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Category  [ペシャワール会 ]

ペシャワール会に未だ事業再開の許可が下りていない理由は? 

ペシャワール会のサイトに、
現地のPMS事業は、12月4日からガンベリ農場の水やり以外は停止されました。現在、各事業再開のためナンガラハル州知事の認可を得るために手続き中です。
12月17日、村人たちが、建設中のマルワリードⅡ用水路沿いの植樹にボランティアで水やりを始めました。
ペシャワール会はPMSの事業継続に全力を挙げます。どうぞ温かいご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

という記述が載っています。

中村さんが賊の銃弾に斃れられて、もう20日以上も経っているというのに、
どうしてガニ大統領はまだペシャワール会の業務継続の許可を出すよう、
ナンガハル知事に言って下さらないのでしょうか?

中村哲さんの棺を担ぐこと迄して下さったガニ大統領が、
今は亡き中村哲さんも希望しておられるだろうペシャワール会の業務を後進に引継がせる事を、如何して20日経っても、放置しておられるのでしょう?
(20日経っても、と書きましたのは、このペシャワール会のサイトに、12月23日付の書き込みがありますので・・・・・・)

マスコミに載らない海外記事「中央アジアでの闘争を強化するアメリカ」に、
最近アメリカが大使を変えるなど、中央アジア諸国への対応を、変えだしているという事が書いてありました。
新大使の大半が、軍事戦略やクーデターを起こす上で、本格的経験を持った人々なのだそうです。
     (一部引用)
 アフガニスタンで、軍駐留を維持して、アメリカ合州国は、積極的に中央アジアにおけるその立場を強化し続けているが、これは、中央アジア諸国当局がアメリカに従わないままでいれば、重大な結果に直面することを公然、示威しているのだ。この点、地域から彼らが撤退すれば、過激主義とテロが急増すると宣言して、アメリカが積極的宣伝攻勢を開始したのは驚くべきことではない。アメリカは、アメリカ「軍の傘」だけが、これらの脅威を地域から排除できると主張している。それは各国指導部への警告のように思える。アメリカ軍事駐留を維持することに同意するか、不快な結果に耐えるか。
 ワシントンが、アフガンの野党勢力、多くの勢力の現地司令官や、とりわけタリバン(ロシア連邦では禁止されている)と秘密の接触を維持しているのは秘密ではない。最近、アメリカのこうした集団との接触は、一層公然になった。必要とあらば、過激派部隊を、アフガニスタンと国境を接する中央アジア共和国、ウズベキスタンやタジキスタンやトルクメニスタンに仕掛けることができるのだ。この戦術はずっと前に実験済みだ。例えば、欧米列強とロシア連邦のいずれにもテロ集団とされている東トルキスタン・イスラム運動は、新彊ウイグル自治区で、中国に対して積極的に活動しており、多くの情報源によれば、アメリカに支援されている。

この様にアメリカ政府は、中央アジアで何か事を起こそうと計画しているように見えます。
そして、アフガニスタンをその基地的存在にしようと計画しているように見えます。

ペシャワール会の中村哲代表が暗殺され、
代表交代がなかなか認められないのは、
アメリカがペシャワール会の活動を阻止したがっているからなのではないでしょうか?

ペシャワール会の活動と、
今アメリカが計画している政策とは、
人間に対する考え・目的が、真反対であると言えるでしょう。

ペシャワール会の目的は、干ばつに苦しむアフガニスタン人を何とか救おうというものであるのに対し、
アメリカの政策は中央アジア諸国が大人しく米軍の駐留を認める様圧力をかける時、
その圧力を仕掛ける基地としてアフガニスタンを利用するためには、
アフガニスタン人は豊かであったり、平和愛好者であったりしたのでは困るという事でしょう。
それでは米軍にとって、。アフガニスタン人兵士を集めにくくなるからではないでしょうか?
アフガニスタンを出来るだけ正業での生活ができにくい状態にしておをいたら、
低賃金であっても、米軍の募集に大勢の人間が、
大挙して応募して来るだろうという訳ではないでしょうか?

ペシャワール会がアフガニスタン中に灌漑設備を普及して行き、
アフガニスタン人が農業で充分生活できるようになったりしたら、
安月給での求人に応募する者が激減するだろうから、
例え人数が集まるとしても、賃金を高くせねばならなくなるし、
国情が安定してしまったのでは、利用価値が下がってしまう。

アフガニスタンは出来るだけ混乱状態にして置けと米軍に、
ペシャワール会には、今後アフガニスタンでの活動の許可は絶対に出すなと、
ガニ大統領は厳重に言い含められているのではないでしょうか?

そしてアメリカは、地域にアフガンの混乱を輸出し、両国の協力を防ぐため、ソ連後の中央アジア地域を、ロシアと中国に対する破壊的影響力の中心に転換しようという事のようです。

現在アメリカはシリアでの企みを中断させられようとしていますから、
中央アジアでの企みも、成功するとは限らないでしょうが、
アメリカがその計画を断念するまでには、
どれ程の悲劇が起こされることになるのでしょう?

強盗団が世界一の武力を持ち、世界中のマスコミを制圧しているなんて、
どうしてこんな恐ろしい世界を、人類は作ってしまったのでしょうね。


ペシャワール会報 NO,142 到着 

ペシャワール会報No142が届きました。
この会報は中村哲さんが殺害された12月4日に、発送の予定になっていたのだそうです。

中村さんは何時も最初のページ記事で、
ペシャワール会が今やっている事とか
しようと計画していることなどを詳しく書いておられますが、
その他の寄稿はあったりなかったりの感じだったのですが、
今回の寄稿記事はいつもになく多数で、
全部で下記5項目の記事を書いてくださっています。
もしかして、何かを感じておられたのでしょうか?

①凄まじい温暖化の影響
_とまれ、この仕事が新たな世界に通ずることを祈り、
  来る年も力を尽くしたい

②中村医師、ガニ大統領より
 「アフガニスタン・イスラム共和国市民証」授与される
_市民証の取得によって、活動はさらに現地と一体に

「これがアフガニスタン復興のカギ」
_事業への深い理解を感じた授与式

③市民賞授与式後のメッセージ
 絶望的な状況の中、人々の希望と国土の回復を目指す

④水のよもやま話(5)
  柳の話

⑤_追悼_
 緒方貞子さんの思い出

(この番号は私が勝手に付けたものです。)

どれも素敵な感激させられる記事ばかりで、全部ご紹介したいところですが、
私も尊敬していました緒方貞子さんへの、中村哲さんの追悼文を写させていただきます。
緒方貞子さんは今年10月22日に他界されたのでしたが、
その1か月一寸後に、中村哲さんまでもがご他界になるとは・・・・・

追悼
緒方貞子さんの思い出         中村哲

緒方貞子さんは最も親近感を覚えてきた大先輩の一人です。
国連難民高等弁務官時代はペシャワール会のアフガン難民キャンプで、JICA理事長時代はアフガン復興をめぐって、ジャララバードや東京で何度もお話をする機会を恵まれました。
我々が2003年以来行っている灌漑事業、「緑の大地計画」についても強力な支持者で、陰に陽に声援を惜しまれませんでした。用水路が要所を開通した時は必ず祝電が届き、職をひかれてのちもその後の様子を気にかけておられました。2010年から8年間続いたJICA=PMS共同事業では取水堰の技術的完成を目指すものでしたが、緒方さんの背後からの支えが大きな力になっていました。
 氏は理念の人道・平和主義者ではなく、その主張する「人間の安全」が光彩を放ったのは、現場で話ができる方だったからでした。
その言動は常に実際的、行動的でありました。「国際貢献」という抽象論を嫌い,「置かれた位置が国際環境そのもの」とらえ、そこから可能性と責任を問うという一貫した姿勢で、多くの人々を励ましてきました。暖かい大きな火が消えた気がしています。
 天にある御霊の平安を心からお祈り申し上げます。
(「カトリック新聞」2019年11月10日掲載に加筆)



私は中村哲さんと緒方貞子さんに,親交があったとは全然知りませんでしたので、
この文を読ませて頂いて、ちょっと感激しました。

中村さんはクリスチャンでいらっしゃいますが、
自分流に仏教に翻訳させて頂くと、
「仏のみ仏とよく究尽す」という言葉を思い出すことになりました。

緒方貞子さんと中村哲さんは、共に仏様か菩薩様のような方ですので、
共に尊敬しあっておられ、肝胆相照らす中であられたのですね。
あのように素晴らしい方々が、同じ頃に同じような所で、
菩薩業をしておられたなんて、
まるで、不可思議な力が働いていたような感じですね。

お二人とも今は(この世に)なき人になってしまわれましたが、
あのような素晴らしい方々と、同じ時代に生きさせて頂けたことで、
人間の中には、あのように立派な方々もおられるのだと、
知ることが出来たただけでも、
この上ない「幸せ」と言えるのかも知れません。

お二方には心からお礼を申し上げたく存じます。

 

ワシントンポストが伝えるアフガニスタン戦争に関する真実から類推する中村哲さん殺害の真実 

マスコミに載らない海外記事「アフガニスタン戦争に関するいくつかの真実」に、
アフガニスタン復興特別査察官(SIGAR)事務所の400以上のインタビュー、約2,000ページの記録書類と要約を公開したワシントン・ポストの記事をもとに、
アメリカが2001年から始めたアフガニスタン侵攻について、
その目的など様々な視点から見た数々の問題点が書かれています。
     (一部引用 紫字部分)
2001年以来、アメリカはアフガニスタンに一兆ドル以上費やした。金の大部分はアメリカ合州国「請負業者」に還流した。何であれ、賄賂と汚職がもたらすもののかなりの部分は、アフガン当局者によってドバイ不動産に投資された。
               (中略)
戦争は初めから全く不要だったし、不要なのだ。

退役海軍特殊部隊隊員で、ブッシュとオバマの下のホワイトハウス当局者だったジェフリー・エッガースは、アメリカ兵をアフガニスタンに駐留させておくことに対し、その前提を問おうとした人々はごく僅かだと述べた。
「学んだ教訓」インタビューで「アルカイダに攻撃された時、我々はなぜタリバンを敵にしたのでしょう? 我々はなぜタリバンを打倒したいと思ったのでしょう?」とエッガースは言った。「集団として、体制には一歩後退して基本前提を問う能力がないのです。」


戦争はいかがわしい商売だったし、今もそうだ。戦争には、金を納税者から特定利益集団へと動かすこと以外何の目的もないのだ。盗みを正当化するために、政治家や軍司令官連中は繰り返し国民にウソをついてきた。

戦争はいかがわしい商売だったし、今もそうだ。戦争には、金を納税者から特定利益集団へと動かすこと以外何の目的もないのだ。盗みを正当化するために、政治家や軍司令官連中は繰り返し国民にウソをついてきたと、
インタビューを受けたアフガニスタン復興特別査察官(SIGAR)事務所の人が言っていたそうですが、
アメリカの傀儡として働いたアフガニスタンの政府首脳の地位も、下記の様に儲かるものだったようです。
       (引用)
 アフガニスタン大統領選挙は今年3月に行われるはずだった。日程は二度変更され、最終的に9月に行われた。結果は10月に発表されるはずだったが、日付は11月に延期された。更に選挙委員会は二度目に発表の無期限延期を決めた。
 アフガン政府高官連中の地位は実にもうかるのだ。指導者連中の誰も他人を入れようとしない。

選挙をしてもその結果が気に入らなかったら、結果発表しないで、政権に居続ける人達の一人ですから、
ガニ大統領がペシャワール会の中村哲さんを、どんなに重要視し大切にしている様に見せていても、
それは中村さんを救世主の様に思って、感謝し頼っている大勢のアフガニスタン人の心を、
自分に繋ぎ止めたいが為以外の何物でもなかったのかも知れません。
という事は、例えばガニ大統領は米軍が中村さんを殺害しようとしていると知ったとしても、は
それを阻止するために、米軍の意に逆らうようなことまでする人ではないという事でしょう。

