Dendrodium 2014年11月

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 2014年11月 

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属国直接支配?外国人を大臣に据えようとしているウクライナ政府 

マスコミに載らない海外記事「外国人がウクライナ政府職務につけるよう、法律改訂を狙うポロシェンコ大統領」には驚いた。
驚いたと言うより呆れたと言う方が当たっているかもしれない。
ウクライナ大統領は、外国人を政府の最高地位に任命するのを可能にする為、ウクライナの法律を変える計画を発表した。そうである。

ポロシェンコは、外国人を新設された反汚職庁のトップに任命することも示唆した。彼は“ウクライナの政治エリートとのつながりがない”ので、外国人には、特に強力な“強み”があるとまで述べた。と言う。
大臣の中でも反汚職庁のトップだそうだから、ウクライナ政権の独立性は決定的に犯されてしまうことだろう。
ウクライナを陰で操ろうとしている外国勢力にとって邪魔な閣僚は、
事実であれ捏造であれ、いつでも汚職容疑で排除できるのだから・・・・・

ウクライナ人はこんな政府を作りたくてデモをやったのではないと、幾ら悔やんでも悔やみきれない思いだろう。
その上、あのデモはEUに入りたいのに、EUよりもロシアとの関係を重視しようとする前大統領に反発して起こされたものであった。
そのデモをEUは全面的に応援しているかに見えていたから、
デモ参加者たちはヤヌコビッチ前大統領を追っ払いさえしたら、
直ぐにでもEUに入れるものと思っていた事だろう。
ところがEUはウクライナを、加盟国として歓迎する準備ができていないと述べているのだそうである。

"わが軍と、NATO軍との協力と適合性を深めており、NATO標準に向け再編成している。”
ウクライナで改革を実施すれば、ウクライナは、5年で、EU加盟申請できるようになるだろうと彼(ポロシェンコ・当ブログ註)は述べた。EU加盟は、今年早々の武力クーデターに至ったマイダン抗議行動に参加した人々の主な要求だった。
ポロシェンコの熱望にもかかわらず、EU当局は再三、ウクライナを加盟国として歓迎する準備ができていないと述べている。


ウクライナの人々にしたら詐欺に会った様なものだろう。
クーデター等起こさなかったら、EUともロシアともそこそこの関係を続けて行く事が出来、ロシアもガス代金を安くしてくれていた。
それが、デモの最後に誰かが暴力を振るって、ヤヌコビッチ前大統領を追い出してしまってからは、
どんどんと事態は悪化の一途を辿っている。
特に東南部ウクライナの人たちにとっては悪夢のような半年だった事だろうが、
キエフの人々にしてもこのクーデターによって、暮らし向きを厳しくされた人々が大部分なのではないだろうか?

その上、クーデターの目的であったEU加盟も、ウクライナが神妙に西側の言う事を聞いていたら、
「5年後にはEU加盟申請できるかもしれない。」と、
クーデターで地位を得た大統領に言われているのである。

ここでウクライナ国民が、約束が違うと言って再びデモを始めたらどうなるだろう?
東南部でクーデター政権がやっていた事を見たら大体想像がつくから、
怖くて誰も反政府デモを始める事など、考える事も出来ないのかも知れない。

外国人の”反汚職大臣”招聘によって、
ウクライナは西側の直接支配下に置かれる事になるのだろう。
しかし、ウクライナはEUには入れて貰えない。
EUの一員としての権利はなしで、
EUの支配下に置かれるだけという事なのだろう。
このEUを陰で操っているNATOの思惑に沿った国に創りかえられるために、
ウクライナ国民は昨年秋から寒さをこらえて、長い間デモを続けていたという事になる。

このウクライナの状況はアメリカの州のひとつにはされないけれど、
アメリカの支配下に置かれている日本と、ちょっと似ている様な気がする。
アメリカが被支配国を、自国に含めないのは、
属国民にアメリカ国民としての権利を与えない為であって、
決してその国の独立を侵さないためなどではない。

その上、属国を属国のままにして置く事によってアメリカは、
外国を併合するような野蛮なことはしないと言って、
世界にアメリカを公正な国であるかのように騙りアピールする事が出来る。

日本にはアメリカ人の大臣を入れなくても、日本人が充分宗主国の為に働いてくれる。
日本人の大臣でアメリカは、充分属国支配が出来るという事のようである。
12月14日の総選挙で、属国支配は更に強められるのだろうか?
それとも私達は、属国支配人・自公政権にNOを表明できるのだろうか?

(紫色字部分はマスコミに載らない海外記事よりの引用部分)

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安倍政権の国民の意思を無視する政治手法継続宣言? 

辺野古工法変更 仲井真氏が承認意向 退任直前に
2014年11月29日
 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けて沖縄防衛局が提出した工法変更申請で、仲井真弘多知事が12月9日までの任期中に承認する意向を示していることが28日までに分かった。琉球新報などの取材に対し「知事の責任がある。やはり知事としての判断を」などと述べたほか、与党関係者に承認する意向を伝えた。
 防衛局は県の3次質問に対し週明けにも回答する。県が早期に判断できるよう作業を急ぐ構えだが、16日の県知事選で落選した仲井真氏が残任期間中に承認することになれば、大きな議論を呼びそうだ。
 変更申請手続きで防衛局は27日、環境保全面で問題が多かった美謝川の水路切り替えの1件を取り下げた。県土木建築部が28日出した3次質問には12月1日にも回答する。その場合、県土建部の審査は12月5日ごろまでに終了するとみられ、9日までの仲井真氏の任期中に承認の可否を判断できる環境が整う。
 仲井真知事は26日、本紙などの取材に対し「知事である以上、事務処理は知事としての判断を(したい)」などと発言した。
 16日の知事選で敗れた直後は県幹部らとの会合で残任期間に関し「レームダック(死に体)だから」と述べ、承認の可否判断は辺野古移設反対を掲げて当選した翁長雄志氏に委ねる考えを示唆。ただ25、27日の両日に土建部から審査状況の報告を受けた際は「(事務処理は)自然体で進めるように」と述べ、移設反対の民意が示された知事選の結果とは切り離し、事務作業を進めるよう指示していた。
 ただ県幹部らは仲井真氏の残任期間中の判断に否定的で、衆院選を控えた自民など与党内からも「世論を刺激する」と慎重な判断を求める意見もあり、承認するかは流動的な要素も残る。
 沖縄防衛局は9月3日に辺野古埋め立て工事に関し、移設予定地に隣接するキャンプ・シュワブ内の辺野古崎への仮設道路の追加整備や、土砂運搬方法の変更などの4件の工法変更申請を県に提出。このうちシュワブ内から移設予定地に流れる美謝川の切り替え水路の変更について、暗渠(あんきょ)(地下水路)部分が当初計画の4倍の長さになり「生物への影響が大きい」(県環境部)と指摘され、美謝川の1件を27日に取り下げた。


先日の沖縄知事選挙で、辺野古埋め立てに反対の意志が表明され、
沖縄県民から県知事として不適格の烙印を押された直後の、残任期間中の仲井真沖縄県知事に、
政府は仲井真知事当選時の選挙公約を再度破らせ、
沖縄県民の辺野古埋め立て中止の意思を、踏み躙らせようとしている。

安倍政権の体質は、間違いなく民主主義に反するものの様である。
自分たち(陰の権力者)がやりたい事はどんな方法を採ってでも遣り通す、
民意を無視し、法の網を掻い潜ってでも何でも、兎に角遣り通す。
どんな滅茶苦茶な手法と使おうと、やって終えばこっちのものという感覚のようである。

それでいて、安倍総理の口癖は「私は選挙で選ばれた総理大臣である」なのだから、
安倍総理は選挙を何と思っているのだろう?

安倍総理にしたら総選挙とは、国民の意思を見極める為のもの等ではなく、
総理の椅子を手に入れる為に、必要な儀式に過ぎないのかも知れない。
選挙の時に嘘八百を並べ立てようとどうしようと、
選挙に勝さえすれば、自分には憲法を無視し、国民の意思を無視して、
自由自在に国政を決めるフリーハンドを、与えられたことになると思っているのではないだろうか。

「(自分の地位を保つ為だったら)日本なんかどうなろうと知った事ではない」というのが、
甘利大臣同様、安倍総理の身上なのかもしれない。
だから東電福島原発のメルトスルー事故に、
第一次安倍内閣の総理として、重大な過失(安全対策をさせる事を怠る)を犯した事(こちら)を少しも反省せず、
現在火山活動が活発な九州の、桜島火山に近い川内原発を、
地元民の心配を無視して再稼動させようとしている。

地元議会と県知事に圧力を掛けて、無理やり承認させておいて、
地元が承認したから原発の再稼動をさせると表明している。
次に原発事故が起きた時にも、
安倍総理はその責任に知らぬ顔が出来ると踏んでいるのだろう。

この国で権力を持った者は、どんな悪事をやっても慌てる事はない。
知らぬ顔をしていれば、嵐はいずれ去って、
何もなかったかのように、以前の勢力を取り戻す事が出来るのだ。
今後の原発再稼動で事故が起きようと起きまいと、気にする事など少しもない、
と安倍総理は思っているのかもしれない。

要するに、マスコミに悪口を書かれない様に、
日米合同委員会と財閥連合の要望(命令)に従ってさえいたら、
日本国総理として何時まででも可愛がって貰えるのだ。
だから総理の椅子を守る為には、どんな売国的な事だって引き受けねばならない。
命令者に従順にしていたら総理の椅子は守れるし、
自分の趣味(戦争ごっこ)でも何でも許してもらえるし、言うことないじゃないか、
と、安倍総理は思っているのかもしれない。

続きを読むに
2006年!安倍晋三首相の原発事故に対する国会答弁があまりに酷すぎる件
をコピーして置く。

続きを読む

資本主義末期の国民国家のかたち・内田樹講演録 

内田樹研究室の記事に、ご自身の講演録を載せておられた。
素晴らしい内容で、共感する所も多かったからか、
長い講演録なのにちっとも長いと感じさせられることなく、
一気に読み終わってしまっていた。
記念にこの記事をコピーさせて頂く。

資本主義末期の国民国家のかたち
ご紹介いただきました内田でございます。肩書、ごらんのとおり、凱風館館長という誰も知らないような任意団体の名前の長を名乗っておりますので、こんなきちんとした学術的な集まりに呼ばれると、いたたまれない気持ちになります。
私は、基本的に全ての問題に関して素人でございまして、ですから、おまえのしゃべることには厳密性がないとか、エビデンスがないとか言われても、それはそうだよとしか言いようがありません。ただ、素人には素人の強みがありまして、何を言っても学内的な、学会内部的なバッシングを受けることはない、いくら言ったって素人なんだからいいじゃないかで全部済ませられる。
大学の教師というのは誤答を恐れる傾向がありまして、大風呂敷を広げることについては強い抑制が働く。私はその点で抑制のない人間でございまして、ほんとうは私のような野放図な人間がもう少しいたほうが、世の中、風通しがよくなってよいと思うんです。
それに意外なことに、この素人の直感が侮れない。
思い出しても愉快なことがあるんですけれども、今からもう十年近く前でしょうか、私が『街場の中国論』という本を出した後に公安調査庁の人が尋ねてまいりました。「公安調査庁です」と言って名刺を出して、「あなたのファンなんです」と言うんです。公安調査庁がファンのわけがない。(笑)
いろいろと話をしていたら、「あなたの中国論なんですけれども、この中国の共産党内部の情報をあなたはどうやって手に入れられたのか」と訊いてきた。「毎日新聞からです」とお答えしたら、随分驚いていらした。「だって、新聞で書いている情報だけだって、断片をつなぎ合わせていくと大体何が起きているくらいは想像がつきますでしょ」と申し上げたら、なかなか片づかない顔でお帰りになりました。

先般も、ちょっと自慢話になりますが、中国共産党に中央紀律委員会というものがありまして、そこが党幹部に推薦図書を指示しました。党幹部が読むべき本を五十六冊挙げて、これを読んでおくようにと、夏休みの課題図書みたいに挙げたリストの中に私の『日本辺境論』も入っておりました。日本人が書いたものは僕の本だけだったそうです。中国人の友達から聞きました。「内田さん、あなたの本、出てたよ。紀律委員長は習近平だから、習近平も認めた本だよ!」と言われました。けっこう愉快な話だと思うんですけれど、日本のメディアはあまり報道してくれなかったですね。

ことほどさように素人の直感は侮れないということで、本日は資本主義末期の国民国家の行方について一席お話しさせて頂きます。
こんなことをしゃべる資格が君にあるのかというような大ぶりの演題ですけれども、錚々たるそうそうたる政治学者の先生がたの前でしゃべらせて頂きます。先生方はやはり学問的厳密性ということを重んじられる立場にありますから、軽々なことは言えないと思うんですけれども、私は素人ですから、そういう気づかいが要らない。今日は限られた時間ではありますけれども、勝手なことを言って帰っていきたいと思います。私に期待されているのも、そういうことだと思うんです。とりあえず風呂敷だけ広げておいてください、穴はいくらあいても構いませんというのが講演依頼の趣旨だと思います。

それに、今日、実は時差ぼけなんですよね。昨日の夜、ローマから帰ってきたところで、これから時差ぼけ絶好調になってくるところなので、舌がうまく回らないんです。私、ふだん、滑舌もっといいんですけれども、今日はいつもの七割ぐらいのテンションなので、中身も七割ぐらいのクオリティーになる可能性がありますので、その点もご容赦ください。

まず、今日のテーマですが、安倍政権、なぜこのような政権が存在していて、誰が支持しているのか。戦後日本の民主主義社会からなぜこのような政体が生み出され、それに対して政官財メディアがそれなりの支持を与えているのかという、非常にわかりにくい現状を解読してみたいと思います。

現政権のありようを制度の劣化、制度の崩壊というように、先ほど山口先生がおっしゃいましたけれども、崩壊したり劣化する側にも主観的には合理性があるわけです。正しいことをしている、いいことをしている、日本の国民のためにやっているんだと、本人たちはそういうつもりでいるわけです。初めから日本を劣化させてやろうというよう悪心をもってやっているわけじゃない。我々の側から見ると、日本の制度をぶちこわしにしているようにしか見えないんですけれども、先方には主観的な合理性がある。主観的には首尾一貫性がある。たぶん正しいことをしているつもりでいる。僕としては、自分の判断をいったんかっこに入れて、彼らの側の主観的な首尾一貫性が何かということを見てゆきたいと考えています。

特に海外から見た場合に非常にわかりにくいと思いますが、日本の国家戦略が戦後一貫して「対米従属を通じての対米自立」というものです。これが戦後日本の基本的な国家戦略です。
でも、この「対米従属を通じての対米自立」ということは日本人にはわかるけれど、他国からはその理路が見えにくい。

僕は、個人的に勝手にこれを「のれん分け戦略」と呼んでいます。
日本人の場合、のれん分けというのは、わりとわかりやすいキャリアパスです。丁稚で奉公に上がって、手代になって、番頭になって、大番頭になって、ある日、大旦那さんから呼ばれて、「おまえも長いことよく忠義を尽くしてくれたね。これからは一本立ちしてよろしい。うちののれんを分けてやるから、これからは自分の差配でやりなさい」と、肩をぽんとたたかれて、独立を認められて、自分の店の主になる。そういうようなキャリアパスというか、プロモーション・システムというのは日本社会には伝統的に存在していました。
 だから、日本人にとっては、「徹底的に忠義を尽くし、徹底的に従属することによって、ある日、天賦のごとく自立の道が開ける」という構図には少しも違和感がないと思うんです。戦後日本人が「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略に比較的簡単に飛びつけたのは、そして、そのことの「異常さ」にいまだに気がつかないでいることの一つの理由はこの「のれん分け戦略」というものが日本人の社会意識の中にかなり深く根を下ろしていたからではないかと思います。一種の伝統文化です。

対米従属を通じての対米自立というのは、敗戦直後の占領期日本においては、それなりに合理的な選択だったと思います。というよりそれ以外に選択肢がなかった。軍事的に決定的な敗北を喫して、GHQの指令に従うしかなかったわけですから。
この状態から、屈辱的な非占領状態から脱却するためには、とりあえずこの国にはもうアメリカに対して抵抗するような勢力は存在しない、レジスタンスもないし、パルチザンもないし、ソ連や中国の国際共産主義の運動と連動する勢力もないということを強く訴える必要があった。我々は、このあと軍事的な直接的占領体制から脱したとしても、決してアメリカに反発したり、アメリカに対抗する敵対勢力と同盟したりすることはありませんという誓約をなし、確証を与えないと、主権が回復できなかった。そういう切羽詰まった事情があったわけです。

その時期において、実際には面従腹背であったわけですけれども、対米従属という戦略を選んだことは、客観的にも主観的も合理的な選択だったと思います。それ以外の選択肢は事実上日本にはなかった。
ですから、吉田茂、岸信介、佐藤栄作あたりまで、一九七〇年代なかばまでの戦後政治家たちは、対米従属を通じてアメリカの信頼を獲得して、それによってアメリカに直接統治されている属国状態から、次第にフリーハンドを回復して、最終的に米軍基地がすべて撤去された後、憲法を改定して主権国家としての体面を回復する、そういうロードマップを描いていたのだと思います。アメリカから「のれん分け」してもらった後、外交についても、国防についても日本独自の戦略を展開してゆく。半世紀くらいかけてじわじわと独立を回復していく、そういう気長なスケジュールを組んでいたんだろうと思います。

そのスケジュールの選択というのは、当時の日本においては必至のものであったし、十分な合理性もあったと思います。そして、この戦略の合理性を確信させたのは、何よりも成功体験があったからです。対米従属したら、うまくいった。その成功体験があった。

一つは、一九五一年、サンフランシスコ講和条約です。戦後六年目にして、日本は形の上では独立を回復するわけですけれども、当時の国際社会の常識に照らしても、これほど敗戦国に対して寛容で融和的な講和条約というのは歴史上なかなか見い出しがたいと言われたほどに、寛大な講和条約が結ばれた。
これは、やはりそれまでの6年間の日本の対米従属の果実とみなすべきでしょう。ですから、日本の為政者たちは「対米従属戦略は正しかった」と確信することになった。対米従属によって主権の回復という大きな国益を獲得した。そういう成功体験として、サンフランシスコ講和条約は記憶されたのだろうと思います。
当分これでいこう、これだけ大きな譲歩をアメリカから得られたということは、これからさらに対米従属を続けていけばいくほど、日本の主権の回復は進んでゆくという楽観的な見通しをそのとき日本人たちは深く刻み込んだ。

あまりこういうことを言う人はいませんが、対米従属路線の二度目の成功体験は七二年の沖縄返還です。佐藤栄作首相はアメリカのベトナム戦争に対して全面的な後方支援体制をとりました。国際社会からはアメリカの帝国主義的な世界戦略に無批判に従属する日本の態度はきびしいまなざしに曝されました。僕自身も学生でしたから、なぜ佐藤栄作はこのような明らかに義のない戦争についてまで対米従属するのか、怒りを禁じ得なかったわけです。でも、イノセントな学生の目から見ると犯罪的な対米従属である佐藤栄作のふるまいも、長期的な国益という点で見ると、それなりの合理性があったわけです。義のない戦争に加担した代償として、日本は沖縄返還という外交的果実を獲得できたんですから。 

この二つの成功体験が日本人の「対米従属路線」への確信を決定づけたのだと僕は思います。少なくとも一九七二年、戦後二十七年までは「対米従属を通じての対米自立」という戦略は絵に描いた餅ではなくて、一定の現実性を持っていた。けれども、その現実性がしだいに希薄になってゆく。

人間は一度有効だった戦略に固着する傾向があります。
「待ちぼうけ」という童謡がありますね。元ネタは韓非子の「守株待兎」という逸話です。畑の隅の切り株にたまたま兎がぶつかって首の骨を折って死んだ。兎を持ち帰った農夫はそれに味をしめ、次の日からは耕作を止めて終日兎の来るのを待ち続けた。ついに兎は二度と切り株にぶつからず、畑は荒れ果てて、農夫は国中の笑いものになった。
「小成は大成を妨げる」と言いますけれども、日本はこの農夫に似ている。戦後の二つの成功体験によって、この成功体験、この戦略に居着いてしまった。国力をじっくり蓄え、文化を豊かにし、国際社会における信認を高めて、独立国、主権国家として国際社会に承認されるという迂遠な道を避け、ただ対米従属していさえすればよいという「待兎」戦略に切り替えた。

それまでの戦後政治家たちは、かなり複雑なマヌーバーを駆使して日米関係をコントロールしていたと思うんです。政治家ばかりでなく、官僚も学者や知識人も、日米関係というのは非常に複雑なゲームだということがわかっていた。それを巧みにコントロールして、できるだけ従属度を減らして、できるだけ主権的にふるまうというパワーゲームのためにそれなりの知恵を絞っていた。なにしろ、アメリカは日本にとって直近の戦争の敵国ですから、さまざまな点で国益が対立している。それを調整して、アメリカの国益増大を支援しつつ、日本の国益を増大させるというトリッキーなゲームですから、かなりの知的緊張が要求された。

