Dendrodium 日常徒然

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

好天気で終始したゴールデンウイークが終わって 

気温ぐんぐん 早くも真夏日 富山、高岡で32.3度2010年5月7日
 富山県地方は六日、高気圧とフェーン現象の影響で晴れわたった。富山地方気象台によると、最高気温は富山、高岡市伏木ともに三二・三度と、今年初めての真夏日となった。

 五月の最高気温としては、富山が一九三九(昭和十四)年の統計開始以来最も高く、伏木は一八八四(明治十七)年の観測開始以来、二番目の高さ。


4月17日に関東地方に僅かにしても積雪があり、記録的な寒さが伝えられていたのに、ゴールデンウイークに入ってからは、毎日晴れて日ごとに温度が上昇し、昨日などは滋賀県でも真夏の暑さを思わせる暑い日となった。
富山県では早くもフェーン現象が起きて、32.3度を記録したそうである。
記録的な暑さではあったが、初めての記録と言うわけでもなかった様で、高岡市伏木では観測開始以来2番目の高さだったそうである。
以前にも異常気象は時々は起きていたと言う事のようである。

今日の大津市は朝からしとしとと静かな雨が降っている。
ゴールデンウイークの間中晴天続きで、家の中に篭もっているのが勿体ないようなお天気であったので、
野山の植物にとっては恵みの雨になった事だろう。
洗濯干しに恵まれ続けていたので、久しぶりに部屋干しせねばならないけれど・・・・

このゴールデンウイーク中に滋賀県では、交通事故が多発して、県が交通事故多発警報を出すほどだったらしい。

交通死亡事故多発警報を発令 県や県警、連休中7件発生受け2010年5月7日
 4月29日~5日までの大型連休中に県内で交通死亡事故が7件発生したことを受け、県や県警、交通安全協会などでつくる県交通対策協議会(嘉田由紀子会長)は6日、交通死亡事故多発警報を発令した。12日まで注意を呼び掛ける。

 7件の死亡事故は米原、甲賀、彦根などの国道や県道で発生。そのうち、出合い頭が4件で、5件で65歳以上の高齢者が死亡した。昨年は連休中に交通死者はゼロだった。


65歳以上の高齢者が死亡事故7件中5件を占めていたそうである。
車は扱い方で凶器となる物なのだから、運転者に悪意が無くても、悲惨な事故に繋がりかねない。
自家用車以外交通手段が無いところに住んでいたら、高齢者でも運転せざるを得ない事になるのだと思われるが、そういう地域にタクシー程度の自動車でも、乗りあい自動車として定期的に走らせるなど、
地域ごとに工夫する事にしてもらえると良いのではないだろうか。

既に高齢化社会になって久しいのだから、公共交通手段の充実にもっと力を入れて、
高齢者の運転免許は制限するべき時に来ているのではないかと思われる。

花祭りの日にお花見に行った話 

今日4月8日は花祭り、
お釈迦様のお誕生日です。
仏教徒が大部分と言うのに、マスコミではあまり花祭りのことを話題にしているのを聞いたことがありません。
クリスチャンはほんのわずかしかいないと言うのに、
クリスマスやセントバレンタインデーの話は、毎年賑やかに報じられています。

花祭りは商業ベースに乗りにくいからと言うことが原因のようですが、
仏教徒が大部分の国で、毎年花祭りの無視のされ方は、少々異常な感じがしています。

と言いながら私も今日、お寺参りではなくて、お花見に出かけました。
瀬田川の畔から大石川の流れの両側に、スポーツ公園と呼ばれている公園があります。
公園の中は桜並木の道が続きその先に、
ピクニックにもってこいの草原の中に、桜が数本並べて植えられているところがあります。
草原にはタンポポの黄色い花が、たくさん咲いていました。
普段は人がほとんど入る事のない場所だからか、桜の木は地面のすぐ近くまで枝を垂れ、
美しい花をたわわにつけて、咲き誇っていました。
満開を迎えたばかりの桜は、時折ちらちらと花びらが風に吹かれて散る程度で、
絶好の花時でした。
少々風はあるけれど、360度どこを見回しても、雲ひとつなく晴れ渡り、
桜の花を通して見える空の青の美しいこと!

大津市の中でも県境に近いこの公園は、
見事な桜が何十本となく植えられ見事に満開を迎えていると言うのに、
お花見の人出はせいぜい4~5組程度で、
選り取り見取りで、お花見の場所を選ぶことが出来ます。
すぐ顔の横に桜の花の枝が伸びているような、1本の桜の下にシートを敷いて、
持ってきたお弁当を食べます。
夫は持ってきたビールやお酒で顔を赤くしています。
ゆっくりと食べ終わったら、
又瀬田川沿いの道を通ってと帰ります。
これが、この所毎年二人でやっているお花見です。

今日は本当に良いお天気だったからか、
瀬田川の中にたくさんの水鳥が入っていました。
瀬田川は流れのきつい所と、緩やかなところがあるのですが、
そのあたりは流れが緩やかで岩場も多く、狩がし易い所なのでしょう。
蛙の鳴き声に似た声で、鴨のつがいが2羽仲良く並んで、グェーグェーと鳴いているのが目に留まって
水鳥に気がついたのでした。、
川を見渡したら、カイツブリ(鳰と呼ばれる)もたくさん泳いでいました。
空には鳶が輪を描いて回っていました。

今年の桜は美しい桜色(年によっては白っぽいこともありました)で、ことのほか美しい桜でした。

与謝野晶子の詩 

朝日新聞の天声人語に面白い詩が載っていた。
与謝野晶子の国会を詠んだ詩で
 あわれ、此国の
 怖るべく且つ醜き
 議会の心理を知らずして、
 衆議院の建物を見上ぐる勿れ。
 禍なるかな
 此処に入る者は悉く変性す
 
 一たび此門を跨げば
 良心と、徳と、
 理性との平衡を失はずして
 人は此処に在り難し
  (『舞ごろも』天弦堂書房)
此の詩の詠っていることは今も変わってはいないのではなかろうか?
とすると、民主主義と言うものの醜さ頼りなさを感じさせられてしまう。
しかし今民主主義よりましな政治形態も思い浮かばない。
どんなに賄賂が動くからといっても、封建領主に搾取されたり、
北朝鮮のような全体主義の指導者なる者に蹂躙されるのが、
今の状態より良いとは絶対に思えないから!
選挙が有るという事はやはり得がたい権利だと思う。
だまされる事のない目を皆が持てば良いのだろうけれど、
言うは安し 行うは難しか・・・

この項は2006年に書いたものなのですが、
「反戦塾」さんが与謝野晶子にちなんだ記事を書いておられたので、TBしましたところ、
管理画面には残っていたのですが、ブログには出なくなっていることに気がつきました。
それを知らずに、TBしてしまいましたので、ここにもう一度アップした次第です。
今これを載せたるのは、自民党を離党した与謝野さんに対する応援と言うよりは、皮肉と言うべきでしょうか。 

     
  

春の甲子園高校野球 沖縄興南優勝 

春の高校野球は、延長12回で、
沖縄興南高校の優勝となった。
昨日の準決勝から引き続き投げてきた、沖縄興南の島袋投手は、
決勝戦も一人で200球近い投球数を投げ続け、
ついに勝利をものにしたのだった。

準優勝の日大3校は、昨日は休んでいたのだけれど、
延長12回に、エースの投球が乱れたために、ピッチャーを変えたのが裏目に出て、
この回に5点を取られてしまったのが、大きな敗因であったかと思える。
沖縄の島袋投手は、12回裏も見事に押さえて、ついに優勝の栄冠を手にしたのあった。

