Dendrodium カンボジア元ポルポト政権幹部の裁判

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カンボジア元ポルポト政権幹部の裁判 

カンボジア:元ポル・ポト派最高幹部2人に終身刑

毎日新聞 2014年08月07日  【プノンペン岩佐淳士】カンボジアの旧ポル・ポト政権(1975〜79年)時代の大量虐殺を裁く特別法廷が7日、プノンペン郊外で開かれ、人道に対する罪に問われた元ポル・ポト派ナンバー2、ヌオン・チア元人民代表議会議長(88)とキュー・サムファン元国家幹部会議長(83)の元最高幹部2被告に対し、それぞれ求刑通り終身刑の判決を言い渡した。罪状ごとに分割審理されている元ポル・ポト派最高幹部の裁判で初めての判決となった。

 裁判長はヌオン・チア被告について「政策決定の重要人物だった」、キュー・サムファン被告も「権限は限られていたが政策に大きな影響を与えた」と、判決理由を述べた。

 特別法廷は2審制。無罪を主張していた両被告が、判決を不服として上訴審に控訴する可能性がある。

 ポル・ポト政権は中国の毛沢東思想を理想化した極端な原始共産主義を掲げ、通貨を廃止したり、都市住民を農村に強制移住させたりした。知識人らの殺害や強制労働で国民の4分の1にあたる170万人以上を死に追いやったとされる。

 2011年に始まった裁判は、迅速化のため罪状ごとに分割され、今回の判決は75〜77年の強制移住や西部ポーサット州での処刑に関する人道に対する罪が対象となった。

 当初、特別法廷が起訴した最高幹部は4人だったが、うち2人は死去などで審理が打ち切られた。

 公判でヌオン・チア被告は「民主カンプチア(ポル・ポト政権)に虐殺を認める政策はなかった」などと主張。キュー・サムファン被告は「私に実質的な権限はなかった」と訴え、いずれも無罪を主張していた。


「カンボジアの悪夢」ポルポト政権を分かりやすく説明
という記事を読んで、ポルポト政権が出来た頃のカンボジアの事情を知った。

ポルポト政権は子供のような単純思考と狂信的な政権だったようである。
如何してこんな者が権力の座に付く事が出来たのだろう?
如何してこんな気狂的政策に、ポルポトの部下達は、黙って従ったりしたのだろう?

カンボジアの人々はこの悪魔のような政権によって、人口の4の分の1の人々が殺されたと言う。
カンボジアがポルポト政権から開放された時、人口の85%が14歳以下の人だったのだとか!

国民を何百万人も殺したポルポト政権は、特別な存在だったのかと思っていたが、
只今現在も自国民を爆撃で虐殺している政権が、ウクライナに現れている。
もし人類社会が存続していたら、
現在のウクライナのクーデター政権の幹部達も、
何年かあとになって、このように裁かれるのだろうか?

その時もアメリカは、無関係な者の様な顔をして、、
ウクライナの現政権幹部達への非難を口にするのだろうか?

続きを読むに、当時のカンボジアの事情を書いた記事を、コピーさせて頂いています。

カンボジアの悪夢、ポルポト政権を分かりやすく説明
注意
※歴史的な学説は多々ありますので、一般的なものを説明いたします

 皆様に分かりやすくするための簡略な説明ですので、ご注意ください<(_ _)>
参考にしたもの:安全保障学入門・中国の安全保障・映画「キリング・フィールド」・NHKスペシャル「映像の世紀」・慶応義塾大学の講義etc

引用等にはご自由にお使いください。

※注意※
今回、扱っている題材がポルポト政権ですので、死体画像や残虐な表現なども登場します。苦手な方はご注意ください(@_@;)キリング.jpg


はい、皆様こんにちわ(^^)/歴史的な出来事を気ままに解説するノートを書いている大学生です。少ない閲覧数にも負けずに頑張るぞ!!(笑)

今回説明させていただくのは、カンボジアで独裁的な統治を行ったポルポトについてのものです。上の画像はポルポト政権下のカンボジアを描いた作品、「キリング・フィールド」の一場面です。名作ですので、このノートを読んで興味の湧いた方はぜひ見てみてください。カンボジア


多分ですが、まずカンボジアってどこにあんの?って人が多いと思うので、地図を貼っときます。東南アジアの一国家であり、ベトナム・ラオス・タイと国境を接しています。現在も発展途上国であり、貧困問題がまだまだ多く残っている国です。

