http://analyzer.fc2.com/ --> Dendrodium 2018年07月
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赤ちゃんを産むか如何かが、国民の生産性の問題になる? 

新ベンチャー革命「安倍チルドレン・杉田水脈への抗議運動勃発:彼女は、安倍自民が能面(=自由民主主義者)をかぶった般若<は鬼(=大日本帝国主義者)であることを国民に気付かせたに、
LGBTについて問題発言をした杉田水脈議員について下記の様に書いておられる。

杉田某は、LGBTは生産性がないとほざいたそうですが、これは、戦前の軍国日本の“産めよ殖やせよ”政策に根差しており、まさしく、時代錯誤の発想です。

 
 要するに、戦前の軍国日本(大日本帝国主義者の支配する日本)の徴兵制の下で、国家が兵士を調達するには、国民の生産性(産めよ殖やせよ)を高める必要があったのです。したがって、安倍チルドレン・杉田某は、戦前日本の支配者と同じ考えなのです

これを読んだ時、戦前の「産めよ殖やせよ」政策とは、
そういうことだったのかと改めて気付かされた次第です。
そう言えば昔は、特に男子の出生を喜ぶ風潮が強かった様ですが、
愛国心を標榜していた戦前の政府にとって、
国民というのは政府(支配者)の為の奴隷だったという事なのでしょうね。

敗戦色が濃くなっても政府は、少年兵に特攻という無茶な戦法を強制しましたが、
勝ち目がない戦闘で大勢の一般国民から無理やり徴兵した兵士を、
悲惨極まりない戦闘で戦死させることが続いても、
参謀本部は一億総玉砕と言って、あの無茶な戦争を絶対にやめようとはしませんでした。

敗戦を受け入れることは支配層にとって、
自分たちの失敗を認めることになります。
戦争が終わってしまったら、戦争を始めるに当たって当時の政府要人が、
反対意見を蹴散らし踏み潰して、勝ち目のない戦争へと、
国民を強引に引きずり込んで行った責任が顕になります。

支配層は自分達が戦争中に行った、
数々の背任行為や失政が公になる日が来て、
厳罰に処されるに違いない戦争終結(敗戦を受け入れる)を、
絶対に受け入れたくなかったのでしょう。

その為には一般から徴兵した兵隊が、
無意味な戦闘で何万人悲惨な死を強制されようと、
大都市の住民が、アメリカ軍の空襲で何十万人殺される事になろうとも、
それ処か、日本が跡形もなくなってしまったとしても、
自分達が断罪される日を受け入れることだけは、絶対に避けたかったのでしょう。
(これが愛国心を叫んで、同胞に死を強制していた人々の実態でした。)

NHKによる、天皇陛下の終戦の詔勅の放送が実現するまでには、
数々の邪魔立てが入ったそうです。
天皇陛下のご発案で録音された玉音盤を盗もうと、
軍部の人間が暗躍したのだとか・・・・・

一億総玉砕を叫ぶ軍部支配層に危機感を持たれた天皇陛下が、
一身を犠牲にしてでも、終戦を実現しようと、
終戦の詔勅を録音させられたものでしたのに・・・・・

「天皇陛下の為に死んでこい」と兵士(国民)を強制的に戦地に送り出していた支配層(軍部)が、
天皇陛下の命がけのご決断を、握り潰してしまおうとしていたのでした。
ここの所も、天皇陛下の御思いを握り潰そうとばかりしている安倍総理と、
玉音盤を盗んででも戦争を継続しようとしていた軍部との好一対事象ですね。

先の戦争で負けが込んだ時の支配層(戦争責任者達)は、
自分の権力と自分の命が一番であり、
その為にこそ国民は居るのだから、
自分達の必要に応じて、幾らでも兵力が供給できるよう、
産めよ殖やせよをスローガンにしたのでしたが、
戦前回帰主義者安倍一派の端に連なる杉田水脈議員の、
国民の生産性云々発言が、それと一脈通じているという事を、
はしなくも如実に物語ったという事なのでしょう。

支配層にとって国民とは、
国家の権力者が権力を維持するための道具(奴隷)であり、
時の支配層は国民の生殺与奪の権を有する者であるという、
あの戦争責任者達の思想と、安倍一派の思想が同じ様なものであるという事が
このたびの杉田水脈議員の発言で、明らかになったという事なのでしょう。

子供を生めない者は生産性がないという考えに立つなら、
「安倍総理夫婦をまず指弾すべきだろう」という意味の事を、書いている人がありましたが、
権力者は絶対に兵隊にはならないので、安倍総理夫妻は非生産的でも全然構わないのでしょう。
「国民は利用する者と、利用される者の二種類に分けられるべきである」
と彼等は信じているのかもしれません。

一時の権力者の、そんな身勝手な理屈に、
どうして私達国民が、従い続けねばならないのでしょう?




異例の進路をとる台風12号  

 

台風12号 中国地方を西へ 豪雨被災地でも雨や強風

気象庁の発表によりますと、台風12号は、29日未明に三重県に上陸したあと、午前8時には岡山市付近にあって、1時間に35キロの速さで西へ進んでいるとみられます。

中心の気圧は985ヘクトパスカル、最大風速は25メートル、最大瞬間風速は35メートルで、暴風域はなくなりましたが、中心から北側330キロ以内と南側220キロ以内では風速15メートル以上の強風が吹いています。

台風12号は豪雨被災地を襲うコースを進んでいるらしい。
中国地方は+3.1℃と、1961年の統計開始以来、7月中旬としては最も高くなった記録的高温の、灼熱の太陽の下、約20日間も頑張って、
やっと水に浸かった家具や土砂をのけることが出来たばかりの、
記録的豪雨による洪水の被災地に、
再び洪水が襲うとしたら被災者はどうなるだろう?
これ以上気力を持って頑張れと誰が言えるだろう?

夜中の3時ごろテレビをつけたら、琵琶湖の直ぐ南側に台風の目の印が打ってあった。
琵琶湖の南に位置する私の家は、その時可也強い雨は降っていたが、
南と西の窓を開けていても雨が吹き込むことはなかった。
東から雨風が吹き付けてはいたが、
台風の風にしたら、それほど強いものでもなかった。

台風の位置が東側から西側に移ったのを知って、
私は開けていた西側の窓を閉めたが、
その後はどちら側からも風が吹き込む様子はなく、
5時ごろには雨も静かになっていた。

異例の台風という事で、どんな事になるかと思っていた割には、
我が家は何事もなく無事に済んだのだけれど、
台風は今中国地方をを通っている様子。

豪雨被災地もこの程度で済むと良いがと祈る思いでいます。

安倍日本改造内閣 

    •                      
    情報速報ドットコムの今日の記事一覧を複写させて頂きました。
    これだけ多数の大ニュースがずらりと並んでいる、これ全部が今日一日のニュースだなんて、
    一寸吃驚せねばならないくらいですが、
    こういう状態がここのところ、ずっと続いているような気もします。

    こうやって日本はどんどんあさっての方に連れて行かれようとしているのかも知れませんが・・・・・


    追記

    翌日のニュースはもっと凄いです。


    続きを読むに7月27日の情報速報ドットコムの記事を複写させて頂きます。

    続きを読む

    岸田政調会長自民党総裁選不出馬を表明 

    9月の自民党総裁選に立候補しないと、岸田文雄氏が表明したそうである。(こちら
    岸田氏は安倍総理のままの方が日本が安定的にいけると言っているそうである。
    という事は在任中の安倍総理の所業を知った上で、
    岸田氏は安倍総理の総てを容認すると表明した事になってしまうが・・・・・

    個人的嗜好に添った学校だからという理由で、新しく小学校事業を計画している森友学園に、
    10億円相当の国有地を9億円値引きして払い下げたり、
    国家戦略特区と称して始めた事業が、
    総理の友人の夢を叶えるためだった、
    としか思えないような進展の仕方で進めらた加計学園獣医学部の新設。

    疑惑に満ちた加計学園獣医学部は、愛媛県今治市の市有地を只で貰った上に、
    愛媛県から最高九十数億円の補助金を受けとる事になっている。
    その上国は、加計学園に今後ずっと毎年数十億円の私学助成金を払い続けねばならないのである。

    国有財産や市有財産を只、又は只同然で払い下げさせただけでなく、
    安倍総理は国民から有無を言わさず徴収している血税を、
    自分の知人に与えようとした、又は、与え続ける様なことを、
    公正であるべき国家公務員にさせているのである。

    しかも、それらの職権濫用事件が外部に漏れ、
    国会で問題にされたら、国家公務員達に国会で嘘の答弁をさせ、
    その上嘘がばれないようにと、公文書の書き直し(公文書改竄)迄させているのである。
    そして、安倍総理は検察に働きかけて、この公文書改竄に手を染めた国家公務員を、
    不起訴処分にしたのである。
    又、安倍総理の求めに応じず、国会で真実を話した籠池森友学園理事長(当時)は、別件で逮捕させた上に、10か月間も拘留し続けたのである。

    憲法を無視した集団的自衛権行使容認の法整備、共謀罪法、水道法改悪、種子法改悪、カジノ容認法新設etcを言わないで、
    モリ・カケ事件に限っても、
    安倍総理は大変な背任や越権行為で職責を汚し、
    司法には不正な判断を強要して、
    法治国家の体面を見る影もなく破壊してしまった。

    安倍総理に総理を続けさせたら、
    日本はモラルハザード国家になる恐れがあると危惧されている時に、
    岸田氏は立候補しない理由のひとつに、
    「首相を中心に政治課題への取り組みを進めることが、日本の安定にとって重要と判断した。」(by京都新聞)
    などと言っている。

    こんな事を言っている岸田氏は、
    岸田氏、勝算なく「撤退」 禅譲にかすかな望み」という毎日新聞記事の見出し通りの人物だという事なのだろう。
    これが自民党内でも名門派閥と言われた「宏池会」の会長なのだから、
    自民党に人が居ないのは無理がないということなのかも・・・・・

    今のアメリカを相手にして、誠実に日本人を守るという事は、
    並大抵の事ではないのかも知れない。
    下手に頑張りすぎると、
    短気になっているアメリカが、如何出てくるか計り知れない面が有るのも事実だし・・・・・

    安倍晋三氏のようにあっけらかんと嘘を言って国民を騙し、
    モラルハザードを気にもせず、
    国有財産でも国民の未来でも、宗主国の言いなりに何でも差し出して、
    少しも心が咎めない様な者でなかったら、
    今の日本の総理大臣職は身が持たないのかも知れない。
    今のアメリカを相手にして日本人を守るという事は、
    それ程大変な事なのかも知れない。

    自らを省みれば、岸田文雄氏を卑怯者呼ばわりするのは、
    身勝手な事かも知れないが、残念な事である。


    猛暑続きの日本列島に思う 

    埼玉・熊谷で41.1度、国内最高気温を更新

     23日も猛烈な暑さが続いています。埼玉県熊谷市では41.1度を観測し、過去最高記録を5年ぶりに更新しました。

     23日も東北から九州の広い範囲にかけて気温が上がっています。気象庁によりますと、埼玉県熊谷市で午後2時16分、気温41.1度を観測し、過去最高記録を5年ぶりに更新しました。


     また、午後3時30分までの最高気温は東京・青梅で40.8度、岐阜県多治見では40.7度を観測しています。東京・練馬では39.6度、東京都心でも午後1時半ごろに39度を記録するなど、猛烈な暑さとなっています。


     気象庁は各地に高温注意情報を出し、熱中症に厳重に警戒するよう呼びかけていて、このあと午後5時から記者会見を行います。

    昨日熊谷市で気温が41.1℃になったそうです。
    これは5年前の四万十市の41.0℃を抜いたという事で、
    熊谷市が日本一の高温を記録した日となったようです。
    熊谷市の人々は暑い暑いと零しながらも満更でもないようで、
    41.1℃の記録を記した巨大温度計の前で、写真を撮っている人々が写されていました。

    毎年、熊谷市と暑さ競争をしていた群馬県の館林市は、
    今年はまだ一度も最高気温の観測地として名前が上がっていないので、
    知名度低下を懸念している人もあるそうです。
    アメダス移設の群馬・館林 今年は最高気温観測地に名前出ず 知名度低下懸念する声も 

    暑さをこんな風に楽しむ人々がある一方、
    熱中症で搬送される人が大勢で、先週(7月16日〜7月22日)は熱中症で救急搬送された人が22,647人と、
    前の週の2倍以上だったそうです。

    熱中症と思われる症状で亡くなった人が、94人(23日まで)もあったそうです。(こちら

    滋賀県も結構暑くて、大分前に網戸にとまった蝉の姿を見たのに、
    蝉の鳴き声が聞えなかったのですが、
    2~3日前から鳴き声が聞える様になりました。
    蝉も35度以上の高温になると鳴かなくなるのだそうですが・・・・・

    大津市は昨日も一昨日もその以前と変わらぬ高温で、
    35℃以上になっていたのに、急に蝉が鳴く様になっていました。(こちら

    昨日は久しくく鳴き声を聞かなくなっていた老鶯が、
    川原の藪で、上手な歌声を聞かせてくれていました。
    蝉も鶯も暑さになれてきて、又歌う元気が出てきたのかもしれません。

    そう言えば、甲子園出場をかけて、県予選を戦っている高校生達の応援に来ていた生徒で、
    熱中症になった生徒があったそうですが、
    野球選手には、熱中症での搬送はないようです。
    やっぱり野球選手は、日頃の鍛え方が違うのでしょうか?

    テレビで熱中症の心配があるから、寝る時もクーラーをつけるようにと、繰り返していますが、
    一日中クーラー漬けになっていたら、
    少しの暑さにも耐え切れない体になってしまうのではないでしょうか?

    私などこの12年間、夏も冬もエアコンをつけない部屋に置いたパソコンでネットを見ていますので、
    そのお陰か今年の暑さの中でも、比較的元気にしています。
    勿論水分補給には気をつけていますが・・・・・

    夫はクーラーを余り低く設定していると、夕方の散歩にも出られなくなってしまうから、
    一寸だけ涼しくして置く位がよいとクーラーの設定温度を29℃から30℃にしています。
    そのお陰か、猛暑になってからも、夫は欠かさず毎日散歩に出かけてくれています。

    豪雨被災地の人々は熱中症の心配が有っても、エアコンが使えない人が大勢あるのですから、
    エアコン・エアコンと連呼するテレビを、如何思っておられるか一寸気になります。
    それにテレビでは、何時災害が自分達を襲うかもしれない時代になったと言いながら、
    エアコンがなかったら生きて行けないかのような忠告をする姿勢にも疑問を感じている所です。

    勿論これだけ暑いと、超高齢者にはきついとは思いますが、
    若い人はある程度、自分の体をコントロールする姿勢が必要なのではないでしょうか?

    東電の原発事故から7年半たって尚、魚や肉から基準値を超える放射能検出 

    ヒラメから自主基準超放射性物質

    福島県沖で行われている試験的な漁で、20日、水揚げされた主力魚種のヒラメから、県漁連の自主基準を超える放射性物質が検出され、安全が確認できるまでの当面の間、ヒラメの出荷を見合わせることになりました。

    福島県漁業協同組合連合会によりますと、福島県沖で行われている試験的な漁で、いわき市の久之浜沖で20日捕獲されたヒラメから、1キログラムあたり59ベクレルのセシウム137が検出されたということです。
    この値は、1キログラムあたり100ベクレルとしている国の出荷基準を下回っているものの、県漁連がより厳しく定めている1キログラムあたり50ベクレルの自主基準を上回っています。
    福島県沖でとれる「常磐もの」の代表格として知られるヒラメは、主力魚種の1つで、おととし9月に試験的な漁の対象となって以降、自主基準を上回ったのは今回が初めてだということです。
    県漁連では、20日とれたヒラメをすべて回収するとともに当面の間、試験的な漁の対象から外して出荷を見合わせ、調査のために捕獲した個体の検査結果を踏まえて再び試験的な漁の対象とするか判断するとしています。
    県漁連は「ヒラメは主要な魚種なので影響は大きいが、消費者の安心安全のために必要な調査を粛々と行っていきたい」としています

    これ以外にも
    厚生労働省の検査では岩手県産のシカ肉からセシウム110ベクレル、宮城県産イノシシ肉でもセシウム130ベクレルと基準値を超える高い値が検出されていたそうです。(こちら

    上記記事中にある様に問題のヒラメはいわき市の久之浜沖で捕獲されたものだそうです。
    先日NHKのニュースで今年もいわき市の海水浴場で、
    大勢の人が海水浴をしていると、映像入りで報道していました。
    沖でさえ生物(ひらめ)を汚染させる程の放射能が出ているのだから、
    陸(東電福島原子力発電所)に近い海水の放射能汚染は、もっときついだろうと思うのは、
    素人考えに過ぎないのでしょうか?

    昨日の新聞で見て少々戸惑ったのですが、
    北朝鮮の危険性をあれ程言い立てていた頃には、
    福井県の原発がテロ攻撃される心配等、おくびにも出さなかった政府が、
    来年度から海保に福井県内の15基の原発を見張る為に、
    大型巡視船2隻を配備する事にしたのだそうです。
    北朝鮮情勢が平和裡に納まりそうになっている今、
    福井県の原発がテロ攻撃に会うかもしれないと、
    心配し始める等どうなっているのでしょうね。
    それに
    只でさえ危険な原発を稼動させる為に、
    これ以上国民が負担させられる(税金をかける)のはオカシイのではないでしょうか?

    電力会社は営利目的で原発を動かしたがっているのですから、
    危険への対応も電力会社が負うべき事だと思います。
    「総ての危険性に対する対応を施した上で、原発を稼動すると言うのなら許す。」というのが、
    営利企業に対する政府の本来採るべき態度なのではありませんか?

    テロの危険性を無視して原発の再稼動を許し、
    その後で、「テロの危険性が有るから、国民を守る為に国費で巡視船を出す」というのでは、
    電力会社に負担させるべきものを肩代わりする為に、
    テロの危険性を無視していたと言われても仕方ないでしょう。
    政府がそんな不正を働いたのには、
    どういう理由があるのか調べる必要が有るのではないでしょうか?