今沖縄が注目されている時、沖縄が優勝したと言うことに、
何か象徴的なものを感じさせられているのは、私だけではないかも知れない。

センバツ:興南が初優勝 延長で日大三破り 沖縄勢3回目

沖縄海兵隊はグァム移転に決定 

3月30日の夜は、郵政改革について亀井郵政改革担当大臣が出した案について、仙石大臣が反対を唱えて内閣がもめていたけれど、
31日に党首討論がある為、閣内不一致では困るということで、
仙石大臣が折れて、原口総務相亀井郵政改革兼金融相が出された、最初の案どうりで決着したそうである。

二言目には民業圧迫、民業圧迫と言う人たちが有るけれど、
その人たちは「貸し剥がし」という言葉まで出来る位に、銀行が悪辣の限りを尽くしていた時には、
どんなクレームを出していただろうか?
大手銀行が、優良企業を貸し剥がしで潰して行っても、民間同士だったら自由競争と言うのだろうか?
銀行自身は潰れそうになったら、政府から資金援助してもらえると言うのに,
そんなのが本当に自由競争と言えるのだろうか?

中小企業いじめの挙句に、株で莫大な資金をを摩ってしまって、四苦八苦しているような銀行だけを助けるのが、新自由主義と言うのなら、
新自由主義こそ、民業圧迫の張本人だったと言えるのではないだろうか?
仙石大臣は、民業の為と言うよりは、銀行のために口を利いておられるだけのような気がする。

郵政改革案が無事通過してよかった。
党首討論にも怪我の功名と言えようか。

昨日の鳩山総理と、自民党の谷垣総裁公明党の山口代表との討論は見なかったけれど、
普天間基地の混迷から、鳩山さんが押され気味だったそうである。

今日は四月一日 エイプリルフール。
普天間基地問題についての事実は下の記事の通りで、何の変わり映えもしないものである。

首相「普天間で腹案」 党首討論の中身は明かさず
2010年4月1日 朝刊

 鳩山由紀夫首相や自民党の谷垣禎一総裁らによる今国会2回目の党首討論が31日、行われた。首相は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題について「(政府案の)腹案は用意している」と説明したものの、具体的な決定時期や中身には言及しなかった。

 首相はこれまで政府案を3月中にまとめると発言してきた。この日が期限となることから、谷垣氏が政府の対応をただすと、首相は「3月に政府として考え方をまとめたいと言ったことは事実。今、その腹案を持ち合わせている」と述べた。

 首相は最近、3月末という期限に法的な義務はないことや、大事なのは5月末の決着という理屈を前面に出し、3月末の決定にこだわらない姿勢に転換していた。この日の答弁は「政府としての考え方」と「腹案」という言葉を使い分け、これまでの発言との矛盾を取り繕おうとしたようだ。

 首相はその腹案について「(同県名護市のキャンプ・シュワブ沿岸部に移設する)現行案と同等か、それ以上に効果がある」と豪語。沖縄の負担軽減や抑止力の維持など、すべての要求を満たすと自信を示した。

 ただ、肝心の中身については「問題をしっかり解決していくため、水面下での交渉も含めて、まだおおっぴらにできない」として明かさずじまい。国民にとっては、首相は非現実的な理想論を語っただけではないかという疑念を残した。

 首相は「当然、(移設先の)現地の了解はとりつけなければならない」と明言。「命懸けで、体当たりで行動していく」とも強調したが、言葉だけが空回りしていた。


ブログ再開の御挨拶 

今日は春分の日、お彼岸の中日です。

「宿貸さぬ 人の辛さを情けにて 朧月夜の 花の下臥し」
太田垣蓮月尼
ではありませんが、「春夏秋冬」を続ける事がかなわなくなりましたので、
再び古巣のdendrodiumに戻る事にしました。
齢ですのでこれから、どれだけ書けるか分かりませんが、
どうか宜しくお願い申し上げます。

尚 ネームは春夏秋冬の時の和久希世にさせて頂きます。

治まらない金融危機 

今日十月十日は小泉改革以前だったら体育の日であった。
東京オリンピックの開会式の日を晴れの特異日であった十月十日にしたのが、体育の日となったきっかけであったと聞く。
晴れの特異日と言うジンクスは、今年も当っていたようで、今日も朝から良く晴れてちょっと暑い位の、穏やかな秋日和の一日であった。
やっぱり体育の日は、今日の方がぴったりの感じがして、祝日が月曜日と日にちが決まらないのも、何となく面白くない気がする。

田舎は何事も無く長閑な1日であったけれど、入っていた夕刊を開いた時、東証8100円台と大きな見出しが目に飛び込んできた。
グーグルのニュースで紹介してあった終値は、8276円だったようである。

日経平均、終値は881円安の8276円 
10日の東京株式市場は、前日のニューヨーク株式相場の大幅続落や、外国為替市場で急速に円高が進行したことを受けて暴落し、日経平均株価(225種)の前日終値からの下げ幅は、一時、1000円を超えた。

 午後には一部の銘柄で買い戻しが入り、日経平均株価の終値は前日比881円06銭安の8276円43銭だった。

 東証1部全体の値動きを示す東証株価指数(TOPIX)は同64・25ポイント低い840・86。東証1部の出来高は約32億7400万株だった。

 前日の不動産投資信託(Jリート)、ニューシティ・レジデンス投資法人に続き、10日に大和生命保険が経営破綻(はたん)に追い込まれたことで、保険株や不動産株を中心に、幅広い銘柄が売り込まれた。

(2008年10月10日15時15分 読売新聞)


今はまだ私の傍までは来ていないけれど、この世界恐慌とも言えそうな経済界の嵐は、少々では収まりそうにない様である。

*******
昨日郵便局に行った時、もやいに、それこそ貧者の一灯に過ぎない金額だけれど。送金させてもらいました。
今、住宅を借りるにも困り、ネットカフェとか、先日火事で死者まで出し驚かされましたが「個室ビデオ店」に寝泊りする毎日を送っている人も多数あるということです。
 ネットカフェやビデオ店に宿泊する方が、高くつくことはわかっていても、保証人とか権利金とかが必要な為に、住宅を借りる事が出来ないで困っている人が、大勢有ると聞きます。もやいはそういう方の
アパート入居支援、生活相談、交流事業(居場所作り)を通じて、貧困状態に追い込まれた人たちが生活基盤を作るお手伝いをし、孤立を防ぎ、人々が安心して生きられる社会の実現に向けた活動を、維持・発展させていく仕事をしておられるそうです。
このNPO法人自立生活サポートセンター・もやいを助けていた株式会社リプラスが、アメリカの金融破綻で、破産しそうになってしまったため、
急遽一般からの寄付を呼びかけておられるようです。
宜しかったらご協力して上げて下さい。

夏休み終盤の異常低温 

今日は8月30日です。
気温は午後4時50分で26,7.℃です。
明日で夏休みは終りとは言え、まだ夏休み中の近畿地方で、夕方の気温が27℃を切るなんて!
夏休み中とは信じられないような涼しさです。
半袖のワンピースでは涼しすぎて、開けていた窓を全部閉めて終いました。

8月上旬までのあの暑さは何処へ行ってしまったのでしょう。
我が家の老犬ポチは、外で飼っているのですが、暑さにやられて、8月の上旬腰が立たなくなり、
食欲まで無くなって終いました。
食欲だけで生きているような犬が、食欲をなくして口に含ませたお菓子を、飲み込もうとさえしなくなったのです。
そして好きだった散歩にも行けなくなってしまいました。
「ポチはもう永くないかも知れない」と私達は殆ど諦めかけてしまいました。

