めると言うことなのだろうか?

お昼のNHKニュースを見ていたら、東北各県は・・・・・ということで、
まず宮城県知事が映されていた。
続いて福島県知事が映されたが、なぜか岩手県知事の映像は出されなかった。
岩手県が一番住民の立場に立った対策をして上げているという印象なのに、どうして岩手県知事の映像だけが省略されたのだろう?
やがてNHKニュースの話題は大阪市に移って、大阪の橋下市長が映されていた。
これを見た時、NHKが仕事をしている首長として取り上げる地方の首長というのは、
どういう基準で選ばれているのかが伺えるような気がしてきた。
国民の為の政治を行いそうな首長はなるべく除外し、
資本家の利益追求に力を貸しそうな首長は、なるべく好意的に映像を映して、応援しているのではないかという感じである。
やっぱりNHKの目から見ても橋下徹氏は、資本家の手先に出来そうな人材に、見えるのだろう。
ここで私の占い
マスコミからちやほやされる政治家は、庶民にあだなす事もやりかねない政治家である。

TBSお昼のワイドショーで、占い的なことを言っていた。
「小沢一郎氏が今年は新年会を開かなかった。
今世紀に入って小沢さんが新年会を開かなかったのは、2001年と2009年の2度しかなく、その両方ともに総選挙の年であった。
小沢さんは岩手県の達増知事に「今年は大変な年になるぞ」と言っていたそうだし、
今年は総選挙の年になる可能性が非常に高い。」という事であった。

あたるも八卦当たらぬも八卦だけれど、もしかしたら今年総選挙があるのかもしれないという気がしてきた。
もし小沢一郎氏主導で総選挙に持ち込むとしたら、何時になるか考えてみた。
4月に検察審査会裁判の判決が出るという話だから、総選挙は5月ごろを選ぶのではないだろうか?
裁判の結果が有罪だったら、選挙では検察の不当を訴え、
無罪だったら、無罪を勝ち取ったと言って、晴れて選挙を戦う事が出来るだろうし・・・・・

*************
これら全て、当たるも八卦当たらぬも八卦に過ぎないのだけれど・・・・・



初詣 

早いもので三が日も今日で終わりとなった。
昨日は一日中降ったり止んだりの鬱陶しいお天気だったので、家にこもりっきりになっていた。
今日は朝からよく晴れていると思ったら、絶え間なしに晴れたり曇ったりを繰り返す、忙しいお天気だったが、降る恐れはなさそうだった。
午後から夫と二人で立木観音に初詣に出かけた。

元日には近所の佐久奈度神社にお参りしていた。
佐久奈度神社は天武天皇の時代に、伊勢神宮にお参りする途中、身を清めるところとして、勢田川の川岸に立てられていたものだから、
由緒あると言えば、立木観音よりも佐久奈度神社の方が、もっと由緒あるお社なのだけれど、
何故か立ち木観音には、長い階段にもかかわらず、大挙してお参りの人が殺到するのに、
すぐ近所にある佐久奈度神社は、地元の人しかお参りしないようで、お正月でも閑散としている。
だから、奉納された日本酒の酒樽のお酒も、お参りに行くのが遅くなっても、ちゃんと頂く事ができるし、甘酒の振る舞いもゆっくりと頂く事ができる。
これはお参りする私たちにとっては結構なことなのだけれど、お宮さんにはちょっと気の毒な気がする。

という分けで、神社仏閣へのお参りとしては、今年二度目になるので、
今日のお参りを初詣というのかどうか分からないけれど、
立ち木観音さんには、今年初めてのお参りであった。

現在の家に移り住むようになって20年経つので、立木観音への20回目の初詣であった。
初めての初詣の時には、750段ほどある階段が人で埋め尽くされ、前の人が上るのにあわせて上らねばならない状態だったけれど、近年は行列はできているけれど、すいすいと自分のペースで進める程度には、隙間が開いている。
お参りの多い元日を避けているからかもしれないが・・・・・