    原発事故が起きたらどんなに悲惨な事になるかは、
    東電福島第一原発でいやというほど経験したのですから・・・・・

    7年半たった今でも、新たに魚や鹿・猪の肉の
    自主基準を含む基準値を超える高濃度の汚染が見つかっている日本で、
    原発再稼動を国民の反対を押し切って強引に進める政府には
    国民を犠牲にして儲けを得ようとする悲惨ビジネスへの狙いがあるのだと勘繰られない為にも、
    政府は原発の再稼動には、もっと慎重になってほしいものです。

    枝野代表の安倍総理不信任理由 7項目の文字起こし 

    【文字起こし】2時間43分即興演説 立憲・枝野代表「安倍内閣不信任決議案」(2018年7月20日)として犬飼淳 さんが 文字お越しして下さった枝野立憲民主党代表野弁論をを複写させて頂きます。
    理路整然とした素晴らしい弁論立ですが、原稿なしの即興の演説だったのだそうです。

    追記  全項目が載せられていましたので、写し変えました
      

        (以下引用)
    不信任案提出理由の概要
    (0:00〜12:24)

    枝野代表:
    今般の豪雨災害でお亡くなりになられた方々に哀悼の意を表します。
    また、被災されたすべての皆さんに心からお見舞いを申し上げます。発
    災以来、消防、警察、海上保安庁、自衛隊、そして自治体職員や消防団の皆さんなど、さらには各地からボランティアの皆さんが被災地にお入りを頂き、猛暑の中、被災者の皆さんのためにご尽力を頂いています。そうした皆さんにこの場を借りて心からの敬意と感謝の意を表したいと思います。

    こうした被災地の皆さんは猛暑の中で今なお行方不明の方の捜索。そして、復旧に向けた努力をされていますが、連日続く猛暑はもはや自然災害と言っておかしくないと思います。学校での活動中に亡くなられた小学生を始めとして熱中症などで猛暑で亡くなられた方々にも心から哀悼の意を表する次第であります。

    これよりわたくしは国民民主党・無所属クラブ、無所属の会、日本共産党、自由党、社会民主党・市民連合、および立憲民主党・市民クラブを代表し、安倍内閣不信任決議案について提案の趣旨を説明いたします。
    まず、決議案の案文を朗読いたします。本院は安倍内閣を信任せず、右決議(みぎけつぎ)する。

    この後、順次述べさせて頂きますが、安倍内閣が不信任に価する理由は枚挙にいとまがありません。大きく括っても7項目、不信任の理由があります。ただ今回、不信任案の提出には若干の躊躇の思いがあります。それは豪雨災害などへの対応が現在進行形であるという現状にあるからであります。

    わたくしどもは野党5党1会派一致をいたしまして、7月9日の午後、総理大臣宛の申し入れを官房長官へとお伝えをいたしました。
    その申し入れは、「この7月豪雨災害について最大級の災害である」と。救命救助を待っておられる方も多い状況であり、天候によってはさらに事態が深刻化する可能性があると。全国各地に被害が及んでいること。そうした事情を挙げまして、行政府、立法府が一体となって取り組む体制を整えることは当然であると致しまして、政府に対し、この災害対応を最優先に取り組むべきであり、防災担当大臣や国土交通大臣など関係大臣は災害対応に全力で取り組むよう申し入れをさせて頂きました。
    同時に野党としても可能な限り協力をさせて頂く旨も伝達させて頂きました。特に災害対応の中心を担う国土交通省、国土交通大臣はいわゆるカジノ法案の途上であり、初動以来大変なご尽力を頂いている消防を所管し、そして被災地の自治体の皆さんは連日不休の対応にあたっていられる。その実態を支援するのは総務大臣でありますが、総務大臣は選挙制度を所管しておられる。カジノ法案も選挙制度についても、いま急いで決定しなければならない案件では到底ありません。

    我々は両案とも廃案にすべきであるというのが本来の主張でありますが、せめて継続審議にして災害対応がある程度の見通しが立った段階で臨時国会を開けば、いくらでも政府与党の立場に立ったとしても間に合う法案であります。
    にも関わらず、災害対応を放り出して、この2つの法案審議を優先させたのは何なのか。
    よほど臨時国会を開くのがイヤなんでしょうか?
    それとも総裁選の日程の方が大事なんでしょうか?

    わたくしどもはそう受け止めざるを得ません。

    我々野党は会期末で時間のない中ではありましたが、義援金に対する差し押さえを禁止するための特例法は昨日のこの本会議で与野党一致で協力して成案を得て、可決をしました。やるべきことは急いでやる。そのことに協力をしてきているところであります。
    カジノやお手盛りの選挙制度をやるくらいならば、例えば野党各党は今年の3月に被災者生活再建支援法と災害弔慰金支給法の一部改正案を国会に提出していますが、川流しにした上にこの災害の裏側で国会を開いていながら、こうした法案の審議に応じていないのは与党であります。

    災害時における大臣の役割は大きなものがあります。緊急な災害時においては、まさに様々な前例のないこと、前例の少ないこと、様々なことが生じてきます。行政の皆さんだけでは前例を越えて対応する決断することにはなかなか困難があるのが実態であります。だからこそ災害などの緊急時においては前例主義にとらわれず、政治責任を持つ政治家がしっかりと役割を果たしていく体制が求められています。

    いわゆる赤坂自民亭と言われる問題は、まだ特別警報が出ていなかったなどの言い訳をされている方もいるようですが、自衛隊の対応なども動き始めている状況で一議員の皆さんがされていたのではありません。指揮すべき立場である総理や防衛大臣、官房副長官まで参加し、しかも、そのあと、反省の姿勢が全く示されていません

    あえて申し上げますが、一部に同じような時期に開催された立憲民主党議員の会合を同一視して批判する向きもあります。
    しかし、緊急時に執行権限を持ち、判断をし、指揮すべき総理や防衛大臣や官房副長官の責任は野党議員と一緒なんですか?
    あるいは野党議員にそうした判断、決断をさせて頂けるのですか?

    (野次がおさまらないため、枝野氏、30秒ほど黙り込む)

    大島議長:
    趣旨弁明を続けてください。

    枝野代表:
    (後方の議長席へ振り返って)
    黙らせて下さい。

    大島議長:
    続けて下さい。

    枝野代表:
    黙らせて下さい。

    大島議長:
    続けて下さい。

    枝野代表:
    黙らせてください!
    (いっこうに野次を注意しない議長に対して)
    黙らせて下さい。 
    黙らせて下さい!

    大島議長:
    ご静粛に!
    (野次がいったんおさまり)
    どうぞ続けて下さい。

    枝野代表:
    ちなみに申し上げますが、指摘されています我が党の会合は議員や政治家の内輪の懇親ではありません。外部の方が参加する会であり、わたくしも参加しましたが、挨拶だけで短時間で退席しております。議員が集まって盛り上がっていたとツイートされるような会合とは趣旨も内容も全く異なっております。

    それだけではありません。
    明らかにこの災害に対する初動は大幅に遅れています。7月5日午後2時ごろ、気象庁は異例の記者会見を行って、そこから66時間
    8府県に特別警報が発令されるという前例のない事態となり避難勧告の対象が23府県264万人に達し、死者・行方不明者の報告も多々入っていた7日の午前0時を起点としても丸一日以上経過した8日の午前8時まで非常災害対策本部が設置されておりません。
    「空白の66時間」という指摘もなされています。赤坂自民亭の問題をあわせ、初動の遅れを指摘されても止むをえない状況ではないですか?

    まだまだ、まだまだ緊急対応の状況が現地は続いています。
    したがって詳細な検証は落ち着いてから厳しくさせて頂きたいと思いますが、少なくともこうした批判に対して謙虚な姿勢が全く見られないというのは深刻な問題ではないでしょうか。

    大島議長:
    (野次に対して)ご静粛に。

    枝野代表:
    こうした初動についての指摘を受ける中で、カジノや恣意的な選挙制度の改悪を災害対応に優先させたその一点をもっても不信任に値すると考えます。むしろ、この災害対応を加速させるためにも安倍内閣は不信任すべきである。そういう思いの中で今回、不信任案を提出をさせて頂きました。

    大島議長:
    (野次がおさまらないため、上記の枝野氏の発言途中で)ご静粛に!

    不信任理由1「高度プロフェッショナル制度の強行」
    (12:25〜25:23)

    枝野代表:
    それでは、ここから大きく7つ安倍内閣の不信任に値すべき事項について、お話をさせて頂きたいと思います。

    まず第一は、過労死を増やすことになる、国民の命を危機にさらす高度プロフェッショナル制度を強行したことであります。この問題の本質は労働時間規制が及ばない労働者をつくるということにあります。そもそも、近代労働法制というのはどこから始まったのか。1日8時間労働が原則であるという、その原則を法制し、しっかりと守らせる。それこそが労働法制の世界における近代社会としての大前提であります。

    高度プロフェッショナル制度は様々な言い方をしていますが、この近代国家においては大前提である、労働者の労働時間はしっかりと把握・管理し、1日8時間労働が原則である、8時間を労働に、8時間を睡眠に、残り8時間をそれぞれの自由な時間に。それこそが人間らしく生きるための最低限のベースであるというのが近代社会の大前提である。

    この制度の外側に置く労働者をつくるというのがこの高度プロフェッショナル制度の本質であります。結果的に長時間労働させ放題になる。我々は当初、残業代ゼロ法案と言っておりましたが、もっとわかりやすく言えば、定額働かせ放題の制度である。
    携帯電話やスマートフォンであれば定額使い放題は大変便利な制度であります。しかし、まさに使い放題だからこそ、どれぐらい使っているかということを気にせずに使えるからこそ定額使い放題制度は情報通信の世界で大変広く広まり利用者にとっても便利な仕組みとなっています。

    これを労働の分野、人間の働くという分野に持ち込もうというのが、この高度プロフェッショナル制度の本質、実態であります。どんな言い訳をしても、どんな説明をしても、いや私も使用者の立場であるならば支払う賃金が同じ金額ならば、できるだけ多くの課題をその人間に負荷して、できるだけ長い時間を働いて頂いて、できるだけ多くの成果をあげて頂こうとするのは、むしろ当然のことであり、否応なく長時間労働に繋がるということは、誰がどう見ても明らかな問題のある制度であります。

    しかも、労働管理自体を従来の労働と違って、しっかりとした管理をしないという仕組みになっています。したがって長時間労働の結果、過労死などの残念な事態が生じた場合、現在の仕組みのもとでも実際の労働時間を立証する、それによって過労死であったことを立証する、これはこうした問題に直面せざるを得なくなった遺族の皆さん、それを支える弁護士にとっては現状でも大変困難な実は案件であります。
    にも関わらず、そもそも労働時間管理自体を原則取っ払ってしまう高度プロフェッショナル制度のもとで長時間労働による過労死が生じても、これが過労死である、長時間労働の結果であると証明することが、はなはだ困難になってしまいます。しかも、自己管理による自己責任であるという最近お得意の論法で労災などの認定を受けられないという結果にも繋がりかねません。明らかに過労死・過労自死促進法であることは論を待ちません。

    安倍総理はかつて過労死を防ぐ法律をつくろうという時には過労死の遺族とお会いになり、お話をされました。二度と過労死を出さないという決意を示されました。
    そうした皆さんが「この法案は問題である」「自分たちと同じような辛い思いをする」「亡くなってしまった人は戻ってこない」「そうした人たちを増やしてしまう」という強い危機感を持って、もう一度総理に直接聞いてもらいたいということを一顧だにもせず強行したこの姿勢はなんなんですか。
    褒めてもらえそうな都合の良い時だけ顔を出すけども、厳しい指摘を受けそうな時には逃げる。まさに卑怯者のやり方ではないでしょうか。

    そもそも高度プロフェッショナル制度には様々なウソが前提となって議論が進められたという大問題があります。そもそも、この制度は「1075万円以上の年収のある人にしか適用されない」「ほとんどの労働者には関係がないんだ」という前振りのもとに議論が進められました。しかし、野党各党の国会における審議を通じて、そもそも法律には金額の明記がないこと。これは読めばわかる話です。その1075万円という金額の算定の中には様々な諸手当も含まれる解釈が成り立つこと。そして、何よりも問題なのは審議の途中から「いずれこれは引き下げいくんだ」ということが各界、各省、議員の中からも出てきているという話であります。

    ウソという意味では追求しなくてはならないのでは、不適切データの問題であります。総理ご自身が不適切、むしろ捏造と言っていいデータにもとづいて「裁量労働制で働く人の労働時間は一般労働者より短いというデータもある」と総理ご自身がおっしゃったんです。撤回をし、「厚労省のデータが悪いんで俺は責任が無い」と例によっての責任逃れをおっしゃっていますが、実は撤回をした後にも、さらに200件以上の不適切データが発見をされています。衆議院の委員会採決の当日の朝にも新たな不適切データが発見されたということはこれまで何度も指摘をされているところでありますが、にも関わらず、審議を強行し、採決を強行しました。

    事実に基づかない、誤ったデータに基づいて議論を進める。こんなことは近代国家ではありえないことであります。行政の内部におけるいきさつは色々あるのかもしれませんが、総理ご自身が裁量労働制や高度プロフェッショナル制度などの、いわゆる残業代を残業時間に応じて支払うわけではない制度を導入するにあたって、この誤ったデータを引用して正当化する発言をしていた以上はこの法案の前提の事実が、事実でなかったということでありますから当然のことながら今度は正しいデータをとり、そのデータをしっかりと分析をした上で議論をし直すのが当たり前のことじゃないですか。

    安倍総理はあるいは政府の皆さんはこの高度プロフェッショナル制度について「ニーズがあるのか?」と問われ、「やりたくない企業や労働者はやらなくていいんだ」「希望している人もいるんだ」という答弁をされました。
    しかしながら、労働者側のニーズを示す客観的な根拠はありませんでした。ヒアリングは10名程度の事後的なアリバイづくりのようなものに止まっています。所詮は企業側の論理にもとづく一方的な制度の導入であるということは既に議論を通じて明らかになっています。

    しかも、企業側が導入を求めた時、残念ながら今の日本の社会風土、職場風土の中で、本当にこれを拒否できる労働者がどれぐらいいると思っていらっしゃるのでしょうか。残念ながら会社側から強く求められれば、本人はイヤであっても受け入れざるを得ないというのが現実の日本の職場風土であるということを総理も厚生労働大臣もご存知ないんでしょうか?
     「希望しない人は制度を取らなければ良い」という言い訳は全く説明になっていません。

    今回の労働法制は長時間労働の是正という大義のもとに行われています。残念ながら野党各党の強い反対を押し切って成立した後も、長時間労働の是正という大義を総理が掲げておられます。労働者側のニーズもなく、長時間労働に繋がる高度プロフェッショナル制度を推進するのは「看板に偽りあり」と言わざるを得ません。失われた命は戻りません。過労死・過労自死で家族を失われた皆さんの悲鳴とも言っていいような声は野党の同僚議員がこの本会議場でも全ての議員の皆さんに向かってお伝えをさせて頂いた。わたくしも目頭が熱くなりました。

    この高度プロフェッショナル制度で長時間労働を余儀なくされ、命を失う方が出た時に誰がどう責任を取るんですか?
    私たちは残念ながらこの国会で形式的に高度プロフェッショナル制度は成立をしてしまいましたが、人の命に関わる問題です。決して諦めることはありません。1日も早く衆参両院で高度プロフェッショナル制度に反対する勢力が過半数を取り、1日も早く廃止する決意を皆さんに申し伝えたいと思います。

    また、この制度が形式的に当分続く間も我々は様々な皆さんと連携をしながら、実際にこの制度を導入する企業が生じないように厳しくウォッチをし、もしそうしたものが見つかった場合は国会内外で厳しく指摘をしていく。そのための監視活動を全力を挙げて取り組んでいくことをこの場で申し上げたいと思います。

    ✳︎同僚議員が本会議場で伝えた遺族の声とは、2018年5月25日に西村ちなみ議員が2時間6分にわたった演説終盤の内容を指す。当日の文字起こしはリンク先を参照

    不信任理由2「カジノ法案の強行」
    (25:24〜41:23)

    枝野代表:
    不信任に価する2つ目の大きな理由は、カジノを強行したことです。

    7世紀末、我が国は持統(じとう)天皇の時代ですが、双六(すごろく)禁止令が発令されました。以来、我が国は千年を超える期間、賭博は違法であるという法制度のもとで歴史と伝統を積み重ねてきました。例外は公営ギャンブルという財源確保のためにやむなく行われた非営利目的の特別なものだけであります。

    カジノの収益で経済成長を目指す。そもそも千年以上にわたって違法とされてきたものを使って利益をあげて、そして経済を成長させる。そのこと自体がみっともない政策ではありませんか。持統天皇以来の歴史を一顧だにもせず、こんな馬鹿げた制度を強行する人たちに保守と名乗って欲しくはありません。

    保守と称する皆さんは、保守とは何かをわかって自分たちを保守と名乗ってらっしゃるんですか?
    保守という概念はフランス革命を契機に発生した政治概念です。フランス革命における急進過激な変革に対して、それはやり過ぎだという立場から保守という概念が発生しました。

    そして、保守の本質は何か?
    それは、人間とは不完全な存在であるという謙虚な人間観です。人間は、すべての人間が不完全なものであるから、どんな政治家がどんな良い政治をやろうとしても完璧な政治が行われることはありえない。常に政治は、社会は、未完成・不完全なものである。それが人間は不完全なものであるという謙虚な姿勢にもとづく保守の一丁目一番地です。

    ま、このこと自体で今の自民党・安倍政権が保守ではないということは明確であるというふうに思いますが、そうした謙虚な人間観にもとづき、今生きている私たちの判断だけでは間違えることがある。従って、人類が長年にわたって積み重ねてきた歴史の積み重ねというものに謙虚に向き合い、人類がその中で積み重ねてきた叡智(えいち)というものを活かしながら、それを改善していくにあたっても、間違っているのではないかという常に謙虚な姿勢を持ち、そして自らを省みながら一歩ずつ世の中を良くしていく。これが保守という概念の本質であります。

    保守反動という日本語がありますが、そもそも反動では保守はありません。今も不完全な社会です。しかし、過去においても理想的な時代はありえなかった。未来においても理想は実現できない。でも、今あるものをちょっとずつでも良くしていく。これが保守ですから、保守と反動は相対立する概念であります。

    一方で穏健保守という概念もありえません。なぜならば、保守とはもともと穏健なものであります。反対意見を封殺し、自分が正しい道を信じて邁進する。まさに保守思想が否定をしたフランス革命の急進的な思想であります。
    従って、保守とはそもそも穏健なものであり、穏健でない保守が保守を名乗るのは自己矛盾であります。

    そもそも今のような保守概念からすれば日本における保守とは何を大事にしなければならないのか。明治維新以来の150年も確かに日本の歴史であります。しかし、日本の歴史は文字に残っているものだけでも1500年を超える歴史を持っています。明治維新以降の歴史だけを見て、それが日本の歴史の伝統だと勘違いしている人たちが特にこの辺には多いんじゃないですか?
    (枝野氏、右手で与党席を示しながら)

    だから、持統天皇以来の日本の歴史の伝統を知らないでカジノなんていう我が国の伝統に反する馬鹿げたことを進めているんじゃないですか?
    そもそもが、我が国の歴史と伝統を考えた時に明治維新というのは、それまで1500年近くにわたって少なくとも文字に残る歴史に積み重ねられてきた我が国の歴史が、西洋近代化文明の流入によって、急激に変更を余儀なくされた。その結果として、それまで積み重ねられた歴史と伝統が大きく変更させられた150年であります。いま我が国が直面をしている時代認識は、この明治維新以来150年間歩んできたこの歩みというものが大きな転換点を迎えている。わたくしは今の日本はそういう状況にあると思っています。

    イギリスにおいて産業革命が起こって以来始まった近代化の歩み。これは規格大量生産によって経済を急激に発展させる。そのことによって我々も物質的に豊かな文明の中で暮らしてくることができました。私はこれまでの歩みは世界史においても日本史においても、それは様々な、その間に問題がある時代があったにしても、大きな人類の前進であったというふうに思っています。

    しかし、いま先進国が、特に我が国は第二次世界大戦以降、日米戦争以降、急激な近代化、つまり経済成長をしたがゆえにその壁に最も早く急激に直面をしていますけども、先進国が共通して大きな壁にぶつかっている。それは従来の規格大量生産によって、安いモノをたくさん、良いモノをつくれば、そのことによって経済は発展し、そのことによって一人一人の暮らしが良くなっていくという、これが現実に機能しなくなっている。そういう時代に入っている。だからこそ、社会の格差分断というものが、日本だけではありません、先進国共通で深刻な問題になっている。

    その時に日本の歴史と伝統を大事にするのであれば、そうした近代欧米文明、産業革命以来の規格大量生産型の文明が入ってくる前からある、我が国の歴史と伝統こそをもう一度見つめ直す。それこそがわたくしは真っ当な保守のあり方であるというふうに思います。

    もちろん、人権意識。そのことによる男女平等を始めとして、あるいは先ほど申し上げました労働法制もそうかもしれません。様々なものが欧米から流入したことによって進化をしたものもたくさんあります。それを元に戻せと言うのではありません。しかし、それまで積み重ねてきた我が国の社会のあり方の良い部分をこうした人権問題に対する意識が大きく前進をした中で、それを取り入れて、それを活かして、いま我々先進国が共通して直面している壁にどう立ち向かっていくのか。わたくしは本来の保守のとるべき道はそういう道であるというふうに思っています。

    ちなみに今日は5党1会派を代表して趣旨説明をさせて頂いておりますが、趣旨説明の担当者ということでお許しを頂いて立憲主義について一言述べさせて頂きたいと思います。

    立憲主義というのは、言うまでもなく、権力の自由ではありえない。どんな権力も憲法というルールに基づいて運用されなければならないという考え方であり国際社会の大前提であります。

    そして、その憲法とは何なのか?
    まさにこれこそ、歴史と様々な苦難の中から先人たちが積み重ねてきた社会の大前提となるべきルール。権力が従わなければならないルール。様々な苦難を乗り越えた先人たちが積み重ねたルールが結集されている。それが憲法であります。

    だからこそ、多くの国において憲法を変える手続きにおいては、今生きている有権者の半分だけでは簡単には変えられないという仕組みを多くの国で採用しているのは、憲法というのは歴史にもとづいた人類の叡智(えいち)の積み重ねの結集であり、それによってどんな権力も拘束されなければならないという、そういう考え方に立っているからに他なりません。まさに立憲主義は保守思想そのものであります。積み重ねられてきた先人たちの知恵。そういうものに基づいて、それを動かす時には急進的な理想に邁進するのではなくて、今あるところから一歩ずつ改善していくにはどうしたら良いのかを考える。

    まさに立憲主義も保守主義も同じ考え方である。であるので、わたくしこそが保守本流であることを自信を持って日頃から皆様方にお訴えをさせて頂いているところであります。

    こうした保守、・・・・。
    (枝野氏、議場からの野次がおさまらないため、15秒ほど黙り込む)
    いいですか?喋って?