ところがそんなことの有った翌日から、雨もよいになると共に、気温が低くなってきました。
涼しくなるにしたがってポチは元気になり、散歩にも行きたがるようになりました。
老衰かと思っていたのですが、只の暑気あたりだったようです。
もう一週間あの暑さが続いていたら、ポチは命を縮めていたかもしれません。
異常気象のお陰で、ポチは命拾いをしたのでした。

しかしこの異常気象は、いたるところで集中豪雨を降らせて、猛威を振るっているようです。
稲はもう大体実をつけており、平年の1.5倍の収穫になりそうだと言う事ですから、その点は心配ないようなのですが・・・・

しかし現在の日本は、戦禍も無く雨にも恵まれ、有り難い事です。
アフガニスタンの現状を聞くに付け、今の日本の恵まれていることを痛感しています。

保身一辺倒の議員さんが跋扈している状況は、心配な限りですが・・・・・・・
総選挙では間違えても、憲法改正派の人は入れたくないですね。
この日本だけでも、戦争になど絶対に加担させてはならないと思います。
今の世界の指導者層は、とても真ともとは思えないではありませんか。
世界に吹きすさぶ無慈悲な殺戮の嵐の過ぎるまで、日本をぢっとして隠していたい心境です。

パソコンの誤作動? 

先日から何度か、クラスター爆弾禁止条約にコメントを書いてくださっていた、「ほの暗き闇の底」なる方との遣り取りで、
この方は朝鮮人は、日本人に属国にされていた間、日本から援助を受けていたのだから、感謝していたはずであると言う意見を、お持ちの方のようでしたので、それは無いと思うと言う事で、意見が分かれておりました。
私としては、自分にできるだけの説得をしたのですが、騙されておられるからか、確信犯であるからかは分かりませんが、何時までも食い下がってこられます。
(その方の説が、正鵠を得ているとは私にはとても思えません。)
これ以上問答しても、すれ違うだけだからと思って、最後のコメントに返事を書いたのを期に、コメント拒否にし、その名前も禁止語句に設定しました。

もうこないと思っていましたら、その人から今日何事も無かったかの如く、コメントが入れられていました。(すぐに削除しましたが・・・・・)
昨夜のことですがドジな私は、自分で禁止語句に設定した後で、その人宛のに返事のコメントを書いた為、禁止用語が含まれているからと、コメントの送信が出来なかったという、お笑い種のようなへまをやっていましたので、
その方が書かれた時、禁止語句に如何して引っかからなかったのかが、不思議でなりません。
(勿論ドジをやった後、禁止語句への設定を解除しもう一度同じ禁止語句で設定し直しています。)

これは単なる、FC2のトラブルに過ぎないのでしょうか?
それとも、何らかの手を遣えば禁止語句の無視でも、コメント拒否でも何でもスルーできる方法が有るのでしょうか?

その人がコメントで、全共闘世代は爆弾を自分で作っていたとか何とか書いてきておられたのですが、もしかして私を全共闘の闘士だった者と、買いかぶってくださっているのではないかと気になっています。

実は若い頃の私はその真反対の人間でした。
親の負担を思い、高校を出たらすぐに就職し、真面目に上司の言いつけに従う、自分で言うのは気恥ずかしいのですが、極めて大人しい真面目なOL(当時はBGと言っていました)で、組合活動など思いも及ばない、上司に従順な職員でした。(尤も当時の上司も同僚も、大抵親切で友好的でしたが)

政治思想も父の影響で、若い頃は(昭和30年代の終りから40年代初め頃)、大東亜戦争肯定論を読み、やまと新聞(帝都日日新聞)と言う右傾の新聞を読んでさえいたのです。
尤もその新聞の投稿欄で、ある60歳代の人が、世を憂えた口ぶりで、
「・・・・の為に、死ぬ奴はいないのか!」と書いておられたのを読んで、
「あれだけ大勢の若い者を死なせて、まだ若い者を死なせようとしている。」と父が怒りをあらわにした事があったのを憶えています。

当時から、自分は死なないように安全な所にいて、口ばかり勇ましそうな事を言って、若者をおだてて死地に行かせようと言う、利己主義者はいたようだと言う印象になっています。
要するに昔も今も、戦争を煽動する者は、自分だけは安全な所に居て、
正義感の強い、勇敢な若者を追い立てて(若者を犠牲にして)
自分の生命の安寧と富とを手に入れようと企む傾向にある様な気がします。

それは兎も角として、そんな若い頃を過ごしていた私ですから、
決して何かのイデオロギーの戦士などではなかったし、おとなし過ぎるくらい大人しい民草に過ぎませんでした。
それで一昨日思い立って、本名を表示しました。
書いても書かなくても、何の意味合いも無い無名の名前を書き出しましたのは、
年齢から言って、もしかして往年の闘士?と思われて期待はずれにおさせしてもと思い、
思い切って名前を書き出すことにしたのでした。(そのうち又消すかもしれませんが・・・・・)

こんな私ですが、憲法改正は何としても阻止し、これまでのように戦争放棄を貫いていくように、
細々とですが、自分なりのブログを続けて行きたいと思っていますので、
どうか宜しくお願い申し上げます。

終戦の日に思う 

今日8月15日は終戦の日である。
そして盂蘭盆会
今年のお盆はぴったりの一月遅れのお盆となっている。
昨夜は殆ど満月と思われる月が出ていたので、カレンダーを見てみると、今日は旧暦の7月15日であった。(こんな年は滅多に来ないのではないかと思う。)

と言って感激しながらも、お盆だからと言って何をするわけでもない。
我が家の宗派では、お盆だからと言って特別にお参りしたりもされないことになっているそうで、なにから何までいつもどおりの 一日である。

今日も朝から照りつける、終戦の日も朝から晴れ渡っていたそうだけれど・・・・・
日本人の多くは、「これでやっと戦争が終わると、ほっとした人が多かった」と、子供の頃私の周りの大人達は言っていたのを聞いた記憶がある。

今朝の朝日新聞天声人語に、東条元首相の残していたメモを紹介していたけれど、
「新型爆弾におびえ、ソ連の参戦に腰を抜かし・・・」等と徹底抗戦への未練を覗かせていたという。
彼にとって戦争を続ける目的は一体なんだったのだろうか?
あちこちの大都市を絨毯爆撃され、原爆を2発も落とされても、まだ足りない、全員が死ぬまで戦って事が終わるまで、絶対にひきたくないと言う、東条元首相のその動機は何処に有ったのだろうか?

私には東条英機の方が卑怯者だったのではないかと思えた。
生き残った国民の為に、何とか国を残してやろうと言う意欲さえ持ち合わせず、只敗戦の責任を追及されることのみ恐れていたから、国中廃墟となっても、戦争を終わらせたくなかっただけなのではないだろうか?

色々言われているけれど、昭和天皇はご自分と共にではあろうけれど、国民がこれからも生きていけるようにとの思いから、反対者を抑えて、終戦を決定させられたのである。

生きたがるものを臆病者と呼ぶのが、戦時中の傾向であった様だけれど、そのことが国の政治としての間違いの始まりなのではないだろうか?

