Dendrodium 終戦の詔勅への疑問も・・・・・

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終戦の詔勅への疑問も・・・・・ 

日本国民だけでなく世界中の一般国民で、戦争したがっている者などほんの僅かしかいないだろう。
しかし、世界には戦争を世渡りの道具としている者や、
武器を作って売る事を商売にしている者があり、
それらの人々が世界中で、陰に日向に暗躍しているのも事実である。

自衛隊は日本の国土が、どこかの国から攻められた時にのみ、
国民の生命と財産を守る為に、これを迎え撃っても良いと規定された組織であった。
しかし今安倍総理はこれ迄憲法により禁じられているとして来た「集団的自衛権行使容認」を、
解釈改憲という強引な手法で、閣議決定してしまった。

つまり、外国から攻められたときにしか、武力を使う事が許されない事になっていた自衛隊を、
同盟国の要請だけで、武力を使える軍隊もどきに変えてしまったのである。
これは平和主義を謳った日本国憲法に、完全に違反しているのに、
安倍政権は憲法解釈を変更すれば、こういうものも容認できると強弁している。

これからの日本では、集団的自衛権という名の下に、
日本の自衛隊員がアメリカの戦争に、最前線で使役されるかも知れない。
それでは奉職時と話が違うと言って、自衛隊員が大勢辞めてしまって、日本はアメリカの要請に答えられなくなるかも知れない。
その時には日本でも戦前のように徴兵制をしいて、
青年達を無理やりアメリカの侵略戦争に、狩り出すようになるかも知れない。

又、こんな無茶苦茶な憲法違反を平気で強行する政権は、
今後日本が主体となって戦争をする所まで、暴走して終うかも知れない、
等という恐怖心が、集団的自衛権行使容認の閣議決定後、国民の間に広がっている。

こんな時私は終戦記念日の戦没者追悼式への天皇陛下の出席に、反対する集会を開くとの記事を見て、
安倍総理がもくろんでいる「天皇制国家主義」復活を恐れてのデモンストレーションだろうと思ったのだった。
しかし、そんな事をしたら、戦争屋勢力の思う壺ではないかと、
その集会を計画した方々とそれに賛同する人々に対し、異を唱えたくなったのだった。

今日の記事もその趣旨の下、コメ返を記事に仕立てたものである。
昨日の終戦記念日に向けて書いた私の記事に頂いた、ある方のコメントに対する私の返コメを複写して、
昭和天皇に対する疑問についての私の考えを、他の方々にもお読み頂けたらと思う。

>戦争を憂う者同士が批判しあうことは避けるべきと思いますの 大変失礼しました。

全然ご心配には及びません。
この様に真摯なご意見を頂く事は、私にとって、まず嬉しい事ですし、
自分と違う意見を聞かせていただくことによって、
その様な考え方がある事に、気付かせていただく事が出来ます。
又、それを見せて頂く事によって、改めるべき点は改める事が出来るし、
自分がそのご意見に反対の場合には、
反論する事によって、自分の意見を補強する事も出来ます。
という訳で私は反論も大歓迎なのです。

ところで、終戦の詔勅をご紹介くださりありがとうございました。
私も全文を読んだ事がありませんでしたので、勉強になりました。

仰る通り責任問題と反省に、
昭和天皇は一切言及しておられませんね。

しかし、あの状況下で総てに周到に行き届いた発言を求める事は、難しかったかもしれません。
昭和天皇にしたら、先祖から受け継いだ日本国を、亡国としては大変だという思いだけが先行しておられたことでしょうし・・・・・

それに天皇に完全を求めるなら、それは無理な事かも知れません。
人間宣言をされる以前から、天皇も一人の人間に過ぎなかったのは事実なのですから・・・・

昭和天皇はあの戦争に於いて、
黙って戦争遂行の旗頭になられたことを、きっと胸をかきむしられる位に後悔されたことでしょうが、
戦争開始当時は、周辺の者の説明等により、
この戦争は止むを得ないものであり、それがアジア諸国を救う道でもあると、
心から信じておられたのではないでしょうか?