    こうした保守の本質を全く勉強せずに自称・保守の人たちを相手にしてもしょうがないんですが、各論だけを申し上げてもカジノ法案はギャンブル依存症を増やす。ギャンブル依存症は、まさにこれに陥った当事者だけの問題ではありません。家族や地域社会を含めて、多くの人たちがそのことによって社会的・経済的に大きなダメージを受けます。カジノの収益で経済成長する側面が百歩譲って存在するとしてもカジノ依存症による社会的・経済的マイナスが圧倒的に大きいと言わざるを得ません

    しかも、いま強行されようとしているこのカジノ法案は、カジノ事業者が金を貸せる。とんでもない貸金法上の事実上の例外まで盛り込んでいる。まさにギャンブル依存症になろうとしている人たちに金を貸しまくって、ますますギャンブル依存症、ギャンブルによる多重債務に繋がっていく仕組みではありませんか。

    外資に対する規制も十分ではありません。残念ながらと言うべきか当然のことながら、我が国ではカジノ事業を運営した経験はありません。どう考えても外資規制を十分に行わなければカジノ運営の経験ノウハウの高い人たちが商流入という形をとって、この事業の利益を掠め取っていくのは目に見えているじゃないですか。日本人がギャンブルで損をした金で海外のカジノ業者を潤わせる。まさに国を売るようなことではないですか

    わたくしは裏付けのないことで直接批判をしようとは思いませんが、しかしながら安倍総理とトランプ大統領との会合の席にアメリカを代表するようなカジノ業者の方がご一緒していたというようなことも伝えられています。まさにアメリカに我が国を売るための法律をいま強行していると言われても仕方がないんじゃないでしょうか。

    だいたいですね、カジノのために日本に来る外国人観光客がいる?
    あるいは、そのことによって外国人観光客を集めなければ外国人が来てくれない? そんなに日本は情けない国なんですか? 保守と称している皆さん。

    我が国には、世界の国々の多くの皆さんから見れば、そうした皆さんとは違った歴史、風土、文化、あるいは生活様式、そして自然。我が国には様々な観光資源として魅力あるものがあります。まだまだそうしたものが世界の皆さんに十分に伝えられていない部分も山ほどあります。あるいは受入の体制が十分ではないために魅力ある観光資源を持ちながら外国人観光客がなかなか来て頂けていないところも少なからずあります。まさにやるべきは、そうした観光資源を魅力的なものとして世界に売り出し、そして、日本の本来の良さを見て頂くために日本に来て頂く。それこそ日本の伝統と歴史を大事にする立場の人たちの意見ではないかと私は思うんですけども。

    いずれにしても、いずれにしても、災害復旧の中心を担うべき国土交通大臣が災害対応よりも優先させて急がなければならない法案でないのはハッキリとしています。今からでも遅くはありません。まだ参議院の本会議が開かれていません。今からでも考え直して、いったん立ち止まり、まずは国土交通大臣中心に災害復旧に、この間カジノにうつつを抜かしていたことへの反省も含めて全力を挙げて頂いて仕切り直しをされるべきであるということを強く申し上げたい。

    不信任理由3「アベノミクスの限界の露呈」
    (41:24〜1:11:35)

    枝野代表:
    安倍内閣を信任できない3つ目の理由は、アベノミクスの行き詰まり、限界の露呈であります。

    そのアベノミクスの結果として生じた様々な副作用のみがますます顕著なものとなっています。このままでは国民生活と、そして日本社会の分断によって社会そのものを崩壊に至らしめかねない、ギリギリのところに来ていると思っています。

    確かにアベノミクスの成果なのかどうかは別として株価、あるいは輸出企業を中心とした企業収益には良い数字も見られていますが、実質賃金や個人消費には全く繋がっていません。アベノミクスが始まって5年半になっています。もはや「まだ始めたばかりだから結果には繋がりません」という言い訳が許される時期ではありません。そもそも経済を活性化させることで税収を増やし、財政再建を実現すると称していた財政再建目標は5年経っても全く実現できず、5年先送りにしています。
    どういうことだかわかりますか?
    5年やって成果があがらず、5年先送りにした。
    成果がゼロだから、これまでと同じ期間が必要なんですよね?
    半分進んでいるのなら、2年半で済みますよね?
    全く進んでないということです。


    2%の物価上昇目標。これは一義的な責任は日銀かもしれませんが、この物価上昇目標は当初「2年程度」とおっしゃっていました。
    今、何年です? 5年半です。6度の先送りです。
    もはやこの目標自体が「達成できなかった、失敗だった」と言うのが当然じゃないでしょうか。

    あえて申し上げますが、徹底した金融緩和。ま、円安を目的としていたとは言えないにしても、そのことによる円安。財政出動。確かに、かつては正しい経済政策だったとわたくしは思っております。今回も輸出企業の収益増など一定の部分的な成果はあがっている。
    しかし、先ほど申しました通り、そもそもこうした手法が通じた150年間の状況と、いま我が国が置かれている状況が根本的に変化しているのではないか。そのことが問われているのはないでしょうか。

    だから本来効果があがるはずの緊急緩和をとことんアクセルを踏んでも、財政出動にとことんアクセルを踏んでも、個人消費や実質賃金という国民生活をより良くするという本来の目的に繋がらないところで止まっているのではないでしょうか。
    わたくしは政治的な言い方としては、こうした金融緩和などによるアベノミクスをいわば「強い者・豊かな者をより強く、豊かにする政策である」という言い方をしてきました。ご異論はあるかもしれませんが結果的に大きな輸出企業などを中心として強い者がより強く、豊かな者がより豊かになる。
    ということは先ほど挙げた部分的な成果の言い換えとして間違ってはいないと思います。

    これもあえて申し上げます。このこと自体はある時期までは私は正しかったと思っています。日本の戦後復興、高度成長の時代、貧しかった時代は、まさに貧しい日本が豊かになるためには海外にモノを売って稼がなければ豊かになれませんでした。海外にモノを売って豊かになる。しかし、貧しい国ですから高品質、高性能あるいは新製品の開発。そうしたところで時の先進国、主にはアメリカがありましたが、そうした国と競争できるような力はまだまだありませんでした。

    従って安い労働力を武器として安いモノをたくさんつくる、安いからたくさん売れる。そうしたことによって世界にメイドインジャパンを売り、そのことによって得た利益で国内を豊かにする。従って、まず国内を豊かにする前に輸出によって稼ぐために輸出企業を太らせる。輸出企業が育つために何をやっていくのかということに経済運営の力を注力する。私は自民党がまともだった時代のこうした政策というのは決して間違っていなかった、時代に合致していたと思っています。

    問題は、特にバブル崩壊以降の我が国の状況がこうしたやり方が通用している時代状況にあるのか、世界経済の状況にあるのかということだと思っています。
    実は多くの皆さん、勘違いされてるんじゃないかと思いますが、バブル崩壊以降の日本経済の低迷、それは部分的な数字は良くなったと自民党の皆さんがいくらおっしゃっても、実質経済成長率などの数字を見ればバブル崩壊以降、一貫してせいぜい1%前後の低成長が続いている。バブル崩壊前は平均すると4〜5%の経済成長をしていたところから、我が国の成長力が落ちた。これは否定ができない。そして、これは民主党政権の時代も含めて、この30年近くの間一貫している我が国の状況です。

    こうした状況の原因が外需にある、輸出にあると勘違いをしているんじゃないでしょうか?
    確かに日本を代表する輸出企業は、そして輸出産業は、新興諸国の売り上げ、そしてグローバル化などによって大変厳しい競争環境の中に置かれています。実際、その結果として日本を代表する輸出企業が経営危機に陥るなどというニュースが年に何社も出ているという状況もあります。
    「サザエさん」のスポンサーが変わったのも大変残念です。

    問題は、じゃあ輸出産業全体がこの30年近く、経済成長をしていないのかということです。実はバブル崩壊の前と後で日本の輸出に関しての成長力はほとんど下がっていません。大変厳しい経済環境のもとではありますが、日本の輸出企業、輸出産業は競争の中でも着実な経済成長を遂げているんです。もちろんこうした経済成長を遂げてきた背景には我が国のそうした企業を支援するバックアップという政策の支えがあったことも否定はしません。
    しかしながら厳しい環境の中でもバブル崩壊前と比べて大差ない成長を遂げている輸出産業に「もっと頑張って成長して国内を引っ張れ」と言ってもそれは無理な相談なんです。今の成長力をどう維持していくのかということが厳しい環境の中、30年間頑張ってきた輸出産業と輸出企業に対して、政府のできることなのではないでしょうか。

    本当にやらなければならないのは、実はバブルの前と後で大きく変わったのは、個人消費が大きく落ち込み、落ち込んだままであるということであります。個人消費が増えない限り、日本の経済の安定的な成長が実現できないのは自明の理であるとわたくしは考えます。

    問題は、この30年近くの間進めてきた政策が個人消費を着実に増やしていくという観点から見た時にどういう意味を持ってきたのかということであります。
    例えば、労働法制。今回の高度プロフェッショナル制度の問題もありますが、この30年の間に派遣法は逐次改悪されて、学校を卒業して就職するというのは、わたくしは今54歳ですが、私が学校を卒業する時代には正社員になるというのは当たり前のことでありましたが、いま若い人たちは必ずしも、一流大学を卒業される方は別かもしれませんが、
    「正社員になれたから良かったね」
    「正社員じゃないけども就職があって、まぁまぁ良かったね」
    こういう実態があることを皆さん、ご存知でしょうか?
    そして、非正規の方が異様に数が多かった、いわゆるロストジェネレーションと言われる世代の皆さんは仕事をしながらもジョブトレーニングの機会に恵まれることもなく、今なお非正規で低収入という状況の中で歳を重ねておられる。

    我が国はただでさえ少子化、人口減少の中にあります。人口が減少すれば、もちろん1人あたりの消費量を増やすということで個人消費の全体量を増やしていくということは可能ではありますけども、しかし、まさに消費者の数が減れば消費がマイナスの方向に向かう。そういう大きな要素になることは間違いありません。そうした構造の中で政治がやらなければならないのは何なのか。

    実はやらなければならない第一のことは格差の是正であります。格差の是正は今やらなければいけない経済政策です。景気対策です。日本では当たり前の経済についての大原則の中で、なぜかどなたもおっしゃらない、ほとんどの方がおっしゃらない大原則があります。それは金持ちほど金を使わないという大原則です

    これは例えば、価格は需要と供給のバランスで決まるのと同じように経済の大原則です。消費性向という手にした所得のうちどれくらいが消費に回るのかという比率です。これは所得が大きいほど低くなる。これは経済の大原則です。したがって格差が拡大すれば消費が落ち込むのは、経済のいろはの「い」。この中で結果的かもしれませんが、強い者・豊かな者をより強く豊かにする、そうした政策の結果として格差が拡大し固定化してしまっている。その結果として消費が拡大をしない。それが今の日本の置かれている状況であります。

    格差の是正は「貧しい人たちが気の毒だから」というだけではありません。格差を是正し、低所得の人たちの賃金を底上げすれば、低所得であれば消費性向はほぼ100%です。従って、その人たちの手にした収入はほぼ全額が消費に回ります。しかも、低所得・低賃金ですからそうした方が海外のブランド品を買うとか海外旅行に行くとか海外に投資をするとか、そうしたところにお金が使われる比率はどう考えてもほとんどありません。国内における内需の拡大に直接つながる。それが所得の低い人たちの所得を底上げする政策の持っている経済政策としての意味であります。

    従って、いかに格差を拡大せずに、そして格差を是正していくのか。所得の低い人たちから中間の人たちの所得をどう底上げしていくのか。そのことが国内における消費を拡大させる、日本経済を立ち直らせる王道であるとわたくしは考えます。

    まぁ、あえて付け加えれば、労働法制などをむしろ規制を強化することによって働いた賃金に応じて所得を得る。そうしたことがキチッと回っていく社会をつくっていかなければなりません。例えば、我が国ではトラック運送などに携わるドライバーの方が大変な人手不足です。低賃金で人手不足です。あとで申し上げる介護や保育の皆さんと同様です。おかしいんです。先ほど申し上げましたがように価格は需要と供給のバランスで決まるんです。それが、資本主義社会であるならば大原則です。人手不足なのに低賃金というのは、マーケットがどこかで歪んでいるからです。その歪みを正すのは政治の役割です。低賃金であるならば賃金が上がる。そのことによって「賃金が高いから重労働かもしれないけど、頑張ってやろう」とそういう方が増えて、市場が機能して、人員が確保させることに繋がるんですよ。

    残念ながら例えば、今回の長時間労働を是正する働かせ方改悪法案の数少ない改善部分である長時間労働の規制も低賃金、重労働、長時間労働であるトラックドライバーなどの皆さんについては先送りをされてしまいました。
    もちろん、どんな産業に携わっている皆さんでも、過労死・過労自死に至れば、先ほど申しました通り、家族を含めて残された人たちに大変大きな傷を残します。何よりもご本人がやりきれないものでありますが。交通事故などにつながれば、それ以外の方々にも影響が及ぶような仕事の人たちの長時間労働の規制を後回しにせざるを得ない。それだけ、こうした人たちの人手不足が低賃金を背景に行われている。この市場のメカニズムの歪みを正すことこそが、実は格差の是正につながり、低賃金の人たちの賃金の底上げにつながり、経済・消費の拡大につながっていくということを申し上げたいと思います。

    さらに申し上げると経済・消費を増やすためにあと2つ大事なことがあります。1つは高齢者の老後であります。
    今の日本の高齢者の皆さんはまさに日本の右肩上がりの高度成長をつくってくださった世代の皆さんです。もちろん、同じ世代だからといって皆が同じ生活環境にいるわけではありません。高齢者でも大変厳しい生活をされている方も少なからずいらっしゃいます。そして、人によって持ってらっしゃる資産の規模には大きな違いがあるでしょう。しかしながら、まさに老後のためにコツコツお金を貯めよう。そのことが可能であった高度成長をつくってこられた世代の皆さんは、日本の高齢者の皆さんは老後のために蓄えた貯蓄が若干ずつでも持っている方がほとんどです。問題は、こうしたお金が老後になってもほとんど使われていないという現実です。
    「あの世に預金通帳は持っていけない」
    講演会などでは高齢者の皆さんにこう言うとよく笑って頂けます。皆さん、わかっておられます。にもかかわらず、老後のためにと思って蓄えたお金が老後になっても使えない。なぜでしょうか?