ところが、僕の印象では、八〇年代から後、そういう緊張感が政治家たちに見えなくなくなってしまった。日米両国が、それぞれの国益をかけて、非常に厳しい水面下のバトルを展開しているという感じがなくなってしまった。ただ単純に対米従属してさえいればいいことがあるという思い込みに日本のエスタブリッシュメント全体が領されるようになった。対米従属をすると、「いいこと」があるという、シンプルな入力出力相関システム、いわゆる「ペニー=ガム・メカニズム」のようなものとして日米関係を構想する人たちがしだいに増えてきて、気がつけば多数派を形成するようになった。日米関係が一種の「ブラックボックス」になってしまって、「対米従属」という「ペニー銅貨」を放り込むと、「なにかいいこと」という「ガム」が出てくるという単純なメカニズム幻想が定着してしまった。そんなふうに日米関係が現実から遊離して、幻想の領域に浮き上がってしまったのが、だいたい80年代なかばから後ではないかと思います。

どうしてこんなことになったのかというと、結局は「時間の問題」だったと思います。
「対米従属を通じての対米自立」という発想そのものの合理性は、確かに論ずるまでもない。でも、時間がたってくると、その装置を管理運営する人間が入れ替わる。敗戦直後のとき、日本の外交戦略のフロントラインにいた人たちは、日米の国益の間には齟齬がある。両国の国益が一致するということは原理的にはありえないということを骨身にしみて知っていた。当たり前です、殺し合いをしてきたばかりなんですから。国益が相反するということがわかった上で、「面従腹背」のマヌーバーを展開していた。表面的にはアメリカに追随するが、本心では早くアメリカを厄介払いしたいと思っていた。
でも、面従腹背のポーズもそれが二世代三世代にわたって続くうちに変質してしまう。「面従」だけが残って、「腹背」が消えてしまう。対米従属がそのまま日本の国益増大であると頭から信じ込む人たちが増えてきた。増えてきたどころではなく、政界、財界、メディア、学会、どこでも、対米従属・日米同盟機軸以外の選択肢を考えたことがある人がいなくなってしまった。
以前、あるアメリカ政治の専門家に「日米同盟以外の安全保障の選択肢」について質問したことがありましたが、質問に驚いて絶句してしまいました。対米従属以外の政治的選択肢があるかどうかを吟味したことがなかったようでした。でも、例えば、イギリスの政治学者に「対米同盟以外の安全保障の選択肢」を訊いても、ドイツの政治学者に「EU以外の安全保障の選択肢」を訊いても、「考えたことがない」と答えることはありえないと思います。ふつうは「いまある仕組み以外の可能性」を、蓋然性がどれほど低くても、一応は考えておく。日本人だけが外交戦略において「日米同盟基軸」、つまり対米従属以外のいかなる選択肢についてもその可能性や合理性について考えない。これはあきらかに病的な症候です。

対米従属が国家戦略ではなく、ある種の病的固着となっていることがわかったのは、鳩山さんの普天間基地移転についての発言をめぐる騒ぎのときです。僕は、あのとき、報道を注視していて、ほんとうにびっくりした。あのときが、日本の大きな転換点ではなかったか思います。

鳩山首相は、普天間基地をできたら国外、せめて県外に移転したいと言ったわけです。国内における米軍基地の負担を軽減したい。できたら国外に移って欲しい、そう言った。外国の軍隊が恒常的に国内に駐留しているというのは、どの主権国家にとっても恥ずかしいことです。ふつうはそう感じます。外国の基地が常時駐留するのは誰が見ても軍事的従属国のポジションだからです。
フィリピンはアメリカの軍事的属国的なポジションの国でしたけれど、憲法を改正して外国軍の駐留を認めないことにしました。そのせいで米軍はクラーク、スーヴィックというアメリカ最大の海外基地からの撤収を余儀なくされました。韓国でも、激しい反基地運動を展開した結果、在韓米軍基地は大幅に縮小されました。ソウル市内にあった龍山基地も移転させられた。
でも、日本のメディアは、韓国やフィリピンにおける反基地運動をほとんど報道しませんでした。僕はまったく知らなかった。以前、海外特派員協会というところに呼ばれて講演したときに、司会をしていたイギリス人ジャーナリストから「韓国の反基地運動についてはどう思いますか」と質問されて、「その話を知りません」と答えたら、驚かれたことがあります。「安全保障や外交のことを話している人間が、隣国の基地問題を知らないのか?」と。でも、日本のメディアで、そんな話を聴いたことがなかった。
韓国では、長期にわたる反基地運動の結果、在韓米軍基地は縮小されています。日本では、相変わらず「半島有事に備えて」という理由で沖縄の軍事的重要性は変わらないというようなことを新聞の社説は書いている。でも、「半島有事の備え」がそれほど喫緊であるというのなら、朝鮮半島の米軍基地が縮小されている理由が説明できない。それほど北朝鮮の軍事リスクが高いなら、むしろ米軍を増強すべきでしょう。だから、そこを衝かれたくないので、日本では東アジアでの米軍基地縮小の事実そのものが報道されない。
さらにややこしいのは、韓国の場合は、そうやって米軍基地は縮小するけれども、戦時作戦統制権はまだアメリカに持っていてもらっているということです。つまり、米軍基地は邪魔だから出て行ってもらいたいけれど、北朝鮮と一戦構えるときには米軍に出動して欲しいので、戦時作戦統制権だけはアメリカに押しつけている。そうやってアメリカをステークホルダーに巻き込むという、かなりトリッキーな米韓関係を展開しています。
でも、これは主権国家としては当然のことなのです。米軍は平時はいると邪魔だが、非常時には必要になる。韓国側の自己都合でそういう勝手なことを言っている。主権国家というのは「そういうもの」です。自国の国益を優先して勝手なことを言うことのできる国のことです。韓国はその点で主権国家です。

フィリピンもそうです。一旦は米軍基地を邪魔だから出て行けと追い出しておきながら、南シナ海で中国との領土問題が起きてくると、やはり戻ってこいと言い始めた。言っていることは首尾一貫していないようですが、首尾一貫している。自国の国益を最優先している。

その中にあって、日本だけが違う。それぞれの国が自国の国益を追求していって、他国の国益との間ですり合わせをしていって、落としどころを探していく。これが本来の主権国家同士の外交交渉のはずですが、日本だけはアメリカ相手にそういうゲームをしていない。アジア諸国がアメリカと五分でシビアな折衝をしている中で、日本だけがアメリカに何も要求しないで、ただ唯々諾々とその指示に従っている。それどころか、近隣の国がアメリカ相手に堂々とパワーゲームを展開しているというニュース自体が、日本ではほとんど報道されない。

その鳩山さんの件ですけれども、鳩山さんは、国内に米軍基地、外国軍の基地があるということは望ましいことではないと言ったわけです。当たり前ですよね。主権国家としては、当然、そう発言すべきである。沖縄の場合は、日本国土の0.6%の面積に、国内の七五%の米軍基地が集中している。これは異常という他ない。この事態に対して、基地を縮小して欲しい、できたら国外に撤去していただきたいということを要求するのは主権国家としては当然のことなわけです。けれども、この発言に対しては集中的なバッシングがありました。特に外務省と防衛省は、首相の足を引っ張り、結果的に首相の退陣の流れをつくった。
アメリカから「鳩山というのはどうもアメリカにとって役に立たない人間だから、首相の座から落とすように」という指示があったと僕は思っていません。そんな内政干渉になるような指示をしなくても、鳩山が首相でいると、アメリカの国益が損なわれるリスクがあるから、引きずり下ろそうということを考える政治家や官僚がいくらも日本国内にいるからです。メディアも連日、「アメリカの信頼を失った鳩山は辞めるべきだ」という報道をしていました。なぜ、日本の首相が米軍基地の縮小や移転を求めたことが日本の国益を損なうことになるのか、僕には理由がわかりませんでした。
この事件は「アメリカの国益を最大化することが、すなわち日本の国益を最大化することなのである」という信憑を日本の指導層が深く内面化してしまった、彼らの知的頽廃の典型的な症状だったと思っております。
 
映画監督のオリバー・ストーンが、2013年に日本に来て、広島で講演をしたことがありました。これも日本のメディアは講演内容についてはほとんど報道しませんでした。オリバー・ストーンが講演で言ったのはこういうことです。
日本にはすばらしい文化がある、日本の映画もすばらしい、音楽も美術もすばらしいし、食文化もすばらしい。けれども、日本の政治には見るべきものが何もない。あなた方は実に多くのものを世界にもたらしたけれども、日本のこれまでの総理大臣の中で、世界がどうあるべきかについて何ごとかを語った人はいない。一人もいない。Don’t stand for anything 彼らは何一つ代表していない。いかなる大義も掲げたことがない。日本は政治的にはアメリカの属国(client state)であり、衛星国(satellite state)である、と。これは日本の本質をずばりと衝いた言葉だったと思います。アメリカのリベラル派の人たちのこれが正直な見解でしょう。

日本はたしかにさまざまな力を持っている。経済力も文化力もある。平和憲法を維持して、戦争にコミットせずに来た。けれども、国際社会に向けて発信するようなメッセージは何にも持っていない。アメリカに追随するという以外の独自の政治的方向性を持っていない。これは、アメリカ人のみならず、国際社会から見たときの日本に対する典型的な印象ではないかと思います。
そのとき、オリバー・ストーンは「そういえば、先般、オバマに逆らって首にされた総理大臣が一人いたが」と言っておりましたけれども、これはもちろんオリバー・ストーンの勘違いであります。別にオバマに逆らったから、オバマによって首にされたわけではなくて、彼を首にしたのは日本人だったからです。
首相が日本の国益を代表して、素直に国土を回復したい、主権を回復したいということをアメリカに伝えたら、寄ってたかって日本人がそれを潰したという事実そのものが日本の罹患した病の徴候だったと僕は思います。アプローチは拙劣だったかも知れないが、首相の主張は正しいという擁護の論陣を張ったメディアは僕の知る限りありませんでした。アメリカの信頼を裏切るような政治家に国政は託せないというのがほとんどすべてのメディアの論調でした。「ちょっと、それはおかしいんじゃないか」と言う人がほとんどいなかったことを僕は「おかしい」と思いました。
主権国家が配慮するのは、まず国土の保全、国民の安寧、通貨の安定、外交や国防についての最適政策の選択、そういったことだと思います。主権の第一条件である「国土の回復」を要求した従属国の首相が、国土を占領している宗主国によってではなくて、占領されている側の自国の官僚や政治家やジャーナリストによって攻撃を受ける。これは倒錯的という他ありません。

なぜこのような病的傾向が生じたのか。それは「対米従属を通じての対米自立」という敗戦直後に採用された経験則を、その有効性についてそのつど吟味することなく、機械的にいまだに適用し続けているせいだと思います。でも、考えてもみてください。1972年の沖縄返還から後は、もう42年経っている。その間、アメリカから日本が奪還したものは何一つないわけです。42年間、日本は対米従属を通じて何一つ主権を回復していないんです。対米従属は日本にこの42年間、何一つ見るべき果実をもたらしていないという現実を「対米従属論者」はどう評価しているのか。このままさらにもう50年、100年この「守株待兎」戦略を継続すべきだという判断の根拠は何なのか。これを続ければ、いつ沖縄の基地は撤去されるのか、横田基地は戻って来るのか。それを何も問わないままに、前例を踏襲するという前例主義によって対米従属が続いている。

アメリカから見ると、日本側のプレイヤーの質が変わったということは、もうある段階で見切られていると思うんです。それまで日本は、それなりにタフなネゴシエーターであった。対米従属のカードを切った場合には、それに対する見返りを要求してきた。しかし、ある段階から、対米従属が制度化し、対米従属的なマインドを持っている人間だけしか日本国内のヒエラルキーの中で出世できないような仕組みになった。それから、相手にするプレイヤーが変わったということに、アメリカはもう気づいていると思います。
かつてのプレイヤーは対米従属を通じて、日本の国益を引き出そうとしていたわけですけれど、いまのプレイヤーたちは違う。アメリカの国益と日本の国益という本来相反するはずのものを「すり合わせる」ことではなく、アメリカの国益を増大させると「わが身によいことが起こる」というふうに考える人たちが政策決定の要路に立っている。
現に、これまで対米従属路線を疑うことなくひた走ってきたせいで「今日の地位」を得た人たちがそこにいるわけですから、彼らがこれからも対米従属路線をひた走ることはとどめがたい。彼らにおいては、いつのまに国益追求と自己利益の追求がオーバーラップしてしまっている。何のための対米従属かというと、とりあえず、そうすると「わが身にはよいことが起こる」のが確実だからです。
植民地において、植民地原住民であるにもかかわらず、宗主国民にすりよって、その便宜をはかる代わりに、政治的経済的な見返りを要求するものは清朝末期に「買弁」と呼ばれました。今の日本の指導層は、宗主国への従属的ポーズを通じて、自己利益を増大させようとしている点において、すでに「買弁的」であると言わざるを得ないと僕は思っています。

では、この後、日本は一体どうやって主権回復への道を歩んでいったらいいのか。
今、アメリカから見て、日本というのは非常に不可解な国に見えていると思います。
かつての吉田茂以来の日本のカウンターパートは、基本的に日本の国益を守るためにアメリカと交渉してきた。その動機は明確だった。けれども、ある段階から、そうでなくなってきてしまった。対米従属戦略が面従腹背の複雑なタクティクスであることを止めて、疑い得ない「国是」となってしまった。それによって日本の国益が少しも増大しないにもかかわらず、対米従属することに誰も反対できない。そういう仕組みが四十年間続いている。
そうすると、アメリカは日本の政治家をどう見るか。交渉する場合、日本の代表者が自国の国益を増大しようと思っているのであるならば、そこで展開するゲームには合理性があるわけです。アメリカの国益と日本の国益というのは、利害が相反する点があり、一致する点がある。そのすりあわせをするのが外交だった。ところが、いつのまにか、あきらかに日本の国益を害することが確実な要求に対しても、日本側が抵抗しなくなってきた。そのふるまいは彼らが日本の国益を代表していると考えると理解できない。日本を統治している人たちが、自国の国益の増大に関心がないように見えるわけですから。

例えば、特定秘密保護法です。特定秘密保護法というものは、要するに民主国家である日本が、国民に与えられている基本的な人権である言論の自由を制約しようとする法律です。国民にとっては何の利もない。なぜ、そのような反民主的な法律の制定を強行採決をしてまで急ぐのか。
理由は「このような法律がなければアメリカの軍機が漏れて、日米の共同的な軍事作戦の支障になる」ということでした。アメリカの国益を守るためにであれば、日本国民の言論の自由などは抑圧しても構わない、と。安倍政権はそういう意思表示をしたわけです。そして、アメリカの軍機を守るために日本国民の基本的人権を制約しましたとアメリカに申し出たわけです。日本の国民全体の利益を損なうことを通じて、アメリカの軍機を守りたい、と。言われたアメリカからしてみたら、「ああ、そうですか。そりゃ、どうも」という以外に言葉がないでしょう。たしかにそうおっしゃって頂けるのはまことにありがたいことではあるえれど、一体何で日本政府がそんなことを言ってくるのか、実はよくわからない。なぜ日本は国民の基本的人権の制約というような「犠牲」をアメリカのために捧げるのか。

『街場の戦争論』(ミシマ社刊)にも書きましたけれども、そもそも国家機密というのは、政府のトップレベルから漏洩するから危険なわけです。ご存じのとおり、イギリスのキム・フィルビー事件というのがありました。MI6の対ソ連諜報部の部長だったキム・フィルビーが、ずっとソ連のスパイであって、イギリスとアメリカの対ソ連情報はすべてソ連に筒抜けだったという戦後最大のスパイ事件です。それ以来、諜報機関の中枢からの機密漏洩はどうすれば防げるかというのが、インテリジェンスについて考える場合の最大の課題なわけです。
その前にも、イギリスではプロヒューモ事件というものがありました。陸軍大臣が売春婦にいろいろと軍機を漏らしてしまった。でも、ピロートークで漏れる秘密と、諜報機関のトップから漏れる秘密では機密の質が違います。ですから、ほんとうに真剣に諜報問題、防諜の問題を考えるとすれば、どうやって国家の中枢に入り込んでしまった「モグラ」からの情報漏洩を防ぐかということが緊急の課題になるはずです。
けれども、今回の特定秘密保護法は、世界が経験した史上最悪のスパイ事件については全く配慮していない。キム・フィルビー事件のようなかたちでの機密漏洩をどうやって防ぐかということに関しては誰も一秒も頭を使っていない。そういうことは「ない」ということを前提に法律が起案されている。つまり、今現に、日本で「キム・フィルビー型の諜報活動」を行っている人間については、「そのようなものは存在しない」とされているわけです。彼らは未来永劫にフリーハンドを保証されたことになる。いないものは探索しようもないですから。
現に国家権力の中枢から国家機密が漏洩しているということは、日本ではもう既に日常的に行われていると僕は思っています。どこに流れているか。もちろんアメリカに流れている。政治家でも官僚でもジャーナリストでも、知る限りの機密をアメリカとの間に取り結んだそれぞれの「パイプ」に流し込んでいる。それがアメリカの国益を増大させるタイプの情報であれば、その見返りは彼らに個人的な報奨としてリターンされてくる。結果的に政府部内や業界内における彼らの地位は上昇する。そして、彼らがアメリカに流す機密はますます質の高いものになる。そういう「ウィン・ウィン」の仕組みがもう出来上がっている、僕はそう確信しています。特定秘密保護法は、「機密漏洩防止」ではなく、彼らの「機密漏洩」システムをより堅牢なものとするための法律です。アメリカの国益増大のために制定された法律なんですから、その法律がアメリカの国益増大のための機密漏洩を処罰できるはずがない。
特定秘密保護法にアメリカが反対しなかったというのは、自国民の基本的人権を制約してまでアメリカの軍機を守るという法律制定の趣旨と、権力中枢からの情報漏洩については「そのようなものは存在しない」という前提に立つ法整備に好感を抱いたからです。これから先、日本政府の中枢からどのようなかたちで国家機密がアメリカに漏洩しようとも、いったん「特定秘密」に指定された情報については、それが何であるか、誰がそれをどう取り扱ったか、すべてが隠蔽されてしまう。どれほど秘密が漏洩しても、もう誰にもわからない。

もし、僕がアメリカの国務省の役人だったら、日本人は頭がおかしくなったのかと思ったはずです。たしかにアメリカにとってはありがたいお申し出であるが、何でこんなことをするのかがわからない。どう考えてみても日本の国益に全く資するところがない。そもそも防諜のための法律として機能しそうもない。そのようなザル法を制定する代償として、自国民の基本的人権を抑圧しようという。言論の自由を制約してまで、アメリカに対してサービスをする。たしかにアメリカ側としては断るロジックがありません。わが国益よりも民主主義の理想の方が大切だから、そんな法律は作るのを止めなさいというようなきれいごとはアメリカ政府が言えるはずがない。日本からの申し出を断るロジックはないけれど、それでも日本人が何を考えているかはわからない。いったい、特定秘密保護法で日本人の誰がどういう利益を得るのか?
日本政府が日本の国益を損なうような法律を「アメリカのために」整備したのだとすれば、それは国益以外の「見返り」を求めてなされたということになる。国益でないとすれば何か。現政権の延命とか、政治家や官僚個人の自己利益の増大といったものを求めてなされたとみなすしかない。
現に、米国務省はそう判断していると思います。日本政府からの「サービス」はありがたく受け取るけれど、そのようにしてまでアメリカにおもねってくる政治家や官僚を「日本国益の代表者」として遇することはしない、と。

