Dendrodium イラク派兵時に自衛隊員の嘗めさせられた辛苦

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イラク派兵時に自衛隊員の嘗めさせられた辛苦 

みんな楽しくHappyがいい「<集団的自衛権>元イラク派遣自衛官の警告~イラク派遣により在職中に死亡した隊員は35名もいた!」を見て、アメリカのイラク戦争に派遣された自衛隊員が、国民に知らされないままトンでもない苦難に曝されておられたのだという事を初めて知った。

安倍政権では集団的自衛権の行使容認で、日本の自衛隊員をアメリカの戦争に供出する計画を強引に推し進めているが、
アメリカの戦争に行かされたら、自衛隊員がどんな目に会わされる事になるか、安倍総理はご存知ないのだろうか?

平成19年11月13日 河野洋平議員へその時の内閣総理大臣、福田康夫首相が出した答弁書を複写させて頂く

内閣衆質一六八第一八二号 平成十九年十一月十三日 内閣総理大臣 福田康夫
衆議院議長 河野洋平 殿
衆議院議員照屋寛徳君提出イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員照屋寛徳君提出イラク帰還自衛隊員の自殺に関する質問に対する答弁書

一について
我が国は、平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法(平成13年法律第百十三号。以下「テロ対策特措法」という。)に基づき、延べ約1万900人の海上自衛隊員をインド洋に派遣してきたところである。

二について
我が国がイラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(平成十五年法律第百三十七号。以下「イラク特措法」という。)に基づき派遣した自衛隊の部隊の一部については、イラクに入国していない場合があることから、お尋ねの人数について確定的にお答えすることは困難であるが、平成19年(2007年)11月7日現在までに、我が国は、イラク特措法に基づき、延べ約5千600人の陸上自衛隊員、延べ約330人の海上自衛隊員及び延べ約2千870人の航空自衛隊員を派遣してきたところである。

三及び四について
テロ対策特措法又はイラク特措法に基づく派遣と隊員の死亡との関係については、一概には申し上げられないが、
平成19年(2007年)10月末現在で、
テロ対策特措法又はイラク特措法に基づき派遣された隊員のうち
在職中に死亡した隊員は、
陸上自衛隊が14人、
海上自衛隊が20人、
航空自衛隊が1人であり、
そのうち、
死因が自殺の者は
陸上自衛隊が7人、
海上自衛隊が8人、
航空自衛隊が1人、
病死の者は
陸上自衛隊が1人、
海上自衛隊が6人、
航空自衛隊が零人、
死因が事故又は不明の者は
陸上自衛隊が6人、
海上自衛隊が6人、
航空自衛隊が零人である。
 
また、防衛省として、お尋ねの
「退職した後に、精神疾患になった者や、自殺した隊員の数」については、把握していない。
 
海外に派遣された隊員を含め、退職後であっても在職中の公務が原因で死亡した場合には、国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号)の規定が準用され、一般職の国家公務員と同様の補償が行われるほか、その尊い犠牲に思いをいたし、哀悼の意を表するとともに、その功績を永く顕彰するため、毎年、自衛隊記念日行事の一環として、防衛大臣の主催により、内閣総理大臣の出席の下、自衛隊殉職隊員追悼式を執り行っている。
 
政府としては、海外に派遣された隊員が得た経験については、今後の自衛隊の活動に最大限いかしてまいりたい。


自衛隊員の人数
この他に帰国後自殺した自衛隊員が26名もあったそうである。

自殺は思いとどまられたが、イラク派兵で様々な障害を持つ身となり、人生を狂わされてしまった人もある。
元イラク派遣航空自衛隊員の池田頼将は、
2006年(平成18年)7月、イラク派遣部隊の一員として、イラク隣国クウェートの基地に滞在中、米軍関係車両にはねられた。だが、事件は隠蔽され、池田さんはまともな治療を受けられないまま帰国すら許されなかった。そのために、池田さんには重い後遺症が残ってしまった。

事故発覚によって自衛隊イラク派遣への影響を防衛省-あるいは政府自体が懸念したからと見られるが、
事故(米軍の車に誤って轢かれた)にあった時、
「眼球の奥や、首、肩がすごく痛く、体を動かすことすらできなかったのに、米軍の衛生班には『異常なし』と診断され、自衛隊側も『米軍側が異常なしと言っているのに、それと反する診断ができるわけない』という有り様だったそうである。
又、治療のための帰国を何度も上司にかけあったにもかかわらず、事故にあってから2ヶ月近く、ろくな治療も受けられないまま、池田さんは帰国が許されなかったと言う。
そして帰国後も、事故の後遺症をめぐり、自衛隊内で執拗な嫌がらせを受け、肉体的にも働くことが難しかったため、2011年10月、退職。結婚していた池田さんだが、退職が原因で離婚した。

被害者が嫌がらせを受けるというパターンが、戦争時にはしばしば行われている様である。
戦地に連れて行くまでは、色々と煽て上げても、支配層にとってお荷物となった途端、嫌がらせがやって来る。
それは自ら命を捧げる決心をして、帰りの燃料のない飛行機に乗った特攻隊員でも例外ではなかった。
何かの関係で死なずにすんで生きて帰ったら、軍はその生還を喜ぶどころか、
死にぞこない扱いで、嫌がらせをされた特攻隊員が大勢あったそうである
*******
一般には特攻隊員は殆どが亡くなったと思われているけれど、特攻に出た事になっている約1200人のうち、半数の約600人の隊員は、不時着したり、機械の都合で特攻に出ることが出来なくて、生還していたということである。
しかし当時の陸軍は特攻隊員が生還していると知れたら、後の隊員の士気にかかわるとして、生還した事をひた隠しに隠して、福岡に特別の施設のようなものを造って、其処に隔離していたという。
其処に入れられていた人の証言によると、生きて帰って来たという事で、国賊扱いにされ、毎日殴られたり罵られたりし、順次どこかの特攻に送り込まれる事に決められていたそうである。
あまりの理不尽な扱いに自殺する隊員も多数あったという。。(こちら

戦時には自国の兵士に対してさえこんなに残酷なことをした過去があるのに、
アメリカの戦争屋の走狗とさせられることが分かっているアメリカの戦争に、
日本の若者を差し出す為の法改悪を、安倍総理は如何してこんなにも熱心に出来るのだろう?

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