ポルポト政権を説明するためには、当時の世界情勢を知っとく必要があるので、軽く説明します。当時の世界は冷戦真っただ中でした。冷戦って知ってますよね~??(・.・;) 簡単に言うと、アメリカ率いる資本主義国とソ連率いる社会主義国に世界中の国が分かれて、いがみ合っていた時代です。一歩間違えれば、核戦争勃発な時代です。

カンボジアという国は戦前はフランスによって植民地化されており、フランスの植民地政府が統治していました。そこにWWⅡが勃発すると、日本軍がやってきてフランスを追っ払います。しかし、日本が敗戦すると、再びフランスが植民地にしようとやってきました。



ここにフランスによる再植民地化を防ごうと立ち上がる人物が現れました。その名はノロドム・シアヌーク!! 実はこの人れっきとしたカンボジア王家の人物です。シアヌークは力ではフランスに勝てないと考え、国際世論に訴えるという方法で、フランスに立ち向かいます。

シアヌークの作戦は成功し、カンボジアはフランスからの完全独立を1953年に果たします。シアヌークは国王に就任し、ここにカンボジア王国が建国されました。国民のシアヌーク支持は極めて高いものでした。そりゃ、フランス追っ払いましたからねw胸のすく思いだったでしょう。

さて、説明したとおり、当時は冷戦時代です。独立を果たしたカンボジアが資本主義国となるのか社会主義国となるのか、世界が見守っていました。カンボジア王国が採った方針は社会主義国でした。

シアヌークは王位を父親に譲ると(王様ってのは色々やりずらいものなのです)、自ら国の指導を行っていきます。それは一種の独裁とも言えるやり方で社会主義政策を行っていましたが、国民の支持率は圧倒的だったので、まぁ必ずしも悪い独裁ではなかったのかも・・・

そんなシアヌークも弾圧を行っていました。その対象は、そうカンボジア共産党の急進派です。ここにポルポトも含まれていました。シアヌークは当初は左派に歩み寄っていましたが、過激派のあまりに急進的な思想に危機感を覚え、弾圧を加えて都市部から追い出しました。まぁ、共産主義って元々は王家とか認めませんしねぇ(^_^;) 弾圧されたポルポトなど急進派はジャングルに潜伏するようになります。この潜伏中に北京などを歴訪し、後の毛沢東思想を学んだのではないかとも言われています。 ちなみにカンボジア共産党は別名「クメール・ルージュ」と呼ばれていました。カンボジアの人々はクメール人です。そして共産主義のシンボルカラーは赤ですから、合わせてクメール・ルージュです。「ヤダ・・・カッコイイ//」名前ですねww

一方で、社会主義となったカンボジアを歯噛みしながら見ている国がありました。そう、資本主義国の旗振り役である「Stars&Stripes」こと、アメリカさんです。当時のアメリカでよく唱えられていた考えに「ドミノ理論」というものがあります。その考えとは「貧困地域において、1つの国が共産主義化すると、まるでドミノ倒しのように周りの国々も共産主義化する」というもので、貧困国の多かった当時の東南アジアでカンボジアが共産主義化したことを懸念していたのです。ちなみにこのドミノ理論、ベトナム戦争にも深く関わっています。

アメリカのCIAはシアヌーク政権を倒すために密かに活動を始めます。
CIAが目を付けたのは、シアヌーク政権下で首相と国防相を兼任していたロン・ノルという人物でした。1970年、アメリカの助けを借りたロン・ノルはシアヌークが北京・モスクワへの外遊に行っている隙を突いて、クーデターを起こし、政権を奪取します。国名もクメール共和国に改められました。

ロン・ノルはアメリカの支援を受けるほどですから、当然ながら右派です。 彼は国民の支持を得るために反ベトナムを前面に押し出します。あ、あれですよ、カンボジアとベトナムってクッソ仲悪いですよwというのも、フランスに植民地化される前のカンボジアってベトナムの王朝に圧迫されていたんです。世界中どこでもそうですが、隣国どうしってのは仲悪いんですねぇ。共通の敵がいれば仲良くなるんですがね、反イスラエルのアラブ諸国みたいに・・・(-。-)y-゜゜゜

