Dendrodium 「軍隊は住民を保護する為の存在ではない」と言う曽野綾子

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「軍隊は住民を保護する為の存在ではない」と言う曽野綾子 

2008年に私が書いていた「軍隊は住民を保護する存在ではない」という曽野綾子の説を読んで に、今日コメントを入れてくださる方があった。
それでこの記事を読み直してみて、
これからの日本は、再びこのような危険に曝される国になるのかもしれないと、
憲法9条無視の現政権の安全保障政策なるものに、危機感を新たにしたのだった。

この記事は、
『山崎行太郎氏のブログ』に保守論壇の「沖縄集団自決裁判」騒動に異議あり」に触発されて書いたのだった。
山崎行太郎ブログのこの記事の主題は、沖縄集団自決裁判に付いての論証であるが、
その記事の中の、曽野綾子に付いての次の記述に私は驚いたのだった。

■「集団自決事件」の陰に「沖縄住民処刑事件」が……。

 曽野綾子は、不思議なことだが、赤松大尉や赤松隊を擁護し弁護するあまりに、赤松大尉や赤松隊の「戦争犯罪」めいた問題については、「批判的なこと」は一切書いていない。たとえば、赤松大尉や赤松隊が、沖縄現地住民や少年少女達を、「スパイ疑惑」や「密告の可能性」という理由から、次々と処刑・斬殺していったことを記述しているが、それらの斬殺事件はすべて戦時下でのことであり、法的にも許されるはずだ……とか、軍隊は住民を保護する存在ではなく、戦うことを第一義とする存在である、それ故に住民処刑もやむをえなかった……とかいうような論理で擁護しているが、私は曽野綾子のその強引な論理に何か腑に落ちないものを感じる。当然のことだが、「曽野綾子神話」を鵜呑みにして論理を組み立てている保守派の面々も、この「沖縄住民スパイ疑惑斬殺事件」には触れようともしない。おそらくその原因は、曽野綾子の『ある神話の背景』をまともに読んでいないからだろう。読めば誰だって、疑問に思うはずである。たとえば、『ある神話の背景』に、こんな記述があるが、これらの記述をどれだけの人が読んでいるのだろうか。

 赤松隊がこの島を守備していた間に、ここで、六件の処刑事件があつた、といわれる。琉球政府立・沖縄資料編集所編『沖縄県史』によっても、そのことは次のように記されている。

 

一、伊江島から移住させられた住民の中から、青年男女六名が、赤松部隊への投降勧告の使者として派遣され、赤松大尉に斬り殺された。

 二、集団自決の時、負傷して米軍に収容され、死を免れた小峰武則、金城幸二郎の十六歳になる二人の少年は、避難中の住民に下山を勧告に行き、途中で赤松隊に射殺された。

 三、渡嘉敷国民学校訓導・大城徳安はスパイ容疑で斬殺された。

 四、八月十五日、米軍の投降勧告に応じない日本軍を説得するために、新垣重吉、古波蔵利雄、与那嶺徳、大城牛の四人は、投降勧告に行き、捕えられることを恐れて、勧告文を木の枝に結んで帰ろうとした。しかしそのうち、与那嶺、大城の二人は捕えられて殺された。

 五、座間味盛和をスパイの容疑で、多里少尉が切った。

 六、古波蔵樽は家族全員を失い、悲嘆にくれて山中をさまよっているところを、スパイの恐れがあると言って、高橋軍長の軍刀で切られた。

  (紫字は山崎行太郎ブログよりの引用)
曽野綾子は『ある神話の背景』という本の中で、
それらの斬殺事件はすべて戦時下でのことであり、法的にも許されるはずだ……とか、軍隊は住民を保護する存在ではなく、戦うことを第一義とする存在である、それ故に住民処刑もやむをえなかった……とかいうような論理で擁護しているのだそうである。
そして、いわゆる右翼論壇とその信奉者達は、曽野綾子の『ある神話の背景』を全面的に信用し支持して、
しばしば引用しているのだそうである。

という訳で、日本を「普通の国に」と言っている軍国主義右翼の感覚では、
軍隊は国民を守る事を第一の使命としてはいないという事のようである。

では軍隊の第一の使命は何だと彼等は思っているのだろう?
戦う事が第一の使命だと、曽野綾子は言っている様であるが、
戦う目的は「国民を守る為」だったのではなかったのか?
情報が漏れる恐れがあると言って、軍人の判断だけで裁判もなしに、
簡単に国民を殺害する事が許されるなんて、
軍隊とは国民にとって脅威以外の何者でもないと言えるのではないだろうか?