    それは元気なうちは良いけども、病気やあるいは介護が必要な状況になった時に「せめてわずかな預貯金でも残しておかないと心配だ」という意識に多くの高齢者の皆さんが陥ってしまっているからであります。その結果、1500兆を超えるとも言われている金融資産。そのうちの多くを占めている高齢者の皆さんの貯蓄が消費に回っていません。こうした皆さんの貯蓄が「全部を一気に使ってください」と言ってもやはり将来不安が一気に無くなるわけではありません。例えば、今持っている貯蓄の半分を20年間かけて使いませんか?それだけでも数兆円単位の消費の拡大に確実に繋がります。本人にとっても、自分が若い頃に稼いで貯めてきたお金で充実した老後を過ごすことができる。そして、お金を使って頂くことによって現役世代の経済が回っていく。一石二鳥です。それができないのは介護のサービスが不足をしていること、年金や医療を含めて老後の不安が大きいから。老後の安心を高めることこそが経済政策です。景気対策です

    子供を持たないという選択をされたり、子供を持ちたいと思いながら持てなかった人たちに対する心ない発言が残念ながら自民党議員の方から何度となく繰り返されました。子供を産むか産まないかという選択はまさに自己決定です。それぞれのカップルが自ら決めることです。あるいは持ちたくても持てなかった人たちもたくさんいます。その一方で持ちたいと希望した人たちが希望を叶えることができれば、そうすれば我が国の出生率は大きく高まります。子供の数は増えます。そのことが結果として消費を増やし、経済を活性化させることに繋がります。したがって、産む、産まないの選択を迫るのではなくて、産みたいと希望しながら、それをできていない人たちをどうやったら希望を叶えて頂けるのか。そのことこそが、政治のやっていくべき役割だと思います。

    なぜ、なぜ産み育てたいと希望している人たちが産むことを実現できないのか。まさに、子育てと教育と雇用のこの3つの大きな問題があるからに他なりません。1つは保育所の不足に代表される子育て支援の不足である。そして、教育の問題。教育、かつてわたくしの時代も「奨学金をもらって頑張っているんだね。あの人は」という同級生もいましたが、非常に数が限られていました。しかし、今や奨学金をもらわないと進学できないという人たちの比率は圧倒的に高まっています。わたくしは国立大学の出身ですが、「某私立大学に行きたい」と言ったら、「学費は最低限出せるけども、なかなか色んなこと含めて全体の大学に関わる金は出せないね」と言われて国立大学を選択しました。その当時と比べると国立大学の学費はべらぼうに上がってしまっていて、「国立なら行かせられるけども」とそうした状況ではなくなってしまっています。

    こうしたことなどを背景として、せっかく子供を育てるのならばちゃんとした教育を受けさせたい。子育て支援は不十分。教育には金がかかる。育てたいと思っても断念している。あるいは2人、3人産み育てたいけども、1人で断念をしている。そうした人たちが山ほどいらっしゃいます。そうした人たちが安心して子供を産み育てることができるようにする。まさに教育の格差の是正や保育所の増設は景気対策、経済対策です。

    失われた世代、ロストジェネレーションという言葉、先ほど申しましたが、そうした象徴的な世代の皆さんに限らず、若い人たちの間には、例えば、結婚して子供を産み育てたいという希望すら持てないような低所得、不安定な働き方を選択されている人たちが山ほどいます。そうした人たちが安定的な仕事を得て、安定的な収入を得ることができた時には、その中の一定比率の人たちは家族を持ち、そして子供を産み育てたいという希望を持つことができ、そこに繋がっていくでありましょう。結果的に消費を拡大させることに繋がる、少子化に歯止めをかける。希望する人たちにその希望を叶えて頂けることを実現するためには、まさにこうした子育てや教育や雇用の政策を打つことこそが景気対策、経済対策であるという時代に入っているんです。

    立憲民主党はこうした観点から景気対策として保育士の賃金の底上げを、そして介護職員の賃金の底上げを急いで行うということを提起をし続けています。他の野党の皆さんにもご協力を頂き、そして、国会に法案も提出をさせて頂いています。これは一義的には景気対策という側面を持っている経済政策です。確かにこうした長期的な財源を必要とする政策のためには安定財源が必要だという理屈がわからないわけではありません。しかし、景気対策として効果があるならば、建設国債は財政規律のある意味別枠という扱いでバンバン発行をされている。

    今や、今や、いわゆる従来型公共事業と比べて、こうした社会保障関連の投資の方が経済波及効果が大きい。それこそ、そういうデータも存在している時代に入っている。経済波及効果の大きい、しかも今我が国が直面をしている消費不況をどう脱却するか。老後の安定、そして子育ての支援。そして、そこに携わっている所得の低い人たちの所得の底上げに繋がる、介護職員や保育士の賃金の底上げという政策は、そこに集中的に財源を投入するのかということが、まさにどこに向けて景気対策を進めていくのかという象徴的な姿であり、少なくともカジノを進めるよりは100万歩経済に効果のある政策だとわたくしは確信を致しております。

    所得の低い人、所得の不安定な人たちの所得を下支えすることは景気対策、経済政策という側面があることを申し上げましたが、こうした側面も合わせて、特に地方の活性化のための経済政策としてこの国に必要なのは、一次産業に従事する人たちの所得の安定を図ることであるというふうに思います。それぞれの地方において、地域の社会と経済を支えているのは一次産業に従事する皆さんです。その人たちの比率はかなり低下している地域があるかもしれませんが、しかし基幹となる産業として一次産業がしっかりと回っていく。そこで仕事をしている人たちが地域の中心となって、あるいは消費を促していく中心を担っていく。そうしたことが必要な地域が日本中の圧倒的に広い面積を占めている、というふうに思っています。米作農家の経営安定に大きな貢献をしてきた米の直接支払制度について安倍政権は平成30年度産米から廃止をしました。我々が推進をした農業の戸別所得補償制度はそれに先立って廃止をされています。
    一次産業の中には天候によって、大きな利益をあげる年もありますが、逆にそのことによって翌年の再生産も不可能なくらい所得を得られない時もあります。どんな年でも最低限、翌年の再生産が可能な安定的な一次産業の経営を担っていただく。そのためにいわゆる所得補償制度をとることは先進国の農業政策においては今や常識となっている。私たちは、これはまさに農業を守る、食の安全を守る、緑を守る、と同時に特に過疎地域などにおける経済を回していく最低限の前提条件として必要なことだと思っていますが、安倍政権はこれに逆行する政策を今までとっているわけであります。

    ま、そもそも、卸売市場法改正を始め、農政改革法案を成立させましたが、農業を他産業と同一視し、目先の経済効率を過度に追及するのみで多面的機能を評価し維持するための方向性に逆行をしています。いわゆる土地改良予算は一方で大幅に伸びており、安倍農政は小規模農家、つまり地域社会を経済の面でも支えている人たちを切り捨てる一方で従来型の農業土木を推進している。誰のための農政なのかと申し上げたいし、まさに土地改良などの農業土木はいつまで継続するかわからないわけであります。それぞれの地域において、長期にわたって暮らし続ける、住み続ける、営みを続ける。そのためには一次産業で最低限食べて、再生産をしていけるという基盤を整えなければ、過疎地域に暮らす人たちは居なくなります。

    安倍政権はこうした暮らしを社会を下から支えて押し上げるという、いま我が国がとらなければならない経済政策の方向とは逆行し、強い者をより強くする、豊かな者をより豊かにする。そうすれば、世の中全体がそこに引っ張られて良くなる、あるいは豊かさがしたたり落ちるという、全く時代遅れとなった政策に強弁をし、社会の分断と貧困を招き、そして、思った通りの案的な経済成長をもたらすことができないという結果をもたらしている。

    逆行しているのは明確です。例えば、この国会でも生活保護費の母子加算。わたくしこの国会の一番最初の本会議でこの点について指摘をしましたら、「6割の人は増えるんだ」という答弁にとどまりました。まさに安倍政権の姿勢を象徴しているとわたくしは思います。確かに母子加算については6割の方が増えるというのは客観的な事実です。その方は増えるんだから結構なことです。しかし、6割が増えるということは4割は減るということを認めてらっしゃるんです。せめて、「4割は減るけども、こういう人たちだから大丈夫なんだ」という答弁をしなければ、この4割を切り捨てていることに他ならないじゃないですか
    「保育所の数を増やすよう努力をしている」とおっしゃっていますが、おっしゃっているだけで、保育士の賃金増による待機児童対策よりも無償化を優先する政策をいまだに推進しています。確かに無償化が実現できるならば結構なことです。我々も将来の方向として目指したいと思っています。しかしながら、限られた財源とおっしゃっているのは、いつも与党じゃないですか。

    限られた予算を無償化に回すことが本当に合理的なんですか?
    今何よりも、今何よりも手を差し伸べなければならないのは、保育所に入りたいと思っているのに入れていない人。その人たちに保育所を提供することこそが、無償化よりも圧倒的に優先度は高いんじゃないですか?
    しかも、現在の保育料を国も所得に応じて段階をつけていますから、実は無償化されて一番恩恵を受けるのは高額の所得を得ていながら保育所に子供を預けることができている人たち。私はその人たちも財源があるならば、無償で安心してお子さんを預けていただける、そこを目指すべきだと思いますが、優先順位は所得が低いのに保育所にも入れないような、そっちの人たちを救うのは当たり前じゃないですか。こんなちぐはぐなことをやっておいて、先ほどから「やってるじゃねえか」という野次が飛んでますけども、やってるんですか? やってないじゃないですか。逆行してるじゃないですか。

    税だってそうです。これは低所得者ではありませんが、一部の中堅所得層の給与所得控除の見直しをしたのは誰ですか? 国際観光旅客税を含めて、とりやすいところからとるという税制の改悪を進め、例えば、金融所得課税などは先送りをしているじゃないですか。強い者・豊かな者には優しく、苦しい環境にある人たちには厳しく。それは、繰り返しますが、そうした皆さんが気の毒だからにとどまりません。そうした皆さんの所得を底上げして消費をして頂かない限り、従来型の経済政策をいくら打っても、消費が伸びない限り、我が国の安定的な経済の再建はありえません。

    経済については、あと30分くらい話したことがあるんですが、最後に安倍総理の典型的な勘違いを申し上げて、次のテーマに移りたいと思いますが、1月31日の参議院予算委員会で安倍総理は国民生活の困窮化の一例としてエンゲル係数の上昇が見られることを質問され、「物価変動とか食生活や生活スタイルの変化が含まれている」と場違いな答弁をされている。
    こんな認識なんですから、所得の低い人たちの所得を底上げをしなければ景気を回復させることはできないという、今の社会において日本経済を立ち直らせることは到底できないということを最後に強く指摘をしておきたいと思います。

    不信任理由4「モリカケ問題」
    (1:11:36〜1:46:13)

    枝野代表:
    4番目に政治と社会のモラルを崩壊させる、いわゆるモリカケ問題にも触れておかなければならないと思います。
    まず、このモリカケ問題には、第一に約9億円の国有地が8億円ほど値引きして売られようとしていたという本質を忘れてはならない、というふうに思います。まさに国民の皆さんから集めた税金の使い道について厳しい声が挙がっています。そうした状況の中で国有地が8億円もダンピングされたというのは、その分の税金が食い物にされたのと意味は同じです。

    本来であれば、本来であれば・・・、
    (与党席からの「野田中央公園はどうなんだ、説明してください」という女性議員からの野次に対して、野次の方向を指差しながら)
    黙らせて頂けますか?

    (なおも野次を注意しない議長に対して)
    黙らせて頂けますか? 黙らせて頂けますか?
    議長、不適切発言に対しては指導をして頂きたいと思います。

    大島議長:
    ご静粛に。ご静粛に。どうぞ、続けてください。

    枝野代表:
    (なおも野次を続ける女性議員に対して)
    ミズタ議員、黙って頂けますか?
    (杉田水脈議員の言い間違いと思われる)

    この8億円もの値引きがどうしてされようとしていたのか。財務省の皆さんはそれには批判もあるかもしれませんが、国民の皆さんから納める税金は1円も間違いなく納めて頂くために努力をされている。国有財産を売るにあたっては1円でも高く売るために努力をされている。わたくしはそうした財務省の基本的な姿勢は、それは「少しでも税金を安くしてほしい」「少しでも安く国有財産を手にしたい」という皆さんには残念なことであるかもしれませんけども、正しい姿勢だと思っていますが、その財務省がなぜ8億円も値引きを認めようとしたのか。ま、いったんは認めたのかという深刻な問題であります。こんなことが日常茶飯に起きたとしたら、我が国の財政はどんなに国民から税金を頂いたとしても回るはずがありません。

    したがって、なぜこんなことが起こったのか。その原因、本質を明確にすること。そして、そのことにもとづいて再発防止策をとること。原因もわかっていないのに、全貌も解明されていないのに再発防止を打てるはずがありません。あとで述べる改ざん問題なども含めて、「責任を痛感します」とか「真摯な反省」とか「再発防止」とか言葉だけは踊っていますが、全貌解明の妨害をし続けているのは誰なんですか?
    全貌解明に抵抗しているのは誰なんですか?
    全貌解明に協力をしない。そうした与党の姿勢こそが、まさに税金の無駄遣いを生み出す、膿(うみ)そのものではありませんか?

    そもそも、これだけでも問題なのでありますが、第二に申し上げなければならないのは、安倍総理の昭恵夫人が夫人付きの公務員である谷査恵子氏を通じて行政に問い合わせるという関与をしていました。このことは既に明らかになっています。このことだけで大問題じゃないですか?
    他に、こんなおかしな値引きをしたことについての合理的な説明が一切なされていない以上は、このことが影響を与えていたという以外、現状では追認しようがないじゃないですか。

    安倍総理は「関係していたら総理も議員も辞める」という発言をされました。この発言があろうと無かろうと、この事実をもってしてだけでも、まさに権力の公私混同の問題として深刻な問題であることは明らかであります。にも関わらず、昭恵夫人も谷氏も国会はおろか記者会見などの場を含めて、全く説明をされておられません。
    財務省が改ざん、隠蔽してきた文書の多くをこの国会で野党の協力によって公開にまで持ち込むことができました。野党各党が粘り強く追及してきた成果であると思っていますが、そもそも本来であれば、総理や政府自身、あるいは自民党が積極的に真相解明に努力すべきであると思いますが、全くそうした姿勢は一貫して示されませんでした。そして、非常にわかりやすいのが関連する文書の多くがようやく野党の追及に応じて出てきましたが、なぜか昭恵夫人や谷査恵子氏が関与していたとされる時期の文書だけ未だに出てきておりません

    さらに言うと、ビックリしましたが、日本共産党さんが指摘をされました「最高裁まで争っても公開はしない」とされる打ち合わせ文書が出てきた。こうした文書が本物でないという否定もできていません。本物かどうかわからない、というか答えないという状況です。本物だから否定できないんですよね。「最高裁まで争っても公開しない」という、そんな姿勢
    まさに総理が指導力を発揮して、「公開できるものは公開する」と言うべきじゃないですか。こんな姿勢で「自分の配偶者は関与していない」といくら言い張っても、誰も信用しないのは当たり前のことじゃありませんか?

    モリカケ問題に関連しては3つ目、加計学園問題であります。国家戦略特区に至るプロセス、獣医学部の設置認可に至るプロセス。まさに行政の中立性、公平性を損ないかねない疑惑であります。これに全く真摯に対応していないどころか、真実に目を向けない姿勢がもはや明白であります。何度も指摘をされていますが、改めて申し上げたいと思います。

    公開された愛媛県の文書。平成27年の3月付の文書には3月3日の打ち合わせ会において、加計学園のした報告が記載されています。2月25日に総理が加計理事長と面談し「いいね」と言われた。ま、公文書であるのかということには色々な議論がありますが、愛媛県の地域政策課が作り保管していた文書において、総理が加計理事長と面談して「いいね」と言われたことが明確に書かれているところであります。
    スゴイのは、加計理事長などが「事務局長がその場の雰囲気で作り話をした」と釈明をされたことであります。愛媛県の一連の記録と照らし合わせれば、明らかにこの加計理事長の説明は矛盾をしており、この理事長の「雰囲気で作り話をした」という釈明こそが虚偽であるのは明らかであります。

    一つには、その3月の文書の冒頭に何と書いてあったのか。「加計学園から理事長と安倍首相との面談結果等について報告したいとの申し出があり」というのが冒頭の記載です。つまり、この会合自体が打ち合わせ結果、安倍総理との面談結果を報告したいという申し出にもとづいて、この会合がセットされてるんですから。その場の思い付きで安倍総理との会談の話が喋られたわけではないというのは記録上、明々白々じゃないですか。これだけでも加計学園は大嘘つきだとハッキリしています

    一つだけではなんなんで、愛媛県の公表文書。一つ前の文書は2月付の文書です。その2月付の文書にはどう書いてあったか。「理事長が安倍総理と面談する動きもある」と明記されています。2月の会合で理事長が安倍総理と面談する動きもあるという報告をし、3月の会合は理事長と安倍総理との面談結果を報告したいとの申し出でセットをされ、そこで「いいね」と言われたと報告したと。
    これが全部、記録上も明確に残ってるんです。 これが作り話? ありえないですね

    まだあります。この3月付の文書。「柳瀬首相秘書官から改めて資料を提出するよう指示があった」との加計学園からの報告が記載されています。そして、次の文書で「資料提出指示を受けて、柳瀬秘書官と加計学園が協議の日程を調整している」との加計学園からの報告内容が記載されて、実際にこの流れの中で問題となっている柳瀬秘書官との面談が実現されているわけでありまして、総理と加計理事長の面談からこの一連の流れが進んでいるということは記録上ハッキリとしているじゃないですか。

    そもそも学校の設立認可という公権力の行使の選択にあたって、こんな形で政治家が関与していたとすれば、そのこと自体が大きな問題でありますが、県や市も多額のお金をこの加計学園に出していますが、学校設立されてしまった以上はここには毎年私学助成金という形で国費も出て行くんです。
    獣医学部のように実験などを行う学部が私学助成金なしで経営が回っていくのは現実的にはありえません。
    学校が存続する限り、私学助成金が無い限りは経営が成り立たない。これもまた税金の使い方、使われ方の問題であり、しかし、愛媛県や今治市だけではない。国費の問題でもあるんです。

    安倍総理は国家戦略特区のワーキンググループのプロセスに瑕疵(かし)がないことを繰り返し強調していますが、全くピントはずれの言い訳だと言わざるを得ません。仮にワーキンググループの設立に今回は瑕疵が無かったととしても、総理との関係を背景にして総理秘書官から特別な指導、助言を受けていれば、行政の中立性、公立性を損ねるものになります。
    あるいは国家戦略特区としての正式な申請の前段階のプロセスであったとしても、それこそ加計理事長の言い訳のように総理の名を騙って県や市を騙すような決定的な瑕疵があるならば、設立認可そのものに瑕疵があると言わざるを得ません。

    そもそも申し上げたいんですが、この柳瀬秘書官というのは、わたくしも経済産業大臣をやらして頂いたので存じ上げていますが、経済産業省から総理秘書官に出てらっしゃったんですよね。この国家戦略特区は、その結果、学校の設立といった意味では文部科学省に影響を持つ話です。獣医師さんという話では農林水産省に影響する話でありますが、内閣府の所管であります。私立の大学の学部を設置する。しかも、一次産業系の学部を設置することについて、そもそも柳瀬秘書官は知見もなければ、所掌(しょしょう)したこともない。なんで柳瀬秘書官が関与して、指導・助言しているのか。それはまさに総理秘書官だからに他ならないじゃないですか。総理秘書官が関与しているから内閣府を始め、各省庁、それを忖度するなり、事実上の指示が出ていたと私は思っていますが、それは断定はしません。しかしながら、まさに、なぜ所掌ではない経済産業省出身の秘書官が関与をしていたのかということ。この1点をもって、まさに官邸としての影響力を行使させようとしたことはそれだけで私は明々白々だというふうに思いますけど。
    これらだけでも内閣3回くらい吹っ飛んでもおかしくないんですから。んですから。

    この問題はさらに言うと、このまま放置をすれば、とんでもないことになるという、そういう問題です。
    総理のような権力者と友人であるならば、あるいは権力者の配偶者に取り入ることができれば、行政的に有利に取り計らってもらえるかもしれない。そういう認識を世の中に生じさせているということであります。
    行政の中立性、公平さに対する信頼が急激に著しく今劣化しています。
    こうした状況を放置をして見逃せば何が起こるか?
    有利に取り計らってもらおうとして、権力に取り入る、すり寄る人間が増加する。その一方で「そうした機会はつくろうと思っても、とてもできないよね」と多くの皆さんは考えるでありましょう。そうした皆さんは「どうせ一部の人だけがいい思いをするのでしょう」という意識に陥り、モラルとモチベーションが低下することになる。
    これは、まさに日本社会を崩壊させる危機です。
    したがって、多くの国民の皆さんが「ああ、やっぱり行政は中立、公正なんだ」という納得感を得させなければ社会のモラルを崩壊させる。その責任はこうした疑念を生じさせた安倍総理にあるということは間違いないじゃないですか。

    ま、森友・加計学園問題に関連をして、5番目に指摘をしなければならないのは、単独で1項目、7つの内の1項目に立てたいくらいの話でありますが、この真相解明を妨害するような、そうしたプロセスの中で出てきた公文書の改ざん問題であります。

    これは、行政の末端の、ごくごく一部の数人が個人的な不祥事を隠すために改ざんしたなどという、過去にも残念がら時々生じている不祥事とは全く本質的には違っています。公文書との改ざんを、しかも国会との関係です。中央官庁の中枢部が大掛かりに実施をしたということが本質的な問題です。国会から求められている資料提供や報告を求められている案件について公文書を改ざんしたということはどういうことか。国会を騙したということであり、国会を通じて国民を騙したということに他なりません。