生物は生きるために生まれてきているのである。
最終的には死ぬから、死ぬ為に生きているという言い方もあるけれど、
生きるためにこそ生まれているのだと言う事を忘れてはいけないと思う。

国の政治に携わる者は、国民が幸せに生きていけることを第一に考えて政治をせねばならないということは、基本中の基本なのではないだろうか?
それなのに東条英機は、国民の全部が死ぬまで戦わなければ、不満であったらしい事を思うと、
やっぱり戦争責任を問われても当然の人物であろうと、改めて確信した。

今小泉構造改革の間違いだった事が、顕わになるのを恐れた輩が、構造改革を止めるなと叫んでいるようだけれど、この人達の動機には東条英機の未練と一脈通ずるところが有るような気がする。

要するに自分の失政が、天下に明らかにされるのfが怖いのである。
自分の失政を隠す為だったら、同胞を何時まででも苦しめていても、一向に気が咎めないのである。
そういう意味で、共通したところが有ると、私は感じる。

長崎の原爆記念日 

今日は長崎の原爆記念日であった。
長崎の原爆では、主人の兄も被爆即死者なので、義兄の命日でもある。
午前11時2分、テレビの合図に合わせて、広島の時のように今日も黙祷をした。

長崎の小学校にいたのは、4,5,6年と3年間だけだったけれど、
8月9日は夏休みの登校日で、11時2分に全校生徒が校庭で黙祷をするのが慣わしになっていたので、11時2分と言う数字は私の頭にこびりついている。
小学校1,2,3年は広島の小学校に行っていたのだけれど、登校日に学校で黙祷したかどうかの記憶はあいまいである。
しかし、8月6日午前8時15分と言う数字も、やっぱり私の頭に、インプットされている。

子どもの頃に経験させられた事は、不思議と印象に残るもののようである。
近年、学校でいじめが有っても人の事であったら、下手に庇うと今度は自分がターゲットにされるから、見てみぬ振りをする子供が多いというだけでなく、そのように指導している親が多いという噂を聞いたことがある。
日本人が最近変わったのは、こんな事の影響も有ったのではないだろうか?
子どもの頃に刷り込まれた記憶、習慣というものは、その人の人生だけでなく、国の運命にさえも影響してしまうものなのかもしれない。

原爆記念日の記念特集らしいドキュメントを、NHKでやっていたのでちょっと見かけたのだけれど、
これが原爆記念日の特集とは、とちょっとガッカリするようなものであった。
「しげちゃん、命の恩人に会いたい」という表題で、小学2年の8月9日の11時過ぎ、原爆の直前、長崎大学病院の屋上で二人で遊んでいた時、しげちゃんが中に入ろうといってくれた。その直後に原爆が投下されたが、建物の中にいたお陰で、自分は全然怪我もしないで助かった。
それなら、しげちゃんが怪我をしたのかと思ったら、しげちゃんも怪我をしたわけではなく、親類がみんな亡くなって、孤児となったため、その後の消息を知らないままで来たと言う。
しげちゃんは命の恩人だから、何とかしてもう一度会ってお礼が言いたいということで、あちこち訪ね歩くというスジのものだっただった。

これが原爆の日の特集ですかと、NHKの姿勢に怒りさえ感じさせられた。
今世界の政治家達の間にも、核廃絶の動きが出始めていると言うことなのだから、
そんな世界の状況を特集して、核廃絶を呼びかける人を特集するとかしてくれてもよさそうなものなのに、
原爆記念日の特集としては、余りにも間延びした内容に、違和感を覚えたのだろう。

昨日は北京オリンピックで、盛大な開会式が放送されていたが、
開会式のちょっと前、7時のニュースで、北京オリンピックに抗議する、ネパールでのデモの様子を映像入りで報道していた。

日本国内でのデモについては、原子力潜水艦の放射能漏れに対して、寄航反対のデモが有っても、余り報道していないようである。
築地の移転反対デモの時には、報道するにはしたけれど、殊更人数を少なめに報道したりしていた。

このような、異常な状況にあっても、従順に言われるままの報道に協力する職員も、
学生時代に、自分に関わらない事は見てみぬ振りをする様にと、親から教え諭されたからだろうか?

私の娘の場合は、小学校の1年生からいじめのターゲットにされて、もっとシッカリしなさいと、親が攻め立ててばかりいたので、
益々「自分は弱虫なのだ」と言う思いを強くさせてしまった。
そのため長らく、ちょっとのいじめにも立ち向かえないような子供にしてしまっていたのだった。
もっと強くなれと励ますと言う事は、お前は弱いという事を言っているようなものであるという事を、うっかり気付かずにいたのであった。自分は弱いと親に言われると、弱い自分は強いいじめっ子に立ち向かいようが無いと、自信をなくして、益々苛められっ子になってしまうのだった。
(馬鹿な親で娘には可哀想な事をしたと、今も反省しても反省しきれない思いでいる。)

その娘がいじめを受けていた頃私は、
「私の小さい頃だったら、いじめが有っても、誰かそれを止めさせようとする動きをしていたものなのに、今はみんな知らん振りなんだな~」と、違和感を感じたことを思い出す。
自分の子供までいじめに会ったら大変という、親心も分かるけれど、
保身に走る者ばかりになったとき、社会はおかしくなって来るのかもしれない。

Dendrodium休止のお知らせ 

この度私は一身上の都合で、ブログ断ちをする羽目になりました。
Dendrodiumの更新は、出来なくなりましたので、ご了承下さい。
尚、ネット断ちではありませんので、これまで通りブログ拝見には行かせて頂きたいと思っています。
今後とも、皆様のブログを見せていただくのを楽しみにしていますので、
どうか宜しくお願い申し上げます。

今日は花祭り 

         宇野千代生家の薄墨桜

今日は花祭り(潅仏会
大津市は昨日の雨にも散らされなかった桜が、満開となり美しく咲き乱れている。
花祭りはお釈迦様のお誕生日とされている日なのだけれど
仏教国であるはずの日本に於いて、テレビ等でも殆ど話題にされていない。
花祭りにはどうしてクリスマスほどの知名度がないのだろう。
クリスマスと言うと1ヶ月も前から、マスコミも商店等も公立の病院にまで、クリスマスツリーが飾られて、国中で大騒ぎをするのに、花祭りは、完無視状態である。

「戦前にはお寺さんで、子供にお菓子が振舞われたりして、子供にとって楽しみな日だった」と、
戦前のまだ長閑だったころを知る夫は、今花祭りが殆ど話題にもならない事を寂しがっている。
戦後物のない時期は、子供にお菓子を配る余裕もなかったのかもしれない。
又ものが溢れるようになると、子供はお菓子をもらえるくらいの事で、集まってきたりはしなくなったのかもしれない。
商業ベースに乗せられなかったのは、クリスマスはどこかハイカラな感じがするけれど、
花祭りは反対に抹香臭いと感じられたからなのだろうか。
自分の家の宗教を、商業ベースに貶めなかったのは良かったのかもしれないけれど、
今の日本、キリスト教国かと外国人は思うのではないだろうか?