世に倦む日々「憲法9条の殉教者 – 気高い理想と篤実な精神ゆえの偉業と受難 」の中に、下記の文言があります。
     (一部引用)
アフガン当局が言っているところの、「事前に危険だと伝えていた」とか、「襲撃情報を伝えていた」とかも、怪しくアリバイ的に響くし、日本外務省の言っている「『危ないです』と直接伝えていた」などという話も、日本国内向けのエクスキューズに聞こえる。本当に襲撃の危険が迫っていたなら、アフガンの英雄であり生ける救世主である中村哲の護衛に当たって、なぜ当局は車両の前後に護衛車を配置しなかったのだろう。中村哲が乗車する車の前に護衛車を付けなかったのだろう。時間も経路も犯人側に筒抜けになっていて、簡単に待ち伏せで仕留められたのは、明らかに内部にスパイが潜入していたからだ。テロは計画的組織的に実行されている。もし、アフガン政府が、察知した真犯人の名を中村哲に告げていたら、中村哲も警戒して警備を厳重にしたか、安易な移動は控えただろう。

なぜ当局は車両の前後に護衛車を配置しなかったのだろう。中村哲が乗車する車の前に護衛車を付けなかったのだろう
この部分を読んだ時、そう言われればそうだけど・・・・・
と思ったのでしたが、
中村哲さんを名誉市民にしたり、中村さんの棺を担いだりしてくれているガニ大統領が、まさか・・・・・
という風に感じたりしていたのでしたが、
マスコミに載らない海外記事のに上記部分
大統領選挙をさせまいとして頑張ったり、大統領選挙を実行しても、
その結果が思わしくなかったら、
結果発表を無期限に延期して現職に居座り続けているという事を知って、
世に倦む日々さんは、その名前をあからさまに言ってはおられませんでしたが、
アメリカの支配下にあるアフガニスタンの大統領が、どんなに高く評価していても、その殺害を阻止できないと思う相手は、米軍を置いて他にはないのではないかと思われます。
という訳で、中村哲さん殺害の真犯人は米軍(又はその傀儡)というのが、
真実なのかもしれないと感じました。

追記
中村哲さんの遺骨がアフガニスタンの緑の大計画で、緑野になったかつての砂漠に分骨されることになったそうです。
確か「ガンべり砂漠」と呼ばれていた所だろうと思います。

関連記事を「続きを読む」に複写しておきます。

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福岡で中村哲さんの家族とペシャワール会による合同葬 

今日はペシャワール会の中村哲さんのお葬式が行われる日だそうです。
(先週まではあれほど毎日中村哲さんのことを報道していましNHKが、
中村さんのお葬式が行われるという今日は完無視のようでした。(他のチャンネルも同様?)

先週ペシャワール会や中村哲さんのことを詳しく報じていたのは、
テレビでの安倍政権叩きの時間を、少しでも削るのが目的だったのかも知れません。
だとすると、安倍総理とそのお仲間たち、本当に「現金な人たち」ですね。

それは兎も角、中村さんのお葬式の日の今日、
日本の宗教について書いた記事がありましたので、ご紹介させて頂きます。
中村さんがクリスチャンだからと言って、仏教徒の私が、
少しも違和感を持たない理由もそこにあるのだろうと思いますので・・・・・
(続きを読むに中村哲さんの合同葬の記事を複写しています。)

In Deep「私たち日本人には神も宗教も必要ないのだから。これまでもこれから先も永遠に」
という記事に、日本人の宗教観について書いておられます。
日本人の宗教観については西洋人だけでなく、日本以外の国の人には理解できない様なものだけれど、
日本人の偉人賢人はどう思っているのかという事で、数人の人が残された意見を紹介しておられます。
その中で私は二宮尊徳の下記のものが一番的確な表現なのではないかと思いました。
     (一部引用)
二宮尊徳 「世の中に本当の真理はただ一つしかないが、その真理に近づく入り口はいくつもある。仏教、神道、あるいは仏教でも天台宗、浄土宗、浄土真宗、禅宗などいろいろあるが、これらはいずれも一つの真理へ到達するための道に付いている沢山の入口の名前に過ぎない」

そういう意味で私は日本人が信心の意味を一番理解している民族なのではないかと思います。
これは神仏習合ということで「本地垂迹説」推進した昔の為政者の功績と言えるのではないかと思います。(こちら

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中村哲さんの語られた憲法9条の功徳 

春夏秋冬にペシャワール会の中村哲さんが、憲法9条についての思いを語っておられた記事を
載せていましたので、ここに再掲させて頂くことにしました。

「マガジン9:http://www.magazine9.jp/」(http://www.magazine9.jp/interv/tetsu/tetsu.php)
この人に聞きたい中村哲さんに聞いた
アフガニスタンという国で、9条をバックボーンに活動を続けてきた
から転載された「晴耕雨読」の記事を、重ねて写させていただきます。


*******************
久しぶりに帰国された、医師の中村哲さんにお会いしました。

もちろん、みなさんご存知のように、中村さんは「ペシャワール会」の代表として、パキスタン、アフガニスタンで、さまざまな活動に携わっておられます。
 
その中村さんに、現地での活動状況と、特に憲法9条との関連について、お伺いしました。

なかむら・てつ
1946年福岡市生まれ。九州大学医学部卒。NGO「ペシャワール会」現地代表、PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長。専門は神経内科(現地では内科・外科もこなす)。国内の診療所勤務を経て、1984年パキスタン北西辺境州の州都のペシャワールに赴任。ハンセン病を中心としたアフガン難民の診療に携わったのをきっかけに、井戸・水路工事による水源確保事業など現地での支援活動を続ける。著書に『医者、用水路を拓く--アフガンの大地から世界の虚構に挑む』(石風社)『アフガニスタンで考える--国際貢献と憲法九条』(岩波ブックレット)など。

アフガニスタンの人々の「生活」を取り戻すために

編集部

 中村さんがお書きになった本や、インタビューなどを読ませていただきました。その中でも、最近出版された『医者、用水路を拓く』(石風社刊)は、ほんとうに面白い本でした。

『医者、用水路を拓く』(石風社刊)1,890円(税込)

中村

 そうですか。ありがとうございます。そう言っていただけると、とても嬉しいです。あの本は、土木工事のかなり専門的なことを重点に書いたもので、一般の方が読んで面白いのかな、と、少し心配していたんです。

編集部

 いえいえ、いい喩えにはならないかもしれませんが、まるでハードボイルド小説を読んでいるみたいにスリリングで。

中村

 それはとても嬉しいです。“面白い”と言われるのが、何よりの励みになりますね。

編集部

 船戸与一さんの小説みたいでしたよ。まあ、船戸ハードボイルドには、癖のある悪人ばかりが登場しますが、この『医者、用水路を拓く』には、悪人がほとんど出てこない。とても読後感の爽やかなハードボイルド…(笑)。いや、中身はほんとうにハードですけれど。

中村

 そうですか。そういう読まれ方もあるんですね。なにはともあれ、面白く読んでいただけたのは、とても嬉しいことです。
編集部

 この本では、「ペシャワール会」(編集部注・中村医師のパキスタンやアフガニスタンでの活動を支えるために、1983年に作られた組織。パキスタンのペシャワールにちなんで名付けられた)が行っている、用水路建設について詳しく触れておられますね。現在ではむしろ、医療よりも水源確保により多くの力を注いでいる、という印象を受けますが。

中村

 そうですね。現在は、アフガニスタンでの灌漑事業に主力を注いでいますので、毎日が土木作業です。ほとんど用水路建設にかかりきりで、野外での作業ばかりなんですよ。それで、ごらんのように真っ黒です。ナニ人か分からない、なんてしょっちゅう言われますね。この用水路建設事業は、僕が言い出しっぺなので、仕方なしに土木技師をやっているわけです。

編集部

 医療よりも用水路建設が優先、ということですか。アフガニスタンは、現在、それほど水源が枯渇している状況にあるのですか。

中村

 そうです。2000年から始まったアフガニスタンの大干ばつは、凄まじいものでした。アフガンの人々の生活を、根底から突き崩してしまったといってもいいと思います。我々ペシャワール会は、彼らの元の生活を、まず取り戻すことが、なによりも先決ではないかと考えたわけです。


まず「生き延びる」ための支援を

編集部

 日本政府はよく国際貢献と言いますが、どうもそれがズレている感じがします。中村さんたちがなさっているような事業に、もっとお金を出すべきじゃないか、なんて単純に思ってしまいますけど。

中村

 端的に言えば、人々が生存するための、生きていくための事業に対する支援。これがなんと言っても第一だと思いますけどね。我々は、日本政府からは一円の援助も受けていませんが、どうも、日本政府の援助の仕方は、あまりそういう生存への援助にはなっていないんじゃないか、と思いますね。いや、日本政府に限ったことじゃなく、アメリカやほかの国際組織のやり方にも、僕は違和感を覚えることが多いんです。

編集部

 生存への援助になっていない?

中村

 そう。例えば欧米の団体などでは、男女平等を訴えるグループもあれば、情報網の完備だとか言って、通信網やネットの整備に力を注ぐ人たちもいます。いまや、首都カーブルの一角には、インターネットカフェなんかまでできています。

 もちろん、それが悪いとは言いませんが、そんなことよりももっと以前に、まずみんなが生きていかなくちゃ、ということが不思議なくらい話題にならない。どうしても、政治的な動きだけが伝えられて、それにしたがって、僕に言わせれば無駄なところへ援助資金が投下されている、そんなふうに見えるんです。完全に、情報操作としか言いようがないですよ。まず、生き延びることが、いちばん大切なはずでしょ?

編集部

 援助すべきところが違うんじゃないか、と。

中村

 例えば、アフガンの大干ばつにしても、それを防ぐために何をすべきか、というところをよく考えて援助の方向を決める。それは、みんなが納得することなんですね。アフガンでは、ほんとうに生きていけない人たちが増大している。なにしろ、2500万人の人口のうち、1200万人がこの干ばつで被害を受け、500万人が飢餓線上、100万人が餓死寸前という状況にあるのがアフガニスタンですよ。そこへ、男女平等だとか情報網の整備だとか言っても、それがどうだと言うんですか。

編集部

 まず、命を、ですね。

中村

 アフガンに限って言いますと、生き延びることに対する支援でしょうね。単に学校教育――自分の国の教育もきちんとできていないのに、よその国の教育がどうのこうの言ったって仕方ない。まず、生きられるようにしてあげる協力ですよ。これには、誰もが納得するんじゃないでしょうかね。

編集部

 それが、中村さんたちペシャワール会が目指したことなんですね。

中村

 そうです。大干ばつの後、我々の診療所にやってくる患者は、子どもたちがほんとうに多かった。その背景には、栄養失調と水不足があるんです。それが、子どもたちを直撃したんですよ。水不足で農業ができなくなり、村そのものが消えてしまったところも珍しくない。それが、アフガン全土で起こった現実です。うちのダラエルヌールの診療所の近所でも、一時、2軒を残して完全に無人化したこともあったほどです。全部、難民化したんですよ。

編集部

 それで、水資源確保のために、井戸掘りを始められたわけですね。

中村

 そうですね。井戸掘りを始めたのが、2000年の7月でした。それは、すでに1670本になりました。そのおかげで、40万人以上が村を離れずにすんだんです。

編集部

 それがさらに、用水路の建設へと発展していった…。

中村

 もちろん、診療をやめたわけではありませんが、ある意味、医療だけでは限界があると感じたんです。水がなければ農業が続けられない。日々の糧を得ることができないんですから、生きて行きようがない。それに、きれいな水がなければ、伝染病などが蔓延するのを防ぐことだってできない。だから、我々の現在の仕事は、用水路の建設と医療の2本立てなんです。


数字だけを見ることには、
何の意味もない

編集部

 用水路建設の進み具合はいかがですか。そうとうの難工事の連続だったようですが

中村

 2003年3月から始めて、現在まで16.5キロを完成させています。これで、合計5000ヘクタール弱の農地を潤せる計算になります。漠然としたことしかいえませんが、この用水路1本で、数十万人が食えることになるのは確実です。

編集部

 ここまで来るには大変だったでしょうね。

中村

 ほんとうに、最初は手探り状態。その中で、日本各地の取水方式が、とても参考になりました。日本方式と言っても、江戸時代や戦国時代の技術を、アフガンで再生しているんです。ほとんど機械が使えないような状況の中では、こんな日本古来の人力に頼った技術が、思わぬ効果を発揮するんですね。

編集部

 そういう活動を、ほかの団体がなぜもっと行わないんでしょうか。

中村

 たとえば国連の機関なんかも、すべてを数字で置き換えてしまうんですね。ソ連軍の侵攻と撤退とそれに伴う内戦や大混乱、さらにはその後の大干ばつなどで、故郷を捨てざるを得なかった難民が大発生しました。それに対し、国連などが“帰還事業”を行い、「200万人のうち、130万人を1年間で帰した」なんて発表するんですよ。そうすると、ほんとうは難民は70万人しか残っていないはずじゃないですか。ところが実際は、300万人の難民が現実に存在している。
 僕らは言うんです。「むしろ、難民は増えている」と。「復興帰還プロジェクトなんて、帰ってそこで人々が生活できる基盤を作らないと成立しないんだ」と、僕らが盛んに言うもんだから、それで反感を買ってしまう、という面もあるんでしょうね。国際機関は、とにかく数字を示して自分たちの活動の成果を誇示しようとします。そうすることが、次期の予算やなんかにも影響してきますからね。

編集部

 スタンスが違うわけですね。お聞きしていると、まずどんな事業に資金や援助をつぎ込むかを、もっと見極めなくては、という気がしますね。優先順位を、きちんとつけて重要なところから始めていく。

中村

 そうです。まず生きることです。あとは、はっきり言って、タリバンが天下を取ろうが反タリバン政権になろうが、それはアフガンの内政問題なんですね。そのスタンスさえ崩さなければ、我々を攻撃する連中なんかいませんよ。それどころか、政府、反政府どちらの勢力も、我々を守ってくれるわけです。


「平和国家」日本に期待されていること

編集部

 現地では、NGOとか国際機関なんかが襲撃されるということは、かなりあるんですか?

