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シリアでロジャバ革命は成し遂げられる? 

先日「中東和平に邁進するプーチン露大統領へのお願い 」という記事に、
プーチン大統領はクルド人の立場に気を使ってあげて欲しいと言う意味の事を書いたのでしたが、
その件に関し藤永茂さんが、プーチン大統領の裁量でクルド人の立場は守られると思うと書かれ、
その理由を「ロジャバ革命よ生き残れ」の(4)に書くつもりだと書いておられたのですが、
その記事が出ていましたので、藤永さんのお考えを辿って見ました。

ロジャバ革命よ生き残れ(4)の一部を引用させていただきます。
        (一部引用 )
ロジャバ革命をシリア北東部の三角形地域に拡大しているDAANEが、その支配地域のシリアからの分離独立のアジェンダを秘めているとしても不思議ではありません。しかし、私は、それはないと信じます。ロジャバ革命が基づいている思想は骨太で明快です。民族国家形成への希求をはっきり超克しています。戦術的に、時宜に即して、表明されたものではありません。エルドアン、トランプの類はともかくとして、プーチン、アサドはそのことを十分弁えていると、私は判断しています。当面というか、短期的には、プーチンの声明(前回訳出)の中に、
「これに加えて、シリア政府と北東部のシリアに居住しているクルド人たちの間の広範な対話が開始されなければならない。シリアという多民族国家の不可欠の一部としてのクルド人のすべての権利と利益は、そのような包括的な対話を通してのみ十分に考慮されるであろう。」
とあることに安堵を覚えます。シリアのアサド大統領はこの対話に真摯に従事するでしょう。彼は国家という政治的枠組みの中で問題の解決を目指しますから、シリアのクルド人たちは、現在のDAANEのステータスから一定の後退を余儀なくされると思われます。しかし、アサド大統領は、強権的な冷血残忍なタイプの政治家ではありません。この私の判断は、最近あらためてロジャバ革命の支持を強調したチョムスキーのアサド評価と異なります。
(以下略)

という訳で藤永さんはプーチン大統領やアサド大統領は、
トルコのエルドアンやアメリカのトランプ大統領のような冷血漢ではないから、
クルド人の納得できる調停をしてくれるだろうと思っておられるようです。

エルドアン大統領が責任者だったのかどうかは知りませんが、
トルコ政府は昔、クルド人に対し酷い虐待と言われても仕方ない扱いをしていたようですから、(こちら)
クルド人がトルコに対してはなかなか心を開かなかったとしても仕方ないのかも知れませんね。

トルコ政府がやったクルド人への「国家暴力」について記した「トランプ大統領への手紙」の部分を
”続きを読む”に複写しておきます。

クルド人が強制的に4つの国に分けられてから約70年。
現在シリアのクルド人とイラクのクルド人とは相容れない仲となっているそうですから、
クルド人を無理やり一つの国に纏める必要はないのかも知れませんね。

クルディスタン労働者党(PKK)の国際関係委員会は、クルド人に対するトルコ國の虐殺作戦が進行中の今、PKKのクルド運動とISISとの比較論議に応答して、米国国民とトランプ大統領に宛てた書簡を公表した。書簡の内容は次の通り;
ロジャバ革命よ、生き残れ(2)の一部)

米国の人々とドナルド・トランプ大統領に。

我々は、我々の運動とISISという非道残酷な殺し屋集団と比較論議を拒絶する。我々の応答は次の通りである:現在、4千万人以上のクルド人が中東に住んでいる。第一世界大戦が終った時に、中東外諸強国がそれらのクルド人を4つの独裁的国家、イラン、イラク、シリア、トルコに分割したが、それが我々の運動の始まりとなったのだ。
長年の間、クルド人たちはこれらの政府に、誰もがその日々を楽しんで生きる基本の民主的権利だけを、つまり、存在する権利、自分たちの言語を話し、固有の文化に生き、自由な平等の市民として政治に参加する権利だけを求めたのだった。

