Dendrodium 2017年12月
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良いお年を 

今日は12月29日 
色々あったけれど、2017年も何とか暮れようとしている。

2018年はどんな年になるのだろうか?
マスコミに載らない海外記事「アメリカ、ウクライナへの殺傷兵器提供を決定」によると、
アメリカはウクライナに大量の武器を売る計画を立てているそうである。
ウクライナ政府には大量の武器を購入する資金は皆無であるのに、
武器を買えるようしてやって、キエフのネオナチに武器を持たせようとしているという事であろう。
これによってキエフの住民と「ノヴォロシア人民共和国連邦」(ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国他)の住民は、又しても反政府勢力として攻撃をうけさせられることになるのではないだろうか?

芳ちゃんのブログ「ふたつのウクライナ - 内戦で打ちひしがれたルガンスクと平和なキエフにおける医療サービスの実態 」によると、
非合法的な臓器の売買では世界をリードして来たウクライナは今や臓器売買を合法とする法律まで通した恐ろしい政権のようである。
こんな政権が、これからも反政府勢力を武力攻撃できるようにと、
アメリカは大量の武器を自腹を切ってウクライナに提供しようとしているのだそうである。

アメリカが他国に向けて軍を動かす時の決まり文句は、
「圧政に苦しむ国民を助け、民主主義国にする為」という事ではなかったか?
2014年のクーデターから、もう少しで4年になろうとしているウクライナが、
現在どういう状況にあるかを、知らないわけでもないだろうに、
アメリカはキエフ政権に、ウクライナ国内の反政府勢力を再び攻撃させようとしている。
まるでウクライナ国中を、ネオナチに牛耳られているキエフ政権下の、
恐ろしい状態にしたがっているかの如くである。

キエフが独立派に攻撃軍を送るような事になったら、
ロシアが親ロシア地域(ノヴォロシア人民共和国連邦)の民を応援するという事で、
軍を出すだろうと期待して、アメリカは厳しい財政事情の中から自腹を切って迄、
ウクライナのキエフ政権に武器を大量に与えようとしているという事なのだろうか?

キエフ政権下かノボロシア人民共和国連邦下の、どちらかに関わらず、
ウクライナの人々は、又しても大変な目に合わされる事になるのだろう。
アメリカ政府の目的は、世界を地獄にして鬼達を跋扈させることなのだろうか?

個々のアメリカ人には優しい人も多いと聞く。
旧日本軍が大東亜戦争を起こし、大陸の人々を蹂躙していた時も、
日本の一般国民には、優しい人が大勢あったのと同じように・・・・・

世界は様々な危機を抱えたまま、新しい年を迎えようとしているが、
2018年は鬼どもが、世界中の優しいまともな人々によって隅に追いやられ、
総ての悪夢の様な事々が、綺麗に解決される年になるかも知れない。(祈りを込めて・・・・・)

新しい年が良いお年となりますように・・・・・

安倍総理夫人又もご乱心 

安倍昭恵夫人、インスタグラムにとんでもない写真をアップし非難殺到…

イメージ 1


イメージ 2

・誰ですか?😊😊😊
・夫の足を引っ張らないでくださいよ。
・首相夫人がアップする写真か!ええ歳して!品が無い!ア●としか言いようが無い!

・天然とかじゃなくてマジでやばい人な気がしてきた
・これはないわ
・矢印の先にあるのがキスマークだとしたら大問題
・良い加減このア●嫁をどうにかしろよ!!!!!
・酒が入ってる時にSNSなんてするもんじゃないよ。特に立場のある人間はさ
・もはや日本最大のアンチ安倍ちゃんやろこの人
・日本のファーストレディがこんなに下品で馬鹿なんて嫌だ
・ほんとアホすぎんだろこいつ…
・そんでだれだよこのオッサン。お笑い芸人かよ
・安倍政権が崩壊するとしたら昭恵絡みだろな
・安倍ちゃん大変そう
・相当痛いやつなんだな
・お前らこれが真のリベラルだぞ
・岩田和親 自民 佐賀1区 。10月の衆院選で原口に負けて比例復活

この件に関し
新ベンチャー革命20171225日 No.1885が
 タイトル:2017年のクリスマスイブに安倍氏夫人はイケメン自民議員の裸にアキエと描いた写真をネットにアップ:自民議員も官僚群も倒せない無敵の安倍氏を倒せるのは昭恵夫人だけか、なんと情けない日本よ!を書いておられる。
この写真を見ると、
安倍総理夫人が夫を政権から引きずり下ろそうとしているというのは、
本当かもしれないという気がして来る。

これでも安倍総理は政権にしがみ付くのだろうか?


癌が治った話 

昨夜は一晩中雨だったようだけれど、朝方には降り止んでいました。
午後になってからは陽もさすようになっています。
このところ、私達滋賀県民にとっては優しいお天気続きです。
昨年末に近くのスーパーマーケットで貰ったポイントが1117だったので、
良い17年になるのかなと思っていると、
昨年末このブログに書いた記憶があるのですが、
私自身にとっては、比較的良い1年だったように思えます。

今年2月、夫の肝臓に豆粒ほどとの話ではあったのですが、
癌が2~3個見つかって、
担当の先生に、手術をしたほうが良いと言われた時、
言われるままにならなくて良かったと、
思える状況に今います。

昨年の秋口に手術したばかりの84歳の老人が、
1年も経過しないうちに又手術などしたら、
手術のストレスで又癌が発生するに決まっていると思ったので、
手術はやめたほうが良いと、娘と二人で夫を説得したのでした。

夫はお医者さんに癌が見つかったと言われ、
手術するべきかどうか迷っていた様なのですが、
遂に手術しない事に決めたのでした。

夫の決心を聞いた時、
次の診察日に行った時、断りを言いましょうと言う私に、
「断るんだったら、もう行く必要はない。」と、
至極当たり前の事ながら、夫に言われたのでした。
断りでも言いに行かねばならないと思い込んでいた私は、
夫の言葉に「そう言えばそうか」と、初めて気付いたのでした。
その時「私は時々、妙に堅苦しい考え方をする人間なのかも知れない」と、
自分の性向に改めて気付かされたのでしたが・・・・・

そんな訳で、夫は小さい癌があると言われた後、
抗癌剤も一切使わず、
(断りに行かなかったお陰で、抗癌剤も勧められずに済んだと言えるのかもしれません。)
晩酌も昨年手術をする以前と同じ量を毎晩嗜んでいました。
ゴールデンウイークには一泊旅行にも出かけたりと、
夫は昨年発病する前の状態に戻った、
普通通りの生活をしていたのでした。

実は私には精神的・肉体的に安静を保つことさえ出来れば、
何もしない方が、癌は自己免疫力で治るという思いがあったのです。

それには先日「夫の癌が治った?」という記事でも書きましたが、
昔私の父が友人の癌が消えてなくなるのに立ち会ったのを、
20歳代の頃、傍で見ていたからです。

その時父は生長の家誌にも報告したのですが、
自分でも薄い小冊子を書いていたのです。
当時は「癌が治った」などと言ったら、迷信扱いされるような時代でしたから、
折角作った小冊子も、余り贈呈する所もない侭に、
我が家にも数冊残されています。

