再び大東亜戦争肯定論者の方々に
実は私も三十数年前、林房雄の{大東亜戦争肯定論}を読んだことがあり、暫らくは、その意見に影響されていたものでした。
しかしよく考えてみると、おかしい事に気づきました。
共産革命がはやっていた頃の、うたい文句に、目的のためには手段を選ばず、と言うのがありましたが、(これは、革命主義者が言ったのか、批判者が言った悪口なのかは知らないのですが)これが間違っているのと同じ理由で、大東亜共栄圏という考え方が、どんなに立派な考え方であろうとも、その理想実現のためと称して、武力をもって他国を蹂躙したのでは、大東亜共栄圏論は、旗印としてかっこ良いから利用したに過ぎないことになるでしょう。
共産革命の時も、マルクスの資本論という、優秀な経済論(私は読んだことはないのですが)を掲げて、庶民の為に、貴族を抹殺して、皆が潤う理想の国を創るという趣旨で、何十万か何百万か、何千万人かは知りませんが、大量の血を流して、共産主義の国を創りました。
その国は理想の国だったでしょうか?
思想信条の自由の全く無い、そして全国民が一部の指導層の指示の下、完全に支配される、総奴隷と言ってもよいような国が出来ていたのでした。(この為ソ連では、ソルジェニーツィンに代表される、反体制作家が、命がけで国の実情を訴える小説とか、文化活動をしていたのでした)
中世ヨーロッパの十字軍の遠征ですが、これはパレスティナ回復を唱えていますが、回教国の略奪旅行だったというではありませんか。
それでも、クリスチャンの中には、(大抵の人は悪行であった事を認めているらしいのですが)あの遠征は、正しい宗教活動であったと、未だに言っている人たちも居るそうではありませんか!
この様に、旗印が立派だからと言って、その暴力行動が、是認されるものではないと思います。
以前このブログで、”正義ほど悪いものは無い”等で、書いた事があるのですが、古来軍を動かす時には、必ず大義名分を掲げます。
その掲げた大義名分が、理論的に整っているか否かは、その軍事行動の是非の判断と直結するものではないと思います。
キリストの教えがどんなに立派でも、それをネタに略奪行軍をしても良いという訳は有りえません。
近世ヨーロッパでも、キリスト教の布教と称して、宣教師を送り込み、その国民を懐柔して、後に軍を派遣して、結局植民地にしてしまうという悪事を働いていましたね。(日本では徳川幕府がそれに気付き、鎖国をしたので植民地にはならずに済みましたが)、キリストの教えに純粋に感化された1部の信者達が、不当に(見える形で)苦しめられる事になりました。
人間の強欲というものは、時に恐ろしいことを考えるもののようです。
自分達の生活を守るためには、掲げられた旗印、プロパガンダが、よく出来ているかどうか等でなく、それを唱えている人たちの意図しているものを見極める事が、何よりも重要な事ではないかと思います。
人食い鬼のような輩が
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」
と嘲笑っているかも知れないでは有りませんか!
- [2007/05/01 10:13]
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