Dendrodium 沖縄の米軍基地を読んで

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沖縄の米軍基地を読んで 

沖縄の米軍基地「県外移設」を考える(高橋哲哉著)を読んでいる。
この本にもアメリカの海兵隊撤退の計画を、日本政府が引き止めて取りやめにさせた話が載っていた。
しかも、一度ならず2度までもである。

一度目は沖縄の日本復帰直後の1972年から1973年に掛けての事で、
オーストラリア外務省の公文書に載っていたそうで、
米国国防省は沖縄の海兵隊基地を米本国の基地に統合する案を検討していた。米国は当時、ベトナム戦争が泥沼化する中で線費がかさんで財政負担に苦しみ、基地機能の見直しを進めていた。海兵隊撤退論もその為に進めていたのだが、それが実現しなかったのは、日本政府が沖縄駐留維持を求めたからだとある。

2度目は1995年の事で、
沖縄の米兵が少女暴行事件を起こした時、
ペリー国防長官は米国議会で、「日本のあらゆる提案を健闘する用意がある」と発言し、
ナイ国防次官補も「日本政府が望むなら舞台を本土へ移転する事にも応じる」と「本土移設」の可能性を示唆していた。

のに、日本政府がそれを拒否し、普天間飛行場の県内移設へと収束して行ったのだそうである。

これでは日本が米軍に駐留経費を出させられても、文句が言えない筈である。
米軍に「日本を守ってやっている」と言われても、反論できない筈である。
こうやって日本政府は、
どんどん米軍に嘗められるような事になって行き、
それが今日の、自衛隊員を米軍の走狗として出させられるという国難に、繋がっているのではないかと思えてきた。

当時の日本政府要人は、
アメリカを敵に回す事態になったら大変だからと、米軍を引き止めるような事をしたのかもしれない。
米軍を日本で大事に接待にしていたら、アメリカは日本に対して悪い様にはしないだろう、との計算だったのかも知れないが、
日本政府の余りの低姿勢に、遂に日本はアメリカに嘗められ切る事になって終った、
というのが現在の日本が、アメリカから好い様に毟り取られる様になった原因なのではないだろうか?

日本政府にもっと毅然としたものがあったなら、
アメリカも現在のように厚かましさの塊のような政府にはならなかったのではないだろうか?
これでは、日本はアメリカ人から
「日本は守ってもらうばかりでズルイ」等と言われても反論できないわけである。

一方で日本政府は戦後間もなくには、日本国内にあった米軍基地まで、殆どの基地を沖縄に移してしまった。
米軍基地の殆どは、沖縄でなくても事足りるのに、
米軍だけが使っている基地(米軍専用施設)は、日本にあるもののうち、その面積の約74%が沖縄に集中しているそうである。

現在政府は沖縄の人々がどんなに、埋め立て反対を主張しても無視して、辺野古埋め立て計画を強行しているが、
日本政府は終始一貫して沖縄に犠牲を強いて来ていたようである。
政府はアメリカに対し、米軍基地を沖縄の県外にも国外にも、移転する事をいっさい求めようとしないばかりか、
撤退するという海兵隊を、引止めさえしているのである。

野田政権時アメリカ側が、沖縄負担軽減の為、海兵隊の一部の岩国移転を申し出た時、
山口県や岩国市が強烈に反対した。
そうしたら、玄葉外相は
「ご安心いただきたい、岩国に追加移転をお願いする積りはない」と明言したそうである。

岩国市に対しては「ご安心いただきたい」と米軍の了承を取り付ける前でも言えるのに、
どうして沖縄には「ご安心下さい」と言えないのかと、沖縄の人が不満に思っても当然だろう、。

日本政府も日本人も、ずっと沖縄を犠牲にして平然として来ていた。
平然としていないまでも、何とかしようと努力をしては来なかった。
日本政府には、一種の虐め体質があると言えるのかも知れない。
虐め体質の者は虐められる事にもなじむ体質なのだと言う。

だから、日本政府は横暴なアメリカの要求にも、反対しないで、
唯々諾々と従って、今度は国民を苦しめているのではないだろうか?

日本人の悔しさを思うとき、沖縄の人々の悔しさも分かろうというものであるが、
もう手遅れなのだろうか?

Comments

いじめられている方が被害を否定する文化

子供のいじめでも、いじめられている方が大人達に気を遣って「いじめなどない」と言い張るような文化が日本にはあります。だからいよいよ追いつめられて自死するような結果になってから「見逃したサインはなかったか」などと言う反省が出ます。

日本人には何かと評判が悪い中韓の人達ですが、彼らはある事無い事片端から言募って10のうち1−2個でも自分の主張が通ればそれで良いという文化です。日本人のように彼らの言う戦争被害や慰安婦問題を全て真に受けて気の毒がるのもどうかと思いますが、受けた被害について相手を批判もせずに黙っているよりもよほど健康的な文化だと言えるでしょう。アラブの人達も三百代言で主張したことの2−3割を叶えることを良しとする文化だと理解しています。

日本はやたらと気を遣って米国に言いたい事も言わず、大人しくしていれば向こうが気を遣って良くしてくれる(日本の国内ではこれが常識ですが)と信じて国際問題に対してもこの対応を続けています。沖縄の基地問題など最たるものであって、邪魔な者は出て行けと言えば良いのだし、また必要になったら来いといえば良いのです。米国の国益にかなうならばまたやってきます。米国が出て行ったら中国が来る? 黙っていればやってくるでしょう。黙っていなければ良いのです。外交とはそう言うもので10主張して1−2通れば良いのですし、簡単に侵略されないだけの盤石の国力を備えていれば良いだけの事です。自己主張をしすぎると険悪になり戦争になると信じてしまっている人達もいます。そんなことはありません。どの国も自国で戦争などしたくない(自国で戦争をしない主義の米国を除いて)のです。

日本はもっと国際社会に国家として自己主張をするべきです。言う前から「独りよがりな主張は聞いてもらえない」などとしたり顔で言う人もいますが、日本の敗北主義を支えているのは自己主張を否定するこれらの人達だと日々感じています。

rakitarou 様

コメント有難うございます。
日本人は自己主張をしない習慣があるようですが、
沖縄の人は日本人に輪を掛けて、自己主張を自ら抑える、思いやりの人々だったようですね。

それで、米軍基地をじっと我慢してきていたら、日本政府は日本各地の基地までどんどん沖縄に移転して行ったようです。
ここに来て沖縄の人々も、我慢し続けるのが嫌になって来たのだろうと思います。
と言うより、我慢し続けたら事態はますます悪くなるのだと、身に染みて感じてきたのだろうと思います。

日本人の悪い癖は、五月蝿い人には、必要な事も言えないが、
おとなしい人に対しては、
何所何所までも付け入ってしまうという所がある様な気がします。

そして嘗ておとなしかった者が、我慢の緒が切れて毅然として来ると、
豹変したと言って怒るのです。

これが今の日本政府と沖縄との関係なのではないかと感じました。

やはり、相手が我慢強いからと言って、付け入ってばかりいると、
最後には誰からも、思いやりを受けられなくなると言うことかもしれませんね。

政府のエリート達は、自分達の賢さを過信しすぎてしまったのではないでしょうか。
憲法9条をバリケードにし続けられると、米軍を利用していたら、
米軍に「馬鹿にするな(米軍はお前らの傭兵ではない)」と、
憲法9条を無視して、自衛隊員を差し出せと力づくで迫られたのかも知れません。

占領軍の撤退を慰留する等という手を使って、
アメリカから上手い汁を吸い続けようと言うのは、余りに危険な賭けだったと思います。

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