Dendrodium 皇室
FC2ブログ

Category  [皇室 ]

不死鳥の如く蘇られた皇后陛下雅子様 

今日は2005年7月2日
「今日は半夏生です」という書き出しで、初めてブログを書いた日です。
半夏は今年も葉に白い斑をいれて、しとしとと降る雨の中に佇んでいます。
あれから14年(と言っても始めて直ぐ1年余りブランクを作っていたのですが)、
私は自分がこんなに長くブログを続ける事になるとは想像もしていませんでした。
今日までどれだけ多くの方々に、助けられ励まされて来たか思い巡らせると、
意見の合う方々との同志的繋がりも、
意見の合わなかった方々との熾烈なやり取りも、
還暦を過ぎていた私には、総てが新鮮で尊いものに思えた事が思い出されます。
その他様々半夏の季節になると、
ブログを書き始めてからこの方の事々が懐かしく思い出されます。

私が政治ブログのお仲間に入れて頂く事になりましたのは、
小泉政権で審議されていた「皇室典範改正』について、拙い意見を書いたのが切っ掛けでした。
私のような者のブログに、色々な方がコメントを入れてくださる事が感激で、
それがどんな反論であっても罵倒であっても、相手をして貰えるだけで嬉しいという感じだったのでした。
そのやり取りの中で、日本がこんな状態になったについては、
国民の一人として、自分にも責任があるのかも知れないという気がしてきまして、枯れ木も山の賑わいになればとの思いから、
政治的意見を書いておられるブログのお仲間に入れて頂く様になったのでした。

皇太子妃として長らく病に苦しんでこられた雅子さまは、
令和の皇后陛下となられて不死鳥の如く蘇られ、
今や内外の賞賛の的となっておられ、下記のような記事まで出ていたようです。
雅子さまが突然輝きを増した理由 16年ぶりの「衣装映え」が物語る変化
この記事の中にこんな一節がありました。
“適応障害”になりやすいのは、心の弱い人でもなければ、ストレスを溜めやすい人でもないという説がある。むしろ完璧主義で、有能かつ、真面目、負の要素が少ない人ほど、そのリスクが高いと言われるのだ。何よりも、気配りがあって、人の心が読める人に意外にも多く見受けられると言うのが特徴だ。そういう人に突如大きな環境変化が訪れると、360度へ必死で対応してしまうから、知らぬ間にストレスが限界を超える。どうもそういうことらしい。

かつて、雅子妃の「人となり」について、皇室に近い人の話に基づくこんな記事を見たことがある。あまりに立派なキャリアから、どうしても“強い女性”をイメージしてしまいがちだが、その記事はむしろ逆であると指摘していた。雅子妃は自我を通すタイプでは決してない。どちらかと言うと周囲に合わせ、協調しようとするタイプだと言うのである
。(下線は当ブログ)
雅子妃は自我を通すタイプでは決してない。どちらかと言うと周囲に合わせ、協調しようとされるタイプだという事に関しては、
私も同様に感じていたことでした。

皇太子ご夫妻ご結婚の儀の時、十二単衣をお召しになり、ひおうぎを翳してお廊下を渡られる時の雅子さまの表情の、
余りに生真面目で真剣な感じに私は、これがほんとにハーバードや東大をを出られたキャリアウーマン?と、
一寸不思議な違和感をもったのでした。

あれだけ有能で様々なキャリアを持っておられても、
雅子さまは何時でも何事にも、初心を忘れず真剣に取り組まれる方だから、
あの時の雅子さまは粗相なきようと、一途に心を込められて、お役目を果しておられたのでしょう。

そんな雅子さまにとって、ある事ない事書きたてて東宮叩きを続けるマスコミの報道に曝されることは、
耐え難いものだったのではないでしょうか?

先日令和初の国賓としてトランプ大統領夫妻をお迎えし、
皇后として雅子さまは語学力を始とする様々な才能をフルに発揮できる機会を得られ、水を得た魚の如く生き生きと、その能力を花開かせておられます。
英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・スペイン語と、
日本語とあわせると6ヶ国語に通じておられるのだそうですね。
皇太子時代天皇陛下がお妃として雅子さまに拘られた成果が、
今発揮され始めているようですね。

雅子さまのお値打ちはあの苦難に耐え抜かれた事によって、
磐石の物となったのではないでしょうか?
日本の為に皇后陛下として雅子さまの才能が、末永く生かされます事を祈って止みません。

安倍総理は頭が支離滅裂なのか それとも真正の売国奴なのか? 

日本政府、F35を105機購入の意向 トランプ氏が共同記者会見で発表

共同記者会見で安倍総理は、トランプ米大統領へのおもてなしの数々に、どんなにトランプ大統領が喜んで下さり、
日米関係がどんなにうまく行っているかを、長々と得意げに話していました。
次にトランプ大統領の番になって、礼儀上でしょうけれど、
トランプ大統領は美しい日本に戻ってこれて嬉しい等と色々お上手を言ったついでに、
安倍総理はF35を買うと約束してくれた、F35は日本が一番沢山買ってくれているとのお礼まで言っておられたのでした。

アメリカ政府が米政府監査院(GAO) F35の欠陥部分を特定している位なのだから、
安倍総理は欠陥が是正されるまでは、購入を控えたいと申し入れても良かった筈なのに 、
トランプ大統領の御覚えの為だったら、何でもすると欠陥戦闘機を105機も購入する約束をしたのですから、
トランプ大統領が喜ぶ筈でしょう。
安倍総理は国費をこんなに無駄遣いしている事を、
国民が慶ぶとでも思っているのでしょうか?

又、安倍総理はトランプ大統領に、
日米の貿易交渉の結果は参議院選挙後に発表させて欲しいと申し入れたそうです。
参議院選挙前に発表となれば、幾ら安倍政権でも、
不利な条件ばかり飲んでいられないと、少しはアメリカの要求に抵抗するかも知れないが、
「参院選挙後に発表」という事になれば、アメリカの要求はオール・フリーで成立するだろうと、
トランプ大統領は大喜びでこの申し出をOKされた事でしょう。

安倍総理は何所まで売国的なのでしょう!

その安倍総理がトランプ大統領接待の最中に、官邸にトンでもない指示をしていたらしいです。

先月30日、平成天皇退位式で、安倍総理が飛ばした世紀の大誤読(平成天皇ご夫妻の末永い御健康を願っていません)に関して、安倍官邸が寝た子を起こすような世紀の大失敗と言われそうな、馬鹿みたいな修正をしていたのだそうです。

安倍官邸は恐らく安倍総理の指示でしたのでしょうけれど、
“願って已みません”のフレーズの原稿は“願ってやみません”と平仮名で書いてあったと公表したのだそうです。(こちら

安倍総理としたら「漢字も読めない」と言われた事がくやしくて、
それに対する反論の心算だったのでしょうけれど、
読めるのに平成天皇に対し、平成天皇ご夫妻の末永い御健康を願っていません と言ったのでは、
漢字が読めなくて間違えたのよりも、もっと失礼な事になるではありませんか!

それをわざわざ表明するという事は、
安倍総理は自分が「平成天皇の早逝を願っている、正真正銘の反平成天皇者である。」と、
天下に公表した事になって仕舞うではありませんか!

現在の天皇の即位を祝って、わざわざ宗主国大統領を招待していながら、
現天皇のご父君の「早逝を願っている」と表明する等、
安倍総理のやっている事は、到底まともな神経の持ち主の執る態度ではない様に見受けられますね。

これでも自民党議員達は、安倍総理をこれからも支えていく心算なのでしょうか?

眞子さまの婚約内定者小室圭氏を応援している風に見えるテレビのバラエティー番組 

小室圭さん大学で学位取得、今後も2年間履修へ 日テレNEWS24

例の小室圭さんがアメリカのロースクールを予定通り終了したというだけなのに、
最近、テレビ朝日の羽鳥慎一モーニングショーでは、
連日のように小室圭さんのニューヨークでの留学情報を扱っています。

先日「 」で私は、
朝日放送モーニングバードの「タマペディア」で一時人気を博していたコメンテーターの玉川徹氏が、
結婚というのは好きな人としなかったら幸せにはなれないと思う、という様な事を主張し、
皇族であるからと言って結婚の自由意志が制約されるべきではないと、
繰り返し力説しておられたのに、少々驚いてその批判記事を書いた事があるのですが、
玉川さんは3月末ごろのその時と今も変わらず、その考えを繰り返しておられました。

小室さん親子に借金を踏み倒されたと世間に公表し、
今生活に困っているから、貸した400万円を返して欲しいと、
嘗て援助してくれた人から、小室氏は告発されているのです。

内親王との婚約が纏ろうとしているこの大事な時に、
400万円のお金を返す事もままならない経済状態の人が、
内親王と結婚しようとしていたというだけでも小室圭氏は、
(どうやって内親王を養っていく心算なのだろうと不安にさせられるような)
無責任極まりない人物であると感じられます。

その上、嘗て母親の婚約者であるという理由で、その人に事ある毎に、
金銭的援助を受け小室圭氏は大助かりだった筈ですのに、
小室さん親子は、その貸し主に対しお礼も言わねば謝りもしないまま、
「あれは貰ったものだ」と主張し続ける一方、
間に弁護士を立てて、嘗ての恩人に冷水を浴びせるような事をしているのです。

こんな無責任で恩知らずなやり口を聞いただけで、
このような倫理感の欠乏した人を、内親王の伴侶にされてしまったら、
将来国民はどんな迷惑を受けさせられるか知れたものではないと危惧される所です。

「だから小室産は今ロースクールで頑張っておられるではないか」と、
小室圭応援団の人は言うのでしょうが、
内親王と婚約した後、「(結婚後)どうやって生活するのだ」と言われて初めて、
「それならロースクールに通って国際弁護士の資格を取ります」と、
本来資金の目途さえ立たなかったであろう様な、高額の学費及び寮費を奨学金制度で、
アメリカ人に払ってもらって、小室さんはニューヨークでの留学生活を始めたのです。

アメリカ人が何所の馬の骨とも分からない者で、
特に優秀であるという分けでもない二十代半ばのパラリーガルに、
奨学金を出したりするでしょうか?

小室圭さんが延期を余儀なくされているとは言え、
将来天皇になるかも知れない秋篠宮様の長女であり、
唯一の若手男性皇族の悠仁様の姉である眞子さまと、
ご婚約の内定を受けられた人だから、
というのが奨学金が出された最大の理由ではないでしょうか?

こんなに金銭的にルーズで倫理感のない内親王の伴侶内定者を、
自分の所のお抱え弁護士にする事が出来たら、
将来、どんな儲けに繋がるか?
場合によっては計り知れない利益を生む事が期待出来ると見たから、
アメリカ人が小室圭氏に奨学金を出して、留学するよう誘ったのではないでしょうか?

一方、日本人の大部分の者が小室圭氏に、そういう危険な人格を感じているから、
眞子さまとの縁談の破談を望んでいるのだと思います。

しかし、朝日放送や日テレが小室圭氏の応援を始めているという事は、
何としても小室圭氏を眞子さまの夫にして、
元(奨学金その他で掛けたお金)を取ろうと、
アメリカの誰かが圧力をかけ始めているのではないでしょうか?

スペイン王室の王女夫妻の汚職事件の話を、玉川さんがご存じないとは思えませんのに、
あの様に「好きだったら・・・・・」に今も玉川さんが拘り続けておられる所を見ると、
玉川さんは会社(朝日放送)からの指令を受けて、
あの様な結婚観を主張しておられるのではないかとの疑いが湧いて来ました。

小室圭さんが弁護士の資格を得られるまでに、最低でも後2年掛かるそうですが、
強力な助っとが付いている小室さんなら、最短年数で試験には合格されるとしても、
眞子さまはそれまでお待ちになるのでしょうか?

そして、それで良いのでしょうか?



令和の御世始まる 

新天皇陛下、「即位後朝見の儀」で安倍晋三首相らと挨拶 陛下「憲法にのっとり責務を果たす」


新たに即位した天皇陛下が初めて国民の代表に会われる「即位後朝見の儀(そくいご ちょうけんのぎ)」で、天皇として初めてとなるお言葉を述べました。

式典の中で新天皇陛下は「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」と話され、国民のことを一番に考えて、憲法を守りながら責務を果たすと強調。
国民に寄り添った上皇陛下の方針を引き継ぐとして、これから日本国民の象徴として国民の幸せと国の発展、世界の平和を希望するとしています。

これに対して安倍晋三首相は祝意を示した上で、「私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を創り上げていく決意だ」と言葉を強めていました。

「国民」や「憲法」を重視した天皇陛下と比べて、安倍晋三首相は「日本の輝かしい未来」というような言葉が目立っていたところです。

 平成天皇のご退位と今上天皇のご即位と、ご譲位はとどこうりなく進められ、
予定通り今日より令和の時代となったようです。

ご退位の日もご即位の日も両日とも雨で、二日続きの雨となりました。
これが何を暗示しているのかは考え方次第でしょうから、
私は良い意味に解釈しようと思い、
雨とは言っても静かな雨でしたから、ご譲位は恵みの雨にしっとりと覆われて、
瑞穂の国日本にとってはむしろ望ましいご譲位日だった
と言えるのかも知れないと思う事にしました。

今上天皇は平成上皇のご意思をつがれて、
「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」と誓われ、世界の平和を希求すると仰っています。
平成上皇の跡を正しくお継ぎになっておられる今上天皇に、一日も長くご在位をと願われます。

今回「退位の礼」「即位後朝見の儀」と安倍総理が国民の代表として、
送辞 答辞の様なものを述べていましたが、
どちらの時にも安倍総理は平和を守るという言葉を入れていました。
勿論官僚が書いた原稿を読んでいるだけなのでしょうが、
それでも、この様に安倍総理が二日続けて、平和を守ると口にする事によって、
安倍総理に幾分なりとも平和への意識が出来たのではないか
と希望的観測をしている所です。

二日続きの式典にご出席の上、東宮御所から皇居へのご移転など、色々と大変な事が続きますので、
天皇皇后両陛下にお疲れが出なければ良いがと危惧されます。
そんなお疲れであろう両陛下を、今月末に国賓をお迎えするという行事まで、待っているようですし・・・・・

今上天皇皇后両陛下がお元気で、
「和」を奉じる令和の時代が、何時までも続きますようにと願われます。

平成天皇ご退位の日に 

とうとう天皇陛下が退位される日がやってきました。

明日からは今上陛下を上皇陛下と申し上げる事になるのでしょう。

それにしてもご立派な天皇皇后両陛下でしたね。

両陛下がご立派な方であるという事については、
左右共に認めている事のようですが、

天皇が神道の祭司であると理由で、

天皇制存続を危険視する方々が大勢あるようです。

その方々には今上陛下がどんなにご立派な方であっても、

天皇制の危険性に於いては、変わりがないものであると・・・・・

 

昨日ちょっとご紹介しました著者がアメリカの精神医学研究者で医者の

E・フラー・トリーの「神は脳がつくった」という本にも出ていましたが、

古代では日本だけでなく世界的に、政治と宗教は密接な関係にあったらしいですね。

ですから古代から続く日本の天皇が、宗教(神道)と不可分の存在であるのは、
当然のことなのですが、

世界的に誇るべき長き伝統であっても、

やはり天皇制は排除せねばならないものなのでしょうか?