    (野党席から「そうだー」の声が多く挙がったこと受けて)
    この問題は、与党の皆さんも「そうだ」と言わなければ、おかしいんですよ。騙されたのは皆さんも一緒なんです。その本質的な意味を理解されていないことに、今の自民党の劣化が象徴されているとわたくしは思います。

    行政が国会に改ざんしたウソの文書を出したら国会は成り立ちません。いや本来であれば、あとで申し上げますが、国会の内外で虚偽答弁が繰り返されている。それに対しても問題です。でも残念ながら、過去も国会などで事実と違う答弁をされたりすることはありました。だから国会では、特に野党は「文書を出せ」ということに力を注いできてるんです。さすがに公文書は正しいことが書いてあるはずだ。だから、残っているはずの文書は何なのか。それを探り出し、それを公開させることによって、口先ではごまかそうとしても、事実を認める。そのことのために努力をしてきて、そのことによって成果もあがってきている。
    にもかかわらず、その国会に出す文書を改ざんする。国会を騙すために改ざんするなどということを認めてしまったら、国会を騙すんですから与党も騙すかもしれませんよ。与党の側にもウソを書いた文書を出してくるかもしれませんよ。そうした状況を許すということを本当に危機感を持ってらっしゃらない与党議員の皆さんを私は大変残念に思います。

    こんなとんでもない改ざんが行われたにも関わらず、残念ながら誰も刑事責任を問われていません。ま、検察審査会に国会議員が介入することはできませんが、検察審査会に期待をしたいと述べるにとどめたいと思います。加えて、最も重い処分が停職3ヶ月。あとで話が出てきますが、外務省で停職9ヶ月の方がいるので、そっちはよっぽど重かったんですね。これの3倍あるんですからね、ということをここで申し上げたいと思いますが。
    国会を騙すようなことをして停職3ヶ月?
    それぐらいの停職で済むということで「こういうことをやっていいんですね?」と認めてるようなもんじゃないですか
    。あえて言えば、主観的意図はわかりませんが、まさに経緯からすれば安倍総理を守るために改ざんをしたと受け取られても仕方のないプロセスなのはハッキリしてるわけですから、「総理を守るためだったら、こんなとんでもないことしても、こんな軽い処分で済むんだ」と、ここでもモラルハザードを生じさせるんじゃないでしょうか。

    佐川 前国税庁長官は理財局長当時にこうしたメチャクチャな改ざんを行っていた中心にいたのは、これはもう政府としても認めているわけです。その方を野党の指摘を、「こんな人にしていいんですか?」という指摘を払いのけて「適材適所」と国税庁長官にしたのは安倍総理です。確かに財務大臣かもしれませんが、あとで申し上げるとおり、今や幹部公務員の人事は一元化して総理自身「適材適所」と繰り返しておられました。未だに「適材適所」とおっしゃっているようなんですが・・・、信じられません。
    総理のために停職処分を恐れず、公文書を改ざんして国会を騙すような人は、総理にとっては適材適所なのかもしれませんね

    公文書が信用できないということになれば、これ国会としても役所が出してくる文書をいつも「改ざんされているかもしれない」と疑念の目を持ちながら議論しなければなりません。そして、多くの国民の皆さんの国民生活だって、役所から来る公文書は正しいものだという前提でほとんどの国民の皆さんは暮らしています。
    役所から例えば納税の通知書が来れば、自分でいちいち計算し直して自分の税額が合っているか調べる人はあまりいません。役所から「あなたの年金はいくらです」と通知が来れば、年金なんとか便というのをつくって過去の支払いの実績がチェックできるようになっていますが、毎回毎回チェックする人もそうはいらっしゃいません。役所はそうは言ったって、役所の作る文書は正しいんだという信頼関係のもとに社会というのは成り立っています。この公文書改ざんをこのままで臭いものにフタをしてしまったのでは、この社会全体の公文書に対する信頼が揺らいだ状況を放置することに他なりません。この社会そのものを壊してしまうことに繋がっていくと、わたくしは強く危惧をしているところであります。

    公文書に対する扱いは財務省にとどまりません。あとに防衛省、自衛隊の日報問題についても述べさせて頂く予定になっています。ま、そもそも、「由(よ)らしむべし 知らしむべからず」という江戸時代以来、あるいはもっと古いかもしれません、まさに我が国の間違った意識が残ってしまっているのではないでしょうか。
    先ほど申しましたとおり、わたくしは明治維新以前の西洋近代文明が入ってくる前からの日本の歴史の伝統の中には再評価すべきもの、しっかりと引き継ぎ、それを国際社会に合わせて応用して活かすべきものが多々あると思っています。しかしながら、まさにこの「由らしむべし 知らしむべからず」という意識を行政に関わる人間、それは政治家も含めてですが、わずかなりとも思っていてはいけないとわたくしは思います。
    そうした意識を持っているのではと疑わざるを得ない。大本営発表にも繋がったようなこうした意識を払拭させる責任は総理にあるにも関わらず、総理自身が膿の産みになっているという状況では、とても内閣を信任することはできません。

    森友・加計学園についての6点目は、加計学園。森友学園は理事長は学園の経営からは退かれました。加計学園の加計理事長は今も理事長のままでおられます。まったく矛盾に満ちた、まさにデマカセと言っていい説明を繰り返し、逆に百歩譲って、もしこの加計理事長の言っていることが本当だとすれば総理の、「腹心の友」という日本語を私あまり聞いたことがないんですが、相当親しいご友人がトップである法人が総理の名を騙って、騙ったわけですからね、愛媛県や今治市に対しては。しかも、勝手に騙って獣医学部の設置を有利に進めようとしたことになるわけですね。総理とのご友人だったのは事務局長じゃありませんね。事務局長が言ったと、百歩譲って言ったとしても、総理と加計理事長がご友人だったことを奇貨(きか)としてやってるわけですね。
    なんらの責任を感じる姿勢も示さず、説明責任をまったく果たしていない。
    「もう記者会見はやらない」なんて言ってますよ。
    こんな方に教育者のトップやらせていていいんですか?


    この認可過程に決定的な問題があります。
    ありましたが、学校として現に出来上がってしまい、ここの学んでいる学生さんたちがいらっしゃいます。そうした現実を踏まえるならば、やるべきことは加計理事長は加計学園の少なくとも獣医学部の経営から手を引かれ、第三者に経営権を移譲すべきであると思いますし、友人であるならば安倍総理はそれを促す責任があると思います。そうでなければ、こんないい加減な無責任な人間が教育機関のトップをやっているという教育におけるモラルの崩壊に繋がっていくとわたくしは思います。

    (野次に対して)
    「民間に口出すな」と野次っている人がいますから、私の話ちゃんと聞いてくださいね?
    「総理、友人として促すべきだ」とわたくしは申し上げました。
    それが日本の社会の秩序、モラルを維持すべき責任を持っている日本の政治のリーダーとしてのご友人に対する姿勢ではないでしょうか? 皆さん。

    ま、総理のおっしゃる友人というのは、同じような高い志を持って違う道だけど頑張っていこうねというのがわたくしは友人というものの定義だと思っていますが、一緒に楽しくゴルフをやるというのがお友達なのかなと思いますので、しょうがないのかもしれませんね。

    モリカケ問題の7番目の問題点。これは検察捜査への介入の疑惑まで生じている。
    大阪航空局作成とされる文書、これもこの国会の中で指摘をされました。
    「官邸も早くということで法務省に何度も巻きを入れているが、刑事処分が5月25日夜という話はなくなりそうで」
    捜査することすら否定してます。
    検察庁法14条は「法務大臣は個々の事件の取り調べ、または処分については検事総長のみを指揮することができる」と明記をしています。
    法務大臣ですら検事総長のみを指揮することができるんですから、法務省の役人や、ましてや法務省以外の行政機関の役人が検察に対して犯意をすることがあってはならないのは、この検察庁法14条が前提としています。
    検察権、指揮権発動以外の手続きで、官邸を含めた行政機関が法務省を通じて個別事件の捜査に巻きを入れていれば、明らかに検察庁法に違反した捜査への不当介入であります。当該文書は行政の当事者でなければ到底つくれない内容になっており、怪文書では到底ありません。

    ま、そもそも昨年のモリカケ問題発覚以来、怪文書と最初称していた文書が実は本物だったことの繰り返しではないですか。財務省、会計検査院、これだけの問題。検察捜査にまで官邸が影響力を行使して行政を歪めているとの疑念をこのまま放置したのでは、この国は何者も信用できない国になってしまう。法治国家とは到底言えない状況になってしまいます。私は現時点でこの文書が本物だったというつもりはありません。しかし、政府自ら積極的に調査をして真実を明らかにする必要があります。巻きを入れた事実があったのか無かったのか。しっかりと調査をすべきでありますが、その調査すら放棄をして開き直っている姿勢は到底許しがたいものがあります。

    以上、申し上げてきた通り、一連の森友問題、加計学園問題はいわゆるスキャンダルではありません。行政の公平性、連結性を損ねる。放置をすればモラルハザードを招く。社会と国家の危機であります。
    今なお多くの国民が総理や政府などの説明に納得できないという状況であります。このこと自体が危機であります。「丁寧な説明「膿を出しきる」と繰り返しましたが、実態は逃げ回る一方であります。確かに我々に対しては「いつまでモリカケばかりやっているんだ」という声もあります。そもそも「ばかり」でないというのは客観的な事実として申し上げておきたいと思いますが。同時にモリカケ問題の追及は真相解明までどんな声があっても諦めずにやり続けます。

    ま、総理はいずれ時間が経てば多くの国民が忘れてくれると思っているのかもしれません。そもそも昨年秋の総選挙がモリカケ隠しの意図があったのではないかという声もありますが、何度解散されようと、どれぐらい時間が経とうと、真相解明されない限り、このことを追及していくのは行政の中立性、国会答弁や公文書に対する信頼性を守るための野党としての責務であると考えています。

    総理を始めとして、政府・与党が真相解明に積極的に対応すれば、そもそもこんな大きな問題になっていなかったかもしれません。
    安倍昭恵夫人、谷査恵子氏、加計理事長、愛媛県知事、再度の佐川氏など、後ろめたいことがないのならば、与党から積極的に国会での招致などを求めるのが当たり前じゃないですか?
    行政の内部文書と思われるような文書が明らかになったら、積極的に調査し報告すべきじゃないですか?
    後ろめたいと思っているから、やらないんでしょう?

    そもそも、公文書も、総理を始めとする行政の国会での説明も信用ができない。中立性、公平性に信用ができないという状況では、内政・外交ともにまともに進むはずがないじゃないですか。
    国会などで様々な答弁を引き出し、政府の認識を明らかにしても、あとになって発言が、文書の内容が簡単にひっくり返されたのでは論争自体、意味が無いじゃないですか。多くの国民の皆さんが政府に対する信用・信頼を持っていない中で、強力な政策推進ができるはずが無いじゃ無いですか。

    私たちは全貌解明に至るまで追及を続けることをここで申し上げると共に与党の皆さんに対しては、国会は明後日、通常国会は再延長はありませんので閉会をしますが、臨時国会を開き、あるいは臨時国会を開かなくても閉会中審査でも、いくらでも先ほど申し上げました関係者に国会に来て説明をして頂くことはできますので、ぜひしっかりと国民の信頼を取り戻す。本気で膿を出しきる姿勢を示して頂きたいとこの場を借りて強く求めていきたいと思います。

    不信任理由5「不誠実答弁、民主主義のはき違い」
    (1:46:15〜2:18:13)

    枝野代表:
    5番目のテーマについて申し上げます。森友・加計学園についてもそうでありますが、それにとどまらず、ごまかし、いい加減な国会答弁の数々。そもそも民主主義のはき違いが著しい。そのことをもって安倍内閣は到底信任することはできません。

    審議不十分の声を押し切った強行採決は数知れません。冒頭のカジノについて災害の中、強行していること。高度プロフェッショナル制度の問題。後ほど述べますが参議院選挙の問題、等。まさに、時間が来たからどころではない。参議院の選挙制度に至っては、ろくな審議もせずに採決をしている。

    ご飯論法とか、信号無視話法という言葉が、この国会を通じて巷に出回りました。聞かれたことに答えるから議論になるんです。聞かれたことに答えないで、はぐらかす。というのは、目先の論争では一瞬勝った気になって、言った人は気分いいかもしれない。ですが、見てる人はみんな見ています。結果的に聞かれたことに答えない。全部ずらした、ごまかした答弁をしているということで加藤厚生労働大臣、そして安倍総理。「ご飯論法」と世の中から嘲笑われる結果となっている。

    聞かれたことに正面から答えないだけにはとどまらず、聞かれてもいないことをダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラしゃべり続ける安倍総理の姿勢。

    (野次がおさまらないため、枝野氏、15秒ほど黙り込む)

    わたくしは・・・、わたくしは安倍内閣がいかに不信任に値するかということを発言する機会を頂き、ここで発言をし、安倍内閣がいかに不信任に値するかということを一貫して述べさせて頂いています。
    国会における、少なくとも国会における予算審議や法案審議などにおける行政府の皆さんの仕事は、自説を述べることではありません。国会で問われたことに行政府を代表してお答えになる。聞かれたことに答えるのが予算、法案審議における大臣の仕事、役割、責任であって、聞かれたことをダラダラ話している安倍総理と、味噌とクソを一緒にしないで頂きたい

    ま、そもそもこの聞かれたことに答えずに、聞かれてもいないことを答えている姿勢だけでも不信任に値すると思いますが、それにとどまらず、平然とウソをつき、開き直る姿勢がますます顕著になっています。1個1個挙げようと思って調べたんですが、あまりに多すぎて、それだけで5~6時間になりそうなので、最近の顕著なものだけ指摘をしておきたいと思います。

    小野寺防衛大臣。いわゆる赤坂自民亭の件で当初は「報告を受け、指示をしていた」と発言をされていました。ま、そしたら「飲みながら指示してたのか」と指摘を受けたので、慌てて撤回をしました。慌てて「会合が終わってからだ」と撤回をしたら、「その後も指示は受けてない」と防衛省から発言があり、要するに口からデマカセを言っていたということが明らかになっている。

    赤坂自民亭に関しては、西村副官房長官が「災害発生時に会合をしていたかのような誤解を与え」、開き直りました。
    何が誤解なんですか?
    災害は発生してなかったんですかね?

    しかも、総理は西村副長官を注意したらしいのですが、情報発信について注意されただけ。西村副長官について言えば、実は「大雨はヤマを越えた」とのツイートをしているんです。結果的に、このことを信じて被害に遭われたことを今のところ聞いておりませんが、自己正当化のために被害を拡大させかねない不適切な発言だと言わざるえを得ません。
    情報発信について注意するならこちらですし、災害の時の官房長官、官房副長官。まさに多くの国民の皆さんが、こここそがまさに様々な国家の情報が集約されていて、実は最新の最も広範な情報を持っていると多くの国民の皆さんが思ってらっしゃいます。わたくしも自らの経験で必ずしもそうでないことを知っているんですが、多くの国民の皆さんがそう思っている中で「大雨はヤマを越えた」というツイートは、これだけで私は辞職に値すると思います。

    閣僚ではありませんが、この話はいまだに信じられないんですが、河村予算委員長。総理との会食直後に「総理が集中審議は勘弁してほしい旨、発言していた」と明言をされている。ま、翌日撤回をされている。
    自民党はウソつき、ホラ吹きを予算院長にしてるんですか?
    前の日に堂々と記者の前で明言してるんですよ。
    これ、なんか勘違いしそうな話ですか?
    日付を間違えたとか、総理の発言をどなたか別の議員の発言と間違えませんよね?

    明らかに撤回がウソであるか、もし撤回が本当であれば記者の前で総理が言ってないようなことをホラを吹く。そういう方は予算委員長にしてるんですか?
    ま、わたくしは河村委員長を知らないわけではありませんので、河村委員長がホラ吹きだという印象を持ったことは一度もありませんが。撤回がウソだとしか思いようがないんですが。どちらにしても河村委員長、ウソついたってことですね。

    ま、古屋議運委員長については昨日の本会議で同僚議員が厳しく指摘をいたしましたが、せめて説明ぐらいしろよと。説明もできない状況なら身を退かれたらどうですかということを改めて申し上げておきたい、というふうに思います。

    民主主義のはき違いという意味でここで厳しく指摘をしておかなければならないのは、参議院選挙制度のことであります。
    定数を増やす?
    意味がわかりません。
    確かに、確かに議員の数をただ減らしていくことが本当に良いことなのかという疑問の声が出てきていることをわたくしは承知をしております。しかしながら、来年の10月に国民の皆さんに、自公の皆さんは消費税を10に上げるということを押し切るんでしょう?
    その直前に国会議員の定数を増やす選挙をやるという、その発想がわたくしには理解ができません


    百歩譲っても一票の格差と関係のない、なんで参議院の比例定数を増やすんですか?
    まったく意味不明です。
    特定拘束枠も意味不明です。
    1県1代表にすべきではないかという声は非常に強く思います。抜本改革が必要だと思います。
    抜本改革が間に合わないからといって、その地域の人たちを比例で優遇する
    百歩譲ってそこまでわかるとしたら、なんで2じゃないんですか?
    合区で1県1代表出せないというのは、合区になっているところが2つあるわけですから、4県ですから、そのうち4県から2人しか出せないわけですから、2つ特定枠があればその対象にはなるんじゃないですか? 当面の策として。
    そもそもが、そもそもが、非拘束名簿の中に拘束名簿を入れるという全くムチャクチャなことでありますが。先ほどから言っています、百歩譲っても定数を増やしてまでやることは意味わからないし、そしてその合区対策だと称するなら、2より多い数にしてるのは意味がわからない
    いろいろな意味がわからないことを今申し上げているので、意味がわからないからといって、違うことに賛成するという意味でないのは子供でもわかる理屈だと思いますが、いかがでしょうか? 皆さん。

    しかも選挙制度は民主主義の根幹であります。
    平時においても与党だけで十分な議論もなく、十分な議論がないとはどういうことかというと、国民の知らないうちに決まるということです。国会の中で時間をかけて議論をするということがあれば、国民の皆さんの間でも「あー。そういうふうに変わろうとしているんだ」「それはおかしいじゃないか」とか「それならいいんじゃないか」とかという国民の皆さんの、ま、ご関心のある方だけかもしれませんが実態は、でも知ろうと思えば知ることになるわけですが。まったく審議の時間もとらずに、あっという間に成立をさせてしまった今回のプロセスでは、ほとんどの国民の皆さんがどう変わるのか知らない間に、しかも災害対応に多くの皆さんが大変な力を注いでおられる中で、どさくさ紛れと言わざるを得ません。まさにこうしたプロセスも含めて、この選挙制度の改悪というものは到底容認することはできませんし、形式は議員立法にありますが、時々安倍総理は総理大臣と自民党総裁を便利に使い分けておられますが、議員内閣制においては議会の多数派と行政府が一体となる。議会の多数政党の党首と内閣総理大臣が一体となるという仕組みの中で出来上がったものなので、「それは議員立法で勝手にやっとけ」なんていう言い訳はもしなさるとすれば、議院内閣制の基本をわかっていない理屈だということを申し上げておきたい。

