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オバマ大統領が慰安婦問題の解決を日韓政府に求めたわけ 

田中宇さんは「日韓和解なぜ今?」で、
日韓の慰安婦問題の解決を急いだのは、
オバマ大統領が日韓を和解させる事によって、
日韓の駐留米軍を撤退させるのが目的であったと主張しておられ、
慰安婦問題の解決は、もっと奥深い日韓の対米従属からの脱皮や、東アジア新秩序の構築への作業の再開であると感じられる、と言っておられる。
全文を読むとそうかも知れないという気がして来る。

一方米国が日韓を和解させたがったのは、北朝鮮殲滅戦を企んでいる戦争屋勢力が、
日韓が対立したままでは、日韓の兵に協力して働かせ難いから、
急遽強引に日韓を和解させたのだろうと言っている人もあった。(こちら
この説を読んだ時には、そうかも知れないという気がしたのだけれど・・・・・

今日午前10時半頃北朝鮮が水素爆弾の実験を行った(こちら)。
北朝鮮が今核実験を強行したのは、アメリカが北朝鮮を潰そうとしているという噂に金正恩が、
「そんな事をしたら黙って殺される自分ではないぞ」と表明する為に、
周辺国から指弾されるのを承知で、核実験を強行したのではないかという気もしてくる。

金正恩にしたらリビアのカダフィーは、
アメリカに言われるまま核兵器を廃棄したばっかりに、
あの様に虐殺される事になってしまったというもっぱらの噂から、
カダフィーのような目に会いたくないとの一心で、
北朝鮮攻撃目前と噂されている今、敢えて核実験を強行したのかも知れない。
まだ若い金正恩にとって、リビアやシリアの騒動は他人事ではなく、
日々米軍の手の者に虐殺される恐怖心に、苛まれているのかも知れないし・・・・・

しかし、北朝鮮の核実験に日本人がおたおたする言われは何所にもないと私は思う。
北朝鮮が日本を攻撃するとしても、
北朝鮮にとって虎の子の核兵器を、使ってしまうような馬鹿な事をするはずがない。
日本では現在も原発が動いているのだから、
原発をミサイル攻撃すれば、北朝鮮は核兵器と同じダメージを日本に舐めさせる事が出来ると計算するだろう。

政府が本気で北朝鮮の狂気を恐れており、
日本人を北朝鮮の攻撃から守りたいと、真実思っているのだったら、
どんなに経済的利益が有ろうと(実際は経済的にも原発は余計な経費がかかり過ぎるが)、
原発の再稼動は厳に慎む筈である。

政府は反対住民の声を押しつぶし、地方自治体の長を飴と鞭で抱き込み、
原発の再稼動を強引に推進しながら、
北朝鮮の核実験に、あたふたとしている振りをしている。
この北朝鮮の核実験は、
今国会で戦争法案に異議を唱える者を、折伏するのに好都合と、
政府は思っているのだろうと邪推したくなって来る位である。

もしかしたら今日、北朝鮮が核実験を強行したのには、
この国会で安保法制が廃案にでもなったら、取らぬ狸の皮算用になりかねないと危惧したアメリカの戦争屋勢力の、働きかけがあったのかもしれないとも思えてくる。

真実は何所にあるのか見当も付かない。
多分、どの説も真実であって、
実際は、それぞれの勢力による綱引き状態であるという事なのかもしれない。

出来れば、田中宇さんの説が真実になると良いのだけれど・・・・・

学部授業の英語化政策は日本人愚鈍化計画 

街の弁護士日記「あまりに犯罪的な  文部官僚の日本人愚鈍化計画」を読んで、私は初めて文科省が十年後に5割超の学部授業を英語で実施することを期待しているということを知った。
そしてそれがどんなに日本人の愚鈍化に繋がるかという事も知ったのだった。

母国語による思考を超える思考を外国語で行うことはできない。
高等教育を外国語で行うということは、
教育水準と、思索する力の水準を著しく低下させる狙いだ。

という事なのだそうである。

確かに私達は母国語(私の場合母国語以外出来ないが)でものを考える時、
それは自分の頭を思考対象の為だけにフルに使う事が出来る。
しかし、外国語でものを考えるとすれば、その考えている対象を一旦母国語に翻訳して理解せねば、次の思考に進ませる事は出来ないだろう。
だから文学や哲学を外国語で勉強すれば、外国語は可也身に付くかも知れないが、
物事を深く考える力はつかず、母国語で勉強したのとは比較にならないほど、
単純な思考力しか育たないとなることだろう。
つまり、哲学的な人間を育てるには、母国語で教育する(考えさせる)べきであり、
外国語で教育する(考えさせる)という事は、思考力の教育を二の次にするという事になるだろう。

以前或るテレビでフィリッピンではどうして、学校の授業が総て英語で行われているかの理由を、説明しているのを聞いた事がある。
フィリッピン語には、数学にしても科学にしても、その事物や考えに対応する言葉がないので、
フィリッピンでは英語で教えるしかないのだそうである。

しかし、日本の場合は明治時代に西欧文明によって齎された殆ど総ての文物に、
ものの意味を含む漢字を当て嵌めて、
日本語として通用する新語を、明治の先人が創ってくれていたのである。
その名を初めて見た時、その漢字をすんなり読めなかったとしても、
字を見ただけで、その意味する所を大体理解させる力を、漢字は持っている。

明治の先人たちは新しい事物を、その物の性質又は意味するものを教えてくれる漢字で表記する事で、
日本人の殆どの者に伝わる工夫をしてくれていたのだった。
だから、日本人は科学や数学を含む西洋文明を、
日本語だけで教育する事が出来、理解させる事が出来る様になっているのである。

世紀の愚策 世界一うまくいっている日本の教育を壊す大学入試改革に反対するに紹介しておられるOECDが2011年に行った成人力調査・成人スキル国際比較によると、
日本の成人は読解力・数的思考力共に世界一の成績だったそうである。
そして国民の学力格差も、世界一少ない(読解力)か、世界で三番目(数的思考力)に少ない格差だったそうである。

文部省のこの英語で学部授業をする取り組みに対して東京大学は、
『東京大学は、多民族国家アメリカやイギリスとは異なった社会環境と日本語という国語をベースに高い教育研究水準を達成してきた日本の国立大学である。教育・研究・運営のほとんどすべてが英語だけで行われる、英米の有力大学と同じグローバルキャンパスモデルをそのまま採用することはできない』
と英語化お断りの「構想調書」を出したそうである。

日本人が国語をおろそかにして英語教育に力を入れ過ぎるるという事は、
欧米人に使いやすい奴隷になる為に、
幼少から努力を重ねさせられるだけでなく、
日本人は欧米人にとって使いやすい奴隷になるために、
日本人の優秀な思考力迄犠牲にする、
という事になってしまうのだという事を、
肝に銘じておかねばならないのではないだろうか?