 

「神は脳がつくった」の説では、

人類が何故神(宗教)を求めるようになったかというと、

脳の機能にそれまでなかったものが、加えられた事によって、

人間が過去・現在・未来と考え合わせる内省的自己意識が出来て、

自分自身の将来のことなどを考えることが出来る様になり、

死を、やがて自分にも訪れるものと意識するようになったのが、

大きなきっかけだったようです。

 

それまでの人類は人間の死体であっても、野ざらしにしていて、
腐敗するに任せるか、腐肉を食べる動物が食べるに任せていたけれど、

死を身近なものと意識するようになって以降の人類は、

亡くなった人を、時には色々な副葬品を添えて、埋葬するようになりました。

それと同時に、亡くなった先祖が自分たちを守ってくれることを期待するようにもなり、祖先崇拝が始まりました。

 

世界各地の初期の頃の文明では、
互いに影響しあっていたわけではない筈なのに、それぞれの地域で巨大な墳墓が造られています。

又、約4万年前のインドネシアのスラウェシ島の洞窟に立派な壁画が残されており、

その壁画が描かれたのは少なくとも3万5400年前のものとされているそうですが、

その他ヨーロッパの少なくとも30の洞窟、南アフリカ、インドネシア、オーストラリア、パプアニューギニア、アルゼンチン、アメリカなどでは、同じ様に手形(絵の具を塗った手を押し付けて手の形を付ける)が添えられた壁画が、洞窟や岩に残されているそうです。

互いに影響しあったとしたら、
大昔の世界でも、随分広範囲な行き来があったということなのでしょうか?

 

人類は祖先の中でも在世中力のあった者ほど、死後の力も大きいと思うからでしょう、

王など有力者の墳墓が、どんどん大きく立派な構造物になって行きました。

そしてそれと同時期に人類は、神の存在を意識するようになったようです。

当時の人間にとって、死というものに対する恐れは、

現代人の想像以上のものだったのかもしれませんね。

 

エドワード・タイラーは魂や霊魂を信じることが宗教思想の本質だと考え、

総てのものに魂が宿るとする自分の学説を「アミニズム」と呼んだそうですが、

死を意識しだした人類にとって、宗教・神とは、

不死である魂の存在を信じることによって、安心を得ることだったようです。

 

人類が神の存在を求めていた当時の為政者は「神」と手を結ぶ事によって、

絶対的な権力を握りやすくなるわけですから、

昔の為政者が神と密接な関係性を誇示したのは、当然の成り行きだったのでしょう。

 

ところで人類は世界各地に、ばらばらに散らばって居ましたのに、

枢軸時代と呼ばれる2800年前頃から2200年前頃の時代に、

現在の代表的な宗教の元が出来ているのだそうです。

 

中国に孔子・老子 インドに仏陀 ヨーロッパにソクラテス・プラトン・アリストテレス インドにはウパニシャッドを書いた多くの著者たちが現れました。

ユダヤ教やキリスト教は人間の創造・大洪水。バベルの塔の話や救世主という着想などを、メソポタミアのゾロアスター教から濃厚に影響を受けていたらしいです。
ゾロアスター教が出来たのは枢軸時代より少し古い様ですが・・・・・)


この本の説によると、ヒンズー教と仏教の起源はインドにやって来たイラン人が書いたヴェーダだと言われているのだそうです。
イラン由来とするとゾロアスター教由来という事になるのでしょうから、
現在世界で信じられている宗教の殆どが、ゾロアスター教の影響で出来たという事になりそうですね。
中国の孔子とか老子の教えは宗教ではないとの説もあるようですし・・・・・

「神の歴史」という本を書いたカレン・アームストロングはその著書で、

「はっきりとは分からない様々な理由で、主だった文明は皆同時並行的に発展した。」

と言っているそうですが、

現代のように交通手段・通信手段の行き渡った時代とは大違いの、

大海原の向こう側がどうなっているのかも分からなかった時代に、

文明が世界で同時並行的に発展したのは何故なのでしょうね。
神と呼ばれる創造主の意思を、私は感じたくなるのですが・・・・・

 

脳の進化によって死を意識するようになった人類は、
いずれにしても、宗教を求めるもののようですから、

天皇が神道の祭祀を行なう神職のトップであるという事に、
それ程こだわる必要はないのではないでしょうか?

それより、日本の朝廷は理論的に、神道が仏教より劣っていることに気づいたら、

本地垂迹説を用いて直ぐに仏教を取り入れ、国民総てに勧め広めています。
こんな事をしてくれる政庁を持つ国は少ないのではないかと思われるほど、

当時の日本の朝廷は誠実な政庁だったような気がしますが・・・・・

満開の桜の下で重なった重大ニュース 

天皇皇后両陛下 ご結婚60年の記念日

皇居では10日、天皇皇后両陛下のご結婚60年を祝う行事が続いていて、午前11時からは宮殿「松の間」で皇太子ご夫妻をはじめ、皇族方による祝賀が行われた。まず、皇太子ご夫妻が両陛下の前に歩み出て、皇太子さまが「ご結婚60年、心からお祝い申し上げます」と述べると、両陛下は「ありがとう」と笑顔で応えられた。

天皇陛下はこれまで繰り返し皇后さまへの感謝の気持ちを語られてきたが、10日、皇居では一日、両陛下のご結婚60年を祝う行事が続く。


航空自衛隊のF35戦闘機、海に墜落と断定 尾翼の一部を回収

写真・図版

満開のサクラの花に雪が揺り積もった=2019年4月10日午後0時23分、宇都宮市の八幡山公園、中野渉撮影

東京都内で季節外れの雪 群馬や栃木の山沿いでも

2019年4月10日13時38分

天皇皇后両陛下ご結婚60周年のめでたき日に、
あろう事か関東地方は一夜で急激に気温が下がって、東京にも雪が降ったのだそうです。

F35戦闘機は昨夜から機影が消えたとの報道があり心配していたのですが、
機体の一部が見つかったのですね。
これでパイロットの家族は一縷の望みも絶たれてしまわれたのですね。
最新鋭戦闘機という事で、1機116億円とか言っていましたが、
訓練開始早々に早くも墜落とは!

アメリカでも先月墜落していたそうですし・・・・・
日本はこんな欠陥戦闘機を十数機も購入しているそうですから、
人命だけでなく、金銭的にも大変な損害ですね。

だからと言って、掛けた税金を無駄に出来ないと、
自衛隊員を無理矢理訓練等させらるような事は、絶対にあってはならないと思います、。
間違ってもそんな事がないように、
F35戦闘機は即返品と言うわけには行かないのでしょうか?

今日読んだ 芳ちゃんのブログ「米覇権の衰退と日本の選択 」に、
近年のアメリカの武器はロシアの最新鋭の武器に及ばなくなった事情を、色々と例を上げておられましたが、
アメリカの武器は戦闘能力が劣るというだけでなく、
最新の航空機・オスプレイに続き、F35戦闘機と、最新鋭の物ほど劣化しているようで、
軍人を安全に運ぶ能力さえ覚束なくなっているという事の様ですね。

アメリカのドル覇権も段々と維持出来なくなりそうな雲行きのようですし、
アメリカが観念して現実を受け入れるか、
それとも、覇権の維持ができないのなら、世界を巻き添えに滅んでしまおうと暴走するか、
どちらになるかの分岐点となる日も,だいぶ近いのかも知れませんね。

滋賀県の桜も昨日当たり満開に近い感じでしたが、
今朝から降り続いた雨にも、ほんの少し散っただけで、
昼下がりに霧の様な弱い雨となった中、
雨に濡れても色落ちもせず、返って色が濃くなった感じで、
スパーマーケットへ行く道筋の並木の桜が、今日も妖艶な姿を見せてくれていました。

明日は夫の満中陰となる日なのですが、
明日は雨も上がって段々晴れて行くそうで、1日違いで助かったという思いです。
これからの日本如何なるか見当もつきませんが、
今まで通りに、1日1日を大切に生きて行きたいと思います。
(こういう状況のアメリカではアメリカにとって重宝この上ない安倍さんを、
当分手放さない積もりかも知れませんね。残念ですが・・・・・)


新元号「令和」と発表される 

11時半に発表という事だったけれど、11時40分になってやっと菅官房長官は現れた。
菅官房長官が掲げた新元号に「令和」という文字を見た時は、
「え?」と思った。
和という文字を使っているので、平和志向を装ってはいるけれど、
命令の令という文字がちょっと引っかかる。

「れいわ」という発音から「(もう)ええわ」を連想したと言う者もあった。
又元号をローマ字表記するとRになるという事が、若い人には一番気になることらしい。

特に令和18年の「R18]が気になる人が多い様だったので、
Rは何の略なのか検索してみたら、restricted の略で「年齢制限」の事らしい。
「R18となって居たら18歳以下お断り」という意味で、
所謂「成人向け」という意味で、現在普通に使われている表記らしい。
略字はLでも可能かもしれないが、やっぱりRにするのだろうか?

令という字の意味は良いという意味だそうで、令月と言うのは普通2月の事だそうであるが、
政府の説明を聞いている限りでは、
新天皇のお誕生日が2月だから「令」を選んだという訳だとは思えないし・・・・・

命令という意味ではないのだろうけれど、
安倍総理が殊更「和」の前に「令」という文字を持ってきたかったから、
選ばれた文字なのではないだろうか?

国民や皇室からの「和」という文字への期待圧には、
さすがの安倍総理も逆らい難く、渋々「和」という文字を入れる事には同意したものの、
すんなり「平和」を感じさせるものにするのだけは、何としても避けたかったという訳で、
お上の命令に従っていたら「平和にして貰える」と庶民が思う事を期待して
「令和」とさせたというのが真相ではないだろうか?
万葉集がどうのこうのと言うのは後付で、
令という文字を入れる為の理由付けで、考えさせただけのことだったのではないだろうか?

それでも安倍総理の安も入らなかったし、
和という文字も一応入って居るし、
今更変えることも出来ないのだから、
新元号「令和」
「まずまず」と言うべきなのかも知れない。

滋賀県の桜の開花は暫らくお預け、肌寒い年度末の日 

今日は3月31日
今日で3月も終わりになります。
今年は滋賀県でも3月中に桜が開花するだろうと言われていたけれど、
桜の蕾は今朝も、まだまだ硬そうでした。
今日も冷え冷えとしているので、3月中の開花は無理だろうと思われます。
この分で行くと、入学式の頃が満開になるのかも知れません。
そのほうが喜ぶ人が多いかもしれませんね。

明日は4月1日、エイプリルフールですから、
普段は嘘ばかり言っている人にとっては、本当の事を言いたくなる日かもしれませんね。
という訳で、例え安倍総理が発表したとしても、
明日発表されるという新元号は、きっと嘘ではないでしょう。
将来の日本での語り草が、
安倍総理と菅官房長官が言った唯一の本当の事は、
新元号名だけだったなんてことになったりして・・・・・

ところで政府は今新しい税金を考えているらしいですね。
自動車走行税とか
昨今、各自で自動車を所有しないカーシェアリングと、電気自動車の普及で、
自動車取得税とか保有税、燃料税等の税収が落ちて来ているそうですね。
それで考え出された税金だそうですが、こういう事の対応は早いですね。

その新しい税金・自動車走行税の事を私は今朝のテレビで、初めて聞いたのですが、
すでに昨年12月頃から話題になっていたのですね。(こちら

新年度になったら色々な事が変わる事になるのかも知れませんが、
日本人が戦争に行かされる様な事態にだけはしないで欲しいですね。

そう言えば昨夜のNHK土曜ドラマ「浮世の画家」は、日系イギリス人のノーベル文学賞受賞という事で話題となったカズオ・イシグロさんの原作のもので、なかなか見ごたえのあるものでしたね。(こちら
国に戦争等されたら、後になって色々と悩ましい問題を残すことにもなり兼ねないし、
戦争等庶民にとって、よい事など一つもないと思いました。

内親王の結婚の条件は? 

