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2007.03/02 [Fri]
学級崩壊
姪の話を聞いて驚いた。
2月になって決まったということだけど、子供(小学校5年生)のクラスが学級崩壊してしまったというのである。
其れまで私は、学級崩壊というのは、象徴的に言っているだけで、崩壊しているようなものだという意味かと思っていたのだけれど、
本当にクラスが解散してしまうことなのだということを初めて知った。
後1ヶ月余りなのにと、姪はこぼしていたが、そのクラスの生徒は、10人位ずつに分けられて、各クラスに入れられるということであった。
学級崩壊になった原因は、数人の生徒の母親が、先生を軽んじてPTAの時などにも、無理難題を言い立ていたが、それだけでなく、子供にもけしかけて、反抗させていたらしく、授業にならなくなっていたらしい。
姪はPTAの時、先生に食って掛かるお母さん達に、ちょっと酷いのではないかとは思ったけれど、自分が口出しをした為に、娘が苛められたらかわいそうと思うと、何も言う事が出来なかったと、自分たち母親にも責任があったと、後悔しているようだった。
そして、他の子供の親達も同じような感じで、手をこまねくしかなかったようである。
そのクラスの先生は、小さい子供を持つお母さん先生で、特に優秀というほどではないにしても、取り立てて悪い先生でもなかったとのことだった。
たちの悪い人が数人居る時、周りの者が、自分に火の粉がかからないようにということを、最優先させて、見て見ぬ振りをする事によって、どれだけの悪事が横行した事でしょう。見捨てられた人達が、どれだけ悔しい思いをしたことでしょう。
私も子供が小学校の時だから、十数年前になるのだけれど、その団地に移って間もない頃なのに、くじ引きで否応なしに、町内の子ども会の会長(役員10人)に成らされた事があった。子供の為に、変なことだけはしたくないと、意識しすぎ、張り切りすぎていたのだろう。
張り切りすぎている者を見ると、苛めたくなる種族があるもののようで(後でそういう心理があると聞いたのだが)随分理不尽な事を言い立て、嫌がらせ的なことをされたことがあった。
私自身への嫌がらせのうちはまだ、子供のために我慢せねばと思って頑張っていたのだけれど、執行部の会計の人が仕事の為に定例会に欠席が続いた時、仕事を休んででも出るべきだと言い出して、私にそう言ってくるよう要求して(まさに有無を言わさないような要求の仕方でした)来られました。
そして休めないのだったら、会計の役をやめさせて、他の人に代えよというのでした。
そんな事をしたら、その方の立場もないし、子供さんも何を言われるかわからないと思うと、黙っていられなくなりました。
忘れもしない義士祭の日、役員の半数が手伝いにかりだされ、一服している時でした。
その事を、とっちめる感じの物言いで迫られた時、それまで引っ込み思案だった私は、自分が決しておとなしいだけの人間ではない事にきずきました。
事細かく理由を並べ、そうする訳にはいかないという事を、はっきりと言ったのです。それだけで急にムードが変わっていました。
結局、この会長は弱虫らしいから、いたぶってやろうと言うので、強く出ていただけで、
相手が強かったら、すぐに引く。
苛めっ子も、苛め親も、要するに弱虫の強がりにすぎないのだと、その時はっきりと悟りました。
こちらが弱気で居る時にはどうにもならないと思っていたのに、年が明けた1月の例会から、雰囲気がすっかり変わっていました。
理不尽な事を言う人が居ても、その人が白い目で見られるようになり、
その後はすべて順調に推移し、何事も無く任期を終える事ができました。
今となっては懐かしい思いでとなっています。
今苛め等で悩んでいる人に、私は言いたい、始めから負けてかからないで!
いざとなったら、自分でも気付かないで居た力があることに、気がつく事があるかもしれないのだから!