さて、話は戻ります。ロン・ノルは国内のベトナム人を徹底的に弾圧します。当然ながら、ベトナムも黙っちゃいません。当時のベトナムは北ベトナム(社会主義)と南ベトナム(資本主義)に分かれて、ベトナム戦争中でした。このうちの南ベトナムに結成されていた南ベトナム解放民族戦線(共産主義)とアメリカはベトナム人保護を掲げて、カンボジアに出兵します。しかし、アメリカの思惑はカンボジア国内に潜伏している共産主義勢力を攻撃することでした。

アメリカ軍は共産主義者が潜伏していると思われる農村部を空爆します。これにより、数十万人の農民が犠牲になり、100万人を超える難民が都市部に逃げ込みました。当然ですが、国民のロン・ノルへの反発心は強まっていきます。そんな国民の支持を次第に得ていく勢力がありました。そう、クメール・ルージュです。

そういえば、政権を奪われたシアヌークはどうしたのでしょうか??実は彼は北京に亡命していたのですが、密かに帰国すると、ある勢力と手を結ぼうとします。ここでもまた出てきます、クメール・ルージュです。シアヌークは苦肉の策として、かつては弾圧したクメール・ルージュに助けを求めたのです。助けを求められたクメール・ルージュは「ふざけんな!!」って言って、シアヌークを拒絶・・・しませんでしたw いや、だってシアヌークって国民の圧倒的な支持を得ていましたから、これを利用しない手は無いじゃないですかw

国民の支持とシアヌークを手に入れたポルポト率いるクメール・ルージュはロン・ノル政権を打倒するために武力闘争を開始し、ここにカンボジア内戦が始まりました。アメリカの支援を受けたロン・ノルはアメリカ製の武器を手に戦いますが、クメール・ルージュのゲリラ戦術に苦戦することになります。

1973年、ベトナム戦争は北ベトナムの勝利に終わり、 それに伴いアメリカ軍・南ベトナム民族解放戦線ともにカンボジアから撤退することになりました。しかし、カンボジア内戦は続きます。ロン・ノルはアメリカの支援を受け続けますが、ジリジリと追い詰められていきます。そしてついに1975年首都のプノンペンがクメール・ルージュにより陥落させられ、ロン・ノルは国外へ亡命、クメール・ルージュによる政権奪取が成りました。ポルポトは国名を「民主カンプチア」に改めます。

ここからがカンボジア人にとって地獄の始まりでした(@_@;)
まず、ポルポトの持っている思想について解説しておきたいと思います。ポルポトの思想は「原始共産主義」というものです。共産主義にもいくつか種類がありますが、これはその中でも最も過激な部類だと考えてくれていいです。

ポルポトの原始共産主義は毛沢東思想に強い影響を受けていました。毛沢東思想ってのは文字通り、中国の毛沢東がマルクス主義を中国流にアレンジしたものです。つまり、ポルポトの思想はオリジナルをアレンジしたものをアレンジしたものです(ややこしいw)

では、原始共産主義ってどんな考えなのでしょう??マルクス主義においては階級・格差というものは批判されます。では、階級・格差の無い時代とはいつでしょう?? 「江戸時代でしょうか??」いやいや武士・農民とかありますね。「鎌倉時代??」いやいや武士いまっせw 「じゃあ平安時代だ!」 はいはい、貴族貴族w 「じゃあもう飛鳥時代だ!」天皇家もいるじゃないですかw 「分かった弥生時代だ!!」卑w弥w呼w

とまぁ、このように遡れども遡れども人間の世に階級・格差というものは存在していますねw 本当に格差・階級が存在しないのは、まだ人間が狩猟・採集をしていた頃です。もう何となく分かってきました??そう、ポルポトはこの人間が狩猟採集していた時代を理想の社会だと考えて、現代の世に原始時代を再現しようとしていたのです。ムチャクチャwwポルポト.jpg


あ、ポルポトの画像を貼っておきます。この人がポルポトです。話によると、ポルポト自身は温厚でいい人だったということを聞いたことがありますが、ポルポト率いるクメール・ルージュはとんでもない統治を始めます。政権を奪取したポルポトはシアヌークを軟禁してしまいます。そして、難民で溢れかえっていた都市部の人々を半ば強制的に農村部へと移住させてしまいます。というのも食料生産に従事させるためでした。クメール・ルージュに対する外国からの支援は打ち切られることが予想できたので、食糧生産を増やすのが急務だったのです。移住させられた国民たちは強制的に農作業させられます。