佳子様が大学卒業に際し、記者の質問に文書で回答されたそうです。(佳子さま「姉の希望かなう形に...」 ICUご卒業 心境明かされる
その中に姉の眞子様の結婚問題について、
「結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています」と、いう考えを明らかにされたそうですが、
この件を今朝の朝日放送モーニングバードが扱っていました。

かの「タマペディア」で一時大人気だった玉川コメンテーターは、
結婚というのは好きな人としなかったら幸せにはなれないと思う、という様な事を力説し、
皇族であるからと言って結婚の自由意志が制約されるべきではないと繰り返し述べておられました。

他のキャスターの中には、結婚とは個人と個人だけではなく、親戚としての人間関係の中で生きて行かねばならないものだから・・・・・とか
親が反対する人と結婚しても幸せになれるかどうか・・・・・という感じで、
言葉を濁している人もありました。

私はこれらの話を聞きながら、玉川さんはどうなっているのだろうと思いました。

借金を踏み倒されたと世間に公表し、400万円返して欲しいと言われても、
小室圭氏とその母親は、嘗ての貸し主に対し、謝りもせねば礼も言わず、
「あれは貰ったものだ」と主張し続けているのです。
仮にも自分達にとって必要不可欠だったお金を貸してくれた恩人に、こんな事を嘯くような人間が、
皇族の連れ合いとして準皇族に連なる事が、国民にとってどんなに危険な事か、
玉川さんは全然想像されないのだろうかと不思議に思いました。
スペイン王室の王女夫妻の汚職事件の話しを読んだ事があり、
小室圭氏のような金銭感覚の者だったら、
同様の場面になったら同様の事をするに違いない、
と危惧する国民は多いのではないでしょうか?

又国民の平均的年収にも届かないような経済力で、
内親王に結婚を申し込むなどという事一つをとっても、
小室圭氏の無責任な人格が滲み出ている様に感じられます。

小室圭氏が本当に眞子さまを愛しているのだったら、
内親王として経済的な苦労をした事のない眞子さまに、
いきなり貧乏所帯のやりくりが出来るかどうか、
例えやりくりが出来たとしても、それが眞子様にとってどれ程の重荷であるか考えて、
自身の経済的基盤を整えてから、結婚の申し込みをした筈だと思うのです。

ところが小室圭氏が眞子さまに結婚を申し込んだのは、
大学卒業直後に就職していた三菱東京UFJ銀行の職を自ら放棄して、
パラリーガルと呼ばれる、ずっと低収入の職種に替わってからなのです。

小室圭氏は秋篠宮家から生活費の事を指摘されて初めて気づいた風に、
アメリカのロースクールに行って、国際弁護士の資格を取る為の勉強をするから、
もう少し待って貰ったら何とかなるという感じで、
眞子さまのフィアンセの地位を、絶対手放すまいと必死な感じです。
既に27歳になっておられる眞子さまに、後何年待てと言うつもりなのでしょう?
こんな、何所から見ても「内親王の夫としての資格零」の男性に執着し続ける事で、
眞子様が幸せになられると、玉川さんは本当に思っておられるのでしょうか?

それに結婚は好き同士でないと幸せになれないと言うのも、事実ではないと私は思います。
私は結婚とは生涯を共にする約束をした上で、生活を共にすることですから、
一時的な惚れたはれたでは、うまく行くとは限らないものだと思います。
時には性格が真反対である事が、お互いの助けになる場合も有るのではないかと思うのです。

私の場合見合い結婚でしたが、
もし、あれが出雲大社にお参りした直後に来た縁談でなかったとしたら、
そして、私がその事でこの縁談を出雲大社のお引き合わせと思うような人間でなかったとしたら、
結婚に至ったかどうか、まして共白髪まで添い遂げられたどうか知れない様な、
殆ど、正反対の感覚の者同士だったのです。

でも、老年になってから私は、真反対の考え方をする夫であったお陰で、
私のような馬鹿者でも、一応世間並みの人生を送ることが出来たのではないかと思うようになりました。

今日佳子様が言われたと紹介していた言葉の中に、
秋篠宮様は「私と同じ様に導火線が短いので、しばしば口論になっていましたが・・・・・」というものがありました。
その時私は「そうか、私も導火線が短いのか!」と気づいたのでしたが・・・・・

思った事を「歯に衣着せず真直ぐに」と言えば聞こえはよいのですが、
身も蓋もなくずばり言ってのける私に、夫はいらだつ事が多かったと思います。
又「直ぐに動こうとし過ぎる」と私の事をしばしば嗜めていました。
その頃の私は「直ぐ動く事の何所が悪いの?逆だったら、尻が重いと言って嫌われるのではないの?」と、
心の中で批判していたものでしたが・・・・・

世の中には真直ぐにものを言う人の事を褒める人々と、貶す人々があり、
互いに自分達の感覚の方がまともであると思っていると思います。
しかし、きつい事を余りにあけすけに言う人は嫌われますし、
逆に、持って回り過ぎた言い方をする人も嫌われます。

どちらにも良い部分と悪い部分が有るのだろうと思います。
そして人は同じ考え方の人を好むものですね。

ですから、好きな者同士が結婚したら、収集が付かなくなることもあるかと思います。
性格の不一致等と言わないで、お互いの欠点こそ美点であると気づいて、
一生を共に助け合って行くなら、
結婚の切っ掛けが何であっても、人は幸せな一生を過ごせるのではないかと思います。
終りよければ総てよしと言います。
歳とってから連れ合いを、この世で一番信頼できる相手と思える事ほど、
幸せな一生はないと思います。

それでも何時かは別れの時を免れる事は出来ないのですが・・・・・

今の私の心境としたら、私より10歳も年上の夫に、
私の死出の旅を見送らせる事になったのでは、あまりに気の毒だったから、
これで良かったのかも知れないという思いが先立っています。
それは「家には夫という強い味方がいるのだ(清水の次郎長親分?)」と、
思う事がもう出来なくなっているとの実感が、
今の私にはまだないからなのかも知れませんが・・・・・



天皇陛下ご在位30年記念式典と沖縄県民投票が同じ日にされた訳は? 

天皇陛下

在位30年式典 19年2月24日に開催

 政府は、2019年の天皇陛下の退位に伴う一連の儀式の概要を固めた。陛下の在位30周年記念式典を、同年2月24日に東京都千代田区の国立劇場で開催する方向。
    (以下省略)

天木直人さんが「なぜメディアは天皇在位30年式典の事を大きく報じないのか」という記事を書いておられるのを見て初めて知ったのですが、
ご在位30年記念式典の開催は、昨年の2月には、日取りも含めて決まっていたのですね。

天木直人さんは記事で、
安倍首相は辺野古の是非を問う沖縄県民の投票日に天皇30年記陛下在位記念式典をぶつけて来たと。と書いておられますが、
辺野古埋め立ての是非を問う沖縄県民の投票日の方を、
天皇陛下ご在位30年記念式典の日に、ぶつけて来たと言えるのではないでしょうか?
いずれにしても安倍政権は沖縄県民の意思の表明を、
相当怖がっているという事なのでしょう。

ご在位30年記念式典の日だからと言って、
沖縄県民が投票に行けなくなるわけではないのですから、
投票日が同じ日だという事を特に憂慮する必要もないのではないでしょうか?

むしろ、天皇陛下が記念式典の場で、
沖縄の綺麗な海のこと等について、仰るチャンスが出来るから、
同日の効果は反って沖縄県民の方に、多く利することになるかも知れません。

でも、メディアは何故天皇ご在位30年記念式典のことを、殆ど報じないのでしょうね。

平和への一歩? 

今朝の京都新聞一面トップは1月2日が新聞休刊日だったこともあり、
新年参賀平成最多の15万人
となっていました。

昨年12月23日の平成最後の天皇誕生日のお祝い(一般参賀)にも、
昨年より3万人多い8万3千人近い人が皇居に訪れたそうです。

今上天皇は在位中ずっと憲法と平和を守ると言い続けてこられました。
今安倍政権の危険な政治を見せ付けられて、
ご退位を前に天皇陛下の平和への御思いに改めて共感し、
天皇の平和主義に頼りたくなった人々が、日本国民の大多数だから、
15万人という人数は、日本の人口からしたら、取るに足りない人数ではあっても、
京都新聞などが、新年参賀に駆けつけた人の多さを、
一面トップにしたのではないかと思うのです。

In Deepに「911の真実が公開される可能性」 : アメリカ同時多発テロ事件に関連する膨大な量の機密文書がハッカーによって盗難され、ビットコインで身代金を払わなければ公開すると企業を脅迫という記事が出ています。

In Deepさんの仰るとおり、
この話題はアメリカの「 2019年の雰囲気を彷彿させる出来事」と言えそうですね。
このハッカーに身代金が払われようと払われまいと、
911が当時の政府が言っていたイスラム教過激派テロリストの仕業というのは真っ赤な嘘だから、
今回保険会社・ロイズ・バンキング・グループ(イギリスの銀行・保険グループ会社)
・シルバースタイン・プロパティーズ (不動産開発業)
・ヒスコックス (イギリスの保険大手)の各社が脅迫されているのだろうと、誰でも思うことでしょう。

アメリカの庶民からも現在の戦争体制の政治に、
今まで以上の反対の声が上がるのではないでしょうか?

年頭に当たりちょっとだけ嬉しいニュースと言えるのかもしれませんね。

奉祝天皇陛下85歳のお誕生日 

天皇陛下、平成最後の誕生日 涙声で「国民に感謝する」

 誕生日前の会見は即位翌年の1990年からほぼ毎年行われてきたが、今回が最後となった。在位中の会見としても最後となる見通しで、陛下は約16分間、何度も感極まり、言葉を詰まらせながら思いを語った。

 戦争を経験した天皇として、平和への思いに時間をかけた。戦後の平和や繁栄が多くの犠牲で築かれたことを忘れず「戦後生まれの人々にも正しく伝えていくことが大切」とし、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」と語った。

 また、皇太子時代を含めて11回にわたり訪れた沖縄について「実に長い苦難の歴史」をたどってきたと言及。皇后さまと歴史や文化を理解するよう努めてきたといい、「沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません」と述べた。

 心に残ることとして、平成の時代に多発した自然災害を挙げた。多くの死者や被害があったことに「言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます」。ボランティア活動など、人々の間に助け合いの気持ちや防災の意識が高まってきたことに勇気付けられると述べた。

 来年4月に結婚60年を迎える皇后さまとの歩みも振り返った。「深い信頼」のもとで伴侶との旅を続けてきたと述べ、「長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います」と感謝の気持ちを明かした。

 最後に、代替わり後の新時代に言及。新天皇となる皇太子さま、皇嗣(こうし)となる秋篠宮さまについて「皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います」と語った。(島康彦


お言葉通り誠心誠意 天皇としてのお仕事をしてこられた天皇陛下にとって、
平成最後の年の天皇誕生日を今日、恙なくお迎えになられたという事の意味は、
はたの者が想像する以上のことなのではないでしょうか?
陛下は約16分間、何度も感極まり、言葉を詰まらせながら御思いを語られたそうです。

両陛下の30年のご尽力に、深く感謝申し上げると共に、
来年のご退位後も、どうかお健やかに、
やっと手にされるご自由を、満喫して頂けたらと存じます。

天皇陛下85歳のお誕生を、謹んでお慶び申し上げます。

慶祝 皇太子妃雅子様55歳の誕生日 

雅子さま55歳の誕生日 皇后となる決意も

皇太子妃雅子様がお元気で、皇太子妃としては最後となるお誕生日をお迎えになりました。
長らく雅子様のご健康が心配されていましたが、
時によりきついご公務でお疲れの出る事がお有りだとは言え、
ほぼご全快と言ってよいのではないかと思える位に、ご快復なさいました。

やっぱり、雅子様は皇后になられるべくお生まれになった方だったのですね。
皇太子様が雅子様に拘り続けられて、
遂にご結婚までこぎつけられたころの事が思い出されます。

雅子様にとってだけではなく皇太子様にとっても、
色々と大変な時が続きましたが、
お二人で見事に総てをクリアなさり、今日のお慶びの日をお迎えになりました。

来年5月からは皇后陛下となられる雅子様にとって、
東宮御所でのお誕生日としては最後のお誕生日となる今日は、
きっと様々に感慨深いものがおありなのでしょう。

今上天皇陛下に続き、皇太子徳仁殿下、
皇后陛下美智子様に続き雅子妃殿下と、
二代続けて素晴らしいお方に、天皇陛下・皇后陛下になって頂けますことは、
今の日本人としては、数少ない僥倖であると感じさせて頂いています。

来年はお忙しい日々が続くかと存じますが、
お元気で無事ご即位の日をお迎えになられますようお祈りしています。




敬宮愛子さま 17歳のお誕生日 

愛子さま、17歳の誕生日…熱心に英語を勉強。

 
    17歳の誕生日を迎えられた愛子さま。前に座るのは愛犬「由莉(ゆり)」(11月25日、東宮御所で)=宮内庁提供
    17歳の誕生日を迎えられた愛子さま。前に座るのは愛犬「由莉(ゆり)」
    (11月25日、東宮御所で)=宮内庁提供

     学習院女子高等科2年の愛子さまは、この夏3週間、英国の名門イートン校のサマースクールで英語の授業を受け、ロンドンなどを巡り、英国文化を吸収された。帰国後も熱心に英語を勉強されている。神奈川県鎌倉市への遠足で鶴岡八幡宮、奈良県や京都府への修学旅行で寺社を巡り、日本の歴史や文化を学ばれた。

     3学年クラス対抗のバスケットボール競技でゴールを決め、準優勝に貢献された。筑波大付属高校との定期戦でドッジボール競技に出場して優勝するなど、活発に過ごされた。

     ご両親とは、一緒にお住まいの東宮御所や静養先で天体観測を楽しまれた。猫と青年の交流を描いた映画「旅猫リポート」を鑑賞し、人と動物の絆に思いを深められた。

     5月に皇居を訪れ、来年の代替わりで皇后さまから皇太子妃雅子さまに引き継がれる養蚕を見学された。東日本大震災や熊本地震が発生した日には、東宮御所で黙とうをされた。

敬宮愛子さまが17歳のお誕生日を迎えられました。
敬宮様が優しくご聡明な姫宮様である事に変わりはありませんが、
すっかり大人びてこられたお姿に、月日の速さをつくづくと感じさせられています。