中村

 何回も、見聞きしたことはありますよ。でも、我々ペシャワール会が襲われたことは一度もありません

編集部

 それだけ、ペシャワール会の活動が現地の方々に浸透しているということでしょうか。

中村

 そうですね。アフガンの人たちは、親日感情がとても強いですしね。それに、我々は宗教というものを、大切にしてきましたから。

編集部

 宗教とは、やはりイスラム教…。

中村

 おおむね、狙われたのはイスラム教というものに無理解な活動、例えば、女性の権利を主張するための女性平等プログラムだとか。現地でそんなことをすると、まず女性が嫌がるんです。キリスト教の宣教でやっているんじゃないか、と思われたりして。

編集部

 宗教的対立感情みたいなものですか?

中村

 いや、対立感情は、むしろ援助する側が持っているような気がしますね。優越感を持っているわけですよ。ああいうおくれた宗教、おくれた習慣を是正してやろうという、僕から言わせれば思い上がり、もっときつくいえば、“帝国主義的”ですけどね。そういうところの団体が、かなり襲撃されています。民主主義を波及させるというお題目は正しいんでしょうけれど、やっていることは、ソ連がアフガン侵攻時に唱えていたことと五十歩百歩ですよ。

編集部

 ペシャワール会は、そういうことからは無縁であったということですね。

中村

 そうです。それに僕はやっぱり、日本の憲法、ことに憲法9条というものの存在も大きいと思っています。

編集部

 憲法9条、ですか。

中村

 ええ、9条です。昨年、アフガニスタンの外務大臣が日本を訪問しましたね。そのとき、彼が平和憲法に触れた発言をしていました。アフガンの人たちみんなが、平和憲法やとりわけ9条について知っているわけではありません。でも、外相は「日本にはそういう憲法がある。だから、アフガニスタンとしては、日本に軍事活動を期待しているわけではない。日本は民生分野で平和的な活動を通じて、我々のために素晴らしい活動をしてくれると信じている」というようなことを語っていたんですね。

編集部

 平和国家日本、ですね。

中村

 ある意味「美しき誤解」かもしれませんが、そういうふうに、日本の平和的なイメージが非常な好印象を、アフガンの人たちに与えていることは事実です。日本人だけは、別格なんですよ。

編集部

 日本人と他国の人たちを区別している?

中村

 極端なことを言えば、欧米人に対してはまったく躊躇がない。白人をみれば「やっちゃえ」という感覚はありますよ。でもね、そういう日本人への見方というのも、最近はずいぶん変わってきたんです。

編集部

 それは、なぜ、いつごろから、どのように変わってきたんですか?

中村

 いちばんのキッカケは湾岸戦争。そして、もっとも身近なのは、もちろんアフガン空爆です。アメリカが要請してもいない段階で、日本は真っ先に空爆を支持し、その行動にすすんで貢献しようとした。その態度を見て、ガッカリしたアフガン人はほんとうに多かったんじゃないでしょうかね。

編集部

 せっかくの親日感情が、そのために薄らいでしまったんですね。

中村

 それでも、いまでもほかの国に比べたら、日本への感情はとても親しいものです。この感情を大事にしなければならないと思うんです。湾岸戦争のときに、「日本は血も汗も流さずお金だけばら撒いて、しかも国際社会から何の感謝もされなかった。それが、トラウマになっている」なんて、自民党の議員さんたちはよく言うようですけど、なんでそんなことがトラウマになるんですか。「お金の使い方が間違っていた」と言うのならいいのですが、「もっと血と汗を流せ」という方向へ行って、とうとうイラクへは自衛隊まで派遣してしまった。僕は、これはとても大きな転回点だったと思っています。
 これまでは、海外に軍事力を派遣しない、ということが日本の最大の国際貢献だったはずなのに、とうとうそれを破ってしまったんです。これは、戦争協力ですよね。そんなお金があるんだったら、福祉だの農業復興だの何だの、ほかに使い道はいくらでもあるというのに。

編集部

 ほんとうにそうですね。お金をどのように使うか、国際貢献とか国際援助とかいうのなら、最初に中村さんがおっしゃったように、まず「生存」のために使うべきですよね。

中村

 日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきなんです。現地で活動していると、力の虚しさ、というのがほんとうに身に沁みます。銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか。それを造ったのが日本人だと分かれば、少し失われた親日感情はすぐに戻ってきます。それが、ほんとうの外交じゃないかと、僕は確信しているんですが。


9条は、僕らの活動を支えてくれる
リアルで大きな力

編集部

 そう言えば、雑誌『SIGHT』(07年1月)のインタビューで、「9条がリアルで大きな力だったという現実。これはもっと知られるべきなんじゃないか」とおっしゃっていましたね。

中村

 そうなんですよ。ほんとうにそうなんです。僕は憲法9条なんて、特に意識したことはなかった。でもね、向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。
 武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。

編集部

 その体で実感した9条を手放すことには、どうしても納得できない。

中村

 具体的に、リアルに、何よりも物理的に、僕らを守ってくれているものを、なんで手放す必要があるんでしょうか。危険だと言われる地域で活動していると、その9条のありがたさをつくづく感じるんです。日本は、その9条にのっとった行動をしてきた。だから、アフガンでも中東でも、いまでも親近感を持たれている。これを外交の基礎にするべきだと、僕は強く思います。

編集部

 お話を伺って、中村さんたちの活動は、それこそ「ノーベル平和賞」に十分に値するものじゃないかと、とても強く感じました。これからも、ほんとうにお体や健康にお気をつけて、素晴らしい活動をお続けください。
 本日は、長時間、ほんとうにありがとうございました。

中村

 はい、こちらこそありがとうございました。第2期用水路建設に向けて、もっと日焼けしてきます(笑)。





※中村さん(ペシャワール会)の活動の場所をGoogleMapでご覧ください。
(ブラウザのバージョンによっては、閲覧できません。)

●ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/
○活動エリアについては、以下にもあります。
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/ayumi.html

「9条がある」ことこそが、日本という国の本当の強みだ、と指摘する中村さん。
さまざまな困難に身をさらしながらの活動の中から生まれたその「実感」に、
私たちはもっと真摯に耳を傾けるべきなのではないでしょうか?
中村さん、ありがとうございました!

泥の中の蓮の花 中村哲さんの菩薩行に思う 

植草一秀さんが「不正が正されず、悪徳が栄えるこの国」というブログ記事を書いておられます。
今の日本もアメリカも世界も、
将に不正が糺されず悪徳が栄える世界となっていますね。
安倍総理のモリ・カケ疑惑もそうでしたが、
桜を見る会疑惑も不正があったのは一目瞭然の状態となっても、
安倍内閣の面々は知らぬ存ぜぬで押し通してしまいました。
そして日本の検察は職権乱用や、公職選挙法違反の証拠があるのを見ても、
全然動こうとしません。
(小沢一郎さんの時は疑惑だけで2年間告発し続けていましたのにね。)

アメリカのトランプ大統領が告発されたウクライナ疑惑も、
民主党の元副大統領バイデン氏が在任中やらかしていた悪事を元に、
トランプ大統領を弾劾するという、常識では考えられないような告発劇が報じられています。

DEEPLY JAPAN「NATOの迷走&アフガニスタン」によると、
ドイツまでもがアフガニスタンのミッションを捨てたくないと、
米軍がアフガンから撤退することに、反対しているのだそうです。
    (一部引用)
ドイツが、アフガニスタンのミッションの延長を言い出している。現在1000人ほどドイツ兵を出している。
ドイツの国軍の兵か否かはともなく、中東からシリアにかけての過激派の流れの中ではドイツ人が結構目撃されている。ナチス以前のドイツ帝国から、イランを狙っていたドイツが活躍しているっぽくて実に気持ちが悪い。
ミッション延長を言っているのはCDUの党首で防衛大臣の、あの人気のないクランプ=カレンバウアー。


このアフガニスタンでペシャワール会の中村哲さんは、
戦乱の中、干ばつに苦しむアフガニスタンの人々をほっておけなというお気持ちから、
米軍の攻撃の的となっていたアフガニスタンで、
命の危険も顧みず20年近い歳月を、危険な野外での作業を続けて来ておられたのでした。
誰もが認めているように中村さんのなさっていることは、
苦しんでいる人をほっておけない、只、助けて上げたいというだけの、
無償の愛以外の何物でもなかったと思います。

「泥の中にも蓮の花」という言葉があるけれど、
泥の中だからこそ清らかな蓮の花は咲くのだと、父がよく言っていたものでした。

そう言えば「家貧しゅうして孝子あり、国乱れて忠臣あらわる」とも言うそうでしたね。
現代は乱れに乱れた悪徳栄える世の中であると同時に、
平和で豊かな時代だったらあり得ないような、
素晴らしい人も現れる時代なのかも知れませんね。

高徳な人は普通の世の中だったら、控えめにしておられるから、
世の中にその存在さえ知られないまま終わってしまわれたかも知れませんが、
そんな控えめな方も、じっとしておられない位の酷い世の中になった時、
その重い腰も上がって、目覚ましい働きをされるのかも知れません。

ペシャワール会の中村さんのような方は、
こんな方が今の世におられる(おられた)というだけで、
世の人に勇気を与えて下さる存在だったと思います。

中村さんは昔だったら神様にされていた方ではないかと、娘がしきりに言っていましたが、
中村さんはクリスチャンだったが、キリスト教の聖者に列せられたのだろうかと、
ブログに書いておられる方がありましたね。
仏教徒だったら、佛・菩薩様と崇め奉りたくなるところでしょうか・・・・・

「中村哲さんの様に、人の為にこんなにも、つくし尽くすことの出来る”人”があるのだ!」と
見せて頂いただけでも稀有の体験だったと、私は有難く感じていますので、
アフガニスタンで救われた思いをされた方々が、
どれ程深く中村さんに感謝しておられるか想像に難くないところです。

そんな中村さんがアフガニスタンの国内で殺害されたという事は、
現地の方々にとってどれほどショックなことだったでしょう。
でも起きてしまったことの取り返しはつきませんし・・・・・

今はアフガニスタンの方々が、中村さんのご遺志を大事になさって、
中村さんがおられた時の様に、いつまでも仲良く助け合い、
用水路や取水堰を守って行っていただきたく存じます。

それが中村さんの一番お喜びになる事なのではないでしょうか?