さあ・・・こっからはポルポト政権の統治がどの様なものだったのかを説明いたします・・・。うん、そうなんだ・・・酷い話なんだ・・・。

ポルポトは国内から知識人層を根絶することを目指します。なんでそんなことするのかって??原始時代に知識人いました??いないでしょう、知識は人々の間に格差をもたらすと毛沢東思想では考えられていまして、影響を受けたポルポトも「国を指導する我々以外の知識人層は自国には不要」と考えたわけです。

農作業に従事している人に布告が出されます。「医者・教師・技術者・学生だった者は名乗り出てほしい。国の再興には君たちの力が必要だ」とこんな感じの布告でした。当然、該当する人は名乗り出るわけです。「これで辛い農作業から解放される」 わけですから、これらの人々は拍手の中、みんなに見送られます。しかし、彼らの中に帰ってくる人は一人もいませんでした。彼らには「再教育」という名の処刑が待っていたのです(ToT)/~~~虐殺.jpg


この知識人狩りは次第にエスカレートしていくことになります。以下は当時、本当にあった事例です。

「本を読んでる」←文字が読めるなんて知識人だから殺す(^_^メ)
「海外行ったことある」←海外行くなんて知識人だから殺す(^_^メ)
「ラジオを聴く」←ラジオを持ってるなんて知識人に違いない殺す(^_^メ)
「旧貨幣を持っている」←反体制派だから殺す(^_^メ)

ここまではまだ良い方です・・・。

「子どもに教育した」←我々と異なる思想を植え付けたから殺す(^_^メ)
「腕時計をしている」←腕時計しているなんて知識人(略)(^_^メ)
「恋人がいる」←社会風俗を乱すから殺す(^_^メ)

果ては・・・

「眼鏡をしている」←眼鏡をしているなんて(略)(^_^メ)
「手が綺麗」←畑仕事をしていなかった知識人だから殺す(^_^メ)
「イケメン&美女」←もう理由なんていいや、殺す(^_^メ)

全部、本当にあった話です。信じられませんね(@_@;) 私も当時のカンボジアにいたら何回殺されてるか分からんですよw少年兵.jpg


さらにポルポトは子どもを積極的に社会的な役割に着かせます。兵士も13歳以下の子どもが採用されました。その理由は「悪質な」思想に染まっていないから、原始共産主義を良く「理解」するからとのことです。他にも強制収容所の看守も子どもでした。子どもが大人を監視する社会が生まれていたのです。ちなみに強制収容所に入れられた「知識人」たちは漏れなく殺されましたが、中にはイソップ物語を話すことが出来たおかげで少年看守たちに匿われ、生き延びることができた人もいました。まさか、イソップ物語が自分の命を救うとは夢にも思わなかったでしょう(-。-)y-゜゜゜

このように重要な仕事に子どもが着いたわけですが、最も悲惨だったことは医者まで子どもだったということです。このような子供医者は数カ月のにわか仕込みの医療教育を受けただけで、ろくな医療知識も持っていませんでした。そんな子供医者が治療するもんですから、結果は皆さんの予想通りです。子供医者がろくな消毒もせずに注射した傷口は膿み、それが原因で死亡する人が続出。さらに子供医者は手術まで行います。あれ??それって最早、手術じゃなくて解剖じゃね??23151.jpg


ポルポトは更に密告制度を導入します。反体制派・知識人などを見つけたら密告しろってことです。密告された人は問答無用で処刑です。これにより、人々は疑心暗鬼になり、誰も信用できなくなります。かつての友人が友人を密告し、親が子供を密告し、子供が親を密告し、兄弟・夫婦構わず密告するようになります。密告しなきゃ、自分が密告されてしまうという強迫概念に支配されるわけです。

正に悪夢です。誰も信用できずに、いつ自分が殺されるかも分からない。しかも日々、少ない食事で重労働させられる・・・。以下はポルポトの指令書です。

「我々は独自の世界を建設している。新しい理想郷を建設するのである。したがって伝統的な形をとる学校も、病院も要らない。貨幣も要らない。

たとえ親であっても社会の毒と思えば微笑んで殺せ。今住んでいるのは新しい故郷なのである。我々はこれより過去を切り捨てる。

泣いてはいけない。泣くのは今の生活を嫌がっているからだ。

笑ってはいけない。笑うのは昔の生活を懐かしんでいるからだ。」

せ~の、マジキチ!!なんじゃそりゃですよね(;一_一)
さらにポルポトは地雷を「完全な兵士」として高く評価し、西部のタイとの国境地帯を中心に大量に敷設します。これが今でも地雷被害を引き起こしている根源原因です。このようなポルポト政権下の大虐殺による被害者数は正確には分かってませんが、200万人にも迫ると言われています。