2年前のお誕生日の敬宮様は、痛々しいほど痩せておられましたが、
今日のお写真を拝見すると、見違える位ふっくらとされていて、
敬宮様がすっかりお元気になっておられることに、ほっとさせて頂きました。

来年の5月からはお住まいも皇居へと換わられ、
お気遣いされねばならない事も、色々と出てくるかもしれませんが、
今の敬宮様だったら、何があっても大丈夫だろうと感じさせられます。

秋篠宮様が皇嗣殿下となることが決まって、敬宮様は心からほっとされたのかも知れませんね。

秋篠宮様は皇嗣殿下となられる事が決まって、皇室に関わる事に対する責任感が強くなられたのか、
昨日のお誕生日に際し、宮内庁長官を驚かすような発言をなさったそうですね。
(「まさか会見で」戸惑う宮内庁…秋篠宮さま発言

秋篠宮様は大嘗祭(だいじょうさい)に公費を支出するという政府の決定に対し、疑問を示されたのだそうです。
「大嘗祭」の為、今上天皇のご即位の時には、宮廷費約22億5000万円が使われたそうです。
宗教色の強い行事の為に、こんな莫大な国費をかけなくても、
天皇家の私費にあたる「内廷会計」で賄い質素にやるべきだと秋篠宮様は仰ったのだそうです。
行事が終ったら取り壊す事になっている大嘗宮建設のために何億円も掛けるなどの、
ご即位に関する行事の費用に、公費を使う等トンでもないという意見も、
巷に溢れているのですから、(こちら
秋篠宮様の御心配も当然の事かと拝察します。

古来大嘗祭は穢れのないよう、恙なく執り行う事で、
新しい天皇の御世も恙なく治まります様にと、
天照大神をはじめ天神地祇神に新天皇が祈りを捧げられる行事ですから、
寧ろ清楚な方が好ましく、華美にする必要等全然ないと思います。

天皇陛下も皇太子殿下も仰りたくても仰る事の出来ない事を、自分が言うと仰って、
秋篠宮様は今回のご発言をなさったのだそうですね。

敬宮様は御叔父秋篠宮様の凛とされたお姿にも、
ご安心なさったのではないでしょうか?

敬宮様のお誕生日を心からお祝い申し上げます。

大日本帝国と日本国は別の政権だから、明治150年を祝う意味はない 

今月23日政府主催で明治150年を祝う式典があったそうです。(こちら
この式典に両陛下は出席されなかったのですが、
出席されなかった理由について宮内庁は、
政府から出席の要請がなかったからと言っているそうです。

本当でしょうか?

リテラに天皇陛下が明治150年記念式典への出席を拒まれた理由についての記事があります。
天皇皇后が明治150年式典に欠席した理由! 安倍政権の“明治礼賛キャンペーン”に利用されることを忌避したとの見方
リテラのこの記事の見方について、私もその通りなのではないかと思いました。
   (一部引用 紫字部分)
明治新政府の中心となった長州の末裔である安倍首相は、明治維新は国家存亡の危機から救ったと胸を張り、その精神を礼賛し現代社会に注入すると力を込める一方、帝国主義のもとで行った侵略戦争などは完全にネグっている。と、リテラの記事にありますが、
今上陛下には明治から先の敗戦までの日本は、
帝国主義の下での侵略戦争の連続だったと見ておられるのではないでしょうか?

大正天皇は第一次世界大戦への日本の参戦に、反対しておられたそうです。
天皇陛下が反対しておられても、国益の為と当時の政府は大正天皇を病と言って押し込め、
まだお若かった後の昭和天皇を摂政宮として御名御璽を押して頂き、
天皇に第一次世界大戦への参戦を許諾されたという体裁を整えました。

第二次世界大戦への参戦(真珠湾攻撃)についても、
御前会議で昭和天皇に無理やり賛成させて、
あの戦争を「天皇の戦争」という事にしてしまいましたが、
大日本帝国時代の日本では、
天皇の意思を無視して戦争を始めるのが通例となっていた様です。

1945年の無条件降伏により、日本は国名を
大日本帝国から日本国と改められ、
憲法も平和憲法へと変えられました。
昭和天皇も今上天皇も、日本が平和憲法を持つ只の「日本国」となったことで、
今後は天皇として宣戦布告せずに済むようになった事は、
悲惨な敗戦の中での望外の収穫、と思われたのではないでしょうか?

安倍政権は明治革命によって出来た大日本帝国が、今も続いていると思っているようですが、
天皇陛下を始めとして、大部分の日本人は大日本帝国は敗戦によって潰れてしまい、
現在は日本国という国名も変われば主権者も天皇から国民へと変わった、
新しい国になっていると思っているのだと思います。
明治に続く政権は敗戦と共に終わり、
1945年以降は新しい日本であるから、明治150年という括りはそぐわないと、
今上陛下はお思いなのではないでしょうか?

日本史で平安時代・鎌倉時代・足利時代・安土桃山時代・徳川時代などと、
政権が変わる毎に時代名がつけられているのは、
その政権が滅んでも、日本国はずっと続いているという考え方からだと思います。
政権が替わるたびに新しい政権担当者は、
天皇に政権の正当性を保証して貰うという習慣が出来ていたから、
歴史的には「~時代」というのが政権名と同じ事になっているのでしょう。

そういう観点から明治と大正と昭和の前3分の1を、大日本帝国時代と呼び、
昭和後期3分の2と平成を日本国時代と、
後世の人々は呼ぶようになるのではないでしょうか?

追記
参考までに過去記事をリンクさせていただきます。
豊臣の残党安倍晋三 part2 

慶祝 皇后陛下お誕生日 

今日は美智子さまが皇后陛下として、最後のお誕生日をお迎えになられました。
お元気でこの日をお迎え下さって嬉しい限りです。
本当におめでとうございます。

お誕生日に際して出された宮内記者会への、
何時もながら行き届いた素晴らしいご回答が、宮内庁のホームページに載っていましたので、
複写させて頂きました。
24歳で入内なさった美智子様が84歳になられたという事は、
丁度60年になられると言うことなのですね。

あらゆる意味で本当に素晴らしい皇后様を与えられ私達国民も幸せさせて頂きました。
心より感謝申し上げます
上皇后となられても、ずっとお元気で私達国民を見守っていて頂ければと願って已みません。


皇后陛下お誕生日に際し(平成30年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答

皇后陛下お誕生日に際してのご近影
皇后陛下お誕生日に際してのご近影
問 この1年も,西日本豪雨や北海道の地震をはじめとする自然災害など様々な出来事がありました。今のお立場で誕生日を迎えられるのは今年限りとなりますが,天皇陛下の退位まで半年余りとなったご心境をお聞かせ下さい。
皇后陛下
 昨年の誕生日から今日まで,この1年も年初の大雪に始まり,地震,噴火,豪雨等,自然災害が各地で相次ぎ,世界でも同様の災害や猛暑による山火事,ハリケーン等が様々な場所で多くの被害をもたらしました。「バックウォーター」「走錨(そうびよう)」など,災害がなければ決して知ることのなかった語彙にも,悲しいことですが慣れていかなくてはなりません。日本の各地で,災害により犠牲になられた方々を心より悼み,残された方々のお悲しみを少しでも分け持てればと思っています。また被災した地域に,少しでも早く平穏な日常の戻るよう,そして寒さに向かうこれからの季節を,どうか被災された方々が健康を損なうことなく過ごされるよう祈っています。
 そのような中,時々に訪れる被災地では,被災者の静かに物事に耐える姿,そして恐らくは一人一人が大きな心の試練を経験しているだろう中で,健気に生きている子ども達の姿にいつも胸を打たれています。また,被害が激しく,あれ程までに困難の大きい中で,一人でも多くの人命を救おうと,日夜全力を挙げて救援に当たられる全ての人々に対し,深い敬意と感謝の念を抱いています。

 約30年にわたる,陛下の「天皇」としてのお仕事への献身も,あと半年程で一つの区切りの時を迎えます。これまで「全身」と「全霊」双方をもって務めに当たっていらっしゃいましたが,加齢と共に徐々に「全身」をもって,という部分が果たせなくなることをお感じになり,政府と国民にそのお気持ちをお伝えになりました。5月からは皇太子が,陛下のこれまでと変わらず,心を込めてお役を果たしていくことを確信しています。
 陛下は御譲位と共に,これまでなさって来た全ての公務から御身を引かれますが,以後もきっと,それまでと変わらず,国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか。私も陛下のおそばで,これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ,これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います。

 24歳の時,想像すら出来なかったこの道に招かれ,大きな不安の中で,ただ陛下の御自身のお立場に対するゆるぎない御覚悟に深く心を打たれ,おそばに上がりました。そして振り返りますとあの御成婚の日以来今日まで,どのような時にもお立場としての義務は最優先であり,私事はそれに次ぐもの,というその時に伺ったお言葉のままに,陛下はこの60年に近い年月を過ごしていらっしゃいました。義務を一つ一つ果たしつつ,次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子をお近くで感じとると共に,新憲法で定められた「象徴」(皇太子時代は将来の「象徴」)のお立場をいかに生きるかを模索し続ける御姿を見上げつつ過ごした日々を,今深い感慨と共に思い起こしています。

 皇太子妃,皇后という立場を生きることは,私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ,その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく - そうした日々を重ねて,60年という歳月が流れたように思います。学生時代よく学長が「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」と云われたことを,幾度となく自分に云い聞かせてまいりました。その間,昭和天皇と香淳皇后の御姿からは計り知れぬお教えを賜り,陛下には時に厳しく,しかし限りなく優しく寛容にお導き頂きました。3人の子ども達は,誰も本当に可愛く,育児は眠さとの戦いでしたが,大きな喜びでした。これまで私の成長を助けて下さった全ての方々に深く感謝しております。

 陛下の御譲位後は,陛下の御健康をお見守りしつつ,御一緒に穏やかな日々を過ごしていかれればと願っています。そうした中で,これまでと同じく日本や世界の出来事に目を向け,心を寄せ続けていければと思っています。例えば,陛下や私の若い日と重なって始まる拉致被害者の問題などは,平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません。これからも家族の方たちの気持ちに陰ながら寄り添っていきたいと思います。

 先々(さきざき)には,仙洞(せんとう)御所となる今の東宮御所に移ることになりますが,かつて30年程住まったあちらの御所には,入り()の見える窓を持つ一室があり,若い頃,よくその窓から夕焼けを見ていました。3人の子ども達も皆この御所で育ち,戻りましたらどんなに懐かしく当時を思い起こす事と思います。
 赤坂に移る前に,ひとまず高輪の旧高松宮邸(たかまつのみやてい)であったところに移居いたします。昨年,何年ぶりかに宮邸(みやてい)を見に参りましたが,両殿下の薨去よりかなりの年月が経ちますのに,お住居の隅々まできれいで,管理を任されていた旧奉仕者が,夫妻2人して懸命にお守りして来たことを知り,深く心を打たれました。出来るだけ手を入れず,宮邸であった当時の姿を保ったままで住みたいと,陛下とお話しし合っております。

 公務を離れたら何かすることを考えているかとこの頃よく尋ねられるのですが,これまでにいつか読みたいと思って求めたまま,手つかずになっていた本を,これからは1冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています。読み出すとつい夢中になるため,これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も,もう安心して手許に置けます。ジーヴスも2,3冊待機しています。
 また赤坂の広い庭のどこかによい土地を見つけ,マクワウリを作ってみたいと思っています。こちらの御所に移居してすぐ,陛下の御田(おた)の近くに1畳にも満たない広さの畠があり,そこにマクワウリが幾つかなっているのを見,大層懐かしく思いました。頂いてもよろしいか陛下に伺うと,大変に真面目なお顔で,これはいけない,神様に差し上げる物だからと仰せで,6月の大祓(おおはらい)の日に用いられることを教えて下さいました。大変な瓜田(かでん)に踏み入るところでした。それ以来,いつかあの懐かしいマクワウリを自分でも作ってみたいと思っていました。

 皇太子,天皇としての長いお務めを全うされ,やがて85歳におなりの陛下が,これまでのお疲れをいやされるためにも,これからの日々を赤坂の恵まれた自然の中でお過ごしになれることに,心の安らぎを覚えています。
 しばらく離れていた懐かしい御用地が,今どのようになっているか。日本タンポポはどのくらい残っているか,その増減がいつも気になっている日本蜜蜂は無事に生息し続けているか等を見廻り,陛下が関心をお持ちの狸の好きなイヌビワの木なども御一緒に植えながら,残された日々を,静かに心豊かに過ごしていけるよう願っています。

宮内庁に働きかけて、天皇陛下に参拝を強要しようとしている靖国神社の関係者達 

靖国神社のトップ宮司が、社務所会議室で行われた定例会議で、
今上天皇を批判をしたという話の詳細をnewsポストセブンが書いている。
この宮司の発言(天皇批判)は靖国神社内でも問題視されているそうだけれど・・・・・

靖国神社は今上天皇のみならず昭和天皇も、靖国神社が太平洋戦争の戦犯(A級戦犯)を合祀して以降、
靖国神社に行かれない事に気づいていないわけはないのに
この問題発言をした宮司のみならず、靖国神社の関係者には、
その事(A級戦犯の合祀)を改める様子は皆無である。

靖国神社は天皇陛下の意に背くことを勝手にやっておきながら、
宮内庁に天皇の御親拝を交渉し公権力を使って、
天皇に靖国神社参拝の強要をしている。

靖国神社のやっている事は
「天皇には思想信条の自由はない」と言わぬばかりではないか!

天皇のご親拝を裏交渉するほどに天皇陛下の存在を気にする神社なのだったら、
天皇の意に反する事をしている事は明らかなのだから、
御意に沿うよう改めるのが筋であろう。
それが嫌だったら、
勅祭社(天皇が例祭などに勅使を派遣し、奉幣を行なう神社)という公称を辞退するべきであろう。

靖国神社の関係者は「勝手な事はしたいけれど、天皇の権威も欲しいでは、世の中通らない。」
とさえ気づかない人々ばかりなのだろうか?

