Dendrodium カミングアウト

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カミングアウト 

日本会議の重鎮として鎮座する者に椛島有三なるものがあり、長崎大学出身者だそうである。
その者は若き頃「生長の家」の谷口雅春の思想にかぶれし者であると聞く。
椛島なるものは生長の家の神国日本という思想にかぶれたのかも知れないが、
生長の家ではそれより、「中心帰一」というのを強調していたのをご存じないのだろうか?
家に於いては「父」に帰一し、
国に於いては「天皇」に帰一することが善であるという思想である。

今椛島は長年の夢である生長の家の思想を、実現するときが来たと意気込んでいるようであるが、
天皇陛下のご意思と真反対のことをしようとしながら、
椛島は生長の家の思想を実現しているのだと思っているのだろうか?

谷口雅春が憲法改正を叫んでいたのは、今から思えば戦後間もない頃のことであった。
あの頃であれば、日本人の気概にこだわる人が大勢居た頃だから、
占領憲法を破棄して、自主憲法を創るということにも、幾分かの意味はあったかもしれない。
しかし、戦後70年ずっとアメリカの占領に甘んじて来た日本人には、
自主憲法を創る気概などありはしない。

自主憲法を創るためには、占領軍から解放されてからでなくてはありえない。
米軍に首都の近くに基地を置かれ、
首都東京の制空権を押さえられたままで、
日本の主権などある筈がない。
占領されたままの国で、憲法を作り直したからと言って、
そんなものは自主憲法でも何でもありはしない。
まして、米軍の求めに応じて憲法を壊し、解釈壊憲などと言っている者が、
愛国心を持った国粋主義者でなどある筈がない。

私の生長の家との縁は、父の齎したもの以外には何もない。
私の父は昭和の始め頃、現在はエネルギー革命で今はなくなっている三菱鉱業に入社し、
門司支社で働いていた。
入社して数年後、まだ独身だった頃父は、当時はやりの肺結核に罹ってしまった。
父の生家は明治以降極貧で、ぎりぎりの生活の中から、父は商業学校に行かせて貰い、
幸い成績優秀で三菱鉱業に奉職できたのだった。
当時田舎の父の両親は、息子からの送金で暮らしを立てていた。
もし父が肺病で会社を辞めて、療養せねばならないことになると、
父だけでなく田舎の両親も皆、生きていけなくなってしまう、絶体絶命のピンチになっていた。

会社の同僚たちは、父が肺病らしいと陰で噂し、怖がっている風に見えたと言う。
絶体絶命の思いで、父は支社長に相談に行ったと言う。
父の話を聞いた支社長は、
「肺病なんて働きながら治せと言われているんだよ。」と一冊の本を貸してくださり、
内の女房だって昔は肺病病みで、骨と皮のようになっていたけれど、今はぶくぶく肥っているだろうと、
奥様の話までして、会社は辞めなくて良いと太鼓判を押してくださったそうである。

父はそれしか生きる道がなかったから、
支社長の言葉にすがる思いで、会社で働き続けたそうである。
そして支社長の言葉の通り,気が付いたら、さしもの肺病も消えてなくなったように、治癒したのだそうである。
父は事あるごとに「嶋村さん(支社長の名前)は命の恩人じゃ」と、言っていたが・・・・・

後年の事になるが、嶋村さんはフィリッピンの支社長をしておられたとき終戦になり、
捕虜にならないために、皆で山野を逃避中、
足が靴ずれでそれ以上一歩も歩けなくなられ、
同行していた部下たちに、自分を置いて逃げてくれと頼まれたけれど、
嶋村さんを置いて逃げるわけには行きませんと、
誰一人その場を離れようとしないので、
自分が生きていたら皆に迷惑をかけることになると、
嶋村さんは部下たちの気づかない隙に、ピストルで自殺してしまわれたそうである。
最後までご立派な方であった。

肺病が完治した後で、父は生長の家と出会ったのだそうである。
だから生長の家で病気を治してもらったわけではないけれど、
当時(戦前)の社会では、健康保険等なかったから、
一家の柱になる者(稼ぎ手)が病気になどなったら、即一家全滅になっていたそうである。

「だから、生長の家の病気本来無しの思想に共鳴し、その普及に力を尽くそうと思ったのだ。」と父は言っていた。
「今は健康保険があるから、別に話をしてあげる必要も無くなった・・・・」とも言っていた。

病気本来無しとは、病気とは人間本来のものではなく、一過性のものだから、
人が病に捉われて、悲観してしまったり、色々と世に蔓延る迷い(思い違い)に惑わされたりしないで、
自分自身の回復力・免疫力を信じて、
心静かに病と向き合うことが出来さえしたら、
医者にかかれずとも(信じて待てば)、必ずその内、治るものである、という様な趣旨であると私は理解している。
人は理屈だけでは信じることの出来にくいものだから、
神仏の名を借りて、人間は神仏の子だから、神仏と同じように、
無限の知恵・無限の愛・無限の命を持っているものであると教えているが・・・・・

戦後間もない昭和23年ごろ長崎県の炭鉱の島・崎戸に父が転勤になり、
私たち家族も1年間崎戸に住んでいたことがある。

父は仕事が終わった後の夜、人を集めて、生長の家の教えを話す講演会をしたり、
頼まれて病気の人を見舞って話をしてあげたりしたら、
父の話を聞いて病気が治る人が続出したそうである。
軽い病から重い病まで、驚くほど次々と、病気が治る人が続出したそうである。