昭和天皇が間違いを犯された事は事実であり、天皇陛下万歳と言わされて死地に行かされた人々と、その家族の悔しさは限りない事であるとは思います。
しかし、現在の日本及び世界は、戦争屋勢力に牛耳られており、
欧米の政治家達も戦争屋勢力に牛耳られるままに、戦争へ突入させられようとしていますが、
第2次世界大戦当時も似たような状況だったのではないでしょうか?

今も昔も、政治家は巨大資本家の要求に、乗せられざるを得ない状況に置かれ易い者のようですし・・・・・

太平洋戦争の時の戦争遂行者も、今の政界で蠢いている勢力と、似たりよったりの勢力だったのではないかと思うのです。
只当時は主権者が国民ではなく、天皇だったから、天皇を騙せば戦争が出来る状態だったという所が、現在と違っていただけの違い、と思えば分かりやすいかと思います。
現在の大部分の国民が戦争等真っ平と思っていても、
戦争屋勢力はマスコミを総動員した洗脳で、国民の可也の人々を、戦争止むなしかと思わせる事に成功しているようです。

天皇も国民も同様に、戦争をしたがる理由がないのに、
戦争屋勢力に、煽てたりすかしたりされて洗脳され、遂に二進も三進もいかなくなっているという点に於いて、
大東亜戦争当時の天皇と現在の国民とは似ているのではないかと思うのです。

それらの想像を巡らした時、
戦争屋勢力が再び天皇制国家主義なるものを打ち立てて、
天皇を利用して国民を死地に追いやろうとしているからと言って、
私達平和を希求している者達が、天皇を敵視するのは賢いやり方ではないでしょう。

何しろ天皇に対する日本国民の長年培われてきた習性は、厳然として今も残っているのですから・・・・・

折角今上天皇が必死で平和主義を表明しておられるのに、
どうせ天皇は「天皇制国家主義」に取り込まれて、
日本は太平洋戦争の時と同じ事になるに決まっているから、
今のうちから天皇を敵視する事を、国民に教えておこうという企ては、
反って戦争屋勢力を利するものにしかならないだろうと私には思えるのです。

前にも書きましたが、
「天皇陛下をぼろくそに言っている左翼が戦争反対と言っているのは、左翼が日本をどこかの国に捧げようと目論んでいる売国奴だからだ」という戦争屋勢力の悪口に、絶好の根拠と看做され、利用される恐れがあるからです。

日本国民は天皇に付いて行く政権を信頼する傾向があるのは、
内乱を最小限に抑える働きをする長所でもあるのですから、
その長所を生かしつつ、
平和主義こそ国民にも天皇にも良いことであるのに、
日本に戦争をさせて一儲けけしようとしている売国奴どもから、
私達国民は騙されようとしている。
私達国民は天皇陛下と共に日本と世界の平和を守るのだと、
天下に表明するべきではないかと、私は思うのです。

これは天皇陛下が有能かどうかの問題ではなく、
天皇陛下にとっても戦争責任者にされる事は災難であると言う事実を踏まえて、私達は天皇支持を選択するべきだと思ういう事です。
[2014/08/16 12:07] URL | 和久希世

Comments

戦後反戦と反日がごちゃまぜになった

戦争が終わった時に日本国民は心から「戦争はもうこりごりだ」と感じたのであって、倫理的に戦前の日本(人)は悪だったという評価は後付けで作られた戦勝国の「戦後秩序」という自分達を正当化するストーリーに過ぎません。私(50台)が若かった頃は、父母ともう少し上の年代の人達から戦後秩序の色づけとは別の「戦争はこりごり」という実体験を聞く事ができました。