(以下引用)

「陛下は靖国を潰そうとしてる」靖国神社トップが「皇室批判」

天皇が「深い悲しみを新たにいたします」と述べた平成最後の終戦記念日、靖国神社(東京・九段北)には安倍晋三首相はじめ現役閣僚の姿はなく、中国や韓国も一頃ほど神経をとがらせなくなった。しかし、その落ち着きの裏で、靖国神社は“爆弾”を抱えていた。来年、天皇の「代替わり」と創立150年が重なる大きな節目を目前に、前代未聞の問題発言が神社トップである宮司から飛び出したのだ。

◆「そう思わん?」「わかるか?」

 靖国神社では今、来年の創立150年に向け、境内のいたるところで改修工事が行なわれている。だが、その内部では、修復不可能なほどの“綻び”が生じていた。

 6月20日、靖国神社の社務所会議室で行なわれた「第1回教学研究委員会定例会議」で、その重大事は起きた。今年3月に第十二代靖国神社宮司に就任した小堀邦夫氏(68)が、創立150年に向けて新たに組織したのが「教学研究委員会」だった。これからの靖国神社がどうあるべきかを考えるとして、第1回の会議には、小堀宮司以下、ナンバー2である権宮司など職員10人が出席したことが当日の議事録に残されている。

 その会議の場で、靖国神社のトップである小堀宮司から、驚くべき発言が飛び出した。

「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう? 遺骨はあっても。違う? そういうことを真剣に議論し、結論をもち、発表をすることが重要やと言ってるの。はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?」


さらに発言は、代替わりで次の天皇となる皇太子夫妻にも向けられた。

「あと半年すればわかるよ。もし、御在位中に一度も親拝(天皇が参拝すること)なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?」

 静まり返る会議室で小堀宮司の高圧的な口調の“独演”と、速記のキーボードを打つ音だけが響く──。

 この会議は、小堀宮司の意向もあって複数の出席者が記録のために録音していた。宮司の「総括」から始まる110分に及ぶ音声データを本誌は入手した。

 小堀宮司が語気を強めたのは、今上天皇が即位以来、一度も靖国を参拝したことがない一方、かつての戦地を訪れ、戦没者の霊を慰める旅を続けてきたことを指しているとみられる。皇室ジャーナリストの久能靖氏はこう言う。

「今上天皇が靖国を参拝されない理由はわかりません。が、あえて推察すれば、昭和天皇が1978年のA級戦犯合祀以来、靖国においでにならなくなった、その思いを咀嚼されたのではないかと考えられます。今上陛下は戦争体験をお持ちで、戦中の国民の苦しみは直接ご存じでした。だからこそ、国内外にわたるすべての戦地で慰霊を行ないたいというお気持ちになられていたと思います。天皇陛下の慰霊の旅は、強い信念に基づいて行なわれているものでしょう」

 その慰霊の旅が、小堀宮司の目には靖国神社を否定する行為に映っていると、靖国神社関係者が言う。

「小堀宮司からすれば、英霊の御霊は靖国にこそあり、戦地にはない。にもかかわらず、今上天皇は靖国よりも慰霊の旅を選んでいるとなると、靖国の存在意義を否定することになってしまうという思いがあったのではないか」

 しかし、この発言は靖国神社内でも問題視された。

「勅祭社(天皇が例祭などに勅使を派遣し、奉幣を行なう神社)としての靖国神社の性格を考えると、天皇陛下を批判するような発言は、宮司として問題ではないかという声が上がっています」(同前)

◆「お前の説教、聞きたくないよ」

 靖国神社は来年までに天皇の参拝を実現させようとしていた。靖国神社職員はこう語る。

「平成の御代のうちに天皇陛下にご参拝をいただくことは、私たち靖国神社からすると悲願なのです。小堀宮司は、“平成の御代に一度も御親拝がなかったらこの神社はどうするんだ”と口にしていました。そうして宮内庁に対し、宮司自らが伺って御親拝の御請願を行なうための交渉を内々にしているのですが、まだ実現の目処は立っていない」

 小堀宮司は専門紙「神社新報」で、〈(創立)五十年目に大正天皇が行幸され、百年目には昭和天皇が皇后とお揃ひで行幸されてゐます。そして来年、百五十年といふ大きな節目の年がやってくることの重大さは、御代替りと相俟って深刻に考へてゐます〉(7月30日付)と語っていた。


小室圭さんのアメリカ留学に思う 

秋篠宮家の長女眞子様と小室圭氏との結婚が、ややこしい事になって久しいですが、
聞くところによると紀子様が「今のままでは(小室圭さんと眞子さまとの)結婚はありえない」と言われたそうですね。
今のままでは「有り得ない」という事は、小室さんの何かが変わったら有り得るという意味になりますが・・・・・

皇后様は「あの方(小室圭氏)との結婚は有り得ない」と仰ったそうですね。
僭越ながら私もそう思っています。
だってあれだけ恥さらしの事が表面化し、眞子様や秋篠宮様に大変な迷惑をおかけしたのに、
小室さんには「婚約を辞退せねば」との考えが全然浮かんでこない人であるという事ひとつとっても、
そんな恥知らずで思いやりのない人では、
皇族の親戚として相応しい人とは言えないでしょう。

今回のアメリカ留学で小室圭さんは、国際的な企業弁護士を目指していると、
小室さんが留学したというニュース放送の時解説していました。
それを聞いて「これはヤバイ」と私は心配になったのでしたが・・・・・

「小室さんの留学費用は誰が出すのだろう?」と、ネットでしきりに噂されていましたが、
「眞子様の夫になる人間を味方(手駒)に出来るなら留学費用位安いもの」と、
留学援助を申し出る企業位、アメリカには山程あるのではないでしょうか?
もしかしたら今回の留学は、アメリカのとある企業から声が掛かって、
実行される事になったのではないでしょうか?

小室さんの様に収入の多寡が問題になっている人が、
アメリカに行って、外資の勧誘に会ったりしたら如何なるか?、
彼が内親王の夫として政府に口利きするようになり、
日本人を搾取する悪事(法律的には悪事でなくても)を手助けする事になったら、
日本人にとっての損失は、計り知れない事になるでしょう。

外資の手先として働く事位、平気で容認しかねない人であると思える小室圭さん。
そういう事を生業にする人間になられても、
紀子様は小室さんの収入が高くさえあれば良い、
と思われるのではないかと心配になります。

秋篠宮様は「あの方は有り得ない」との皇后様の直感に従って、
眞子様と小室圭さんとの縁談は、白紙に戻されるべきなのではないでしょうか?

皇太子ご夫妻ご列席の下 第100回全国高校野球選手権記念大会開幕 

第100回全国高校野球選手権記念大会を観戦され、拍手を送る皇太子ご夫妻=兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で2018年8月5日午前10時40分、梅田麻衣子撮影

 皇太子ご夫妻は5日、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)で開幕した第100回全国高校野球選手権記念大会の開会式に出席された。バックネット裏の貴賓席で、代表校が入場する度に拍手を送った。皇太子さまは「高校野球を身近なものと感じて応援してきました。練習の成果を十分に発揮し、力の限りプレーすることを期待しています」とおことばを述べた。

 

 ご夫妻は開幕試合の藤蔭(大分)-星稜(石川)を途中まで観戦。双眼鏡を手に熱戦に見入った。さらに球場内で、プラカード先導や司会を担当した高校生たちと交流。プラカードを実際にご夫妻が持つ場面もあり、重さを実感しながら「高さを一定に、ずっと持っているんですね」などと驚いた表情も見せ、にこやかに交流していた。

 皇太子さまの夏の甲子園の開会式出席は3回目。雅子さまは初めて。

 皇太子さまはおことばの中で「高校野球の最初の記憶」として第50回(1968年)の決勝戦を紹介。興国(大阪)と静岡商(静岡)の「1対0という白熱した投手戦をよく覚えています。それ以来、50年にわたり、高校野球を身近なものと感じて応援してきました」と話した。【山田奈緒】

昨日甲子園の高校野球が始まりました。
今年は高校野球が始まって100周年になるという事で、
皇太子ご夫妻が開会式に出席されました。

皇太子様が開会式でお言葉を述べておられるところは、昨朝テレビで見て知っていましたが、
妃殿下のご臨席は今朝の新聞で始めて知りました。

昨朝のテレビは可也長いお言葉を述べられる皇太子様の映像を映し続けていましたのに、
カメラを廻して雅子さまを映す事は、一切ありませんでした。

それで雅子様は御出でにはなれなかったのかな?と、私は一寸ガッカリしたのでしたが、
今朝の新聞に皇太子ご夫妻も出席されたと小さく書いてあるのを見て、
雅子様もこの暑さの中お元気で、ご公務に取り組んでおられることを知り、
とても嬉しく安心した次第です。

それにしても昨夜のNHKニュースでは、
甲子園の高校野球開幕に関するニュース特集をしていたのに、
皇太子ご夫妻のご臨席を一切報道しませんでした。

それは雅子さまのことを言わないだけでなく、
皇太子様が開会式に出席され、お言葉を賜った事さえ、
NHKは一切放送していませんでした。
NHKの放送では松井が始球式で投げた事や、
松井に関するエピソードを詳しく詳しく放送していましたが・・・・・

秋篠宮家の動静についてだったら、
眞子様がブラジルに行かれたとか、
佳子様が・・・・・と、詳しく報じるNHKですのに、
来春天皇ご即位が決まっている皇太子様のご動静については、
この猛暑の中、甲子園までお運び頂き、開会式に出席して頂きましたのに、
皇太子ご夫妻の映像を、ニュース特集の中で一切映さないとは、
NHKと言うか、NHKの報道の自由を縛っている安倍政権の意向なのでしょうが、
彼等はどういう了見で、こんな不敬な事をするのでしょう?

赤ちゃんを産むか如何かが、国民の生産性の問題になる? 

新ベンチャー革命「安倍チルドレン・杉田水脈への抗議運動勃発:彼女は、安倍自民が能面(=自由民主主義者)をかぶった般若<は鬼(=大日本帝国主義者)であることを国民に気付かせたに、
LGBTについて問題発言をした杉田水脈議員について下記の様に書いておられる。

杉田某は、LGBTは生産性がないとほざいたそうですが、これは、戦前の軍国日本の“産めよ殖やせよ”政策に根差しており、まさしく、時代錯誤の発想です。

 
 要するに、戦前の軍国日本(大日本帝国主義者の支配する日本)の徴兵制の下で、国家が兵士を調達するには、国民の生産性(産めよ殖やせよ)を高める必要があったのです。したがって、安倍チルドレン・杉田某は、戦前日本の支配者と同じ考えなのです

これを読んだ時、戦前の「産めよ殖やせよ」政策とは、
そういうことだったのかと改めて気付かされた次第です。
そう言えば昔は、特に男子の出生を喜ぶ風潮が強かった様ですが、
愛国心を標榜していた戦前の政府にとって、
国民というのは政府(支配者)の為の奴隷だったという事なのでしょうね。

敗戦色が濃くなっても政府は、少年兵に特攻という無茶な戦法を強制しましたが、
勝ち目がない戦闘で大勢の一般国民から無理やり徴兵した兵士を、
悲惨極まりない戦闘で戦死させることが続いても、
参謀本部は一億総玉砕と言って、あの無茶な戦争を絶対にやめようとはしませんでした。

敗戦を受け入れることは支配層にとって、
自分たちの失敗を認めることになります。
戦争が終わってしまったら、戦争を始めるに当たって当時の政府要人が、
反対意見を蹴散らし踏み潰して、勝ち目のない戦争へと、
国民を強引に引きずり込んで行った責任が顕になります。

支配層は自分達が戦争中に行った、
数々の背任行為や失政が公になる日が来て、
厳罰に処されるに違いない戦争終結(敗戦を受け入れる)を、
絶対に受け入れたくなかったのでしょう。

その為には一般から徴兵した兵隊が、
無意味な戦闘で何万人悲惨な死を強制されようと、
大都市の住民が、アメリカ軍の空襲で何十万人殺される事になろうとも、
それ処か、日本が跡形もなくなってしまったとしても、
自分達が断罪される日を受け入れることだけは、絶対に避けたかったのでしょう。
(これが愛国心を叫んで、同胞に死を強制していた人々の実態でした。)

NHKによる、天皇陛下の終戦の詔勅の放送が実現するまでには、
数々の邪魔立てが入ったそうです。
天皇陛下のご発案で録音された玉音盤を盗もうと、
軍部の人間が暗躍したのだとか・・・・・

一億総玉砕を叫ぶ軍部支配層に危機感を持たれた天皇陛下が、
一身を犠牲にしてでも、終戦を実現しようと、
終戦の詔勅を録音させられたものでしたのに・・・・・

「天皇陛下の為に死んでこい」と兵士(国民)を強制的に戦地に送り出していた支配層(軍部)が、
天皇陛下の命がけのご決断を、握り潰してしまおうとしていたのでした。
ここの所も、天皇陛下の御思いを握り潰そうとばかりしている安倍総理と、
玉音盤を盗んででも戦争を継続しようとしていた軍部との好一対事象ですね。

先の戦争で負けが込んだ時の支配層(戦争責任者達)は、
自分の権力と自分の命が一番であり、
その為にこそ国民は居るのだから、
自分達の必要に応じて、幾らでも兵力が供給できるよう、
産めよ殖やせよをスローガンにしたのでしたが、
戦前回帰主義者安倍一派の端に連なる杉田水脈議員の、
国民の生産性云々発言が、それと一脈通じているという事を、
はしなくも如実に物語ったという事なのでしょう。

支配層にとって国民とは、
国家の権力者が権力を維持するための道具(奴隷)であり、
時の支配層は国民の生殺与奪の権を有する者であるという、
あの戦争責任者達の思想と、安倍一派の思想が同じ様なものであるという事が
このたびの杉田水脈議員の発言で、明らかになったという事なのでしょう。

子供を生めない者は生産性がないという考えに立つなら、
「安倍総理夫婦をまず指弾すべきだろう」という意味の事を、書いている人がありましたが、
権力者は絶対に兵隊にはならないので、安倍総理夫妻は非生産的でも全然構わないのでしょう。
「国民は利用する者と、利用される者の二種類に分けられるべきである」
と彼等は信じているのかもしれません。

一時の権力者の、そんな身勝手な理屈に、
どうして私達国民が、従い続けねばならないのでしょう?