さあ、ポルポト政権はどうなっていくのでしょう?ポルポトもロン・ノルと同じように反ベトナムキャンペーンを行っていました。クメール・ルージュのラジオ放送では「ベトナム人を排除するのに洗練された武器は必要ない。歴史ある民族の各人が、その手で一人につき10人のベトナム人を殺せば足りる」と放送するほどでした。

1978年、ポルポトはベトナム領内に軍を派遣し、住民を虐殺します。
当然ながら、ベトナムは黙っちゃいません。民主カンプチアより亡命してきた人々で「カンプチア救国民族統一戦線」という軍隊を作り、ベトナム軍に組み込みます。この軍隊とベトナム軍が民主カンプチアに攻め込みます。破竹の勢いで進行していき、1979年には首都プノンペンを陥落させてしまいます。まぁ、ポルポト兵士は子供ですしねw



しかし、ここでベトナムにとって誤算となることが起きます。民主カンプチアの事実上の同盟国だった中国がベトナム軍の侵攻に対する報復としてベトナムに進軍してきたのです。これが中越戦争と呼ばれる戦争です。でも、ベトナム軍は強い!! 中国軍を逆に返り討ちにしてしまいます。ベトナムはWWⅡが終わってから、フランス→アメリカ→カンボジア→中国と戦って全てに勝っています。ベトナム恐るべしですねw

カンボジアを勢力下に置いたベトナムはヘン・サムリン政権を打ち立てます。負けたポルポト一派はタイ国境沿いのジャングルに逃れ、武力闘争を続けることになります。ちなみにベトナムはソ連の支援を受けており、ポルポトは反ソ連・反ベトナムでしたので、アメリカと中国の支援を受けていました。

こんな酷いことをしたポルポトを支援するなんてアメリカって最低って人もいるかもなので、ちょっと擁護しておくと、実は民主カンプチアって国は徹底した鎖国を行っていまして、国内の情報は全くと言っていいほど、分からなかったんです。そりゃ亡命してくる人も少しはいましたが、彼らの証言があまりにも突拍子もないものでしたので、国際社会は「まさか~w」って感じでしたwしかし、ベトナムによって事実が暴露されると、証言以上に酷い実情が見えてきたわけです。

さて、1989年にベトナム軍もカンボジア国内から撤退します。1993年に国連監視下で総選挙が実施され、カンボジアは立憲民主性の国として新たなスタートを切り、今に至ります。

ポルポトはどうなったかというと、クメール・ルージュを率いて闘争を続けるも、次第に勢力は縮小していきます。1996年にはポルポト軍は完全に崩壊し、ポルポト自身も1997年に心臓発作で死去します。結構最近まで生きてたんですねぇ。あ、ちなみにクメール・ルージュってまだいますよ、壊滅してません。二度と日の目を見て欲しくないものです。

ポルポトは正にカンボジア人にとっては悪夢そのものでした。だってあれですよ、ポルポトから解放された時の人口比がおかしいですもんwなんと国民の85%が14歳以下でした!!それだけ大人は殺されたってことです。まったく、高齢化している日本とは真逆ですねw


ここまで読んでくれてありがとうございました。
以上で私のノートは終わりにします。
良いノートだと思ってくれた方は評価してくれると嬉しいです(*^_^*)
あ、アドバイスも歓迎いたします($・・)/~~~


