Dendrodium 「田中正造の近代」を読んで

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「田中正造の近代」を読んで 

「田中正造の近代」(小松裕著)をやっと読み終わることが出来た。
田中正造は1890年の第一回衆議院議員選挙で当選し、以後6回連続で当選したバリバリの国会議員だった。
田中正造の郷里に近い渡良瀬川流域で、鉱毒事件が起きた。
大雨による洪水で渡良瀬川が氾濫した後、
それまでだったら田畑は洪水によって肥沃になり、流域の村々にとって洪水は悪いだけのものではなかったのだが、
足尾銅山から流れ出る鉱毒は、洪水によって田畑を肥沃にするどころか、作物を枯らしてしまう。
これ以上鉱毒が出ないように、足尾銅山を閉山せよと、流域の農民から声が上がった。
田中正造は農民の望みを叶える為に、国会に於いて様々の訴えをしたけれど、
明治の政府も現在の政府同様、企業の側に付く政治家だらけだったようで、
時の内閣は足尾銅山の操業を停止する等、以っての他という立場であった。

田中正造は遂に国会議員を辞職して、全精力をかけて足尾銅山鉱毒事件に取り組む事にする。

田中正造は明治天皇に直訴して死ぬ積りだったが、明治天皇に直訴状を渡す前に取り押さえられた為、彼は死をまぬかれた(死ぬ事が出来なかった)。
この直訴事件の後暫らくの間は、日本国中が鉱毒事件に同情を寄せていたけれど、
時が経つにしたがって、次第に輿論は鉱毒事件から遠のいて行った。

政府は流域の鉱毒を減じる為(足尾銅山を閉じさせない為)に、
鉱毒被害を受けた谷中村を廃村にして沈殿池にする事にした。
谷中村は鉱毒事件が起きるまでは、戸数450戸 人口2700人の豊かな村だったのに、
政府は足尾銅山を継続する為に谷中村の人々から、村を取り上げる選択をしたのだった。

谷中村が廃村になることが決まってからも、田中正造は71歳で死を迎えるまで、谷中村に残った少数の住民と共に、
谷中村に住み続け、政府に抗議し続けたのだった。

田中正造の戦いの最後の方は、抗議の為の抗議だったような気もするが・・・・・

田中正造にとって明治維新は、
幕藩体制で威張っていた将軍や藩侯の、上からの政治を終わらせて、
大和民族全員にとって、親様のような天皇陛下のご親政による、
国民の為の理想の国家が創られる筈のものであった。
国会が召集されるのを待ち望んでいた田中正造にとって、
国会議員になるという事は、
国民が平等に平和で豊かな暮らしが守られる、公平で思いやりに満ちた国を創る仕事に参加する事だったのだろう。
国民を我子(赤子)のように愛して下さる天皇陛下の下、
総てに於いて公正で国民本位の素晴らしい政治が行われると、
若き日の田中正造は、期待に胸膨らませていたのだろう。

しかし、蓋を開けてみれば明治新政府も、幕藩体制の時と大して変わりなく、
幕府が新政府に代わっただけで、民の事を犠牲にして上の者がのさばる政治でしかなかった。
財政が苦しくても国会議員の議員歳費を、お手盛りで一気に2倍以上も上げるし、
国を強くする為と言って軍備拡張し、国民に課す税金をうなぎのぼりに上げて行って、容赦なく搾り取ったりと、
維新を経ても、国民の生活は犠牲にされ続けているのだった。

これでは日本は、そのうち死んでしまうと、
田中正造はどんどん宗教的な人になって行った。

昔達磨大師の逸話に、梁の武帝が象牙の箸を作った時、
達磨大師は武帝の下を去ったという話を聞いたことがある。
達磨大師は象牙の箸を作らせる武帝に、奢侈への欲求を見て取ったのであろう。

悪辣非道な政権を追い出して、新しい政権を作るときには、皆理想に燃えている。
新しく作る政府は前の政権の権力者のような真似はせず、
人民の為の政治をするのだと言って、民衆を味方につけて革命は行われるけれど、
たいていの場合、ほとぼりが冷めた頃から、
権力者は民の幸福を犠牲にして、自分の贅沢な生活を守ろうとするものらしい。

これは何度革命を起こしても、どんなスローガンを作っても、どんな規制を定めていても、大抵そうなっている様である。
革命ではないけれど敗戦後の日本も、
国民は新しい憲法の下、
これからは民主主義国になるのだから、
平和で公平な政治が行われるのだと、希望に満ちていたものだった。

現在の日本も、いつの間にか随分と違う国になって来ている様である。
もう絶対に戦争はしたくないと、国民皆が心の底から思っていた筈だったのに、
そしてもう絶対に戦争等してはいけないと、子々孫々に伝える筈だったのに、
70年も経たないうちに、日本政府は憲法の中でも、最も重要な平和主義を蹂躙して、
戦争の出来る国に、政策転換を計る迄になってしまっている。

国民は最初の頃の思いを、強く抱き続けている者が大部分なのだけれど、
権力の座にある者は、どうして誘惑に負けてしまうのだろう?
悪貨は良貨を駆逐すると言うけれど、
政府を利用してのし上がろうとしている業者達が、
誘惑に負けない志操の者が、権力の座に座る事を、総力で邪魔するからだろうか?
それとも、公務員自身が権力の座で、栄耀栄華を得る事を夢見るからだろうか?
国民に仕える筈の公務員も、
選挙で選ばれた国会議員達も、
力を合わせて、国民を苦難に陥れるような政策ばかり推進している。