立木さんでは昨年末階段のやりかえ工事をしておられたので、階段の数が増えているのは分かっていたが、数えてみるのを怠っていた。
帰り道で子供ずれの人が階段の数を数えながら下りておられたので、下りきったところで尋ねてみたら、、803段だったとその子供さんが教えてくださった。

立木観音さんの境内では、お寺によるお茶や柚子湯の振る舞いはあるけれど、
店などは全然なく只お参りするだけの所なのに、
毎年お正月には大勢の人が遠くから車を走らせて、長い階段を上ることを覚悟して、お参りにこられる。
河原の駐車場からの距離から言ったら、佐久奈度神社の方が立木さんよりも近いし、佐久奈度神社だったら長い階段を上る必要もないのに、
人は階段が八百段余りもある立ち木さんの方に、比較にならない位大勢来られるる。

立木さんも弘法大師が立ち木に観音像を彫られたのを祭っているということで、
相当由緒あるお堂ではあるが、
佐久奈度神社は弘法大師よりも古い、天武朝のころ朝廷によって定められた神社なのだから、由緒においても引けを取らないと言えるだろう。

それでも人はお参りするのが大変な立木観音に、大挙してお参りしている。
立木観音にお参りする人のために、河原の駐車場には仮説トイレがいくつも設置され、交通整理に大勢の人が道筋のあちこちに配置されている。
毎年のことだけれど、佐久奈度神社と立木観音のお参りの人数の違いは、どこから来ているのか不思議でならない。

やっぱり人は安楽なことより、大変なことをやり遂げるという、達成感がある事の方が好きなのだろうか?

新年早々愚痴を言ってしまいました 

2012年の扉は穏やかなお天気に恵まれて静かに開きました。
年末はいつものように帰省ラッシュで賑わい、海外旅行に行く人たちも大勢あったそうです。
明けてお正月、いつもの年のようにテレビの、のんびりとしたお正月番組を見ていると、
昨年の悲惨な大震災と大津波、原発事故が、はるか昔の出来事のように錯覚してしまいそうです。

しかし震災の被災地には、まだ始末できていない瓦礫が山のように残っているし、
原発事故でできたさまよえる核燃料が、どう落ち着くか、見当もつかない状態のようです。
それなのに政府は除染なるものを行って、避難住民を自宅に帰そうとしているらしいです。
政府は災害対策の名目でつけた予算の多くを、業者に与えようとしているのではないかと思えて仕方ありません。
東電の保護や債権保障に1兆円も使われたというのに、被災者への保障は遅々として進んでいないようです。
業者には除染で儲けさせ、津波対策で防潮壁を作らせたり、海から遠いところにしか住めないように決めて、宅地造成で儲けさせようとしているようです。

被災者のためと銘打って、出された政策が手かせ足かせとなって、被災地の復興をさまざまに妨げているらしいけれど、政府は何の対策も施そうとはしていないようです。

それなのに消費税率アップの案を年内に決めておかねばならないということで、
野田総理は御用納めも済み、いよいよ年の瀬も押し詰まった12月30日、民主党議員を集めて5時間も説得して、ついに政府の消費税増税案を、民主党議員に了承させたそうです。
なんとしう熱心さでしょう。
この熱心さで被災地復興対策をしてくれていたら、被災地の復興はもっと進捗していたのではないかと思いました。
復興に資金が必要だとしても、
円高で困っているところなのだから、復興国債を発行するという方法を何故取らないのでしょう?
又、富裕層の税率を20年前に戻すだけでも、相当な税金が得られるという話です。
そういう有り余ったお金を持っている富裕層から、賄うべき復興財源を、
大部分が貧しい庶民から取られる消費税で、賄おうというその発想から、おかしいと思います。
野田総理は民主主義の下、代議士に選ばれた国民の代表だったのではないのでしょうか?
選挙で選ばれる国会議員は、国民に対して尽くすことを身上にしておられるのかと思っていましたが、
国民を苦しめることに、ここまで熱心に力を注がれるとは、狐につままれた思いです。
国民とはその大部分が庶民なのですから、国会議員は庶民の代表であるはずですのに、
野田総理はいったい誰に対して、忠誠を尽くしておられるのでしょう。