宮内庁異例の発表 

何時もの事ながら週刊誌は眞子さまの件に付いても、
事実無根のことを書きたてていたようですね。
宮内庁が25日週刊誌に対する抗議とも言える様な、異例の発表をしています。

特に
皇居内のゴルフ場であった場所に両陛下の御所建設が計画された際,昭和天皇が愛された自然林を皇后さまが丸坊主にした等の報道がなされ,前後数ヶ月に及ぶ謂われない批判記事の連続により,皇后さまは何ヶ月も声を失われる事態に陥られました。と、
平成5年皇后陛下が失語症になられた時の経緯にも触れての抗議ですから、
皇后陛下は週刊誌の事実無根の報道に、
只ならず、お心を痛めておられるのかも知れません。

続きを読むに、週刊誌の異常な皇族バッシング等に付いて書いた過去記事を載せて置きます。

眞子内親王殿下に関する最近の週刊誌報道について

平成30年5月25日
宮内庁

眞子内親王殿下の納采の儀を始めとするご結婚関係儀式等の延期が発表されて以来,このことに関する両陛下,取り分け皇后さまのお考え,ご対応について様々な憶測がなされ,記事にされてきましたが,このことに関し,両陛下は当初より一貫して変わらぬ対応をしてこられました。

両陛下が第一に考えられたことは,これは眞子さまの内心に触れる事柄であり,何人といえども,恐らくはご両親殿下でさえ眞子さまのお考えを待つ以外おありでないということでした。そうした中,ご自分方として出来ることは,極力周囲の雑音から眞子さまを守り,静かな状況を保つ中で,眞子さまがご自分の考えを深められるよう助力なさるということでした。

そのため,これまで両陛下は共に首尾一貫このことに関し一切発言を慎まれてこられました。事実,宮内庁長官,次長を始めとする宮内庁幹部,側近である侍従長,女官長や侍従職の誰一人として,このことに関して両陛下のご感想を伺ったり,状況についてお尋ねを受けたことはありません。平素,両陛下のご相談に(あずか)る参与,御用掛においても全く同様であります。

一部の週刊誌は,「侍従職関係者」,「宮内庁幹部」,「宮内庁関係者」等のコメントとして,皇后さまが様々な発言をなさっているかのように記していますが,先にも述べたとおり,両陛下は,当初より,細心の注意を払って固く沈黙を守り続けておられ,また,宮内庁職員はもとより,ご親族,ご友人,ご進講者等で,両陛下にこの問題について話題にするような人もこれまで皆無であったと伺っています。

かつて,皇居内のゴルフ場であった場所に両陛下の御所建設が計画された際,昭和天皇が愛された自然林を皇后さまが丸坊主にした等の報道がなされ,前後数ヶ月に及ぶ謂われない批判記事の連続により,皇后さまは何ヶ月も声を失われる事態に陥られました。因みに,新御所の建設場所は,当時の宮内庁長官の報告と進言を陛下がお受け入れになり,最終的に決定されたもので,皇后さまはこのご報告や決定の場に一度も同席しておられず,新御所の予定地についてお聞きになったことも,まして御覧になったこともありませんでした。

今また,皇后さまは,ご自分の名のもとに,両陛下としてあれ程までにお守りになろうとされた眞子さまや秋篠宮両殿下の周辺で,静かな熟考のために保たれるべき環境に思いも寄らない様々な雑音が立てられていることを驚き,悲しんでおられ,陛下もまたそのことに深くお心を痛めておられます。皇后さまは,これまでもご家族のどなたかが苦しい状況におありの時は必ず,それは家族全体の苦しみだからと言われ,心配しつつ見守ってこられました。

この度,早くより,眞子さまや秋篠宮両殿下,お相手の方に静かに考える環境を与えることを最重要と判断され,沈黙に徹してこられた両陛下のお考えが無にされたことは余りにも残念であり,宮内庁として,この問題に関するこれまでの両陛下のお考えとご対応をお伝えすることに致します。

続きを読む

眞子さまも犠牲者 安倍総理への忖度が招く不幸の数々 

「秋篠宮眞子さまのご婚約、安倍政権の皇室利用リークに思う 」で書いた事があるのですが、
安倍官邸は眞子さまのご婚約に付いて、
宮内庁がお相手の小室圭さんが内親王の結婚相手として、相応しいかどうかの調査をする前に、
安倍総理の「共謀罪」「森友・加計学園」隠し」目的で、勝手にNHKのニュースで放送させたのでした。

安倍官邸が既成事実として眞子さまのご婚約を報道した以上、
もし万一小室圭さんに思わしくない瑕疵があると分かったら、
官邸に恥を掻かせることになり、総理から睨まれないとも限らない、と
宮内庁の官僚が忖度したのではないでしょうか?

かくして眞子さまと小室圭さんのご婚約は天皇陛下の認められる所となり、
正式のものとなってしまったのですが、
納采の儀の日取りも決まった後になって、小室圭さんとその母親に、
一寸見過ごしに出来ないような問題が見つかってしまったのでした。


正式に決まったご婚約を白紙に戻すのは大変な事で、
秋篠宮様や宮内庁だけでなく、
天皇皇后両陛下にとって眞子様は初孫ですから、可愛さも一入でしょうから、
大変お心を痛められているそうです。

これと言うのも安倍官邸が宮内庁が報告する前に得た情報だけで、
総理の個人的目的(モリカケ問題から国民の関心を移す為)で、
お相手に付いての調査も出来ていない内に、
NHKに報道させてしまったのが原因と言ってよいでしょう。

安倍官邸への官僚の忖度が、
安倍総理の大好きな秋篠宮家の不祥事、
眞子さまにしたらご婚約者が世間で笑い者にされるという、
耐え難い屈辱を与えられて仕舞う結果となってしまいました。

その他財務省や文科省etcの官僚達が、安倍官邸に忖度して、
誰の目にも嘘と分かるような嘘を、国会で言わねばならない羽目に追いやられています。
(これは官僚の立場に立って同情した場合の話です。
国民は不正行為をした嘘吐きの総理大臣を辞任させることも侭ならない状況にされています。)

何所から見ても、安倍総理は辞任せねばならない総理である、
と阿部総理が自覚してくれると好いのですが・・・・・

「国体論 菊と星条旗」(白井聡著)を読み終えて 

「国体論 菊と星条旗」(白井聡著)を読み終えました。
コメント欄で、この素晴らしい本をご紹介下さった方に、
深く御礼申し上げます。

戦前・戦後の事件に付いて、私は余り知りませんでしたので、勉強になりましたし、
それぞれに付いての考察の大部分も納得できるものでした。

2・26事件に付いても、私は詳しいことを殆ど知らなかったのですが、
この企ては北一輝が「国家改造論原理大綱」の、
「天皇大権によって3年間憲法を停止し、私有財産の制限、土地制度改革、資本の合理化。労働者への権利の付与、人権の拡充、男女の同権化、植民地の制度、国防のそれぞれの分野で社会主義的な大改革を行う事」を謳っていたのだそうですが、
この本に影響を受けた青年将校達が、
当時疲弊した農村など生活苦を救いたい一心で、
直接天皇に訴えたら何とかなると期待してクーデターを起こしたのだそうですね。

しかし、この青年将校達の行動に昭和天皇は激怒され、
企みは成功しなかった、という事だったのですね。

この件についてではないのですが、
後年昭和天皇は独白録で開戦当時の事に付いて
「私がもし開戦決定に対して反対していたら、国内は大内乱になり、今次の戦争に数倍する悲惨時が行われ、果ては終戦も出来かねる始末となり、日本は滅びることになっていただろうと思う」という様な事を書いておられるそうです。

大正天皇は体が弱かったから、静養されて居たというのが通説ですが、
一説によると大正天皇は第一次世界大戦に、日本が参戦する事に反対されたので、
政府要人によって、押し込められたという話を私は聞いた事があります。

平安朝の頃から天皇とは、実権のない存在であったけれど、
日本史上、度々起こった政権交代の度に、
新しい権力者は天皇の認可を受けることが慣わしとなって来ていましたから、
日本人の心に天皇の存在が、新しい政権の正当性の証と見えるようになり、
政争の最中、ある勢力が天皇を確保したら(錦の御旗)、
大抵の場合、反対勢力は諦めざるを得ないと観念し、
内乱を最低限に押さえることが出来た、
この事が天皇の存在価値の最たるものであると私は思っているのです。

ですから、国内がある権力者によって抑えられている時に、
天皇はその政治に口出しすることは許されないし、
強引に口出ししたら、廃位される(明治以降は押し込められる)だけ・・・・・
しかし、一旦国が乱れた後、ある程度纏りかけた時には、
中心として大いに力を発揮出来るもの、
それが天皇だと思います。

私も嘗てブログで、
天皇陛下が安倍政権の閣僚の認可を拒否して下されば良いのにと書いた事がありますが、
天皇は政治に口出ししてはならないと決めた現在の憲法下でなくても、
天皇に時の政権に反するお願いをしたら、
例えそれが適い天皇陛下が時の権力にそれを要求されたとしても、
結果は、国政を混乱させるだけになるのだろうと思います。
(坂口安吾の憎まれ口はその通りだと思いましたが、それこそが天皇の存在価値であるのだとも私は思いました。)

そんな制約が有っても、天皇陛下は危うくなった国を救う為に、
ご自身に出来る事はないかと、常に考えておられるのですね。
先年出された「天皇陛下のお言葉」に付いての白井聡さんの考察を読み終えた時、
私の目から涙が溢れていました。
天皇陛下のお言葉に、そんな御思い迄込められていたとは、
私は思いも及ばないことでしたので。

本当に良い本を教えて下さって有難うございます。

皇太子様と世界水フォーラム 

皇太子様が世界水フォーラム出席の為ブラジルを訪れておられた事は、
ニュースでも報道していましたが、
皇太子様が世界水フォーラムでどの様なご活躍をなさっているかは、
余り報道されていないようです。
皇太子様の世界水フォーラムでのご活躍に付いて書かれた記事がありましたので、
ここに複写させて頂きます。

皇太子殿下と「水」問題

Tweet ThisSend to Facebook | by 高森

皇太子殿下がブラジルにお出まし(3月16日から22日)。

第8回世界水フォーラム」にご臨席の為だ。

19日のフォーラムでは開会式でのご挨拶の他、
「水と災害」
をテーマにした会議で「繁栄、平和、幸福のための水」
と題して基調講演をなされた。

講演後の取材に対して

水問題を解決することが、平和に繋がるという最近の世界の動き、
それを肌で感じました」

とおっしゃっている。

皇太子殿下は「
水問題」の世界的な権威でいらっしゃる。

日本の国内では意外とその事実が知られていない
又はその事実の重要性が気付かれていない)のではあるまいか。

念の為に、国連「水と衛生に関する諮問委員会」
2015年に最終会合)の委員だった尾田栄章氏の
証言を紹介する(
ちなみに皇太子殿下は同委員会の名誉総裁を
務められた)。

世界水フォーラムは、1996年に設立された
『世界水会議』
とホスト国が共催のかたちで3年ごとに
開催するもので、
地球に暮らす人々すべてが水に対して関心を高め、
水問題解決に向けて具体的な行動が取られることを目的としています」

「国際機関や政府機関、NGO、専門家、民間企業、
地方自治体、
農業従事者、労働者、子供や若
者など水に関わるあらゆる分野の人々
が一堂に会し、
知見や経験を共有することにより、参加者一人ひとり
が問題解決のために行動を起こす場、それが『
世界水フォーラム』
です」

「急激な人口の増加や都市への集中、
産業の発展は、世界各地で
水不足や水質汚染、
洪水被害の増大などの深刻な水問題を引き起こし
ています。
世界の半分が不衛生な水環境の下に置かれており、
水をめぐる国際紛争にまで至っている地域もあります。
さらに、
地球温暖化による影響や新たな化学物質の脅威などもあり、
先進国を含めた世界の水が危機的な事態になろうとしています。
まさに21世紀は『水の世紀』なのです」

私が非常に状況を的確に表しているなと思ったのは、
世界水会議の会長を務めているロイック・フォーション…という
フランス人が、記者との会見で『(日本の)
皇太子殿下のご存在は、
水の分野におけるオム・デタ…だ』
と述べたことです。

『オム・デタ』という言葉は…
政治家や現世のドロドロしたものを
超えた存在であり、
国や国民のことを本当に思っている人物を言う
…まさに、
皇太子殿下は、『水という国』といいますか、
水の分野において、
政治などを超越した立場から全体を導いて
いかれるご存在なんだという説明をしていたのが印象
に残りました」

現地の人や世界から集まった参加者が殿下の存在に敬意を払い、
高く評価しているのはいうまでもありません。
しかし、
日本ではどうもそれがうまく伝わっていないようです。
その点が、
逆に世界の人たちには『信じられない』という感じ
のようです。

