Dendrodium 省庁の地方移転計画

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省庁の地方移転計画 

昨夕のテレビニュースで、
文科省の京都移転計画の為京都に来ておられる馳文科大臣が、
京都市の対応のまずさに、大変お怒りであるという事で、
馳大臣ご自身が怒りをぶちまけておられる映像が放送されていた。

現在省庁の地方移転が徐々に進められているのだけれど、
文部科学省は京都市の廃校跡地を利用する計画であるという事だった。
馳文科相が視察に来ると京都市に申し入れていたのに、
京都市はその(廃校になった)小学校の門扉の鍵さえ開けていなかった。
京都市の対応は不親切で非礼極まりない対応であるというような事を言って、
馳文化大臣が怒りを露わにしておられる映像であった。
その放送の時、文科大臣の後で京都市の担当職員が出て、
文科省からの連絡では大臣は廃校の周りを、車でぐるっと回ってみられるだけだという事だったので、
校門の鍵を開ける必要はないかと考えていた、と弁明する映像も放送されていた。

文科大臣をあんなに怒らせたのだから、
京都市にとっては一大事だという事で、
京都新聞の朝刊は一面トップで報道するだろう、と私は期待して今朝の京都新聞を待っていた。
しかし、今朝の京都新聞にはこの件の報道が、
一面トップに出ているどころか、
全ページを探してみても見つける事が出来なかった。

文科大臣のちょうちん記事であっても、
京都市の対応を弁護して、文部大臣を非難する記事であっても、
何か書いている筈なのに・・・・・

何故この報道が封印されたのか?
私は考えて見た。

① 馳文化大臣の勇み足だったから、これ以上報道されたくなかった。
② 省庁の地方移転について報道されたら、
自分達だけが放射能汚染された首都圏から逃げ出している事が、
広く国民に知られる(ばれる)から、
省庁の地方移転計画の事は出来るだけ公にはしたくなかったから

考えられるのは、この二つなのではないだろうか?

確かに、京都市職員が弁明している通り、
事前に大臣は車で回ってみるだけだと連絡されていたのだったら、
それでも何かの都合で中を見られるかもしれないと思って、京都市は職員を待機させているべきだったというのは、
不遜と言われても仕方ない言い分であるから
大臣に威張り病があるという事が公然となるのを防ぐ為(大臣の名誉の為)に、
これ以上報道しないよう、文科省の官僚が手を打ったのかもしれない。

しかし、省庁の地方移転計画は文科省の役人にとって、
最も隠したいことだったのではないだろうか?
省庁の地方移転は原発事故の1~2年後から噂されていたが、
公に報道されたのは見た事がなかった。
政府の役人は原発事故後の福島に、形ばかりの除染を施して、
住民を半強制的に帰還させているけれど、
自分たちだけは少しでも放射能汚染の少ない地方に、
逃げ出そうと画策して来ていたもののようである。

そんな事情は露知らぬ馳文科大臣が、
突然目立つような言動をされたので、
当日の地方ニュースにのるのは防げなかったが、
文科省の役人は、せめて翌日の新聞には書かれないようにと、大急ぎで手を打ったのではないだろうか?
それで私なども、省庁の地方移転計画を知る事が出来たのだけれど・・・・・

民主党政権の時には皇居の京都移転を計画していたそうであるが、
自民党政権・自民党政権の中でも特に国粋主義者を自称している安倍政権になって、
皇居の移転計画は立ち消えになってしまった。

原発事故直後に遷都などしたら東京都民が浮き足立つだろうから、
日本は忽ち破綻しかねないという理由もあったのだろうけれど、
事実上住所を自由に決める事を禁止されておられる天皇陛下始め皇族方を、
東京の中でもホットスポットに近い皇居の森に釘付け状態のままにしておいて、
官僚は国家公務員だけが放射能疎開する計画を立てている。

そんな官僚の身勝手な計画をそのまま了承するとは、
安倍晋三はやっぱり愛国者などとは程遠い。
自分が総理の椅子に据わり続けることさえ出来れば、
国民でも天皇陛下でも平気で見殺しにする、
究極の売国奴である事が、ここでも確定的に実証されたと私には感じられた。

追記 (12月7日)
京都新聞には馳文科相が京都に来られた事も載ってはいなかったのですが、
電子版に記事があるのに気付きました。
続きを読むに、京都新聞電子版の記事を載せておきます。

馳文科相「京都にがっかり」 文化庁移転で府市対応酷評
京都新聞 12月4日(金)12時28分配信

 馳浩文部科学相は4日の会見で、文化庁移転で2日に京都市内の移転候補地を視察したことに触れ、「予定地の中も見せてもらえず、がっかりした。誘致に向けた熱意も伝わらなかった」と京都府、京都市の対応を批判した。
 馳文科相は京都視察の感想を問われ「移転予定地の学校跡地は鉄扉を閉められたままで、中にも入れてもらえず、完成のデザイン画もない。経済界や関西一円の熱意がまったく伝わらず、がっかりした」と述べた。
 ただ、移転の是非について「予断を持たずに検討する。今後もコミュニケーションの場はある」とし、今後も京都への移転に前向きに取り組む姿勢を示した。
 馳文科相は、文化庁庁舎の移転候補地として京都側が提示している京都駅近辺の学校跡地などを視察。受け入れ施設の改修費について、「費用をどちらが負担するのか、どう進めるのかが協議のしどころだと思う」と述べた。

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