    そもそも、民主主義とは単純な多数決とイコールではありません。そこを履き違えておられるんじゃないかとわたくしは強く危惧をしております。選挙で勝って多数があるんだから、何をしてもいいわけではありません。そもそもが現在の衆議院の議席数は投票した人の相対得票すら反映していません。自民党と公明党、与党の皆さんで先の衆議院選挙の得票は過半数の相対得票を得ていませんからね。その上で申し上げますが、多数決と民主主義はイコールではなく、多数決とは必ずしも正義ではありません。すでに言われている話ですが、いわゆるエレベーターのパラドックスという話があります。老朽化した分譲マンションにエレベーターをつける。みんなで一致をしてエレベーターをつくることに賛成をした。エレベーターの費用分担をどうするのか。ま、実はこうしたマンションの決定のあり方は単純な多数決ではありませんが、そこを少し省略する説明をすると、例えば2階以上の住人が結束をすればエレベーターの費用負担を1階の住人だけに押し付けるという決をとることが可能になる。似たようなことをしてるんですよ。

    (与党席からの女性議員の野次に対して)
    似たようなことをしてるんですよ、高橋ひなこさん。

    民主主義というのは、必ずしも多数決とイコールではない。多数決をもってしても、やってはいけないことがある。多数決をやる前にはやらなければならないことがある。わたくしはみんなでご飯を食べに行こうかという例を時々申し上げています。仲間内でどこかご飯を食べに行こう。

    (野次がひどくなってきたことに対して)
    あんまりモノをわかっていない方がこの議場には多いので、わかりやすく説明をさせて頂いておりますので、ぜひ聞いて頂きたいと思います。

    (野次がおさまらないことに対して)
    聞いて頂きたい方がうるさい状況ではしゃべりにくいんですけども。

    いいですか?
    仲間内でご飯を食べに行こうと。寿司にしようか、肉にしようか。ま、意見が分かれたら多数決でものを決める。ま、みんながそう言っているから、今日はそうしようと。しかし、例えばその中に足が不自由で車椅子の方がいらっしゃれば、他の皆さんが「あの店ウマいからそこにしよう」と思っていたとしても、車椅子の方ではなかなか入れない、バリアフリーになってない店は除いて、その中から皆さんの多数意見はどこだろうかと決めるのは当たり前じゃないですか。つまり、多数の意見だからといって押し切って良いわけじゃなくて、その中で、みんながお互いに譲り合う。配慮し合うことの中で、理不尽ではない、不合理ではない、その範囲の中で、多数の意見で決めていこうとしなければ物事はいけない。それが民主主義なんです。

    そもそもが民主主義は多数決ではないんです。民主主義というのは主権者である国民みんなでものを決めて国を動かそうというのが民主主義なんです。民主主義で、みんなで決めたいんですが、残念ながら1億2000万を超える国民の皆さんがみんなで集まって相談することが出来ないので、やむなく仕方なく、それを補う手段として選挙という多数決が使われている。そして、そして、国会の中でみんなで一致してものが決まるのが、本来の民主主義の望ましい形でありますが、残念ながら全ての県で全員が一致することはありません。その場合の手段として多数決が使われることがある。しかし、多数決だから正しいわけではありませんし、正当な手続きではありません。なぜ民主主義において多数決という手段が使われるのか。それは多数の言っていることが正しいからではありません。熟議を繰り返した結果として多数の意見であるならば、少数の意見の人たちも納得するから。多数決というのは少数意見の人たちも納得するための手段として多数決が使われる。
    少数意見を納得させようという意思のない多数決は、多数決の濫用です。

    多数決が少数の人たちを納得させる手段として正当性を持つためには、多数決を前提として正しい情報が開示されなければなりません。例えば、先ほどの例に引き寄せてお話をすれば、じゃあ、肉屋にしようか魚にしようかというときに例えば、肉屋は5万円です、魚屋は5000円です。その情報を何も言わずに「どっちにする?」と聞いて、どちらかに答えてもその結果で「私は5万円の肉だったら、5000円の刺身のほうが良い」などという話になるわけで。少数意見も納得するものの決め方というのは判断するに必要な情報、材料がキチッと公開、提示をされた中で、それぞれが判断する。そうしたことの中で、そうしう前提の中で「多くの皆さんがそうおっしゃるのならば、自分は違う意見だけれども、みんながおっしゃるのなら仕方がない」これが、まっとうな民主主義における多数決の定義であり、大前提です。
    その大前提を欠いて、つまり国会でウソをつき、国会に改ざん文書を出し、提示を求めていた資料を出さず、そして十分な議論の時間も与えず、拙速に物事を決めるプロセスを重ねているのは、まさに民主主義のはき違いであります。

    民主主義のはき違いという観点からは先ほど、足の不自由な方の車椅子の話を申し上げました。あるいはエレベーターのパラドックスの話をお伝えしました。どんなに数を持っていても理不尽なことはやってはいけない。その理不尽なことは何なのかをあらかじめ決めているルールを民主主義の国における立憲民主主義として憲法というルールで定めているんです。あらかじめ一時の多数決では変えてはいけないこと。一時の多数決を持っても変えてはいけない、理不尽なこと。それが何なのかを決めて、こういう理不尽なことはやってはいけませんよという枠の中でしっかりと熟議をして、情報を公開して、少数意見も、それは政治ですから、建前としては今さら賛成とは言えないよね。でもここまで議論をして、これだけ情報開示をして、理不尽でないならば意見は違うけれど仕方がないね。
    これが本来のまっとうな民主主義の姿であります。

    その手続きをこの国会で全く踏んでいない上に、安倍政権は立憲主義そのものも破壊工作を進めています。そこはあまり長く繰り返しませんが、集団的自衛権は憲法違反である。誰が言ったわけでもありません。歴代自民党政権が積み重ねてきた憲法の解釈を一方的に変える。憲法というどんな数を持っていても、そういう理不尽なことをやってはいけませんよということを決めているルールを憲法改正の手続きもとらずに勝手に無視して集団的自衛権の一部行使容認を進めた。まさに立憲主義も立憲民主主義もわきまえない姿勢である。そうしたことの中で、こうした理不尽な民主主義の本質をわきまえない、数さえあれば何でもいいという議会運営、政治運営が進んでいるということは、ある意味で必然かもしれませんが、到底許されることではないということは申し上げたいと思っています。

    そもそもですね、多くの国民の皆さんは誤解をされているかもしれませんが、よく与党の皆さんなどが「野党は何でも反対する」と言っているのは、大ウソつき、デマですからね。
    提出している法律等の約半数は全会一致であるということは議場にいる皆さんならば、1回生議員の皆さんも十分ご承知だと思います。自民党から共産党まで全会一致で約半数の法律がつくられている。
    野党第1党、現状では私ども立憲民主党に限れば、本国会では実は8割の法案に賛成をしています。実は2割の反対についても多くの場合は審議に協力をしています。例えば、この議場で我が党から非常に品格の高い反対討論をして頂きましたが、18歳成人については審議については協力をいたしましたが、しかしながら、対応、しっかりとして手当が不十分だということで反対をいたしましたが、審議には一定の協力をいたしましたし、あるいは相続法の改正についても明確な反対を示しましたが、審議には協力をいたしました。野党が徹底的に反対をしているのは安倍内閣になって急に増えてきていますが、従来でいれば1年間に1本、2本あるかどうか。この国会でも決して両手で数えなければならないほどの数ではありません。

    「何でも反対をしている」というのはデマです。
    そもそもが、立法過程というものをご存知ない方が「野党は何でも反対だ」なんていうデマを流す。そもそも与党の皆さんはよく「野党に対案出せ」と言いますが、与党で対案出したことありますか?
    国会に出て成立する法案のほとんどは政府提出法案。当たり前です。なぜならば、なぜならば、与党の皆さんは事前に審査をして政府が法案をつくるプロセスの中で与党の皆さんの意見を取り入れさせています。

    国会で、国会で、なぜ法案の2分の1が全会一致になっているのか。法案の8割が野党第1党が賛成する形になっているのか。冷静にお考えになってください。与党の皆さんは確かに手続きとしての与党審査で、そこをパスしなければ国会に法案が出てこないという、そういうプロセスを我々も与党の時にとりました。そのことが良いのかという議論は中長期的な課題としてあるとは思いますが、そういう前提です。
    同時に法案の成立プロセスにおいては、野党も様々な政策テーマについて様々な意見や提案を申し上げてきています。自民党の皆さんは民主党政権の時代にそういうことをしなかったんですか?
    野党だから国会で法案が出てくるまで自分たちの意見を役所に言わなかったんですか?
    違いますよね?
    どの政党であっても国会議員は国会質疑などを通じて、党によって呼び方違いますが部会などを通じて、様々な形を通じて、自分たちの意見や考え方、現場の声などを法案提出前に役所などに伝えています。提起をしています。要請をしています。

    そうしたことの中で、本来の民主主義をわきまえるならば、できるだけ幅広い人たちに賛同をされる。それは国会の中ではありません。国民の皆さん、幅広い皆さんに「いい法律ができたね」と思って頂けるように本来、政府、官僚の皆さんも仕事をしているし、わたくしや与党の政治家の皆さんも本来そういう思いで国会議員になられたのだと思います。したがって、与党の皆さんの意見は事前審査があるから必ずとりいれるか、党内の圧力で封じ込めるかしないと前へ進みませんが、野党の意見の中でも採り入れられるものは採り入れて頂いている。だから、だから、政府提出法案の半分は全会一致なんですよ。政府提出法案の8割は野党第1党が賛成するんですよ。国会の我々の役割というのは、国会に法案が出てきてからだけではない。
    与党の皆さんがまさに日々されている通り、野党も含めて法案提出前に、いかに現場の暮らしの声を国会審議を通じて政府に届け、それを反映させるかということを与野党を越えてやっているんです。ですから、自民党が与党である政府の提出法案だからといって、自民党だけの法案だと思っていること自体がまったく全然事実を履き違えているということだし、そもそも民主主義が何なのかという理解が不十分だから、そういう勘違いになる

    ちなみに言いますと、安倍内閣そして与党のまさに民主主義を履き違えている姿勢。それは野党提出の議員立法に対する姿勢にもあらわれているというふうに思っています。
    申し訳ありません。共同提案して頂いた他党の分まで細かく数を調べることができませんでしたので、代表して立憲民主党だけ申し上げますが、総選挙後に対案的法案を4本、政策推進のための法案を33本。合わせて37本。野党の皆さんと連携して議員立法して提出している法案であります。超党派で時々、1国会に数本、与野党を越えた超党派の議員立法がありますが、これには計算に入れていません。

    文書改ざんに対応する公文書管理法等の改正案。これについては今回の公文書の改ざん問題が明らかになる前から、実は公文書管理法、このままではおかしなことになるということで改正案を国会に提出をしている。

    そして、この水害等が起こる前から先ほど一通り申し上げました通り、被災者生活再建支援法の改正案など、こうした大規模災害に備えて、支援の体制が不十分であることの法案を急いでいる。こうしたものを一顧だにせず、審議に応じてこなかったのは与党の皆さんであります。

    現状では、現状ではまずは政府提出法案を優先してやりたい。与党の皆さんの立場としてはそういう立場であるのは認めるわけではありませんが、理解はします。
    そうであるならば、経済産業委員会はどうなんです?
    政府提出の審議案件がとっくの昔に無くなっている。我々はいわゆる原発ゼロ法案を提出をして、審議を求めています。政府提出法案がまだまだたくさん残っていて、そちらの審議をやらざるを得ないので、野党提出の議員立法の審議ができない。・・のではなくて、政府提出の案件が無くなって、空っぽスカスカでやることが無いのに野党の議員立法の審議にすら応じない
    誰が審議拒否をしてるんですか?

    国民の皆さんがオモテに見える国会の審議だけで野党が審議に応じられない場面について、ご批判をされるのはわかります。しかし、国会の中に席を置いている者同士であるならば、自分たちに都合の悪い法案はいくら日程がスカスカであっても審議に応じないことをしておきながら、国会運営に抗議をして出席できない状況をサボっているだなんてデマを吐くことはやめて頂きたいと思います。

    ちなみに議会のあり方について申し上げましたので、モリカケ問題とも合わせて申し上げておきたいと思いますが、国会は立法府と中学校か小学校で教わったと思いますが、国会が立法府というのは間違っていませんが、国会の役割は法律をつくることだけではありません。国会の我々の役割は大きく3つあります。確かに1つは法律をつくること。2つ目は内閣総理大臣を選挙すること。もう1つは行政を管理すること。監視することです。チェックすること。まさに議会には行政の監視という大変重要な役割があります。政府、行政がおかしなことをしていたら、それを厳しく指摘をすることにエネルギーを注ぐのは法律をつくることと同じようにやらなければならない、議会の責務であります。
    しかも、しかも、残念ながらと言うべきか、これは当然のことなんですが、議院内閣制であるから、政府と与党一体ですから、与党の皆さんが政府の問題を厳しく指摘をするということについては、そもそも政府として予定されていません。与党の皆さんが行政監視に十分力を注げていないのは、制度的な前提として半分やむないところがあります。
    だからこそ、野党は行政監視、行政でおかしなことがあったら厳しく指摘をするということに責任を持って力を注がなければならないのは議会の役割から当然のことであり、したがってモリカケ問題について「いつまでやっているんだ」と与党が野党に対して野次るのは全く議院内閣制を理解してないことだということを申し上げておきたいと思います。

    不信任理由6「行き詰まる外交、混乱する安全保障政策」
    (2:18:14〜2:31:45)

    枝野代表:
    大きな6番目の不信任の理由として、行き詰まる外交と混乱する安全保障政策について申し上げたいと思います。

    安倍総理は日露関係に力を注ぎ、プーチン大統領と何度も会談を重ね、友好関係を強調しておられます。下関での首脳会談もありました。
    しかし、それ以降、共同経済活動で何か目立った活動はあったでしょうか?
    北方領土問題は前向きな進展があったでしょうか?
    繰り返しますが、安倍政権が発足して5年半です。
    どうもロシアだけは日露関係の進展によって色々いいことがあるようですが、我が国にとって重要な北方領土問題の進展は全く見られず、行き詰まっていると指摘をせざるを得ません。

    朝鮮半島をめぐる問題はさらに深刻です。安倍総理や河野外務大臣は「最大限の圧力」のみを唱え続けている。「北朝鮮との国交断絶」を他国に求める発言まで河野外務大臣はなさいました。
    ところが南北首脳会談、米朝首脳会談が実現をしました。もちろん、北朝鮮のこれまでの経緯を考えれば、このまま平和に向かって着実に進んでいくかどうかということは、わたくしも一概に言える問題ではないというふうに思います。再び緊張する可能性も十分に高いと思っています。しかしながら、まさにここまでに至る経緯は、日本外交に主体的な姿勢はまったく見られず、北朝鮮とそしてトランプ大統領の動きに振り回されているとしか言えません。加えて、安倍総理がある意味、一丁目一番地で力を込めてこられた。私はこのことにこだわり続ける安倍総理の姿勢。最優先のこととして頑張ろうとする姿勢そのものは高く評価をしますが、その拉致問題について何か進展があったんでしょうか?
    5年半経っています。

    北朝鮮情勢が大きく変化をしている中、1基1000億円とも言われるイージス・アショアの配備。本当に続けていくのでありましょうか。防衛予算は6年連続の増大で過去最大で5兆1911億円にのぼっています。その中には安全性にさらに疑問が高まっているオスプレイの配備も含まれています。米国の対外有償軍事援助、いわゆるFMS。これに基づく購入額が増えていますが、これは圧倒的にアメリカ優位の契約内容になっていると言われている。防衛装備の調達について、我が国の安全保障上の必要性よりもアメリカが売りたいものを「言い値」で買っているという見られ方をしても仕方のない状況であります。少なくとも北朝鮮情勢がいま大きく変動している中、「完全に白紙撤回しろ」とまでは言いません。少なくとも米朝の今後の進展を見ながら慎重に物事を進めていくぐらいのことはしてもいいんじゃないでしょうか?

    安全保障だけではなく、なし崩し的な日米FTAへの流れが加速していると危惧さざるを得ません。一方で米国の復帰の見通しなきTPP11を強引に進めている。総理は日米FTAについて「念頭にない」とおっしゃっている。当然のことだと思います。現状で2国間FTAを進めていけば、我が国にとっては到底のむことができない、我が国の一次産業なり、場合によっては第二次産業も含めて、我が国が受け入れがたい条件をアメリカに飲まされかねない。そういう状況だということは理解をしています。
    したがって「念頭にない」という考え方は支持するところでありますが、4月18日の日米首脳会談では日米2国間での新たな協議の創設で合意をさせられました。2国間FTAに向けた協議や米国産農産物の輸入拡大への圧力を受ける等、なし崩し的に追い込まれつつあるという危機感は杞憂でしょうか?

    他方でTPP協定について安倍総理は「米国抜きでは意味がない」とおっしゃっておられます。
    米国復帰の見込みのないまま、TPP11を推進しているのは何なんでしょうか?
    TPP11協定ではセーフガード基準や輸入額などについて、米国の参加を前提に設定されたオリジナルのTPPの数字について、何ら調整することなく、そのまま維持されています。わたくしどもは、そもそもTPPのオリジナルの水準についても交渉の敗北だと思っておりますが、そのオリジナルのTPPよりもさらに深刻な影響を米国の復帰がない中で国内農業が被ることになる。これを放置して推進をしているという状況は、まったく支離滅裂の状況にあります。

    外交安全保障について、さらに危惧をしなければならないのはシビリアンコントロールの空洞化であります。言うまでもなく、イラクや南スーダンでの「無い」とされていた日報を始め、不存在とされていた自衛隊、防衛省の文書が相次いで発見されていますが、その経緯や原因は未だに明らかになっていません。組織的な隠ぺいを言葉では否定しているものの、客観的な経緯からすれば組織的な隠ぺいが無ければこんなことできない。そんなプロセスになっていますが、そうではないことについての合理的な説明は全くなされていません。
    大臣や国会に適切な情報が提示をされなければ、文民統制は成り立ちません。実は財務省の改ざん以上に、まさに自衛隊という組織の文民統制に関わる問題でありますので深刻であるとも言えます。

    多くの皆さんが、いわゆる大本営発表が第二次世界大戦に至るプロセスの中で、あるいは世界大戦を通じて結果的にいかに日本の国益を損なったのかということについては、これは立場を越えて共有して頂けると思うんですが。まさに大本営発表という大きな過ちをした我が国は、そうしたことに陥らないようにしっかりとした情報の管理と公開を進めていかなければならない。そのことを通じて文民統制を機能させなければならないことは当然のことであります。そして、大本営発表という苦い経験を過去にしている中であるからこそ、自衛隊や防衛省こそこうした問題に敏感でなければならないと思っています。

    加えて、現職の幹部自衛官が参議院議員に向かって「お前は国民の敵だ」との暴言を吐きました。懲戒に至らない訓告処分であります。一般の国民の皆さんから色々なご批判を受けることについては、与野党を越えて我々の役割、仕事としてしっかりと真摯に受け止める必要があると思いますが、現職の幹部自衛官がそのことを表明しながら国会議員に対して「国民の敵だ」との暴言を吐いた。これは、文民統制の観点から許されることではありません。意見が異なったとしても、自衛隊という実力組織のましてや幹部の方から国民の代表である国会議員に対して「国民の敵」とレッテル貼りする姿勢は許されない。こんなことでは文民統制が成り立つはずがありません。

    文民統制に関連して言えば、沖縄県の米軍ヘリコプター不時着に関して、当時の松本文明 内閣副大臣は「それで何人死んだんだ」と野次を飛ばし、それで事実上の更迭をされました。先ほどの小野寺防衛大臣の赤坂自民亭問題での右往左往する言い訳。稲田 前防衛大臣が事実上の更迭に追い込まれたことなど。
    範を示すべき政治がいい加減な状況では、自衛隊という実力組織の統治が十分になし得ないのも必然であります。

    我が国ではシビリアンコントロールを「文民統制」と訳してしまいました。その結果として、残念ながら「シビリアンコントロールは背広組が制服組をコントロールすることだ」と大きな間違いをしてらっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。
    違います。シビリアンコントロールは、むしろ本当に正しい日本語に近い意味にするならば、「民主的統制」であります。実力組織については、まずは内閣。そして議院内閣制である、この議会がしっかりとコントロールする。それこそが本来のシビリアンコントロールであります。その本質をわきまえているならば、国会議員に向かって現職自衛官が「国民の敵」と暴言を浴びせることはありえないし、そんなことがあったら厳しい懲戒処分がなされるのは当たり前であるし、そして国会などに対し日報等を隠し誤魔化すなどということがあったら厳しい処分がなされ、全貌解明をしなければならない。シビリアンコントロールを全く理解してない体制の中でこれ以上、自衛隊に対する指揮権を持たせるわけにはいかないと考えます。

    そもそも安倍総理は、この自衛隊に対してこんな国会答弁をされています。
    「自衛隊員たちに『君たちは憲法違反かもしれないが何かあれば命を張ってくれ』と言うのは、あまりに無責任だ」
    こういう国会答弁であります。
    集団的自衛権の行使については議論があります。しかし、自衛隊の存在が憲法違反でないことは既に明確であり、定着をしています。
    安倍総理は「憲法違反かもしれない」と思いながら、自衛隊を指揮してらっしゃるんですか?
    「憲法違反かもしれない」と思いながら、予算を計上しているんですか?