ペシャワール会の中村哲さん被弾死 

中村哲医師

中村哲医師 銃撃で死亡 農業、医療支援30年超
2019/12/5 6:00
西日本新聞 一面 川口 安子 金子 渡

 アフガニスタン東部ナンガルハル州ジャララバードで4日、現地でかんがい事業などの支援活動をする福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表の中村哲(なかむらてつ)医師(73)らが乗った車が武装集団に銃撃され、中村さんが死亡した。日本政府関係者が明らかにした。州報道官によると、ボディーガードや運転手ら5人も死亡。現場には、中村さん以外に日本人はいなかった。

 ペシャワール会は4日午後、福岡市内で記者会見。中村さんは同日朝に宿舎を出て、約25キロ離れたかんがい作業の現場に車で向かう途中に襲撃されたと説明した。右胸に銃弾を受け、ジャララバードの病院で手術を受けたという。
 銃撃直後は意識があり、命に別条はないとの情報もあった。福元満治広報担当理事は「大統領府が協力してヘリで(首都)カブールの病院に移送すると聞いていたが、その後亡くなったとの連絡があった。信じられない」と沈痛な表情で語った。
 州報道官によると、病院からカブール北方のバグラム米空軍基地に搬送される途中で死亡した。在日本アフガン大使館はホームページ上で「中村哲医師が乗っていた車が狙撃兵により、狙い撃ちに遭った」と発表した。
 外務省幹部は同日夕、在アフガン大使館に州政府から中村さんが死亡したとの連絡があったことを明らかにした。菅義偉官房長官は定例記者会見で、同大使館内に現地対策本部を設置したと発表した。
 安倍晋三首相は記者団に「(中村さんは)命がけでさまざまな業績を上げられ、アフガンの人々からも大変感謝を受けていた。本当にショックですし、心からご冥福をお祈りしたい」と語った。
 犯行声明は確認されてない。事件後、アフガンの反政府武装勢力タリバンは「国家建設に携わるNGOとの関係は良好で、タリバンが攻撃することはない」との声明を発表し、関与を否定した。

 中村さんは1946年、福岡市生まれ。福岡高、九州大医学部卒。84年5月に現地で医療活動を開始し、アフガン、パキスタン両国に病院や診療所を開設。アフガンで2000年に大干ばつが発生してからは、水源確保のため井戸の掘削や復旧、農業用水のかんがい事業にも取り組んだ。
 03年に「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞。18年にはアフガン政府から勲章を授与され、今年10月には同政府から名誉市民権(市民証)を授与された。
 中村さんは09年5月から今月まで、本紙に寄稿「アフガンの地で-中村哲医師からの報告」を連載していた。 (川口安子、金子渡)


ペシャワール会の中村哲さんが何者かに銃撃されてお亡くなりになりました。
中村さんは運転手やボディーガードの人々5人と一緒に車で移動中だったそうです。
中村さんが救助された時、まだ意識がおありだったそうですが、
残念なことに、もっと設備の整った病院への転院の為の、
搬送中にお亡くなりになったのだそうです。

ここで不思議なのは、中村さんが救助された時、
一番ご高齢で、又、賊が一番狙っていた筈の中村さんだけがご存命で、
ボディーガードや運転手さんたちは、一人残らず全員こと切れていたという事です。

これは中村さんの同乗の方々が、体を張って中村さんを守ろうとされたからではないでしょうか?
中村さんを置いて逃げ出す者は誰一人存在せず、
只一途に、中村さんをお守りしようとの一心で、
銃弾を向けられた中村さんを覆うため中村さんの前に、
体を張ったボディーガードの方々の姿が見える様な気がして来ます。

ボディーガードにここまで忠誠を尽くされる要人が他にあったでしょうか?

このことに気づいたとき、これは中村さんが厳しい気候と政治情勢の中、
一切その身を顧みず、アフガニスタンの人々の為に、
心血を注いで頑張ってこられた証ではないかと思いました。

不公平貿易協定締結(FTA)のニュースをはぐらかして呉れるからだったのかも知れませんが、
安倍総理までが会見に出てきて、ご冥福を祈ると言ってくれていました。

中村さんは私より3歳お若いとは言え、もう73歳になっておられます。
中村さんがまだ60歳代の頃私は「中村さんは70歳過ぎられても、この過酷なお仕事を続けられるのだろうか?」と想像してみて、
中村さんだったら続けられるのかも知れないと気づいて、
その献身の凄さを再認識したような気がしたものでしたが・・・・・

用水路造りを始められた中村さんのここ20年は特に、
人が人の為にここまで尽くすことが出来るという事の、見本のようなお働きだったと思います。
将に、現代の行基菩薩様と言えるのではないでしょうか。

今後の用水路建設の道筋も、ほぼ完成させておられたようですし、
如何か安らかにお休みくださいと申し上げたく存じます。
本当に長い間ご苦労様でございました。

ペシャワール会の中村哲さんアフガニスタンの名誉市民証を授与される 

中村哲医師、アフガン名誉国民に 「最も勇敢な男」 大統領が授与
2019/10/9 20:25 (2019/10/10 9:12 更新)
西日本新聞 社会面 中原 興平

 アフガニスタンの支援を行う福岡市の非政府組織「ペシャワール会」は9日、現地代表の中村哲医師(73)=福岡県出身=れが、同国のガニ大統領から同国市民証を授与されたと発表した。長年にわたる用水路建設などの人道支援が評価された。駐日アフガニスタン大使館によると、日本人への授与は異例。今後は査証(ビザ)が免除されるなど名誉国民として待遇される。
【関連】【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】花を愛し、詩を吟ずる
 中村医師はアフガンを襲った大干ばつを受け、2003年に東部ナンガルハル州の大河クナール川周辺で用水路建設を開始。事業で潤った土地は、福岡市の面積の約半分に当たる約1万6500ヘクタールに及ぶ。
 会によると、中村医師は7日、首都カブールの大統領官邸で開かれた式典に出席。ガニ大統領は、洪水が頻発するクナール川の特徴を踏まえ「狂った川を、愛をもって制したのですな」とユーモアを交えて話し「最大の英雄」「最も勇敢な男」とたたえた。最後に「いつでも官邸に来て、困ったことがあれば知らせてほしい」と述べたという。
 今後は、アフガン入国時のビザが免除されるほか、土地や会社が所有できるようになる。中村医師は「日本の良心的支援とアフガン人職員、地域の指導者による協力の成果。これで文字通り現地に溶け込んだ活動になる。私たちの試みで、より大きな規模で国土が回復されることを希望する」とコメントした。
 中村医師は18年には同国の国家勲章を受けている。(中原興平)


ペシャワール会の中村哲さんが、ガニ大統領からアフガニスタン市民証を授与されれたそうです。
これからはアフガン入国の時にビザを申請する必要がなくなるし、
土地や会社を所有することもできるようになられるそうです。
中村さんの献身的なアフガニスタンへの寄与が、
次々と認められて嬉しい限りです。

ペシャワール会 植樹100万本達成! 

ペシャワール会報が届きました。
アフガニスタンでは昨年10月中旬から洪水が発生するほどの多雨となり、
豊富な降雨降雪が今年の4月まで続き、干ばつは一時的に解消しているそうです。
それでもペシャワール会の灌漑事業は、幅広く継続されているようです。

今年3月までで2003年以来の植樹数が100万本を超えたそうです。
柳枝工に用いられる柳が6割と圧倒的に多いそうですが、
その他に、クワ、オリーブ、ユーカリ、ビエラ、ガズ、シーシャム、ポプラ、イトスギと果樹を色々と植えておられる様です。

ペシャワール会の最初の灌漑事業はマルワリード用水路を掘る所からでしたが、
掘った用水路の護岸は福岡県朝倉市の山田堰を見習って、中村さんが始められた蛇籠方式と呼ばれるもので、
針金を編んで籠状にし石を詰めたものを用水路の縁に積み上げて用水路壁としておられるのですが、
その用水路壁を補強する為に柳を植えておられるのだそうです。
柳の根が張ってきて生きた網を形成し、蛇籠壁を包んでより強固にしてくれるのだそうです。
2017年のマルワリード用水路を写した写真を載せておられましたが、
「まるで昔からあったような風格」と書いておられる通り、
マルワリード用水路は重厚な雰囲気になっています。

そう言えば朝倉市の山田堰土地改良区理事長の徳永さんという方が、
PMS(ペシャワール会)とFAO(国連食料農業機関)に招かれて、アフガニスタンを訪問しておられたそうです。

その方の寄稿に、
     (一部引用)
2010年に開通したマルワリード用水路は、自然と調和し、岩山に沿って高台を水が流れる約25kmでした。
用水路護岸は、芸術的と言いたくなる蛇籠・ふとん籠で造られ、周辺に紅柳・桑・シーシャム・ユーカリ等の植栽が施され、水路全体が豊かな林で癒しの場所となり、多くの住民が団欒し子供達が水遊びをしている姿を多く見ました。
Q3貯水池の岩山に登りQ2貯水池も見ながら下界を見下ろし、果てしなく広がる林・民家・農地など、人のぬくもりを感じる風景を眺めると、この地が荒廃地であったことは想像できませんでした。
 マルワリード用水路は、食糧生産の手段にとどまらず、地下水の涵養、戦争によって失われた美しい農村風景の形成、文化の伝承復活など多面的機能に大きく貢献していくことを確信しました
。と書いておられます。

マルワリード用水路はこんなにも素晴らしいものになっているのですね。
ペシャワール会では地域の機能しなくなっていた取水堰等、灌漑に必要な工事を次々として行っておられるようで、
カチャラ堰(マルワリードⅡ)第2期工事、ガンベリ排水路の完成、カマ堰改修完了と工事も幅広くなっておられ、
農作物や果樹栽培に蜂蜜づくりまで色々と工夫をされているそうで、
その一方、地域唯一の医療機関として、病院の活動も続けておられるそうですから、
中村さんのバイタリティーは驚異的ですね。
これでもう72歳(9月で73歳)だとは信じられない位の獅子奮迅のお働きですね。

水よもやま話(4)
「治水」と「洪水制御」 東洋における水
という中村哲さん寄稿の文も素晴らしいものでしたが、これは割愛させていただきます。
(実は一度書いていたのですが、投稿に失敗して消してしまったのでした。)



未曾有の大干ばつに苦しむアフガニスタン 

ペシャワール会会報が届いて数日経ちます。
早速ブログにしたい所だったのですが、
何か気がめいって書く元気が出ませんでした。

アフガニスタンは3年続きの少雨で、空前の規模の大干ばつになっているそうです。
7000m級の山を源流とする河はしばしば洪水をもたらしたり渇水になったりはするが、
雪解け水が豊富にあるから、PMSが灌漑にかかわった地域60万人の生活は、今も保障されているそうです。
それは喜ばしいことなのですが、
4500m以下の低い高山の麓に位置する各郡の大半が、土漠と化しているそうです。
そして降水量が極端に少ない年が3年も続いたため、地下水の水位が、
100mから酷いところでは200mも下がって、
PMSが掘った井戸も水が涸れて来ているそうです。

我々の観察では、高気温が少雨の影響を増幅する。局地の夕立や結露が減少し、広範な地域の水分がわずかな場所に偏在する。その結果大部分の地域が乾燥し、ごく限られた地域に激しい豪雨がしばしば鉄砲水を発生させ、地下に浸透するゆとりを与えない。雪線の上昇と急激な融雪が加わり、地域の保水力が著しく低下、これに少雨が重なると、乾燥化が一気に進む。或る程度は回復しても二度とは戻らない。そんな動揺を繰り返しながら砂漠化が進んできた。今回の干ばつも、突然現れたものではなく、「長い過程の中の急性増悪』と考えるのが自然である。と中村哲さんは書いておられます。


国連筋によると被災者数は1000万人を超え、餓死の危険百数十万人と見積もられているそうです。
現在のアフガニスタンは戦乱の所為というよりも、旱魃によって、より悲惨なことになっているようです。
砂漠化で農業が出来なくなった者の出稼ぎの一つが傭兵で、
みな家族を養うため仕方なく銃を握らざるを得ない状態にあるようです。

確かに地球温暖化については異論があり、「それ程の危機はない」とする意見も根強い。我々は地獄の淵に立っているのか、アフガンで垣間見る終末的な現状が果たして日本の将来になるかどうかは、その時になってみないと分からない。しかし、それを否定して世界とアフガニスタンの現状を放置する事が正しいとは思えない。
たとい温暖化の極端な推論が誤っていたにせよ、現在世界中で描かれる対策は、単にCO2排出を規制して気温を下げることにとどまらない。化石燃料を基礎に作られてきた近代的生産を問い直し、大量消費=大量生産のいたちごごっこを絶ち、持続可能な安定した社会と、安全な自然環境を実現しようとする建設的なものである。そして努力次第で可能だと多くの識者が述べている。
ここまで相互依存が深まった世界で、アフガン内戦の平和的解決も重要である。戦争は最大の消費かつ浪費である。紛争の遠因が経済活動や地球温暖化、旱魃と関係しあっているなら、その取り組みを通して、世界の融和と安定に寄与することにもなる。「テロには屈せず」と徒に拳をあげるのはもはや時代遅れである、解決にはならない。
地球規模で進行する将来の危機を考えるとき、我々の進むベクトルが何れに向いているかで、破滅か安定かの道筋が決まっていくであろう。その意味ではアフガニスタンの大干ばつは極東の我々にとっても、決して他人事ではない。我々が干ばつのアフガニスタンで「人と人の和解、人と自然の和解」を説く理由もここにある。と中村哲さんは結んでおられます。