その年代の方達は一生懸命自分のため、日本のために生きてこられた方達なので、ことさら日本を悪し様に語るようなことはないのですが、「不要な戦争は絶対に良くない」という強い確信があった事は確かです。私はその意見に賛成です。

しかし反戦を政治的に利用し、戦勝国の行いを倫理的な善とするための反日の材料にしたり、「米国の核は悪だが中国の核は平和のためだ」などという欺瞞が平然と平和集会で唱えられたりするに至って、戦後の反戦が意味がどんどん変質し虚飾に満ちたものに変わっていったように感じます。

今では「反戦」を唱えると左翼か反日と見なされ、国際規準から逸脱した異質な文化が出来上がってしまっているようです。現代においては戦争は国益に反する(恐らく過去においてもそうだったのでしょうが、帝国主義の時代には植民地化を避けるには列強との戦争しかなかったことも確かです)から反戦なのであって、それは反日ではあり得ないはずです。こういった議論がマスコミでもネットでもあまり行われないことが不思議です。

rakitarou様

コメント有難うございます。
>「米国の核は悪だが中国の核は平和のためだ」などという欺瞞が平然と平和集会で唱えられたりするに至って、戦後の反戦が意味がどんどん変質し虚飾に満ちたものに変わっていったように感じます。

中国の核ではなくソ連の核は良いが、その外は悪いと言っていたそうですよ。
私の夫(81歳)は兄を長崎の原爆で亡くした事も有って、若い頃ちょっとの間核兵器反対運動に加わっていたらしいですが、上記理由で反対運動が二つに割れたことで、嫌になって辞めてしまったと言っていました。

>今では「反戦」を唱えると左翼か反日と見なされ、国際規準から逸脱した異質な文化が出来上がってしまっているようです。

そうなのですか。
それをまず改めねばなりませんね。
天皇陛下が平和主義者でいらっしゃるのですから、
平和主義が反日な訳がありませんものね。

反日とは何か

反日とは嫌な言葉です。反日と言われたら逆らえない空気があります。日本人はだれもが日本のことを、生まれ育った故郷、祖国のことが好きなはずです。だから、「反日」と弾劾されることを恐れている。

でも同時に反戦でもあるし、護憲でもあるし、善隣友好、平和愛好でもある。そのやり方はじつはさまざまな形がある。
多少左翼がかった平和運動でも、その反戦は尊い意見であったし、その人が反日(このことば、昔は有りませんでした)であるとは限らなかった。

日本共産党員(コミンテルンのころとかはどうかわかりませんが)が愛国者であるという見解も成り立ちえた。

あいつ虫が好かんというのもあったでしょう。でも「反日」とは言われなかった。

いま、「反日」の定義は異様に狭めされている。護憲といっただけで、国土防衛に邪魔立てする売国奴、反日といわれる。

そのうち、尊皇といったら「反日」にされる日が来るかもしれないというのが極論でない気にもなる。

一方、私は、ここで和久希世様みたいに天皇制反対運動を批判する気にもなれない。

それは上記で述べたように、彼らも愛国者であると推定されるからである。そして、天皇制反対運動というのは、安倍らがもくろむ国家主義体制への反対運動であると置き換えることもできる(用語の問題であるだけ)と思う。

些細な小事に目を奪われず、真の敵と戦うことこそが大切だと考えているのである。

大我楼2014 様

コメント有難うございます。
>天皇制反対運動というのは、安倍らがもくろむ国家主義体制への反対運動であると置き換えることもできる(用語の問題であるだけ)と思う。

このお考えに私も同意です。
だからこそ、天皇陛下に敵意を示すのはお止め頂きたいと、その人たちにお願いしているのです。
そんな事をしたら、安倍さんを代表とする陣営から、わが意を得たりとばかりに、
戦争反対を唱える者は天皇に対しても敵意を持っているから、
正真正銘の反日勢力であると決め付ける材料にして仕舞われることでしょう。