国粋主義者の人達は、この状態をなんとも言ってはいないようだけれど、彼らには何の反発も感じられないのだろうか。
国粋主義者であるというのが、嘘偽りだからなのだろうか。
国粋主義とは真っ赤な嘘で、アメリカ崇拝主義者だから、クリスマスは自分達のお祭りで、なんらおかしいとは思えないと言うことなのだろうか。

昼の雪 

今日は朝から雪が降り始め夕方まで休み無く降り続いた。
私の記憶では、雪が積もるのは大抵夜の雪だったと思うのだけれど、昼間の雪で銀世界となった。
今日はおでんにするつもりで、昨日の内に用意していたので、お買い物に行く必要が無かったので助かった。
積もったといっても、せいぜい10センチくらいなのだけれど、日ごろあまり積もらないところなので、面食らっている。
雪国でならこのくらい、積もったうちにも入らないのかもしれないけれど。

先日東京で5センチくらいの積雪で、至る所で交通渋滞が出たと、ニュースバラエティーで言っていたけれど、慣れてないところに降ると、ちょっとの雪でも大混乱になるようだ。

逆に九州でだったら、2~3百ミリ/時間 の雨なら慣れているけれど、東北や北海道で3百ミリの雨に降られたら、川などもその用意ができていなくて、氾濫する等大変な災害も起きかねない。
地球温暖化の恐ろしい所は、それまでの気候と違う状況になりやすい、ということも有るのではないだろうか。
今日の雪くらいなら何でもなかったのだけれど・・・・・

諸々の平和のために 

最近ブログ界で、少々揉め事が起こっていたようですが、当事者の方にしたら不愉快極まりない事であったかと思いますが、もめている時にでなかったら、言えない本音も言えるという面も有りますから、誰かが我慢したままで、協調していると思い違いをしたままでいるよりは、返って良かったという面も有るのではないでしょうか?

私は誰とも共闘をする事は出来ないだろうと思います。
人は皆それぞれに考え方が違うから、共闘となると誰かの考え方にすべてに於いて、従わなければならなくなる時が、何時か来るような気がするからです。
実社会でなら兎も角、ブログの世界で位、自分の考え方を思うまま正直に、表明しても良いのではないかと思うからです。
そうでなければブログを書く意味がないと思います。
皆が自由であるからこそ、自分の考え方が受け入れてもらえたら嬉しいし、人の考え方によって色々勉強させてもらうのも楽しいのだと思います。
時に考えを変える場合もありましょうが、
それはあくまでも自分の自由意志によって、考え方を変えているのであって、付き合いとか何とかという、諸々の強制によって考え方を変えるのではない、
そういう自由を私は大切にしたいと考えています。

武者小路実篤の有名な言葉に
「君は君 我は我なり されど仲良き」というのが有りましたが、
これからのブログの世界も、此れで行けたら最高だろうと思っています。

雨降って地固まるとなりますように!

もうすぐお正月 

昨年秋からいつの間にか政治ブログのようなものを書き始めて、いつの間にか二度目のお正月を迎えようとしています。
ブログを始めた時は、政治について書く事など思いもかけないで、娘がボケ防止のためにブログでもしてみないかというので始めたのでした。
題名(サイト名)も娘が、決めてくれるままに、dendrodiumとしたのでした。
それまでdendrodiumという言葉さえ聞いたことが有りませんでした。
何故この名を選んだのか娘に聞いた所、この名前だとまず被る(同じ名前のサイトとぶつかる)心配がないと思ったからだそうです。(親が子に名前をつけてもらったというわけです)
日本ではデンドロビュウムと言っている、蘭の1種であるということも後で知った事でした。

日本の将来を憂え、アメリカの現状に物申しながら、名前は英語で付けているなんて、ちょっとおかしいかなとも思いますが、アメリカの国民を嫌いなわけではないのだから、此れでよいのかなと思ったりしています。

今年は去年の年末と比べると、少しは民生に目が行っているような気がしています。
去年の最後のエントリーは佐田行革相辞任について書いていました。
今年は薬害肝炎訴訟の、和解案成立についてで、政府も少しは国民の方をむいているのかなという気がしないでもない状況に有ります。

でも福田政権は、国会を再延長してまでも、アメリカに対する給油法を通そうとしています。
参議院が否決しても衆議院に差し戻してでも、再可決しようと頑張っています。

福田さんはどうして其処まで、アメリカに忠誠を尽くそうとしておられるのでしょか?
今中国訪問中で、大歓迎を受けておられるようですね。
アメリカさんは此れをどう見ていることでしょうね。

総選挙は夏の洞爺湖サミットが済んでからになるだろうとの、もっぱらの噂ですが、
中国での出来事如何によっては、福田政権の解散総選挙ということになるかもしれないな~という感じもしてきました。

福田さんは中国では、「どらえもん」ののびたが、康夫と翻訳されていた事もあって、大人気なのだそうです。中国との懸案がかたずくことは喜ばしい事だと私は思いますが、アメリカはそうは思わないかもしれないと思い至った次第です。

来年はどんな年に成ることでしょう。
どうぞ良いお年をお迎えなさいます様に!

うっかり官房長官 

町村官房長官という人は,稀代のうっかり者なのではないでしょうか。
年金記録の予定どうりの解明は不可能と、厚労相が発表し、安倍総理の発言が問題にされた時、町村官房長官は、
「選挙中だったから、簡素化してものを言ってしまったのだろう」等と、
「選挙中に言う事は、いい加減な事であるというのは常識である」とでも言うのかと、思わず迫りたくなるような、弁解になるどころか、かえって相手の不信感を深めるような事を、言ってしまって問題に成ったのはつい最近の事でした。
昨日は薬害肝炎の被害者があれほど拘っていた、責任問題について、事も無げに「この際責任問題を言うよりは、1日も早く被害者の救済を行う事が先決でしょう」、等と言わずもがなのことを言っていました。
町村さんという人は根が正直な人なのだろうと思います。
官房長官になって、望外の幸運と思っておられるかもしれませんが、今の自公政権の官房長官になどならないで、御自分の気性どうりの正直な生き方を選ばれた方が良かったのではないでしょうか。
国民を騙して、宗主国に媚びるしか能のないような現政権で、正直にものを言えば、叩かれるに決まっていると思います。
言行一致が出来る事が一番の幸せではないでしょうか?
正しいと思えることについての、スポークスマンだったら、正直に言っていれば良いのですから、失言も無いかと思います。
此処は一番素質のとうりの生き方に戻られては如何ですか?
日本国民の為にも、今の自公政権のやっている事を続けることは、決して良い事ではない事は、もうお気づきなのではありませんか?
私達は一日も早い解散を望んでいます。
そして民意を反映した政権を作ることに、ご尽力いただけたらと願っています。


ところで人のことを言えた義理ではなく、私も稀代のうっかり者で、うっかりでの失敗談には事欠きません。
今月に入ってFC2ブログの管理画面が、変わってからと言うもの、私にはTBが全然出来なくなっていました。
此れはFC2の方に何か問題があるのだろうと思ってあきらめていたのですが、やっと今日私の送信(クリック)の仕方が間違えであったと言う事に気付きました。
今日試しにやってみましたら、ちゃんと送信されていました。
TBが上手く行きませんと、何時もTB下さる方に言い訳までしていました。
どうも失礼しました。

一般の公務員の質は 

今日退院後初めての診察を受けた。
全て順調で、怪我をした右手では、退院の時には、お茶碗程度のものしか、持ってはいけないと言われていたのだけれど、
今日の診察でフライパン位ならもっても良いと言われた。
怪我した方を下にする、寝返りもしても良い事になった。
怪我をする以前だったら何でもなかったことが、出来るようになっただけなのに、とても嬉しい。
そして貴方こなたに感謝の気持ちでいっぱいである。

私の入院していた病院は市民病院で、看護婦さんとか従業員は皆、市の職員つまり地方公務員である。(大津市民病院)
国でも地方でも、要職にある公務員に、職を汚す人が目立つけれど、
現場で働いておられる公務員さんは、真面目で誠実な方が多いのではないだろうか。
大津市民病院の看護師さんたちは、責任感も強く、優しく行き届いた看護師さんたちばかりだった。