私は軍産複合体と呼ばれる勢力の、余りの理不尽な残虐行為に怒る余り、
人との和解を放棄しようとしていたことに気づかせて頂きました。
人々の総てが、人との和解を放棄してしまったら如何なるか考えたら、
中村さんの仰る通りなのだろうと思わされました。

「罪を憎んで人を憎まず」で、
諦める事なく生きて行きたいものだと改めて思いました。

朝倉市の洪水にアフガニスタンの災害のパターンが見える 

夕方ペシャワール会報が届きました。
中村哲さんは変わらずアフガニスタンの用水路の保全や改修工事に取り組んでおられる様です。
もう71歳になられた筈の中村さんの、不屈の精神には何時もながら脱帽です。
中村さんの今回の記事の表題は、

朝倉の豪雨災害とアフガニスタン
ー「故郷の回復」、これが国境を越えるスローガン

というものでした。

ペシャワール会に伝統技術のモデルを提供してくれた朝倉市、
典型的な「日本の故郷」朝倉市の洪水被害は、中村さんにとっても大変なショックだったようです。

朝倉市の災害のパターンがアフガニスタンの災害のパターンに似てきていると言っておられます。
第一に  支流域の大被害。 
       PMSがマルワリード用水路流域で悩まされたパターンと酷似しており、
       現地では如何に土石流や鉄砲水を避けるかで多大の労力を割かれたそうです。

第2に  膨大な流木だそうです。
      尤も、アフガニスタンの場合は植生に乏しいので、
      流木ではなく、巨礫の塊が音を立てて鉄砲水と共に谷を下って来るそうです。
      アフガニスタンに流木が有ったら、一家総出で流木拾いに熱中する光景が普通です。
      日本ではゴミとしか見なされないのが現実ですから、勿体無い限りですね。

日本では外材が安いからと言って、終戦直後の日本で大々的に植林された山々を、放置していますが、
これも洪水の原因になっているらしいですね。
自然のままの樹木に較べて、植林された杉やヒノキは手入れしないと、根が浅くなり、
洪水で山肌を崩してしまう原因になりやすいようです。
又、日本などへの輸出の為、東南アジアや南米の熱帯雨林が切り出され続けて、
熱帯雨林が急速に減少しているのも、地球温暖化を加速する原因になっているのは、
以前から言われていたことだそうです。

日本にとって本当に怖いのは北朝鮮のミサイルよりも、
長い目で見たら郷土の荒廃の方が、
ずっと怖いものである事は間違いないでしょう。

日本政府は国防の為だったら幾らでもお金をかけるのを厭わないようですが、
それなら自然災害からの国を守る為にも、税金を投入するべきなのではないでしょうか?

少々割高でも国内の樹木を使うようにしたら、
山野の手入れも行き届く事になるでしょう。
洪水被害を減らす努力を、もっと本気でするべきなのではないでしょうか?

森林の管理にもっと税金をかける事で、洪水被害を減らすことが出来るのではないでしょうか?

離農が広がって、故郷が荒廃している現状を改善する為にも、
もっと真剣に手を打って故郷を守らねば、
世界は更に加速度を増しながら変貌し、破局への道を歩んでいるようにさえ見えます
と中村さんも言っておられます。

私は少しでも割安なものを買って家計を助けるのが、
外で稼げない主婦の努めだろうと思って、
割安のものを買う努力を、ずっと続けてきていましたが、
そういう主婦は多いのではないでしょうか?

国土を守る為に必要なら、輸入した方が割安だとしても、
国民が国内産の物を消費するように、
国として必要な経費をかけるべきだと思うのですが、
国土を守る為に割高なものを買えと国民に言っても、
成功は覚束ないかと思われます。

やっぱり政府が政策として、農業や林業に必要な保護を施し、
郷土を守る取り組みをする事が一番なのではないでしょうか?


  


同窓生自慢 

昨日は安倍総理とトランプ大統領のゴルフ外交の最中に、
北朝鮮が例によってミサイル打ち上げを敢行し、
緊急記者会見という予期せぬ政治ショーがあったそうですね。
今日ブログで見るまで私は、その事をぜんぜん知らなかったのでした。
又しても安倍総理を喜ばす政治ショウだったようですね。
日本人は置いてけぼりで、安倍総理だけ喜ぶ日米関係と言ったところでしょうか。

それは兎も角、昨日私が見た新聞に珍しい現象をみました。
私は何時もは新聞の一面と、新聞小説位しか見ないのですが、
昨日は何となく全ぺージを順々にめくって眺めていたのでした。
すると26面に、
私の卒業した高校の、私にとって誇りの有名人に関わる記事が、
写真入で隣同士の記事として載っていたのです。
福岡の新聞だったら分かるのですが、京都新聞で・・・・・

一つは中村哲さんが「KYOTO地球と環境の殿堂」の表彰式に招かれ講演された話。
もう一つは昨年ノーベル賞を受賞された大隅良典さんが、愛知県岡崎市で講演された話でした。

滅多にない同窓生のニュースが、同じ日の同じ紙面に並んで載るなんて!と大喜びする私に娘が、
「又お母さんの高校自慢が始まった」と茶化していました。
どうせ「私の高校の(有名人の)卒業生には前原位しかいないからね~」と娘は自棄気味。
「前原さんもヒラリークリントンが落選して、もう悪い事をしなくて済む様になったから良かったじゃない」
と慰める私でした。

今日はどうでも良い事を嬉しそうに書いてしまいました。お許し下さい。

ペシャワール会の会報を見て思った事 

ペシャワール会報128が来ました。

いつもながらアフガニスタンは厳しい気候のようです。

昨年7月は中旬に50℃を越える気温となり、7月下旬から8月初旬にかけて、

クナール河カブール河沿いの各所で氾濫が起きたそうです。

 

「記録的洪水」という事態はもう珍しい事ではなくなっている様に思われると、

中村さんは淡々と言って(書いて)おられます。

最近の傾向は異常高気温、

集中豪雨、河川の氾濫が気まぐれで、嘗てのように決まった季節に来襲せず、

常に備えをしておかねばならないとのことです。

 

マルワリード用水路が完成した年にも洪水が起き、取水堰が流されたり、用水路がこわれたりと大変だった様でしたが、

その後もずっと、創った端から壊されたり流されたりの連続のようでした。

それでも中村さんを初めとするペシャワール会の人々は諦める事無く、

壊れたところは修繕し、次の災害に備えて、

もっと丈夫なものは作れないかと、絶えず研鑽を重ねられ、

どんどん工法を進化させて来ておられるようでした。

中村さんの不屈の精神には、頭が下がると言うより、

舌を巻く思いです。

 

最初はマルワリード用水路を掘って完成か、

と思っていたアフガニスタンの渇水対策工事でしたが、

ペシャワール会は今や、アフガニスタン内の3県にまたがる取水堰や堤など10箇所の、工事や管理をして上げておられるようです。

2014年に取り掛かったミラーン堰(ベスード第2堰)は、まだ完成していないようですが・・・・・

 

決算書を表示しておられましたので、各所にかかった費用を写させていただきました。

             灌漑面積(ヘクタール)     事業費(ドル)

①マルワリード堰・用水路  3000        16,496,529

②シャエイワ堰        500         ①に含む

③シギ            600           324,109

④カシコート堰       2500         3,110,116

⑤ベスード第1堰      2500         1,239,679

⑥ベスード第2堰      1100         1,306,573

⑦ベスード護岸堤      (3km)         

⑧タブー堰          500  ⑦と⑧の合計 1,631,188

⑨カマ第1堰        2000         ①に含む

⑩カマ第2堰        5000           651,116

 

合計 1万7千700ヘクタールの農地を旱魃から救ってあげられ、

工事費合計24,759,310ドルとなりました。

1ドルを100円と見積もりますと、2、475、931、000円となります。

2003年から2015年迄の12年間に,各工事に使った金額のようですが、

ペシャワール会はこれだけの工事を、

25億円弱でやり遂げられたというのも驚異的ですが、

25億円近いお金の出所が、殆ど全部、日本人の“ふところ“からだったというのも、

驚異的だと言えるのではないでしょうか?

勿論中村さんたちが本を出したりDVDを出したりして、

資金集めにも努力されたお陰だとは思いますが・・・

 

何処の国でもそうだと思いますが、

日本人にも善意に富んだ人々が、大勢あるのは確かのようです。

 

しかし、何処の国でも、政治を牛耳る人々の殆どが

「そんな甘い事ばかり言ってはおれない」と考えるような人々ばかりになっているのも事実なのだろと思われます。

(鳩山由紀夫さんが宇宙人と言われたのは、そういう理由もあったのではないでしょうか)

 

こうして日本も“しわい”人々によって経済が賄われ、

ある程度の生活水準を得る事が出来てきたわけでした。

私たちはその生活水準を、当然のことのように受け入れながら、

中南米やアフリカや中東の人々が、言語に尽くせない位悲惨な目に合わされていることを、

殆ど見ようとはしないで来ていたのでした。

 

しかし、今世界は遂に、この問題を正視せねばならない状況になっています。

 

日本にも優しく義にはずれない生き方をしようと思っておられる人々は大勢あるけれど、

選挙では日本でも、国民が選ぶ政治家は、

国民が“食いっぱぐれ”しないような政治をする人というのが、

第1条件になっているようです。

「人は霞を食べては生きていけない。」というのは事実ですし、

「背に腹は代えられない」というのも事実ですが・・・・・

 

でも日本人も米軍と一緒になって、

アメリカ覇権を脅かす国を攻め滅ぼそうとしたり、

資源国などに攻め込んだりしてでも、

現在の経済を維持させねばならないと思っている人は、

そう多くないのではないでしょうか?

 

しかし、安倍総理はそれを身上としている人のようです。

多分、それが日本を守る事だと、信じておられるのだろうと思います。

それは戦国時代の武将の考え方と同じで、

政治とは武力で富を集める事と思っておられるのではないでしょうか?

 

しかし、日本人の大部分は百姓や町人の子孫です。

人の物を盗んだり、まして人を殺してまで富を手に入れる事など強盗のすることで、

人間のすることではないと固く信じて来た人々の子孫です。

一生懸命働いて生きていく事に、誇りを感じている人々が、

日本人の大多数だろうと思います。

 

日本人は憲法を変えてまで、外国に攻め込む国になる事を、

国を維持する為には仕方ない事と諦めていて良いのでしょうか?

