Dendrodium 両陛下のパラオご訪問に思う

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両陛下のパラオご訪問に思う 

今日4月8日は花祭り、お釈迦様のお誕生日である。
花祭りの今日、関東甲信地方では観測史上最も遅い降雪となったそうで、東京に雪の降る様子が放送されていた。

今日は又、天皇皇后両陛下が太平洋戦争中の激戦地パラオを、戦没者慰霊の為ご訪問なさる予定の日である。
パラオでは1万人もの兵士が戦死したそうだから、
両陛下のパラオへの御思いも、並々ならぬものがあった模様である。

予定では今日午前中にご出発という事であったが、
空が荒れている所為だろうか?
それとも両陛下のご健康が、思わしくない所為なのだろうか?
未だにご出発されていないようである。

両陛下のパラオご訪問への御思いは、並々ならぬものであったそうだから、
是非今回の機会を逃さず、パラオ訪問を果したいと思っておられるのだろう。
しかし両陛下のご健康の事を思うと、
宮内庁長官はパラオご訪問を一ヶ月延ばす様計画変更をしてでも、
両陛下に無理なご旅行をされない様、お諫めするべきなのではないだろうか?

このパラオご訪問の日程には、初めから無理があったのである。
天皇陛下は4月3日風邪でこの日午前に予定されていた宮中祭祀を欠席されたというのに、
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000047703.html
宮内庁は両陛下のパラオご訪問の日程を、変更させようとしなかった。

元々、日程が発表された3月25日には、
両陛下共に、風邪気味になっておられたのは周知の事であった。
3月23日には、天皇陛下がお風邪でご公務を休んでおられるし、(こちら
皇后陛下は3月26日に、お風邪でご公務を欠席なさっているのである。(こちら

両陛下のお風邪が順調に快癒され、お二方ともに月末に完治されたとしても、
風邪は万病の元という格言もあるくらいで、予後無理をしたら風邪がぶり返す恐れがある。
まして両陛下は共に80歳を超えられたご高齢の方々である。
その両陛下が風邪が治られて、1週間程の4月8日出発予定で、パラオご訪問の計画を立てるなど、以ての外の事である。(その上、上記のように、実際は4月3日にも天皇陛下は風邪でご公務をお休みになっている。)

こんな無神経な計画をたてることを認可する宮内庁長官は、
何のために宮内庁長官として、税金から高給を頂いていると思っているのだろう?
両陛下のご体調に対する配慮がなさ過ぎる宮内庁職員も、
宮内庁職員の怠慢を、安易に見逃している宮内庁長官も、
共に甚だしく職務怠慢な公務員揃いあると思う。

鳩山政権時、中国の習近平副(当時)主席が来日され、
天皇陛下に拝謁を願われている時、
陛下のご健康を守るために1ヶ月規定があるのに、それを無視して直前(約1週間前)に、
陛下に拝謁を願う等、民主党鳩山政権は陛下のご健康を何と思っていると、
当時の宮内庁長官と自民党議員達が、大反対をしていたものだった。

当時の陛下は別に何のご病気でもなかった。
それでも陛下のご健康を思いやって、習副主席の拝謁は断れと主張し、
それを無視した鳩山政権は、
陛下のご健康を軽んずる怪しからぬ内閣だと言って、
宮内庁長官と自民党議員は、民主党内閣非難の大合唱をしていたものだった。
そんな事を主張していた自民党の、極右政権の下で、
現在、こんなにも両陛下のご健康軽視が許されるなど驚きである。

先日迄温かかった気温が、一気に真冬並に下がったり、
時ならぬ雪が降ったり、
天も両陛下のお体の事を心配して、何とか思い直して頂きたいと思っているのかもしれない。

それでもパラオで亡くなったかたがたへの慰霊と、平和への祈りをなさりたいと、
両陛下はお思いなのだろうけれど・・・・・

追記
お昼前に両陛下はパラオへ出発されたそうです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150408/k10010041741000.html
グーグル・ニュースには載っておらず(見つけられず)、
検索したらNHKニュースが見つかりました。
お元気でご帰国なさいますように!

*****

両陛下 パラオでの慰霊に向け出発
4月8日 11時54分
天皇皇后両陛下は、戦後70年にあたって太平洋戦争の激戦地パラオで戦没者を慰霊するため、8日午前羽田空港を出発されました。

両陛下は午前11時前に羽田空港に到着し、貴賓室で皇太子さまと秋篠宮さま、それに安倍総理大臣らと出発行事に臨まれました。
安倍総理大臣は「今回のご訪問は、戦後70年にあたり、戦争により亡くなられた人々を慰霊し、平和を祈念するとともに、日本とパラオの友好親善関係の上で誠に意義深いものと存じます」とあいさつしました。
これに対して天皇陛下は「先の戦争では、太平洋の各地においても激しい戦闘が行われ、数知れぬ人命が失われました」としたうえで、「戦後70年の節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします」と述べられました。
そして「太平洋に浮かぶ美しい島々で、悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と話されました。
このあと両陛下は皇太子さまをはじめ見送りの人たちとあいさつを交わしたあとチャーター機に乗り込み、午前11時半前、空港を出発されました。
両陛下は8日夕方パラオ国際空港に到着し、歓迎行事やレメンゲサウ大統領夫妻との会見に臨んだあと、ミクロネシアとマーシャル諸島の大統領夫妻とともに歓迎の晩さん会に出席されます。
そして9日、激戦地となったペリリュー島を訪れ、生き残った元日本兵や遺族らも見守る中、日本政府が建てた慰霊碑に花を供えて犠牲者の霊を慰め、夜帰国されます。
.

パラオ 歓迎準備が大詰め

天皇皇后両陛下が8日夕方、到着されるのを前に、パラオでは歓迎の準備が大詰めを迎えています。
歓迎の晩さん会の会場の前には8日朝、日本とパラオ両国の国旗が掲げられました。また、街中心部では両陛下の訪問を心待ちにする声が多く聞かれました。
母親が太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島出身だという78歳の女性は「日本語はあまり話せないが、日本人の優しい気持ちが大好きです。両陛下には戦後のパラオの変化を見てもらいたい」と話していました。
また、9日ペリリュー島で両陛下を歓迎する予定の68歳の女性は「両陛下の訪問という歴史的なイベントが行われるこの時代に生きているのが大変うれしい」と話していました。
父親が日本人の67歳の女性は「天皇陛下が来られたら沿道に立ってぜひ握手をしたいし、キスをしたいほどうれしい気持ちです。パラオには日本の文化がたくさん残っていて、戦時中、パラオ人はタロイモを食べて耐え忍んだので、その畑も見て欲しい」と話していました。

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