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2008.01/05 [Sat]
国民力元年
今年を国民力元年と位置づけたいと、天木直人さんが言っておられたのを読んで、共感しました。
《引用初め》
政府から切り捨てられる老人たち、今こそ生命を脅かす政策に怒らなければならない。そして真っ先に搾取の犠牲者にさせられるの若者たち、そのエネルギーを政治変革にぶつけていかなければならない。間違っても「希望は戦争」などとマスコミに持ち上げられて、踊らされてはいけない。
《引用終わり》
グローバリゼーションとか、小泉改革なるものも、要するに国民の生活より、会社の儲けを優先させようという運動だったのだということが、私達にも段々と見えてきたような気がします。
小泉改革について、村野瀬玲奈さんが要約されたものを紹介されています。
(ふじふじのフィルターさんより、 http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c31d.html )
《引用初め》
この骨太の方針で、10年間で国民から社会保障を取り上げることが決定されているわけで、それにそって行われた政策が、障害者自立支援法であり、生活困窮者への生活保護門前払いに餓死事件を起こし、また高齢者医療費割合の引き上げなどの医療制度改悪で、貧しいもの困っているものから悲惨な状況へ追いやっています。
このカイカクは、国民への社会保障をなくしていくことと同時に、規制緩和をも行い労働者への保護を取り払らうことで、正規雇用をへらし派遣労働者を量産し低賃金労働に従事させることを可能としました。労働者を雇用主の好き勝手に使い捨てに出来る社会システム造りに励むというのも与党自民党の方針なわけで・・・・・
《引用終わり》
こんな国民をないがしろにする方針を立てて、それを改革と呼び、
『改革を止めてはならない』等と叫ばれながら、その人たちに投票した私達はどうなっていたのでしょう?
改革と呼びさえすれば、良い事であるという先入観が出来上がっていたからなのではないでしょうか?
一口に改革と言っても、現状より悪くする改革もあるということを心に置いて、もっと用心深くなければならなかったのに・・・・・
小泉元首相は、アメリカの軍事費の為なら、湯水の如く日本人の血税を提供していたのですから、そんな首相を選挙で馬鹿勝ちさせた私達国民は一体なんだったのでしょう?
左翼のシンパみたいな人に(実は私の夫ですが・・・・)
「今や自民党が、革新で、社民党が保守になっているんじゃないかな」と言ったら、
「革新と言うのは、昔王様や貴族達に虐げられていた庶民が、少しずつ改革を進めて、今のように、人権が認められるようにしてきたと言う歴史認識に立つものだから、今自民党のやっている事は、改悪であっても、革新とは言わない」とむきになって反対されました。
革新という言葉には、庶民が騙されやすい下地が此処に有るのではないかと、私はその時感じたのでした。(尤も、夫は小泉さんが嫌いでしたから、小泉改革に一度もだまされる事はなかったようですが・・・・・)
革新という言葉そのものの中に、庶民を解放すると言う意味を持たせて、善玉に感じさせる何かが醸成されていたから、あの時小泉総理は国民を簡単に騙せたのではないかと?
共産主義革命にしても、改革を唱えて血の革命を推し進めましたが、革命なるものが成功した時、庶民はそれまでの王侯貴族からは、抑えられなくなったかもしれないけれど、それに代わる指導者なる人たちから、やっぱり支配される存在にされてしまっていたのでした。
要するに野心家が、現体制を壊して支配者になろうと目論む時、初めは良さそうな事を並べ立て、改革しなければならないと、庶民を誘います。
その誘いの「手」として、改革は非常に有効な掛け声であったようです。
私達は改革という言葉を妄信する癖がついていたのではないでしょうか?
一口に改革と言っても、真に正すべきものを正す改革も有れば、改革という名で改悪を目論んでいる事もあるという事を、もう一度肝に銘じなければならないのではないでしょうか?
革新と称している人たちも、革新などと、どういう意味ずけでも出来る言葉ではなく、意味のある名称に(理想を表現する名称に)変えられたら良いのにと思うのですが?
