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武村さんと菅さん 

こんな人間とは…武村元官房長官が首相を酷評
2011年4月28日(木)11時7分配信 読売新聞 

 「新党さきがけ」出身の民主党の鳩山前首相、前原誠司前外相と、たちあがれ日本の園田幹事長が26日夜、東京都内で会談したことが明らかになった。

 武村正義元官房長官と井出正一元厚相も同席し、さきがけ出身の菅首相の政権運営に対する批判が相次いだという。

 出席者によると、武村氏は「首相には期待していたが、こんなにポストに固執する人間だとは思わなかった」と酷評。園田氏も「菅政権を代えることが国のためだ」と切り捨てた。鳩山氏や前原氏も、首相の震災対応に苦言を呈したという。


武村正義元官房長官には、昔滋賀県知事をしておられた時、直ぐ近くでお見かけした事がある。
県主催の行事が、当時新築されたばかりの滋賀県文化芸術会館で行われた時、県知事としてきておられた武村さんが、偶然私達家族と同じ時間に文芸会館の喫茶部に来られたのだった。
県民だから一目見たら県知事さんだとは分かったけれど、私は遠慮して俯いて目を伏せてしまった。、
それが武村知事が私に笑顔を向けてくださった瞬間だった為、
私が相手の好意を拒否して俯いたかのような事になってしまっていた。
武村知事はちょっと戸惑った様なお顔をされた。
その戸惑い方を見た時、私はちょっと意外な気がした。
地位の高い人だから、私の態度に侮辱を感じられて、無礼な奴だと言う怒りの表情が、知事のお顔にはのぞくだろうと私は思っていたのだろう。
しかし武村知事はちょっと戸惑った表情になられたけれど、その表情には怒りの影は全然見えなかった。
武村知事は私に対し、有権者の一人に対するサービス心で笑顔を向けられ、
拒否された時、この者は自分の支持者ではなかったのだなと、思われただけだったのだろう。
そこには事実を事実と認識する理性があるだけで、
「一庶民の癖に無礼な奴」と言うような上から目線は全然なかったような気がした。

勿論滋賀県知事として、石鹸条例など環境に配慮した政治をしておられた事を知っているからでもあるけれど、その時から私は、武村さんは信用できる人に違いないと思うようになった。

だからさきがけ代表の時、色々と悪口を言われておられたけれど、私は武村さんは立派な人に違いないと信じていた。
鳩山さんが民主党を創られたとき、さきがけだった菅さんは民主党に入られたが、武村さんも民主党に入ろうとされたら、「お年よりはご遠慮願いたい」と誰かに言われたと言うニュースを耳にして、
そんな事誰が言ったのだろうと、ちょっと呆れた記憶が有るが・・・・・

民主党代表のとき菅さんは、年金未納を追求されただけで、さっさと代表を辞任して見せられた。
これによってあの頃、菅人気は不動のものとなったのではないだろうか。
菅さんは地位に執着しないクリーンな国民にとって希望の星のような政治家であると、
私達国民は完全に騙されてしまったのだった。
それが菅さんの計算し尽くされたパホーマンスであったと言う事が、
菅さんが総理になられてからこっちの、何があってもやめないと、政権にしがみつく態度で、
私達はいやと言うほど知らされている。
菅さんに表と裏の顔が有ったのは、今に始まった事ではないのかもしれない。
恩義有る武村正義をのけ者にしたのも、
細川政権時に武村さんが悪く言われていた事も、本当の原因は何処にあったのか知れたものではないと、
今度は菅さんにたいして、私は一事が万事のように疑いの目を向けたくなっている。


「武村元官房長官が首相を酷評」と言う見出しを見た時、
武村さんと菅総理にまつわる記憶が湧き出してきて、ついとりとめのない事を書いてしまいました。

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