題名は
   死の宣告を下された手遅れの
胃がんが治った事実の記録
というものです。

書き出しのところを少しだけ写します。

******

平田治郎君(62歳)は昨年(昭和43年)6月6日国立厚生年金病院外科で胃がんの開腹手術を受けたが、症状が余りにも悪化していた為に、癌腫の切除及び縫合手術が不可能と認められて、単に開腹したのみで、そのまま縫合し、6月27日抜糸ののち退院、自宅で精神療法兼信仰療法をした結果、約5ヶ月で全快、同年12月5日の三水会(三菱商事OBの会)忘年会には支那料理で日本酒三合位飲んだという程に快癒した。その後も引き続き益々好調で、寧ろ手術前より元気で若返ったように見える。

 さて、この療法を勧め、且つ往訪して助言を与えたのは小生であるから、この奇跡的な治癒に付いて一応説明しておく義務を感ずる。
(以下略)

*********
治られた経緯は前回の記事に大体書きましたので省略します。

平田さんに余命3ヶ月と死を宣告していた厚生年金病院から、
翌年の一月、奥様宛に、亡くなった時の状況を知りたいという葉書が来たそうです。
それで、平田治郎さんご本人が病院に行かれたら、担当の先生が驚いて、
「あんたは本当に平田治郎さんか?」と何度も繰り返し確かめておられたそうです。

平田治郎さんはその後7年間はお元気だったのですが、
7年たった頃又癌が出来、
父には何の連絡もないまま、又病院に頼られ、
其の儘病院で他界されたそうです。

父はあれ程の奇跡的治癒を経験しながら、
自分の免疫力を信じないで、医者を頼ろうとするなんて・・・・と、
悔しがっていましたが・・・・・

しかし、生まれて来た者で死なない者はありません。
私の父も、母が亡くなって5年後、82歳で他界しました。

人は何時かはこの世を去る運命にあるのですから、
治らないからと言って、それが不幸と決まったものではないのかも知れません。
それが何歳の時であろうとも、
それが天寿なのかも知れません。
平田さんにとっては、
死を宣告された手遅れの癌を、自身の生命力で全快させるという経験をする事こそが、
この人生の目的の一つだったのかもしれません。
癌が完全に治っていたという証明のために、治癒後7年間を生きて逝かれたのかも知れません。

只、この世に思い残す事が沢山ある時に、
苦しみぬいて生き、死ぬのは残念ですから、
この世に自身の天寿が残っている限りは、元気で生きられるよう、
自己免疫力を信じて、心静かに生きて行きたいと思います。


奉祝 天皇陛下八十四歳のお誕生日 

今日は天皇陛下84歳のお誕生日です。
お元気でこの日を迎えられたこと慶びにたえません。
お誕生日おめでとうございます。

ご即位が50歳代半ばだったのに、平成も間もなく30年を数えることになります。
普通の勤め人だったら20年以上前に楽隠居した者も多い中、
天皇陛下には定年がなく、しかもご公務は可也ハードなものらしいのに、
後1年半も、今までのままにお続けになるのはお気の毒な気がしますが、
お元気で無事ご譲位されますようにとお祈り申し上げます。

今朝の新聞によると、ご退位までに是非当方にとの依頼が殺到していて、
益々お忙しくなられることになるのかもしれませんが、
宮内庁は陛下にご無理を強いたりしない様願います。

「(日本の)天皇陛下は象徴で、他の国の王様のように自由がきかない、内閣の言いなりに動かねばならないから、それでご高齢で大変だという事になるのか・・・・・」と娘が、今更のように言っていましたが、
ご高齢の陛下にご公務が次々と押し寄せている様は、
何とかして差し上げねば、
人道に悖るのではないかとさえ思えてきます。

特に几帳面なお方である天皇陛下が、
誠心誠意をモットーにしておられるのですから、
そのご負担は少々のものではなかったのではないでしょうか?

天皇陛下は日本国の象徴とはどういうものであるかを、
ご即位以来、身を挺して示してこられました。
今上天皇のお陰で平和憲法下の天皇像は、
国民と共にある天皇として定着してきているようです。

政府はもう二度と天皇を戦争の道具になどしないでほしいものです。
今度天皇が戦争責任を問われねばならない事態が起きたりしたら、
それこそ天皇家は滅亡させられかねません。

歴史的に代々の日本人が、天皇を大事にして来たのは、
天皇家の為と言うより寧ろ、日本人自身の為だったのではないでしょうか?
日本人同士が争うような事態が起きた時にも、
ある程度力を蓄えた勢力が、天皇を味方につけて皇軍と称する事で、
他の勢力が勝負あったと諦める位に、
天皇の存在が有効だったからではないでしょうか。
それで国民は内乱の苦労を最低限に押さえる事が出来たという風に・・・・・

そして天皇の存在は内乱の時ばかりでなく、
様々な要因で起きるかも知れない国難、
例えば先の敗戦の時のような場合に際しても、
国論をすばやく纏める為に、有効なのではないでしょうか?

そんな有り難い存在を持っている民族は、他にないかも知れません。
天皇は日本の宝とも言える存在です。
先人達が1000年かけて培ってきた宝を、
一時の権力者の都合で失う事になっても良いものでしょうか?

安倍政権だけでなく、今後の日本の為政者たちは、
もう二度と天皇を戦争目的に利用しようという考えは、起さないで欲しいものです。

それではお誕生日に際して行われた記者会見での
天皇陛下のお言葉を複写させて頂きます。
天皇陛下の一年は今年も、国民とよりそう一年だったようですね。

天皇陛下お誕生日に際し(平成29年)

天皇陛下の記者会見

会見年月日:平成29年12月20日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇陛下
記者会見をなさる天皇陛下

宮内記者会代表質問

問 この1年,天皇陛下はベトナムへの公式訪問や九州北部豪雨の被災地お見舞い,鹿児島県の離島3島訪問など,国内外でさまざまなお務めを果たされました。6月には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し,9月には初孫の眞子さまのご婚約が内定しました。この1年を振り返りながら,退位の日までのお過ごしについてのお考えをお聞かせください。
天皇陛下

今年2月末から3月初旬にかけて,皇后と共にベトナムを訪問しました。我が国とベトナムとの関係は,近年急速に進み,国家主席始め多くのベトナムの要人が我が国を訪れていますが,私たちがベトナムを訪問するのは,初めてのことでした。ベトナムでは,現在の国家主席御夫妻を始め,*4人の指導者に丁重に迎えられ,また,多くのベトナム国民から温かい歓迎を受けました。両国間の緊密な関係に深く思いを致しました。ハノイにおいて,先の大戦の終了後もベトナムに残り,ベトナム人と共にフランスからの独立戦争を戦った,かなりの数の日本兵が現地で生活を営んだ家族の人たちに会う機会もありました。こうした日本兵たちは,ベトナムの独立後,勧告により帰国を余儀なくされ,残されたベトナム人の家族は,幾多の苦労を重ねました。そうした中,これらベトナム人の家族と,帰国した元残留日本兵たちが,その後日本で築いた幾組かの家族との間に,理解ある交流が長く続いてきていることを聞き,深く感慨を覚えました。