Comments

真の

今晩は。カトリック、プロテスタントに関係なく「真のキリスト教徒」は、曾野綾子さんの考えにはなりません。曾野さんの考えは「キリストの教えに反する『反キリスト』」ですから。

馬様

コメント有難うございます。
キリスト教徒と一口に言っても、色々ある様ですね。
曾野綾子さんも若い頃には、
もっとまともは感性を持っておられたと思うのですが、
老年になってからのものを見ると、
驚くほどの変容だな~と感じています。

何が彼女をあんな女性にしてしまったのか?

戦前においては確かに国民を守るのが第一義ではなかった

旧帝国陸海軍の存在は大日本帝国における国体(帝国憲法1-4条に規定された事項)を守るのが第一義であって、主権者は国民ではないのだから仕方がなかったとも言えます。ただ陛下は国民を守ることに心を砕いてくださっており、心ある軍人達も家族と故郷を守ることが国体を守ることにつながると信じて戦っていたと当時の日記などを読むと感じます。

一方で沖縄戦などで何故このような悲惨な事態に陥ったかというと、第二次大戦を「国際紛争を解決する一手段」ととらえず、民族存亡の戦いにしてしまった結果だからと言えます。それは当時の為政者達が戦争の出口戦略を考えずに戦争を始めてしまった無責任者だらけだったこと(古来戦争は始めるに当たって終わり方を必ず考えておくものです、日露戦争でさえそうでした)。さらに米英の首脳が、日独が「無条件降伏」するまで戦争を止めない、という残虐きわまりない方針を途中で打ち出した事が原因です。私はこのような非常識な当時の為政者達全てが戦争の惨禍が増大した全ての責を負うべきであって、下級の軍人達の責任を追求するのは誤りであると思っています。

戦後においては、国民主権であり、国際紛争を解決する手段としての戦争という選択肢は憲法で禁じられているので、「国民を守る」以外の目的で自衛隊が戦争をすることは論理的にはありえないことになっています。しかし今回のデタラメな法改正では「解釈でどうにでもしてよい」という危険性があり、米国の支配層を守るため、軍産複合体の権益を守るために戦争に参加する(ことが日本の国益につながると言いくるめられて)事態になりそうです。全ては為政者がしっかりしていない事が原因(そんな為政者を選んだのは誰だという議論もありますが)です。

rakitarou様

コメント有難うございます。
曾野綾子は戦前の法律でそうなっていたと、言いたかっただけなのでしょうか?
だとしたら、私の非難は間違っていますね。

しかし、現在の安倍政権は本質的に、
国民を守るためではなく、アメリカ及び自分たちの権益を守るために、
自衛隊を利用しようとしているように見えますから、
曾野綾子の説が、現在も生きているという風に、
現政権及びそのシンパが解釈する恐れ充分ですね。

>そんな為政者を選んだのは誰だという議論もありますが

そんな為政者(安倍総理)を国民が選んだ訳ではなく、
業者(アメリカを含む)が選んだから、
彼等は安部総理をマスコミに守らせているのでしょう。

その証拠に、国民が選んだ鳩山政権は、
マスコミの重箱の隅をつつくような批判の連続で倒されてしまいました。
民主主義など嘘っぱちだから、
今の体たらくに、国民は責任を持てないと、
私は強く主張したいです。

しかし責任問題は兎も角として、
悪政によって被害を受けるのは国民ですから、
やっぱり国民が、
何とかせねばならない問題ではあると思いますが・・・・・

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