昨日とうとう日本にも、
憲法無視で日本を戦争の出来る国に改変しようとしている安倍政権の、
無法な政治に抗議して、焼身自殺をする人が現れた。
その人は集団的自衛権行使容認に反対の演説を繰り返した後、
ガソリンを被って自分の体に火を放ったそうである。(こちら
日本も焼身自殺でもしなかったら、何も訴えられない国になってしまったという事なのだろうか?
もしかしたら、それさえも無視して、悪政を強行する国になってしまっているのかも知れないが・・・・・

これというのも、他人を犠牲にしてでも、
権勢や贅沢三昧を、優先する人間がいるからなのだろう。
世界中どこの国にあっても、そういう人間が手を結んで、
国民を食いものにする態勢を創り上げて行くものの様である。

歴史的に見て、革命後最初の20~30年くらいは大抵良い政治をしているが、
70年くらい経つ頃には、衰退の道に入っている場合が多いとか・・・・・

人間にはそういう業があるものだから、
如何もがいても、どうにも成らないものなのかもしれない。
仏法擁護で有名なインドのアショーカ王は、善政をしき仏教の教えを守り、仏教伝道に力を注いでおられたそうだけれど、
晩年は親族に幽閉されて終わられたそうである。
多分王子や王女達が、折角王族に生まれたのに、こんな王様の下では一生こんな質素な生活をせねばならないと、お爺様が邪魔になったのかもしれない。(こちら

アショーカ王の場合は陽(善政)極まって、陰転したケースと言えるかもしれないが、
陰(悪政)極まっていた政府が倒されて、陽転し新しい政府が作られても、
やがて再び陰が幅を利かし始め、段々と陰極に近づき、
陰きわまった時、陽転して素晴らしい世界を人々は又味会うことが出来る・・・・・

人間社会はその繰り返しだったのではないだろうか?
その繰り返しの中で、人は様々な経験をし、考えを深めて行く事が出来る。
何時も極楽浄土のように、光明燦然と輝き、暑くなく寒くなく、空腹もなければ食あたりもなく、何一つ欠けるもののない環境におかれたら、人は忽ち退屈してしまうから、
それぞれの命題を抱いて、この苦娑婆に生まれて来るのだと聞いたことがあり、
私はそれを信じている。

田中正造は人並みはずれて信念が強、く情誼に厚い人だったから、
普通の人だったら途中で投げ出してしまっていたかもしれないような困難にも、
自分の命題に最後の最後迄、取り組み続けられた素晴らしい人だったと思う。

私達が生まれる時持って来た命題は、何だろう?
そして私達はその命題に、何所まで取り組み続ける事が出来るのだろう?

Comments

そのとおりの国

>もしかしたら、それさえも無視して、悪政を強行する国になってしまっているのかも知れないが・・・・・

「かもしれない」どこじゃありません。
現在の日本は、こんな野郎が堂々とはびこる国なのです。

「焼身自殺騒動に道議「犯罪だ」」
ttp://news.livedoor.com/topics/detail/8992412/

ひとむかし前なら、本心ではどう思っていようと
「命が助かってよかった」
「この方にこのようなことをさせたのは、政治の責任だ」
と政治家は言ったはずだし、そう言わなければ国民は許さなかったはずなのです。
命をかける、ということは、事の理非を越えて世に重い意味を投げかけるものだったはずです。
しかし今では、その熱情を「犯罪」と罵り、アホ扱いし揶揄し、侮辱しおもちゃにする…そうしても世に批判されないと舐め腐ってる、この道議のふやけた生ッちろいツラを見てください!
だいたい政治的課題が絡まなくても、自死者のでるのは政治の責任というのは古来為政者の心構えのひとつだったはず。
それがまったくの他人事のようなこの物言い。
こんな男に権力を分け与えている北海道民は幸せ者だ。

俺も、この男性のやり方は上等ではなかった、とは思ってるんです。
あれでは政治の「せ」の字も念頭になく生きてます、というノンポリ市民を恐がらせ遠ざけてしまう。
その政治的未熟、無能を笑うのはたやすいが、彼らの力なくして我々の側に勝ちはないことを考えると、彼らにあわせたやり方を取る必要はあるでしょう。
あと、根本的に、現在のこの国では「命がけ」そのものには何の価値も認められない。
毎年3万人も自死に追い込まれているのに、最早それを大した問題とも思わなくなってるくらいです、命が安いのです。
だったら命を差し出すなんて損、命を大切に使ってかつ「死ぬ気で」戦ったほうがよほどいい。

自ら死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。
生きて、死ぬ気で生きて、命がけで生きて戦い続けるのが本道。
死が嘲られるなら、やつらには生で逆襲しましょう。

十澄様

コメント有難うございます。
焼身自殺して抗議した人を犯罪者扱いした政治家のツイート、私も目にして呆れてしまいました。
仰る通り以前だったら政治家は、格好だけでも哀悼の意を表していましたのにね。
日本の病弊は凄まじい所まで行ってしまっているようですね。

>命を大切に使ってかつ「死ぬ気で」戦ったほうがよほどいい。

仰る通りだと私も思います。
命の限り訴え続けた田中正造さんは、
そのお手本だったのかも知れませんね。

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