ハノイ訪問ののちに古都であるフエを訪問しましたが,ベトナム独立運動の先駆者で,日本の支援を求めて我が国に滞在した時期もあるファン・ボイ・チャウの記念館も訪れました。ここでも日本とベトナムとの様々な交流の歴史に触れることとなりました。今後とも両国の友好関係が一層進展していくことを願っています。

ベトナム訪問ののちにタイを訪問し,昨年10月に崩御になったプミポン国王との長い交流の日々を懐かしく思い出しながら,最後のお別れをいたしました。

今年も残念なことに,幾つもの自然災害が起こりました。特に7月には九州北部がまれに見る豪雨に見舞われ,多くの人命が失われるなど,大きな被害を受けました。10月に福岡県朝倉市と大分県日田市をお見舞いに訪れましたが,朝倉市に向かう車中から見た災害の大きさは,自然の力の恐ろしさを改めて感じさせるものでした。被害に遭った人々が深い悲しみの中にありながら,皆で協力して懸命に復興に取り組んでいることを,心強く思いました。

また,11月には鹿児島県屋久島を訪れ,その西方12キロに浮かぶ口永良部島で,2年半余り前に起きた火山噴火によって屋久島への全島避難を余儀なくされた人々をお見舞いしました。噴火に先立ち避難訓練を行っていたこともあって,幸い速やかに全島民が無事に屋久島に避難したと聞きました。屋久島の人々の助けを得て避難生活を送り,今は多くの人が口永良部島に戻り,復興に取り組みながら元の生活に戻りつつあることを,うれしく思います。

我が国は豊かな自然に恵まれていますが,同時に自然災害の脅威に晒されており,こうした事態に備え,また,不幸にして災害が起こった時,人々が助け合うことがどれほど重要かということに,思いを深くしました。

この11月の屋久島訪問に続けて,沖永良部島と与論島を初めて訪問しました。これは,平成24年2月に一度計画されながら,私の心臓バイパス手術のために見送られたものです。島の美しい自然に触れるとともに,島の人々が,それぞれの伝統を育み,その自然をいかして生活を送っている姿を,頼もしく思いました。

今年,宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界遺産に登録されたことは,喜ばしいことでした。10月に福岡県で行われた「全国豊かな海づくり大会」に出席する機会に宗像大社を参拝し,4世紀から9世紀にかけて沖ノ島に奉献された宝物(ほうもつ)を見ました。沖ノ島は,我が国と朝鮮半島との間に位置し,航海の安全と交流の成就を祈る祭祀がそこで行われ,これらの宝物(ほうもつ)は,その際に奉献されたとのことでした。

また,それに先立つ9月に埼玉県日高市にある高麗神社を参拝しました。今から約1300年前に,高句麗からの渡来人がこの地に住み,建てられた神社です。多くの人に迎えられ,我が国と東アジアとの長い交流の歴史に思いを致しました。

私たちの初孫である,秋篠宮家の長女眞子と小室圭さんとの婚約が9月に内定し,来年11月に結婚いたします。大変喜ばしく,二人の幸せを願っています。

この度,再来年4月末に期日が決定した私の譲位については,これまで多くの人々が各々の立場で考え,努力してきてくれたことを,心から感謝しています。残された日々,象徴としての務めを果たしながら,次の時代への継承に向けた準備を,関係する人々と共に行っていきたいと思います。

今年も残すところ僅かとなりましたが,(きた)る年が国民皆にとって良い年となるよう願っています。

ベトナムにおいて最高指導部を構成する国家主席,共産党中央執行委員会書記長,首相,国会議長の4名である。

一陽来復 

一陽来復の今年の冬至は、朝から雲ひとつなく晴れ渡り、
午後になっても千切れ雲が数ひら浮かんできた位で、
日本晴れの空は、昔ほどには深い青ではないかもしれないけれど、
それでも青々として美しい空でした。

駐車場にたまった落ち葉の片付けをしていたら、薄っすらと汗ばむくらいで、
気になっていた用事を楽に片付けることが出来ました。
今日の日和も、昨日迄だったら、小春日和というところなのでしょうが・・・・・

来週は今年の最終週で、お正月を迎える為の本番の週だけれど、
今週に較べて来週の天気予報は、お日様マークが少ないようだったので、
如何なるか一寸心配です。

今年も色々あったけれど、
世界は2018年を何とか迎えることが出来そうな感じですね。
昔の言い伝えどおりだったら、申酉荒れて戌穏やかで、
来年は収束に向かうの年なのでしょうが、
日本の言い伝えが世界に通用するかどうか・・・・・

冬至は一陽来復の日 明日から陽は一日一日と伸びて行きます。
日本も世界も軌道修正がスムーズになされると良いですね。

モリカケスパに、今度は、リニア、と数々の問題発覚で押しつぶされそうになっておられる安倍総理も、
そろそろ観念して辞任された方が楽になられるのではないでしょうか?
そうすれば国にも安倍総理にも、一陽来復が望めるかもしれませんのに・・・・・

天皇制の利否を考えて見た 

加藤周一自選集(1(1937ー1954))に「天皇制を論ず」というのがあるそうです。

「天皇制は何故やめなければならないのか。理由は簡単である。天皇制は戦争の原因であったし、やめなければ、又戦争の原因となるかもしれないからである」
と加藤周一は言っているそうです。(こちら

この論文が書かれたのは遅くとも1954年(昭和29年)ですから、今から考えると終戦直後と言えるでしょう。

あの当時の感覚から言ったら、天皇制が戦争の原因だったと感じる人が、
多かったのは当然だろうと思われます。
何故なら徴兵された人々が「天皇陛下のために死んで来い」と送り出されていた戦争が、
散々な負けで終った直後の事ですから・・・・・
しかしこれは天皇の意思ではなかったかも知れません。
当時の日本は同じく君主制であるイギリスの議会制民主主義を倣っていましたので。
戦前の、天皇になる予定の親王は、幼少の頃から親元を離されて、
帝王教育なるものを仕込まれていたそうです。
例えば、天皇と言えども議会の決めたことには従わねばならないという事も、
当然教え込まれていた事でしょうし・・・・・

現在のアメリカは君主制でなくても、或勢力によって戦争屋国家されてしまっていますし、
ヨーロッパの王制でない国々でも、戦後のアメリカの戦争に加担し続けている国々が多数あるようです。

大東亜戦争の時日本が天皇制だったから、
戦争になったのは、天皇の責任という議論は、表層的過ぎると思います。

戦争を始めたい輩は、天皇という存在があろうとなかろうと、
歴史上アメリカが度々偽旗作戦を行ってきたように、
戦争をして利を得ようと考えるような悪人たちは、
どんな口実をつけてでも、戦争に持ち込むものだと私は思います。

天皇を戦争の名義人にさせられるかどうかは、時の政府の考え次第であるのは、
今の日本でも、明治憲法下の日本でも同じことだと私には思えます。
今日本の主権は国民にある事になっていますが、
政府は国民の意見を無視して、
戦争の出来る国へと、突っ走っているではありませんか。

