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長崎の原爆記念日 

長崎・原爆の日の平和祈念式典 長崎市長の平和宣言に原発の是非盛り込まれる
長崎に原爆が投下されて66年目を迎えた。福島第1原発の事故を受け、市長の平和宣言にも、原発の是非が盛り込まれた。
平和祈念式典は、2011年は、初めてアメリカの代表も参列して、長崎市平和公園で行われている。
2011年は原発事故からの復興の力にしてほしいと、福島・いわき市の中学生43人も招かれた。
式典には、およそ6,000人が参列し、この1年間に亡くなったり、死亡が確認された被爆者3,288人分の名簿が奉安された。
そして、原爆が投下された午前11時2分には、参列者が黙とうをして、犠牲者の霊を慰めた。
長崎市の田上富久市長は、平和宣言で「例え長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力に代わる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です」と述べた。
田上市長は平和宣言で、初めて原発問題の是非について触れ、菅首相も原発に依存しない社会を目指すと述べた。
長崎の被爆者も66年間、放射能による健康不安を抱えながら生きてきた。
1945年8月9日、アメリカが原子爆弾を投下し、7万4,000人が亡くなった。
あれから66年。
放射線のホットスポットの調査が、2011年7月に行われた。
爆心地から北東7.5kmの長崎市間の瀬地区で、広島大学などのグループが、住宅の畳をはがして床下から土を採取し、原爆のプルトニウムが残っていないかを調べた。
ここは被爆地域ではないが、いわゆる「黒い雨」が降り、髪の毛が抜けたという証言が多くある。
住民は、「(髪の毛が)おお抜けるな、薄くなったなって、1~2カ月の間に」と語った。
66年前の内部被ばくの解明に向け、調査結果は年内に報告される予定。
被爆地の役割があらためて問われる中、例年以上に核兵器廃絶への思いを強くする1日となる。
(08/09 12:03 テレビ長崎)


長崎に原爆が投下されて66年目を迎えた。福島第1原発の事故を受け、市長の平和宣言にも、原発の是非が盛り込まれた。
あれだけの事故が起きたのだから、当然の事であろう。
今朝の新聞に、菅総理が国会の答弁で、核燃料再処理事業やもんじゅの見直しを考えていると発言されたという記事が載ってはいたが、
これだけ重大な発言にしては、新聞中段の折り目の所に、ちょっと小さめな見出しで出ていた。
出来れば国民に気付かれたくない、没にしてしまいたいという演技をしなかったら、
新聞社が誰かからにらまれるからそうしているという事なのだろうか?

鳩山総理の時もそうであったが、今の日本では首相が一生懸命主張していることを、閣僚が無視してしまう事がある。、
本当の権力は他所にあるようで、首相が置いてきぼりを食い、
総理は独りで勝手に決めるとか、出来もしないことを・・・・・・と、
マスコミは総理をこき下ろすけれど、首相に協力しない閣僚に対して、疑問さえも抱かないようである。
自民党などは、アメリカ軍への思いやり予算の増額や、東電救済法案には賛成するけれど、子供手当てのような国民救済の法案には、しつこく粘ってでも反対する。

6月24日、松永和夫経産省事務次官は「日本中枢の崩壊」(講談社)を著した古賀茂明氏(大臣官房付)に、7月15日付での早期勧奨退職を命じた。
東電に関して減資や債権放棄、経営陣の総退陣といった厳格な整理的な手法による「東電処理策」を認め、そのコピーを政府内の要路に幅広く出回らせた改革派官僚の1人を事務次官は、けしからん事をするとばかりに追い出したのだった。
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長年原発を推進してきた責任者として、事故後直ぐに更迭するべきであった松永経産相事務次官は、東電救済法案(原子力損害賠償支援機構法)が可決されてから初めて更迭される事になった。
それなのに海江田大臣は「任免権は私にある」と言って、
経産省事務次官を更迭した事を、まるで功績と考えているような発言をしておられた。
いわば顔を見られて逃れようのない盗賊に、進入経路に残った証拠物件を総て始末する時間を与えた後で、おもむろに逮捕して、手柄顔をするようなものであろう。

任免権が海江田経産大臣に固有のものであるのなら、
まともな法案を書いた者の更迭を許し
天下の悪法原子力損害賠償支援機構法を成立させたる為に粘った松永経産事務次官を、彼が納得するまで更迭しなかった責任の総てが、海江田経産相にあるという事になるが、
海江田大臣はそういう積りで、任免権云々の言をなされたのだろうか?