われも人なり、彼も人なり。大した差が有るわけではない事ですし・・・
宜しければお押し下さい
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2月になって決まったということだけど、子供(小学校5年生)のクラスが学級崩壊してしまったというのである。
其れまで私は、学級崩壊というのは、象徴的に言っているだけで、崩壊しているようなものだという意味かと思っていたのだけれど、
本当にクラスが解散してしまうことなのだということを初めて知った。
後1ヶ月余りなのにと、姪はこぼしていたが、そのクラスの生徒は、10人位ずつに分けられて、各クラスに入れられるということであった。
学級崩壊になった原因は、数人の生徒の母親が、先生を軽んじてPTAの時などにも、無理難題を言い立ていたが、それだけでなく、子供にもけしかけて、反抗させていたらしく、授業にならなくなっていたらしい。
姪はPTAの時、先生に食って掛かるお母さん達に、ちょっと酷いのではないかとは思ったけれど、自分が口出しをした為に、娘が苛められたらかわいそうと思うと、何も言う事が出来なかったと、自分たち母親にも責任があったと、後悔しているようだった。
そして、他の子供の親達も同じような感じで、手をこまねくしかなかったようである。
そのクラスの先生は、小さい子供を持つお母さん先生で、特に優秀というほどではないにしても、取り立てて悪い先生でもなかったとのことだった。
たちの悪い人が数人居る時、周りの者が、自分に火の粉がかからないようにということを、最優先させて、見て見ぬ振りをする事によって、どれだけの悪事が横行した事でしょう。見捨てられた人達が、どれだけ悔しい思いをしたことでしょう。
私も子供が小学校の時だから、十数年前になるのだけれど、その団地に移って間もない頃なのに、くじ引きで否応なしに、町内の子ども会の会長(役員10人)に成らされた事があった。子供の為に、変なことだけはしたくないと、意識しすぎ、張り切りすぎていたのだろう。
張り切りすぎている者を見ると、苛めたくなる種族があるもののようで(後でそういう心理があると聞いたのだが)随分理不尽な事を言い立て、嫌がらせ的なことをされたことがあった。
私自身への嫌がらせのうちはまだ、子供のために我慢せねばと思って頑張っていたのだけれど、執行部の会計の人が仕事の為に定例会に欠席が続いた時、仕事を休んででも出るべきだと言い出して、私にそう言ってくるよう要求して(まさに有無を言わさないような要求の仕方でした)来られました。
そして休めないのだったら、会計の役をやめさせて、他の人に代えよというのでした。
そんな事をしたら、その方の立場もないし、子供さんも何を言われるかわからないと思うと、黙っていられなくなりました。
忘れもしない義士祭の日、役員の半数が手伝いにかりだされ、一服している時でした。
その事を、とっちめる感じの物言いで迫られた時、それまで引っ込み思案だった私は、自分が決しておとなしいだけの人間ではない事にきずきました。
事細かく理由を並べ、そうする訳にはいかないという事を、はっきりと言ったのです。それだけで急にムードが変わっていました。
結局、この会長は弱虫らしいから、いたぶってやろうと言うので、強く出ていただけで、
相手が強かったら、すぐに引く。
苛めっ子も、苛め親も、要するに弱虫の強がりにすぎないのだと、その時はっきりと悟りました。
こちらが弱気で居る時にはどうにもならないと思っていたのに、年が明けた1月の例会から、雰囲気がすっかり変わっていました。
理不尽な事を言う人が居ても、その人が白い目で見られるようになり、
その後はすべて順調に推移し、何事も無く任期を終える事ができました。
今となっては懐かしい思いでとなっています。
今苛め等で悩んでいる人に、私は言いたい、始めから負けてかからないで!
いざとなったら、自分でも気付かないで居た力があることに、気がつく事があるかもしれないのだから!
われも人なり、彼も人なり。大した差が有るわけではない事ですし・・・
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文字と言うのはそれだけで意味を表すものです。「いじめ」というように物腰も柔らかくないしそんな生ぬるいものではないのです。まさに虐待の「虐め」なのです。
そういう認識で物事を見ようとするからなかなか解決しないんでしょうね。