これまで私は、日本人はおとなしいから、政治家に好いようにされると嘆いていましたが、
昨年春から始まった中東や、昨年末のソ連の反政府デモには、
アメリカ等がデモ主催者へ,以前から援助をしていたという裏があるようですね。

どちらにしても好いようにされるものなら、大規模デモで武力介入されて血を見るのは、馬鹿げているのかも知れないという気もしてきました。
尤も、明治維新をもたらす前には、維新の志士と呼ばれる人々が、多数殺傷されているのも事実ですが・・・・・
ただむやみに踊らされていたのでは、事態は解決から遠のくばかりかもしれないし・・・・・

政治とは難しいものなのだな~と、しみじみ感じさせられているところです。

今年は日本も世界も、平和だと好いですね。

ブログ納め 

今日はもう28日。
お正月まで残すところ4日となってしまいました。
パソコンがいつ使えなくなるか知れないため、このブログは、昨日早々とテンプレートをお正月仕様にしてしまいましたが、
今日も(何度もやり直した末ですが)ウインドーズが出てくれました。


昨今の政府のやり口を見ていると、
国民だけでなく自党の国会議員が大反対しようが、何を言われようが、
「泥鰌の面に泥をかけられたって何ともないもん。」と言わぬばかりに、全くの無視を決め込んで、
どんどん国民ではない誰かの利益のための政策を強行しています。

こんなことを立て続けに見せ付けられて、政治について書くのが、少々むなしくなってきていました。
そんなときのパソコンの不調でしたので、
パソコンが動かなくなったら、それを機にブログの更新を止めてしまおうかと思ったり、
止めてしまったら、寂しくなるかもしれないと心配になったりして、迷っていたのでしたが、
娘が続けたほうが良いと言ってくれたのです。
ブログを止めたら一気に老け込むかと、娘は心配しているのかもしれません。
でもすぐに買い換えるのではなく、このパソコンが動く間はとことん使い切って、動かなくなったら新しいのを買うことにしようと思っています。(修理して使うことも考えましたが、次々にどこかが悪くなると、返って高くつくだろうとのことですので、修理はやめておくことにしました。)

という訳で、来年も引き続き、例によって独りよがりの感想文を、綴らせて頂くかと思いますが、
宜しくご指導のほどお願い申し上げます。

年内は今日で終わりにさせて頂きます。
では皆様良いお年をお迎えになられますように!

クリスマス寒波 

クリスマス寒波という言葉がぴったりの寒波に見舞われた日本列島。
①原発の海外輸出容認(原子力協定の国会承認案衆議院で可決)
②TPP交渉参加に向けて関係国との協議に参加(国会での反対多数を押し切り)
③辺野古の環境アセスメント年内提出(沖縄知事容認発言)
④八ッ場ダム建設続行決定(来年度予算つける)

被災地では大量の瓦礫も片付かないままで、再び寒い冬を迎えてしまったというのに、
野田政権は国民が大反対している碌でもないことだけは、たった3ヶ月余りの間だというのに、
目にも留まらぬ早業で次々と決めて行っている。
政治の冷え込みが、気象にまで影響しているのではないかと疑いたくなるような、
昨今の気温の冷え込みである。

東日本大震災に際して、大勢の人が募金に参加して、かなり大きなお金が東北の自治体に届けられたけれど、被災者の手に渡ることなく、各自治体では莫大な金額の募金が死蔵されているという噂がある。
国民のためにならない仕事にばかり精出している政治家が、差配する赤十字などの募金に応募するよりも、
被災地で現在活動して下さっているいるボランティア団体に直接寄付したほうが、募金が生きて使われるのではないだろうかと、つい思ってしまう。
でも、目くらめっぽうでは、これ又詐欺団体にお金を出すことになりかねない。
どこかちゃんと被災地でボランティアをしている人々の、お世話をしておられるNPO法人のようなものがないか、それを調べたらよいのだろうとは思いながら、見つけられないでいる。