安倍晋三は夢よもう一度で、
戦争推進に天皇を利用すべく、天皇制を弄ろうとしているのは事実ですが、
天皇は、又戦争に利用される事になったら、今度こそ皇族の破滅と思っておられる事でしょうから、
易々と政府の要求に従われることはないでしょう。

戦争屋政権が、何が何でも天皇を自分達の傀儡にしてしまおうと、
まだ幼い悠仁様を天皇につけるために、
天皇になられた現皇太子殿下や、秋篠宮様を策略を使って位から追い出したとしたら、
その時には流石の日本人でも、政府の悪巧みに気付くのではないでしょうか
ですから、天皇制が戦争の要因になると言うのは、杞憂だと私は思います。

もし、不幸にして日本が又戦争を始めるとしたら、
それは天皇制だからではなく、
何か大きな力、例えばアメリカの戦争屋勢力の様な、
不可抗力とも言えそうな大きな力に、
国民の選んだ政府が、押し切られた所為だろうと思います。

国民の選んだ政府を押し切った不可抗力の大きな力が、
自分達の傀儡に新しい政府を作らせ、自分たちの言いなりにさせるというのが、
現在の日本の哀しい現実ですが・・・・・

ですから、加藤周一の考えを金科玉条にして、
日本の宝とも言える天皇を見捨てるようなことをしたら、
日本が危急存亡の時を迎えたとき、
天皇という求心力がない侭に、国が四分五裂の憂き目を見る事になるかも知れません。

という考えの下、私は天皇制を支持している次第です。

勿論天皇制には様々な危惧すべき点があるのも事実かも知れません。
国民が支配者勢力に従順すぎる為に、
他から操られ易くなっている為、なかなか自立出来ないとか・・・・・

でも天皇制を廃止したからと言って、国民が一気に自立的な人間に変わる理由はなく、
反って、長年恩を受けた天皇を見捨てたという罪悪感に苛まれて、
国民の罪悪感が自らを、一層不幸にする恐れもあるかと思われますし・・・・・


話題のウーマンラッシュアワーに拍手 

勇気のある人は何所にでも有るのだな~と感心。

今ネットで話題になっているウーマンラッシュアワー
全文書き起こしの記事がありましたので読んで見ました。
http://boke-pedia.com/the-manzai-2017-womanrushhour/

芸人としてこれだけの事を言うのは、
相当の覚悟がないと出来ない事でしょう。
その上彼らは漫才としてここまで見事に纏め上げています。
彼等の勇気と才能に感服です。

北朝鮮の真正面にある福井の原発銀座の件から始まって、
都民ファーストならぬ自分ファーストの小池知事と揶揄。
基地問題で苦しむ沖縄をそのままに、
アメリカへは思いやり予算9465億円 
「沖縄へも思いやりを持て~」と来る。

更に地震の被災地そっちのけでオリンピック・スタジアム建設している政府を批判して、
被災地では1年半たった熊本4万7千人だけでなく、
6年半を過ぎた東北地方でも未だに8万2千人の人が仮設住宅暮らし・・・・・
新国立競技場に1500億円・・・・・
「被災地に家建てろ~」

その他批判は多岐に渡り、日本の抱える深刻な問題を列挙していますが、
笑いを取る漫才として、一気に纏めた能力にも感服です。

複写しようと試みたのですが、私のPCでは無理のようですので、
興味のある方は上記サイトを覘いて見てください。
ツイッター数本の後に、書き起こし記事が載っていますので、
諦めないで下の方まで見てください。

彼等の言った問題点は日本の抱える問題として、
周知のことでしょうが、
これらを列挙した漫才を演じた勇気と能力に対し、
私も拍手を送りたいと思いました。

加計学園問題に更なる闇/大学の学部だけ切り売りをできるという法案を二〇一九年度に出そうとしている 

加計学園問題に関する山本太郎参議院議員が面白い国会質問をしておられます。(続きを読むに全文複写)
森友学園の籠池夫妻の長期拘留も不当極まりないものだと思いますが、
加計学園の獣医学部認可も、もしこの認可を通したままにして置いたら、
更なるいかがわしい限りの事が、起きかねない状況にある様ですね。

国家戦略特区として世界に冠たる獣医学部、これをつくるんだと、前に進めた加計学園に開設を許した獣医学部でしたが、
加計学園の獣医学部の何所にも「世界に冠たる」と言える様な特徴は存在していないようです。
山本太郎議員の質問で、
加計学園の獣医学部の加計幸太郎氏が発表している話でも、
実際の獣医学部学舎の建設予定でも、
世界に冠たると言う処か、普通の獣医学部並か、
むしろ劣る位の方針しか立てていないことが暴かれています。

加計学園は学舎建設に実際にかかる費用よりも、
かなり水増しした見積書を提示していますが、
政府は2019年に大学の学部だけ切り売りをできるという法案を出そうとしているのだそうです。
補助金詐欺が疑われる加計学園は、獣医学部がうまく行かなくなった時には、
獣医学部だけの売り逃げが可能になるような法律まで創られ様としているらしいです。

殆ど公金で賄われた学部を切り売りして、
その代金を丸々懐に入れることを可能にする法律まで用意しようとしている安倍総理の、
友情を只褒めておいて良いものでしょうか?
その友情の代金は、総て国民と愛媛県民今治市民の血税によって、
贖われようとしているものですのに・・・・・
(補助金は愛媛県三十二億円、これを除いた額が今治が出す六十四億円の予定だそうですが、
これらの返済時に国が70%を肩代わりする事になっているので、補助金総額96億円の70%は全国民の血税という事になる予定のようです。)

自民党も野党もマスコミ・財界も、みんな みんな この不正を只手を拱いて見逃すのでしょうか?

続きを読む

アメリカの軍産複合体を支える  既得権益層の悲しい現実 

マスコミに載らない海外記事「シリア - ISISは敗北した - 次はアメリカだ」によると、
アメリカはシリア政府から、シリア国内に駐留している軍の撤退を迫られているそうです。
ロシア国防省のコナシェンコフ報道官は“シリアは主権国家で、国連加盟国であり、つまりアメリカ‘自身の’空域などあり得ない。ロシア空軍とは違って、アメリカが率いる連合は、シリア国内で、いかなる法的根拠もなしに活動している。”とも述べた。そうで、アメリカはシリアでの敗北を認めるか、それとも強硬手段に出るかの選択を迫られているそうです。
ポール・クレーグ・ロバーツ氏は
ネオコンの人数はごく僅かだ。アメリカ国民は一体なぜ連中を容認しているのだろう?と言っておられるけれど、
アメリカ国民の中にも軍事予算に頼る者達が、大勢作り続けられて来たという事情もある様です。

芳ちゃんのブログ「米国の軍産複合体依存症 」にその事情を書いた記事を載せておられますが、
この記事には、
世論調査によると、米市民は遥かに遠い場所で行われている戦争に飽きあきしている。しかしながら、多くの市民は依然としてトランプ大統領が国防省やその下請け企業に対して予算をたっぷりと割り当ててくれたことに声援を送っているのである。JP Sottleはこれはアイゼンハワー元大統領が懸念を示した矛盾そのままであると書いている。 という書き出しで、
アメリカの多くの市民が軍事予算の増大を歓迎している事情が詳述されています。
 