集団的自衛権もそうです。集団的自衛権というのは、何度も言っていますけれども、平たく言えば「他人の喧嘩を買う権利」のことです。少なくともこれまでの発動例を見る限りは、ハンガリー動乱、チェコスロバキア動乱、ベトナム戦争、アフガニスタン侵攻など、ソ連とアメリカという二大超大国が、自分の「シマ内」にある傀儡政権が反対勢力によって倒されそうになったときに、「てこ入れ」するために自軍を投入するときの法的根拠として使った事例しかない。
何で日本が集団的自衛権なんか行使したがるのかが、ですから僕にはさっぱりわからない。いったいどこに日本の「衛星国」や「従属国」があるのか。海外のどこかに日本の傀儡政権があるというのであれば、話はわかる。その親日政権が民主化運動で倒れかけている。しようがないから、ちょっと軍隊を出して反対勢力を武力で弾圧して、政権のてこ入れをしてこようというのであれば、ひどい話ではあるけれども、話の筋目は通っている。でも、日本にはそんな「シマうち」の国なんかありません。
結局、集団的自衛権の行使というのは、現実的にはアメリカが自分の「シマうち」を締めるときにその海外派兵に日本もくっついていって、アメリカの下請で軍事行動をとるというかたちしかありえない。アメリカの場合、自国の若者が中東や西アジアやアフリカで死ぬということにもう耐えられなくなっている。意味がわからないから。でも、海外の紛争には介入しなければならない。しかたがないから、何とかして「死者の外部化」をはかっている。無人飛行機を飛ばしたり、ミサイルを飛ばしたりしているというのは、基本的には生身の人間の血を流したくないということです。攻撃はしたいけれども、血は流したくない。だから、民間の警備会社への戦闘のアウトソーシングをしています。これはまさに「死者の外部化」に他なりません。たしかに、これによって戦死者は軽減した。でも、その代わり莫大な財政上の負荷が生じた。警備会社、要するに傭兵会社ですけれど、めちゃくちゃな値段を要求してきますから。アメリカは、その経済的な負担に耐えることができなくなってきている。
そこに日本が集団的自衛権の行使容認を閣議決定しましたと言ったら、アメリカ側からしてみると大歓迎なわけです。これまで民間の警備会社にアウトソーシングして、莫大な料金を請求されている仕事を、これから自衛隊が無料でやってくれるわけですから。願ってもない話なわけですよね。「やあ、ありがとう」と言う以外に言葉がない。
ただ、「やあ、ありがとう」とは言いながら、何で日本がこんなことをしてくれるのか、その動機についてはやっぱり理解不可能である。
アメリカが金を払って雇っている傭兵の代わりに無料の自衛隊員を使っていいですというオファーを日本政府はしてきているわけで、それがどうして日本の国益増大に資することになるのか、アメリカ人が考えてもわからない。
つまり、確かに日本政府がやっていることはアメリカにとってはありがたいことであり、アメリカの国益を増すことではあるんだけれども、それは少しも日本の国益を増すようには見えない。これから自衛隊が海外に出ていって、自衛隊員がそこで死傷する。あるいは、現地人を殺し、町を焼いたりして、結果的に日本そのものがテロリストの標的になるという大きなリスクを抱えることになるわけです。戦争にコミットして、結果的にテロの標的になることによって生じる「カウンターテロのコスト」は巨大な額にのぼります。今の日本はテロ対策のための社会的コストをほとんど負担していないで済ませている。それをいきなり全部かぶろうというわけですから、アメリカとしては「やあ、ありがとう」以外の言葉はないけれど、「君、何を考えてそんなことするんだ」という疑念は払拭できない。

僕はいつも自分がアメリカ国務省の小役人だったらという想定で物を考えるんですけれども、上司から「内田君、日本は特定秘密保護法といい、集団的自衛権行使容認といい、アメリカのためにいろいろしてくれているんだけれど、どちらも日本の国益に資する選択とは思われない。いったい日本政府は何でこんな不条理な決断を下したのか、君に説明できるかね」と問われたら、どう答えるか。
たしかに、国益の増大のためではないですね。沖縄返還までの対米従属路線であれば、日本が犠牲を払うことによってアメリカから譲歩を引き出すというやりとりはあったわけですけれども、この間の対米従属をみていると、何をめざしてそんなことをしているのか、それがよく見えない。たぶん、彼らは国益の増大を求めているのではないんじゃないかです、と。そう答申すると思います。
今、日本で政策決定している人たちというのは、国益の増大のためにやっているのではなくて、ドメスチックなヒエラルキーの中で出世と自己利益の拡大のためにそうしているように見えます。つまり、「国民資源をアメリカに売って、その一部を自己利益に付け替えている」というふうに見立てるのが適切ではないかと思います、と。 

国民資源というのは、日本がこれから百年、二百年続くためのストックのことです。それは手を着けてはいけないものです。民主制という仕組みもそうだし、国土もそうだし、国民の健康もそうだし、伝統文化もそうです。でも、今の日本政府はストックとして保持すべき国民資源を次々と商品化して市場に流している。それを世界中のグローバル企業が食いたい放題に食い荒らすことができるような仕組みを作ろうとしている。そんなことをすれば、日本全体としての国民資源は損なわれ、長期の国益は逓減してゆくわけですけれども、政官財はそれを主導している。彼らのそういう気違いじみた行動を動機づけているものは何かと言ったら、それが国益の増大に結びつく回路が存在しない以上、私利私欲の追求でしかないわけです。
自傷的、自滅的な対米従属政策の合理的な根拠を求めようとすれば、それは、対米従属派の人たち自身がそこから個人的に利益を得られる仕組みになっているからという以外に「国務省の役人になったと想像してみた内田」のレポートの結論はありません。

対米従属すればするほど、社会的格付けが上がり、出世し、議席を得、大学のポストにありつき、政府委員に選ばれ、メディアへの露出が増え、個人資産が増える、そういう仕組みがこの42年間の間に日本にはできてしまった。この「ポスト72年体制」に居着いた人々が現代日本では指導層を形成しており、政策を起案し、ビジネスモデルを創り出し、メディアの論調を決定している。

ふつう「こういうこと」は主権国家では起こりません。これは典型的な「買弁」的な行動様式だからです。植民地でしか起こらない。買弁というのは、自分の国なんかどうだって構わない、自分さえよければそれでいいという考え方をする人たちのことです。日本で「グローバル人材」と呼ばれているのは、そういう人たちのことです。日本的文脈では「グローバル」という言葉をすべて「買弁」という言葉に置き換えても意味が通るような気がします。文科省の「グローバル人材育成」戦略などは「買弁人材育成」と書き換えた方がよほどすっきりします。

安倍さんという人は、一応、戦後日本政治家のDNAを少しは引き継いでいますから、さすがにべったりの対米従属ではありません。内心としては、どこかで対米自立を果さなければならないと思ってはいる。けれども、それを「国益の増大」というかたちではもう考えられないんです。そういう複雑なゲームができるだけの知力がない。
だから、安倍さんは非常にシンプルなゲームをアメリカに仕掛けている。アメリカに対して一つ従属的な政策を実施した後には、一つアメリカが嫌がることをする。
ご存じのとおり、集団的自衛権成立の後に、北朝鮮への経済制裁を一部解除しました。沖縄の仲井真知事を説得して辺野古の埋め立て申請の承認を取り付けた後はすぐに靖国神社に参拝しました。つまり、「アメリカが喜ぶこと」を一つやった後は、「アメリカが嫌がること」を一つやる。おもねった後に足を踏む。これが安倍晋三の中での「面従腹背」なのです。日米の国益のやりとりではなく、アメリカの国益を増大させた代償に、「彼が個人的にしたいことで、アメリカが厭がりそうなこと」をやってみせる。主観的には「これで五分五分の交渉をしている」と彼は満足しているのだろうと思いますけれど、靖国参拝や北朝鮮への譲歩がなぜ日本国益の増大に結びつくのかについての検証はしない。彼にとっては「自分がしたいことで、アメリカが厭がりそうなこと」ではあるのでしょうけれど、それが日本の国益増に資する政策判断であるかどうかは吟味することさえしていない。
「対米従属を通じての対米自立」という戦後日本の国家戦略はここに至って、ほとんど戯画のレベルにまで矮小化されてしまったと思います。
だから、これから後も彼は同じパターンを繰り返すと思います。対米譲歩した後に、アメリカが厭がりそうなことをする。彼から見たら、五ポイント譲歩したので、五ポイント獲得した。これが外交だ、と。彼自身は、それによって、アメリカとイーブンパートナーとして対等な外交交渉をしているつもりでいると思うんです。

時間がもうあと十分しかないので、では一体これから我々はどうやって主権国家として、主権国家への道を歩んだらいいかということを述べたいと思います。

国というものを、皆さんはたぶん水平的に表象していると思います。
ビジネスマンはそうです。今期の収益とか、株価ということばかり考えている人は、それと同じように国のことも考える。ですから、世界を水平的に、二次元的に「地図」として表象して、その中での自分たちの取り分はどれぐらいか、パイのどれぐらいを取っているか。そういうような形で国威や国力を格付けしてようとしている。けれども、本来の国というのは空間的に表象するものではない、僕はそう思っています。地図の上の半島の広さとか、勢力圏というものを二次元的に表象して、これが国力であると考えるのは、間違っていると思う。

国というのはそういうものではなくて、実際には垂直方向、時間の中でも生きているものです。我々がこの国を共有している、日本なら日本という国の構成メンバーというのは、同時代に生きている人間だけではない。そこには死者も含まれているし、これから生まれてくる子供たちも含まれている。その人たちと、一つの多細胞性物のような共生体を私たちは形づくっている。そこに、国というもののほんとうの強みがあると思います。

鶴見俊輔さんは、開戦直前にハーバード大学を卒業するわけですけれども、そのときにアメリカに残るか、交換船で日本に帰るかという選択のときに、日本に帰るという選択をします。自分は随分長くアメリカにいて、英語で物を考えるようになってしまったし、日本語もおぼつかなくなっている。そもそも日本の政治家がどの程度の人物かよくわかっているし、多分、日本はこれから戦争をやったら負けるだろう。そこまでわかっていたけれども、日本に帰る、そう決意する。そのときの理由として鶴見さんが書いているのは、負けるときには自分の「くに」にいたい、ということでした。

「くに」とともに生き死にしたいというのは、これは、やはりすごく重たいことだと思うんです。この感覚というのは、なかなか政治学の用語ではうまく語り切ることができないんですけれども、簡単に想像の共同体だ、共同幻想だとか言い切られてしまっては困る。というのは、実際に、我々日本人は、現在列島に居住する一億三千万人だけでなく、死者たちも、これから生まれてくる子供たちも、同じ日本人のフルメンバーであるからです。ですから、過去の死者たちに対しては、彼らが犯した負債に関しては、我々は受け継がなければいけない。そして、できたら完済して、できなければ、できるだけ軽減して、次世代に送り出さなければいけない。その仕事が僕らに課されているだろうと思っています。

今の日本ではグローバリズムとナショナリズムが混交しています。グローバリストはしばしば同時に暴力的な排外主義者でもある。僕はそれは別に不思議だとは思わない。それは彼らがまさに世界を二次元的に捉えていることの結果だと思うんです。グローバルな陣地取りゲームで、自分たちの「取り分」「シェア」を増やそうとしている。その点ではグローバル資本主義者と排外的ナショナリストはまったく同型的な思考をしている。
そして、排外主義ナショナリストというのは、伝統文化に関して全く関心を示しません。死者に対して関心がないからです。彼らにとって死者というのは、自説の傍証として便利なときに呼び出して、使役させるだけの存在です。都合のいいときだけ都合のよい文脈で使って、用事がなければ忘れてしまう。自分に役立つ死者は重用するけれど、自説を覆す死者や、自説に適合しない死者たちは「存在しないこと」にして平気です。それはかれらが「くに」を考えているときに、そこには死者もこれから生まれてくる人たちも含まれていないからです。

でも、僕たちが最終的に「くに」を立て直す、ほんとうに「立て直す」ところまで追い詰められていると思うんですけれども、立て直すときに僕らが求める資源というのは、結局、二つしかないわけです。
一つは山河です。国破れて山河あり。政体が滅びても、経済システムが瓦解しても、山河は残ります。そこに足場を求めるしかない。もう一つは死者です。死者たちから遺贈されたものです。それを僕たちの代で断絶させてはならない。未来の世代に伝えなければならないという責務の感覚です。

山河というのは言語であり、宗教であり、生活習慣であり、食文化であり、儀礼祭祀であり、あるいは山紫水明の景観です。我々自身を養って、我々自身を生み、今も支えているような、人工的なものと自然資源が絡み合ってつくられた、一つの非常に複雑な培養器のようなもの、僕はそれを山河と呼びたいと思っています。山河とは何かということを、これから先、僕はきちんと言葉にしていきたいと思っています。

もう一つは死者たちです。死者たちも、未来の世代も、今はまだ存在しない者も、我々のこの国の正規のフルメンバーであって、彼らの権利、彼らの義務に対しても配慮しなければいけない。

僕は合気道をやっているわけですけれども、経験的にわかることの一つというのは、例えば体を動かすと、自分の体の筋肉、骨格筋とか、関節とか、そういうものを操作しようと思って、具体的に、今、存在するものをいじくっていっても体は整わないということです。
しかし、例えば今、手の内に刀を持っている。ここに柄があって、刃筋があって、切っ先がそこにある。手に持っていないものをイメージして体を使うと、全身が整う。
これは長く稽古してよくわかったことなんですけれども、実際には、我々は今、存在するもの、そこに具体的に物としてあるものを積み上げていって、一つの組織や集団をつくっているのではなくて、むしろ「そこにないもの」を手がかりにして、組織や身体、共同体というものを整えている。これは、僕は実感としてわかるんです。

今、日本人に求められているものというのは、日本人がその心身を整えるときのよりどころとなるような「存在しないもの」だと思います。存在しないのだけれど、ありありと思い浮かべることができるもの、それを手にしたと感じたときに、強い力が発動するもの、自分の体が全部整っていて、いるべきときに、いるべきところにいるという実感を与えてくれるもの。太刀というのは手を延長した刃物ではなくて、それを握ることによって体が整って、これを「依代」として巨大な自然の力が体に流れ込んでくる、そういう一つの装置なわけです。それは、手の内にあってもいいし、なくてもいい。むしろ、ないほうがいいのかも知れない。

今、日本が主権国家として再生するために、僕らに必要なものもそれに近いような気がします。存在しないもの、存在しないにもかかわらず、日本という国を整えて、それをいるべきときに、いるべきところに立たせ、なすべきことを教えてくれるようなもの。そのような指南力のある「存在しないもの」を手がかりにして国を作って行く。
日本国憲法はそのようなものの一つだと思います。理想主義的な憲法ですから、この憲法が求めている「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去する」ことはたぶん未来永劫実現しない。地上では実現するはずがない。でも、そのような理想を掲げるということは国のかたちを整える上で非常に有効なわけです。何のためにこの国があるのか、自分の国家は何を実現するために存在するのかということを知るためには、我々が向かっている、ついにたどりつくことのない無限消失点なるものをしっかりとつかまなければいけない。それなしではどのような組織も立ちゆきません。

これからどうやって日本という国を立て直していくのか考えるときには、つねに死者たちと、未だ生まれてこざる者たちと、生きている自分たちが一つの同胞として結ばれている、そういう考え方をするしかないのかなと思っております。
これから日本は一体どうなっていくのか。実は、僕はあまり悲観していないんです。ここまでひどい政権だと、いくら何でも長くは保たないと思うんです。特に、隣国や国際社会の諸国から、もうちょっと合理的な思考をする政治家に統治してもらいたいという強い要請があると思うんです。そうでないと外交がゲームにならないから。

現在の日本の安倍政権というのは、アメリカとも、中国とも、韓国とも、北朝鮮とも、ロシアとも、近隣の国、どこともが外交交渉ができない状態ですね。ほとんど「来なくていい」と言われているわけです。安倍さんが隣国のどことも実質的な首脳会談ができないのは、彼の国家戦略に対して、ほかの国々に異論がある、受け入れらないということではないと思います。日本の国家戦略がわからないからですよね。それでは、交渉しようがない。

安倍さんが選択している政策は、あるいは単なる政治的延命のためのものなのかと思ったら、外国は怖くて、こんな人とは外交交渉はできないでしょう。個人的な政治的延命のために国政を左右するような人間とは誰だって交渉したくない。あまりに不安定ですから。国と国との約束は、そこで約束したことが五年、十年後もずっと継続する、国民の意思を踏まえていないと意味がない。でも、安倍さんの外交はどう見ても国民の総意を代表しているものとは思われない。日本国民が「代表してもらっていない」と思っているというのではなく、諸国の首脳が「この人の言葉は国の約束として重んじることができるのか」どうか疑問に思っているからです。ですから、これから先、安倍政権である限り、対米、対中、対韓、対ロシアのどの外交関係もはかばかしい進展はないと思います。どの国も「次の首相」としてもう少しもののわかった人間が出てくることを待っていて、それまでは未来を縛るような約束は交わさないつもりでいると思います。
安倍政権に関しては、僕はそれほど長くは保たないと思います。既に自民党の中でも、次を狙っている人たちが動き出している。ただ、先ほど話したように、対米従属を通じて自己利益を増すという「買弁マインド」を持った人たちが、現在の日本のエスタブリッシュメントを構築しているという仕組み自体には変化がない以上、安倍さんが退場しても、次に出てくる政治家もやはり別種の「買弁政治家」であることに変わりはない。看板は変わっても、本質は変わらないと思います。

どうやったらこのような政治体制を批判できるのか。僕が学術というものを最終的に信じているのはそこなんです。為政者に向かって、あなた方はこういうロジックに従ってこのような政策判断をして、あなた方はこういう動機でこの政策を採用し、こういう利益を確保しようとしている、そいうことをはっきり告げるということです。理非はともかく、事実として、彼ら政治家たちがどういうメカニズムで動いているものなのかをはっきりと開示する。本人にも、国民全体にも開示する。別に彼らが際立って邪悪であるとか、愚鈍であるとか言う必要はない。彼らの中に走っている主観的な首尾一貫性、合理性をあらわにしてゆく。その作業が最も強い批評性を持っているだろうと僕は思います。
 

僕は、知恵と言葉が持っている力というのはとても大きいと思うんです。面と向かって、「おまえは間違っている」とか、「おまえは嫌いだ」とか言ってもだめなんです。そうではなくて、「あなたはこう考えているでしょう。だから、次、こうするでしょう。あなたの内的ロジックはこうだから、あなたがすることが私には予見できる」と。民話に出てくる「サトリ」ではないですけれど、他人におのれ思考の内的構造を言い当てられると、人間はフリーズしてしまって、やろうと思っていたことができなくなってしまう。人の暴走を止めようと思ったら、その人が次にやりそうなことをずばずば言い当てて、そのときにどういう大義名分を立てるか、どういう言い訳をするか、全部先回りして言い当ててしまえばいい。それをされると、言われた方はすごく嫌な気分になると思うんです。言い当てられたら不愉快だから、それは止めて、じゃあ違うことをやろうということになったりもする。そういうかたちであれば、口説の徒でも政治過程に関与することができる。僕はそういうふうに考えています。

立憲デモクラシーの会には多くの知性が集合しているわけですが、僕はこういうネットワークを政治的な運動として展開するということには実はあまり興味がないんです。その政治的有効性に対しても、わりと懐疑的なんです。真に政治的なものは実は知性の働きだと思っているからです。
今、何が起きているのか、今、現実に日本で国政の舵をとっている人たちが何を考えているのか、どういう欲望を持っているのか、どういう無意識的な衝動に駆動されているのか、それを白日のもとにさらしていくという作業が、実際にはデモをしたり署名を集めたりするよりも、時によっては何百倍何千倍も効果的な政治的な力になるだろうと僕は信じております。

これからもこういう厭みな話をあちこちで語り続ける所存でございます。何とかこの言葉が安倍さんに届いて、彼がすごく不愉快な気分になってくれることを、そして俺はこんなことを考えているのかと知って、ちょっと愕然とするという日が来ることを期待して、言論活動を続けてまいりたいと思っております。皆さん方のご健闘を祈っております。ご清聴、どうもありがとうございました。

アベノミクスの嘘 「トリクルダウンの嘘がばれないうち解散」 

今朝のモーニングバード・タマペディアでは、アベノミクスの事を扱っていました。
玉川さんは色々な人にインタビューしていたのですが、
最後のインタビューを受けていた安倍総理の経済ブレーン内閣官房参与・本田悦朗の話は、
経済の事など何もわからない私から見ても、
「政府はここまで国民を馬鹿にしているのか!」と呆れる感じでした。

株価が上がったと言っても、こんなに円安になっているのですから、ドル建てに直したら余り上がっていない事になるのではないですか?との玉川さんの問いに対して、
本田悦朗氏の答えは、「日本人は円しか使わないのですから、ドル建てでどうのという事は関係ないでしょう。」なのです。

日本企業の株であっても、外国の投資家も買っているのですから、
アベノミクスの経済効果と言うからには、ドル建てで上がっていなかったら意味がないと思うのですが・・・・・
それに庶民に関係ないと言うのなら、
株価が生活に関係ある庶民は、極一部の人に過ぎないでしょう。
アベノミクス効果と言って株価を提示するのは、これだけ経済が良くなったと言うためでしょう。
株価が上がったら庶民の生活が良くなる等という事などありませんから、
政府やマスコミが景気判断に株価を提示しているのは、
株価が日本経済の現状を表していると見ているからの筈です。
だったら「日本国民がドルで物を買うわけなのではないのだから、ドル建ての株価を気にするのは可笑しい。」と言う発言の方こそ、可笑しいのではないかと思いました。

