Dendrodium 医師を抱きこんで、原発作業員の被爆隠しをやって来た日本原電

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医師を抱きこんで、原発作業員の被爆隠しをやって来た日本原電 

「これが原発だ」(樋口健二著)によると、原発作業員の被爆は、医師を抱き込んでもみ消されるのが常であったようです。
1979年3月8日から10日の間に起きた水漏れ事故で、深さ20cmもの水が溜まった福島原発3号機の地下で作業していたグループの人たちが被爆した時の話です。
放射能汚染された水の中に長靴が倒れたのを、そのまま履いて作業したグループの4人全員に、2~3日すると症状が現れたそうです。
発疹があらわれ、皮膚にぶつぶつができ、かゆくてかゆくてどうしようもなくなって、夫々が双葉町の厚生病院や個人病院に駆け込んだけれど、何処の病院も「食中毒だろう」と言って真剣に取り合ってくれなかったそうです。
その中の永田さんと言う人が遂に怒って、或る病院で「ふざけるな」ときつく食い下がったところ、
その医者は「あんたら早く田舎に帰ってくれ、カルテに本当の事を書いたらわしはこの町におれなくなる」とおびえていたそうです。

原発管理社会の巨大な力が、原発のある地域の医者達までも、圧迫していた姿が浮かび上がります。
永田さんたちの現場監督は、「30ミリシーベルトや50ミリシーベルトを食おうが(浴びようが)体に異常は起こらん」と言い、「タンクに落ちたら外には出せないから、コンクリートでまいて(固めて)しまう」とも言っていたそうです。

敦賀原発の下請け会社の作業員となって働いていた森川さんと言う人(本業は農業)は、具合が悪くなり、頭痛や関節、腰に痛みが走るようになり、体全体がだるくて、いても立ってもいられなくなって、
町医者を皮切りに国立病院、名古屋大学病院、敦賀私立病院に何十回となく通い診察してもらったけれど、被爆ではない、老化現象だなどと言って、何処に行っても本当の事を教えてくれなかったそうです。
森川さんの被ばく線量が30ミリシーベルトだった事を教えてくれたのは、敦賀原発ではなく、敦賀市議会議員と町会議員だったそうです。

同じ敦賀原発で下請け会社の作業員として働いていた村居国雄さんは、放射能をぼろ雑巾で拭き取る作業をしていて、5ミリシーベルト(当時は1日の許容線量は1ミリシーベルト)を被爆してしまい、日本原電の車で、指定病院に運ばれました。一応検査はしてくれたけれど、「異常なし」と院長はその場で診断を下したそうです。
放射線被爆は長い時間をかけて追跡調査をせねば異常があるかどうか分からないはずのものなのに、即座に診断を下したそうです。
その事件をきっかけに村居さんは原発を辞めてしまったのですが、
半年位経った頃から、歯がぼろぼろかけ始め、8本も抜かねばならなくなったり、
毛髪がごっそり抜けたり、更に関節が痛み出し、倦怠感に襲われるようになったそうです。
そんな時、国会中継で田代医師の名を知り、電話をしたら見てあげると言われたので、
それまで経緯のあったビル代行の所長に、電話で相談を持ちかけたそうです。
すると所長がわざわざ家まで訪ねて来てくれて「田代医師はよくない。千葉市にある放射医研で見てもらいなさい」と村井さんを説得したそうです。
千葉では遠すぎると言うと、大阪大学病院の重松医師だったら指定医だからと、又説得し始めたそうです。そのうえ「君が重松医師の診察を受けてくれるなら、診断が異常なしでも、今までの借金と見舞金は必ず支払う。」という交換条件まで出してきたそうです。
村居さんは不審を抱きながらも指定された医師に診察を受け、敦賀原発に約束のお金を受け取りに行ったそうです。
その時くだんの所長は不在で、次長と課長のほか2~3人が待っていて「異常なし」のカルテをちらつかせて言ったそうです。
「診断の結果は放射線被爆ではないと判断された。かわいそうだが日本原電の決定がそうなっている以上、うち(ビル代行)はどうする事もできない」と。
その後、敦賀市議会と国会の場で村井さんの被爆問題が取り上げられると、日本原電と組んだビル代行は態度を一変させ、村井さん宅を訪ね白紙の小切手に「好きなだけ数字を書いてくれ」と言ったそうです。
村居さんはあくまで裁判に訴える積りでしたが、極度の経済的困窮に提示された示談金に奥さんが屈してしまったそうです。
村居さんは「どん底生活に漬け込まれ、女房が金に屈したのですが、責める事などできません。日本原電とビル代行のやり口が許せません。」と奥さんをかばっておられたそうです。