 

今西欧先進国と呼ばれていた国々に属する人々は皆、

自分たちのやっている事を、

根本から省みねばならない時に、なっているのかも知れませんね。

「他に方法がなければやる それで失敗すれば神の思し召し」 

ペシャワール会報が届きました。
ISがジャジャラバード南部に集まろうとしているというような情報(こちら)を見たりして、ペシャワール会は大丈夫だろうかと、ちょっと心配していたのですが、
ペシャワール会の灌漑事業が行われている地域は、相変わらず大洪水に苦しめられてはおられますが、
現地の人一丸となって、どんな試練にも弛むことなく、生きるための戦いを続けておられるようです。
以下 中村哲さんの味わい深い現地報告をうつしてみました。ご覧頂けたらと存じます。

予期せぬ洪水に、迷いなく全力投入
――技術を絶対視せず、忍耐を重ねて自然と共存


堰が機能停止

皆さんお元気でしょうか。
現在マルワリード用水路のさらに下流にある「ミラーン堰」(灌漑面積1100ヘクタール約4万人)の建設に忙殺されています。着工から1年、今春までに、取水口近傍の村落を保護する堤防をかろうじて築き。臨時の取水堰を作りましたが、予期せぬ洪水で地形が変わり、大幅に設計を変えています。
今年2月の「真冬の大洪水」の突発。7月の熱波に続く集中豪雨で堰が機能を停止、予想を超える大きな工事になっています。他方で干ばつはなお進行中、飢餓人口が増え続け、国民の4分の1の460万人以上が飢餓線上にあると言われています。PMSでは、「戦いより食糧自給」を掲げ、灌漑設備の充実による飢餓対策を各方面に訴え続けていることは、これまで報告してきた通りです。

大洪水と地形変化

しかし、大河を相手の仕事は、計画通りに進まない事のほう多く、自然は制御できない事を思い知りました。
クナール河沿いの作業地は、急流の大河です。問題になってきた新局面は、洪水流に伴う砂州移動や河道の変化でした。
技術的には、昨年度に竣工したマルワリード=カシコート連続堰の完成度が高く、「現状では適正技術」と宣言し、「PMS方式(斜め堰)の拡大による農村救済」を提唱した矢先でした。そこに今回の災害です。一筋縄ではいかぬことが分かり、出鼻をくじかれた思いでした。これでは「緑の大地計画」が掲げるモデル地域が、モデルでなくなってしまいます。
八月の第2波の大洪水で3km上流に分流が発生すると,作業地では7月の第1波で溢水寸前まで迫った河の水位が一転、今度は異常に低くなり、一時は流域の渇水さえ危惧されたのです。
一年前の着工時は、侵食される村落を目前にしつつ、堤防3km護岸工事で精力を使い果たし、堰造成を楽観視していました。そこに来た大洪水と地形変化はさすがに絶望的で、まるで底なし沼に引き込まれたようでした。ミラーン堰をめぐる一連の建設過程で、世界観が変わってしまったようにさえ思われました。
だが川の流れは、そんな人間の感情など頓着しません。次々と新たな対応を迫ってきます。既設の取水口や護岸線も、あちこちで緊急の改修を余儀なくされました。営々と築いてきた取水堰の、流域60万農民はどうなるのか。その思いと気迫だけが皆の胸の内に生きていました。

不思議なほど迷いなし

そうするうちに秋が来ました。水が引いた状態で、濁流に覆われていた河川敷が露わになると、変化した河道や砂州がくっきりと見えます。やっと再設計の測量が始められたのは、9月も下旬のことでした。
その結果堰造成は、予定した堰幅200mから450mに延長、3つの砂州にまたがる大工事となりました。その上に、上流の措置、既設の各取水口の改修、マルワリード用水路・沈砂池の債権などを余儀なくされています。
それでも、果たして出来るのかという迷いは、不思議なほど現地にはありません。「他に方法がなければやる。それで失敗すれば神の思し召し」という達観があるからで、膳のうち農民が祈る中、粛々と仕事が進められています。

自治性の伝統

なかなか伝わりにくいのは、アフガン農村に国家管理を拒む自治性が強く、政府の側でも公共事業をまともに執行できる予算や組織がないことです。支配も受け付けない代わりに、地域の事は地域自ら行うという体質です。
取水堰は日本の近世に完成した「斜め堰(福岡県朝倉市)」の構造を取り入れ、現地風に焼き直したものですが、おそらく200年以上の昔、基金や一揆が日常であった時代、わが国の農村も似たような状況であったろうと想像しています。知れば知るほど先人たちの知恵と忍耐に驚かされます。
その偉さは堰の設計と工事を自ら行ったというだけではありません。改修を村民自らが行い、用水路という自らの生命線を200年以上、維持してきた事です。
とすれば、私たちも似たような苦労をたどっていることになります。一時帰国時に、山田堰土地改良区や河川・灌漑方面の厚意で、改めて土砂吐きの構造を見学できました。細かい点は割愛しますが、見事です。土砂堆積を避け、上下流に影響を与えない工夫がちゃんと凝らされています。
しかしそれ以上に、「壊れなければ強くならない」という、地域に遺された言葉は、胸を刺すものがあります。技術を絶対視せず、自然の中で人間の分を弁え、忍耐を重ねて共存していく事です。近代で置き去りにされた先人の謙虚な逞しさが、ここにあります。この点こそが、はるかアフガニスタン東部の農村事情と直結氏、水利施設を維持して強度を護る力になるのだと思いました。

生きるための戦い

かくて川沿いの寒風を衝き、工事は続けられています。私たちが掲げるのは、生きるための戦いです。巷ではテロや空爆、難民の噂が絶えませんが、私たちは「対テロ戦争」などという、おぞましい戦列には加わりません。それこそが果てしない暴力の応酬を生み出してきたからです。
水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。内外で暗い争いが頻発する今こそ、この灯りを絶やしてはならぬと思います。
今年もいろんなことがありましたが、変わらぬ温かい祈りと支援に支えられ、現地は希望をもって歩んでいます。困難な事情にもかかわらず、ここまでこれた事を感謝します。日本も大変ですが、どうぞ工事の成功をお祈りください。
良いクリスマスと正月をお迎えください。

2015年12月 ジャジャラバードにて

ペシャワール会報を見て 

昨日ペシャワール会の会報が届きました。
アフガニスタンは毎年のように洪水に襲われているようですが、
今年の夏の洪水は、例年になく激しいものだったと書いておられました。

アフガニスタンも厳しい気候が続いており、
農地の乾燥化で農業生産が急速に減少して来て、
飢餓人口は2000年の調査で400万人だったのが、
2014年は760万人に増加しているそうです。

洪水と干ばつの連続で、農地が荒れ果て、
農業が出来なくなって生活の道を絶たれた農民層が、
家族を養う糧を求めてIS(イスラム国)の勢力下に入り、
その範囲は今やナンガハル州の3分の2を覆うまでになっているそうです。

干ばつ地帯と紛争地域の分布が完全に一致しているのだそうです。
そして、干ばつと紛争の相乗効果で犠牲が増加しているのだそうです。

この負のスパイラルによる紛争を解決する為には、
武器でIS等の反乱軍を撲滅するより、
治水工事で国民が飢えずに済む為の対策をする方が余程有効と思われます。

それなのに、安倍総理率いる日本は、
積極的平和主義等と言って、アメリカの戦争に参加する為の法整備をしています。

中村さんは現地から見た日本に付いて書いておられます。

現地からわが国を見ると、絶望的な気分に襲われます。
字面を弄る非平和的・非現実的な主張は哀しく、さすがに呆然とします。


中村さんがどんなにガッカリされたか想像に難くありません。

折角憲法9条があるのですから、
日本は本当の意味での積極的平和主義を貫いてほしいものですね。
恒産恒心ではありませんが、
積極的平和主義とは、皆がまじめに働く気さえあれば、飢える心配のない社会を、
維持したり、立て直したりする事ではないでしょうか?

善意が善意を呼んで大きく育とうとしているペシャワール会の活動 

アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が福岡県の農業用取水口「山田堰」を視察 という記事を書いた時私は、アフガニスタンの農業大臣の来日に日本の外務省が関わっているとは夢にも思わないでいたが、
昨日来たペシャワール会会報を見て、
アフガニスタンの農業復興大臣を、日本に招待したのは、
日本の外務省だったと知った。
日本各地の訪問後、山田堰見学はアフガン政府のたっての希望だったそうである。

私はうっかりして知らなかったのだけれど、
PMS(ペシャワール会)とJICA(日本国際協力機構)とは、4年前から共同事業を開始していたのだそうである。

中村医師はこれ迄いちNGOとして、アフガニスタン東部に灌漑事業と農業復興モデル地区を作って来られた。
それをアフガニスタン全土に拡大する為に、JICAとの共同作業をする事にされたらしい。
このたびのPMS方式に対するアフガニスタン政府と日本政府の認識と評価によって、
アフガニスタン全土での将来的な展開が、現実的な視野に入ってきたといえるのかもしれない。

と、事務局便りにある。

クナール河と較べて規模こそ小さいけれど同じく暴れ川の筑後川に、
1790年に創られた山田堰は、
1953年の大水害にも流出しなかったそうある。

その山田堰を手本にアフガニスタンの用水路の取水堰を作られた中村医師は、
試行錯誤の末にマルワリード=カシコート連続堰を創られた。
その堰はその規模と設計の素晴らしさから、「中村方式」と命名されたそうである。

地道なペシャワール会の活動がアフガニスタン政府を動かして、
アフガニスタンでは国策として、中村方式の灌漑事業に取り組む事になったそうである。

善意が善意を呼んで、善意が広がる話は気持ち好いものである。
アメリカ政府も人を苦しめる武器の輸出等に精出さないで、
人の為になるものだけを開発していたら、、
今日のような覇権の危機で、気を揉まなくて済んだだろうに・・・・・

「戦争をする時間があれば食料を作れ」by中村 哲 

ペシャワール会:アフガン支援活動報告 16万人、生活可能に 用水路27キロまで完成 /福岡
毎日新聞 2015年06月07日 地方版

 アフガニスタンで復興支援を続けるペシャワール会の現地活動報告会が6日、早良区西新6の西南学院大チャペルであった。現地代表の中村哲さん(68)が、約200人を前に全長27キロまで完成した用水路について報告した。

 中村さんは、アフガニスタンでは温暖化の影響で2000年夏から大干ばつが起きており、世界保健機関(WHO)は人口約2000万人のうち100万人が餓死すると予想していることを説明。この事態などに対処するため中村さんたちは用水路の整備に尽力してきた。

 気温50度を超える砂漠での作業は1日数十人が倒れたものの、現地の人間は諦めなかったという。江戸時代に朝倉市の筑後川で使われた取水技術によって、季節ごとに欲しい量の水を供給できるようになり、16万人が生活が可能になったと説明した。

 中村さんは「彼らの願いは、1日3杯の飯と、古里に家族と一緒にいれる事だけ。用水路が完成した時、最初に言ったのは『これで生きていける』でした」と紹介していた。【尾垣和幸】



「戦争をする時間があれば食料を作れ」 ペシャワール会の中村氏が講演 [福岡県]
2015年06月07日 01時47分
 アフガニスタンで活動している福岡市の非政府組織ペシャワール会は6日、同市早良区の西南学院大で活動報告会を開いた。現地代表の中村哲医師(68)は、国会審議中の安全保障関連法案を踏まえ「集団的自衛権は言葉のまやかしで連合軍に参加する権利のこと。私は現場で身に染みてそれを知っている」と持論を述べた。

 中村医師は、2003年から戦乱と干ばつに苦しむアフガン東部で用水路建設に取り組んできた。会場の約200人を前に「戦よりも食料自給。戦争をする時間があれば、食料を作れと言いたい」と強調した。

 現地の取り組みについて「住民の願いは1日3度食べられ、故郷で安心して家族と暮らせること。その願いがエネルギーになった」と説明。建設中の用水路事業を2020年までに完成させ、活動をさらに広げていくことに意欲を示した。

=2015/06/07付 西日本新聞朝刊=


ペシャワール会の用水路建設の取り組みで16万人が生活可能になったと言う。
という事は、ペシャワール会が用水路建設をしなかったら、
この16万人もの人々が生きて行けなかったという事なのである。
何と尊い取り組みだろう!

旱魃で生活出来なくなっていたアフガンの人々にとって、
「願いは、1日3杯の飯と、古里に家族と一緒にいれる事だけだった」と言う。
それを可能にする用水路の完成で「これで生きていける・・・・・」なのである。
最後の最後に人が求めるものは、これなのではないだろうか?