お医者さんは、市から直接雇用されておられるのではなく、大学から派遣されておられるということだった。
担当してくださった先生は、年内いっぱいで、他の病院に転勤になると言っておられた。
有能で頼もしい先生だったので、次から別の先生になると言われて、残念だったけれど、あの怪我をしたのが、良い先生が居られる時でよかったと思う事にした。

中央で政治を動かしている人たちに、悲しくなるくらいお粗末な人が多いのに比べ、一般の公務員(出世主義とか、金権主義とかでないまともな公務員)は、まだまだ立派な人が多いのではないだろうか。
そんなまともな人たちが、へんな遠慮をせずに、悪いことは悪いと勇気を持って言うようになれば、日本もまだまだ再生は可能なのではないかという気がするのだけれど・・・・・

今年の漢字 

昨日テレビのバラエティー番組で、明日今年の漢字が発表されると言っていたので、
主人にどんな漢字が選ばれると思うか訊ねてみた所、『偽』と言ったので、
私は「ぴったりかもしれないけど、清水寺の和尚さんが、まさかそんな漢字は選ばれないでしょう」と言っていたのでした。
今日発表された漢字はまさしく『偽』だったので驚いたのですが、あの漢字は和尚さんが選ばれるのではなくて、公募によるのだったのですね。
 二位に選ばれたのが『食』で三位が『嘘』だったそうで、
今年に感じる印象は、誰しも似た様なもので、嘘で固められた世の中という思いなのでしょうか。

そう言えば町村官房長官が、年金問題に関して、全容解明は不可能と発表された時、
「安倍総理が来年3月までに、不明のものも全て調べると約束したのは、参議院選挙前だったからつい言ったのでしょう」とか何とか、のたまわったとか?
自民党の内部では、選挙前に嘘をつくのは常識ということの表明でしょうか?
そう言えば、だいぶん前ですが、青島知事に負けて引退した鈴木知事にも似たような話が有りましたね。
鈴木前知事が約束していた工事を、青島知事が『公約だから』と拒んだのを聞いて、
怒った鈴木知事が 「公約と言っても住民と契約書を交わしたわけでは無いのに・・・・・」と言っていたという話です。
業者とは都として契約書を交わしているから、住民との公約よりも重いという事らしいです。

選挙の公約なんてそんなにも軽いものになってしまっているのでしょうか?
そう言えば、今日大阪府知事選に立候補を表明した、橋下弁護士、ちょっと前には2万%出馬は有り得ないと言っていたらしいですね。
知事になる前からこんなに簡単に前言を翻す事のできる人が、どんな約束をしたとしても、自民党の内部常識からいっても、余り信用できないかもしれませんね。(橋下弁護士は自民党の推薦で出る人ですし・・・・・)

来年はネズミ年で干支が最初に戻りますので、真実と言う意味の漢字が選ばれる世の中にしていきたいものですね。

真珠婚を迎えて 

ランキーブログで結婚30年の夫婦をテーマに書いておられたのに触発されて、書くことにしました。
行き遅れと貰いそびれだった私共夫婦も、今日12月3日何とか結婚30年を迎える事が出来ました。
結婚が遅かったので、銀婚まで生きているかな~などと思っていたのですが、もう真珠婚です。

30年前の日本は、オイルショックとかなにやら色々有るにはありましたが、今から思うと健康な国だったな~と思います。
少なくとも労働基準法というのが有って、労働者からピンはねする商売が、大手を振ってまかり通ることなど、想像だにせずに済む世の中でした。

バブル前頃の日本は、金持ち日本と言われ、国民に少々おごりが生じて来ていたかもしれませんが、1億総中流と言われる良い時代だったと思います。
それが如何してこんな格差社会になってしまったのでしょう?

一般にバブル、バブルがはじけたと言っていましたが、この裏にアメリカの年次教書など無駄ずかい強制の働きかけがあったなど想像も出来ないでいました。
思えば宇野総理が3ヶ月で(選挙に負けたからとはいえ)外されたのは、余りに無茶なアメリカの要求を拒もうとしたからなのではないでしょうか?
その後の海部総理はきっとイエスマンだったのでしょう。
水玉模様の好きな人らしい、バブル大展開をもたらしながら、リベラルな良い政治家としての名誉まで偸むとんでもない総理だったのだな~と後で知ったわけです。

バブルが終わってみれば、あれだけ人手不足と騒いでいたのが嘘のように、世の中は一気に失業者の話で満たされる様になり、人材派遣会社が労働者の上前をはねるシステムが作られ、それが普通になってきてしまいました。

私達国民がうっかりしすぎていたからなのでしょうか、アメリカが巧妙だったのでしょうか?
今や日本の政治家は皆アメリカの意向ばかりうかかって、国民の生活をどんどん蝕んでいっているような気がします。

ひと口に30年と言いますが、30年と言うのは本当に長い年月だったのだと、改めて感じさせられています。
その30年を目前に、私はとんでもない迷惑を主人にかけてしまったのですが・・・・・。
やっぱり夫婦は古い方が良いのかも。

今日退院しました 

沢山のお見舞いのメールを頂き、感激しています。
お陰様で今日何とか退院する事ができました。
骨密度さえ確りしていたならば、何でもない転倒事故だったのですが、悲しい事に、かなり骨粗しょう症が進んでいたと見え、腕の関節が複雑に砕け、しかも折れていたという事でした。
単なる脱臼かと軽く考えて居ましたが、即入院となり一週間後腫れが収まるのを待って手術となりました。
働き盛りの見るから頼もしそうな先生が執刀してくださり、4時間の大手術になったということでしたが、無事成功させて下さり、予後も順調で2週間後に抜糸、そして今日退院の許可が出て、飛んで帰ってきたというわけです。
今の大津市民病院は整形外科が良いと定評が有るらしいです。
病院は琵琶湖を見下ろすちょっと高台にあり、6階の窓際のベッドに置いて頂き、完全看護で看護婦さんが、みんなとても優しく、同室の方も優しい方で、快適な入院生活を送る事が出来ましたが、毎日顔を出してくれる主人と、娘の負担を思うと申し訳なく居たたまれない思いでした。
これらしばらくはリハビリに通わなければならないのですが、幸い神経に損傷が無かったので、両方の指を使うことが出来、ほっとしています。(重いものはしばらく、持てないのですが)

二十日あまりの空白を補うのは中々ですが、一言お礼を申し上げたくて、個人的なことのみですが書かせていただきました。
お見舞いのコメント、本当に有難うございました。
重ねて御礼申し上げます。

ブログ休止のお知らせ 

11月6日に、自転車の転倒事故を起こしてしまい、右腕を複雑骨折して、母は一ヶ月ほど入院することになりました。
手術の必要な怪我で、入院も1ヶ月と長いですが、幸い、腕以外の怪我はなく、病院では元気にしています。
母からは、いつもいらしてくださっていた方に宜しくお伝えくださいとのことでした。