海江田大臣がそういうつもりでおられるのだとしたら・・・・・・、
そんな事が政治家としての手柄になるとしたら、何の為に私達は選挙をしているのだろう?
噂に聞くイラクを、つい思い出させられてしまう。


Comments

戦後日本政治の正体

「原発建設推進政府による町の壊し方はアメリカの軍事侵略占領統治と同じやり方である」

>>http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-24ec.html
>2011年8月 8日 (月)情報はすべて公開(井原勝介ー草と風のノートーさま)
>「情報はすべて公開し、大切なことは市民と一緒に決めます。」
> 私が目指す政治である。(以下略)

>(コメント欄の投稿)『民主主義』『市民運動』という騙しとその犯罪性 3~『緑の革命』の事例: 貧しい国を助けたいという善意と情熱だけでは、市場派に利用され片棒を担ぐ事になる
http://blog.trend-review.net/blog/2011/08/002042.html#more
投稿: 紹介記事 | 2011年8月 9日 (火) 10時56分<

>(通りがけの投稿)
>紹介記事
のなかから結論を紹介。
>>社会運動という中身のない運動ではなく、事実を伝えていくこと、構造認識で社会を捉えていくことこそが今求められていることなのです <<

事実を伝える記事の好例。(長周新聞)これが戦後日本政治の真実である。
>>http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/10nenhoutisurebakaminosekityouhasyoumetu.html
>10年放置すれば上関町は消滅
売町政治転換し町再建急務
  全町団結で発展の可能性大     2011年8月3日付(以下略)<

すなわち、日本政府は地位協定アメリカの操り人形棄民テロリスト政府である。
直ちに地位協定を破棄しよう。

得手に帆あげて

児玉氏の怒りは被曝に苦しんでいる人々を助けようとすると法律違反にされてしまう今の違憲立法状態を座視している人道にもとる国会議員どもに対する腹の底からの怒りである。

児玉氏の涙は東電の放射能テロによって祖先から受け継いで子孫に受け渡していくはずだった美しい日本の国土から、テロ共犯者の法匪犯罪者政府の暴力的強制執行で理不尽に追い立てられる被曝被災者の苦しみを思い胸詰まって思わず流す涙である。

児玉氏の笑顔は避難を禁じられて強制的に被曝させられたヒバクシャたちが最も大事な健康の源である免疫力をいたずらに低下させないでできるだけ強化できるよう、前途に希望を持って復興に少しでも前進があれば心の底からの笑顔で喜び合うようにするために、心で泣いて顔で笑う菩薩の尊い利他行の笑顔である。

小泉菅海江田ら与野党問わず政局ゴロカスバカ政治家どもと霞ヶ関法匪官僚や、電力会社や経団連や孫ら政商や、テレビ芸者エセ芸能人マスゴミ人どもが自分自身の私利私欲だけに基づいて感情失禁する浅ましい亡者の利己保身目的の薄っぺらな空怒りや空泣きやへらへら薄笑いではまったくない。

児玉氏の下に民間の復興総力を結集しよう「得手に帆あげて」。

NoTitle

0720032maro ミュー
「いわば顔を見られて逃れようのない盗賊に、進入経路に残った証拠物件を総て始末する時間を与えた後で、おもむろに逮捕して、手柄顔をするようなもの(略」←上手い! #原発 RT @pinuskoraie ブナ林1.和久希世さん。長崎の原爆記念日 http://t.co/2GYJxJD

吉田悟郎様

コメント有難うございます。
お褒め頂いて嬉しいです。

それにしても民主党の閣僚の面々酷いものですね。
立派そうな事を言っていたのは、野党だったからだけと言うわけなのでしょうね。
尤も、命を失うのと、栄耀栄華とどちらを取るかと迫られたら、イエスキリストのような人物でなかったら、栄耀栄華のほうを取るすしかないのでしょうが、
みんな今の地位に執着しているようですから、
そんな切羽詰った気持ちで、国民を裏切っていると言うわけでもなさそうですね。

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