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皇后陛下傘寿のお誕生日 

皇后さま:80歳の誕生日…「争いの芽、摘む努力を」

毎日新聞 2014年10月20日 05時00分
 皇后さまは20日、傘寿(さんじゅ)となる80歳の誕生日を迎えた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、55年余りとなる天皇陛下との生活について、「陛下は常に謙虚な方でいらっしゃり、また子どもたちや私を、時に厳しく、しかしどのような時にも寛容に導いて下さり、私が今日まで来られたのは、このお蔭(かげ)であったと思います」と述べた。

 皇后さまはまた、小学生だった戦時中から戦後にかけ、疎開などで計5回の転校をしたこと、栃木県・那須御用邸での昭和天皇夫妻との触れ合い、3人のお子さま方の成長ぶりも記した。

 1988年5月に78歳で亡くなった母正田富美子さんについても「私は母の生きた齢(とし)を越えました」とし、「嫁ぐ朝の母の無言の抱擁の思い出と共に、同じ朝『陛下と殿下の御心(みこころ)に添って生きるように』と諭してくれた父の言葉は、私にとり常に励ましであり指針でした。これからもそうあり続けることと思います」と心情を表した。

 戦後、太平洋戦争の慰霊の旅を続けてきた天皇、皇后両陛下は来年春は西太平洋のパラオ共和国を訪問する。皇后さまはシベリア抑留を経験し、約4万6300人の犠牲者の名簿を作り上げて今年5月に88歳で亡くなった村山常雄さんや抑留中の歌を歌集として77年に刊行した高橋房男さんに触れ、「戦争を経験した人や遺族それぞれの上に、長い戦後の日々があったことを改めて思います」と思いをはせた。その上で、「世界のいさかいの多くが、何らかの報復という形をとってくり返し行われて来た中で、わが国の遺族会が、一貫して平和で戦争のない世界を願って活動を続けて来たことを尊く思っています」とした。

 さらに「私たち皆が、絶えず平和を志向し、国内外を問わず、争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力を積み重ねていくことが大切ではないかと考えています」と記した。

 この1年を振り返り、集中豪雨や御嶽山(おんたけさん)の火山災害にも触れ、「犠牲者の冥福を祈り、遺族の方々の深い悲しみをお察しいたします」とつづった。【真鍋光之、古関俊樹】


皇后陛下もお元気で傘寿のお誕生日を迎えられました。
両陛下がお元気でいて下さる事で、私達国民はどれだけ救われている事でしょう。
両陛下は折ある毎に、平和への祈りを述べて下さいます。

「世界のいさかいの多くが、何らかの報復という形をとってくり返し行われて来た中で、わが国の遺族会が、一貫して平和で戦争のない世界を願って活動を続けて来たことを尊く思っています」
との皇后陛下のお言葉を、安倍総理を初めとした馬鹿ウヨたちに拳拳服膺してもらいたいものですね。

両陛下とも80歳になられても、一向にご安心頂けない日本の現状です。
両陛下がお元気で頑張って下さっている間に、
日本は平和への決意を新たにして、
従来のように恒久平和の国としての道に戻ってくれることが祈られます。

日本が再び馬鹿な戦争等に巻き込まれないよう、
両陛下には何時何時までもお元気で、
私達国民を見守り続けていて頂きたいと願って止みません。


皇后陛下お誕生日に際し(平成26年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答

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  • [2014/10/24 12:41]
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