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旧暦の七夕の夜の星空を見て 

昨日は旧暦の七夕だった。
夜中に目が覚めたとき、七夕である事を思い出して、七夕の星空を仰いでみようとバルコニーに出てみた。
我が家の周辺には、家の前の道の街灯だけでなく、上の団地への進入路の街灯が見えるので、二重に明るく照らされて、近隣だけでなく小高い山までが明るく見通せる。
20年前に転居してきて以来、私の家ではこの街灯のおかげで、夜間寝室の豆電球をつける必要がなかった。
ここ20年私の家は豊富な電力のお陰を被り続けてきている。
しかし近隣のの道は深夜には殆ど人も車も通らない。
この人も車も通らない道を照らしている街灯は、夜空の月や星を見るときには、少々邪魔な存在である。

昨夜も私は街灯が目に入らないよう気をつけて、薄明るい夜空の星を仰いだのだった。
昨夜は旧暦7月7日だから夜半過ぎには既に月は沈んでいた。
本来なら闇夜であるはずなのに、空はほの明るく雲ひとつなく晴れていて、思いがけないくらい沢山の星が見えた。
此れが自然のままの暗い夜だったら、この何倍もの星が見えるのかもしれない。
星座の名前を殆ど知らないので、只漫然と星を見上げるだけであったが、薄明るい青みがかったとても清らかな美しい空の美しい星々であった。

至る所に街灯があって、夜道を歩いても真っ暗闇にならないで済むというのは、本当にありがたい事だけれど、随分贅沢な事でもあるとも思われる。
人工衛星から見たら、夜の日本は周辺国と比べて異様に明るい為、すぐに分かるのだそうだ。
日本中津々浦々にこの明るい夜を与えてくれて来たのも、原発の電気だったのだろう。
私達はこの明るさを維持する為には、原発の危険性にも我慢するべきなのだろうか?
どんな田舎に行っても明るい夜を守る為だったら、事故が再び起きるかどうか、決まっているわけではないのだから、原発を動かし続けたらよいではないか、と言う意見に従うのが真ともなのだろうか?

昨年3月東電は福島第1原発で悲惨な事故を起こしてしまった。
事故はあまりに悲惨な状況で、何時安全になるか見当もつかない状態にある為、
原発が再び爆発する事がないよう、大勢の人々が命がけで、事故の収束作業に取り組んでくださっている。
事故直後から原発事故の収束作業を指揮してくださっていた吉田所長は、先日とうとうお亡くなりになってしまった。
これからどれだけの方々が、事故収束作業の為に命を落とされる事だろう。
原発周辺のどれだけの方々が、家や畑・海を放射能に汚染されて、住居と生業を奪われ、健康への不安にさいなまれておられることだろう。

東電福島では未だに高濃度の放射能が漏れ続けているそうであるのに、
野田総理は事故収束の目途も立っていない昨年12月に、もう事故終息宣言を発表しておられた。
そして、この夏電気が足りなくなったら大変だからと言って、
活断層かも知れないものが原発の間を走っている、大飯原発3号機と4号機を動かす事に決めてしまわれた。
地震国日本で安全を確認する事など不可能である事は、誰が考えても分かる事なのに、
野田総理は「安全性を確認した。」と言って、大飯原発の再稼動を政治決断されたのだった。

福島原発事故のとき「想定外」と言う言葉がしきりに飛び交っていたけれど。
事故が起きる迄は安全、事故起きたら想定外と言って許されるのだったら、
何処の原発でも創られて何十年経った原発でも、野田総理初め原発推進派の人々は、いつでも安全性を確認する事が出来られるのだろう。

私達は此れからも暢気に偉いさんの言われるまま、事故が起きるまでは安全だと言って、原発の電気の恩恵に浴していくのが賢い選択なのだろうか?
私達は此れまでどおり、星が見えにくいほどの明るい夜を守り、
有り余っている工業製品を作るために、
原発の危険性を容認していくべきなのだろうか?

既に多くの外国製品が犇めき合っている種類の製品を作り続けるために、原発の危険性に目を瞑って行くくらいなら、
きっぱりと原発廃止を決めて、自然エネルギー開発など世界の安全な電力確保に寄与する研究をし、生産していく道を開くべきなのではないだろうか?

日本は夜が今ほど明るくなくても良いから、明るい未来の為に脱原発に舵を切ってほしいものである。

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