又、一部の国民にアベノミクス効果で儲かった人があるのは事実かも知れませんが、大部分の日本国民は、アベノミックスのお陰で生活が楽になったと思っていないのですが?という玉川さんの質問に対して、
本田氏の答えは、
「始めは一部の人だけが豊かになっているように見えても、次第に周りの人にも波及効果が現れてきます。
全体が豊かになる為には時間差があるのです。来年の春ごろには全体に豊かさが感じられる様になるでしょう。」
と所謂トリクルダウンという説を述べておられました。

街の弁護士日記「『トリクルダウン』と『サックアップ』再びに、
トリクルダウン(したたり落ちる)なんて、ウソだって。
100年待ったって、したたり落ちてなんか来ないわよ。
真実はサックアップ(suck up・吸い上げる)なんだって。
奴隷のように働いて、あたしたちは、
欲望のままおカネを転がして遊んでる富裕層に貢いでるのよ。
シェークスピアの昔から非難されてる金貸しの天下よね。

という1節がありました。

安倍内閣がアベノミクス効果で、来年の春頃から庶民の上にも富が滴り落ちてきて、庶民の生活も楽になると本当に信じているのだったら、
どうしてこんな年末の忙しい時期に解散総選挙などするのでしょう。
アベノミクス効果の現れるという来年春以降に、解散総選挙した方が余程支持率が上がるでしょうに・・・・・

安倍総理は今度の解散総選挙を「アベノミクス解散」と名づけられた様ですが、
アベノミクス効果が現れない事が歴然となる前の今のうちに、大急ぎで解散総選挙する事にしたというのが真実なのではないでしょうか?
今日のタマペディアで本田内閣官房参与は、アベノミクス解散の真実の狙いを図らずも口にしてしまったという事なのではないでしょうか。

アメリカ「ナチス英雄化に反対する国連決議」案に反対投票 

露発案のナチス反対の国連決議にウクライナ、米国が不支持
11月 22 , 10:30
ナチス英雄化に反対する国連決議が国連総会第3委員会で採択された。ロシアの発案による国連決議には世界で米国、ウクライナ、カナダの3カ国だけが反対を表明した。

決議の採決には115カ国が賛成、EU諸国を含む55カ国が棄権した。

国連決議には「記念碑建造、公衆的なデモを行なうことも含め、ナチス運動、ネオナチズム、武装親衛隊の元隊員をいかなる形であれ賛美することを深く憂慮する」と書かれた。

このほか決議には国粋主義的解放運動の参加者によるファシズム共犯者の公示やホロコーストの否定も非難されている。

決議はまた、「全世界にスキンヘッド・グループの活発化を始めとする人種主義的性格の事件が多発していることを憂慮する」とも書かれた。 リアノーボスチ通信


逝きし世の面影「ナチス英雄化に反対する国連決議に反対するアメリカ 棄権するEU諸国」を見て、
このニュースを知ったのだけれど、
この節操のなさからすると「アメリカもいよいよなのかも知れない」と思わされた。
イスラエルの最大の友人であるアメリカが、
ユダヤ人を虐殺したナチスの英雄化に反対する国連決議案に反対するなど、
常識で考えたら絶対に有り得ない事だった筈である。

反対したのはアメリカ・ウクライナ・カナダの3カ国だけだそうだけれど、
EU諸国を含む55カ国が棄権したというのも又奇異な感じである。
棄権した国の中にドイツが含まれるとしたら、
戦後ずっとナチスの悪事を詫び続けてきていたドイツの、
方針転換という事になってしまいはしないのだろうか?
日本が賛成したのか、棄権したのかは書かれていないけれど、
日本はナチス反対決議案にちゃんと賛成したのだろうか?

欧米の新聞では安倍総理の事を、
ネオナチと悪口が書かれているそうだけれど、
ここでちゃんとナチスへの反対を表明して、
ネオナチとの冤罪を、晴らしたのだろうか?

第2次世界大戦の後、ナチスやファシズムや日本の八紘一宇が、
世界中で悪の象徴のように言われていたのに、
そしてそういう流れは今も続いていると思っていたのに、
何時の間にアメリカやヨーロッパは、ナチスを容認する様になったのだろう?

これでは旧日本軍がやったと言われる悪事を総て否定し、
日本を再軍備しようとしている安倍政権の悪口を、
欧米は言えなくなってしまうのではないだろうか?

ロシアの「ナチス英雄化に反対する国連決議」発案が、
図らずも現在の世界の実情を示す結果となったようである。

70年近く経って、
日本だけでなく世界中で、第2次世界大戦の悲惨さが、
忘れ去られようとしているという事なのではないだろうか?

減税日本 反TPP 脱原発を実現する党の昔の映像を見て 

亀井さんはお元気なのかな?と思って検索しましたら、
こんなビデオが見つかりました。

訂正
あれは2年前の選挙のときの映像だったようです。

反TPP 脱原発 増税反対と、
訴えねばならない事があまり変わっていないので、この度の事かとすっかり思い違いしてしまいました。
でも集団的自衛権行使容認の閣議決定とか、
特定秘密保護法という怖い法律がつくられ、
今の日本よりは、2年前はまだまだマシだったという状況になっていますね。

亀井さんが所属しておられた”みどりの風”は、
今年6月に解散していた様です。
現在の日本では国のために働くと思われる人ほど、
脇に追いやられる時代となっている様ですね。

追記
民主党は無所属の亀井さんを薦すると決めたそうです。(こちら
是非当選させて上げたいものです。

震度6弱で地表29センチ移動 

地表、南東へ29センチ移動
 国土地理院(茨城県つくば市)は二十三日、長野県北部で震度6弱を記録した二十二日の地震で、震源地付近の地表が南東方向に約二十九センチ動き、約十二センチ沈下したとの暫定値を発表した。

 国土地理院によると、衛星利用測位システム(GPS)を使い、全国に約千三百ある電子基準点で観測。今回の地震では、長野県白馬村に設置された電子基準点「白馬」がもっとも大きく動いた。震源から数キロ離れた位置にある。

 電子基準点「白馬」の周辺では、東側を通って南北に延びる活断層がある。


長野県北部で起きた震度6弱の地震では、
骨折など重傷者を含めて41人の怪我人が出たそうである。
又、長野県内で全壊した住宅は、白馬村で30棟小谷村で4棟の合わせて34棟に上り、半壊した住宅は小谷村で20棟、一部が壊れた住宅が中野市と松本市で合わせて5棟と全壊した建物だけでも4棟に上るという。

然しながら、強い地震の起きた地域に原発がなかった事は、
不幸中の幸いであった。
国中地震地帯となっているのだから、
日本では何時何所で地震が起きてもおかしくない状態である。
この地震で地表が約29センチも移動し、
地面が約12センチも沈下したのだそうだから、
もし、原発を稼動している地域でこの地震がおきていたとしたら、
原発に付きものの各種配管は、損傷せずには済まなかっただろう。

原発は事故による損傷が配水管損傷だけであったとしても、
事故時熱くなった原子炉の水冷が出来なくなるのだから、
配水管損傷だけでも、大事故に繋がる恐れ充分である。

長野県の地震はマグニチュウド6.8 震度6弱で、
日本に起きる地震としたら最大規模のものではなかったのに、
地表が29センチも移動し12センチも沈没したのである。
東電福島原発を襲った東日本大震災は、マグニチュウド8.8だったのだから、
地表の動きは30センチ程度では済まなかったのではないだろうか?

東電福島第一原発事故の事故原因を政府やマスコミは、
津波だけだったかのように言っているけれど、
30センチ以上も地表が動いていた事が想定されるのだから、
あの地震では、原発に設置された配管も相当に壊れていたのではないだろうか?

この長野県を襲った地震の結果から見ても、
日本で原発を稼動させる事は、危険きわまりない事であり、
原発再稼動は絶対に容認すべきでない事であると言えるだろう。




”原発大好きイレブン”とその仲間を撲滅する為の総選挙 

晴耕雨読「すごいチラシが回ってきました。→2014衆院選:「落とそう!原発大好きイレブン」で落とそう原発大好きイレブンというチラシが紹介されていました。

原発大好きイレブン
このチラシに載っている人たちは皆
東電福島第一原発で大事故が起きる前から、
自民党員として政界にいた人々です。
安倍晋三は総理として、甘利明は経産大臣として、
東電柏崎原発の事故を詳しく見ていながら、
東電福島原発を始めとする原発の、
安全の為の取り組みを放置していた政治家です。
その他の人々も自民党員として、
原発行政に程度の差こそあれ関わってきた人ばかりです。
その人々が、東電で原発の過酷事故が起きても、
一切責任を取らなかったばかりか、
東電福島第一原発の、事故収束の目途も立っていないのに、
地震国日本で再び原発を稼動させようとしているのですから、
その無責任さには呆れて物も言えない思いです。

この無責任さは原発に限りません。
TPP
集団的自衛権行使容認
秘密保護法
アベノミクス
消費税増税
国民が長年掛けて蓄えた年金資金を株に運用
辺野古埋め立て強行
NHKを始めとするマスコミの操作
その他諸々。

12月14日義士討ち入りの日の総選挙には、
安倍政権にNOを表明する為
与党以外の人に必ず投票しましょう。
もし彼等を勝たせたら、
国民を踏みつけにする政権を容認する事になりかねません。

イージス艦の弱点が露呈した事件 

芳ちゃんのブログ「手も足も出なかった! - 黒海で米ミサイル駆逐艦「ドナルド・クック」を恐怖に陥れたのは何だったのか? 」によると、
米国ご自慢のイージス戦闘システムを搭載した米巡航ミサイル駆逐艦が黒海で、ロシアの爆撃機からの妨害電波を受けて手も足も出なかったという。
今年4月12日の事で、7ヶ月も前の事である。(情報源のVoltairenet)

Voltairenet(パリに本拠を置き、その記事はEU圏のさまざまな言語、ならびに、ロシア語、トルコ語、アラビア語、等で出版されている)によると、
   (引用)
米国務省は、米駆逐艦「ドナルド・クック」が黒海でロシア軍のスホイ24(Su-24)戦術爆撃機による頭上の飛行を受けて極度の混乱状態に陥ってしまったことを認めた。同機には爆弾やミサイルは装備されてはおらず、電子兵器だけが装備されていた。

2014年4月10日、米艦「ドナルド・クック」は黒海の海域に入った。4月12日、同駆逐艦の上空をロシアのSu-24が飛び回り、ひと悶着を引き起こした。複数の報道によると、これによって同艦の乗組員はすっかり混乱状態に陥った。ペンタゴンが抗議をしたほどである。

米艦「ドナルド・クック」(DDG-75)は誘導ミサイル駆逐艦としては第4世代であり、その主要な武器は2,500キロの攻撃距離を持つトマホーク巡航ミサイルである。また、核爆弾を装備することも可能。同艦は通常56基のトマホークを装備しており、攻撃モードでは96基を搭載することができる。 

この駆逐艦は最新式のイージス戦闘システムを搭載している。これは米国海軍の総合武器システムであって、単一ネットワークの下ですべての艦艇のミサイル防衛システムを互いに連結し合うことが可能である。そうすることによって、同時に何百基もの敵ミサイルを探索、追尾、破壊することができる。さらには、ドナルド・クックには4基の大型レーダーが装備されており、その能力は何個ものレーダー基地に相当するほどだ。防衛に関しては、同艦はさまざまな種類のミサイルを搭載しており、50基以上ものミサイルを装備している。

その一方で、米駆逐艦「ドナルド・クック」の上空をすれすれに飛んだロシアのスホイ24には爆弾もミサイルも装備されてはいなかった。単に機体の下側にバスケットが装備されていただけだった。ロシアの「ロシスカヤ・ガゼッタ」紙によると、このバスケットには「ヒビヌイ」と称するロシア製の電子戦用の装置が搭載されていた。

ロシアのジェット機が米駆逐艦に近づくと、この電子装置が米駆逐艦に搭載されているすべてのレーダーや指揮系統、諸々のシステム、情報通信、等を遮断してしまった。言い換えると、NATO軍の最新型の艦艇のほとんどに搭載されている防衛システムに連結され、全能の筈のイージス・システムが遮断されてしまったのである。あたかも、リモートコントロールでテレビの映像を切るかのごとく… 

それから、ロシアのSu-24は、実質的にすっかりつんぼになり、めくら同然となった米駆逐艦に向けてミサイル攻撃のシミュレーションを行った。あたかも演習を実施しているかの如くであった。ロシア機は、非武装ではあったが、飛び去る前に12回もこの演習を繰り返した。

その後直ちに、この第4世代駆逐艦はルーマニアの港へと向かった。

この出来事以降、防衛産業の専門家からは幅広い反応があったのは事実であるが、大西洋主義のメデイアはこの事件を注意深く隠ぺいし、米国の艦艇は二度とロシアの領海へ近寄ろうとはしなくなった。

ある専門分野のメデイアによると、27名の乗組員が米艦ドナルド・クックでの勤務からは辞退したいとの届けを出したという。

ロシア空軍アカデミーに付属し、いわゆる「可視性を低減する」技術を評価し、電子兵器の研究開発を行う部門を率いるウラジミール・バルビンは次のようなコメントをした:

電子システムが複雑になればなる程、電子兵器を使ってそのシステムの機能を無効にすることがより簡単になる。」

   (引用終わり)

「電子システムが複雑になればなる程、電子兵器を使ってそのシステムの機能を無効にすることがより簡単になる。」という事で、
無敵と思われていたイージス艦の弱点が、露になったそうである。

この事件は小生のような素人が思い悩むべき事柄ではないかも知れないが、米軍の存在感に日本の防衛を依存している専門家の皆さんにとっては、衆知の事実となってしまったこの事件を耳にして、頭を抱えているのではないだろうか。 と、
芳ちゃんのブログのブログ主さんは仰っているが・・・・・

人類の未来を夢見る人々 

In Deep「地球上の生命の素になる有機物質」がチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星から検出されていた!で、
2014年11月19日のロイター記事彗星チームが地球上の生命の基盤となる有機分子を検出を翻訳引用されている。

太陽電池のバッテリー切れにより、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の上で休眠状態の着陸機フィラエであるが、休眠までの 57時間ほどのあいだに、地球上の生命の基盤となる有機分子を検出し、その事を通信してきていたそうである。

記事の一部を引用すると、
フィラエに搭載されている COSAC ガス分析器は、大気を「嗅ぐ」ことができ、そして、彗星に着陸後のフィラエは最初に有機分子を検出したと、ドイツ航空宇宙センター( DLR )は述べる。

熱センサーは彗星の表面から 40センチの深さにまで打ち込まれて計測されることになっていたが、ハンマーの設定を最強にしていたのにもかかわらず、これは実現しなかった。

ドイツ航空宇宙センターでは、表面から 10センチから20センチ下に厚い塵の層が存在していると起算し、その層が氷のように硬い物質だったと考えられる。

という事で、彗星の表面には有機物質が直ぐ見つかる形で検出れたが、
彗星の内部を掘ろうと試みると、10センチか20センチの厚い層があって、最強に設定していたハンマーでも計測器を打ち込む事が出来なかったそうである。
(引用)
これまでは、彗星表面は軟らかく、それが太陽などの熱でボロボロと剥がれていくのが「彗星の尾」というような感じの考え方だったのですが、それが覆され、彗星は「強固な外壁を持つ」ことがわかりました。

そして、内部からガスを常に噴出していることをロゼッタが観測しています。

この2点だけでも、

・彗星が撒き散らしているものは外側のものではなく、内部から噴出しているもの

であることがわかります。

という事で、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の探索によって、
彗星とは生命を創る物質を撒き散らす為の星であるという推測があたっている可能性が、更に濃厚になったという事のようである。

以下にフレッド・ホイル博士の著作『生命(DNA)は宇宙を流れる』から抜粋を引用する。

『生命(DNA) は宇宙を流れる』 第4章「進化のメカニズム」より

動物、植物からバクテリアまで、およそ生きた細胞でウイルス感染から免れることのできるものはない。

さらに、同じ種に属する個体どうしでさえ、そんな遺伝子の組み換えが起きるのは、かなりショッキングな事態であるのに、ウイルスの中には、トリからサル、サルからヒトなど、異なった動物種への感染を繰り返すものがある。

このような感染のパターンを持つウイルスは、種の障壁を超えて遺伝子を運んでしまう。われわれが、地球の生命を進化させたのはウイルスなのだと考えるのは、ウイルスのこんな性質に着目するからだ。

生物が進化するには、遺伝子が変化する必要がある。

もともときわめて安定している遺伝子が、コピー・ミスによる突然変異を起こしたおかげで優れた形質を獲得すると考えるのは、かなり無理がある。

けれども、ウイルスなら、宿主がそれまでもっていなかったまったく新しい遺伝子を導入することができ、生物の基本的な構造を一新させることもできるのだ。ウイルス感染による遺伝子の移動は、まさに理想的な進化の原動力となりうるのだ。

ウイルスの本質は、もっぱら他の生物に感染して、これを病気にさせたり、死に至らしめることにあるように考えられている。

けれどもそれは、ウイルスが病気の原因となる微生物の一種として発見され、研究されてきたことに由来する偏見である。

ウイルス感染の影響は、細胞破壊だけではない。細胞を壊すかわりに、細胞の代謝や機能を変えたりする場合もあるのだ。

実際、大腸菌に感染するバクテリオファージというウイルスは、感染してそのまま増殖サイクルに入り、菌を殺してしまう場合もあるが、増殖を止めて DNA を大腸菌の染色体に組み込んでしまい、以後、大腸菌の遺伝子と共に、何世代にもわたって安定的に存在し続ける場合(溶原化)もある。

溶原化したファージの中には、大腸菌の形質を変えてしまうものもある。



という訳で、生命は、まさに「突然変異的」に遺伝子が変化するのだと思われるが、
多分、過去の人類もそのような突然の遺伝子変化を経験して現在に至っているのだと考えると、
これから先にもそれは起きるはずである。
遺伝子レベルでの「突然」の、そして根本的な人類の変化(進化)が起きるのならば、
人間はこの後の厳しいかもしれない未来をも、生き抜いていけるのかも知れないと言うわけである。

少なくとも、地球上の生命は地球上で偶然出来たもの等ではなく、
宇宙から来たものであるという事が(ほぼ)判明したのだから、
地球の未来がどうなるかは、創造主の意思の中にあるという事なのだろうと思われる。

「生死一如」人間は生きていても死んでも、同じようなものである。
生き物は皆創造主の意志の中で泳いでいる(生きている)のだから、
別に死を恐れる事はないという古人の言葉は、本当だったのだと確信される思いだった。

私達の子孫が新しい人類の祖となるか、それとも地球生命はこの儘終焉に向かって行ってしまうのかは、
それこそ「神のみぞ知る」なのではないだろうか。

追記 (2012・11・26)
続きを読むに
ロシアの声「地球の生命は彗星によってもたらされた 」を複写しておく(2012・11・26)

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赤穂義士討ち入りの日を投票日とする総選挙 

安倍首相が解散表明・消費再増税延期、来月14日投開票
2014年 11月 18日
[東京 18日 ロイター] - 安倍晋三首相は18日夜、記者会見し、消費再増税時期の延期と衆院解散を表明した。来年10月に予定されていた消費税率の10%への引き上げは1年半先送りし、2017年4月から実施する。

デフレ脱却へ経済最優先で取り組んできたアベノミクスへの信任を問う形での総選挙で国民の支持を得て、政策を前へ進めていく考えだ。解散は21日。総選挙は来月2日公示、14日投開票となる見通し。

<アベノミクスの継続問う選挙、自公過半数割れなら退陣>


解散の噂が姦しかったが、とうとう本決まりのようである。
昨夜安倍総理が記者会見で、衆議院の21日解散を表明した。
総選挙は12月14日となる予定との事。

12月14日と言えば、赤穂義士の討ち入りの日である。
赤穂浪士ならぬ日本国民が、安倍上野介に積年の恨みを晴らすべく、
天が投票日を12月14日に設定して下さったのかも知れない。

安倍上野介の悪行は、アベノミクスや消費税だけのものではない。
①日本の国権を総て金融資本に差し出すようなTPPを、
アジアの諸国の反対をも押し切って、アメリカと共に成立させようとしている。
②集団的自衛権行使容認を、憲法蹂躙の批判を無視して閣議決定している。
この集団的自衛権行使容認によって、今後はアメリカの戦争の徒兵として自衛隊員が召集される事を防げなくなってしまう。
アメリカの戦争に参加する事を嫌って、自衛隊員が大勢退職したら、
日本でも韓国と同じように徴兵制が敷かれて、日本の一般青年が米軍への従軍を強制される事になる恐れ大である。
③福島原発事故の後始末どころか、事故後の放射能漏出を抑える事さえ出来ていないのに、
安倍政権は地震が世界一多い日本列島で、古い原発を含めた原発の再稼動を目論んでおり、
鹿児島県の川内原発直ぐ近くで桜島火山が噴煙を上げ続けていると言うのに、
川内原発の再稼動を認可している。
又、今も汚染水が垂れ流されているのに、福島原発の汚染水はコントロールしていると世界に嘘を言って、
原発の過酷事故から間もない日本に、オリンピックを招致している。
④アベノミックスの失政を回復する為、年金基金を株につぎ込んで、国民の年金まで潰してしまおうとしている。
⑤不景気時に消費税を上げるなど暴挙なのに、
今年4月日本は景気回復したと偽って、消費税を3%上げた為、
日本は更に不景気になっている。
この不景気状況を放置したままで、消費税を10%に引き上げる為に、
安倍政権は解散総選挙を強行して、
選挙に勝ったら「民意を得た」と言って、その時不景気であっても、
1年半後には消費税を10%に上げると言っている。
⑥特定秘密保護法を決めて言論弾圧を目論んでいる。
⑦沖縄県の知事選挙で、辺野古埋め立て反対の知事が選ばれたのに、
尚も、辺野古埋め立てを強行する積りでいる。
⑧放射能汚染の続いている福島県内で、
いい加減な除染をさせて、何兆円もの税金を無駄遣いし、
除染に掛ける費用があったら,避難させて欲しいと言う住民の声を無視して、
放射能汚染値の高い地域に、除染が済んだから帰郷せよと、住民に強制している。

言い始めたら切りがない位に、国民の生活を破壊し続けるような政治を続けながら、
安倍総理は来る12月の総選挙に、勝つ積りの様である。
自民党が過半数割れしたら、退陣すると安倍総理は言っている。

12月14日が投票日になったのは偶然とは思えない。
安倍上野介の馘首は自民党を過半数割れさせれば済むのである。

12月14日には吉良様ならぬ安倍様の頸(総理の椅子)を取って、
浅野内匠頭ならぬ福島県民沖縄県民と、我ら日本国中の庶民の恨みを、きっと晴らしてやりましょうぞ!