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Comments

エビフライ?魚の餌だがねww

「中京」という名は、自分が中国様の筆頭家来、No2だと思っている事から自称した物であり、ベトコンよりもカンボジアのポルポト、クメールルージュの様な無能集団の談合から来ている。天皇に弓引いた逆賊徳川、前田や李舜臣に敗れた英雄(笑)、キンカン恐怖症の信長の野望など今ひとつぱっとしない人材を生み出すことに定評のある逆賊人種であり、天皇を憎むブラ ク開放同盟や逆賊新鮮組、自民党清和会(男系破壊、ブラック企業推進)、経団連(生活破壊)、戊辰戦争の没落者朝敵の子孫の東條英樹など、数々の日本没落集団を作り出すことで有名である。ありていに言えば、無能に優しく、有能に厳しくw。しかし最近ではネットによってこうした手口や無能だけど俺のこと好きだろ?だから勘弁してよね、お願い(笑)といった逆賊思想はネットで割られること、そして秀吉が朝鮮にボロ負けしたから江戸時代はず~っと鎖国で引きこもり、その話をした者はリ ンチして殺 す、等と恐怖政治強いてたら恐怖に負けない坂本だの福沢だの出てきて今や徳川の子孫はブラ ク民扱いされていることはあくまでお察しのレベルとなっている。関西では弱いものを叩くことが習慣であり、また、関西はやたらと在日が多いことから事あるごとに李舜臣を引き合いに出して秀吉の負け犬DNAww針売りってブラ クなん?wwブラッボンwwなどとこの手のネタで大津のようにいじめられるのも中京ならではの価値観である。心の師匠はベトナム戦争でアメリカを追っ払ったベトコン。しかし中京はベトコンどころかオワコンボールを見るとおり、中国ゴクウの亀ハメ派で竹島も取り返せないどころか、自国民を滅亡させたりすることからどちらかというとベトナムの隣のカンボジア、ポルポトの中国共産系である。名古屋と言う中京ではバカと無能の談合が全てなので知識人階級や特に都市部の発想を持つものを生かしては左翼革命は達成できないとされており、実はトヨタは左翼系なので中国様が切れたりしたらウチ潰れる~と毎年のお歳暮を経団連という下僕を通じて朝貢させることに余念はない。毛沢東とポルポトが心の師匠なのだが、強さが微妙と言うことでホーチミン、ベトコンとの繋がりをPRするが、ベトコンが中国追っ払ったり大日本帝国に自力で独立を得られなかったことを話すと途端に発狂する悪いくせがあるww ドラゴンボールを生み出した島山明は漫画でこの国で天下を取るつもりだったが、国内発行部数でワンピースやゴルゴに抜かれ、今のところ3位となり、No2にもなれないことにいじけ引きこもり全開である。キャッチフレーズは日本で第3の町、しかし人口でたまに埼玉に抜かれたり、神奈川を必死で追いかけるので、第3(笑)の町とされている。スーパー名古屋人だぎゃあwwはネットで中京民のコテハンww しかし前田慶二や李舜臣に秀吉って喧嘩で負けてね?wwヒトたらし失敗してなくね?wwてか、お前らの仲間の逆賊組って新鮮組とか戊辰戦争組とか徳川とかってほとんど全部日本のマイナスの元凶じゃね?ww無能なんじゃね?ww劣等遺伝子なんじゃね?wwなどと2ちゃんねるでまとめられるので、意識高い系ってマジむかつくわww大阪の幼馴染なんて韓国うるさいから葬式ごっこでしずめたったてwwとネットで頑張るもやっぱり逆賊で負け犬じゃねwwといわれて集団で引きこもるのが名古屋の中京民クオリティである。日本人はネットでこれらの無能集団の根拠を簡単に知れるので今や、名古屋人のことを日本人ではなく日本人(笑)もしくは、ブサヨwwとからかって遊ぶようになっている。時代は変わったのだ。 というわけで、この地域の人間はいずれも日本史の中で外国に対して足を引っ張る無能層が談合することを唯一無二の正しい思想と教える為、左翼独特の徹底した管理教育が敷かれている。それは伊勢湾台風で被害にあった(天皇に弓引いた逆賊の)ブラ ク民様を気の毒と思うこと、道徳の時間は朝鮮人と(天皇に弓引いた逆賊の)ブラ ク民が喧嘩していたらブラ ク民に加勢すること、これらの発想に異を唱える者を社会的に抹殺することが善であり、それらの為の地域監視に積極的に参加し、年長者は後進を育成することなどが上げられる。こうした左翼独特の管理思想はベトコンというよりむしろポルポト思想の丸パクリなのであるが、日本を殖民にしてくれた英雄東条英機もドイツよりもソ連と組んで日本を左翼支配したかった、国民や国や、何より天皇が本当に嫌いで嫌いでたまらなかったと彼らの親族がカミングアウトしてくれるのでこの国の衰退の原因の元凶がこいつら無能名古屋人であることはもう丸分かりという状況であるが、けなげにそれでも名古屋だぎゃあww 都会過ぎず戦国武将が有名なんだて、ドイツに売上で負けたけど販売台数で負けたるでプリウスかってちょww日本?