http://analyzer.fc2.com/ --> Dendrodium 「あなたのなかのサル」を読んで思ったこと
FC2ブログ

「あなたのなかのサル」を読んで思ったこと 

今「あなたのなかの サル」(フランス・ドゥ・ヴァール著)を読み始めた所なのですが、
又、全部読まないうちなのに、その中の一部をご紹介したくなりました。
(年を取ると読んだ端から忘れて終いますので、記憶にあるうちにとツイ・・・・・)

この本の中で主に扱っておられるのは所謂類人猿と呼ばれているチンパンジーとボノボです。
ボノボの存在は最近まで知られていなかったそうですが、
チンパンジーを凌ぐほどの知能の持ち主のようです。
ネットにも多数の動画が載っていますが、
人間の言葉を聞いて、その意味を表すカードを取ってくるように指示したら、
可なりの数、略正確に持ってきていました。

チンパンジーもこの要領でカードを持ってくるように指示した時、
支持者の顔が見える時には、カードを持ってくることが出来るけれど、
支持する人の顔が見えない状態での支持の時には、カードを選ぶことが出来ないのだそうです。
チンパンジーは言葉を覚えているのではなく、支持者の表情を見て、
どれが選ぶべきカードかを見分けているようです。

所がボノボの場合は、支持者の顔が全然見えない状態の時でも、
間違えずにカードを選べますので、
ボノボは人間の言葉をちゃんと理解している事が証明されているのだそうです。
ボノボは単語だけでなく、文章になっていても理解できるようです。

そんなボノボですがボノボの生態の映像を見ると、大抵の人が戸惑ってしまうくらいに、
所謂”秘め事”を誰とでも、のべつ幕なしにやっているのだそうです。
ボノボにとってそれは仲間同士が喧嘩せずに友好的に付き合う為に、大変有効だから、
喧嘩せずに済ます方法としてやっている部分も大きいようです。

ボノボの集団はメスが率いている母系社会で、オスのトップはボスの息子がなるのだそうです。
それの反対でチンパンジーはボス同士が、体力と知力を駆使して戦い、
戦いに勝った者がボスになるのが決まりのようです。

ボノボの社会はオスとメスの数が、ほぼ同数なのに反して、
チンパンジーの社会は、オスの数がメスの約半数位なのだそうです。
オスの約半数が成長途中で死ぬ(半数は何らかの形で殺される)という事のようです。
(追記 この場合の社会は研究の為に、出来るだけ自然な状態が保たれている飼育場ですが・・・・・)

この本の第2章「権力 マキャベリの血」に面白い事が書いてありました。
その中のほんの一部を複写させて頂きます。
  (前略) 不人気な指導者になると、恐怖はなおのこと増大する。マキャベリは君主になるなら、貴族ではなく平民の支持を受けるのが望ましいと書いている。貴族は君主の立場を身近に感じるので、ひそかに追い落としを図るだろう。それに権力基盤は広ければ広いほど良い。マキャベリのこの指摘は、チンパンジーにも通用する。虐げられたものを守るために立ち上がるリーダーが、一番愛され、尊敬される。下からの支持が上を安定させるのである。
 民主主義が、階級社会の過去を経て達成されたというのは本当だろうか?私たち人間は、もともと粗暴で混沌とした自然状態にあり、「ジャンヌダルクの掟」に支配されていたという説は、今も根強く残っている。そこから脱却できたのは、色々な規則にみんなが同意し、一段高い権力者に、規則を守らせる権限を与えたからだ。これは、トップダウン方式の政府を正当化する時の常套句である。では、もし全く逆だったら?つまり最初に権威者が居て、あとから平等化への試みが始まったとしたら?どうやら霊長類は、こちらの順序で進化したようなのである.混沌状態など存在しなかった。初めに確固たる階級社会ありきで、それを地ならしする方法があとから模索された。ヒトを含めた霊長類には、破壊活動家の血が流れているらしい。
 消極的だが、平和好きで寛容な動物はたくさんいる。仲間にかみつくことは滅多になく、けんかのあとはすぐ和解して、食べ物や水を快く分けてやるサルもいる。ウーリークモザルになると、けんか事態が殆どない。だが霊長類学者は「支配の流儀」が異なるのだと考える。高順位のものが鷹揚で寛容な種類もあれば、横暴で懲罰好きな種類もある。だから呑気に暮らすサルがいるとしても、平等では決してない.下位の者が力を合わせて抵抗し、砂の上に一線を引かないと平等は実現しないのに、かれらはそういう事をあまりしないからだ。
 ボノボも気楽で、割合平和的な生き物だ。彼らが採用しているのは、チンパンジーと同じ「出る杭は打たれるメカニズム」だが、序列の上下をひっくり返して極限の形までもっていった。ボノボの社会は弱い性が上に立って、事実上「強い性」になっている。むろん身体的にはオスの方が強い。だからメスは、死ぬまでダムを補修し続けるビーバーの様に、上位の座を維持する努力を重ねるのである。この驚くべき特徴に加えて、ボノボの社会組織はチンパンジーより流動性が際立って低い。これもまた、同盟関係の中心が母親と息子という、切っても切れない結びつきだからだろう。相手がころころ変わる日和見的な同盟が成り立つのであれば、体制に動きが出てくるのであるが、ボノボにはそれがない。だからボノボ社会は平等社会というより、寛容と表現する方が適切だろう。
 民主主義は積極的なプロセスだ。不平等を解消するには働きかけが必要である。人間にとても近い2種類の親戚のうち、支配志向と攻撃性が強いチンパンジーの方が、突き詰めれば民主主義的な傾向を持っているのは、おかしなことではない。なぜなら人類の歴史を振り返ればわかる様に、民主主義は暴力から生まれたものだからだ。いまだかつて、「自由・平等・博愛」が何の苦労もなく手に入った例はない。必ず権力者と戦ってもぎ取らなくてはならなかった。ただ皮肉なのは、もし人間に階級差がなければ、民主主義をここまで発展させる事は出来なかったし、不平等を打ち破るための連帯もできなかったということだ。

階級社会でもボノボの様な「平和で寛容な社会」の方が良いのか?
命がけで戦っても、権力者を反省させずには置かない不屈の精神で、戦いとる民主主義の方が良いのか?
難しい処ですね。

日本の天皇制というのは「ボノボの母系(弱い性)の権力」と似ているのかも知れませんね。
確かに、鎌倉時代以降の天皇は、力を奪われた存在でしたから、
ボノボ的と言える制度かも知れませんね。

弱い性を最上位に据えることで、平和と寛容の社会を作っているボノボ、
平和が好きだったら「ボノボ社会」だし、
飽くまでも民主主義にこだわるなら力で権力を奪いあう「チンパンジー社会」だし・・・・・・・

私たちは究極的には、どちらを求めているのでしょうね。

Comments

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackback URL
http://dendrodium.blog15.fc2.com/tb.php/3468-8ab6c1e0