実際、日本のジャーナリストが、
ある水問題の海外の専門家に
海外での殿下の評価はどうか』と質問し、

どうしてそんな質問をされるのか。
それは愚問というものだ。
殿下の高い評価は言わずもがな。
日本人だけが知らないのでは』

とやり込められる場面もありました」

殿下は人と水との関係を非常に高い立場から、
日本の長い歴史をふまえて具体的な事例を示しながら
お話になって
います。

だから非常に示唆に富んだ、
政治的な立場を超えたところでのご発言として
世界の人に受け止め
られるのだと感じます」

「第1回アジア・
太平洋水サミットに関しても
忘れられない光景があります。
その設立に向けて東京で開催された準備会合の折りに
ご接見を賜り
ました。
アジア・
太平洋地域の水の専門家たちが
バスに同乗して東宮御所に伺ったの
ですが、
帰路には『我々はもっともっと頑張らなければならない』
と大変盛り上がりましてね。

殿下とお話できたことが同サミットの設立に
大きな力になっている
のです。
勿論、殿下からあれをやろう、
これをやろうと言われるわけでは全くないのですが、
殿下とお話をさせていただく中で、
皆の胸中にある意欲や想いが
かき立てられていくという感じなので
す」

皇太子殿下のご存在の世界的な巨大さを、
日本人はもっと知るべきではないか。

奉祝 皇太子殿下58歳のお誕生日 

皇太子さま新時代要請「真摯に」58歳に、象徴への決意
 
記者会見をなさる皇太子殿下
記者会見をなさる皇太子殿下


 皇太子さまは23日、58歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮内記者会と会見し、来年5月1日の即位が決まったことを受け「自己の研さんに励む」と決意を語った。新時代の象徴天皇の在り方には「社会の変化に応じて公務に対する要請も変わってくる。新しい要請に応えていくことは大切。そうした公務に真摯に取り組んでまいりたい」と意欲を示した。

 昨年12月に2019年4月30日の天皇陛下の退位と新天皇の即位日が決まって以降、皇太子さまが公式に心境を語るのは初めて。

 皇太子さまは「憲法の規定に思いを致して、象徴とはどうあるべきか、望ましい在り方を求め続ける」と語った。

【 2018年02月23日 05時01分 】

皇太子様は58歳になられました。
来年5月1日にはご即位も決まっているので、記者会見では新しい時代へのご抱負等色々と詳しくお伺いしていた様です。(続きを読むに全文を複写しさせていただいています)
その中で
新しい時代の天皇,皇后の在り方ということについては,冒頭にも述べたとおり,両陛下も大事にされてきた皇室の長く続いた伝統を継承しながら,現行憲法で規定されている「象徴」としての天皇の役割をしっかりと果たしていくことが大切だと考えています。と仰り、
天皇として憲法に遵守した役割をしっかりと果たしていくと仰っています。

皇太子様の誠実さ、意志の強さは、
長かった雅子妃のご療養を周りの雑音にも一切ぶれる事なく、
温かく支え続けられ、
遂に快方に向かう迄、妃殿下を守り続けてこられた事からも、
本当にご誠実なお方である事は疑う余地がないと私は思います。

新しい時代を迎えても日本が平和な国であり続ける様祈られます。

続きを読む

眞子さま婚約者小室圭さんの不祥事・秋篠宮家の憂鬱 

週刊誌の記事内容がデカデカと書かれている新聞の広告欄に、
女性セブン「美智子さま「前代未聞」のご心痛!小室家の闇報道と破談巡る筋書 」というのがあった。
去年も小室圭さんのお母さんの事で色々と問題がある様な記事広告を目にしていたが、
前代未聞の破談があるかも知れないという文字に、
事態が可也深刻なものなのかも知れないと感じられた。
この記事については、
「眞子さま小室圭、結婚問題・女性セブン誌も報道」
http://umanosuke.net/kei-komuro-kayo
というブログ記事があった。

このブログでは小室圭さんのお母さんだけでなく、
小室圭さん自身も借りたお金に対する感覚が、
ちょっとおかしいと思われるエピソードを幾つか上げた記事も書いておられる。
http://umanosuke.net/kei-komuro-kayo-beggar
これを読むと小室圭氏は、
こんな人が眞子さまの夫君となられたら危ないかもしれないと、
感じさせられる人物のようである。
スペインで王女夫妻の汚職事件を読んだ事があったが・・・・・)

これ迄東宮家に比べて、持ち上げられ続けて来た秋篠宮家も、
遂に幸運が尽きる時が来たのかも知れない。
秋篠宮妃紀子様は米軍や安倍一派のような、軍国主義希求者の気にいる存在だったようで。
雅子妃の事は嘘でも悪く書けとマスコミに指示が出されていたというのが、嘘でないと思えるほど、
週刊誌では雅子妃の事を悪く印象付けるのが目的のような記事が度々出され、
テレビ報道でも、世界的に好評だった皇太子様の国連での水に関するご講演さえ無視するほど、
皇太子家の好印象になると思える情報は、可能な限り隠している風であった。

一方秋篠宮家の事に付いては,悪い事は一切書かれず、
恥ずかしい事態(例えば紀子様の乗られた車が事故を起こした等)を報道する週刊誌は皆無だったようである。

こんな情勢を見るにつけ私は、
紀子妃が居られるから皇太子様ご一家に災難が続くと長らく思っていたが、
紀子妃がおられたからこそ、
天皇陛下の尊厳が傷つけられずに済んでいたのかも知れないと、
最近気が付いたのだった。

今の平和憲法を改正して、戦前のような天皇主権にした後、
戦争を起こし、国民を従わせる為に天皇を利用しようとしている勢力にとって、
天皇の権威を落としたのでは、天皇の利用価値が半減してしまうが、
戦争屋の要求に従わない天皇では天皇の権威を守る意味がない。

だから天皇の後継者に据える人が雅子妃のような立派な方を、
お妃にされているご自身もご立派な皇太子様しかおられない皇室だったら、
平和主義者の今上天皇を国民が崇める事を阻止すべく、
雅子妃を貶めた時と同じ手法で、
有る事ない事書きたてて、
今上天皇皇后両陛下を貶め続けていたかも知れない。

しかし、皇太子様の弟である秋篠宮妃紀子様は、
物質的な面で非常に上昇志向の強い人である事が判明している上に、
アメリカの戦争屋勢力が大好きな9,11(9月11日)が誕生日ときている。
天皇陛下はもうご高齢だから平成の間は諦めて、
天皇の代替わりを待って、戦争の為に天皇を利用する体制を整えておこうとばかりに、
戦争屋勢力は天皇陛下の人気を守り続けたのではないだろうか?

そして秋篠宮家に国民の関心を集め、
皇太子様の人気を貶めるべく、週刊誌を総動員していたのだろう。

これが紀子様がおられたお陰で、
日本の天皇が国民の信任を得続けることが出来た(貶められずに済んだ)
と私が思った理由である。

国民の全幅の信頼を獲得された今上天皇のご退位日が決まり、
皇太子様がご即位される日も決まっている今、
秋篠宮妃紀子様のお役目は終ろうとしている。
秋篠宮様にはお気の毒ではあるが、
これからは秋篠宮家のネガティブ情報が、飛び交う番となるのではないだろうか?

それもこれも、
日本の為の皇室の守り神の、遠大なるご計画だったのではないかと・・・・・


「天皇」の位置付け「民意によっても乗り越えられない普遍的価値」の“砦” 


若手憲法学者の「天皇」再評価


民主主義が自由や権利の保障と
対立する場面があり得る。

更に、
ポピュリズムが無謀な戦争を招き寄せる局面で、
民主主義は全く無力だ。

そうした危険性に予めどう備えるか。

自由主義的民主主義や立憲主義的民主主義には、
明確にこうした問題意識がある。

同じ問題意識から、
君主制の役割についても再評価できるだろう。

憲法学者で北海道大学准教授の西村裕一氏の天皇についての言及は

そうした観点から参考になる。

西村氏いわく、
天皇は日本国の象徴である以上、
憲法の基本原理である基本的人権や平和主義といった
普遍的価値を
体現する存在でなければならない。
…衆院小選挙区制の導入以降、
選挙という民意によって
正統化された内閣への権力一元化が進んだ

民主主義は憲法の普遍的価値を踏みにじることもある。
だからこそ、憲法は民主主義の正統性とは
別のラインに天皇制を置き、
民意によっても乗り越えられない
普遍的価値を体現させようとした
と考えることもできる」と。

「民主主義は…
普遍的価値を踏みにじることもある」。

それに対抗できる正統性を持つ、
民意によっても乗り越えられない普遍的価値」の“砦”として、
天皇」を位置付けている。

天皇に付いてこういう考え方も良いのではないでしょうか?
西村裕一北海道大学准教授はまだ40歳になっておられない若手の法学者のようですが、
若い学者さんの天皇に付いての考え方も、
ひと頃と比べると可也柔軟になっているのですね。
同年代の私の娘も、今上天皇には惹かれているようですし・・・・・

先日もニュースで一般参賀のときの天皇陛下のお言葉が報道された時、
「『本年が少しでも多くの人にとり,穏やかで心豊かな年となるよう願っています』という言葉も、
今上陛下が仰ったら、本当にそう思っておられると感じる」と言っていました。

恥ずかしながら、娘は私のブログを読むのも拒否するし、
私の政治に付いての話を聞くのも嫌がる方でして、
娘の今上天皇陛下への傾倒は、
私の影響によるものでもなければ、
若い頃左翼を自認していた夫に、影響を受けたものでもありません。
娘の自由意志が、
今上天皇のお人柄と、陛下の国民への思いやりのお言葉が、
真実であると思えるからではないでしょうか?

今上天皇ご即位以来の一貫した、
憲法遵守と平和への御思いを無にする事なく、
日本は平和主義を貫いて行って欲しいものですね、


続きを読む

皇居一般参賀者数史上最多 

昨夜は良く晴れて満月が煌々と辺りを照らしていました。
昨日知ったのですが月も、同じ軌道を通っている訳ではないのですね。
(太陽と同じ様に季節によって軌道が変わるのでしょうか?)
以前見た時には部屋の中に、月光が差し込んでいたのに、
昨夜の月は室外に出ねば見えない、中天近い高い空にありました。

今年の元日は旧暦11月15日で、
今年は満月で明けたお正月だったのですね。
昨日或ブログでその事を書いておられたのを見て気が付いたのですが、
日本の場合は2日の方が、
より満月に近いのだとも書いておられましたので、
新年の満月を見ることが出来たのでした。

今日の京都新聞の1面中ほどに、
皇居一般参賀の小さな写真が載っていたのですが、
今年元日の皇居一般参賀の人数が、
史上最高の12万6千数百人あったという事は、
何故か項を改め、3面に書かれていました。
現権力は今上天皇にそれ程の人気があるとは、
知られたくないのでしょうか?

今上天皇が来年には退位されるというので、
こぞって参賀に出かけられたのでしょうが、
今上陛下の人気は大変なものの様ですね。

これと言うのも陛下が常々、
憲法に従い平和を守りたいと述べておられたからではないでしょうか?
今上のご意思を悉く踏み躙り、
日本を戦争屋の手代にさせたがっているような安倍総理は、
一方で、天皇を元首になどと、天皇を大事にしている振りをしていますが・・・・・

天皇を本当に大事に思うのであれば、
天皇が戦犯にされる恐れのある様な政策は、厳に慎む筈でしょう。

明治以降天皇を戦犯にしてでも、
戦争責任者にさせたい政権が続いていましたので、
天皇がいると日本が戦争に巻き込まれる等と、
戦争責任が総て天皇にあるかのごとき言説が横行してしまうのでしょうが、
明治政府というのは欧米先進国の手先として創られた国だったようですね。

欧米先進国は文明を主導する反面、軍事力を縦横に行使して、
後進国の地下資源や労働力を略奪する恐ろしい国々でしたが、
明治新政府はこの欧米列強と呼ばれる侵略国軍の、
手先として創られた国だったようです。

明治以降日清戦争日露戦争と戦争ばかりしていましたが、
西欧侵略者の手先として動いている限り、
日本は悪者にされる事はありませんでした。
しかし、西欧列強に楯突いて軍を動かした途端に、
日本は侵略国との烙印を押され、
敗戦以降日本は米軍に進駐され、駐留軍に抑えられ続けています。

ですから安倍総理がやりたがっている戦争とは、
西欧列強と呼ばれた侵略立国国の代理戦争に決まっていると言えるのではないでしょうか。

現在アメリカを代表とする西欧の侵略軍は、
ロシアを代表とする抵抗勢力の反撃に会って、
じりじりと敗退の途に付き始めているようです。

シリアでロシアにやられ始めた米軍が、
ロシアの戦闘機を撃ち落としたとき、
トルコ軍機がやったように装った事がありましたが、
米軍は戦況が思わしくなくなる時、
トルコがやられたのと同じ様に、
日本を悪者にして逃げを打つ可能性は少なくありません。

安倍総理は将来日本に、戦争をさせようとしているようですが、
天皇を元首にしたがっているのは、
天皇をその戦争の責任者にし、国民を動員し易くしようとしているのでしょう。
安倍政権は再び日本が敗軍になったり、
アメリカに嵌められて悪者にされたりしたら、
その時天皇家はもう生き延びる事は出来なくなるかも知れないのに、
天皇家がどうなろうと知った事ではないと、考えているのではないでしょうか。

天皇家はもう絶対に「戦争の名義人」にはなりたくないという今上陛下の御思いは、
天皇家の跡取りとして、歴史ある家を潰すわけにはいかないという事で、
なみの日本人の平和への思いとは比べものにならない位に、
真剣で強烈なものではないでしょうか?