   (一部引用)
米国防省の契約発表に関するウェブサイトを覗いて、「700万ドル以上の契約」を一目見て欲しい。この情報は毎日午後の5時に公表される。最近これらの発注を調べてみたが、レイセオンやロッキード・マーチン、ジェネラル・ダイナミックスといった常連が目に付いた。軍産複合体は確固たる代表権を確保しているのである。しかしながら、依然として何百万ドルもの契約が一般市民が聞いたこともないような企業に発注されてもいる。その一例として、10月末のある日の発注データを下記に示してみよう:


·     フロリダ州オルランドのLongbow LLCはレーダー用電子ユニットを183,474,414ドルにて受注した。その生産はフロリダ州のオルランドで行われる。
·     アラバマ州ハンツビルのGradkell Systems Inc.はシステムの運用ならびに保守点検の作業を75,000,000ドルにて受注した。この作業はバージニア州のベルボアで行われる。
·     テキサス州サンアントニオのDawson Federal Inc.、ミシガン州リボニアのA&H-Ambica JV LLC、および、ミズーリ州キャンサスシティーのFrontier Services Inc.ノースダコタ州およびミネソタ州の入口に位置する物流施設の修復と改造を45,000,000ドルにて受注した。
·     ネバダ州ラスヴェガスのTRAX International Corp.はテスト支援サービスの契約変更を9,203,652ドルにて受注した。この支援サービスはアリゾナ州のユマ、および、アラスカ州のフォートグリーリーで実施される。
·     ニュージャージー州パターソンのRailroad Construction Co.は基幹的操作の支援サービスの変更を9,344,963ドルにて受注した。この作業はニュージャージー州のコルツネックで実施される。
·     イリノイ州ベルビルのBelleville Shoe Co.は酷暑用戦闘ブーツを63,973,889ドルにて受注した。生産はイリノイ州で行われる。
·     アラバマ州セルマのAmerican Apparel Inc.は戦闘用ユニフォームを48,411,186にて受注した。この生産はアラバマ州で行われる。
·     バージニア州アレクサンドリアのNational Industries for the Blind(全米視覚障碍者産業)は進化型戦闘ヘルメットの契約変更を12,884,595ドルにて受注した。生産はバージニア州、ペンシルバニア州およびノースカロライナ州で行われる。


気前の良さを共有: 

明らかに、国防省はどでかい組織であって、50州にまたがる地域企業に契約を配分することについては十分に巧妙な作業を行っている。まさに、それはサイズの成せる技であり、米国人の生活に及ぼす軍部の「浸透ぶり」は不吉なものを予感させる程である。しかし、それはまた戦略でもあるのだ。それが戦術であることはレイセオン社が最近受注した事例においても容易に見受けられる 
    (以下略)
という訳で、
各州の産業がアメリカの莫大な軍事予算のお零れを期待するシステムが(東西冷戦中に)創られていた事が、アメリカの莫大な軍事予算維持を求める態勢を作っているという反面もある様です。

その為下院議員たちは、自分の選挙区民が国防予算をたっぷりと確保し、誰にも干渉されない既得権を守ることによって、国防産業に関しては二番目のロビイストとして行動するという事になっているそうです。

一度既得権益を得てしまうと、それが国のためにも国民の為にも、
曳いては自分たちのためにもならないという事が分かっていても、
どうしても、軍事予算にしがみ付きたい企業や企業人が、
政治に関与してしまうようになるのでしょうね。

日本でもあれ程の原発事故が起きた後でさえ、
原発利権を捨てられない人々が、政治に関与し続けて、
原発被害者が放射能避難も出来ず、
更に酷い目にあわされ続けていますが・・・・・


「安倍過ぎる」 女子高生に政治家の名を冠した流行語 

今夜のNHKニュースで安倍政権の支持率が発表されていましたが、
支持する46%
支持しない35%と言っていましたので、本当だろうかと信じられない思いがしましたが、
JNNでは52.7%と、もっと高い支持率を出しているそうですね。
尤も不支持率も高く、45.7%だそうですが・・・・・
マスコミの支持率調査は何処まで信用できるのでしょうか?

この安倍総理をもじる流行語が、今女子高生の間で流行っているそうですね。
曰く「安部過ぎる」だそうです。

その意味が揮っています。
女子高生もよく見ているのですね。

「馬鹿過ぎる」
「人の話を聞なかい」
「聞かれた事に答えない」
「聞かれてもごまかす」

だそうです。(こちら

こんな事を言われている政治家が、
46%とか、52%もの支持率を得ることができるものでしょうか?

慶祝 皇太子妃雅子様54歳のお誕生日 

<雅子さま>54歳誕生日「身引きしまる思い」

12月9日(土)5時0分 毎日新聞

54歳の誕生日を迎えられる皇太子妃雅子さま=東京都港区の東宮御所で2017年12月5日、宮内庁提供

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 皇太子雅子さまは9日、54歳の誕生日を迎えられ、宮内庁を通じて文書で感想を発表した。天皇陛下の退位日決定に伴い、2019年5月1日にご自身が皇后になることも決まり、「身の引きしまる思いが致します」と覚悟をにじませた。天皇、皇后両陛下に「これまでの歩みに、心からの敬意と感謝を申し上げたい」との思いをつづるとともに、「両陛下のお導きをいただきながら、皇太子殿下をお支えしつつ務めを果たしていくことができますよう、努力を重ねてまいりたい」と記した。


 療養生活が続く雅子さまは今年、宿泊を伴う訪問先での式典出席など、皇太子さまの公務に同行する機会が増えた。11月は香川県で14年ぶりに全国育樹祭に出席したほか、東日本大震災の復興状況を視察するため、宮城県名取市などを訪れて被災者と交流した。


 文書では、ご自身の活動を見守られてきた両陛下に感謝の思いを述べるとともに「両陛下のなさりようを学ばせていただく機会を得られました幸せを身にしみて感じます」とつづった。【山田奈緒】

皇太子妃雅子様がお元気で54歳のお誕生日を迎えられました。
長く続いたご病気も随分と快方に向かっておられるようです。
再来年のご譲位後雅子妃殿下が、無事皇后陛下となられるよう、
さしものご病状も軽快の一途を辿っているようで喜ばしい限りです。
やはり雅子様は天の意思に適うお方だった、との思いを強くしている所です。

天皇陛下ご譲位・皇太子殿下ご即位までに、1年5ヶ月の期間があるそうですから、
雅子さまはきっと、ご全快なさることでしょうね。
只、皇太子様がその日までに交通事故などに会われないようにと願って止みません。
担当者の方々はくれぐれも、
両殿下のご旅行が安全に推移するよう、くれぐれもご注意頂きたく存じます。