イスラム教とはどんな教えなのか? 

今イスラム国というものが世界を騒がしています。
私はイスラム教というものがどういうものであるか殆ど知りませんでしたので、
好奇心から検索してみましたら、コーランを読誦するというPDFがありました。
作者も何も分かりませんが、仏教関係者の講演のようです。
イスラム教も仏教もキリスト教も、創造主を尊崇している宗教のようです。
「一切の神聖なるものは真なる神の化身である。エホバの身で入信した場合、エホバの姿で現われ、アラーの身で入信した場合、アラーの姿で現われる。仏の身で得度した場合は、仏の姿で現われる」という事のようです。
では以下にその講演録のコピーを掲載させて頂きます。

謹んで「コーラン」を読誦する
本日、実に得がたい機会となりました。ここにおいて、「謹んで『コーラン』を読誦する」という講題を提起しました。この題を選んだのは、この数年来、私が常日ごろ、『コーラン』、『新約聖書』、『旧約聖書』を読誦しているからです。経典に収められた幾つかの経文は簡潔で、要点を押さえており、益するところが多く、たいへん啓発され、さらに深い境地を会得しました。そこで、私が『コーラン』を読んで得たことを、皆さんと分かち合いたいと思います。皆さん、どうかご教示のほど、よろしくお願いいたします。
『コーラン』の学習では、最も重要なのが「六信」といわれるものである。これが学ぶ際の根本となる。在俗の法であれ、聖職者の法であれ、すべて信仰の基礎の上に打ち立てられたものである。もし信じなければ成就することはできない。その「六信」とは次の通りである。
「アラーを信ぜよ。天使を信ぜよ。コーランを信ぜよ。使徒を信ぜよ。来世を信ぜよ。終末の日を信ぜよ。」

一、「アラーを信ぜよ」
「アラー」はアラビア語で、一般に「創造主」または「主」と翻訳されている。「宇宙の創造者」という意味で、『旧約聖書』で説いている「神は宇宙の万物を創造した」とほとんど同じ言い方をしている。私は、数多くの異なる宗教の指導者たちとともにこの問題を話し合い、「一切の神聖なるものは真なる神の化身である。エホバの身で入信した場合、エホバの姿で現われ、アラーの身で入信した場合、アラーの姿で現われる。仏の身で得度した場合は、仏の姿で現われる」と提起した。この考え方を述べると、皆が同意したが、これは非常に得がたいことである。仏教の経典では宇宙万有の本体を説いており、仏は常に、「唯一心所現、唯識所変」(すべては心の現われにほかならない。一切の事象はアーヤラ識から変現したもの)と説いてきた。また、「一切法従心想生」(あらゆるものは心の想いより生ずる)とも説いている。それぞれの宗教で説いている「神」または「エホバ」、イスラム教の「アラー」、仏陀の説く「法性」は唯一であり、二つとない。『華厳経』は「一即是多、多即是一」(一が即ち多、多即ち一である。一と多は相即している)と説いている。したがって、アラー、エホバ、神、法性はあまねく、いかなる時もいかなる所にもいらっしゃる。遍法界[へんほっかい]虚空界のあらゆる国土、衆生はみな、私たち自身の心が姿を変えて現われたものである。私たちの心と十法界の衆生、諸仏如来はエホバ、神と同一の心であり、同一の本性である。これを仏教者は「法身」[ほっしん](仏の宇宙身)と称す。

二、「天使を信ぜよ」
主なるアラーは、有形の姿はない。アラーは物質でもなく、精神でもない。しかも精神、物質はみな、姿を変えて現われたもの。「天使」はすなわち、アラーの化身であり、大乗仏教でいう「報身」[ほうじん]である。報身は自受用[じじゅゆう]であり、他受用[たじゅゆう]である。「自受用」とは心性が本来具えている真実の智慧で、絶えず自己を究極の円満な境地に達しようと、引き上げようとする。「他受用」は人を救済する上根(素質や能力が優れている者)の大菩薩で、自己を引き上げ、究極の境地に達している。報身は遍法界虚空界にあり、その身を現わさないところはない。

三、「コーランを信ぜよ」
仏教、道教、儒教のすべての教典、および『コーラン』、『新約聖書』、『旧約聖書』は人倫の道徳を重視している。いずれも親に孝行を尽くし、師を尊べと説いている。すべての聖なる教えは人倫の道の学びであり、宇宙間の一切の人と事物を尊敬する。すべての宗教の経典は神聖な教えである。「道」は大自然の法則であって、誰かの学説や発明したものではない。私たちの学びは道と呼応することであり、道と呼応することが徳である。人は道徳を奉じることはできるが、全宇宙が本来、調和がとれて一体であることは、経典を学び、体験することで、了解[りょうげ]しなければならない。

四、「使徒を信ぜよ」
仏法と対比させると、菩薩、阿羅漢、および各宗派の祖師や高僧は使徒となる。イスラムの『コーラン』ではアラーは主であり、天使と使徒は主の応化身[おうけしん](仏の真の体から変現したもの)である。応化身は、この世で教化を行ない、苦難するあらゆる衆生に救いを与える。イエス・キリスト、モーゼ、マホメット、釈迦、孔子たちは使徒である。この意義を理解すると、仏門の法師、阿闍梨、カソリックの神父、キリスト教の牧師、イスラム教徒のアホン(布教師)を含むすべての宗教の指導者と伝道師が主の使徒であることが分かる。
もし、広く解釈すれば、「使徒」は実のところ、一切の衆生を含む。大乗仏教では私個人は凡夫だが、一人として使徒でないものはいない。孔子は『論語』のなかで「三人の者が同行すれば、その中には必ず、何か学ぶべきものを持っている人がいる」と述べている。三人、自分を除いてだが。私たちがすべての人とつきあうとき、善悪の二大分類は私の師となる。善人の善心、善行を学ぶべきである。悪人の悪念、悪行は見て、聴いて、つまびらかに反省し、自分に悪念悪行があればこれを改め、なければさらに努力を重ねなければならない。したがって、一人として使徒でない者、師でない者はいない。真の誠と慎み深い心で臨み、学ぶべきである。細心に観察しさえすれば、いかなる時もいかなる場所でも、いかなる境地であれ、修学のよき環境であり、私たちが煩悩や習気[じっけ](煩悩の潜在余力)を洗い流し、自己の智慧と徳の働きを増大させて、善き結果を成就させるのを助けてくれる。したがって、使徒は主の応化身であり、他受用身なのである。

五、「来世を信ぜよ」
すべての宗教の経典では、衆生にはみな、前世と来世があり、これが輪廻の現象であると説いている。人が来世を信じれば、必然的に自分の現在の考え方や言葉遣いが控えめになる。なぜであろうか。来世があれば、私のなしたことが将来、因果の報いとなり、それを受けなければならないからである。「人は一生のうちで、偶然に発生した事など一つとしてない」とアメリカの予言者、エドガー・ケーシーが述べている。前世に撒いた種が何らかの原因となり、今生で因縁のめぐり合わせによって、因果の報いが現前に現われる。善因ならば善き縁によって善果となる。悪因ならば悪しき縁によって悪果となる。衆生は結果を畏れ、菩薩は原因を畏れる。苦の報いや逆境は恐れるべきではない。最も重要なことは自分が境地を転換できることである。仮に、他の人が自分を誹謗や侮辱したり、陥れたりしても、私は喜んでそれを受け入れることができる。報復しようという考えはない。むしろ、感謝の気持ちが湧く。何に感謝するのか。その人が私の業障を消し去り、境地を高める助けをしてくれるからである。しかも、誹謗した人に対しては、日常の修行のときに特に回向する。その人は自らが不善の業を造ったことで必ず悪の報いを受けるので、功徳を回向することによって、その人が悪道に堕ちても、その時間が短く、苦しみも軽くなるようにと願う。私が将来、仏となって、まずその人を救わなければならない。前世、現世、来世があると信じることは、人によって因果が異なるということを信じることである。

六、「終末の日を信ぜよ」
「終末の日を信ぜよ」とは、一切の衆生はみな、共通の業[カルマ]に支配されて因果の報いがあると信じることである。私が最近、新たに了解[りょうげ]したことは「終末の日」とは、必ずしも地球または人類が破滅することではなく、倫理道徳が破滅することを指すということである。それは、なぜであろうか。倫理道徳は大自然の規律、法則である。一切の衆生はみな、これに順応しなければならず、違反はできない。衆生はみな、互恵し、補い合わなければならない。倫理道徳に背き、互いに害を及ぼすと、共に滅んでしまう。現代の社会では、親子が殺しあうような事件が発生している。夫婦や兄弟が殺しあう、同学や同僚が殺しあう、数多くの、人倫に背く事件が起きている。これらはみな、終末の日を示す不吉な兆しである。今は、気に食わない人を見ただけで殺したり、自分の好き放題をする。人々はこの社会で生活しているが、安全感がなく、恐怖のなかで生きている。これがすなわち終末の日である。原因は、倫理道徳の教えが全くなくなってしまったからである。
今日の社会教育は、メディアやテレビ、インターネットが教化を主宰している。現在、これらのメディアが伝えるのは色情、暴力、殺人、窃盗、不倫、妄言で、将来、全世界、この社会全体には色情や暴力があふれ、非常に深刻な問題となる。これは万人に共通の業[カルマ]である。この共通の業[カルマ]とは人々が倫理道徳、神聖な教えを放棄したことである。したがって、すべての宗教は教育に重きをおき、科学技術を善用しなければならない。もし、宗教という形式があるだけならば、経典や教義の教えがないので、「終末の日」は変わりなく、訪れるだろう。
「アラーに深く帰依し、主の恵みと慈しみを祈る」
この言葉は敬虔な祈りの言葉で、アラーに恵みと加護を求めている。以下で述べるのは、アラーが私たちに修学させる、基本となるすべての要綱である。

一、「善を行ない、過ちを改めよ」
人の性はもともと善であり、善は、その性が徳である。しかるに、私たちは神聖なる教えから遠く離れて、環境が深刻に悪化していくなかで、不善に染まり、ありとあらゆる悪事をし尽くした罪人となってしまった。地獄や苦の報いから逃げ出すことは難しい。そこで、今、アラーに加護と助けを求め、過ちを改め、善を行なうことを教えたまえ、と祈る。また、愚かなために、是非、善悪を判断することが難しい。そこで、アラーは聖典を示し、善悪の基準を経典に従うようにさせた。コーランで述べている善悪の基準は、はっきりしており、私たちはその教えを奉じて行なわなければならない。

二、「教えに従う」
過ちを改めた後、常に経典を読み、常に講話を聴かなければならない。経典の意味に通じて、よく理解し、生活、仕事、物事の処理、人に対するなかで実践する。こうしてこそ、仏の弟子であり、アラーの信者である。

三、「禁戒を犯さない」
コーランでは私たちに、必ず行なうべきことや絶対に行なってはならないことを告げ、真剣に信奉するようにと求めている。コーランの戒律は国家の法律に等しい。すべてアラーが禁止したものは決して背くことはしない。例えば、無辜の者を殺さない、他人の財物を奪わない、人を奴隷の身に陥れることをしない、人の名誉を傷つけることをしない、他人を悪く憶測しない、礼拝のつとめを行なう、喜捨を行なう。中国のムスリムは五功五典三徳十行などの修功を信奉している。
儒家の「智仁勇」は大智、大仁、大勇である。私たちが学ぼうとするとき、最も重要なことは、老師の教えを信奉し、それに従うことである。「教えを信奉し、従う」は前に述べた「使徒を信ぜよ」の意味である。これは「智」であり、真実の智慧である。「善を行ない、過ちを改める」ことができるのは、「仁」である。「禁戒を犯さない」は「勇」である。大智、大仁、大勇は儒家の三つの達徳(古今に渡ってふみ行なうべき道徳)である。したがって、この三句経の経文はすなわち、「三徳の要め」であり、自己の智慧と徳行を成就させることである。
仏教とイスラム教の最も基本とする教条[ドグマ]はみな、同じである。「殺生せず、盗まず、邪淫せず、妄語を言わず、二枚舌を使わず、ざれごとを言わず、悪口を言わず、貪らず、怒らず、迷わず」が基本の教条[ドグマ]である。この教えにのっとり、真剣に努力し行なわなければならない。

四、「紛争を和解させる。事を終らせ、人の心を安らかにさせる」
現在の社会では多くの人たちが誤解をしている。イスラム教徒は過激分子で、いたるところで騒いでいると思っている。『コーラン』ではこれを絶対に禁止していることを知らない。『コーラン』では確かに、「聖戦」(ジハード)について幾度も言及している。しかし、聖戦は自衛のための戦争である。外部からの侵略に対して、ムスリムは抵抗しなければならない。決して、ゆえなく戦争や騒動を起こすのではない。したがって、イスラムの信者がみな、『コーラン』のアラーの教えを理解していれば、何の理由もなく、他者を傷つけることなどあるはずがない。たとえ、報復しなければならない恨みがあったとしても、無辜の者を傷つけることは決してない。これはアラーの慈悲である。

五、「賢き善き人に親しみ、邪悪から遠ざかる」
これは私たちが常々口にする、悪を断ち、善を修め、功徳を積むということである。最も重要なのは善き人に親しく近づき、邪悪から遠く離れることで、これは自己の修養と徳行を増進せる要めである。邪悪とは何か。テレビ、新聞、雑誌に掲載されているものはすべて暴力、色情、殺人、窃盗、邪淫、妄語であり、私たちはこれらから遠く離れなければならない。私はすでに四十数年テレビを見ず、新聞を読まず、雑誌も読んでいない。「邪悪から遠く離れている」ことを真実に実践しているのである。
「賢き善き人に親しむ」には、聖人や先賢の経典はすべて、賢人であると知る必要がある。私は『コーラン』を読んで、マホメットに親しんだのである。『新約聖書』と『旧約聖書』を読んで、モーゼとイエスに親しんだ。仏教の経典を読んで、釈迦牟尼に親しみ、もろもろの大菩薩や祖師、大徳に親しんだ。儒家の書を読んで、孔子、孟子に親しみ、道家の書を読んで、老荘に親しんだ。私は毎日、聖人や先哲の教えを信奉し、従って、十善業道を不退転で実践し、人倫の道に従っている。だから、法悦充満して、心には煩悩もなく、憂慮すべきことや気がかりなこともない。物質的には、生活できればそれでよいのだから、そこに楽しみを求めようとは思わない。

六、「常にアラーの尽きない慈愛を心に抱く」
「常に心に抱く」とは主とともにあることである。「慈愛」は、仏教でいう「慈悲を本となし、方便を門となす」ことである。イスラム教では「アラーはまごうことなく慈悲深いお方である」、『新約聖書』と『旧約聖書』では「神は民を愛したまう、主は民を愛したまう」と説いている。したがって、慈愛は真実、永遠であり、宇宙の大徳であり、私たちの本性の徳の働きである。しかしながら、現在私たちの慈愛は煩悩によって邪魔されている。「常にアラーの尽きない慈愛を心に抱く」とは、常に自らの性がもともと具えている大徳を抱くということである。私たちは自らの性がもともと具えている大徳の大慈大悲を真実、実践しなければならない。たとえ、身内の前世の報いによって殺されそうになっても私は相手に対して、常に尽きない慈愛を抱く。なぜであろうか。それは、私が、相手と私が一体であると知っているからである。経典がいう、私たちの主とあなたがたの主は一つなのである。相手が私と対立しても、私は相手と対立してはいない。対立がないのは、了解[りょうげ]しているからである。対立している人はまだ了解[りょうげ]していないからである。
私のお話は、本日はここまでとします。ごく簡単に、『コーラン』の中の最も重要な句を取り出して、私の学びの報告としました。大方のご教示をお願いする次第です。


TPP交渉阻止・違憲訴訟に奮ってご参加下さい 

TPP交渉差し止め違憲訴訟への協力申し込みが、WEBでも出来る様になりました。(WEB申し込みはこちら

街の弁護士日記でTPPの危険性を詳しく書いておられますので、ここに複写させていただきます。
TPPによって国民は、憲法が保障している人権の総てを奪われ、
国民主権の国であった日本を、投資家主権(投資家の利益最優先)の国に変えられてしまいます。
 憲法の三大原則に即して言えば、
TPPは、三原則のうち「国民主権」を「投資家主権」に、「基本的人権の尊重」を「投資家利益の尊重」に書き換えてしまうものなのだそうです。
TPP交渉阻止・違憲訴訟に奮ってご参加下さいます様お願い申し上げます。
     (以下引用)

【拡散希望】TPP交渉差止・違憲訴訟に一人でも多くの方のご協力、ご参加を!
TPP交渉差止・違憲訴訟弁護団共同代表 岩月浩二

▼TPPと日本国憲法
 マスコミは未だにTPPといえば農産品の関税の問題であるかのような報道を続けている。

 しかし、TPPの本質は、そこにはない。
 日本国憲法を根底から書き換えることに本質がある。
 一言で言おう。
 TPPは、日本国の民主主義を滅ぼし、国民の命を危うくする。

 「国民の国民による国民のための政治」を「国民の、投資家による、投資家のための政治」に書き換える。

 憲法の三大原則に即して言えば、TPPは、三原則のうち「国民主権」を「投資家主権」に、「基本的人権の尊重」を「投資家利益の尊重」に書き換えてしまう。

 投資家が投資家の利益のために国を支配し、名目上の主権者である国民はそれに服従させられる。それは現代の奴隷制である。


▼TPPは関税だけの問題ではない
 少し注意深い人であれば、TPPが関税の問題に限られるものではないことに気づいている。
 それは、食の安全を脅かし、医療制度の問題に関わっている。そして、労働者の権利の蹂躙と、圧倒的な国民の貧困化の問題に関わっている。
 なぜ、TPPが食の安全や医療を脅かすのか。

 簡単なことだ。食の安全を脅かす巨大な食糧産業は、世界的な食糧の支配を狙う。世界の食糧を思うままに左右するときの利益が莫大なものに上るのは見易い。

また、命を人質にとられれば、金に糸目を付ける訳にはいかない。かくして医療の自由化は莫大な利益を医療産業とこれと結託する保険会社に保障する。
 
他方で、野放しの企業活動の自由は世界民衆の労働の権利を侵害し、貧困に追いやる。しかし、貧困層であっても食糧産業や医療産業の支配から逃れることができないのは見やすい。しかも、食糧産業や医療産業は富が集中する一部富裕層に特別なサービスを提供することで、さらに莫大な利益を挙げることができる。
 
TPPの先取りといわれる国家戦略特区の問題も、規制改革会議の問題も、全て命をダシにした金儲けに関わっている。

 TPPが狙うのは国民の命だ。


▼TPPの基本原理
 TPPは専門分野としては「国際経済法」に属し、TPPの基本原理は、国際経済法の基本原理に従う。

 国際経済法の基本原理は次のようなものだ。
 
国際経済活動によるグローバルな資源の最適配分こそ、諸国民の富を最大化する。したがって、自由貿易を妨げる障壁は撤廃しなければならない。またグローバルな企業活動の自由を保障することこそ、資源の最適配分に資するのだから、「公正な競争市場」を制約する各国の制度(法律、条例、行政や裁判)や慣行は排除されなければならない。環境や人権等の価値は、投資家利益尊重原則に付随する修正原理でしかない。

