Dendrodium 原発の維持費に 1.4兆円

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原発の維持費に 1.4兆円 

今日の京都新聞の1面トップは、
「原発維持に1.4兆円」
稼動ゼロ14年度「大半を料金転嫁」

となっていました。

政府が原発政策を続行しているから、
国民の反対で原発の再稼動が出来ず採算が合わなくても、
電力会社は原発の維持管理を、続けさせられているというのが現実のようです。

原発を止める事にさえすれば、電力会社も再稼動を目指した原発の維持管理にお金を使わず、そのお金を廃炉費用に使えば、危険な原発の処理も出来るのに、それが許されない構造になっているのかもしれません。

東電福島で起きた大事故以来、国民の大部分が反対している原発を、
無理して続けねばならない理由がどこにあるのでしょう?
それこそ政府には「丁寧なご説明」が必要だと思います。

政府の説明が国民を納得させ得るものであろうとは思えませんが、
今のように、原発が一番安い電源であるとか、
原発はCO2を出さないから環境にやさしいなどと、嘘ばかり付いていたら、
国民の政府不信は募るばかりになる事でしょう。

終戦記念日にちなんでの談話で、
いつまでも戦争責任を問われる状況から、未来の日本人たちを開放したいと、
珍しく安倍総理が未来の日本人の事に言及されたそうですね。

安倍総理が本当に未来の日本人の事を心配するお気持ちがあるのなら、
国中にある廃炉処理の出来ていない沢山の原発や、
処分場も決まっていない莫大な量の使用済み核燃料を、
未来の日本人に、そのまま押し付けることにならないための施策をこそ、急がせるべきでしょう。

どうして、政府は廃炉作業を急がせようとはされないのでしょう?
尤も、安倍総理の言い訳を聞いても仕方ないかもしれませんが・・・・・

娘に勧められ最近「脳は何かと言い訳をする」(池谷裕二著)を読みました。
第1版が平成22年に出されている本ですから、脳科学のかなり新しい知識だと思います

内容も面白かったのだけれど(詳しい事はほとんど記憶に残っていないのですが・・・・・)、
東大を出てコロンビア大学に留学された最先端の科学者である著者が、
「おわりに」に書かれた、科学とは何かについての考え方が、印象に残っています。
その一部分を、下に引用させていただきます。
   (引用 前略)
実験に実験を重ねて謎を解き明かすと、必ずや次の謎が生まれます。
もちろん、その新しい謎を解明しても、きっとその先に、別のもっと深い謎が待っていることでしょう。

科学的な探求に「フラクタル性」がある限り、研究が完結するという事はありえません。
総ての化学は未完成であると言えます。
「現時点では」という意味ではなく、未来永劫にわたって科学は不完全であると言ってよいでしょう。
   (中略)
「科学的」という言葉を聞けば多くの方は、曖昧なところのない高度な論理性を持ち、
冷徹な視点で真実を迫り、データを精確に記述するという印象を持たれると思います。
しかし、科学的な事実は時代とともに逆転することもありえます。
真が偽になり、偽が真になりえるのです。
   (後略)

と、びっくりする様な事を書いておられるのです。

私たち戦後育ちの者は、子供の頃から科学的か非科学的かについては、
歴然とした差があることだと信じさせられて育ってきていますが、
科学というのは、現時点で分かっている最高の知識という事に過ぎないもののようです。

とすると、もしかしたら宇宙の真理に付いては、
お釈迦様の直感の方が、正鵠を得ていているのかも知れませんね。

Comments

反証可能性

十数年前になりますが、かつてニフティサーブに『現代思想フォーラム』というのがありました。そこでハンドルネーム・『うな』さんという聡明な方が反証可能性についてのスレを立ち上げていました。  @科学というのは常に『反証可能性』を内包していて、それがないものは科学ではなく宗教である@ (byポパー・・だったと思う)。

まさしくこれは

>総ての化学は未完成であると言えます。
「現時点では」という意味ではなく、未来永劫にわたって科学は不完全であると言ってよいでしょう。

をあらわしています。物知らずの私の頭のなかに薄ぼんやりとあった科学への接し方を見事に明文化してくれました。今回のこのブログの記事で『fshiso』を懐かしく思い出しました。

バカを馬鹿と言っても詮無いですが、某安倍などには決して理解できないことではありましょう。なんたって  「そうならないようにしているからそうはならない」と(おそらくは)本気で言っちゃう人だから・・・。で、いざ爆発したら指摘され続けたことは『想定外』で今度は『アンダーコントロール』とか言うし、日本語で言えないものは英語ではもっと陳腐になるのだけど、・・・なるほど、おバカのオツムには反証可能性などないのは道理でした。

パンダ様

コメント有難うございます。
もう十数年前に、こういうことを、知っている人は知っていたのですね。

誰かの説を科学的でないと言って談じる事位、非科学的な事はないのだとか・・・・・
面白いですね。

将に、「真が偽になり、偽が真になりえるのです」ね。

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