Dendrodium 平和憲法は民主主義の守り神

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平和憲法は民主主義の守り神 

明日うらしまで知ったのだけれど、今日はドイツ敗戦記念日だそうである。
今年の三月中旬に、ドイツの公共第2テレビ・ZDFが「わたしたちの母たち、父たち」という合計四時間三〇分の歴史ドラマを三回に分けて放送し、次世代に戦争の加害体験・被害体験を伝える取り組みをしたそうである。
この放送にはメディアも注目し、最終回の視聴率は二四%を越え、七六〇万人以上が観たと報道されていると言う。
ドイツでは今も戦争の残酷さを忘れない取り組みをしているようである。

その反対に日本では総理大臣が、過去の戦争を反省しないで、ひたすら美化したがっている。
侵略の定義はないなどという言葉を平気で口にしたり、
非戦を誓った憲法を改定し、再び戦争をしたがっている事を隠そうともされない。

太平洋戦争は12月8日に開戦したので、小学生時代毎月8日に記念行事があったと私の夫が言っていた。
そして、そのときに何時も、海行かばの歌を歌わされていたと言っていた。

海行かばの歌詞を見ると、
  海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
  山行かば 草生(くさむ)す屍
  大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
  かへりみはせじ
となっていて、まるで死なせるのが目的のような歌である。

こんな歌を戦意高揚のために歌わせるとは、あの時代の指導者達は何を考えていたのだろうと思う。
まるで死ぬる為に戦争をしているようではないか。
皆死んだら戦争に勝つ事等ありえない。
勝って何かをやり遂げたいというのであれば、その目的を歌わせるべきだろう。
これではまるで、自分達日本国民が悲惨な死に方をするために、
外国人を苦しめる戦争を始めたのだろうかと疑われそうな歌である。

戦争の目的を高らかに歌うことが出来なかったのは、
本当のことを言ったら、国民が納得するとは思えない目的での戦争だったから、
当時の指導者達には、戦争を始めた目的を言う事が出来なかったのではないだろうか。

戦争の目的とは、何時の時代でも権力者の私利私欲のためのものなのではないだろうか。
今「孫子大伝」をテレビでやっているが、
越が国境地帯にちょっかいを出すのに怒った呉王が、
越を成敗する為に軍を出すと言った時、
「今、楚への侵軍からから帰ったところで、兵も疲れているし兵糧も有りませんので、今は開戦する時ではありません」と、諫める臣下に対して、
呉王闔閭の言い放った言葉は、
「兵が足りねば徴兵すれば良い。兵糧が足りねば民に出させれば良い。」と言うものだった。

「兵が足りねば徴兵すれば良い。兵糧が足りねば民に出させれば良い。」と言うせりふを聞いた時、
これが古今を通じた権力者の感覚なのだろうと私は思った。
戦争は権力者の利益の為とか、鬱憤晴らしとか、
古来、庶民にとっては関係ないものの為に行われるのが常なのではないだろうか?

戦争は庶民にとっては迷惑なだけのものなのに、喉もと過ぎれば暑さ忘れるで、
人は○○の為に戦わねばならないと言われたら、ついその気になってしまうものの様である。

アメリカ人は9・11のビル爆破犯を捉える為と称して、国に戦争を始められた。
爆破犯がアフガニスタンにいるのが確実なのだったら、
アフガニスタン政府に申し入れて逮捕させるべきであろう。
アフガニスタン政府にその能力がないのだったら、捜査員を受け入れさせるという方法をとれば、戦争等しなくても、犯人は数人に過ぎないのだから、犯人逮捕は警察で出来たはずである。
犯人逮捕の為に戦争をするなど、無辜の人民を殺戮する危険性を考えたら、非効率で非道極まりない事位、誰にでも分かる筈なのに、マスコミに煽られると、ついその気になるものなのだろうか?
アメリカはテロの犯罪組織を撲滅すると称して、アフガニスタンに大挙して攻め込んだのだった。

戦争を始めてしまえば、国民は民主主義だなどとは言っておれなくなる。
国民主権であっても、国民がちょっと油断していると権力者は、隙をついたように戦争を初めてしまう。

「この非常時に・・・・・」「愛国心がない」「敵国のスパイではないか」「非国民」などの決まり文句の下に、逮捕監禁されかねないから、
国民は国民の権利の主張どころか、戦争批判も出来なくなってしまう。

権力者は、国の為に海で死のうと陸で死のうと恐れない者が、
真の愛国者だと言って、国民を叱咤激励するようになり、
国民は民主主義だから自分が主人なのだと言う事を、封印されてしまうだけでなく、
権力者の主張に対して、疑いを挟むことさえ許されなくなってしまう。

戦争とは権力を拡張したい者にとっては、打ち出の小槌のように万能な小道具なのだろう。
戦争で悲惨な戦いをするのは、公務員にとっては元主筋の国民だけである。
支配層は絶対に危険な戦場に等出向く事はない。

支配層は安全なところから国民にはっぱをかけて元気そうに見せ、
勇気がある人間のような振りをしていれば事足りる。

積極的に戦争をする事を禁じる規定こそ、
民主主義を守る為に絶対に必要な規定なのではないだろうか?

私達国民は主権を守る為に、私達の平和憲法を守らねばならない。

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