 この構造は、日本国憲法の基本的人権尊重原則と、真逆だ。国際経済法原理は、企業利益を最大限に尊重し、必要最低限の範囲で人権による制約を認める構造に憲法を書き換えてしまう。

 この原理から、農産品の聖域なき完全撤廃が求められ、食の安全基準が自由貿易を妨げる障壁として攻撃される。厳しすぎる自動車の環境基準が攻撃されるのも国際経済法の「資源の最適分配こそ諸国民の富を最大化する」というテーゼによれば、当然なのだ。なぜなら、厳しすぎる食の安全基準や環境基準は、必要最低限の規制ではないからだ。

 自由貿易といいながら、実態は「強制貿易」であり、国家に対する「管理」貿易でもある。


▼企業主権国家
 TPPのルールを決定するのは、米国の一握りの大企業であり、これと結託する日本政財界である。彼らが決定したルールが、日本国憲法の基本原則を書き換えるのだ。
 
また、外国投資家と国家の紛争は、ISDと呼ばれる国際裁判で裁かれることになる。日本の裁判所の権限は及ばない。

 国際裁判と言っても国際司法裁判所のような公的な常設機関ではない。その都度、三人の仲裁人が選ばれ、判断を下す。上訴のない一審限りの制度で、結論を出せば、仲裁人団は解散する、その場限りの私的裁判である。仲裁人は、国民とは縁もゆかりもない。仲裁人の大半は、そこから莫大な報酬を得るビジネスロイヤーによって占められている。

 民間法廷の判断基準は、自由貿易・公正な競争市場の原則に照らして、投資家の合理的な期待利益が侵害されたかどうかを判定する極端に一面的されたものだ。
 
かくして、TPP参加各国を支配するのは、グローバル企業とその支援を受ける一握りのビジネスロイヤーとなる。
 国民の手の届かないところで、一国のあり方が左右される。

 国民主権原理が破壊されるという所以である。


▼ TPP交渉差止・違憲訴訟へご協力・ご参加を
 危機的な状況の今、正面からTPPの違憲性を問う訴訟が準備されている。
 いうまでもなく困難な訴訟だ。法的にだけではなく、最高裁を頂点とする司法が対米従属の組織であるというあからさまな政治的意味でもことは極めて困難である。
 
しかし、TPPは国民の命を狙っている。TPPが効力を生じれば、圧倒的多数の人々が被害を受け、しかも後戻りすることができない。私たちの国はグローバル資本にがんじがらめに拘束され、孫子の代まで命と健康を蝕まれる。
 
この裁判は、やむにやまれぬ気持ちに駆られた人たちが立ち上がった裁判だ。
 
多くの方が、訴訟の会に参加され、原告になられることを切に願う。
 TPP交渉差止・違憲訴訟の会のホームページ(http://tpphantai.com/)から入会申込をし、委任状をダウンロードすることが可能だ。 

今日、予定になかった日米首脳会議が持たれている。
あの安倍嫌いのオバマが安倍に会うというのだ。
TPPが論議になるという。
米国にとって、TPPの最大の狙いは、巨大な日本市場の支配だ。
だからTPP全体がまとまらずとも日本市場を支配する日米FTAが展望できれば、オバマにとっては、大きな成果だ。
極めて危険な事態が生じる可能性もある。

TPPを成立させない為にも、集団的自衛権行使容認を認めない為にも、卒原発を促す為にも、消費税増税、辺野古埋め立てをさせない為にも、秘密保護法を認めない為にも、与党批判の為の投票に必ず行こう。 

TPP国有企業改革、年内決着も 難航分野に交渉期限
2014年11月16日 02時00分
 環太平洋連携協定(TPP)交渉合意に向け各国閣僚がまとめた「共同作業計画」の概要が15日、明らかになった。難航分野を中心に交渉期限を設定し、国有企業改革、環境、知的財産の一部は年内に決着させる目標を掲げた。知的財産分野のうち著作権の期限は来年1月中旬としたが、医薬品データの保護期間など最難関の項目では期限を設定できなかった。

 今後の交渉の工程を示す作業計画の内容が明らかになるのは初めて。来年早期の大筋合意を目指す日本や米国の意向に沿って交渉の進展を促したが、先進国と新興国の対立は色濃く残っている。設定した期限までに各分野の交渉が終わるかどうかは不透明だ。 (共同)



自民党は2012年末の総選挙の時には、TPPには参加しないと公約していた。
それなのにアメリカ以外は日本だけが、TPPを強引に合意に持ち込もうとしているのである。
TPPは世界を股に掛けて経済活動をしている大企業に有利なだけで、
アメリカを含む参加国国民の権利を、総べて奪う事を目的とした経済協定と看做されるものである。

アメリカ政府の言うままに諸外国の反対を押し切って、
TPPを現在の内容のまま推進する事に日本が協力するなど、
日本が民主主義国で、日本政府が国民の代表として政治を行っている政府であるなら、
絶対に有り得ない筈のことである。

最近のニュースによると、
前回の総選挙から2年しか経っていないのに、
政府は又年末の総選挙を計画しているそうである。

ネット上で語られている今回の選挙の争点に付いては、人によって様々であるが、
どの人の説も「まさしくそれが今回選挙の争点だろう」と思われるような事柄に思える。

それ位に安倍政権は、国民の権利を犯し、国を危機に曝す政策を、
次から次にと、枚挙に暇がないほどの数、強行した暴政内閣だったのである。

この選挙運動中与党候補者は、TPPに関する前回の公約違反の詫びを言うのだろうか?
原発再稼動の危険性を政府に強く言って、絶対に再稼動を阻止すると約束するのだろうか?
集団的自衛権行使容認の閣議決定は憲法違反であるから、絶対に取り下げさせると約束するのだろうか?
消費税増税は1年半後にもさせない。消費税増税は凍結させると言うのだろうか?
沖縄の自然を守る為、政府に辺野古埋め立てを、撤回させると約束するのだろうか?
特定秘密保護法等言語道断、絶対に撤回させると言うのだろうか?

国民がこの政権のやって来た事を詳しく知っていたら、
自公政権は絶対に再選などされる筈のない政権である。
こんな政権がどうして今、自ら解散総選挙に打って出るのかというと、
マスコミを仲間にしたお陰で、まだ国民がこの政権が決めた事の重大性に気付いていないから、
国民が気付く前の今のうちに再選させ様との魂胆なのだろうと言う。

政府自民党は今のままだと2年で終るかも知れない権力を、4年間に延長する為に、
敢えて今、解散総選挙する事を選んだのだろうという説が大多数である。
来年以降になると、原発事故の放射能汚染による発病者が続出するだろうから、
2年後に選挙したのでは、自民党の壊滅は免れないだろうから、
そうなる前に総選挙をして、議員生命を延ばして置こうとの目論見なのだとか。

師走と言われる12月に投票日を選んだのは、
国民が忙しさで棄権する率が高くなる事を希望しての事だろうという話である。

この様に政府与党は、国民を騙して、これ迄通りの悪政を続ける算段ばかりしている様である。

政府与党が今回の総選挙で、主権者の棄権を願っているのだったら、
私は絶対に棄権等しない。
今日本にある政党で、当選して良い政治をしてくれそうな政党が見当たらなくても、
私は雨が降ろうが槍が降ろうが、絶対に投票に出かけて、
与党候補以外だったら誰でも良いという選び方ででも、
政権与党を批判する為、必ず投票に行こうと思った。

パンスペルミア説(地球の生命は宇宙に由来するという考え方) 

昔は地球生命の起源は地球上・海の中というのが常識でしたが、
最近は宇宙から来たというパンスペルミア説が、それ程特別な説ではなくなりつつあるそうです。
In Deepによると、
イギリスの欧州宇宙機関の探査機ロゼッタの子機が着陸したチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の探査は、
生命の起源の謎の解明になるかと期待されているそうです。

パンスペルミア説は現代宇宙学の「隠れスタンダード」となりつつあるそうです。
昨年9月23日のIn Deepの記事に、下記記事が引用されています。

『生命・DNAは宇宙からやってきた』第2章「地球大気へ侵入する彗星の物質たち」より
フレッド・ホイル / チャンドラ・ウィクラマシンゲ共著


1960年代には、アメリカの科学者たちが高度 40キロメートルまで気球を飛ばして、成層圏にバクテリアがいるかどうか調査した。その結果、ごく普通のテクニックで培養できる生きたバクテリアが回収され、実験者を当惑させた。

さらに問題だったのは、バクテリアの密度分布だった。成層圏の中でも高めのところでは、1立方メートルあたり平均 0.1個のバクテリアがいて、低めのところでは 0.01しかいないという結果になったのだ。

高度が高いほど多くのバクテリアがいるという結果は、バクテリアが地上から吹き上げられたと考える人々が期待していたのとは正反対の傾向だった。不思議な結果に、研究資金を出していたNASAはこれを打ち切ってしまった。

1970年代後半には、旧ソ連で同じような実験が行われた。彼らは、成層圏より上の中間層にロケットを打ち上げて、高度 50キロメートル以上の高さでパラシュートにくくりつけた検出装置を放出した。パラシュートが落下するにつれて、いろいろな高さで次々にフィルムが露出され、粒子を付着させては密封された。

回収されたフィルムを研究室に持ち帰って微生物を探したところ、 50から 75キロメートルの高度について、バクテリアのコロニーが 30個ほどできた。中間層は空気が薄く、バクテリアはすみやかに落下する。したがって、中間層のバクテリアの密度は成層圏では数ケタ低いはずだ。それにも関わらず、これだけの結果が出たのである。

なお、この実験もたったの3回で打ち切られてしまった。

アメリカと旧ソ連で行われた実験は、はからずしてバクテリアが宇宙からやってきたというわれわれの仮説に見方してしまった。


In Deepの記事によると、
彗星にバクテリアなどが生きた状態で存在するとすれば、凍結した上に温度変化の少ない彗星の内部でなければ無理です。基本的に微生物は、絶対零度(マイナス 273℃)などの超低温になっても死にませんし、むしろ長く保存されます。

これは、たとえば、精子の保存を考えるとわかりやすいと思います。これは動物の精子の保存についでてすが、高知大学農学部のサイトの、

細胞や組織を-196℃の液体窒素の温度に冷却すると、(略)生存させたまま半永久的に保存することができます。


というように、大型生物は無理でしょうが、気温が低い中では微生物なら事実上永久に保存されます


との事です。
もっと大型生物を見つけるには、
太陽熱で温度が上昇する彗星表面の探査だけでは、
新しいデータは余り期待出来ないかも知れません。
その上、ロゼッタの子機に仕事をさせる為には、
太陽光発電で1日に6~7時間の充電が必要なのに、
着陸した地点が1時間半程しか光が当たらない所だったから、
データの送信もできず、彗星の表面の詳細な分析データも得られない可能性があるそうです。

それでも、パンスペルミア説(地球の生命は宇宙に由来するという考え方)は着実に、広がりつつあるようです。

でも地球の周りにはヴァン・アレン帯があるから、
人間がヴァン・アレン帯の外の宇宙に行く事も出来なければ、
宇宙人がヴァン・アレン帯を通過して来る事も出来ないのだそうですね。




原油価格下落に泣く国は何所? 

原油価格下落、ロシア経済の足かせに=IMF報道官
2014年 11月 14日 [ワシントン 13日 ロイター] - 国際通貨基金(IMF)のマレー報道官は13日、ロシア中央銀行が通貨ルーブルの値幅制限を廃止し変動相場制に移行したことに支持を示しながらも、同国経済に対する原油価格下落の影響は相殺しきれないとの見方を示した。

同報道官はロシアの変動相場制への移行について、インフレをより効率的に制御できるようになり、外部からの衝撃に対し調整する力が高まると指摘。

ただ、原油価格の下落による影響を完全に相殺することはできないとし、ロシアの経済成長率は一段と落ち込むとの見方を示した。


原油価格はアメリカとサウジアラビアが、相談して下げたのだそうだけれど、
原油価格が下げられた事で一番の痛手を受けたのは、アメリカのシェールガス業者だという説もある。
ワシントンは自ら油染みた墓穴を掘ったのだろうか?(マスコミに載らない海外記事)
シェール・オイルの枯渇と米対外政策の行き詰まり (芳ちゃんのブログ)

自由主義経済とは言っても世界の物の値段は、
必ずしも需要供給によって決まっているものではないようである。
日本には独占禁止法という法律があるそうだけれど、
世界にはそういう法律はないのだろうか?

巨大資本に物を言わせあらゆる手を使って、競争相手(国)を潰して行き、
世界の物価を自由に操作出来るオールマイティーの国が、覇権国というものらしい。

アメリカは今覇権国の地位を脅かされかねない状況に陥らされ、
四苦八苦しているという事らしいが,
貧すりゃ鈍するは個人の事だけではないらしい。

アメリカは覇権国に拘らなかったら、広い豊かな国土を持っているのだから、
アメリカ国民はもっと幸せに暮らして行けただろうにと思うのだけれど・・・・・・

40年を超えた原発まで再稼動したがる電力会社 

関電が高浜原発2号機の保安規定変更認可を申請
 関西電力は11日、来年11月14日に運転開始から40年となる高浜原発2号機(福井県高浜町)について、10年は安全な停止状態を維持できるとする高経年化技術評価などをまとめ、原子力規制委員会に保安規定変更認可を申請した。

 規制委が昨年6月に出した高経年化対策のガイドに基づき、原子炉機器などの劣化状況を調査。保守管理で安全な冷温停止状態を維持できると結論付けた。

 高浜2号機の保安規定変更認可は、運転開始から40年となる日の1年前までに申請しなければならなかった。40年超の運転を行うには、特別な点検などを行ったうえで平成27年4~7月に申請することになっている。


40年超原発 運転は各社判断と菅官房長官は言っているそうである。

民主党政権の時再稼動は原則40年未満の原発と、原則という文字を入れていたのが気になっていたが、やっぱりこういう事を目論んでいたのだろう。

要するに電力会社は古い原発でも、
再稼動申請中という事にしておけば、廃炉作業に費用を掛ける事もいらないし、
総括電価方式で古い原発も発電の為の資産として置く事が出来たら、
電力料金を高く設定できるから、
危険を犯してでも、原子炉を何時までも使い続けたがるのではないだろうか。

又世界的に実現は無理と、ほぼ諦められているプルサーマル計画に、
いつ迄も固執しているのも、
使用済み核燃料を発電の為の資産として計算できたら、
総括電価方式で電力料金を高くする事が出来るからだろう。

使用済み核燃料も、必要な処理を施して安全な所に保管処理等したら、
使用済み核燃料は只のゴミになってしまうから、
電力会社はどんなに危険であっても、今まで通りに、
プールで冷やし続けているのだろう。

総括電価方式がある限り、電力会社は使用済み核燃料の処理も、
原発の廃炉も出来るだけ逃れようとするだろう。
政府は地震国日本では、原発や使用済み核燃料が、どんなに危険なものであるか分かっていても、
こういう身勝手な電力会社の意向に従って、
使用済み核燃料の保管処分もせねば、
古い原発の廃炉指示も出さない。

それ処か莫大な国費を使って、成功の見込みもないプルサーマル計画を維持し続けている。

今後原発や使用済み核燃料によって、
日本国土が人間の生存に耐えない土地となったら、
電力会社は倒産して、総てをホッタラカシにして逃げればよい、と思っているのかも知れない。

今早急にせねばならない事は、個別の再稼動に反対する事と同時に、
「総括電価方式」の見直しではないだろうか?

法律で脱原発を決めていてもTPPが発効したら、
TPPのISD条項で、原発の稼動を禁止できなくなる恐れがある。
総括電価方式の抜本的見直しをして、
もしTPPが発効しても、原発を続けたがる業者がいなくなるように、
設定し直しておく必要があるのではないだろうか?

慈悲と叡智を兼ね備えられた両陛下 

今朝大我楼2014 様から頂いたコメント(こちら)に書いた返事コメントが、
或サイトに、もう引用されていました。
それで両陛下の値打ちを分かってくださっている方々も多いのかなと勇気付けられ、
記事にしてもっと多くの方に読んでいただきたいと思い再掲します。
* * * * *
大我楼2014 様
コメント有難うございます。
皇太子様がどんなに節操の固い誠実な方であるかに付いては、私も感嘆している所です。

雅子様ご発病前、皇太子様が雅子様の事に付いて、マスコミに訴えられた時、
両陛下が皇太子様はああいう事をされない方が良かったと、お傍の方に仰ったと言う話も聞きました。
それでも両陛下は冷たい方ではないと私は思います。

陛下は皇太子殿下だった時代からずっと、
皇室がマスコミの毒牙に曝され続けて来たのを、つぶさに見て来られた方です。
下手に批判などしたら「倍返し」どころでは済まない事を良くご存知だったのだと思います。

昨年春皇太子ご夫妻がオランダ国王に招かれて、
何年ぶりかの海外ご公務を、オランダでなさる事が出来たら、
それが雅子様の自信につながって、ご快癒が近づくのではないかと期待されていた頃、
安倍政権はこの属国状態の日本が主権を回復した日だと偽って、
「主権回復の日」の記念式典なるものを目論み、
両陛下に出席を要請しました。
両陛下は嫌がっておられるという噂でしたが、
余り喜ばしそうなお顔ではないものの、御揃いで出席されました。
(あの主権回復の日の式典は評判が悪かったのかあの年だけでしたが・・・・・)
天皇陛下がもし体調の為、あの式典への出席を拒否されていたら、
皇太子ご夫妻はご病気の陛下を置いてオランダに行かれる分けには行かないでしょうから、
オランダでのご公務は取りやめにせざるを得なくなっておられた事でしょう。

それで両陛下は事実に反する主権回復の日なる行事へ、耐えがたき思いを耐えられて、ご出席なさったのだろうと、私は拝察しています。

両陛下が東宮様バッシングの大元であったなら、
雅子様の再起のきっかけになるオランダ訪問の邪魔をする事位簡単に出来られた事なのです。

でも両陛下はそんな事をなさるお方ではありません。
只、お若かった皇太子様よりより苦労されただけ、
軽はずみな事を控えておられるだけだと思います。
(皇太子様もあれ以降、マスコミに訴えるような事をなさらないのは、それに気付かれたからだと思います。)

天皇陛下がマスコミ批判をなさって、マスコミの矢面に立たれるような事をなさったら、
彼等(マスコミの陰のフィクサー)は、天皇陛下の抗議だからと言って遠慮するような輩ではありませんから、
新聞や週刊誌総動員して、
天皇バッシングを始めかねません。

そんな事になったら、それこそ皇室の権威は地に落ちてしまいます。

両陛下は両陛下を誤解している人々が思っているような、ふがいないお方でありません。
並々ならぬ英知と慈悲心とを兼ね備えられた素晴らしいお方だと、私は思います。
日本の政治へのご憂慮も的を得たものと拝察されますし・・・・・

こんな立派な方が、こんな状態の日本の天皇陛下にお生まれになられたのも、
故なき事ではないのかも知れないなどと言ったら、狂信的と言われるかも知れませんが・・・・・
[2014/11/12 10:16] URL | 和久希世     [ 編集 ] TOP ▲

総選挙近し? 


安倍首相、衆院解散を検討 増税判断めぐり年内も選択肢
2014年11月11日14時40分
 安倍晋三首相は、消費税率を10%に引き上げるかどうかの判断をめぐり、衆院解散・総選挙を視野に検討を始めた。早ければ経済指標の速報値が出る来週に判断し、年内解散に踏み切ることも選択肢に入れている模様だ。公明党の山口那津男代表は11日、早期に選挙準備を進めるよう指示を出した。解散・総選挙に向けた流れが加速している。

 政権与党内には、今月17日に発表される7~9月の国内総生産(GDP)の1次速報値を受け、安倍首相が増税先送りを決断して解散を表明するとのシナリオが広がっている。その場合、12月14日か同21日の投票が有力視されている。

 これを受け、公明党の山口代表は11日午前の記者会見で「報道各社の解散についてのシナリオや見通しも含めた情報が重なってきている。自民も解散を視野に準備をすると明言されている。我々として、それなりの構えを考えざるを得ない」と語り、党幹部との会合で総選挙に向けた準備に入るよう指示したことを明かした。公明党の支持母体・創価学会も同日、緊急の幹部会を開き、総選挙の対応について協議する。同党関係者は「21日か14日の投開票になっても良いように準備を進めている」と述べた。


総選挙近しの噂は本当なのだろうか?
そういえば2~3日前テレビで、維新の党を持ち上げる報道をしてたな~
あの大泣き県議の写真を出して、
維新の会は議員歳費に付いてこんな取り組みをしているとか何とか・・・・・

市議会で大阪都構想が否決されたけれど、どうしても大阪都を創りたい受益者集団が、
維新の会を応援して、都構想実現を国にさせようと目論んでいるのかな?
財閥等の利益を守る意思表示をしたものは、マスコミが大々的に宣伝するから、
総選挙なんて結局財閥の代理人選びの為にしているような感じである。

大部分の選挙民は、自分たち庶民の味方が誰なのか、知りようがない者が大部分だから、
マスコミで聞いた事のある人に投票する事になって、自分たちを苦しめる政治家ばかり選ぶ事になりかねない。

私も今選挙してもらっても、入れるべき人が見当たらないし、
いい人を選ぶ事が出来てその人に投票しても、
又ムサシ君の活躍で不正選挙が行われ、落選してしまわれるかも知れない。
不正選挙の疑いが濃厚でも、マスコミが知らん振りしてたら、通ってしまう世の中だし・・・・・

選挙に行った事で投票率上げに協力して、
財閥の代理人議員の正当性を認めた事になるくらいなら、
いっそ棄権してしまおうかな?