素晴らしい皇后陛下になられるに違いない雅子様の、
お誕生日を心よりお慶び申し上げます。

続きを読むに
皇太子妃殿下お誕生に際してのご感想を複写して置きます。

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デモ参加者達を撃った、ユーロ・マイダンの狙撃者達の告白 

芳ちゃんのブログ「ウクライナについて隠蔽されていた本当の話 - キエフ・ユーロマイダンの狙撃者らがデモ参加者を撃った。イタリアのドキュメンタリー番組が驚くべき証拠を提示 」で、
2014年2月にキエフ・ユーロ マイダン革命が起きたが、
イタリアの大手民放テレビ局(Canale 5:イタリアでは最大の視聴者を擁している)が
最近このマイダン革命の真相に関してドキュメンタリー番組を報道した番組の
内容を伝える「ウクライナについて隠蔽されていた本当の話 - キエフ・ユーロマイダンの狙撃者らがデモ参加者を撃った。イタリアのドキュメンタリー番組が驚くべき証拠を提示」と題された記事を翻訳しておられる。

驚くべきドキュメンタリー番組だったのに、
そしてこれはドイツの公共テレビ放送を除けば、
西側の大手メディアが本件を取り上げたのはこれが初めてなのに、
これは悪質なメディアによる偽情報であるとして(他の)大手メディアに、
レッテルを貼られているそうである。

西側メディアの記見識が高いからなのか?
それとも西側メディアが完全に御用メディアに成り切っているからなのか?

問題のドキュメンタリー番組を解説した記事を、ここに複写させて頂く。

このドキュメンタリー番組は大手メディア、つまり、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相によって1987年に設立されたイタリア企業の「グルッポメディアセットSA」が所有する民放局「カナーレ5」によって報じられたものである。


カナーレ5はイタリアでもっとも多くの市民が視聴するテレビ局だ。 

どうしてこの企業メディアは他の大手メディアが今やニュース報道の対象にもしない20142月にキエフで起こったユーロマイダン・クーデターについて報じたのであろうか? 

これは大手メディアの一角から報じられたものであるにもかかわらず、これは悪質なメディアによる偽情報であるとして(他の)大手メディアによってレッテルを貼られている。 

Global Researchを含めて)独立メディアはイタリア以外の地域でこの情報を確実に配布する積りである。しかしながら、西側の企業メディアは2014年のキエフにおけるクーデターの根本的な政治的理由や加害者ならびにその結末については沈黙を守ったままである。  

(グローバル・リサーチ誌を主宰する)ミシェル・チョスドフスキー(の解説)、20171124


*** [訳注: ここからが原典そのものの引用となります]

イタリアのジャーナリスト、ジャン・ミカレッシンがジョージア国籍の3人の狙撃者と行ったインタビューの内容は息を呑むようなドキュメンタリーとして、20171116日、ミラノに本拠を置くカナーレ5(マトリックス番組)によって放映されたが、その報道内容は依然として国際的な大手メディアによる配信とはならなかった。

一般的には「尊厳の革命として知られている2014年のキエフにおけるクーデターの本当の加害者や組織作りを行った人物に関して驚くべき証拠が挙げられているが、それらの証拠を考慮すると、この現状は驚くべきものではない。

このドキュメンタリーの主役はアレクサンダー・レヴァジシビリ、コバ・ネルガゼ、ザロジ・クロウドスケリーアという3人のジョージア人の軍人であって[訳注: ジョージア語の発音はまったく分からないので、上記の人名の綴りには間違いがあり、訂正が必要です]、彼らはキエフでミカエル・サーカシビリの下で国防大臣を務めたバチョ・アカライアの側近であるマムカ・マムラシビリの指揮下にある特別任務に就いた。彼らは2014115日に偽の旅行用書類を携えてキエフに到着し、マイダンへと赴いた。それぞれが1,000ドルをすでに受け取っており、「任務終了」の時点でさらに5,000ドルを受け取る約束であった。彼らはマイダン広場を良く見渡せるホテル・ウクライナおよび音楽学校のビルの内部に狙撃を行う拠点を準備するという任務を与えられていたキエフのマイダン広場と周辺の建物を示す地図

彼らが後に開示した事実は衝撃的なものであった。他の狙撃者ら(何人かはリトアニア人であった)と一緒に、彼らは米国の軍事工作員であるブライアン・クリストファー・ボイエンジャー(彼のフェースブック・ページはこちら)の指揮下に置かれた。この調整グループにはマムラシビリや悪名高いセルゲイ・パシンスキーも含まれている。後者は彼の車のトランク内に狙撃用ライフルを所持していたことから、2017218[訳注: これは2017年ではなく、明らかに2014年の筈] に反政府派によって拘束されたが、後にマイダン革命直後の暫定ウクライナ大統領府を率いることになった。武器は218日に登場し、ジョージア人やリトアニア人のいくつかのグループに配布された。「個々の袋の中には3個か4個の武器が入っていた。マカロフ拳銃、カラシニコフ自動小銃、ライフル、ならびに、大量の銃弾があった」とネルガゼが証言した。

その翌日、マムラシビリとパシンスキーは広場に向かって射撃を行い、混乱を引き起こすようにと狙撃者たちに説明した。『マムラシビリが到着した時、俺は彼に尋ねてみた。「状況は複雑な様相を呈しつつあり、俺たちは射撃を開始しなければならないんだが。」大統領選挙に出かけることなんて不可能だと言って、彼は返事をした。「でも、誰に向かって撃つんだい?」と俺は聞いてみた。「誰をとか、何処に向かって撃つとかは重要じゃない。混乱を引き起こすために何かに向かって撃つんだ」と彼は言った。』 


[注(2017123日): 読者の方から訳抜けがあったとのご指摘をいただきました。ここに謹んでお詫びをし、抜けていたふたつの段落を下記に挿入します。]

「俺は悲鳴を聞いた」と、レヴァジシビリは当時のことを想い起こす。「地上では何人もが死亡し、負傷をしていた。俺が最初に思ったことは連中が俺を捕まえる前に急いでここから抜け出さなければということだった。そうしなければ、俺は連中に八つ裂きにされるかも。」
 
4年後、レヴァジシビリと二人の仲間は約束のあった5,000ドルは支払っては貰えなかったと言い、自分たちを「使い捨てにした」連中のことについて本当のことを喋ることにした。

英語の字幕付きのドキュメンタリーの全編が下記に示すように入手可能(2部構成): 

[2日後、マケドニアのニュース配信会社であるインフォマックスがコバ・ネルガゼとザロジ・クロウドスケリーアとの52分間にもわたる夜のトーク番組(マケド二ア語)を物にしたが、その中で彼らは自分たちの背景やキエフでの任務に関してさらに詳細な情報を提供した。]

これらの3人の男たちは軍の将校であったが、自分たちがやったことを後悔していると述べている。彼らは単に「命令を忠実に実行した」だけであり、「市民を殺害しなければならない」ことなんて知らなかったのである。控え目に言って、プロの暗殺集団にとってはこれは単純な企てであった。ところで、これらの懺悔の内容や驚くべき新事実はキエフの現政権が有する激しい苦悩とも完全に符合するのである。

