Dendrodium 生意気な小娘の頃の反省

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生意気な小娘の頃の反省 

昨日の猛暑日を記録した所は、108地点あったそうである。(こちら
今日も気温はぐんぐん上がっている。
今日も猛暑日となる所が、日本国中に沢山出るのだろう。

私の子供の頃にはクーラーは愚か扇風機もなかった。
電機冷蔵庫が庶民の家に普及し始めたのは、私が高校生の頃からであった。
だから小さい頃の私はどんなに暑くても、冷蔵庫の冷たい飲み物やお菓子を、口にする事が出来るわけではなかった。
暑い時にはうちわで扇ぐか、水風呂に入るくらいしか、当時の私達には暑さ対策はなかった。
しかし今大抵の家には、冷凍冷蔵庫がありエアコンがつけられている。

考えてみれば現代人は、天上人も及ばなかった様な、便利な生活を享受させてもらっている。
現代人に此れだけの便利な生活を与えてくれたのは、資本主義経済のお陰だったのではないだろうか?

資本主義経済の下、庶民の便利に供する品物が、次々と発明され大量生産されて行った。
資本主義経済には、その以前には想像さえ出来なかったような便利な物を創ってくれたという、
良い面が沢山あったのは事実である。

資本主義が爛熟した今、私達は資本主義社会の、悪い面の噴出に往生させられているが・・・・・

私の十代の頃「使い捨て時代」と言う言葉が流行っていた。
何かにつけて「勿体無い」と言う母に、
「今は使い捨て時代なのに・・・・・」と、口答えしていた私。
「そんなことばかりしていたら、罰が当たるよ。」と、母が言っていたが、
今思うとあんな事ばかりしていたら、罰があたるのは当然の事なのかも知れない。

使い捨て社会とは、総てにつけて「トイレのない・・・・」状態であったのだ。
私達は住環境が犯される様になるまでの長い間、海や山にゴミを捨てる行政に、違和感を持たずに居た。
(あの美濃部都知事のゴミで東京湾を埋め立てる、夢の島計画は有名であったが・・・・・)
原発がトイレのない住宅である事はみんな知っていたけれど、
私達のゴミを捨て放題にしていた感覚が、
原発から出るゴミに対しても、私達を鈍感にしてしまっていたのかも知れない。

現代人は今、世紀末的現状に苦慮しているが、
これらは私達が受けるべくして受けていることなのかも知れない。

今の政財界を担う人々は、代表者として悪行の総決算をさせられている人なのかもしれない。
だから阿弥陀様は彼らをも許したまうに違いない。

南無阿弥陀仏

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