Dendrodium 父の命日に思った事

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父の命日に思った事 

今日1月29日は私の父の命日です。
昭和63年(1988年)82歳で私の家で亡くなったのでした。
母が亡くなった後兄の所にいたのですが、
兄の処で居辛くなっていたのを、我が家に遊びに来た時ちょっとこぼしたので、
私が勝手に「そんな所にはもう帰らなくてもいいから・・・・」と言って、
夫の了解を得ないままで、我が家に居てもらう事を約束してしまったのでした。

夫は嫌な顔一つした事はないのですが、
私が勝手に決めてしまったので、夫に申し訳ない心から、
父には必要以上に遠慮することを要求していたのでした。
父はどんなにか寂しかっただろうと、申し訳ない事だったと思っています。

父は若い時から度々、
死ぬ時は「畳の上で死にたい」と言っていましたが、
近くに親切なお医者さんがあったお陰で、
往診して下さる約束も出来、自宅で養生する事が出来ましたので、
最後を願い通り「畳の上」で迎えさせて上げる事が出来たのだけが、私にとって救いでした。

父の最後の時「何かいる物は?」と尋ねる私に、
「お医者」と言ったので。「お医者さんに来てもらうのね?」と言うと、
父は満足そうに深くうなずきました。
到着されたお医者さんは「今 息を引き取られました。」と言われたのでしたが、
お医者さんが来られるまで、父は私の為に一生懸命生きていてくれたのだな~と思いました。
色んな事があったけれど、死ぬ瞬間まで娘が困らないようにと考えてくれていた父でした。

今思うと当時の日本は、まだまだ輝いていた時代でした。
日本人は1億総中流と言われた時代で、
様々な電化製品や車等の、一昔前には高嶺の花だった品物を、
大部分の国民が普通に購入出来る様になっていました。
ジャパン イズ ナンバーワンと煽てられて、
日本は国際的にも、大きな発言力を持っていると、皆が思い違いして、
バブルへの道をまっしぐらに進んでいる時代でもありました。

思い出しますと、戦後ずっと憲法記念日や天皇誕生日には、
当然のように新聞の一面トップにデカデカと、
憲法の事や天皇陛下の事が書かれていました。
私は長らく日本は国を挙げて憲法を守り、
天皇陛下を敬う平和な国なのだと信じていました。

20年位前だったと思いますが(記憶が曖昧)、
平和憲法を奉ずる日本が、PKOという名であっても、
紛争地帯へ自衛隊を派遣して良いかどうかが、
連日新聞テレビを賑わしていた事が思い出されます。

集団的自衛権行使容認を勝手に閣議決定しようとしている安倍政権を、
殆ど批判しなかったマスコミの姿勢は、
当時だったら考えられないような事でした。

最近の日本は、昭和末期とは別の国になってしまった位に、変貌してしまっています。
これは日本だけではなく、アメリカもヨーロッパの国々も同様のようです。
ウクライナ紛争に付いて、アメリカの言う事がどんなに欺瞞に満ちているか分かっていても、
日本だけでなくヨーロッパ各国の首長達も、殆ど抗わずアメリカに同調しています。

これはアメリカが怖いからというだけでなく、
自由主義圏と言われてきた米欧と日本の支配層にとって、
今が生きるか死ぬかの瀬戸際だからなのかも知れません。
アメリカはアメリカの絶対覇権を信じ、無理や無茶を通しすぎて、
強欲資本家たちに極限まで国力を使い果たされ、
すっかりゆとりがなくなってしまっています。

アメリカを利用しつつ、世界に猛威を奮って来た勢力は、
今乾坤一擲、総てを賭けて生き残りを図っています。
世界中の資源の総てを彼等の物にしてしまわねば、
彼等の経済を立て直す事は出来なくなってしまっているようです。

しかし、オリガルヒを追い出し、燃料輸出国として力をつけているロシアのプーチン大統領は、
シリア攻撃の時と同様、ウクライナ問題でも、
アメリカの望むように従順にはしてくれません。
米欧日の経済制裁でも埒が明かず、
だからと言って、核兵器を持っているロシアと戦争を始めたのでは、
彼らにとっても元も子もないから、
アメリカは情報戦でロシアを悪者にする事によって、
ロシアの内部崩壊を狙っている様です。
しかし、ウクライナ問題もアメリカの計画通りには、はかばかしく進みそうにありません。