折角天皇陛下が筋金入りの平和主義者でいらっしゃるのですから、
天皇陛下を立てた方が余程有効でしょう。
平和主義運動をする時、戦争オタクの安倍晋三一派を、平和の敵・天皇の敵として指弾することも出来るのですから、これを自分から放棄する事はないでしょうと、言いたかったのです。

そうすれば安倍晋三らがもくろんでいる愛国心教育も、
平和主義のために役立てることも出来るでしょうし・・・・・

ひどいご意見

和久希世様

即返で失礼いたします。

和久様の御意見を拝見し、なんていうひどいご意見かと脱力しました。

和久様も「反日」の魔術にからめとられていますね。
これを「反日」だなんて言わせてはいけないのです。

天皇制反対派の運動も安倍打倒の有力な一部です。そういうことをやっちゃいけない、とかいって力を剥ぐことは自殺行為です。言論の自由ということもある。

なんで、平和運動を反日という安倍らのセンスを批判しないのか。
これに食いついてきたら逆にチャンスです。
尊皇と云ったら反日、というところまで追い込んで、逆襲しましょうよ。

かなり血圧があがっています。

大我楼2014様

済みません
先のコメ返で私の述べたものの、何所をひどい意見と言っておられるのか、理解出来ないでいるのですが・・・・・

申し訳ありませんが、詳しくご指摘頂くと有り難いのですが・・・・・

補足

>そんな事をしたら、安倍さんを代表とする陣営から、わが意を得たりとばかりに、戦争反対を唱える者は天皇に対しても敵意を持っているから、正真正銘の反日勢力であると決め付ける材料にして仕舞われることでしょう。

ここの部分です。
平和主義の天皇を立てて運動するのと、天皇制国家主義反対を唱えるのとは方法論の違いにすぎません。

安倍なんぞにどう扱われてしまうかを恐れていてはだめなのです。

和久様も「反日」の魔術に囚われてしまったということでしょう。


安倍が天皇制反対論者の平和運動に食いつき、鬼の首でも取ったおように「平和運動は反日だ」と言うなら言わせておけばいい。

和久様のように陛下を立てた平和主張をされる方も万が一、「陛下を立てているように見えるが平和を主張するから反日だ」、というのであればそれも言わせておけばいい。

これは実は同じ戦いなのです。

大局を見失ってはならない。同志の戦い方にケチをつけるのでなく、かみつく真の敵を力を合わせて攻撃しなくては・・・



天皇陛下を現在の位置に置いたまま(玉を安倍に握られたまま)では誤解を生む、というか従前の体制を脱却できないでしょう。

早速のお返事有難うございました。
>天皇陛下を現在の位置に置いたまま(玉を安倍に握られたまま)では誤解を生む、というか従前の体制を脱却できないでしょう。

平和主義者が天皇陛下を立てることで、
安倍に握られていた玉を取り戻せるかと思ったのですが、甘すぎますかね。

尚、これら一連の記事は平和運動をしている方々を、攻撃する目的で書いたのではなく、
天皇陛下を味方につけた方が、平和運動を成功させ易いと思い、
それを提案させていただいた積りだったのですが・・・・・

和久様のご発言ののご主旨よくわかりました。

でも、やはり、反対の仕方はいろいろあった方が力になる。
我々としては納得できないかもしれないが、天皇制反対にエネルギーを注ぐことで、安倍政権を批判するひとたちもいるのだから、その行動を一方的にやめさすのはムリがある。やりたいようにやっていただいて力を発揮していただきましょう。

大我楼2014 様

当方の趣旨がよく分かったと、ちゃんと表明して下さって有難うございます。
とても嬉しいです。

>天皇制反対にエネルギーを注ぐことで、安倍政権を批判するひとたちもいるのだから、その行動を一方的にやめさすのはムリがある。やりたいようにやっていただいて力を発揮していただきましょう。

私の提案くらいで平和勢力を統一できる筈もありませんから、
貴方の仰るようになって行くのではないでしょうか。

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