日本は民主主義国だから、日本国民全員に全責任があると言っても、
個人としては1億分の1であるという気軽さがありますが、
天皇家が元首にされて、戦争に負けたりしたら、
天皇家に全責任があるという事になってしまうでしょうから、
一般国民の感じる責任の重さとは桁違いに、
重いものになっているのではないでしょうか。

現在、絶対的に平和を希求しておられるに違いない天皇を、
平和勢力が見逃すだけでなく、
敵に廻す手はないと私は思います。

元旦の一般参賀に皇居に出かけた国民も、
今上天皇が国民の生活を思いやり、
何より平和を願っておられる事を知っているから、
近い将来のご退位を惜しみ、
今上がお出ましになる残り少ない皇居一般参賀の列に、
加わろうと思った人々が史上最多を記録したのではないでしょうか。

シリアでメッタメッタにやられたと聞く米軍やNATO軍ですが、
負けを認めることを拒否して、
又ぞろシリアやイラン等で怪しい動きを始めているそうです。

プーチン大統領がミュンヘン演説で言っておられたように、
無軌道で残虐な侵略を続けているような国が、
いつまでも安泰であるはずがありません。
その無軌道で残虐な政治姿勢は、
当然国民にも向き、国民をも脅かす事になるでしょうから、
国民も政府に従順に協力しなくなる事でしょう。

国民にそっぽを向かれた政府が、
どれ程の軍備を持っていても、どれ程の資金を持っていても、
何時か力を失ってしまうのは、
当然の帰結と言えるのではないでしょうか。

ですから今強大な軍事力を有しているからと言ってアメリカを過信し、
アメリカの無法な軍事行動に協力等していたら、
日本は再び侵略国の汚名の下に、
逼塞させられる事になるでしょう。

安倍総理の政策で儲けが得られるからと言って、
安倍総理の軍事立国政策に協力していたら、
再び太平洋戦争の敗戦時のように財閥も罰を受け、
その財産を取り上げられてしまうのではないでしょうか?

日本を担う政治家や官僚の方々には、
天皇家の安泰の為だけでなく、日本人としての自分達の安泰の為にも、
平和立国の精神を忘れず、
出来る限り人道に沿った政治を、希求して頂きたいものですね。



奉祝 天皇陛下八十四歳のお誕生日 

今日は天皇陛下84歳のお誕生日です。
お元気でこの日を迎えられたこと慶びにたえません。
お誕生日おめでとうございます。

ご即位が50歳代半ばだったのに、平成も間もなく30年を数えることになります。
普通の勤め人だったら20年以上前に楽隠居した者も多い中、
天皇陛下には定年がなく、しかもご公務は可也ハードなものらしいのに、
後1年半も、今までのままにお続けになるのはお気の毒な気がしますが、
お元気で無事ご譲位されますようにとお祈り申し上げます。

今朝の新聞によると、ご退位までに是非当方にとの依頼が殺到していて、
益々お忙しくなられることになるのかもしれませんが、
宮内庁は陛下にご無理を強いたりしない様願います。

「(日本の)天皇陛下は象徴で、他の国の王様のように自由がきかない、内閣の言いなりに動かねばならないから、それでご高齢で大変だという事になるのか・・・・・」と娘が、今更のように言っていましたが、
ご高齢の陛下にご公務が次々と押し寄せている様は、
何とかして差し上げねば、
人道に悖るのではないかとさえ思えてきます。

特に几帳面なお方である天皇陛下が、
誠心誠意をモットーにしておられるのですから、
そのご負担は少々のものではなかったのではないでしょうか?

天皇陛下は日本国の象徴とはどういうものであるかを、
ご即位以来、身を挺して示してこられました。
今上天皇のお陰で平和憲法下の天皇像は、
国民と共にある天皇として定着してきているようです。

政府はもう二度と天皇を戦争の道具になどしないでほしいものです。
今度天皇が戦争責任を問われねばならない事態が起きたりしたら、
それこそ天皇家は滅亡させられかねません。

歴史的に代々の日本人が、天皇を大事にして来たのは、
天皇家の為と言うより寧ろ、日本人自身の為だったのではないでしょうか?
日本人同士が争うような事態が起きた時にも、
ある程度力を蓄えた勢力が、天皇を味方につけて皇軍と称する事で、
他の勢力が勝負あったと諦める位に、
天皇の存在が有効だったからではないでしょうか。
それで国民は内乱の苦労を最低限に押さえる事が出来たという風に・・・・・

そして天皇の存在は内乱の時ばかりでなく、
様々な要因で起きるかも知れない国難、
例えば先の敗戦の時のような場合に際しても、
国論をすばやく纏める為に、有効なのではないでしょうか?

そんな有り難い存在を持っている民族は、他にないかも知れません。
天皇は日本の宝とも言える存在です。
先人達が1000年かけて培ってきた宝を、
一時の権力者の都合で失う事になっても良いものでしょうか?

安倍政権だけでなく、今後の日本の為政者たちは、
もう二度と天皇を戦争目的に利用しようという考えは、起さないで欲しいものです。

それではお誕生日に際して行われた記者会見での
天皇陛下のお言葉を複写させて頂きます。
天皇陛下の一年は今年も、国民とよりそう一年だったようですね。

天皇陛下お誕生日に際し(平成29年)

天皇陛下の記者会見

会見年月日:平成29年12月20日

会見場所:宮殿 石橋の間

記者会見をなさる天皇陛下
記者会見をなさる天皇陛下

宮内記者会代表質問

問 この1年,天皇陛下はベトナムへの公式訪問や九州北部豪雨の被災地お見舞い,鹿児島県の離島3島訪問など,国内外でさまざまなお務めを果たされました。6月には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し,9月には初孫の眞子さまのご婚約が内定しました。この1年を振り返りながら,退位の日までのお過ごしについてのお考えをお聞かせください。
天皇陛下

今年2月末から3月初旬にかけて,皇后と共にベトナムを訪問しました。我が国とベトナムとの関係は,近年急速に進み,国家主席始め多くのベトナムの要人が我が国を訪れていますが,私たちがベトナムを訪問するのは,初めてのことでした。ベトナムでは,現在の国家主席御夫妻を始め,*4人の指導者に丁重に迎えられ,また,多くのベトナム国民から温かい歓迎を受けました。両国間の緊密な関係に深く思いを致しました。ハノイにおいて,先の大戦の終了後もベトナムに残り,ベトナム人と共にフランスからの独立戦争を戦った,かなりの数の日本兵が現地で生活を営んだ家族の人たちに会う機会もありました。こうした日本兵たちは,ベトナムの独立後,勧告により帰国を余儀なくされ,残されたベトナム人の家族は,幾多の苦労を重ねました。そうした中,これらベトナム人の家族と,帰国した元残留日本兵たちが,その後日本で築いた幾組かの家族との間に,理解ある交流が長く続いてきていることを聞き,深く感慨を覚えました。

ハノイ訪問ののちに古都であるフエを訪問しましたが,ベトナム独立運動の先駆者で,日本の支援を求めて我が国に滞在した時期もあるファン・ボイ・チャウの記念館も訪れました。ここでも日本とベトナムとの様々な交流の歴史に触れることとなりました。今後とも両国の友好関係が一層進展していくことを願っています。

ベトナム訪問ののちにタイを訪問し,昨年10月に崩御になったプミポン国王との長い交流の日々を懐かしく思い出しながら,最後のお別れをいたしました。

今年も残念なことに,幾つもの自然災害が起こりました。特に7月には九州北部がまれに見る豪雨に見舞われ,多くの人命が失われるなど,大きな被害を受けました。10月に福岡県朝倉市と大分県日田市をお見舞いに訪れましたが,朝倉市に向かう車中から見た災害の大きさは,自然の力の恐ろしさを改めて感じさせるものでした。被害に遭った人々が深い悲しみの中にありながら,皆で協力して懸命に復興に取り組んでいることを,心強く思いました。

また,11月には鹿児島県屋久島を訪れ,その西方12キロに浮かぶ口永良部島で,2年半余り前に起きた火山噴火によって屋久島への全島避難を余儀なくされた人々をお見舞いしました。噴火に先立ち避難訓練を行っていたこともあって,幸い速やかに全島民が無事に屋久島に避難したと聞きました。屋久島の人々の助けを得て避難生活を送り,今は多くの人が口永良部島に戻り,復興に取り組みながら元の生活に戻りつつあることを,うれしく思います。

我が国は豊かな自然に恵まれていますが,同時に自然災害の脅威に晒されており,こうした事態に備え,また,不幸にして災害が起こった時,人々が助け合うことがどれほど重要かということに,思いを深くしました。

この11月の屋久島訪問に続けて,沖永良部島と与論島を初めて訪問しました。これは,平成24年2月に一度計画されながら,私の心臓バイパス手術のために見送られたものです。島の美しい自然に触れるとともに,島の人々が,それぞれの伝統を育み,その自然をいかして生活を送っている姿を,頼もしく思いました。

今年,宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界遺産に登録されたことは,喜ばしいことでした。10月に福岡県で行われた「全国豊かな海づくり大会」に出席する機会に宗像大社を参拝し,4世紀から9世紀にかけて沖ノ島に奉献された宝物(ほうもつ)を見ました。沖ノ島は,我が国と朝鮮半島との間に位置し,航海の安全と交流の成就を祈る祭祀がそこで行われ,これらの宝物(ほうもつ)は,その際に奉献されたとのことでした。

また,それに先立つ9月に埼玉県日高市にある高麗神社を参拝しました。今から約1300年前に,高句麗からの渡来人がこの地に住み,建てられた神社です。多くの人に迎えられ,我が国と東アジアとの長い交流の歴史に思いを致しました。

私たちの初孫である,秋篠宮家の長女眞子と小室圭さんとの婚約が9月に内定し,来年11月に結婚いたします。大変喜ばしく,二人の幸せを願っています。

この度,再来年4月末に期日が決定した私の譲位については,これまで多くの人々が各々の立場で考え,努力してきてくれたことを,心から感謝しています。残された日々,象徴としての務めを果たしながら,次の時代への継承に向けた準備を,関係する人々と共に行っていきたいと思います。

今年も残すところ僅かとなりましたが,(きた)る年が国民皆にとって良い年となるよう願っています。

ベトナムにおいて最高指導部を構成する国家主席,共産党中央執行委員会書記長,首相,国会議長の4名である。

天皇制の利否を考えて見た 

加藤周一自選集(1(1937ー1954))に「天皇制を論ず」というのがあるそうです。

「天皇制は何故やめなければならないのか。理由は簡単である。天皇制は戦争の原因であったし、やめなければ、又戦争の原因となるかもしれないからである」
と加藤周一は言っているそうです。(こちら

この論文が書かれたのは遅くとも1954年(昭和29年)ですから、今から考えると終戦直後と言えるでしょう。

あの当時の感覚から言ったら、天皇制が戦争の原因だったと感じる人が、
多かったのは当然だろうと思われます。
何故なら徴兵された人々が「天皇陛下のために死んで来い」と送り出されていた戦争が、
散々な負けで終った直後の事ですから・・・・・
しかしこれは天皇の意思ではなかったかも知れません。
当時の日本は同じく君主制であるイギリスの議会制民主主義を倣っていましたので。
戦前の、天皇になる予定の親王は、幼少の頃から親元を離されて、
帝王教育なるものを仕込まれていたそうです。
例えば、天皇と言えども議会の決めたことには従わねばならないという事も、
当然教え込まれていた事でしょうし・・・・・

現在のアメリカは君主制でなくても、或勢力によって戦争屋国家されてしまっていますし、
ヨーロッパの王制でない国々でも、戦後のアメリカの戦争に加担し続けている国々が多数あるようです。

大東亜戦争の時日本が天皇制だったから、
戦争になったのは、天皇の責任という議論は、表層的過ぎると思います。

戦争を始めたい輩は、天皇という存在があろうとなかろうと、
歴史上アメリカが度々偽旗作戦を行ってきたように、
戦争をして利を得ようと考えるような悪人たちは、
どんな口実をつけてでも、戦争に持ち込むものだと私は思います。

天皇を戦争の名義人にさせられるかどうかは、時の政府の考え次第であるのは、
今の日本でも、明治憲法下の日本でも同じことだと私には思えます。
今日本の主権は国民にある事になっていますが、
政府は国民の意見を無視して、
戦争の出来る国へと、突っ走っているではありませんか。

安倍晋三は夢よもう一度で、
戦争推進に天皇を利用すべく、天皇制を弄ろうとしているのは事実ですが、
天皇は、又戦争に利用される事になったら、今度こそ皇族の破滅と思っておられる事でしょうから、
易々と政府の要求に従われることはないでしょう。

戦争屋政権が、何が何でも天皇を自分達の傀儡にしてしまおうと、
まだ幼い悠仁様を天皇につけるために、
天皇になられた現皇太子殿下や、秋篠宮様を策略を使って位から追い出したとしたら、
その時には流石の日本人でも、政府の悪巧みに気付くのではないでしょうか
ですから、天皇制が戦争の要因になると言うのは、杞憂だと私は思います。

もし、不幸にして日本が又戦争を始めるとしたら、
それは天皇制だからではなく、
何か大きな力、例えばアメリカの戦争屋勢力の様な、
不可抗力とも言えそうな大きな力に、
国民の選んだ政府が、押し切られた所為だろうと思います。

国民の選んだ政府を押し切った不可抗力の大きな力が、
自分達の傀儡に新しい政府を作らせ、自分たちの言いなりにさせるというのが、
現在の日本の哀しい現実ですが・・・・・

ですから、加藤周一の考えを金科玉条にして、
日本の宝とも言える天皇を見捨てるようなことをしたら、
日本が危急存亡の時を迎えたとき、
天皇という求心力がない侭に、国が四分五裂の憂き目を見る事になるかも知れません。

という考えの下、私は天皇制を支持している次第です。

勿論天皇制には様々な危惧すべき点があるのも事実かも知れません。
国民が支配者勢力に従順すぎる為に、
他から操られ易くなっている為、なかなか自立出来ないとか・・・・・

でも天皇制を廃止したからと言って、国民が一気に自立的な人間に変わる理由はなく、
反って、長年恩を受けた天皇を見捨てたという罪悪感に苛まれて、
国民の罪悪感が自らを、一層不幸にする恐れもあるかと思われますし・・・・・