《引用初め》
政府から切り捨てられる老人たち、今こそ生命を脅かす政策に怒らなければならない。そして真っ先に搾取の犠牲者にさせられるの若者たち、そのエネルギーを政治変革にぶつけていかなければならない。間違っても「希望は戦争」などとマスコミに持ち上げられて、踊らされてはいけない。
《引用終わり》
グローバリゼーションとか、小泉改革なるものも、要するに国民の生活より、会社の儲けを優先させようという運動だったのだということが、私達にも段々と見えてきたような気がします。
小泉改革について、村野瀬玲奈さんが要約されたものを紹介されています。
(ふじふじのフィルターさんより、 http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c31d.html )
《引用初め》
この骨太の方針で、10年間で国民から社会保障を取り上げることが決定されているわけで、それにそって行われた政策が、障害者自立支援法であり、生活困窮者への生活保護門前払いに餓死事件を起こし、また高齢者医療費割合の引き上げなどの医療制度改悪で、貧しいもの困っているものから悲惨な状況へ追いやっています。
このカイカクは、国民への社会保障をなくしていくことと同時に、規制緩和をも行い労働者への保護を取り払らうことで、正規雇用をへらし派遣労働者を量産し低賃金労働に従事させることを可能としました。労働者を雇用主の好き勝手に使い捨てに出来る社会システム造りに励むというのも与党自民党の方針なわけで・・・・・
《引用終わり》
こんな国民をないがしろにする方針を立てて、それを改革と呼び、
『改革を止めてはならない』等と叫ばれながら、その人たちに投票した私達はどうなっていたのでしょう?
改革と呼びさえすれば、良い事であるという先入観が出来上がっていたからなのではないでしょうか?
一口に改革と言っても、現状より悪くする改革もあるということを心に置いて、もっと用心深くなければならなかったのに・・・・・
小泉元首相は、アメリカの軍事費の為なら、湯水の如く日本人の血税を提供していたのですから、そんな首相を選挙で馬鹿勝ちさせた私達国民は一体なんだったのでしょう?
左翼のシンパみたいな人に(実は私の夫ですが・・・・)
「今や自民党が、革新で、社民党が保守になっているんじゃないかな」と言ったら、
「革新と言うのは、昔王様や貴族達に虐げられていた庶民が、少しずつ改革を進めて、今のように、人権が認められるようにしてきたと言う歴史認識に立つものだから、今自民党のやっている事は、改悪であっても、革新とは言わない」とむきになって反対されました。
革新という言葉には、庶民が騙されやすい下地が此処に有るのではないかと、私はその時感じたのでした。(尤も、夫は小泉さんが嫌いでしたから、小泉改革に一度もだまされる事はなかったようですが・・・・・)
革新という言葉そのものの中に、庶民を解放すると言う意味を持たせて、善玉に感じさせる何かが醸成されていたから、あの時小泉総理は国民を簡単に騙せたのではないかと?
共産主義革命にしても、改革を唱えて血の革命を推し進めましたが、革命なるものが成功した時、庶民はそれまでの王侯貴族からは、抑えられなくなったかもしれないけれど、それに代わる指導者なる人たちから、やっぱり支配される存在にされてしまっていたのでした。
要するに野心家が、現体制を壊して支配者になろうと目論む時、初めは良さそうな事を並べ立て、改革しなければならないと、庶民を誘います。
その誘いの「手」として、改革は非常に有効な掛け声であったようです。
私達は改革という言葉を妄信する癖がついていたのではないでしょうか?
一口に改革と言っても、真に正すべきものを正す改革も有れば、改革という名で改悪を目論んでいる事もあるという事を、もう一度肝に銘じなければならないのではないでしょうか?
革新と称している人たちも、革新などと、どういう意味ずけでも出来る言葉ではなく、意味のある名称に(理想を表現する名称に)変えられたら良いのにと思うのですが?
テレビ大新聞が騙したのです