崎戸は炭坑夫が大部分の島だから、
島の人にとって本社の職員というのは、雲の上の人の様な存在だったそうである。
「だから島の人は、わしの話を直ぐに信じてくれた、
それで、崎戸ではあんなに次々と病気が治ったのだ」、
と後に父が私に話してくれたことがあったが・・・・・

父が崎戸から広島に転勤した後、
崎戸からの便りで、生まれつき目の見えない人で、
盲学校に行っていた女性が、視力を回復し、
針に糸が通るほどにまでなったとの報告があり、
点字で書いたお礼状が添えられていたそうである。

崎戸にいる頃私はまだ4~5歳の幼児で、
当時の事は余り覚えていないのだけれど、
数少ない記憶の中に、沢山の大きな蠢いている伊勢えび見た記憶がある。
その伊勢えびは、父の話を聞いて長年患っていた病気が快癒したと、
地元の漁師さんが、お礼に大きな伊勢えびを10匹ちかく持ってきてくださった事があったのだそうである。

崎戸では父が去った後も、
生長の家の信仰が「燎原の火」の如く普及して行ったそうである。
おそらく長崎県に「生長の家」の信仰を広めるきっかけを作ったのは、私の父だったのではないかと思う。

日本会議という右翼の集まりの代表的な人物に、元生長の家の信者だった者がいると聞いた。
日本会議の重鎮・長崎大学出身の椛島氏が、生長の家の政治思想にのめりこむようになったのは、
長崎に生長の家を普及する切掛けを作った私の父にも、遠因があるのかも知れないと、気になっている。

生長の家の思想普及に寄与したのが遠因で、現在の日本会議の様な売国奴が育まれるきっかけを作ったとを知ったら、
父は不本意に思うだろうなと思う。

谷口雅春氏にしても、占領軍の帰還運動もせず、
占領軍に好都合な憲法解釈をするような売国奴達が、
愛国右翼を名乗って、
あまつさえご自分の名前を騙っているのを見られたら、
きっとがっかりしておられる事だろう。

安保条約の破棄や、地位協定の見直しなどに一切努力せず、
ひたすら占領軍の求めるのと同じような憲法改正ばかり求めている者たちは、
愛国心を騙る”騙り”に過ぎない。
長年自主憲法制定運動を続けていたら、
武器を作って売りたい業者とか、
日本人をアメリカの戦争に借り出したい米軍とかから、
運動推進者達に、色々な財政的援助があったのだろう。
そうでなかったら彼等が、今の安倍壊国政策に応援などしている筈が無い。

因みに鳩山一郎氏の奥様薫子夫人が、毎月音羽御殿と呼ばれた鳩山邸で、
生長の家の誌友会を開いておられたことは有名である。
そのご縁で鳩山由紀夫氏も、以前日本会議に参加しておられたのだろうけれど、
今はそれと真反対の動きをしておられる。

鳩山由紀夫氏のなさっている事は、
本当に国を愛している人だったら、そうするだろうと思うようなことだと私には思われる。
日本の事を本当に心配しているものなら、今の安倍政権・日本会議になどに賛同出来る筈がないだろう。

私は若い頃父に付いて生長の家の話を、聞きに行ったりしていたけれど、
父が晩年生長の家から離れていたので、
私も離れて久しい。
父はキリスト教の教会に3年間、雨の日も風の日も一回も欠かさず木曜勉強会に通って、
牧師さんを驚かせたことがあったそうだが、
キリスト教に改宗する気はなかったと言っていた。
祖先の信仰した宗教を大事にするというのが、
父にとっての絶対に曲げられない大事な事だったそうである。(そして宗教を職業としないという事も)

生長の家の教えも、人間の実体等についての検証においては、
多分間違っていないとは思うのだけれど、
現在生長の家の教えを騙ってやっている政治運動は、絶対に間違っていると思う。

「生長の家」教団も現在は政治からすっぱりと足を洗っているそうであるし・・・・・

Comments

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管理人のみ閲覧様

コメント有難うございます。
崎戸に生まれた方が、このブログを見てくださっていたとは!
奇遇ですね。

処で、宗教というのは大抵、
祖師の時代にはそれなりに素晴らしい事を教えているけれど、
代が下るに従って・信者が集まるに従って、
段々と金銭欲・権力欲などの欲が出てきて、
信者を騙す方向に向かうものの様ですね。

「谷口先生は長生きし過ぎられた」と父が嘆いているのを聞いたことがあります。
若い時には、「生長の家には神殿は要らない、この本が神殿である。」と言っておられたのに、
「妻子や孫のために財産を残したいのだろう、最近生長の家は神殿ばかり作っている・・・・」と。

お釈迦様のように妻子を捨てて出家なさった方は別かも知れませんが、
普通の人なら家族に対する愛情から、子孫にひと財産創って残してやりたいと思うものなのでしょう。
そういう意味で、或宗教にのめりこんでしまうのは、騙される元かも知れません。
神の属性を持っている「自分自身を信じる」というのが一番かも知れませんね。

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