    わたくしも含め、自衛隊予算を含む予算に賛成したことある者は「自衛隊は合憲である」との前提に立たなければ、論理矛盾になります。
    確かに私が子供の頃は「自衛隊は憲法違反である」との意見も少なからず存在していたことを知っていますが、そしてある時期までは国会における野党第1党が自衛隊違憲論に立っていたのも知っていますが、念のため申し上げますが、野党第1党である立憲民主党は「自衛隊は合憲である」という明確な立場に立っております。
    安倍総理の頭の中は・・・

    (野次がひどくなり、枝野氏、10秒ほど黙り込む)

    大島議長:
    ご静粛に。

    枝野代表:
    安倍総理の頭の中は、20年以上時間が止まっておられるんだと心配をせざるを得ません。

    不信任理由7「官僚システムの崩壊」
    (2:31:46〜2:37:38)

    枝野代表:
    7つ目の問題点を申し上げます。それは、官僚システムの崩壊です。

    「日本は政治は二流とか三流」とか揶揄されても「官僚システムが優秀だからしっかりしてるんだ」ということが言われていた時期がありましたが、安倍内閣はこの官僚システムを破壊しています。森友・加計問題や自衛隊日報の改ざんや隠ぺいの問題。厚生労働省の働き方データの捏造問題など。既に述べてきた官僚の皆さんの不祥事は言うに及びませんが、こういうところに使う言葉ではありませんが、本当に省庁横断的に様々な役所で考えられないような不祥事が相次いでおります。

    福田 財務事務次官は女性記者にセクハラ発言をしたと想像され、音声を公表されました。しかし、次官はセクハラを認めないまま辞任をされました。財務省の対応も被害者に二次被害を生じさせかねない不適切なものでありました。

    セクハラということでは厚生労働省 局長による厚生労働省女性職員に対するセクハラと疑われるようなメールを複数回送付していた問題もありました。

    厚生労働省という点では、わたくしはこれが深刻な問題だと思っていますが、東京労働局長が記者会見の場で取材記者に対して、「皆さんの会社に行って是正勧告をしてもいいんだけど」と発言し、12日後に局長職は更迭されましたが、軽い処分に済んでいます。ま、報道機関の皆さんの労働条件の実態も各種労働法制を守って頂きたい。厳しい状況にあることも知らないわけではありませんが、公権力が恣意的な運用を公言したんです。考えれれない不祥事です。
    労働行政において是正勧告をするというのは相当強い公権力の行使ではありませんか?
    税務署が例えば「財務省の言うことを聞かなければ税務調査に入るぞ」と公言したら、どうなりますか?
    警察が「言うこと聞かないんだったら逮捕するぞ」と言ったら?
    犯罪を犯してもいないのに「家宅捜査に入るぞ」と言われたら、どうなりますか?

    これに匹敵するうような公権力の行使を恣意的に使うぞということを記者に向かって公言をする。
    わたくしは、公務員失格であり辞めて頂かなければならない、それくらいに匹敵する処分をすべき問題であると思います。

    外務省では先ほど申しましたが、公表されているのは「国家公務員として信用を損なう行為があった」ということで停職9ヶ月の処分をされた職員がいらっしゃいます。セクハラ疑惑が報道されていますが、詳細は未公表のままです。セクハラについては二次被害の防止というのが大変重要であり、被害者保護の見地から詳細を公表できないことがあること私は理解は致しております。とは言いながら、公文書を組織的とも言える形で改ざんした佐川 前理財局長は停職3ヶ月。その3倍の停職9ヶ月。よっぽど酷いセクハラをしたんでしょうね。セクハラじゃないなら、よっぽど酷い信用を損なう行為について、一定の説明があって然るべきではないですか?

    会期末になって文部科学省の局長が裏口入学という受託収賄容疑で逮捕されました。
    森友・加計問題も学校にまつわる問題です。学校用地を裏口で安く取得しようとした問題であり、設置認可を裏口で受けようとした問題でありますので、「魚は頭から腐る」という言葉もあるように、総理を見習って裏口入学をしようとしたのかなと疑わざるを得ません。数多いる国家公務委員の中に、残念ながら不祥事を起こす者がいるからといって、内閣の政治責任を問う者ではありません。確かに、たくさんいる公務員の中にある不祥事に対して、いちいち政治責任をとろうとしていたら、どの内閣も1週間も持たないかもしれません。
    今回はそういう問題ではありません。安倍内閣発足から5年半。内閣人事局制度を悪用し、官僚人事を占有し、官の世界には安倍一強体制を築いてきた中での相次ぐ不祥事であります。

    そもそも、モリカケや自衛隊の改ざん、隠ぺいは幹部公務員による組織的ともいえる大規模な不祥事。そして、いま申し上げた一例を並べるだけでも、末端の公務員の中に不届きな人間がいたという案件ではありません。内閣人事局制度に基づく一元管理下のもとに置かれるような幹部だけでも、これだけの相次ぐ問題を生じさせているのであります。まさに、「魚は頭から腐る」という話の中で官僚システムが崩壊をしているのではないか。そうした状況を1日も早く止めなければならない。官僚の皆さんが官邸を忖度するのではなくて、国民の皆さんの思いを忖度する。それが本来の公務員の皆さんの仕事、役割であり、官邸や与党を忖度せざるをえないような今の政治状況を変える。その中で官僚の皆さんが入省時に思ったであろう「国家・国民のために働きたい」という本来の思いを実現できるような官僚システムを実現するために一刻も早く安倍内閣には退陣して頂きたいと思っています。

    結びの言葉
    (2:37:39〜2:43:00)

    枝野代表:
    以上、7項目を挙げました。
    まだまだ不信任の理由は数え切れないほどあります。
    いずれにしても、この国会は民主主義と立憲主義の見地から・・・

    (ざわつく野次に対して)
    大丈夫です。さすがに売り言葉に買い言葉はやりませんので。

    この国会は民主主義と立憲主義の見地から、憲政史上最悪の国会になってしまったと言わざるを得ません。
    それでも、災害対応の見地から不信任の提出にはためらいがあったことを冒頭の話ましたが、災害よりもギャンブル解禁、災害よりも党利党略の定数6増を優先する内閣を信任して災害対応をさせるよりも、そしてウソと誤魔化しと開き直りを重ねる内閣を信任して災害対応をさせるよりも、よりマシな内閣のもとで再出発して災害対応にあたる方が適切であると考えます。

    民主主義の本質を理解されない皆さんには、「なんとかに念仏」かもしれませんが、最後に申し上げたいと思います。今のような姿勢で政権運営を続けることは・・・・、今のような姿勢で政権運営を続けることは、もし政治が与党対野党のような戦いであるならば、目先の野党との戦いという意味では成功をしてきたと。これからも一定期間は成功をするかもしれません。そして、政治に権力闘争という側面があり、与党が野党との戦いに勝とうとする。そういう思いを持つことは否定しません。わたくしも権力闘争という側面が政治にあることは否定しないし、そうした側面から与党に勝つために全力を挙げて参りましたし、さらに全力を挙げて参りたいと考えています。

    しかし、それは一側面でしかありません。政治の本質は与党と野党の戦いではありません。それは目的ではなく、あくまでも手段であります。権力闘争に勝つという目的のために社会のモラルや秩序を壊してしまう。本来、民主主義の前提として成されなければならない、国会でウソをつかない、国会には正しい文書を出す、情報を隠し誤魔化しはしない。そうしたことを壊してしまったのでは、本来、国民生活のより豊かな暮らし・生活をつくり上げていくという本来の目的に反することになってしまいます。
    これ以上、目先の権力闘争ばかりを重視して、国民生活の将来に禍根を残し、ウソや誤魔化しや開き直りを蔓延させて、モラルハザードを生じさせれば、必ずや歴史に断罪されるとわたくしは確信をしております。

    第二次世界大戦、日中、日米戦争に至る経緯の中でも、目先の権力闘争には買ったけれども、結果的に我が国を破滅的な状況に追い込んだ政治リーダーが、残念ながら少なからずいらっしゃいます。
    このまま安倍政権の横暴を許していけば、残念ながらそうした道に入り込んでしまい、後戻りが出来なくなってしまうのではないかということを強く危惧をいたしております。
    安倍総理もせっかく5年半も総理をやられたんですから、後の歴史に断罪されることがないように一刻も早く身を退かれることをおすすめ致します。

    良識ある議員の皆さんが次の内閣改造で「大臣になれるか」「副大臣になれるか」「政務官になれるか」「次の選挙で公認されるか」とか、そういうことを頭から取っ払って、自らの信念と歴史への謙虚な姿勢。その歴史というのは未来の歴史に対する謙虚な姿勢であり、保守を称するならば、我が国の過去の失敗の歴史も含めた、我が国の長い歴史に謙虚に向かい合い、この内閣不信任決議案に賛同されることをお願いを申し上げ、提案理由の説明とさせて頂きます。
    ありがとうございました。

    (枝野氏、すべての演説を終え、前を向いて一礼。後ろの議長席を振り返り、一礼。野党席を中心に万雷の拍手の中、壇上から降りる)


    福島で過酷原発事故を起こした東電のコマーシャル再開に思う 

    東電、7年ぶりテレビCM 18日から再開

     東京電力ホールディングス傘下で営業販売を担う東電エナジーパートナーは17日、福島第1原発事故で自粛していた東電の商品やサービスに関するテレビコマーシャル(CM)を約7年ぶりに再開すると発表した。18日から東京都や神奈川県など1都6県で実施し、電気と都市ガスのセット契約を促す。

     原発事故の賠償が重い責務となっている中で、賠償のために費用を使うべきだとの声も寄せられているという。ただ、電力とガスの小売り全面自由化で経営環境が厳しさを増しており、他社に対抗するにはテレビCMが必要だと判断した。

     テレビの他に、ラジオや電車内での広告も展開する。

    (共同通信社)
    7年4ヶ月前の東日本大震災の時、東電福島第一原発が未曾有の過酷事故を起こして以来、
    福島県民にも東電にも大変な事態が続いていた。
    福島県民の中には、住居だけでなく、
    先祖伝来の田畑を放射能汚染されてしまった農家が多数あったと思うが、
    東電は農家にちゃんと保障しているのだろうか?

    事故後政府が食品中の放射能濃度の許容値を高く設定し直したから、
    福島県産の農作物でも、放射能濃度が基準値以内となる場合が多く、
    今まで通り農作物を売ることが出来るのだから、
    「保障金を払う必要はない」というのが東電の立場かも知れないが、
    国民は事故後に変更された放射能基準値を、
    安全であると信じている者は余りいない。
    だから「放射能を被ったからと言って、農家に保障する必要はない」等と、
    言えるものではないだろう。

    原発事故前だったら市場で高級品として通っていた福島産のサクランボや桃等も、
    事故後は福島県産であるというだけで消費者は用心するから、
    事故以前のように、高級品として高値で売ることは適わなくなっている。

    事故以降、福島県産のサクランボや桃などは、
    訳あり商品として、値段を下げて売ることを余儀なくされている。
    福島県内の督農家達が苦心の末商品化し、高い評価を得ていた品々が、
    7年4ヶ月前に起きた東電の、原発の過酷事故によって、
    その値打ちを地に落とされてしまったのである。

    国は除染をして放射能値が、国が新しく決めた基準値以内に迄下がったから、
    住宅も従前どおり使える筈であるという立場で、
    東電に被害者への保証を要求していない。(こちら

    しかし、事故後の許容放射能値は、事故が起きる以前だったら、
    原発作業員の為に決められていた放射能許容値に、変更されているのである。
    原発作業員が健康を害しないギリギリの値として決められていた許容放射能濃度の土地に、
    原発事故で避難していた地域住民・帰還後生涯住み続けることになるかも知れない住民を、
    国は半強制的に帰還させようとしているのである。

    「もし国の除染が気に入らないと言うのだったら、後はもう知らない。
    自分のお金で好きな所に住めば良い、国はこれ以上補償しないし、東電にも保障する義務を設定しない」と決めて・・・・・

    この様に、国は放射能被災者に何年間も避難生活をさせた上に、
    いい加減な除染で放射能汚染がまだ濃厚な地域に、
    強制的に帰還させる事で、一件落着として終おうとしているのである。

    地震の為とは言え、津波被害の恐れが指摘されていたにもかかわらず、
    なすべき対策を講ずることを怠って、重大な事故を起こし、
    周辺住民に多大な迷惑をかけた東電なのに、
    テレビコマーシャルが出せるまでに、経営が回復したのは、
    莫大な税金で除染なるものを施してもらって、
    放射能汚染した住宅地への損害賠償を、最小限に減らしてもらったのを始めとして
    殆どの被害者への保障を、国に肩代わりしてもらったり免除してもらったお陰だろう。

    国は国民をこんなにも酷い目に合わせる事を前提に、原発再稼動を薦めているが、
    電力会社に対しては、行き届いた援護をしている。
    原発を続けても電力会社がつぶれる恐れはないと、
    東電を様々な方法で助ける事で、
    電力会社が安心して原発再稼動をする様、誘導しているが如きである。

    東電の原発事故は未だに収束の道筋さえ見えない状況下にあるそうで、
    放射能汚染水も毎日大量に出続けている様である。
    東京電力福島第一原子力発電所で汚染水などを貯蔵しているタンク868基のうち、
    漏えいのリスクが高い「組み立て型」のタンク69基が、
    既に耐用年数の目安の5年を超えて漏れ始めているので、
    太平洋に海洋投棄する予定にしている様である。

    東電がコマーシャルを始める理由は、
    もしかしたら汚染水海洋投棄強行を、マスコミに見逃してもらうのが目的かも知れない。
    コマーシャルを提供している企業の不祥事は、放送し難いし、
    企業によっては自社の不祥事は放送しない様にと、
    正面切って圧力をかけてくる企業だってあるのではないだろうか?

    東電が苦しい経営状況の中でも、コマーシャルを始めると言うのは、
    東電の汚染水海洋投棄が世間で非難の的にされないための対策かも知れない。
    放射能汚染水の海洋投棄を知られたくないのは、東電役員だけではなく、
    安倍総理を始めとする原発村の面々も含まれるだろうし・・・・・

    トランプ大統領がロシアと和解しそうだと言って、大騒ぎしている面々は、
    戦争がなくなったら如何しようと、心配しているのだろうが、
    原発事故由来の汚染水問題が、国民に知れ渡ったら、
    原発はもう止めるべきという声が主流になるかも知れないからと、
    恐れている面々なのかも知れない。

    自分達の生活(収入)を維持するためには、
    戦争でも原発でも無くなったら困ると、
    恥ずかしげもなく考え、行動する人間の倫理観は、
    強盗の倫理観と似たようなものの様な気がする。

    強盗は規模が小さいから、見付かったら逮捕されるし、
    場合によっては死刑にされるが、
    強盗の被害とは比べ物にならないくらい大勢の被害者を出す恐れのある戦争や、
    過酷事故の恐れが付きまとう原発を、率先して推進したがる人々には、
    大勢の仲間が有り、長年かけて出来た組織があり、
    彼等は危険な戦争屋原発を組織ぐるみで推進している。

    そんな戦争屋グループとか、原発村とかについて、
    マスコミは後ろ指を指さないし、検察も検挙しようとはしない。

    現在の世界は何と恐ろしい人間達が、
    大手を振って跋扈する世の中になってしまったことか・・・・・

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    溽暑に思う 

    昨日木曜日毎日放送の人気番組プレパトの俳句コーナーで、
    俳句名人9段の梅沢登美男が、
    俳句名人10段への昇進をかけて、福島を詠んだ句が、心に残った。

     原発と 共に溽暑に 眠る町

    講師の夏井先生は「とても素晴らしい俳句で、略10段だけれど」と褒めながら、
    10段昇進とは言われなかった。

    原発 と共に と言わなくても、共にという事は分かるから、
    この4音を別の表現に変えたらもっと素晴らしい句になると言われるのである。

    それで夏井先生が、修正された句が

     原発と 溽暑に眠る 町しずか

    俳句的には、夏井先生の直しが入った句の方が、ずっと良くなっているのは事実であるが、
    最初のままでも充分に素晴らしい出来栄えであるとも思った。

    と言うか、私はこの句を詠んだ梅沢の心意気に、一寸感動した。
    テレビ界を上手に泳いで人気をつなぐ為に、
    全神経を傾けてきただろう梅沢登美男が、
    原発事故を哀しむ歌・原発批判をしたという事に、
    梅沢を一寸見直したという感じでもあった。

    そして、あの頭の切れる梅沢登美男が、
    政治批判とも取れる句を発表したという事は、
    もしかしたら、安倍政権の寿命も尽きかけているという事なのかもとも。

    一方、豪雨被災地の方々は、今溽暑の中、眠ってもいられない。
    只でさえ暑いのに、水にも事欠く中で、
    水に浸かった家の後片付けをせねばならないというのが、
    どれ程辛い事であるか・・・・・
    電気製品も箪笥も本箱も、長年愛用していた品々が、水浸しになって大型ゴミと化し、
    除去せねばならない無用の長物となってしまっているのである。

    〇政府がもう少し前に、両川の流路を変えてくれていたら・・・・・
    〇ダム等造らせなかったら、ダム決壊の恐れと言って、
    一気にダムを開けられて、洪水にされなくても済んだのに・・・・
    〇こんな無茶な開発の住宅団地に、家を建てさえしなかったら・・・・・
    〇堤防がコンクリートの劣化で弱ってしまっているのに、長年放置されていたからなあ・・・・・

    その他様々な思いに苛まれながらの、
    溽暑のかたずけ作業に従事しておられる方々のお気持ちを思うと、
    戦後使い捨て時代等と言って浮かれていた者の一人として、
    戦後の私達の時代は、自然に対して、思い上がっていたと、
    若気の過ちとは言え、改めて、不遜だったと反省させられる。

    何かにつけて「そんな勿体無い事をしてたら、罰が当たるよ。」と嗜めていた母に対し私は、
    「罰が当たるなんて・・・・、誰が罰を当てるのよ。」なんて、
    えらそうな事を言っていたのだったが・・・・・

    自然こそ神仏の権化。
    自然を粗末にしていたら、人間に幸せな未来等有り得ないと、気付いた時には、
    自然は汚され壊され切っていた。
    もう取り返しが付かないのか?
    それともまだ間に合うのか?