やる気のある人が本気でやったら、日本人のほんの一部の人の寄付金だけで、これだけの事が出来るのである。
それなのに今の世界の指導者(国)の主な取り組みは、
新たな難民を作り出す戦争ばかり・・・・・

今国会で審議されている戦争参加可能化法案は、
そんな戦争に走狗としてでも参加したいと言う安倍総理の、絶っての願を実現させる為のものなのだから論外である。

日本人としてペシャワール会の中村哲医師は、世界に誇れる方だと思うのだけれど、
最近殆どニュースに載せられる事がなかったので、
今日この記事を見つけて、嬉しさの余りコピーさせて頂いた。

「戦争をする時間があれば食料を作れ」と私も言いたい。

アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が福岡県の農業用取水口「山田堰」を視察 

江戸期の堰、アフガン大臣も注目 農村復興で福岡視察
2015年3月27日 12時29分
 アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が来日し、27日、福岡県朝倉市の筑後川で江戸時代から使われている農業用取水口「山田堰」を視察した。福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」がアフガン東部に建設した取水口のモデルとなった堰で、「農業振興策の参考になれば」と大臣が視察を望んでいた。

 ドゥラニ大臣は、ペシャワール会の中村哲・現地代表の案内で山田堰周辺を歩き「30年間の戦乱でインフラが破壊され、干ばつも続いており水管理は重要課題。筑後川は地形が似ており、十分現地に適用できる」と感心していた。 (共同)


ペシャワール会の中村哲さんは遂に、アフガニスタンの大臣を山田堰見学に来日させるまでになっておられる。
マルワリード用水路を掘る事を決められた頃には、
用水路作りに従事した現地の人々は日当を貰えるから協力してはいても、
用水路を利用できる日が来ると思っていた人はあまりなかったそうである。

用水路は水路を掘るだけでは完成ではない、
流れのきつい大河から、丁度良い量の水を引き込む事の出来る取水口と、取水堰創りがどんなに大変なことであるか。
その上、例え取水口取水堰作りに成功したとしても、
ちゃちな取水口や取水堰では、洪水が起きたら忽ち流されてしまう事を、
現地の人々はいやと言うほど経験しておられたから、
素人の中村医師が、用水路作りに成功されるとは思えなかったのだろう。

しかし中村医師は何度洪水に流されても諦めることなく頑張って、
マルワリード用水路だけでなく、
近隣の使えなくなっていた用水路まで、
修理したり復元したりして、何十万人もの農家の人々に、水・農地を取り戻して上げられたのだった。

中村哲さんの素晴らしい所は、
用水路を掘るとき将来もし壊れても、現地の人が自分たちの力で修復できるようにと、
セメントで固めた護岸などにはせず、
江戸時代の工法・蛇かごを用いて用水路の護岸工事をされた事だと思う。
取水堰も現地の山から取ってきた巨岩を積み上げて造ってあるから、
洪水で流された時にも、現地の人々が修復する事が可能である。

中村哲さんは江戸時代に作られた筑後川の山田堰を参考にして、堰や取水口を造られたそうであるが、
現地の写真を見せていただくと、その規模の大きさに驚いてしまう。
土木工事には素人の医師が、ここまで大規模な工事をやろうと考えるられるだけでも驚くような事なのに、
中村さんはそれを実行し完成されたのだから、
アフガニスタンの農村復興大臣が山田堰を見てみたいと思われる位に、
現地の人々を驚嘆させたのだろう。

中村さんは医療で寄与する為にペシャワール会を立ち上げた方で、
医師が本業であるのは周知の事だから、
土木事業には素人の中村さんに、用水路を完成させる事が出来るとは思えなかったのも当然だと思われる。
それが見事に用水路を完成させられただけでなく、
取水堰を何度も洪水で流されながらも、諦めることなく何度も修理して再生させ、
段々と流され難い堰を開発して行かれた。

それまでは敵対していたカシコートの取水堰まで造って上げ、
次々と近隣の取水堰を新設したり修理して、
周辺の農村の再生になくてはならない人となっておられる。
ペシャワール会報121号より アフガン東部の干ばつの現状と対策

中村さんは用水路を造って上げる時に、
将来壊れてもアフガニスタンの人が自分たちだけで、修理出来る様にと考えて江戸時代の工法を採用しておられる。
ペシャワール会は農作物の開発にも力を注いでおられるが、
ペシャワール会は農作物の種を最初は分けてあげても、
その後は各家の畑で取れた作物から自然に出来る種を使える作物をすすめておられる。
当然の事ながら、種の代金を毎年徴収する事など考えてもおられない。

モンサント等のアグリビジネス業者は、
お金を出して買わねば、種が手に入らない仕組み作りを目論んで、
体に害があるかもしれない遺伝子組み換え植物を研究開発し、
アメリカの政治力を利用して、各国の農家に栽培するよう強制してきた。

この遺伝子組み換え植物では、
農家は畑で実った実(種)を植えても芽が出ないので、
毎年種苗業者から種を購入する必要がある。
そしてその遺伝子組み換え植物だけは枯らさないが、
雑草は総て枯らすので除草の手間が掛からないという事で、専用の除草剤も買う事になっている。

モンサント等のアグリビジネスは、一度農家に遺伝子組み換え作物を作らせたら、
以後毎年、種子・除草剤・殺虫剤・化学肥料等の販売で、
年貢のように農家から半永久的に利益を得る予定だったようである。

しかし、遺伝子組み換え作物の健康への影響も取りざたされるようになるし、
強烈な農薬の所為で、土地は急速にやせて行くことも分かって来て、
世界中の農家に強制して来ていた遺伝子組み換え作物は、
今、世界中で拒絶反応を起こされている様である。
脱・遺伝子組み換え作物、脱・モンサントが進む世の中

干ばつで苦しんでいるアフガニスタンの人々を救いたい一心で、
アフガンの農家が食べて行ける様にと用水路を作り、
土地にあう農作物を開発する取り組みをしてこられたペシャワール会と中村哲さんは、
今共感の輪の中におられる。

一方現地の農家を苦しめてでも、
自社の紐付き農業を世界中に繰り広げようと悪戦苦闘して来たモンサントは今、
世界中から拒絶されている。

それでもモンサントはこれからも、人類を苦しめるビジネスに邁進していく積りなのだろうか?

戦争屋勢力が勢力を維持する為に戦争を続けていたら、
遂には人類は死滅せねばならない日を迎える事になるだろうし、
遺伝子組み換え植物を蔓延させて行ったら、
土地はやせ、ミツバチは死に絶えて、
人類だけでなくいろんな生物が食料を得られず、死に絶えていく日が避けられない事になるのだろう。

ペシャワール会の取り組みと、モンサント等の取り組みに、
極楽と地獄の寓話を思い出させられた。

極楽と地獄の話、
腕を折り曲げる事の出来ない人々が、テーブル一杯のご馳走を前にして取った行動によって、
極楽と地獄になった。

極楽のグループは
腕が曲がらなくても向かいの人には食べさせてあげる事が出来るので、
互いに向かいの席の人に食べさせて上げているグループで、
皆お腹一杯食べる事が出来、鼓腹撃壌の極楽にいる思いであった。

地獄のグループは
人に食べさせる等いやなこったと、
曲がらない腕に悪戦苦闘しながらも、自分の口に運ぶ事しか考えられず、
曲げる事の出来ない腕の為、誰も何も食べられず、
皆が餓鬼地獄に落ちていた。

平和憲法によって信用されてきていた日本人 

マガジン9 この人に聞きたい 「中村哲さんに聞いた」の中で、
「平和国家日本に期待されていること」という部分をコピーさせて頂く。

大旱魃と長い戦争の所為で、2500万人の人口のうち、1200万人がこの干ばつで被害を受け、500万人が飢餓線上、100万人が餓死寸前という状況にあるのがアフガニスタンで、救援活動をしてこられた中村哲さんにとって、一番強い味方は憲法9条を守っている日本の国民であるという事だったようである。
安倍総理が憲法9条を集団的自衛権行使容認閣議決定で台無しにしてしまわれたけれど・・・・・


「平和国家」日本に期待されていること

編集部


 現地では、NGOとか国際機関なんかが襲撃されるということは、かなりあるんですか?


中村


 何回も、見聞きしたことはありますよ。でも、我々ペシャワール会が襲われたことは一度もありません


編集部


 それだけ、ペシャワール会の活動が現地の方々に浸透しているということでしょうか。


中村


 そうですね。アフガンの人たちは、親日感情がとても強いですしね。それに、我々は宗教というものを、大切にしてきましたから。


編集部


 宗教とは、やはりイスラム教…。


中村


 おおむね、狙われたのはイスラム教というものに無理解な活動、例えば、女性の権利を主張するための女性平等プログラムだとか。現地でそんなことをすると、まず女性が嫌がるんです。キリスト教の宣教でやっているんじゃないか、と思われたりして。


編集部


 宗教的対立感情みたいなものですか?


中村


 いや、対立感情は、むしろ援助する側が持っているような気がしますね。優越感を持っているわけですよ。ああいうおくれた宗教、おくれた習慣を是正してやろうという、僕から言わせれば思い上がり、もっときつくいえば、“帝国主義的”ですけどね。そういうところの団体が、かなり襲撃されています。民主主義を波及させるというお題目は正しいんでしょうけれど、やっていることは、ソ連がアフガン侵攻時に唱えていたことと五十歩百歩ですよ。


編集部


 ペシャワール会は、そういうことからは無縁であったということですね。


中村


 そうです。それに僕はやっぱり、日本の憲法、ことに憲法9条というものの存在も大きいと思っています。


編集部


 憲法9条、ですか。


中村


 ええ、9条です。昨年、アフガニスタンの外務大臣が日本を訪問しましたね。そのとき、彼が平和憲法に触れた発言をしていました。アフガンの人たちみんなが、平和憲法やとりわけ9条について知っているわけではありません。でも、外相は「日本にはそういう憲法がある。だから、アフガニスタンとしては、日本に軍事活動を期待しているわけではない。日本は民生分野で平和的な活動を通じて、我々のために素晴らしい活動をしてくれると信じている」というようなことを語っていたんですね。


編集部


 平和国家日本、ですね。


中村


 ある意味「美しき誤解」かもしれませんが、そういうふうに、日本の平和的なイメージが非常な好印象を、アフガンの人たちに与えていることは事実です。日本人だけは、別格なんですよ。


編集部


 日本人と他国の人たちを区別している?


中村


 極端なことを言えば、欧米人に対してはまったく躊躇がない。白人をみれば「やっちゃえ」という感覚はありますよ。でもね、そういう日本人への見方というのも、最近はずいぶん変わってきたんです。


編集部


 それは、なぜ、いつごろから、どのように変わってきたんですか?


中村


 いちばんのキッカケは湾岸戦争。そして、もっとも身近なのは、もちろんアフガン空爆です。アメリカが要請してもいない段階で、日本は真っ先に空爆を支持し、その行動にすすんで貢献しようとした。その態度を見て、ガッカリしたアフガン人はほんとうに多かったんじゃないでしょうかね。


編集部


 せっかくの親日感情が、そのために薄らいでしまったんですね。


中村


 それでも、いまでもほかの国に比べたら、日本への感情はとても親しいものです。この感情を大事にしなければならないと思うんです。湾岸戦争のときに、「日本は血も汗も流さずお金だけばら撒いて、しかも国際社会から何の感謝もされなかった。それが、トラウマになっている」なんて、自民党の議員さんたちはよく言うようですけど、なんでそんなことがトラウマになるんですか。「お金の使い方が間違っていた」と言うのならいいのですが、「もっと血と汗を流せ」という方向へ行って、とうとうイラクへは自衛隊まで派遣してしまった。僕は、これはとても大きな転回点だったと思っています。
 これまでは、海外に軍事力を派遣しない、ということが日本の最大の国際貢献だったはずなのに、とうとうそれを破ってしまったんです。これは、戦争協力ですよね。そんなお金があるんだったら、福祉だの農業復興だの何だの、ほかに使い道はいくらでもあるというのに。

編集部


 ほんとうにそうですね。お金をどのように使うか、国際貢献とか国際援助とかいうのなら、最初に中村さんがおっしゃったように、まず「生存」のために使うべきですよね。


中村


 日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきなんです。現地で活動していると、力の虚しさ、というのがほんとうに身に沁みます。銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか。それを造ったのが日本人だと分かれば、少し失われた親日感情はすぐに戻ってきます。それが、ほんとうの外交じゃないかと、僕は確信しているんですが。



9条は、僕らの活動を支えてくれる
リアルで大きな力


編集部


 そう言えば、雑誌『SIGHT』(07年1月)のインタビューで、「9条がリアルで大きな力だったという現実。これはもっと知られるべきなんじゃないか」とおっしゃっていましたね。


中村


 そうなんですよ。ほんとうにそうなんです。僕は憲法9条なんて、特に意識したことはなかった。でもね、向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。
 武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。

編集部


 その体で実感した9条を手放すことには、どうしても納得できない。


中村


 具体的に、リアルに、何よりも物理的に、僕らを守ってくれているものを、なんで手放す必要があるんでしょうか。危険だと言われる地域で活動していると、その9条のありがたさをつくづく感じるんです。日本は、その9条にのっとった行動をしてきた。だから、アフガンでも中東でも、いまでも親近感を持たれている。これを外交の基礎にするべきだと、僕は強く思います。


編集部


 お話を伺って、中村さんたちの活動は、それこそ「ノーベル平和賞」に十分に値するものじゃないかと、とても強く感じました。これからも、ほんとうにお体や健康にお気をつけて、素晴らしい活動をお続けください。
 本日は、長時間、ほんとうにありがとうございました。