でも、もしかしたら私の一票で、私の支持する人が当選できるかも知れないし・・・・・

極東に平和が戻って来る? 

日中首脳が会談 安倍政権で初
2014年11月10日 夕刊
 【北京=高山晶一】安倍晋三首相は十日昼(日本時間同日午後)、中国の習近平国家主席と北京市内の人民大会堂で会談した。首相は、第一次安倍政権で掲げた「戦略的互恵関係」の原点に立ち戻り、両国が未来志向で関係改善を図るよう呼び掛ける考え。日中首脳会談は、二〇一一年十二月に当時の野田佳彦首相と胡錦濤国家主席が会談して以来、約三年ぶり(国際会議などでの短時間の接触を除く)で、第二次安倍政権では初めて。 

 会談で、首相は、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)などで偶発的な衝突を避けるための「海上連絡メカニズム」構築に向けた協議を求めたとみられる。習氏は、歴史認識問題などで首相に譲歩を求めた可能性がある。


これ以外にも「プーチン 安倍両首脳 平和条約準備を取り決め
という記事もあった。

今回の北京APECの首脳会談では、画期的な事が次々と行われようとしている。
これで日本は幾らかまともな運営をする事が出来る様になるのかな?
それともこれらは、噂されている年内解散の為の事前運動の様なもので、
前回総選挙の時と同じで、自民党は総選挙に勝ったら、当然のような感じで、
公約と真反対の事をする積りなのかな?

歴史的演説と評されているプーチン・ロシア大統領の演説 

先月25日ロシアのプーチン大統領は、
英国のファイナンシャル・タイムズ紙が、
「ソチで開催されたヴァルダイ・クラブでの会議にて、プーチン大統領が行った演説は国際政治においてはもっとも重要な演説のひとつである」
と評した様な、素晴らしい演説をされたらしい。

芳ちゃんのブログ プーチンから西側のエリートへ - 「パーテイは終わった!」 に、
プーチン大統領の演説に付いて書かれたニュースやブログ記事等を翻訳して載せておられる。(長い演説だったとかで全文は載せてはおられない。)
色々な反応記事を載せておられるがその中で、プーチン演説の要点を箇条書きにしてあるClubOrlovというブログ・サイトの翻訳を転載させて頂く。

最近の日本やアメリカの政治家の論理に較べて、プーチン大統領の論理は正邪善悪が、
私の様な単純な者にも、可也受け入れやすいものになっていると感じられた。
<引用開始>
英語圏に住むほとんどの人たちは数日前にソチのヴァルダイ・クラブで行われたプーチンの演説は見逃してしまったのではないだろうか。あるいは、この演説については何らかの情報を得ていたとしても、それを読む機会には恵まれず、その重要さにはまったく気づかなかったに違いない。(あなた方の便利さのために、演説の全容を下記に貼り付けておこう。)西側のメデイアはほとんどすべてがこの演説を無視した。もしくは、その意味するところを歪曲しようとした。プーチンのことをあなたがどう思っているのかには関係なく、また、たとえ太陽や月の存在と同様にプーチンについてはまったく考えることがないにしても、この演説は1946年3月5日にチャーチルが行った「鉄のカーテン」の演説以降ではもっとも重要な演説である。

この演説で、プーチンは突然ルールを変えた。以前は国際政治のルールはどんなだったかと言うと、こういう風であった:国家の主権という聞こえの良い虚構を維持するために政治家が公式見解を表明する。しかし、それは単なるショウであって、国際政治の実態には何の関わりもないのである。そうこうしているうちに、政治家たちは陰で秘密交渉を行い、実際の取り組みが決定される。以前、ロシアも対等に取り扱われることを前提にして、この取り組みに期待し、プーチンはこのゲームに加わろうとした。しかし、その希望は粉々に打ち砕かれ、この会議で彼はついに「ゲームは終わった」と宣言した。党の領袖や政治的指導者の頭ごなしに人々と直接話をすることによって、彼が西側のタブーを破ったことは明白である。

ロシア人ブロガーがプーチンの演説の中でもっとも際立つ点を次のように整理してくれた:

1. ロシアはもはやゲームには加わらず、些細なことで秘密交渉をするようなことはしない。しかし、もしもこれらの活動が集団的な安全保障を導き、公正さを運営の基盤とし、それぞれの側の利益を配慮するというのであれば、ロシアは真面目な話し合いや合意については何時でも参画する用意がある。

2. 世界中の集団的安全保障システムは今や壊滅の瀬戸際にある。国際的な安全保障を保証するものは何もない。それらをすっかり破壊してしまった国の名前はアメリカ合衆国だ。

3. 「新世界秩序」の構築は失敗に終わり、砂上の楼閣を築き上げた。如何なる種類の新世界秩序が構築されることになろうとも、それは単にロシアが決定するものではないし、その決定はロシアの参画なしに行われるようなものでもない。

4. ロシアは社会秩序に新機軸を導入するよりもむしろ保守的な取り組み方を歓迎するが、それらを導入することが正当化できるかどうかを確かめるためにそれらの新機軸を詳しく調査し、検討することには反対ではない。

5. ロシアは拡大するばかりの米国の「無秩序の帝国」によって創出された濁り切った水域で魚を釣ろうとする意志は毛頭ないし、ロシアは自分自身のために新しい帝国を構築する意思もない(ロシアはすでに十分に大きな領土を所有しており、ロシアの挑戦はそれを開発することにある。新帝国はまったく不要である)。かってはそうしたこともあったが、ロシアは世界のための救済者として活動する積りはない。

6. ロシアは自分たちのイメージに沿って世界を再形成する積りは毛頭なく、他国がそのイメージに沿ってロシアを再形成することも許容するものではない。ロシアは世界に対して自国を閉ざそうとするものではないが、ロシアを世界から締め出そうと試みる国は嵐のような報いを受けるであろう。

7. ロシアは無秩序が広がって行くことを望むものではなく、戦争を望んでもいないし、戦争を開始する意思もない。しかしながら、今日、ロシアにとっては世界規模の戦争が始まることはほとんど不可避に見えるところから、それに対する準備を怠ることなく、準備を継続して行きたい。ロシアは戦争を望むものではないが、戦争を怖がっているわけではない。

8. ロシアは新世界秩序を構築しようとしている連中の邪魔をしようとは思わない。かれらの取り組みがロシアの主要な利益を侵害するようになるまでは邪魔をする気はない。ロシアは彼らを傍観し、可哀そうにも頭にはいくつものこぶを作ることになるかも知れないが、彼らの様子を眺めることにしたい。ロシアをこのプロセスへ引きずり込もうとする連中は、ロシアの国益を無視したことによって真の痛みがどのようなものであるかを悟ることになるだろう。

9. ロシアの外交政策、ならびに、それにも増して国内政策においては、ロシアの力は一握りのエリートたちや彼らが行う秘密の取引に頼るものではなく、国民の意思に頼るものである。

これらの9項目に私はもう1項目を付け加えたいと思う。つまり、

10. 世界戦争を避けることができる新世界秩序を構築することは依然として可能である。この新世界秩序は必ず米国を含んでいなければならない。しかしながら、それは米国が他国と同じ条件で加わり、米国は国際法や国際的合意事項に拘束され、一方的な行動を差し控えなければならず、他国の主権を全面的に尊重する場合だけである。

すべてを総括すると、こうだ:

遊びの時間はもう終わった!さあ、子供たちは玩具を片付けて欲しい。今からは大人の時間で、意思決定をしなければならない。ロシアは用意ができているが、ロシア以外は?

<引用終了>

皇室の権威を落とす取り組みの一つに、抗議してみたけれど・・・ 

昨日はもう立冬だった。
だから今日のような穏やかな日は、小春日和と言うのだろう。
こんな小春日和の穏やかな日は・・・・・
山口百恵の歌が思い出されるが、
あの頃の日本人は、本当に希望に満ちていたな~と思う。

今日ブログに何を書こうかなと思った時、余りに大きな問題が目白押し、
勝手にどんどん日本を売って行ってしま政府に、
何を書いても無駄なような気がして虚しくなって、何にも書く気がしなくなっている。

先日来私が或人達と、皇室に関する事で、詰まらない問答をしていた事でも書こうかな?

彼女達は政治の事など全然関心がなく、皇室の噂をしているのも、いわば芸能人の噂をしているのと大差ない感覚。
その底にあるのは、もしかしたら、皇太子妃を藤原氏から奪った憎っくき女として、民間出身の皇后美智子様が、憎くてたまらないという情念なのかも。

日本の寶として皇室を余り悪し様に言わないで欲しいと、皇室の悪口を見ると黙っておれなくなるたちで、又しても私は皇后様非難をしているブログに、口出ししてしまった。(こちら

彼女達には日本が原発の危険に曝されようが、平和憲法が蹂躙されて戦争に巻き込まれようが、全然気になられないようである。(コメントされた方々の中でお一人だけ、私への支持を表明して下さった方があったけれど・・・・・)
私には皇后陛下の慈愛に満ちたお言葉は本物と感じられるのだけど、
彼女達にはそれはうわべだけのように見えるらしい。
だから何としても根性悪の皇后陛下の、化けの皮をはがしてやるという執念に燃えておられるらしい。
雅子妃をあれ程バッシングするマスコミが、皇后陛下の事を褒めているのも、気に触ってならないという事のようである。

世の中には褒め殺しというやり方だってあるし、
権力者には、皇后陛下を嫁いびりの姑に仕立てるために、宮内庁職員の一部を抱き込んで、
色々と細工する事だって出来るのに・・・・・

尤も、現在の日本が皇室の存在で、
息を吹き返せるものかどうか心配な所ではあるが・・・・・

川内原発が100%安全? 

川内原発再稼働 議会に続き知事も同意へ
11月7日 13時10分
原子力発電所の新しい規制基準に初めて適合しているとされた鹿児島県の川内原発について、鹿児島県議会は本会議を開き、再稼働を求める陳情を賛成多数で採択し、川内原発の再稼働に議会として同意しました。
これを受けて伊藤知事も午後2時半から会見して再稼働に同意の意思を示すものとみられ、川内原発は再稼働に向けた大きな節目を迎えることになります。

川内原発を巡って、原子力規制委員会はことし9月、九州電力の安全対策が新しい規制基準に適合していると判断し、地元の薩摩川内市は先月28日、再稼働に同意することを決めました。
これを受けて招集された鹿児島県議会の臨時議会は3日目の7日午前から本会議で審議を行い、再稼働を求める市民団体からの陳情を最大会派の自民党と公明党などの賛成多数で採択し、議会として川内原発の再稼働に同意しました。
また、県議会では、「再稼働に向けた国の関与は十分と言えず、地元自治体は極めて困難かつ多大な負担を余儀なくされている」としたうえで、国に対し原子力発電所の安全性や再稼働の判断について国が前面に立って明確かつ丁寧な説明を行い理解を得るよう求める意見書も賛成多数で可決されました。
伊藤知事は7日午後2時半から記者会見を開くことにしていて、これまでも「薩摩川内市や県議会の判断を勘案して判断を行いたい」という考えを繰り返し述べていることから、県議会などの判断を踏まえて再稼働に同意の意思を示すものとみられます。
知事が同意の意思を示せば、九州電力が求めていた立地自治体の薩摩川内市と鹿児島県から同意が得られることになり、川内原発は再稼働に向けた大きな節目を迎えることになります。
ただ、再稼働の時期は原子力規制委員会による認可や新しい設備の検査といった手続きが残されているため、年明け以降になる見通しです。


安倍総理は先月22日国連総会の合間に行われたワールド・リーダーズ・フォーラムで、
100%安全でない原発は再稼動しないと言ったそうです。

原子力規制委員会が川内原発は審査基準を満たしていると発表した時
田中委員長が「審査基準を満たしているけれど、100%安全と言うわけではない。」と言った事は、ニュースにも載っていました。

又桜島の近くに住んでおられる岩下俊三さんがブログで、火山近くの町内の事情を、詳しく書いておられます。

桜島は住民が日常的に灰の始末をせねばならない位に、常に噴火しているのだそうです。
火山学の専門家の学者も口をそろえて「明日大爆発しても、何万年先まで大爆発が起きなくても、いずれも不思議ではない」という。つまりどれだけ研究しても完全なる「予知」は不可能に近いと言っているのだ。そうです。

上手くしたら何万年も噴火せずに済むかも知れないけれど、下手をしたら今日明日にも噴火しないとは限らないという火山の近くにある原発が、
100%安全であるわけがないではありませんか。

もし強引に再稼動した原発が過酷事故を起こしたとき、
安倍総理が国連で嘘の約束をした事で、
日本は世界の顰蹙を買い、日本国民は更なる被害に曝される事になるでしょう。

安倍総理はオリンピック招致のときも、福島原発の汚染水はアンダー・コントロール(管理下)にあると嘘を言って、
東京オリンピック開催を決めたのでした。

どうしてこんなに簡単に、息をするように嘘を言う人を、
日本人は何時までも、総理大臣として戴いていなければならないのでしょう?

地震国日本での原発の稼動は危険極まりないと、本当の事を言ってくれる人に、
日本の政治が任される日は何時来るのでしょう?
もしかしたら、日本の財政が完全に破綻して、どんな巧妙な商人にも、
日本からはもう何も吸い取る事が出来なくなった時?

態々円の値打ちを下げている政府日銀と、日本の将来 

東京外為市場・正午=ドル115円前半、短期筋がけん引し7年ぶり高値

2014年 11月 6日 12:47 [東京 6日 ロイター] -   
正午のドル/円は、ニューヨーク市場午後5時時点からドル高/円安の115円前半
だった。海外時間の流れを受けてじり高で推移し、正午前には短期筋を中心にした買いで
7年ぶりに115円に乗せた。
朝方からドルは、前日海外時間のドル高の流れを受け、114円後半で底堅く推移し
ていた。仲値公示にかけていったん弱含んだが、その後は短期筋を中心にリスク選好的な
ドル買いが強まってじり高となり、11時過ぎには115円をつけた。
「朝から115円を試そうと待ち構えていた短期筋もあるようだ」(金融機関)との
声が出ており、実需筋のフローは大きくなかったもよう。115円を超えた後は利食い売
りが先行し、いったん114.69円まで下落したが、再びじり高となった。
前日の米株式市場では、ナスダック総合指数がやや下落した一方、ダウ工業株30種
とS&P総合500種は上昇し、最高値を更新した。米中間選挙で2006年以来初めて
共和党が上下両院を支配することになり、政治的膠着状態が緩和されて景気回復が加速す
るとの見通しが高まった。米雇用統計の前哨戦とされる米10月ADP民間雇用者数が6
月以来最大の伸びとなったことも、ドルを押し上げていた。
朝方には日銀金融政策決定会合の議事要旨(10月6─7日分)が発表されたが、ド
ル/円の反応は限定的だった。議事要旨によれば、複数の委員がコアコアCPIの上昇に
一服感で消費もたつき影響の可能性を指摘したほか、何人かの委員がエネルギー価格の動
向によっては一時的に消費者物価が前年比で1%を割る可能性があると述べた。円安の影
響は、大方の委員が現時点では全体としてプラス方向に働いていると認識している、など
とした。

<くすぶるECB追加緩和観測>

欧州中央銀行(ECB)理事会を控え、資産買い入れ対象の拡大について何らかの示
唆があるかに引き続き関心が寄せられている。
ユーロは、国債買い入れ型の追加緩和がいずれ必要になるとの思惑から売り込まれて
きた経緯があるが、今回の理事会は「無風通過がメーンシナリオ」(邦銀)との見方が足
元で出てきている。
前日の海外時間には、ユーロ域内の一部の中銀総裁からドラギECB総裁の運営方針
に異議を申し立てる計画があるとの報道が出て「内部のまとまりのなさが報じられた中で
、追加緩和を決めるとは考えにくい」(金融機関)との指摘もある。報道後は、追加緩和
への観測が後退してユーロ買いが勢いを増した。
ただ、日銀が予想外のタイミングで追加緩和を打ち出したことへの連想から「まだE
CBが動く可能性がないとは言い切れない」(国内金融機関)との警戒感もくすぶってい
る。これまでに短期筋のショートポジションも積み上がってきており「無風だった場合は
ユーロが買い戻される可能性がある」(同)という。


これはドルが上がったのではなく、円が下がったのだろう。
アメリカの中間選挙の結果と、ちょっと似ている。
木霊の宿る町」によると、
オバマを積極的に評価するアメリカ人が四割に落ちているが、共和党を積極的に評価するアメリカ人は二割台に落ちているそうである。
それでもアメリカの中間選挙では、共和党が圧勝という結果を示している。

共和党が上がったのではなく、オバマ民主党の人気が下がっただけと言うのと、
ドルが上がったのではなく、円の値打ちが下がったのだというのと、ちょっと似ているような気がする。

円安誘導によって円の値打ちを下げている日本政府も日銀も、
日本を経済破綻させてでも、アメリカ経済の破綻を一寸でも先延ばしさせようとしているように見える。

これは太平洋戦争の末期、皇室存続の為に、終戦を渋った為に、
日本人は余分の空爆や原爆まで被ったというのと、ちょっと似た所があるような気がする。

日本の官僚というのはある意味変わっていないのかもしれない。
官僚は権力者の命令には、とことん従わずには置けないものなのだろう。
昔の天皇の位置に、現在はアメリカが置き換わっているだけで、
官僚の忠誠心は、今も健在であるとも言えるのかもしれない。

日本は民主主義になって国民が天皇の位置になったはずなのだけれど、
官僚の感覚では、直接命令できる者・アメリカ軍の代表者が、彼等の主人という事なのかも知れない。

「属国」(ガバン・マコーマック著)をあらかた読み終えたところで、今思い出すのは、
終戦直後昭和天皇がマッカーサー元帥に、
沖縄に米軍を残す事を勧められたという話である。
この著者はそれが現在の対米従属に繋がったという風に思っておられる様である。
昭和天皇は天皇家の当主として、共産主義革命を恐れる余り、
天皇家を米軍に守って貰いたいと思われたのは事実かも知れない。

占領軍を日本に置き続けたく思っていたアメリカが、天皇の発言を喜び、天皇家を利用価値ありと認め、天皇制を定着させたいと思った為に、
占領軍は邪魔の入らないうちにと、日本に平和憲法の制定を急いで決めさせたのだそうである。

だとしたら終戦時の昭和天皇の功罪は、こもごもという事になるのではないだろうか?
日本は平和憲法のお陰で70年近く、どんな戦争にも狩り出されずに済んできているのだから・・・・・

日本人が天皇の呼びかけに従って、大きな内乱を起こす事もなく粛々と終戦に向けて動いたお陰で、
日本は速やかに戦後の復興に向かう事が出来たのではないか、と私は今でも思っている。
中東等が、米欧に操られるままに、アラビア人同士が何十年も血で血を洗う争いを続けさせられているのも、
互いに勢力争いをして、何所に中心を持ってくるかが、中々決められないからなのではないだろうか?

沖縄に米軍を駐留する事を昭和天皇が求められたのが、
沖縄の今日までの苦労に繋がったと、日本国民が言うとしたら、
それは少々身勝手な言い分なのではないかと思う。

日本人が日本や沖縄の独立の事を、もっと真剣に考えていたなら、
沖縄返還のとき佐藤政権がやった、沖縄や日本人への裏切り行為を、見逃したり許したりしてはいなかった筈なのだから・・・・・

佐藤政権は「核抜き本土並み」の沖縄返還という名の下に、
沖縄の人へ基地のない沖縄を返すどころか、沖縄の基地をそれまでより拡張し、
核兵器の持ち込み迄、内緒で米軍に許していたのである。
その上沖縄返還に伴って掛かった費用を、
政府は国民に内緒で全額支払う約束までしているのである、
その額は3億2000万ドルとも6億8500万ドルとも言われているという。

こうやって日本政府が気前良く費用負担する事によって、
アメリカに味を占めさせたから、
米軍の半永久的駐留や、後の思いやり予算等というものを生み出す事になったのであろう。

天皇制に反対している人たちは、
思いやり予算なんて、占領して下さって有難う見たいな予算を平気で認めたのも、
日本国民には何の責任もなく、
総て昭和天皇の責任だと言うのだろうか?