代筆:娘

抜け出す第一歩は隷属の認識 

自民、民主大連立構想が、民主党の反対で不成立に終わったとの報道がなされ、世の中を驚かせている。
自民党に失望というより、激怒して自民党を大敗させ、その票を民主党に入れたのは、民主党が自民党とは違う方向性を持った政治をしてくれると期待したからなのに、その自、民に連立されたのでは、国民はどうしたらよいというのだろう。
裏切りもはなはだしいではないか、と国民が怒ることくらいは、民主党の人たちにも分かっているようですが、こんな事を考慮してみるというそのことだけでも、なんだか裏切られたような気がしてきます。
やっぱり、あの選挙で民主党だけが伸びたのには、それだけの理由があったのかもしれないと、改めて疑いが湧いてきます。
 所謂パワーエリートの力は、どんな事態にも対応できるくらいに行き届いているので、国民が何とかしようと工夫しても、その工夫を動力にして、新しい操作方法を編み出してくる人達なのかもしれません。
 こんな事では国体の護持が等と言って、現状に怒っている人たちをたきつけて、国民が目を血走らせるように成ったなら、それが又逆手に取られて、彼らの今一番させたがっている日中戦争に、誘導されるのかもしれませんね。
晴耕雨読さんのところで、パワーエリート(国際寄生者)の事を読ませていただいて、いちいちうなずかされる思いでしたけれど、その解決法は無いのかとお尋ねした所、抜け出す第一歩は隷属の認識であるとのお答えでした。

以下に引用させていただきます。
国際寄生者は、巧妙に「知的謀略」を駆使して、宿主構成員(我々)が奴隷であることや隷属していることを感じたり認識しないようにしてきた。

「自分と家族が共同体のなかで自立して生存できる条件を保有していないこと」を、土地に縛られない自由の獲得だと説明している。

民主制を基礎とした国家にすることで、自分が命を失うことになったり、相手を殺すことになる侵略戦争を担うことを義務と考えたり愛国心の発露と信じるよう仕向けている。

女性は男性に隷属させられており、女性が“社会”に進出して経済的に自立することが解放だとされている。

そして、失業者が大量に発生しながら財が余るという過剰な生産力(高い生産性)が実現されていながら、市場原理や経済理論を持ち出して、それは仕方がないことであり、年金などが切り詰められるのもやむをえないことだと説明している。

今書いた四つのことを一つでもその通りだと考えている人は、国際寄生者にすっかり隷属していると断言する。


此処は一番、彼らに乗せられないようにするしかないのではないでしょうか?

ゲームの達人 

10年余り前にシドニー・シェルダンの小説が大流行したことがあったけれど、その中に「ゲームの達人」というのがあった。
アメリカの巨大財閥の跡継ぎ娘で、親から受け継いだ会社を大きくするのが生きがいで、世界中に指令を放っては、儲けまくっている女主人公。
この女主人公にとって、商売はゲームのようなもので、自分のよみが当って儲かる事が面白くてたまらない。
そしてどんどん、生涯儲けまくる。
その人生に色々な話が加味された小説だったのだけれど、細かい話は殆ど忘れてしまったが、只儲ける事が彼女にとっては、一種のゲームだったということが印象に残っている。
アメリカやその他の国に君臨している巨大財閥にとっては、1兆円や2兆円の財産が増えようと増えまいと、その人生の幸せに何の変化が出るというものではない人達なのではないだろうか?
その人たちにとっての関心事は、只自分の受け継いだ財産を親の代より増やせたか、減らしてしまったかの違いだけなのではないだろうか?
財産の”0”の数を少しでも増やしたい。
自分はたいしたものだと思いたい。
只それだけのために、部下のお尻を叩きまくる。
それが末端でどんな悲惨な事に繫がっているか等、考える事すら思いもかけない。
部下は主人と違って生活が掛かっているから、何とか主人に認められるよう目覚しい働きをしようと、目を皿のようにして儲けるチャンスを探し回り、ビジネスチャンスとあればなんにでも飛びつく。
悪戦苦闘して稼ぎまわる事が、世の中をどれだけ苦しめているか、人類の未来がどうなるか等考えている余裕もない。
只目覚しい働きをしなかったら、競争相手からけり落とされるから、必死でその地位を守ることしか考えられない。
その人たちの働きで、世界はますます生きずらくなってきているから、猶更今の地位から落ちるわけには行かないと、必死になる。
世界は荒され、憔悴しきってきているけれど、それに構うことなど出来はしない。

もしかしたらこんな構図になっているのかな?と想像してしまいました。

協調性の有る日本人 

「厳しい世界情勢」へ下さったうずらさんのコメントに対して書きました、お返事を一部訂正して此処に載せさせていただきたいと思います。
(日頃思っていた事でしたので)

コメント有難うございます。
仰るとうり、我が国が本当の民主主義国でないのは確かだろうと思います。
しかし本当の民主主義国なるものは、どこにもいまだ嘗て存在した事がないのではないかという気がするのですが?
日本にデモが起こらないのは、日本人の性格が、元々大人しく協調性に富んでいるから、少々の事は我慢しても仲良くやっていきましょうという、本来的には良い性格であることが、良い事の裏返しで悪い人に利用されやすい性格として現れているのではないかと思います。
元々日本人はどんな体制にも順応する国民性を持っているから、明治維新の大変革にも程なく馴染み、アメリカに新しい民主主義体制に変える様強要されても、立待ちそれに順応して、大人しく国を守ってきました。
日本の民主主義は、西洋のように、君主と戦って勝ち取った民主主義ではありませんから、何をやらせても従順に、体制に順応してしまうのだと思います。(アラブ人だったら絶対に従わなかったと思います。此の強さは、長所であると同時に、時によって救いようのない展開を持ちきたす、どうしようもない性格なのではないでしょうか。)
日本人の協調性は決して悪い性格ではなく、極めて良い性格であると思うのですが、どんな良い事にも弱点があるのがこの世の決まりで(アンビバレンツ)、このことを知った上で、全ての事に対処していき、導いてくれる者があるなら、日本は素晴らしい国だと思うのですが・・・・・

今こそ目覚めた人達が、陰に隠れていないで、国民を正しく導いて行かなければならないときが来ているのではないでしょうか。
イエスキリストの「灯火を枡の下に置く勿れ、灯火は灯台の上に掲げてこそ、その光を周りに及ぼす事ができるのである」とか「汝らは地の塩である。塩がその鹹さを失ったならば、何を持ってか塩せん(塩には味を与え、腐敗から防ぐ働きが有る)」というようなお言葉を聞いたことがありますが、
日本人の心ある方々の目覚め、動き出される時が、其処まで来ているのではないかという気がしています。

リサイクルの進捗に思う 

今朝も何時もの様に、7時過ぎに犬の散歩にでた。
今日は缶のごみの日なので、空き缶を入れた袋を持って出かけた。
一日おき位に、何かごみの日になるので、犬の散歩の時は大抵ごみの袋を持って出る。
ごみ置き場に出しておいたら、黙って持っていってもらえるというのは、何とありがたい事だろう。
大型ごみは今年いっぱいで、収集をやめにするという御達しが来ていたけれど、燃えないごみまで持っていくことを拒むようになられたら、私たちの生活どうなるのかと空恐ろしくなる。
ちゃんと民生に勤めてくれている自治体に、改めて感謝である。

今朝缶の袋を持ってごみ置き場に近づいた頃、1台のトラックが猛スピードでやってきて、ごみ置き場に出されていた缶の袋を片っ端から自分のトラックの荷台に放り込み始めた。
 どこかの自治体の首長さんが、自治体のものを盗む窃盗であると言っていたのは、こんな人の事だったのだなとピンと来たけれど、私もついでにそのトラックの荷台に、持って来た袋を放り込んでおいた。
只で持って言ってくれるのなら、あの首長さんの様にうるさいことを言わないでも、持って行かせて上げたらよいのにと思っていたので・・・・・