今年は年末寒波はないだろうという話ではあるが、これからが冬本番とも言える季節。
被災地の方々が、暖かいお正月を迎えられますようにと、切に祈られる。

トラックバックテーマ 第1325回「布団は何枚ぐらい重ねる?」 

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです!今日のテーマは「布団は何枚ぐらい重ねる?」です。いつまでも少し涼しい秋気分で、つい最近まで冬用のちょっと分厚めの布団だけで寝ていました。が、最近突然寒くなり、普段ならなんともなかったのに肩や脚がひんやりしてなんだか眠れない!!そう�...
トラックバックテーマ 第1325回「布団は何枚ぐらい重ねる?」


若い頃の私は電気敷き毛布まで使う寒がりだったのですが、子供が生まれた時赤ちゃんと同じ布団で寝る事になるので、赤ちゃんには良くないかと思って、電気敷き毛布なしで寝るようになりました。子供のお陰で私は電気敷き毛布からから独立できたのでした。
それでも寒い冬には、毛布や厚い掛け布団で包まって寝ていたのでした。

10年ほど前に義妹が羽毛布団を(お祝い返しに)送ってくれました。
その時義妹が、「冬でも直接羽毛布団だけに包まっていたら暖かい。間に毛布などを入れたり、羽毛布団の上に毛布を載せて羽毛を潰したりせずに、何も掛けない方が暖かい。」と言っていましたので、私もそうする事にしました。
寒中など寒くて震えることがありましたが、その寒さを暫く我慢していたら、体の中から熱が湧き出してきて、何も重ねなくてもぽかぽかと暖かくなってくる事を知りました。

今年の秋には立冬になるまで、夏用の肌布団を着て寝ていました。
夫が冬布団に毛布を掛けるようになってからも、私は肌がけだけで全然不足を感じませんでした。
一週間ほど前真冬並みの寒さになったのを期に、羽毛布団に変えていますが、今年の冬もこの一枚で乗り越える積りでいます。

昔の日本人は昼間着ていた着物を、夜はそれを布団代わりにして、掛けて寝たという話を聞いた事があります。
寒いからと言って顔に着物を着る事はまず有りません。(尤も、零下何十度という極寒の地で顔を覆うことはあるでしょうが)
日本では、顔は一年中むき出しにしていても、大抵の人は平気になっています。
体だって習慣によって鍛えられれば、かなりの寒さにも耐えることが出来るのだろうと思います。
人間の体は環境に応じて、体内から色々な力が湧き出してくるように、造られているのだと思います。
だから元気でさえあったら、少々の暑さ寒さだけでなく、黴菌やウイルスからも自力(免疫力)で人体は守られる。
そういう機能を体は持っているのだから、風邪くらいで簡単に病院に頼る必要はないと、私は思っています。
(ここ10年くらい風邪を引いていない様な気がします。若い頃はすぐに風邪を引いていましたが・・・・・)

自分の体には自分がまだ知らないでいる機能が、色々組み込まれているのだという事を知る事によって、私は随分強くなったと思います。
この機能は私だけのものではなく、総ての人の生まれつき持っている機能であると思います。

成吉思汗は義経だった? 

義経と成吉思汗の肖像画だけれど、顔から来る質感のようなものが似ているような気がするのは、私だけだろうか?
成吉思汗は義経であると言う説は昔からあるそうで、
私も若い頃高木彬光の「成吉思汗は義経なり」と言う本に夢中になった事があった。
夫はそんな事はありえないと言うし、それが常識的な考え方らしいけれど、
今日この肖像画を並べてみたとき、改めて成吉思汗は義経だったのではないかと言う気がしたのだった。
(参考までに)
http://sizukagozen.o.oo7.jp/yositune%20and%20jingisukan.htm

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