ごく最初から、事実について喋ろうとするこれらのジョージア人はこの作戦は元ジョージア大統領のミカイル・サーカシビリによって開始されたものであると明確に主張した。マムラシビリのチーフ役であるバチョ・アカライアは、刑務所における不正行為に関するスキャンダル201210月、「人権ウオッチ」団体がグルダニ刑務所を「アブ・グレイブのジョージア版」と称して特別報告書を世に贈り出したを受けて、同月の議会選挙で敗北したジョージアの指導者とは非常に近しい間柄にあり、信頼されていた人物でもあった。例のジョージア人狙撃者の3人組がキエフでの汚い仕事のために雇われた頃、アカライアは法務省の刑務所部門の長官を務めていた際に職権の乱用、不法拘留、受刑者の拷問、等の容疑で刑事裁判の最中であった(201410月、彼はトビリシ市裁判所で罪を認め、7年半の刑期を言い渡された)。1ヶ月前の201311月、ミカイル・サーカシビリはジョージアで複数の刑事責任を問われていたことから故国を離れ、米国へ渡り、公にタフツ大学に身を置いた。 彼とその取り巻きは自国で手酷い敗北を喫しており、ジョージアにおける使命を履行することに失敗したことについて穴埋めをする意味でそうするように彼らの主から強制されることがなかったならば、隣国で危険極まりない冒険的なプロジェクトを開始するなんてとても考え付かなかったのではないか。

とにかく、ウクライナ危機の当初、ソロスからの融資を受けてジョージアに展開する巨大ネットワーク(バチョ・アカライアは悪名高いメングレル犯罪集団の優秀な申し子であって、2000年代の彼の友人付き合い以降はジョージア・リバティー・インスティチュートでソロスの資金で暮らしていた)はキエフにおける特殊任務を遂行し始めた。

4年後、このインスティチュートは劇的に変化した。ポロシェンコとサーカシビリとの間の関係をはっきりと見せ付ける民主同盟は完全に崩れ去った。 サーカシビリは安定した政治的関係を維持することができない変質者であることを再度証明したのである(20179月以降、ウクライナは彼らからの要求を満たすべくサーカシビリをジョージアへ送還することを考慮している)。ところで、111日、バチョ・アカライアやサーカシビリの近しい側近の一人であり、ジョージア国防省にて憲兵長官を務めたことがあるメジス・カルダヴァはジョージアで同様の刑事訴訟に面していたが、偽パスポートの所有を理由にウクライナの国境で拘束された。ウクライナの治安警察は彼を40日以内にトビリシへ送還するとすでに公表している。 サーカシビリの個人的な護衛役を務める何人かはウクライナで逮捕され、10月の始めに自国へ返された。

これらのすべての要素が、自分たちが捕まり、自分たちが身代わりとなって罰せられる前に、これらのジョージア人の狙撃者3人組が、自衛策として、ユーロマイダンに関して「真実を暴露する自主的な内部告発者」としてイタリアのテレビに出演するという決断に繋がったものだと言えよう。

彼らはキエフの現政権の象徴的な人物の名前を用心深く挙げた。たとえば、アンドリー・パルビー(ウクライナ議会の現議長)、セルゲイ・パシンスキー(親政府派である人民戦線党の代表者)、ならびに、ウラジミール・パラシュク(もうひとりの著名な議員)を2014220日のマイダン広場における虐殺に関して組織作りをし、調整を行った者として名前を挙げたのである。

彼らの主張は他の証拠によっても確認されている。その種の事柄について当面もっとも包括的に情報収集を行っているのはオタワ大学のイヴァン・カチャノフスキー教授である(彼は先週イタリアのドキュメンタリーについても論評を加えた)。

懺悔をした狙撃者らに対してわれわれが如何なる感情を持ったとしても、彼らが公表した内容は市民を故意に殺害した責任から彼らを解放するものとはならない。彼らは宣戦布告された戦争で戦場に赴いている兵士とまったく同じ状況に居たというわけではない。彼らは自分たちの司令官からの命令を受けたわけではない。汚い仕事をするために彼らは金で雇われたのであって、彼らは自分たちがこれから行うことは汚い仕事であることを承知していた。それとは正反対のことを証明しようとしてべらべら喋ることは馬鹿げている。アレクサンダー・レヴァジシビリ、コバ・ネルガゼ、ザロジ・クロウドスケリーアの3人組は、彼らを雇い入れ、彼らに命令を下した連中、つまり、マムカ・マムラシビリ(現在、ドンバスにてジョージア人部隊の司令官を務めている)、ブライアン・ボイエンジャー(彼は20152016年にドンバスにてウクライナ側の一員として戦闘に加わった)、ならびに、ジョージア、リトアニア、ウクライナ人の他の狙撃者らと同様に、ユーロマイダン革命の最中に命を落とした市民の母国で裁判に直面しなければならない。そして、その次にはこの虐殺行為の中心的な受益者であるウクライナの政治家の番がやって来る。彼らの名前(アンドリー・パルビー、セルゲイ・パシンスキー、および、ウラジミール・パラシュク)は一般大衆には依然として知られてはいない。

「天国の
100人」、2014年にマイダン広場で殺害された人たち (註  写真は芳ちゃんのブログ記事には載っているのですが・・・・)

依然として実際よりは過小に報告されたままである本件はポロシェンコ政権の正当性を全面的に否定してしまう。長い間苦境に喘いでいる国家の現政権の指導者らが「尊厳の革命」の犠牲者の墓地で見せた偽りの涙は、今後、機会が訪れる度に、自分たちの支持者を大量に殺害した行為において後者が果たした役割を強調し、それに光を当てるだけとなろう。外国人の狙撃者のひとりひとりに取るに足りない1,000ドルを支払い、彼らは権力の座に登り、ウクライナ市民の夢と信頼を悪用したのである。それが国家的な大失態を導いた首謀者らに対してウクライナの「尊厳」が値付けした実際の価格であった。

本記事で用いられている画像はすべてがOriental Reviewの所有である。

この記事の原典はOriental Review
著作権 © Oriental Review, 2017

東電福島第一原発事故被害者でお坊さんの逸話 

昨日(土)午後1時過ぎNHK Eテレが、福島県の原発被災地のことを扱っていたので何となく見ましたら、
お坊さんが主に取材されている番組でした。
後で新聞の番組表を見たら「心の時代 三人の僧侶が語る心の今(再)」という番組でしたが・・・・・
(詳しく記録された記事http://o.x0.com/m/632658

原発事故に会った方たちには、こんな悩みもあるのかとはじめて気づかせられたのだけれど、
除染ゴミの中間保管施設が墓地に建設されることになったので、
お墓を移そうとしてもお骨が高線量のときには、
お骨を移動させる(新しいお墓に持って行く)ことが出来ない場合が多いのだそうです。

この件に付いてお坊さんが檀家さんのおらなれない時、
打ち明け話的に話しておられたのには、
「諦めるというか、区切りを付けても良いのでは・・・・・」でした。

常日頃お坊さんは、お葬式とか法事とか、死者の慰霊を重んじてきておられる手前、
お坊さんとしてはその様な話はしにくいのかもしれませんが、
お釈迦様も親鸞聖人も死を前に、弔いは要らぬと言っておられたそうで、
遺体(遺骨)は謂わば蝉の抜け殻のようなもので、
用済みのものと思っておられたそうです。(こちら

