Dendrodium 集団疎開児童達の涙

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集団疎開児童達の涙 

昨夜日本の名曲というテレビ番組で、大正・昭和期のメロディーを放送していた。
「忘れな草」とか「月の砂漠」とかその他色々、
私も少女時代によく耳にした懐かしい曲が声楽家の合唱で歌われていた。

「月の砂漠」の歌を聞き終わった時、主人が思い出話しを始めた。

戦時中、小学6年生で行かされた集団疎開での出来事である。
或る日、いつもは軍歌のようなものしか放送されないラジオから、
「月の砂漠」の歌が流れてきた。
その歌に気づいたクラスのメンバー全員が、
急にシーンと静かになって、その歌に聞き入っていたそうである。
そして、歌が終わった時、
女子の中には声を上げて泣き出す者があり、
男子の中にも、涙ぐんでいる者があったそうである。

常日頃と違う美しくやさしいメロディーに、
親元を離れさせられ、食べるものも十分には与えられない厳しい日々とかけ離れたやさしいメロディーが、
子供達の心に何を齎したのか?
「月の砂漠」の歌が初めてレコード化されたのは、
夫の大部分の同級生の生まれた年・昭和7年だったそうだから(夫は早生まれなので昭和8年生まれだけれど)、
彼等彼女等が生まれた頃の世の中には、「月の砂漠」のメロディーが満ちていたのかもしれない。
それで「月の砂漠」の歌は、
疎開児童達にとって、両親の住む家で過ごした幸せな頃の、象徴のような気がしたのかも知れない。

私は終戦の時はまだ1歳だったから、戦争中のことをほとんど知らない。
私たち以降に生まれた人々の大部分の人たちも、
物心ついてからずっと日本は平和だったから、
自由で平和な世界の有難さが、もう一つ分かっていないかもしれない。

しかし、一旦戦争になってしまうと日本も、
平和を懐かしむ事すら非国民と咎められる、四六時中息の抜けない世の中になってしまい、
心の平和も常に脅かされる国になってしまうことだろう。

1 月の沙漠を はるばると 旅の駱駝が 行(ゆ)きました
  金と銀との 鞍置いて 二つならんで 行きました

2 金の鞍には 銀の甕  銀の鞍には 金の甕
  二つの甕は それぞれに 紐で結んで ありました

3 先の鞍には 王子さま 後の鞍には お姫さま
  乗った二人は おそろいの 白い上着を 着てました

4 広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ 行くのでしょう
  朧にけぶる 月の夜を 対の駱駝は とぼとぼと

  砂丘を 越えて 行きました
  黙って 越えて 行きました


「月の砂漠の」の歌詞は、とことん悠長でのんびりした歌詞で、
特に意味などない歌であると思う。

軍歌のように、何としても勝つんだという気概もこめられていないし、
何かを強制される様な雰囲気も全然ない。
子供達は美しい月夜の砂漠のメルヘンに、
想像の翼を自由に広げる事が出来る。
あの素晴らしい世の中に、一日も早く戻って欲しい、と、子供達の涙は言っていたのかも知れない。

昔ソ連が崩壊する以前に読んだ、
ソルジェニーツィンの小説(収容所群島だったかと思う)にあった、
収容所に収監された男性の話の1シーンが思い出させられる。

その人が如何して収容所に入れられる事になったかは覚えていないが、
その男性が呼び出されて収容所の中の事務室に行った時、
ラジオから懐かしいメロディーが流れていた。
その人はそのメロディーに引き込まれる様に聞き入った。
そしてラジオの受信機に灯っていた緑色の光の美しさに、
長らく自由の世界から隔てられて来た事を痛感させられ、
郷愁の様なもので、涙が滲んで来たというようなシーンであった。

戦時中というのは国全体が、収容所の中のような状態になるのではないだろうか?
その中では自由に考える事も、自由に歌う事も許されない、
窮屈で暗い世の中となってしまうのではないかと想像される。

私は終戦の時には1歳10ヶ月だったから、
当然論理的に考える力などなかったのだけれど、
幼児は幼児なりに戦時中の、暗い雰囲気を肌で感じていたのではないかと思う。
2~3歳になった頃(戦後1~2年経った頃)だと思うが、
世の中が何となく明るくなっているような気がした記憶が、今でも薄っすらと残っている。

総てに於いて殺気立った時代・戦時中には、
平和な時代には何の変哲もない普通の音楽でも、
現在の私たちには想像できないくらいに、強く心に響くものなのかもしれない。

夫の思い出話を聞いた時、
例え銃後であっても、戦争がどんなに厳しいものであるか、
恐ろしいものであるかを痛感させられたのだった。

況や、戦地に行かされる若者たちの艱難は、
銃後の者が耐えさせられた厳しさ等とは、
比べようもないくらいに厳しいものだった事だろう。

金輪際、日本は戦争になど加担してはならない、と改めて思わされたのだった。

Comments

月の砂漠

私の家には、レコードも絵本もありました。私の記憶では、これはもの悲しい歌でした。王子と姫はどこへ行くのだろうと、身の上が心配でした。戦時中に禁止にはならなくても、放送されるのは珍しかったでしょう。
昔の童謡には短調で、ゆっくり歌うと悲しい歌が、けっこう多いのです。

志村建世様

コメント有難うございます。
そう言えば、月の砂漠は、美しくも物悲しい歌ですね。
集団疎開の児童達の涙の原因は、
物悲しい調子の歌に、自分の悲しさが共鳴したという面もあるのかもしれませんね。

私の子供の頃は戦後でしたので、
月の砂漠の歌はよく放送されていて、好きな歌の一つでしたが・・・・・

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