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雨の七夕 

7月7日今日は七夕ですが、
日本列島で今夜星が見える地域はあまりないかも知れませんね。
テレビは一昨日から台風7号に影響されて起きた豪雨のニュースで覆われています。
福岡 広島 岡山 兵庫 京都etcと被害は西日本各地で起きており、
テレビの報道によると死亡が確認された人が21人、
行方不明者が未だに47人もあるそうです。

今朝京都新聞は”広島で10人生き埋めか”という水害のニュースと、
昨日処刑されたオウムの松本死刑囚の写真が並んでいました。
こんな日に松本智津夫の処刑なんかしたら、
オウムに未だに心が縛られている人々の恐怖心を、
更に益す事になるのではないかと、一寸危惧を感じました。

浅原に対する信仰心とオウム信者達は思っているかも知れまでんが、
私が思うのに今もオウム真理教に帰依している人達は、
心の奥深く染み付けられた恐怖心に、未だに縛られている人なのではないかと思います。

勿論上祐氏の様に醒めていて、
今後はオウムを生計の具にしようと計略を練る人もあるでしょう。
彼はオウム真理教から脱却したと言って、
旧オウム信者達を取り込んで、新しい組織作りをし、
自分の信徒にして教団を創り、
今後の生活基盤にしているのではないでしょうか?

大抵の人の場合、一度信者になるとその教団から離れる時、
教主や友達に裏切り者呼ばわりされたり、
それがない場合でも、生まれつき気が弱くて、
勝手に罪悪感に陥ったりする人が多い様です。

そんな人達はそれまでの信仰を離れたあと、ちょっとでも不運なことが起きたりすると、
恐怖心から「罰が当たった」と、
更に恐怖心を募らせることになる場合が多いのだと思います。

人は神(又は仏)を信じて、のびのびと生活していたら、
大抵の事は、それだけで旨く行く場合が多いのですが、
一度「罰が当たった」などの、恐怖心に脅かされると、
恐怖心が更に恐怖心を呼んで、
普通にしていたら旨く行くものも、旨く行かなくなってしまうのではないかと思います。

しかし、これらは決して神罰でも仏罰でもないのです。
神仏(創造主)は何処かの教団に所属していようが居まいが、
そんな事によって、罰を与えるような存在ではないからです。
神仏にとっての関心事は、神仏が造った世界が順調に機能することだけだからです。

創造主は様々な”生き方”が出来る様に、
この世を創られたのではないかと私は思っているのです。
その生き方は当人にとっては絶対に、
自分が選んだ生き方(ままごとの様なもの)とは思えない事が必要です。
”ままごと”であると思っていたのでは、折角この世で真剣勝負をする機会を得たのに、
その迫力が半減してしまうでしょう。

世の中にはパソコンでゲームを楽しむ人が大勢ある様ですが、
どんなに真剣に遣っていても所詮ゲームはゲーム、
勝とうが負けようが、自分の人生に影響するような事は絶対にない、
只のゲームに過ぎないという思いがあると思います。
ですから、パソコンでするゲームでは、どんなに迫力があるゲームであっても、
自分の人生を左右する実生活ゲーム程の迫力はありえません。

人がこの世に生まれる時に、その人生で取り組みたいと思ったゲームには、
楽しいホームドラマも有れば、
すれ違いばかりの悲恋ドラマもあるかもしれません。
官僚をこき使い国民を泣かせるばかりの駄目な政治家になるゲームも有れば、
悪徳政治家に命がけで立ち向かう、英雄的な人生を送る者ゲームもあるかもしれません。

南ア連邦で権力に立ち向かって一生の殆どを牢獄で送られたネルソン・マンデラ大統領が、
晩年日本を訪問された時、デパートでのんびりと、お買い物をしている人々を見て、
「こんな人生もあったのだな~」としみじみと言われたと聞いた事があります。

英雄的であったり、悪い事をしても栄耀栄華を手に入れ続けようと悪戦苦闘する人生ではなく、
「埴生の宿」に穏やかな人生を楽しむ道を選ぶ人も多い事でしょう。

いずれにしても人はこの世に生まれることによって、
人生ゲームを経験するチャンスを得るのです。
そのチャンスを、予てこんな人生を送りたいなと思っているような生き方で、
生きられるような世の中を、保っていたいというのが、
創造主の一番大事にしておられる事なのではないかと私は思うのです。

ですからこの世を、滅茶苦茶にするほどのものでなかったら、
少々のゴンタ坊主は、この世の彩りとして排除しようとは考えてはおられない事でしょう。
まして、自分(創造主)の名を騙り、騙され易い者達を信者にして、富を手に入れようとする様な、
真理に遠い、富を得ることが目的の様な教団に背いたからと言って、
創造主が背いた信者に、罰を与えられる分けがありません。

もし創造主がこの世をお終いにせねばならないと思われるとしたら、
悪徳が極端に大きくなり、
普通に暮らす地球生命を、脅かす程になっている時なのではないでしょうか?

ですから天変地異が多発したからと言って、
誰かがある宗教家に背いたからだと心配するのは、筋違いだと思います。
もし仮に、そんな事が起きたとしても、
それはその偽宗教家の執念深さが「鼬の最後っ屁」をやって見せたか、
偶然に過ぎないのではないでしょうか?
いずれにしても神仏の罰でもなければ、祟りでもないと私は思います。
最後っ屁はどんなに臭くてもやがては消えてしまいます。
慌てる事はないでしょう。

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