もう一人のお坊さんはまだ41歳の若いお坊さんで(杉岡誠順さん41歳)
生命力が漲り、元気溢れる感じの人でした。

そのお坊さんは母方のお祖父さんが飯館村のお坊さんで、
小さい頃からお祖父さんの話を聞いていて、
僧侶になろうと思い16才でで得度されたそうです。

お祖父さんは「住職を継ぐまでは自分のしたい勉強をしていたらよい」という考えの方だったので、
そのお坊さんは東工大で原子核物理を学びアメリカの大学に留学して、素粒子の研究をしておられたのでした。
アメリカで研究をして何年か経った時、
「僧侶が素粒子の研究をしてなんになるのだろう?」
という気がしてきたので帰国されたのが震災の11年前で、
他界されたお祖父さんの後をついで住職になると同時に、
飯館村の職員になり、
農業の指導を行っておられたのだそうです。

そんな人があの原発事故に会われ、
それまで僧侶である自分には無駄な学問と思っていたのが、
今、実地に役に立つようになって不思議な感じがしていると言っておられました。
放射能のことに詳しいので、
村の農政係長として農業の再生に取り組み
放射能の影響を受けにくい農業(土づくり)指導しておられるそうです。
(作物が作れる土作りをすると放射性セシウムは植物には入らないという事が分かっているので、その土作りを村として手伝っている。)

お寺の建物は長年の強制避難で放置されていた為建物はシロアリにやられており、
須弥壇が少し落ちてしまってお内陣の床が抜け、
木食い虫のような虫が落ちてきてしまうぐらい虫が入って大変な状況にあるそうです。
除染後の帰還者も少ない(0.8%)ので、
お寺の再建等思いもよらない状況下にあり、
このお坊さんが原発事故で大変な目に会われ、
今もご苦労の真っ最中だと思えるのだけれど、
このお坊さんは、
ご自分が研究してこられたことが、今役に立っていることに、
或る意味の生きがいを感じておられるようで、

「悪いことばかりではありません」と言っておられたのが印象的でした。

仏教者だったらこの世が仮の世で、生死一如であるという立場でしょうから、
将来如何なるかなどと思い煩うよりも、
自分の出来る事で、人のためになることがあるなら、
それを生きがいに生きて行けば良い、と思っておられるのかもしれないと思いました。

お若いけれどこの方は本当に悟りの域に入っておられるのかもしれませんね。
もしかしたらあの原発事故も、あの方にとっては無意識の内の想定内で、
素粒子の研究に向かっておられたのかも知れないとさえ思えてくるくらいでした。

然しながらあんな環境の中で生きていかねばならない人たちを、
更に作り出す原発を動かし続けて良い筈がありません。
起きてしまった事に如何対処するべきかと、
そういう事もあるのだから、
原発を動かしても良いという考え方とは全然違うと思います。

前者(あのお坊さん)は、少しでも人の役に立ちたいという、人に対する愛の人であるのに対し、
後者(原発再稼動派)は、徹底的利益優先の人で他者の苦労に対する同情が皆無の利己主義であるからです。
神仏がこの世を創られたのは、
互いに愛し合い助け合う喜びを、総ての生き物に味合わせるためだったという立場に立つなら、
この世の中の不幸なことにも不条理なことにも、
ある意味意義があって「この世の中は悪いことばかりではない」と言っても良いのでしょうけれど、
この言葉は、
この世で栄耀栄華を味合うためだったら、
他人をどんな不幸な酷い目に合わせても平気という人には、
言う資格のない言葉だと言えるのではないでしょうか?

飯館村の若いお坊さんに感心させられ、つい駄文を綴ってしまいました。

内廷唯一の天孫・敬宮様のお誕生日と、天皇陛下ご譲位の日の決まる日 

愛子さま16歳に 海外王族ともご交流、英語で会話も

16歳の誕生日を前に写真撮影に臨まれる敬宮愛子さま=11月23日、東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供)16歳の誕生日を前に写真撮影に臨まれる敬宮愛子さま=11月23日、東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供)

 皇太子ご夫妻の長女、敬宮(としのみや)愛子さまは1日、16歳の誕生日を迎えられた。4月には学習院女子高等科にご進学。昨年は体重が減り、体調を崩した時期もあったが、現在は元気に登校されている。

 愛子さまは昨年に続き、ご夫妻とともに複数の公的な活動に臨まれた。5月3日に都内でウィーン少年合唱団のコンサートに臨席したほか、同月5日には、車椅子バスケットボール選手権大会を観戦された。

 東宮御所に招かれた海外王族と交流される機会もあった。

 4月にはスウェーデンのビクトリア皇太子と、10月にはデンマークのフレデリック皇太子夫妻、ブータン国王の妹、ソナム・デチェン・ワンチュクさんとご面会。学校生活について英語で会話されたという。

 高等科では、7月24~27日に林間学校で長野県を訪問し、八ケ岳の双子山を登られた。

 3月に卒業した中等科の記念文集では修学旅行で広島を訪問したことをテーマに「世界の平和を願って」と題した作文をご執筆に。終戦の日の8月15日には、ご夫妻と黙●(=示へんに寿の旧字体)(もくとう)をささげるなど、戦没者に心を寄せる天皇陛下のご姿勢を愛子さまも引き継がれている。


今日は敬宮様16歳のお誕生日です。
敬宮様は益々ご聡明に優しく美しく、ご成長なさっておられる様です。

敬宮様を皇太子にと、世の総てが求める真に平和指向の日本に戻る日が、
1日も早く来る事を願ってやみません。

 

ところで今日は天皇陛下ご退位についての皇室会議の日でもありました。

今朝NHKテレビで皇室会議のために、

宮内庁の会議室に集まられた方々を紹介していましたが、

皇室から出席されるのは常陸宮ご夫妻だけなのですね。

お若い頃の華子様の丸顔で可愛らしいお顔が印象に残っていましたので、
ニュース等でお見かけしても何方か気づかないままに来ていたのか、

蛍雪を経られ思慮深いそうな老婦人になられた華子さまを見て、
時の流れを感じました。

 

それにしても皇室会議のメンバーが常陸宮ご夫妻だけで、

後は安倍総理に菅官房長官、衆参両議院議長・最高裁判所長官・最高裁判事etcと、

安倍総理配下の政治家や官僚ばかり大勢集められている感じで、

これを皇室会議と言うのは、少々無理があるのではないかと感じました。

これでは常陸宮様ご夫妻はOKを出す以外、

何も言えそうな雰囲気ではないではありませんか・・・・・

如何して秋篠宮様ご夫妻他、皇族方をお呼びしなかったのでしょうね。

それは兎も角
天皇陛下譲位は平成31年4月30日 改元は5月1日と決まった様です。
天皇陛下は後1年半もご公務を担われる事になるのですね。
85歳になられるまでお仕事とは、少々お気の毒な気がしますが、
お元気で上皇・上皇后になられる日をお迎えになり、
お二方がそれぞれの趣味等で過ごされる日々を、
少しでも長くお楽しみ頂けたらと願ってやみません。