大部分の原発労働者は「これが原発だ」の著者の取材を断って、取材を受けてくれたのはほんの一部の人に過ぎなかったそうですが、その中でもほんの一部分だけを取り上げてみました。
この本は1991年に発行されたものですが、すでに原発労働者の被爆隠しに、医師たちが抱きこまれております。
本当の事を患者に伝える医師は、権力からにらまれて酷い目に会うと言う仕組みが、
早くから出来上がっていたようです。

権力に諂う医師を使って、原発労働者の本当の放射線被爆を隠しておいて、何ミリシーベルト被爆しても全然大丈夫と言い放ち、
もし放射線に実害があると言うのなら、資料を出せと言って開き直る、その筋の人の姿勢を見せられると、
終戦の時軍関係の資料は大部分焼き払われている事を承知の上で、
それ(南京虐殺などの悪事)を旧日本軍がやったと言うなら、証拠を見せろと開き直る人々と、どこか共通するところがあるような気がしました。

Comments

そういう事をするから公表の数値が信用出来なくなるんですよね。当然、政府や保安院も信用出来なくなる。
数値や影響は基準データがなく適当に決めていると騒ぎになっている動画がユーストリームにあったらしいですよ。更に数値計測の数字の映像では公表の10倍~1000倍以上のものも出ていて削除されたとか。そもそも各地の公表の数値は地上2m以上の高さ、放射性物質の溜まる地表の計測ではありません。そして裏情報ではもっと酷い話が出ています。

マスコミが駄目、政府も駄目、管理側も駄目。これは戦後最大の危機だと思います。原発は徐々に減らすしかありませんが、管理側は企業独占にさせない様にしなければ何れ第二第三の事故の危険性があります。

鳥居様

コメント有難うございます。
本当に誰かがこの流れを止めてくれなかったら、これからも今までどおりに原発を進めていけると考えている無責任な人々が大勢有るようですね。
第2第3の事故が起きたらどうなるか、彼らは子孫のために心配にはならないのでしょうか?

転載させてください。
宜しくお願いします。

nagisa様

ご丁寧に有難うございます。
宜しかったら、どうぞ転載して下さい。
有難うございます。

NoTitle

「権力に諂う医師を使って、原発労働者の本当の放射線被爆を隠しておいて、何ミリシーベルト被爆しても全然大丈夫と言い放ち、
もし放射線に実害があると言うのなら、資料を出せと言って開き直る、その筋の人の姿勢を見せられると、
終戦の時軍関係の資料は大部分焼き払われている事を承知の上で、
それ(南京虐殺などの悪事)を旧日本軍がやったと言うなら、証拠を見せろと開き直る人々と、どこか共通するところがあるような気がしました」  ⇒残念です ・・ でも南京と一緒には出来ませんよ。 

匿名様

南京事件が無かったと言った市長が今話題になっていますが、
南京事件の規模について問題にするのならともかく、はじめから無かったというのは、事実に反する思います。
私の夫は子供の頃帰還兵から、南京で酷いことをしたと、懺悔をこめた話しを聞かされたことがあると言っていましました。

日本人としたら残念な事ですが、事実を受け入れ、これからの反省の材料にするべきことだと思います。

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