    今日7月13日
    猛暑日(最高気温35℃以上)となった地点数:46 地点
    真夏日(最高気温30℃以上)となった地点数:543 地点(こちら

    雨の七夕 

    7月7日今日は七夕ですが、
    日本列島で今夜星が見える地域はあまりないかも知れませんね。
    テレビは一昨日から台風7号に影響されて起きた豪雨のニュースで覆われています。
    福岡 広島 岡山 兵庫 京都etcと被害は西日本各地で起きており、
    テレビの報道によると死亡が確認された人が21人、
    行方不明者が未だに47人もあるそうです。

    今朝京都新聞は”広島で10人生き埋めか”という水害のニュースと、
    昨日処刑されたオウムの松本死刑囚の写真が並んでいました。
    こんな日に松本智津夫の処刑なんかしたら、
    オウムに未だに心が縛られている人々の恐怖心を、
    更に益す事になるのではないかと、一寸危惧を感じました。

    浅原に対する信仰心とオウム信者達は思っているかも知れまでんが、
    私が思うのに今もオウム真理教に帰依している人達は、
    心の奥深く染み付けられた恐怖心に、未だに縛られている人なのではないかと思います。

    勿論上祐氏の様に醒めていて、
    今後はオウムを生計の具にしようと計略を練る人もあるでしょう。
    彼はオウム真理教から脱却したと言って、
    旧オウム信者達を取り込んで、新しい組織作りをし、
    自分の信徒にして教団を創り、
    今後の生活基盤にしているのではないでしょうか?

    大抵の人の場合、一度信者になるとその教団から離れる時、
    教主や友達に裏切り者呼ばわりされたり、
    それがない場合でも、生まれつき気が弱くて、
    勝手に罪悪感に陥ったりする人が多い様です。

    そんな人達はそれまでの信仰を離れたあと、ちょっとでも不運なことが起きたりすると、
    恐怖心から「罰が当たった」と、
    更に恐怖心を募らせることになる場合が多いのだと思います。

    人は神(又は仏)を信じて、のびのびと生活していたら、
    大抵の事は、それだけで旨く行く場合が多いのですが、
    一度「罰が当たった」などの、恐怖心に脅かされると、
    恐怖心が更に恐怖心を呼んで、
    普通にしていたら旨く行くものも、旨く行かなくなってしまうのではないかと思います。

    しかし、これらは決して神罰でも仏罰でもないのです。
    神仏(創造主)は何処かの教団に所属していようが居まいが、
    そんな事によって、罰を与えるような存在ではないからです。
    神仏にとっての関心事は、神仏が造った世界が順調に機能することだけだからです。

    創造主は様々な”生き方”が出来る様に、
    この世を創られたのではないかと私は思っているのです。
    その生き方は当人にとっては絶対に、
    自分が選んだ生き方(ままごとの様なもの)とは思えない事が必要です。
    ”ままごと”であると思っていたのでは、折角この世で真剣勝負をする機会を得たのに、
    その迫力が半減してしまうでしょう。

    世の中にはパソコンでゲームを楽しむ人が大勢ある様ですが、
    どんなに真剣に遣っていても所詮ゲームはゲーム、
    勝とうが負けようが、自分の人生に影響するような事は絶対にない、
    只のゲームに過ぎないという思いがあると思います。
    ですから、パソコンでするゲームでは、どんなに迫力があるゲームであっても、
    自分の人生を左右する実生活ゲーム程の迫力はありえません。

    人がこの世に生まれる時に、その人生で取り組みたいと思ったゲームには、
    楽しいホームドラマも有れば、
    すれ違いばかりの悲恋ドラマもあるかもしれません。
    官僚をこき使い国民を泣かせるばかりの駄目な政治家になるゲームも有れば、
    悪徳政治家に命がけで立ち向かう、英雄的な人生を送る者ゲームもあるかもしれません。

    南ア連邦で権力に立ち向かって一生の殆どを牢獄で送られたネルソン・マンデラ大統領が、
    晩年日本を訪問された時、デパートでのんびりと、お買い物をしている人々を見て、
    「こんな人生もあったのだな~」としみじみと言われたと聞いた事があります。

    英雄的であったり、悪い事をしても栄耀栄華を手に入れ続けようと悪戦苦闘する人生ではなく、
    「埴生の宿」に穏やかな人生を楽しむ道を選ぶ人も多い事でしょう。

    いずれにしても人はこの世に生まれることによって、
    人生ゲームを経験するチャンスを得るのです。
    そのチャンスを、予てこんな人生を送りたいなと思っているような生き方で、
    生きられるような世の中を、保っていたいというのが、
    創造主の一番大事にしておられる事なのではないかと私は思うのです。

    ですからこの世を、滅茶苦茶にするほどのものでなかったら、
    少々のゴンタ坊主は、この世の彩りとして排除しようとは考えてはおられない事でしょう。
    まして、自分(創造主)の名を騙り、騙され易い者達を信者にして、富を手に入れようとする様な、
    真理に遠い、富を得ることが目的の様な教団に背いたからと言って、
    創造主が背いた信者に、罰を与えられる分けがありません。

    もし創造主がこの世をお終いにせねばならないと思われるとしたら、
    悪徳が極端に大きくなり、
    普通に暮らす地球生命を、脅かす程になっている時なのではないでしょうか?

    ですから天変地異が多発したからと言って、
    誰かがある宗教家に背いたからだと心配するのは、筋違いだと思います。
    もし仮に、そんな事が起きたとしても、
    それはその偽宗教家の執念深さが「鼬の最後っ屁」をやって見せたか、
    偶然に過ぎないのではないでしょうか?
    いずれにしても神仏の罰でもなければ、祟りでもないと私は思います。
    最後っ屁はどんなに臭くてもやがては消えてしまいます。
    慌てる事はないでしょう。

    行政の恣意によって次々に許可される原発の再稼動 

    大飯原発差し止め、二審は認めず 
    関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを周辺住民らが求めた訴訟の控訴審で、名古屋高裁金沢支部(内藤正之裁判長)は4日、一審福井地裁判決を取り消し、差し止めを認めない判決を言い渡した。

     東京電力福島第1原発事故後に起こされた原発の運転差し止め訴訟で初の高裁判決。高裁レベルでの差し止めを認めない判決は、係争中の各地の原発訴訟に影響を及ぼしそうだ。

     一審の福井地裁は2014年5月、2基の地震対策に構造的欠陥があるなどとして、運転を差し止める判決を出した。

     大飯3、4号機は今年3~5月に再稼働し、営業運転中。


    【共同通信】

    福井地裁の大飯原発の差し止め判決が今日高裁で覆されました。
    東海第2原発は原子力規制委員会が審査に事実上合格としたそうですし、
    これまでに再稼働した原発は
    鹿児島県にある川内原発1号機と2号機、
    福井県にある高浜原発3号機と4号機、大飯原発3号機と4号機、
    愛媛県にある伊方原発3号機、
    佐賀県にある玄海原発3号機と4号機の合わせて5原発9基です。

    ただ、伊方原発3号機は去年12月、広島高等裁判所が運転停止を命じる仮処分を決定したため、運転できない状態になっているほか、川内原発2号機と高浜原発4号機が定期検査で運転を停止していることから、稼働中の原発は4原発6基
    だそうです。
    東海第二原発 事実上合格の審査書案 原子力規制委

    原発事故直後には40年経過した原発の再稼動は認めないと言っていたのに、
    立法府は40年経過の40年という文字の前に、「原則」という文字を滑り込ませ、
    原則40年経過の原発の再稼動は認めないと、書き換えられてしまっていたので、
    40年経過した原発の再稼動の許可申請が、次々と出される事になっているのです。

    国民が原発の過酷事故を目前に見て、
    危険な原発は絶対に止めさせようと強く決心していても、
    立法府も行政府も、ほとぼりが醒めた時を視野に、
    法律を決める時、「原則」という文字を滑り込ませているという事は、
    行政府・立法府(権力機構)は、国民の願いや意思を無視する事が状態化しているのでしょう。
    だからあれ程の原発の過酷事故を受けても、
    何時もの様に、法律の無効化対策を施していたのでしょう。
    権力機構はずっと「国民のねがい等願い下げだ」という姿勢なのだろうと感じます。

    権力機構にとっては、莫大な政治献金をしてくれる財界こそ、
    真の主人なのでしょう。(民主主義ではなくて、財主主義?)

    原子力協定の見直しで、日本の原発行政に待ったが掛からないとも限らない今、
    どうしてこんなに次々と原発の再稼動が認められているのでしょう?
    現在の技術力を駆使して自然エネルギーを開発して行ったら、
    永遠のエネルギー源に辿りつけるだろうと分かっているのに・・・・・

    日本の原子力政策 見直しの時期到来 

    日本の大量プルトニウム保有…13兆円近い費用を投じて進めてきた核燃料サイクルの大義名分はないと断ずるのが常識、良識であリ、「市民の直観」です。by村田光平

    村田光平先生からのメッセージです。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    皆様

    昨年9月超党派の議員と市民団体がワシントンを訪問し、日本のプルトニウム廃棄と六カ所で建設中の再処理工場を停止させることを訴え、協定の改定時に米議会・政府で議論することを要請する各方面への ロビーイングを行った旨一昨日ご報告いたしましたが、本2日付の東京新聞の一面トップに、元米国務次官補のトーマス・カントリーマン氏が「日本の大量プルトニウムを懸念して核燃サイクル撤退を求める」と発言した旨の記事が掲載されました。

    こうした動きは未だに440余基の原発を容認し推進する世界の主流の「思考停止」に衝撃を与えるものと思われます。
    既に、フランス政府はスーパーフェニックスに替わるアストリッドから撤退の構えとも伝えられ、英国政府も日立による原発建設への資金協力に慎重になりつつあると伝えられております。福島事故後、「原子力の全方位の破壊力」についての理解は当然のことながら深まりつつあることは否定できません。

    プルトニウムの抽出を認める日米原子力協定は今年7月16日で30年の期限を迎え、自動延長が決まっておりますが、延長後は、日米いずれかが通知すれば破棄できることになっております。13兆円近い費用を投じて進めてきた核燃料サイクルの大義名分はないと断ずるのが常識、良識であリ、「市民の直観」です。

    日本は核爆弾5000発以上製造できる約47トンのプルトニウムを国内外に保有しておりますが、、カントリーマン元米国務次官補はこれが国際安全保障上の懸念となっており、特に北朝鮮に核兵器を所有する口実を与える心配があると指摘しております。同次官補によれば、現トランプ政権も同様の懸念を共有しているとのことです。

    日本の核武装の可能性については小泉元総理は実験場所がないことを理由に否定しております。核武装の動きが現実に表面化すれば外国がこれを阻止する動きにでることは確実であること、核武装は原発を保有する口実に使われているなどの見解が注目されます。

    いよいよ日本の原子力政策の基本が内外で問われだすものと思われます。

     村田光平
    (元駐スイス大使)

    「京の風」に新井信介さんが載せておられた村田光平さんのお手紙です。
    手紙がいよいよ日本の原子力政策の基本が内外で問われだすものと思われますと結ばれています様に、
    フランス政府はスーパーフェニックスに替わるアストリッドから撤退の構えとも伝えられ、英国政府も日立による原発建設への資金協力に慎重になりつつあると伝えられております。
    アメリカでは原子力協定の改定時(今年月16日)に米議会・政府で議論することを要請する各方面への ロビーイングが、
    超党派の議員と市民団体で行われているそうです。

    地震国でないイギリスやフランスでも、原発政策を見直そうと動き出していますのに、
    東日本大震災の時、福島であれ程の過酷な原発事故が起き、
    日本列島では、これからも何時何所で地震が起きるか判らないのに、
    何時までも平然と原発を稼動し続けようという安倍政権と原子力村は余りにも無責任です。

    今月16日に30年の節目を迎える原子力協定の改定を機に、
    日本のプルトニューム抽出の是非だけでなく、
    原発行政全般が見直されることになると良いですね。

    詩織さん事件についてBBCがドキュメンタリー番組を放送 

    リテラ英BBCが「日本の恥」と特集! 山口敬之事件の被害者・詩織さんを攻撃する安倍応援団のグロテスクな姿が世界にを読んで、安倍応援団の醜悪さに今更の様に驚かされた。
    安倍応援団は安倍総理を庇う為だったら、白を黒と言って恥じない輩達だと知ってはいたものの・・・・・

    詩織さんが山口敬之にどんな目に合わされたかに付いて、
    会見で詳しく話しておられる所を、私もテレビで拝見していた。
    詩織さんの訴えを聞いて警察が動き、逮捕状も出ていたという事は、
    詳しく取り調べた結果、詩織さんの訴えに不合理な点がなかったから、
    当時検察は逮捕状を出したに違いない。
    山口敬之には安倍総理の庇護以外逃げる道がなかったから、
    山口敬之は藁をもつかむ思いで安倍総理の庇護を求めたのであろう。

    山口敬之が恥を忍んでまで安倍総理に救いを求めたのは、
    彼が詩織さんの訴えどおりの事をしていたから、
    裁判になったら自分に勝ち目がない事が分かっていたからだろう。
    そうでなかったら、幾ら安倍総理に可愛がってもらっているからと言って、
    強姦容疑で捕まりそうな事を白状してまで、
    安倍総理に逮捕回避を強請ったりはしなかったはずである。

    山口敬之は安倍総理の応援雑誌である極右雑誌の対談記事で、
    詩織さんは勝手に酔っ払っちゃって、ただ一人で帰れなくなっちゃたから忙しかったのだけれど、
    仕方なくホテルに送って行ったのだと言って、
    対談相手から、女の酔っ払いには困ったものだと言ってもらっているのであるが、
    もしそれが本当であるとしても、
    警察が逮捕状を取って逮捕しようとしている寸前に、
    総理大臣の友達だからというだけの理由で、
    総理大臣の特権で逮捕状を無効にして良いものだろうか?

    安倍総理は籠池森友学園前理事長夫妻の場合は、補助金詐欺容疑で10ヶ月も拘留し続けさせていた。
    安倍総理の森友学園疑惑への関与を籠池理事長がぺらぺら喋ったのがお気に入らなかったかららしい。
    司法(検察)も行政(警察)も安倍総理の気分次第で、
    安倍総理に楯突いたと判定された者だったら、違法なくらい長期の逮捕監禁されるし、
    有罪の疑いが濃厚な場合でも、安倍総理の気分次第で無罪放免される、
    安倍政権下の現在の日本は、将に「朕は国家なり・法なり」状態になっていると言えるだろう。

    安倍応援団には自分達右翼の為の雑誌が書いたものを、絶対的真実として一切疑わず、
    拡声器として周囲に触れ回る仕組みが出来ているから、
    安倍総理が有罪と決めた者は有罪の者として、世間に触れ回られ、
    安倍総理が無罪と決めた者に付いては、反証を一切認めず、
    拡声器の大きさで反対意見を封殺するのを常としているから、
    詩織さん事件に対する右翼の、詩織さんに対する悪口雑言は、
    卑劣極まりないものだったのだろう。

    一人の女性が恥を忍んで顔出しして迄、自分に対して卑劣な事をした人間を告発したのを、
    悪口雑言で封殺しようとした安倍晋三一派の卑劣さに、
    イギリスのBBCが飛び付いたのには、
    日本で行われていたセクシュアル・ハラスメントに対する批判と同時に、
    安倍政権に対する批判をしたかったという動機も、あったのではないだろうか?

    イギリスは事故時日本が全部補償するという契約で、
    日立電気に原発を創らせようとしている。
    日立電気を裏で支えている原発村が、安倍政権を支えている柱の一つだから、
    原発を今以上に増やしたくないイギリス人は、安倍政権を立ち行かなくさせる事が、
    イギリスに原発をこれ以上増やさせない為の方策になるとの観点から、
    安倍政権に揺さぶりを掛けたかったという動機もあったのではないだろうか?

    BBCはロシアのスクリパリ親娘に対してイギリス政府がやった事に付いては、
    沈黙を守らされているらしい。(こちら
    日本の安倍総理批判は制限されていないからでは?

    日本人が大好きなイギリスで6月28日、
    これだけ大々的に日本批判が起こされていると言うのに、
    今朝のテレビ番組で、BBCで大々的な日本批判が起きたという報道をしている番組が見当たらなかった。
    それ処か、今朝の朝日放送モーニングバードでは、
    スペインの文化財修復の稚拙さに付いて、修復前と修復後の写真を示しながら、延々と解説していた。
    その修復がお粗末を極めていたのは事実だけれど、
    その絵がスペイン人にとっては大事な文化財であったとしても、
    日本人で知っている人は、余ほどのスペイン通(つう)の人だけなのではないかという様な絵に付いてであった。

    その時はモーニング・バードがどうしてあんな報道をしたのか、意味が分からなかったのだけれど、
    BBCが日本の恥の極みのような事件を、ドキュメンタリー仕立てで放送し、海外で話題になっているのに、
    日本のテレビ番組では一切放送されていないのを知って、
    スペインのお粗末な文化財修復を取りざたした理由が分かった様な気がした。

    当初モーニングバードでは、BBCのドキュメンタリー番組放送に付いて、
    報道する予定を立てていたのではないだろうか?
    それが上からの指示で急遽変更せねばならない事になり、
    仕方なくスペインの失敗話に摩り替えたので、
    視聴者に違和感を与えたのではないだろうか?

    放送局に番組変更の命令を出せる者としたら相当の権力であろう。
    安倍政権自身かもしれないが、
    イギリスに原発を輸出しようとしている日立電気中西宏明会長が、現在の経団連の会長だそうだから、
    番組の変更命令を出したのは経団連だったのかも知れない。
    中西宏明経団連会長は安倍総理のことを批判して見せているらしいが、
    日立がイギリスに原発輸出する時に、日本政府からの支援を得たい日立は、
    原発村の一員である安倍政権に、居続けて欲しいと思っているのは間違いないと思われる。

    かくしてマスコミは真実を報道したくても出来たり、出来なかったりするから、
    世界中でひずみだらけである。
    でも、安倍政権が詩織さんにやっている(現在進行形)ことが、
    卑劣極まりなく,又不法である事は間違いないと私も思う。

    今世界はあらゆる意味で、酷い時代になってしまっているようだけれど、
    酷い事を酷いと思う感性だけは、忘れないようにしたいものである。