“PKK はトルコの国家暴力に抵抗するために結成された”
その度ごとに、彼らは容赦なく制圧されたのだ:先進的な兵器によって爆撃され、真夜中に家屋から追い出されて、行方不明になり、投獄され、拷問にさらされ、彼らの住んでいた村落は破壊し尽くされ、そして、彼らの言葉と文化さえもが禁止されてしまった。クルド人に対するトルコ国家の暴力に抵抗するために1978年に我々がPKKを結成するまでに、トルコはトルコのクルド人地域の何十万のクルド人を虐殺していた。時間的に大して遡る必要はない;1990年代にもトルコ國は4千のクルド人村落を破壊し、非合法的に17000人のクルド人を殺害した。

“我々の努力は無視された”
トルコの指導者たちは、歴史上のあまりにも多くの独裁者たちと同じく、自由な生活を求める基本的な人間の希求を暴力と恐怖で粉砕できると思い込んだ。彼らの軍隊が国際法の全ての原理に違反する言語に絶する残虐行為を行なっている一方で、我々(PKK)にテロリストと犯罪者の烙印を押し、何十億ドルもの金を費やして、アメリカ合州國のような国々にも同様の立場をとらせるようにした。我々はジュネーブ条約に調印し、戦争は直ちに終結し、クルド人の権利は制度化されうると了解して、1993年以来いろいろの機会に和平交渉を求めた。これらの努力は無視された。

“PKKはこれまで一度もUSや他のいかなる国も攻撃目標にしたことはない”
PKKはこれまで一度もUSや他のいかなる国も攻撃目標にしたことはない。我々はこのトルコとの紛争を平和裡に政治的に解決するための交渉の機会から身を引いたことはこれまで一度もなかった。実際、1993年以来、話し合いにの道を開くために、我々は8回も停戦を宣言してきた。PKKの政治的企画は基本的人権と自由、ジェンダー解放、宗教的共存、環境保護権利に基礎を置いている。
 ISISがシリアとイラクでテロ軍事行動を開始した時、我々は立ち上がらねばと覚悟した。このグループは、我々が長年にわたって擁護のために戦ってきた諸理想のみならず、何百万の人々の安寧をも脅かしたのだ。この地域と世界の軍事的経済的に強力な諸国は、数百万人がこの過激集団に征服されているのに、行動の費用を気にして、すぐに対応しなかった。
 2014年8月、我々はイラクのシンジャールで人道的軍事行動を遂行した;そこでは、ヤジディ人集団に対して、やがて国連がゼノサイドと認定することとなる、残虐行為をほしいままにしていた。ヤジディの人たちはローカルな軍事勢力ではどうにも止められなかった敵に直面して、世界から全く無防備に見捨てられていた。我々がそこに最初に派遣した軍事勢力はたったの7人からなっていた。これに始まって、我々は北東シリアに続く人道的回廊を開くことに成功して、シンジャール山中に閉じ込められた3万5千人の民間人たちを安全の地に導いた。続いて、我々は、他の軍事勢力と力を合わせて、ISISの支配からその地域を解放したのであった。

“トルコはISIS過激集団を阻止する事を何もしなかった”
 我々の運動とクルド人たちはこの戦いに数千の生命を捧げたが、我々を‘テロリスト’と呼ぶトルコ国家は、世界中で無辜の人々を恐怖に陥れているISIS過激集団を阻止する事を何もしなかった。今、トルコ国家は、国境のすぐ南の地域からISISが国際的な攻撃を企てていた時に行ったより激しい凶暴さで北東シリアの攻撃を始めた。トルコは、アル・カエダと関連しているテロリスト暴力団を送り込んで、ISISを打ち負かした人々を苦しめ殺害している。トルコは、単にクルド人だと自己同定する人々を、シンジャールやコバニだけでなく、パリ、マンチェスター、ニューヨークの無辜の人々を殺害の目標とする集団よりも大きな脅威だと見るのである。
 2017年5月、あなた達の首都ワシントンで、トルコのエルドアン大統領が、彼のボディガードたちに、平和的に抗議しているクルド人たちを如何に野蛮に襲わせたかを、あなた達は目撃した;クルディスタン現地で彼らがどんなことをするか、想像してほしい。 我々はテロの罪を犯してはいない;我々が国家によるテロの犠牲者なのだ。我々が我々自身を守っていることが罪とされているのだ。アメリカの人々が、この世界の危険なテロリストは誰なのかを自分自身で判断できるものと、我々は信じている。
<書簡終わり> 

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