10数年前子ども会で古新聞を集めていた時には、古新聞の値段が安くて、そのままでは業者が引き合わないので、自治体がいくらか援助して、回収してもらっていたのだけれど、今は資源ごみとして引っ張りだこになっているということは、結構な事ではないか。
リサイクルが進んでいるということなのだろう。
私の知らないところで、色々な人たちが、リサイクルや省エネ等地球環境のためや、資源保護のために工夫を凝らしてくださっているのだろうなと、改めて立派な人も大勢居られるという事に気付かされたのでした。
人類の未来のために、今できることをしておきたい。
そんな思いの人が、大勢居られるに違いない。
その人達の思いがきっとこの度の人類の危機も、乗り越えさせてくれるのだろう信じることにしたい。

抜けるような青空 

今日は天気予報に反して、朝から秋晴れの抜けるような青空という言葉がぴったりの、日本晴れを絵に描いたような好天気です。
十月十日、ちょっと前まで体育の日という名の祝日でした。
昔東京オリンピックが開かれる時、気象庁がもっとも雨の少ない特異日として、この日を選んだのだそうですが、昨日までの雲行きと比べて、まさに特異日の名に恥じないような晴天です。
一昨日の体育の日は、1日中雨でしたね。(年によって違うのでしょうけれど、今年は象徴的に歴然とした違いが有りました。)
 小泉政権がアメリカの真似をして、国民の祝日を第何月曜日と決めてから、1月の成人の日にしても、9月の敬老の日にしても何だかピンとこない感じです。
小泉さんは何故国民の祝日まで変えてしまったのでしょう。
アメリカが其処まで要求したとも思えないのですが?
だってアメリカにとって一文の得にもならないことに、執着するとは思えませんし・・・・
小泉さんのアメリカに対する忠誠心の表象、兎に角自分の忠誠心に気ずいて欲しかったからなのではないかとつい邪推してしまいます。

ところでマスコミは恥ずかしげもなく、又同じ手を遣ってきていますね。
小沢代表の資金管理団体が家賃収入を挙げていたということを、絶妙のタイミングで取り上げて、民主党の気勢を削ぐための援護射撃をしています。
いまのマスコミは、悪を暴き社会正義のために働くのではなく、スポンサーのために役立つニュースを、タイミング良く提供するというのが本業になっているようですね。
だからと言って悪いことを放置していて良いというものではないでしょうから、困ったものですね・・・・・

運動会日和 

今日は適当に雲も有り、降る恐れもない絶好の運動会日和であった。
この好天気の中、私の地域の運動会も無事開催された。
運動会は毎年開かれているのだけれど、大抵役員と出場者しか出席していないというのが実情である。
私もこの前町内会の役員が当った年以来であるから、数年ぶりに運動会に顔を出したのだった。
玉入れは結局7位に終わってしまったが結構楽しかった。私は直接入れないで上手な人に玉を渡す役をさせてもらった。

 話が後先になってしまったが、開会式というのが麗々しく行われたのだけれど、その時来賓挨拶の後で、祝電の披露が有る。
祝電の披露の時、この地域を選挙区にしている衆議院議員の祝電が読まれた。
それからしばらくして、開会式も終わろうとする頃に、
「先ほど祝電をご披露させていただきましたが、ご本人がお出で下さいましたので、ご挨拶を頂きます。」と紹介されて当の国会議員本人が挨拶を始めた。
今日は市内でもあちこちで運動会が行われているということなので、掛け持ちで運動会めぐりをしているらしい。
間に合わなかった時のために祝電も打ち、間に合ったら挨拶という事らしい。
こんな涙ぐましい努力をしているところを見ると、やっぱり衆議院選は間近かなのだろうか?
 因みに団地内に共産党の市会議員が住んで居られるらしいのだけれど、その人は来賓にもまねかれていない様であった。
 
昨日のニュースで学習院幼稚園の運動会の事が報道されていて、愛子様の可愛い笑顔が見えた。
雅子様もお元気そうな笑顔を見せておられたので、ちょっとほっとしたのだった。
思えば去年の秋、雅子様がお気の毒な気がして、今読むとちょっと、というような処もある意見を書いて載せたのが、政治ブログにはまるきっかけになったのだった。
でも底の浅い私には、もう書くことはなくなってしまったようで、人様のブログで、勉強させていただいて、選挙のときに生かせたらよいのかなという気がしてきたので、また最初の予定どうり徒然日記に戻しました。
でも又、生意気な事を書きたくなることがあるかもしれませんが、その時はどうかご容赦ください。

お母さんの出方一つで 

昨日は若乃花のお母さんの事について、ちょっと批判的なことを書いてしまったけれど、子どもにとって(成人した後でも)お母さんがどんなに重要かという事を、以前花田一家のニュースを見た時感じたので、藤田憲子さんの態度に、ちょっともの足りなさを感じたのでした。

若乃花と貴乃花の兄弟横綱を育てた、この兄弟の両親は、当時は相撲界でも羨望の的の夫婦だったに違いない。
それが夫婦の不和、離婚となって、あれよあれよと言うまに、大横綱ともてはやされていた貴乃花は、変な宗教にはまってしまったり、まだ若いのに怪我で長期休業の末引退してしまい、お父さんの藤島親方も、あっけなく亡くなってしまった。
そしてあれほど仲が良いと言われていた若貴兄弟は、遺産相続を巡る争いでマスコミを賑わす事になると言った具合に不祥事の連続であった。
 元を質せば、藤島親方の浮気が元での夫婦間の不和が原因らしいけれど、奥さんの方まであてつけに浮気をして、結局離婚になってしまったということらしい。どちらが悪いかと争えば、どちらも悪いのだろうけれど、お母さんが怒りに任せて、何もかもぶち壊しにしてしまったと言う、不幸な例であるかと思う。
好事魔多しという諺があるけれど、藤島親方がちょっといい気になって遊び歩いたりしたのが原因なのだろうけれど、両親を喜ばせたい一心で、親の後をついで相撲取りとなり、兄弟で横綱になるまで、頑張った並外れて親孝行で立派な息子を二人も持つ事ができていたのに、一時の怒りに身を任せた為に全てを失ってしまい、二人の親孝行息子達も、その人生に翳を落とす事になってしまったのだった。
子ども達にとって母親の存在の大きさを、つくづく思わせられるこの一家の歴史と言うべきか!

お母さんの出方一つで、変わったかも知れないこの一家の人たちの運命が思われるのでした。

皆様のご活躍に期待します 

南北会談、金総書記ペース 予測不能な言動、急に愛敬も
2007年10月04日11時42分 朝日新聞
 前日とは打って変わって愛敬を振りまいたり、突然の日程延長を切り出したり――。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領との南北首脳会談に臨んだ北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は3日、予測不能な言動を繰り出した。関係者たちを振り回す様子はさながら「金正日劇場」の様相で、「外国メディアを意識した」「主導権を握るため」など様々な憶測が飛びかっている。


金正日はやっぱりやり手であるようだ。
自分と一族の将来が掛かっているから、正真正銘本気で一生懸命頑張っているのだろう。
日本の外交には、近年この必死さがないから、暢気に売国的なことも平気で行えるのかもしれない。
平安貴族が武士階級に取って代わられ、武士階級が貴族化した時、又新しい勢力に取って代わられる事によって、明治維新が成立した事を思い出して見ても、現在の日本は変革の時に来ているのかも知れない。
どこをどう変えれば良いのかなんて、私には皆目見当がつかない。

此れまで色々と親切にして頂いたのに、申し訳ないのですが、もう私の頭では限界であると痛感しています。
これからは初心に返って、普通の日記にしたいと思います。
皆様のご活躍に期待しつつ・・・・・

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。