ヨーロッパ各国はロシアからの燃料の輸入に頼っているから、
ロシアと仲たがいなどしたくはないけれど、
ロシアのプーチン大統領に、アメリカの企みを次々に潰して行かれて、
アメリカが立ち直る事が出来なかったら、
ヨーロッパ経済もアメリカと一蓮托生で力を失ってしまい、
米欧の勢力は間もなく、崩壊しかねない時に来てしまったのでしょう。

そこで米欧はウクライナ問題は置いておいて、
ISISを利用してシリアを滅ぼして、シリアの資源を横取りしようとしているようです。
日本政府も欧米勢力と心を一つにして、ISISとの戦争に参加させられそうになっています。
ISIS問題はキリスト教とイスラム教との戦いの面もあるので、
日本は関わらずに済ます方法もあったのかもしれませんが、
安倍総理はアメリカの好戦派に簡単に引きずり込まれようとしています。
NWOの権利を守る為の代理人として、
避けられなかったと言う面もあったのでしょうが・・・・・

しかし、米欧日の国々の一般国民は、
現在の獰猛なアメリカと金融資本のやり方を続けられたら、
無理をして欧米の覇権が守られても、守られなくても、
大差ない位に、追い詰められようとしています。
TPPで民主主義は事実上壊滅させられますし、
日本と関係ない中東に兵隊として派遣される自衛隊員達には、
過酷な運命が待っているのではないかと危惧されます。

長らく民主主義国を吹聴していたアメリカですが、
もうそれを配下の国に、形だけ守らせる事さえ出来なくなっているようです。

日本の選挙制度は出来る限り民意を反映できないように工夫され(小選挙区制)、
その上、可能な限り「言いなりの勢力」が勝つため、
マスコミ支配から不正選挙まで、
あらゆる工夫が実行されています。
ここまで来て終ったら、もう庶民は太平洋戦争末期の日本国民と同様に、
成り行きを見守る以外ないのかもしれません。

今噂のエコノミスト誌の表紙写真を元に推理して、
今年、米欧の実力者達は日本経済を潰す積りらしいとか、
南海地震を誘発させて、日本を再起不能にしてしまう積りらしいとか、
色々と物騒な事が言われています。

もしかしたらそうなるかも知れませんし、
そんなのは妄想に過ぎないかもしれません。
でもどちらにしても事態は、もう日本人の手におえる領域ではなくなってしまっているように感じます。

どうせ日本は地震や台風の災害の絶えない国です。
日本人は逃れる事の出来ない天災に、有史以前から曝されてきた国民です。
もうここまで来たら、度胸を決めて「来るなら来い」と開き直るより仕方ないのではないでしょうか。
もし、災いが来るとしても来ないとしても、
出来るだけ今(将来の今を含めて)を大切に、
命のある間は、命を大切に生きられるだけ生きて行きたいと思っています。
どうせ、何時か、この世を去る日が来る事は、始めから決まっている事なのですから、慌てる事はないでしょう。

Comments

いいお話をありがとうございます

毎日Dendorobium様のブログを拝見させていただいております。
今回はお父様の最期について語っておられ、胸を打たれました。
私も自宅で最期を迎えたいと常々言っておりますので、家族はそれにきっと応えてくれると思っております。

じつは家内もかつてブログをやっておりましてHNをデンドロにしておりました。
我が家では私の母がデンドロビュームの原種を買ってきて育てていまして、家内はそれに新しい品種を買い足しながら現在も多くの洋蘭を育てています。
そんな思いもあってここ2年ほどですがブログを読ませていただいておりました。

時々娘さんのこととかが書かれてあってほっこりさせていただいております。

私は現在兵庫県の中ほどにある田舎町に住んで神戸市西区の会社に顧問として勤めている67歳の男です。
子供たちは全員片付き、今は家内と二人だけの気ままな生活を楽しんでいるところです。

今後ともお元気でブログをお続けくださるようお願いいたします。

けん様

コメント有難うございます。
最近の政治が酷すぎるので、それで頭が一杯になって、近頃は政治の事しか書かなくなっていましたが、
私は元々は呆け防止にブログをやってみたらと娘に勧められて、
ブログが何かも知らないままに、ブログを始めた者なのです。

dendrodiumというブログ名は娘がつけてくれたものでして、
それまで私はdendrodiumという名の花がある事さえ知らなかったのでした。

奥様はdendrodiumや、様々な蘭を育てておられるとか、凄いですね。
我が家では夫が狭い庭に、毎年草花の苗を買って来て植えてはいるのですが、
毎年、園芸はあまり上手くない事が露呈してしまうような出来栄えにしかなっていません。
私が夫の育てている植物に手出しすると気を悪くするので、
私は殆ど手出しをしません、
私も夫同様に園芸の能力は皆目なので、それで良いのですが・・・・・