終戦時の昭和天皇の対応は、完全ではなかったかも知れないけれど、
天皇という象徴を残す事によって、日本人は内乱を起こす事もなく一つにまとまって復興に努められたので、
日本は世界が驚く位に速やかな復興を、遂げる事が出来たのではないだろうか?

やっぱり天皇の存在は、日本人にとって掛け替えのない寶だったと、
この本を読んでも、私の感想は変わらなかった。

それは兎も角、先の戦争の敗戦の時は、国中を焼かれ大勢の人が死ぬ事になったけれど、
戦後急速に復興できたのは、天皇の存在の他に、
核廃棄物という厄介なものが残される事がなかったからなのではないだろうか。

日本がこの儘核燃料の処分もしないまま、
政府と日銀によって経済破綻させられ、
亡国の憂き目に会う事になったら、
古い原発だけでなく、まだ未処分の使用済み核燃料が、保管しているプールの腐食又は、地震等による破壊によって、
爆発したり放射能を漏れ出させたりして、
将来日本中安全に住む事の出来る所がなくなって、
日本は消滅せざるを得なくなるのかも知れない。

日本が完全に経済破綻する前に、原発の危険な置き土産を、何とかして置かない事には、
日本人は流浪の旅に出るしかなくなるのかも知れない。

香港デモ収束近い? 

183万人署名と発表=香港の道路占拠反対運動
 【香港時事】香港民主派デモ隊による道路占拠反対の署名運動を行った親中派団体は3日、10月25日から今月2日までに計183万人が署名したと発表した。地元ラジオが伝えた。事実とすれば、住民の4分の1が署名したことになる。
 親中派団体の代表は3日、政府ナンバー2の林鄭月娥政務官(閣僚)に署名を提出し、デモ隊の強制排除を求めた。代表によれば、林政務官は「問題解決の方法は必ずある。道路占拠をずっと続けさせることはできない」と述べたという。(2014/11/03-20:45)


ウクライナの状況を見せつけられた直後だから、中国政府も香港市民も勃発した学生デモに、
「巨大デモを無視したら、中国を遅れた国と思われる」などと単純思考にはならずに済んだという事だろう。

ウクライナ騒動の直後なのだから、若者は騙せても、
住民の4分の1に、騙されなかっただけでなく危機感を募らせた者が出ても当然だろう。
米国の民主主義がイカサマであるという事は、日に日に世界中での認識になりつつある様である。

安倍政権によって踏みにじられている地方自治 

沖縄知事選2014:カジノ誘致、主張は四様
毎日新聞 2014年11月04日 西部朝刊
 ◇仲井真氏→積極的/下地氏→前向き/喜納氏→条件付き/翁長氏→反対

 16日投開票の沖縄県知事選に立候補した4人は、経済振興や福祉の充実など似通う政策も多いが、米軍普天間飛行場移設に対する考え同様に、主張が鮮明に分かれるのがカジノ誘致だ。【佐藤敬一、比嘉洋】

 国会では議員立法の「統合型リゾート(IR)整備推進法案」(カジノ法案)が審議中で、安倍晋三首相はIRを成長戦略の目玉に位置付けている。

 国内有数のリゾート地が多い沖縄県は仲井真弘多(ひろかず)氏(75)が知事選に初当選した翌年の2007年度に「カジノ・エンターテイメント検討委員会」を設置し、カジノ導入に向け検討を重ねてきた。沖縄の観光客数は13年度には約658万人と過去最多となったが、外国人は全体の約9・5%。カジノ導入が外国人観光客の増加につながるという期待がある。

 仲井真氏は昨年12月、沖縄政策協議会で県民合意の形成を前提にIRの候補地に沖縄を入れるよう国に要請するなどカジノ誘致に意欲を示してきた。知事選の公約では「法案審議を踏まえて慎重に検討を進め、導入には具体的構想・計画を示しながら県民のコンセンサスを得る」と慎重な表現にとどめたが「IRは観光振興にも効果がある」と話すなど積極的だ。

 元郵政担当相の下地幹郎氏(53)は法案が成立していない段階では賛否を判断できないとする。しかし、法案成立の場合は「県として手を挙げ内容をしっかり吟味し、県民が納得できるものであれば誘致して沖縄の経済活性化に貢献させたい」と前向きだ。

 元参院議員の喜納昌吉氏(66)は候補者の中で唯一、条件付き賛成を表明している。「大人がゆっくりくつろげる環境も作れる」として、入場者を富裕層らに限定し、カジノに伴う関連産業に県内企業を優先することなどを条件にしている。

 候補者4人の中で「反対」を表明したのが前那覇市長の翁長雄志(おながたけし)氏(64)。10月21日の政策発表記者会見では「沖縄らしいやさしい社会の構築にそぐわない。沖縄の将来に禍根を残す」と断言した。「ギャンブル依存症など悪影響も懸念される。沖縄観光の将来に影響を及ぼしかねない」と話し、他の3人との違いが際立っている。


カジノ誘致に、知事候補の意向を見る。
仲井真氏→積極的/下地氏→前向き/喜納氏→条件付き/翁長氏→反対

辺野古埋め立て問題がなかったとしても、どの候補が沖縄県民の事を一番思いやっているかが分かる。
博打などというものは、儲けたら儲けたで病み付きとなって、
それこそ「待ちぼうけ」のウサギを待つ男みたいに、真面目に働く気をなくさせてしまいかねない。
又損をしたらそれを取り戻そうとして、遂には身代を傾けかねない代物である。

仲井真現知事などは、その上珊瑚礁の美しい海辺野古を埋め立てて、米軍基地を更に広げようと言うのである。
大浦湾に7.4メートル海藻群落 サンゴ礁で世界最大級

一家の主人が博打に嵌った事による子女の不幸は、しばしば時代劇の題材になっている。
博打は忌むべきものとして戦後の日本では、博打のようなものは極力押さえられてきていたが、
それでもパチンコだけは博打ではないと屁理屈を捏ねて営業を許可していた。
その為、パチンコにに夢中になった主婦等が、子供を車に閉じ込め放置している事を忘れてしまったのか、
実の子を熱射病で死なせてしまった事件が相次ぐなど、パチンコでさえ子供の不幸の原因となっていた。

博打というものはそれ位に、人の平常心を失わせるものである事は、古来誰でもが聞いて知っていることだと思う。

それなのに安倍政権は経済振興のためなどと言って、カジノを誘致しようとしている。
カジノで儲かるのはカジノの経営者だけであって、その他の住民にとっては下手をすると身代を蕩尽し、一家離散の元を創りかねない代物である。
人の不幸をネタに儲けを謀る様な事を、経済振興と言って推進する国も国なら、それを歓迎する地方も地方である。
翁長さん以外の知事候補は、最初から地方自治を放棄し国の手先として住民を踏みにじる予定で、県知事選に立候補した者達であると見受けられる。
沖縄県民の良識が沖縄県民の未来を救うことになると良いのだけれど・・・・・

鹿児島県は川内原発の再稼動を容認する事に決めるそうである。(続きを読むに記事複写)
鹿児島県内でも原発立地自治体である薩摩川内市は再稼動賛成でも、
原発の立地自治体ではないけれど、その全域が原発から30キロ圏内に位置する姶良市議会は、
7月に「再稼働反対、川内原発廃炉へ」の決議を採択しているのに、これを無視して県知事も議会も再稼動容認の通知を国に出す予定なのだそうである。

地方住民のために地方自治制度が創られた筈なのに、今や地方自治は有って無きが如くである。
国の方針に従って地域住民を不幸にすると思われるカジノを誘致したり、
一旦過酷事故が起きたらどんなに悲惨な事態になるか東電福島第一原発の事故で経験したばかりだと言うのに、
地域住民の意思を無視して、国の方針(原発再稼動)を無条件で容認する地方自治など、地方自治と言えるだろうか?

安倍総理は朝日新聞が悪口を書くから自分を支持しない者が出てくると、
朝日新聞を滅茶苦茶恨んでおられるそうであるが、
TPP推進、秘密保護法、集団的自衛権行使容認、原発再稼動に、カジノ誘致etc
こんな滅茶苦茶な政治を進めていても、
皆から支持されると安倍総理は本気で思っておられるのだろうか?

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次の標的は狐憑き? 

In Deep「フランシスコ法王が 300 人からなる悪魔払い師の団体「国際エクソシスト協会」をパチカンの組織として正式に支持することを表明
「悪魔達の追放、フランシスコ法王はエクソシズム(悪魔祓い)を支持する事を表明」
という記事をライブサイエンスが書いているそうです。
(どうして、科学に特化したメディアのライブサイエンスが取り上げたのかはよくわからないですが、内容は、フランシスコ法王が「国際エクソシスト協会」という悪魔払い師たちのグループの支持を公式に表明したというものです。)

この事を何故重要視するのかと言うと、

本当に信心深い上に、バチカンを信奉している人なら、法王が「悪魔憑き」という概念を「事実化」して、また、「悪魔憑きの状態を定義している団体」を支部団体とした場合、それに思い当たる人の中で(特に過剰な罪悪感を持つ人ほど陥りやすいのですが)、
暗示

強迫観念的な思考のこびりつき
が拡がっていくという可能性はあると思います。

人によっては、その「自分が悪魔に取り憑かれている」という強迫観念が自分の正常な精神を取り込んでいき、いわゆる悪魔憑きと同じような行動や言動が出たりするという例はよくあります。

日本のかつての(あるいは今でもあるのかもしれませんが)キツネ憑きとか、ああいうのと同じ原理で、精神的に追い込み、正常な理性と判断を奪えば、意志の強くない人であれば人はどんな行動にでも陥ります。

洗脳と同じ原理です。

そういう場合、特定のものに対しての強迫観念を発現させない最良の方法は、
「その存在自体がどうでもいいか、存在しないものとする」
ということです。

実際に悪魔という存在があろうがなかろうが、「悪魔なんてのは映画の中の話だから」としておけば、それが1番だと思うのです。

ところが、
「ローマ法王が悪魔払いを公認した」
ということは、同時に、
「悪魔憑きの存在を公認した」
ことになり、私から見れば、これは一種の「バチカンによる悪魔の啓蒙活動」にさえ見えるのです。陰謀論的な考えは好きではないですので、「営業的」というほうに考えたいですが。


とIn Deepでは書いておられます。

日本では狐憑き等と言われている者をお祓いで治すという拝み屋さんは、
どちらかと言うと日陰の存在だったと思います。
キリスト教国でも悪魔祓いはこれまでは日陰の身であったようです。
その悪魔祓い(エクソシズム)がローマ法王公認のものとなるというのです。
敬虔なキリスト教徒はこれ迄は、悪魔つきなんて迷信と思って取り合わないでいたのに、
バチカン公認となったら、そういうわけには行かなくなってしまうでしょう。

病は気からという言葉もあるくらいで、
これまでだったら、何かの原因で落ち込む事があって気が晴れない日が続いても、
「こんな事は気の持ちようで何とでもなる」と信じて、
「日にちが薬」的に立ち直れていた人でも、
これからは、「もしかしたら自分に悪魔がついたのかもしれない」という強迫観念に陥とされる事態が、増える事になるかもしれません。
暗示に掛かりやすい人は、悪魔はいるらしいと思う事によって、ますます悪魔に取り付かれたのと似た状態を呈するようになる恐れがあるという事なのではないでしょうか?

そういう強迫観念に陥しいれられない為には、
「その存在自体がどうでもいいか、存在しないものとする」
事であるのに、事もあろうにローマ法王が悪魔払い師の団体「国際エクソシスト協会」をバチカンの組織として正式に支持する事を表明したのです。

・エボラを世界に拡大させるかもしれない神の伝道者や軍人たち。そして、ふと思い出す「世界を支配する医薬品ビジネス」 2014年10月01日
の記事の中に
1999年に、「うつ病が劇的に改善する」として発売された SSRI という種類の薬が登場したことを書きました。
そして、「うつ病が劇的に改善する」ということで発売されたその後、うつ病の患者数の推移は下のようなことになりました。
という記述があります。

「うつ病薬(パキシルという名称)の爆発的なヒット」を記録した日本では、それにゆり、世界第4位の製薬会社グラクソ・スミスクラインが膨大な利益を得ることになりますが、売り上げ向上のために使用したのが「啓蒙」と「メディア戦略」でした。

つまり、簡単に書くと、
「あなたはうつ病かもしれません。それは病院で薬を投与されれば治ります」
というような「啓蒙」を延々と続けたのです。

それは、病院などに置かれるチラシやパンフレットから、雑誌や新聞の広告、そして、「メディアの記事そのもの」、さらには、テレビやラジオでの CM などで、「あなたはうつ病かもしれない」という広告を打ち続けるのです。

精神科医の冨高辰一郎さんが記した『なぜうつ病の人が増えたのか 』には以下のようにあります。
うつ病の啓発活動に携わる関係者は、医療者、患者団体、官公庁、市民団体、マスメディア、と多岐にわたる。
ちなみに、この「うつ病の啓蒙実験」が最初に行われたのは人口 30万人の国、アイスランドでした。
そして、現在、
「アイスランドは世界で最も抗うつ剤が普及している国」
となっています。

普通、「抗うつ剤が最も普及しているのなら、うつ病患者はどんどん治癒していくはずなので患者は少ないのでは?」と思われるかもしれないですが、抗うつ剤 SSRI が発売されて以来、アイスランドで抗うつ剤を処方されている人の数(つまり、うつ病と診断された人の数)は、数倍になっています。



フランシスコ法王は、こういう事態を想定されて、
悪魔払い師の団体「国際エクソシスト協会」をパチカンの組織として正式に支持することを表明なさったのでしょうか?
これから世界中に、悪魔が憑いた(狐憑き)と言われる人々が急増する事にならねば良いがと祈られます。

人類火星移住計画が白紙撤回されるかも知れない事故 

米で民間宇宙船が爆発・墜落…相次ぐ事故に衝撃
2014年11月01日 10時56分
 【ワシントン=中島達雄】2015年に世界初の民間宇宙旅行を計画している米ヴァージン・ギャラクティック社は31日、米カリフォルニア州で試験飛行中だった同社の宇宙船「スペースシップ2」が爆発して墜落したと発表した。

 パイロット2人のうち1人が死亡、もう1人も重体という。

 米国では3日前に、民間ロケット「アンタレス」が打ち上げ直後に爆発して墜落したばかり。宇宙開発に取り組む民間会社で相次ぐ事故に、米国内で衝撃が広がっている。

 同社によると、スペースシップ2は米太平洋時間の31日午前9時20分(日本時間11月1日午前1時20分)、同州モハベの飛行場から、母機の飛行機につり下げられて離陸。午前10時10分に上空で切り離され、エンジンに点火したが、2分後に音信を絶った。その後、飛行中に爆発し同州の砂漠に墜落したことが判明した。

 母機は無事に帰還した。同社と米連邦航空局(FAA)、米国家運輸安全委員会(NTSB)が原因の調査を始めた。同日、記者会見した同社のジョージ・ホワイトサイド最高経営責任者(CEO)は、「厳しい1日となった」と語った。

          ◇

 スペース・シップ2の宇宙旅行の予約は、日本では「クラブツーリズム・スペースツアーズ」(東京都新宿区)が代理店となっている。同社によると、世界ですでに約700人が予約し、うち日本人は19人。国内でも説明会を開いている。
2014年11月01日 10時56分


この記事では米ヴァージン・ギャラクティック社となっているが、
英富豪リチャード・ブランソン氏率いるヴァージン・グループ傘下の宇宙旅行会社だから、イギリスの宇宙旅行会社という事も出来るのだろうが・・・・・

宇宙船を打ち上げる為には莫大な量の燃料を必要とするのに、
宇宙旅行の様な物見遊山の為に、限りある地球の資源を浪費して良いのだろうかと、私は以前から疑問に思っていたので、ちょっと期待の湧くニュースであった。

この試験飛行で亡くなったり、重傷を負われた方はお気の毒の限りであるが、
この試験飛行の失敗で、宇宙飛行などという道楽に、お金を出す人がなくなったら、大事なエネルギーの浪費を一つ抑えることが出来て、反って良かったと思えてくる。
お客さんを乗せている時の失敗だったら、被害者はもっと多数になっていた事だろうし・・・・・

この宇宙旅行によって、人間を他の惑星に運ぶ研究をする予定だったのだ。
宇宙旅行がこれで中止になったら、人類の発展にとって大変な損失である、という考えの方もあるかもしれないが、
地球生物は地球の守備範囲を超えた宇宙空間では、生きていけないものの様である。

In Deep の記事「人類は本当に「ヴァン・アレン帯を通過して月に行ったことがあるのだろうか?」という疑問を各地で噴出させている NASA の次世代宇宙船オリオンのミッション」によると、
NASAは12月4日宇宙船オリオンの試験飛行を行う予定であるという事で、その説明動画を10月初め頃Yutube(https://www.youtube.com/watch?v=KyZqSWWKmHQ)にアップしたそうである。

このヴィデオで説明者は、今回の無人テスト飛行の重要なミッションのひとつに、「危険なヴァン・アレン帯による宇宙船の機器へのダメージの度合いを確かめる為のものがある」と熱弁しているそうである。

このヴィデオを見た人のコメントに

このビデオを見た後、私は、これまで月へのすべての有人飛行が果たして本当にあったのだろうか、と本気で疑ってしまった。

ここにあるようなテクノロジーが、1950年代や 1960年代にあったとは私にはどうしても信じられない。そして、1969年の月面着陸時の時にも。

この NASA のビデオは、宇宙船にヴァン・アレン帯を通過させて地球に戻ってくることが非常に重大で深刻なミッションであることを語っているが、1960年代にこのような高度な技術やコンピュータが存在していたわけがない。


というのがあったそうである。

このコメントを見たIn Deepの管理人さんは、下記のように書いておられる。
「なるほど……」と私もちょっと同調しそうになりました。

しかし、この意見に完全に同調してしまいますと、

「これまでヴァン・アレン帯をこえて宇宙に行った人類はいない」

という類の話を肯定してしてしまうようなことになってしまい、つまり「月にさえ誰も行っていない」というような、極端な陰謀論者扱いをされかねませんので、まあ、一応は「そう思わざるを得ない部分もないではないというように思わないでもないという部分も少しある」という程度にしておきたいです(ああ、まどろっこしい)。


陰謀論者と言われたくないから、「これまでヴァン・アレン帯をこえて宇宙に行った人類はいない」という意見を肯定する事は出来ないけれど、
ヴァン・アレン帯が宇宙船の機器へのダメージの度合いを確かめねばならない程危険な空間であるのなら、
45年前の技術水準で、ヴァン・アレン帯を行き帰りの2度も通過し、月で船外活動までやって来たアポロの乗組員が、全員無事に帰還で来たというのが、本当の事であるかどうか、疑問を禁じえないという事のようである。

ウィキペディアでは

過去には宇宙船でヴァン・アレン帯を通過すると人体に悪影響があり、危険だとされていたが、今では通過時間がわずかであり、宇宙船、宇宙服による遮蔽や防護が可能なことから、ほとんど問題はないと言われている。


とあるけれど、
それにしては、NASAの宇宙船オリオン紹介ヴィデオが言っている事、
ヴァン・アレン帯を通過させて地球に戻ってくることは非常に重大なミッションである。
と言っていることと、ウィキペディアのヴァン・アレン帯の説明とは、
全然辻褄が合わないと、素人の私にも思えてくる。

現在ではこの「ヴァン・アレン帯通過不可能論」は 1960年代に立てられた仮説であり、実際には人体にも機器にも影響はないというのが現在の説の主流となっているのなら、
2014年の現在 、50年も前に確立していた技術に関して、
「何と、オリオンはヴァン・アレン帯を2度も通過して地球に帰還するのです」
と、説明者がヴィデオで力説しているのは、不思議な光景としか言いようがないだろう。

ヴァン・アレン帯は2重構造になっていて、内側は2000kmから5000km,外側は10,000kmから20、000km
(長期滞在クルーが搭乗している ISS (国際宇宙ステーション)は、地球から 350~ 400 キロメートルの高度を軌道周回しているので、ヴァン・アレン帯よりはるかに低い所を飛行しているため、ヴァン・アレン帯の影響は受けないようである。(それでも搭乗員たちは相当量の放射線を浴びている。))

という訳で、地球人類が宇宙ステーションがある、地球から350~400kmの高度より以遠に滞在する事は、
放射線に犯されて命を失う恐れのある危険極まりない事なのである。
宇宙空間には強い宇宙線(放射線)が満ちているのだから、
人類は火星どころか月に行く事さえ無理な様である。
今回の試験飛行の失敗は、無謀な火星移住計画を見直す為にも、貴重な犠牲であったと言えるだろう。

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