、愛国?民族?知らんがや、ここは名古屋なんだて、期間工のベトナムやらカンボジアやらブラジル(アステカ)をこき使って利益上げる所なんだでよ、ちいとは景気の足しになるきゃあも、日本人が困ったって特に知らんがねwwという典型的売国思想で盛り上がる為に、浅田真央がキムヨナにいじめられても、あの名古屋だしな、逆賊なんだってwwとカテゴリされて差別を受ける苦しい地域である。名古屋ではそうした事情から戊辰戦争の逆賊や東條等の昭和系の逆賊、天皇死ねの管理教育に熱心な者が多く、彼らの関西制圧作戦で大津を落とすことに成功し、左翼に逆らった者を一家まとめてリンチしようとしていたが、ネットの邪魔で一部計画が遅延し深刻にイライラしている。尚、韓国ではなく北朝鮮系はまんま左翼なので朝鮮人といっても李舜臣好きの韓国サイドほどこのンゴヤの邪魔をしないことが伺えるが、恐らく金で買収しているだけではないかと思われる。皇室をないがしろにしたがる小泉やその後継者安倍にお歳暮を届けたがることから、俺たちの安倍ちょん!とやかましいネット右翼に餌を上げている勢力の正体は恐らくこうした天皇、特に男系死 ね死 ね団とか言う奴って反日ンゴヤなのでは??と感づく人もちらほらいるがそこは敢えてお察しである。ンゴヤは何故か地元のイチローが大嫌いであることはあまり知られないが、彼は珍しく有能だったのだが、無能な人間の楽園が名古屋!!そのお花畑を汚す有能者はポルポトしたるんだて、期間工のベトナム人から教わったブービートラップを仕掛けたるがやと地元の顰蹙を買い、大リーグやンゴヤでない場で亡命プレーを行い名を上げていることから、傍目に見ると東ドイツからの亡命者の有能科学者、もしくはンゴヤに拉致られていた一族??などの見方が伺える。ンゴヤでは出るものは少ないとされるが、当然管理教育(左翼)が強い所なので、出ようとするとンゴヤをスターリンのように崇めないといけず、しかも失敗すると左翼の反体制は弾圧工作まんまで一家ごと消そうとしてくる為に皆囚われの位置に安住しているのである。その昔ニンジャと言うブラ ク稼業を脱する為には結果的に一族で最も強いものでなければできなかったという抜け忍という伝説があるが、これは脱獄しようと言う者を殺しに掛かる為で、機密封じを振り切るには結果的に最も優秀でなければ不可能だったという伝説からきているが、所詮サヨクに過ぎない。中日新聞は朝日新聞を心の師匠としているので、ベトコンとポルポトが戦っている時にポルポト!毛沢東!をリアルに応援していたことから、ベトコンが勝った途端慌ててンゴヤのベトコンラーメンだがや~と媚を売る姿勢は忘れない名古屋人の無能根性を隣の韓国だらけの大阪では李舜臣に殺されとけボケ!とどやされるという、反日分子VS石潰し分子という熱い戦いが繰り広げられているのである。日本のためには本当にどちらも死んでくれるのが明治維新みたいで好ましいんだけどなと誰でも考えそうな地域集落、ンゴヤをもっともっと理解してちょ!というのが、ペンギンみたいな身体障害者が多いンゴヤの定型スタイルww 島山明はンゴヤに多い近親 相姦によって生まれた(左翼は家族食いの過程で近親 相姦リンチで身体障害をよく生ませる、これは大津事件同様ポルポトや中国共産党が大好きな遊びww)池沼を地元ではペンギンと言ってバカにして遊ぶことを漫画にし、不良にパシられるドクターストップアバレちゃんで憂さを晴らしていたが、ばれると怖いので作中で孫悟空とかいう中国人がスーパー中国人になって熱いラーメン対決を宇宙規模で繰り広げる熱血漫画を作ることによって何とか有耶無耶にしたが、やっぱりネットでこうやってばれて最近ではこのサヨク野郎!無能は中国かカンボジアに帰れ!などとあちこちでアンチされるのはお察しである。
  • [2015/02/26 06:09]
  • URL |
  • エビフライ?魚の餌だがねww
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

エビフライ様

コメント有難うございます。
一応全文目をとおさせていただいたのですが、老蒙の所為でしょうか、正直の所ちんぷんかんぷんで、何とコメ返して良いか分かりませんでした。
御免なさいね。

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