父は母の死後、兄の所に引き取られたのですが、
引き取られた夜、父は息子の家に引き取られたという事がショックだったらしく
「情けない身分になったものだな~」と思いつつ、タバコを40本ばかり吸ってしまっていたそうです。
その後「お風呂に入りたい」と自分から言い出してお風呂に入ったら、
心臓がおかしくなって、生死の間をさまよう重大な事態になったのですが、
兄嫁が献身的に看病してくれて、その時は何とか一命を取り留めたのでした。

それなのに、喉もと過ぎれば熱さ忘れるで、
何でも我慢してくれる連れ合い(母)に期待していたような事を、
父は兄嫁にも期待していたのではないでしょうか、
私は兄嫁からも、いろいろ愚痴を聞く様になっていました。
それもあったので、一日だけと言って父が我が家につれて来られた時、
私はずっと我が家でが引き受けようと決めたのでした。

しかし、やっぱり娘の婚家先に引き取られたのでは、
娘は夫を差し置いて、自分の父を最優先するわけには行きませんから、
父には何かと寂しい思いをさせた事と、申し訳なく思っています。

一時は病院で最後を迎えなかったら、「病院にも入れて貰えないで死んだ」と陰口を叩かれる風潮の時もありましたが、
当時はその境目位の時だったと思います。

父が寝たきりになったのは1ヶ月弱で、
最後は安らかな顔で逝ってくれました。

今年私は母の亡くなった年の72歳になります。
夫は父のなくなった年の82歳になります。
(父とは母は5歳違いで、母の死の5年後に父は亡くなり、私と夫は10歳違いですので)
夫と私と、どちらが先に逝く事になるか分かりませんが、
両親の死後一人っ子の娘はどうなるだろうと心配ですが、
神仏にお任せするより他ありません。
(なんて不信心な事を言ったらいけませんね、
神仏が何とかして下さると信じています。に心を改めます。)

ご丁寧な返信をありがとうございます

和久様

お嬢様のことは前にお伺いした覚えがございます。
HNもお嬢様が決めてくださたことも・・・

ご主人と10歳違うんですね・・・
お父様のこと、私の家内のときと少し似ていましたので気になっていました。
家内の母親は25年ほど前に亡くなり、父親が一人神戸市灘区で寂しく生活していました。
そこに女詐欺師が取り入って親父さんをうまく丸め込み、家を売り払ってしまい、傷痍軍人だったので少なからぬ恩給もすべて自分の思うままに取り込んでしまわれました。
家内が気づいたときにはもう財産はほとんどなくなっていました。
そんなときに震災が襲ってきました。
当時借家に住んでいた義父と詐欺女は避難所生活・・・
そのうちに義父がだんだん痴呆になっていき、詐欺女は離れていきました。
家内には兄貴がいましたが震災で娘(当時高校生)を亡くし、家も全壊しましたので義父を頼むことができず我が家に引き取りました。
しかし痴呆がだんだん激しくなって自宅では介護に限界を感じて施設に預かっていただき、そちらで最期を迎えてしまいました。
少し残念な最期ではありましたが仕方がないことと思っています。

後藤さんはお気の毒なことになってしまわれましたが彼のメッセージはしっかりと受け止め、争いのない世界を目指していきたいと思っています。

今後とも和久さんの辛口のコメントを楽しみに読ませていただきますので、いつまでもお元気でブログをお続けくださいますよう、陰ながらお祈りいたします。

けん様

このブログを始めた時の経緯を書いた「花言葉」を、読んで下さっていたのですね。
有難うございます。

大震災の災難は直接的被害だけでなく、様々な災難を伴っているのですね。
阪神大震災当時の奥様のご心労も、大変なものだったのですね。
私方の親戚も神戸市内にありましたので、その大変さは身に染みて感じた積りでしたが・・・・・

これからの日本と世界が如何なるか?
これでもかこれでもかと言うように、問題が押し寄せてくる感じですがどうなる事でしょう。

乏しい知識の者が書く拙いブログに、その様に言って頂いて恐縮です。
何時まで続けられるか分かりませんが、
これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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