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一億総中流という幻想のもと格差拡大が放置され もはや階級社会となっている日本 

世相を斬るあいば達也「●新自由主義経済 AI、ビックデータ、金融の世紀、階級社会まっしぐら 」と「●続編…階級社会突入の日本 豚が肉屋を応援するなんて…… 」に、

様変わりした現代社会の様相について詳説した橋本健二早大人間科学学術院教授の現代ビジネスの記事を引用しておられる。

   (一部引用 紫字部分)

 1970年代の終わりには、「一億総中流」という言説が流布し、あたかも格差や貧困の問題は日本からなくなったかのような幻想が振りまかれた。たしかに当時、現在に比べれば日本の格差は小さかったが、中小零細企業や零細な農家には依然として深刻な貧困があった。

そしてまもなく、1980年代に入ったころには格差は拡大し始めていた。しかし「一億総中流」という幻想のもと、格差拡大は放置され続けた。そればかりか、消費税の導入、高所得層の所得説率の引き下げなど、格差拡大を助長する税制の改変が行なわれた

(ファシズム政府の様々な取り組みによって、日本でも格差はどんどん拡大して行った)

格差は政治的な争点である。しかも、それは階級的な利害と密接な関係にある。 人には日本国憲法で認められた生存権と平等権がある。だから生存権を脅かすような貧困の存在が明らかになれば、政府は対策を取らなければならない。 平等権が侵されるほどに格差が拡大していることが明らかになれば、やはり政府は対策を取らなければならない。しかしそのためには、富を特権階級から下層階級へと移転させなければならない。特権階級の利害は脅かされることになる。

だから特権階級は、貧困の存在も、また格差拡大の事実も認めたくない。特権階級は、自分たちが恵まれた立場にあることを隠すため、いまの社会では格差が小さいと主張する。そうでなくても、格差は許容範囲であり、縮小させる必要はないと主張する。

 
このように貧困が存在するか否か、格差は拡大しているか否かといった、社会に対する認識自体が、階級間の対立の争点なのである。

   (中略)

今日の日本は「格差社会」などという生ぬるい言葉で表現すべき段階にはない。

明らかな「階級社会」、しかも900万人にも及ぶ新しい下層階級(アンダークラス)を底辺におき、これに犠牲を強いる、新しい階級社会だと考えるべきである。

 

政府によって下層階級に落とされた人々の中に

こういう階級社会を推進する政府を応援する人々がある。

これを「豚が肉屋を支持する」と評しておられるが、

言い得て妙であると思った。

しかし勝手に民主主義を捨て、

下層階級を踏みつけにして恥じない政府に対し、只の豚(庶民)に何が出来るのだろう?

 

貧乏の度を越して、生きて行けないまでに追い詰められたら、

江戸時代のように一揆を起す?

 

自らをプチブルと言われるブログ主さんは、下記のように言っておられる。

政治に出来ることは限られているが、ワーキングプワー群を引き上げるのは、エネルギーがかかる割には結果が伴わない確率が高い。やはり、累進課税の強化に遡る以外、選択肢はなくなる。「階級社会」は荒れ狂う社会だ。暴力的革命を誘発する。「格差社会」であれば、自己責任論も通用する。案外、資本家階級の人々は、累進課税の強化に強い抵抗は示さない。損得世界の仕組みが、勝手に、累進税率を低きに導いただけで、既得権益階級の連中の都合だ。累進税で、金持ちが国外に逃れる、というのは都市伝説に過ぎない。つまり、政治は、現在の格差拡大が、階級闘争に至らないように、税体系の見直しなど、100年先の抜本的税制改革に向かうべきである。残念だが、無知蒙昧、厚顔無恥な安倍政権では、その緒に就くことさえ不可能だ

 

政治は、現在の格差拡大が、階級闘争に至らないように、税体系の見直しなど、100年先の抜本的税制改革に向かうべきであると思っている人が、

現在特権階級に身を置いている人々の中にも、大勢あるのではないだろうか?

 どうせ使い切れない程多額の財産を守り続ける為に、

階級闘争の血なまぐさい事態を恐れ続けるより、

累進課税の強化の方がずっとましである、

と理性的に考える事の出来る"あいばさん"のような方々が・・・・・

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