中村


 はい、こちらこそありがとうございました。第2期用水路建設に向けて、もっと日焼けしてきます(笑)。

温かい他者への関心の結実 アフガニスタンの用水路 

ペシャワール会報が届いた。
中村医師はアフガニスタンの人々を旱魃から救う為に、土方のようになって用水路を掘り遂にマルワリード用水路を完成された。
しかし夏にアフガニスタン方面を襲う大洪水で、出来たばかりの用水路が壊されたり、取水堰取水口等が無残な姿に壊される事態が毎年のように起こり、
大洪水の爪あとを職員作業員共々へとへとになりながら修復してきておられる。

2010年8月の洪水では、マルワリード用水路の決壊だけでなく取水堰が流されてしまって、
このままでは折角の用水路に水を引くことが出来ない事になるかもしれない、危機的状況になっていたのだそうである。

この状態を救ったのが長年敵対関係にあったカシコートからの和解申し入れであった。
カシコートの人々はマルワリード用水路によって潤されていた人々への嫉妬からか、
対岸のカシコート側からマルワリードのための取水堰工事をしようと、
カシコートに持ち込んでいたダンプや重機等を、
拿捕する嫌がらせをしていたのだった。

カシコートでは古くからの用水路はあったのだけれど、その頃、取水堰が毎年流されて安定せず、畑に水を引くことが出来ないため、住民はもう土地を捨てて難民になるしかない状態にまで、追い込まれていたのだった。

切羽詰ったカシコートの自治会は、長年経緯のあったPMS(ペシャワール会)に謝罪し、
取水堰を造って欲しいと申し入れてきたのだった。
PMSは謝罪を受け入れて、カシコートの取水堰を造ることを約束した。
これはPMSにとっても救いの手となったのだが・・・・・

PMSは2012年からカシコートの取水堰を創り始めた。
断続的な大洪水に襲われ、堰の一部を決壊されたりしながらも、
堰長505m 堰幅50~120m前面石張りで面積2万5千㎡の
マルワリードとカシコートの連続堰が、
今年3月完工したそうである。

この堰完工の目途となる工事が完成した昨年12月、
これで「再砂漠化」の脅威が消え、両岸の安定灌漑が保証され恵が約束された瞬間、
現場の人々総てが涙を流し抱き合って喜び合っていたそうである。

これというのもPMSが、嫌がらせをしていたカシコートの人々を、
謝って来たら直ぐに許して上げ、
取水堰を造って欲しいという、見方によっては虫の良い願いを、二つ返事で聞いてあげた度量が、
マルワリード用水路流域と、カシコートの両地域を救ったのだった。

中村医師はアメリカのアフガン戦争という、悲惨な戦乱の中で、
病院の経営と共に、
土木工事でも、あれだけのことをやり遂げられたのである。
その慈愛の深さ、意志の強さには、只々感心するばかりであるが・・・・・

中村さんはこの会報の最後に、次のように書いておられる。
違いや矛盾をあげつらって拳を上げるよりも、血の通った共通の人間を見出す努力が先だと思います。私達の活動が、このような壁を越えようとする努力と、温かい他者への関心の結実だとすれば、これに勝る喜びはありません。そしてこれが譲れぬ一線でもあります。

世界中の人々が、違いや矛盾をあげつらわず、拳を上げるよりも、血の通った共通の人間を見出す努力をしたら、戦争等という野蛮なことをせずに、皆が潤う世の中にする事が出来るのだろうにと残念でならない。

ペシャワール会報を見て 

昨日届いたペシャワール会報の
「緑の大地計画」の最大懸案に見通し
  度々の大洪水の中、事業は多用かつ大規模に
          30年目の秋に

という見出しの、中村哲さんの文章の一部を引用させて頂きます。
 この秋も例年のごとく、河周りの工事が目白押しです。最大のものは、何と言っても「マルワリード=カシコート連続堰」の完成です。昨冬基礎工事を終えたものの、今夏の大洪水の影響で、かなりの修正を迫られそうです。これは良いことで、洪水通過を十分に考慮し、丈夫で長持ちするものが出来ると思います。(下線は当ブログ)

苦労を重ねて出来上がったばかりの「マルワリード=カシコート連続堰」が洪水でやられても、
「これは良いことで、洪水通過を十分に考慮し、丈夫で長持ちするものが出来ると思います。」と、淡々と語っておられるのです。
何と粘り強い人だろうと、改めて感心させられました。

ハンセン病患者を主に診てこられた中村哲医師にとっては、
何度も何度もこれ以上の試練の連続の30年だったのかも知れません。

中村さんが始めて自伝を出されるそうです。
ちょっと読んでみたくなりました。

天、共に在り
アフガニスタン30年の闘い
(NHK出版)2013年刊

日本の豊かな自然の恵みに改めて感謝 

昨夜朝日放送の「こんな所に日本人」という番組を見た。
昨日はイランに一人住む女性を探す旅だった。
毎回人探しの旅をする役者さんは替わるので、役者さん名前は覚えていない。

昨日の番組での人探し旅をする役者さんが、イランに着いて間もなく、偶々道路で出会ったイランの人に、目的地(日本人女性の住む町)へ向かう道を尋ねた時、
そのイランの人が自分は「優しくて思いやりがあるから日本人が好きだ」と言って日本人の役者さんに、親切に道を教えてあげているシーンがあった。

そのイランの人のご両親は、アフガニスタンからの難民だったと言っておられたので、
その人が日本人に対して好意的なのは、もしかしたら、
渇水に苦しむアフガニスタン人の為に、用水路を拓いて上げられた中村哲さんの、
総てをかけてのご尽力のお陰かも知れないと私は思った。

中村哲さんはアフガニスタンの人々から「ドクター・サーブ(中村)」と感謝され尊敬されておられるが、
中村哲さんが日本人からの寄付を元手に、この用水路開拓をして下さったお陰で、
日本人全員も「優しく思いやりのある人間である」と、アフガニスタンの人々は思って下さっているのかも知れない。
日本のNPOというのは多額の税金を使いながら、しばしば現地の人々に迷惑されるような構造物を造っていたと聞いているので、
日本人の誠意が伝わるような仕事をして下さった中村哲さんのご活躍に、私も感謝を捧げたくなった。

先日とどいたペシャワール会報に書いておられた中村哲さんの、
2012年現地事業報告の一部を、ここに写させていただきます。

  天・地・人の構図の中で
「自然と人間の関係」を問い続ける
  中村 哲
2012年度を振り返って     
 2013年にペシャワール会、翌年5月には、現地活動30年を迎えます。
 嘗ての青年医師は、初老の工事現場監督となり、この間のめまぐるしい変転を思うと、波乱万丈とはこんなことを言うのかと不思議な気がしています。
 めまぐるしい動きにもかかわらず、一貫する縦糸は天・地・人の構図の中で「自然と人間の関係」を問い続ける事だったような気がしています。
 医療現場、河川工事、農業に至るまで、このことは変わりません。
 大きな転機が何度かありましたが、最後のものは2010年8月の大洪水でした。ゴミくずのように流されるはかない人間の営みを見ながら、思う所がありました。それまで人の都合で自然を眺める未練がましさを拭えませんでしたが、自然の摂理から人を眺める様になってきました。
 人は大自然の中で、身を寄せ合って生きています。そして、人もまた自然の一部です。このことを忘れると、私達の考えは宙に浮いてしまいます。科学技術で自然を制御できると錯覚し、不老不死の夢が叶うように考える。目先の満足の為なら、暴力も厭わず、生死さえ軽く考える。生かされている恩恵を忘れ、暗いねたみや不安に支配される__現地で見ていると大は戦争から小はいじめや自殺まで、この錯覚が影を落としているように思えます。
 アフガニスタンの現場から見る限り、時代は明らかに一つの破局に向かっています。人がこの巨大な錯覚の体系にとどまる限り、希望はありません。希望を演出する事は出来ても、本当ではありません。
 干ばつの対策に奔走した立場から見ると、日本ほど豊かな国土に恵まれた国はありません。敗戦直後、飢餓から立ち直らせ、戦いで傷ついた人々を慰めたのは、郷土の山河と自然でした。その恵みによって生かされてきたことは、学校で教えられませんでした。おそらく、郷土を築いてきた祖先たちは、このことを知っていました。
 株価や経済成長率は、恵を語りません。武力は国民や郷土を守りませんん。30年間の日本の変化を回顧すると、哀しいものがあります。
 「身を寄せ合う」とは、人が和し、弱者を労わる事です。和して同ぜず、ここに積極的な価値と希望があります。平凡ですが、これが30年の結論です。
 現地活動はなおも続きます。「緑の大地計画」を以って日本の良心の気力を示したいと思います。30年の支えに感謝します。
   (以下略)

「餓えた人々に温かいパンの一切れを」ペシャワール会の「緑の大地計画」大詰めの作業 

ペシャワール会報114号の中村哲医師の報告書をご紹介します。
昨年末はペシャワール会の「緑の大地計画」カシコート取水堰工事が、伸るか反るかの天王山を迎えていたそうです。
工事は、相手が大自然です。連続堰の長さ約500メートル、それも2010年夏の大洪水で流失した砂州を復旧しながら、大河クナールを横断する作りです。生易しいものではありませんが、12月中旬で大勢が決すると見ています。 という事で、
11月5日、工事現場の対岸で小さな戦闘らしきものがあり、建設中の水門付近に対戦車砲弾が三つ着弾し、米軍の空爆演習もサルバンド村で日常化し、時々怪我人が出ても、作業員達は無表情で眺めていたそうです。
地域自治会が、「PMSの邪魔をすれば、カシコート8万家族を敵にする」と異例の宣言、工事は何事もなかったかの如く進められているそうです。
ここでは、どんな理屈も評論も虚ろです。それよりも、餓えた人々に温かいパンの一切れを分かち合おうとする真心だけが、励みであり、信ずるに足ることです
と中村医師が書いておられるが、それが全然誇張でもなんでもないと素直に感じられ、
そんな厳しい現実と真っ向から戦っておられる人々の雄雄しさが、真直ぐに胸に届くような報告書だと思いました。
(写真は1つだけ載せましたが、会報には写真や図面等を沢山載せておられますので、元記事を見られたほうがより分かりやすいかと思いますが・・・・・ 以下引用です)

「緑の大地計画」の天王山――私たちを根底から支えるのは温もりと和やかさ

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
   ペシャワール会報114号より(2012年12月12日)

■「緑の大地計画」最大の挑戦
みなさん、お元気でしょうか。

当地も初冬にさしかかり、高山が薄化粧をしてきました。川筋の風が冷たくなり、防寒具が要る季節になりました。

相も変わらず、河の工事に追われています。アフガンでは、渇水期です。河の水位が思いきり下がり、毎年今頃でないと取水堰や護岸の工事ができないのです。

今年はまた、特別です。昨年10月から準備してきたカシコート取水堰工事が、のるかそるかの段階に差しかかっているからです。

PMS(平和医療団・日本)=ペシャワール会では、カシコート復興を「緑の大地計画」の天王山と位置づけ、大規模な工事が進んでいます。

本工事が過去10年の「緑の大地計画」の最大の挑戦だと考えて差し支えありません。対岸400メートル先には、マルワリード用水路の取水口が見えます。対岸では同水路の灌漑によって、25.5キロメートル全流域が殆ど無駄のない土地によみがえり、15万人以上の人々が故郷に戻り、自活できるようになっています。しかし、取水口は一昨年の大洪水で相当傷み、改修を余儀なくされていましたが、両岸の対立が根深く、対岸からのアプローチが出来ずにいました。

■堰の一体化
ところが、昨年秋、カシコート自治会とPMSとの和解・協約が成り、同地域の灌漑計画が動き出しました。計画が成功すれば、陸の孤島であるカシコート全域が難民化から免れ、同時にマルワリード堰の安定が保証されることになります。つまり、マルワリード=カシコートとの堰が一体化され、維持が約束されるからです。

しかし実際の工事は、相手が大自然です。連続堰の長さ約500メートル、それも2010年夏の大洪水で流失した砂州を復旧しながら、大河クナールを横断する作りです。生易しいものではありませんが、12月中旬で大勢が決すると見ています。

現場はさながら戦場です。重機九台とダンプカー16台、精鋭の作業員200名を集中、必死の作業が整然と行われています。
カシコート取水門
カシコート取水門の柱=堰板を積む溝(2012年11月4日)

■緊迫した努力
長い間PMSの工事に携わってきた彼らは、取水堰が地域の生命を握ることを知っています。成功すればカシコート2500ヘクタールもまた、マルワリード流域と同様、多くの農民が戻って生活を維持できる。失敗すれば……逆にマルワリード側が再び沙漠に戻り、十数万人が路頭に迷うのは確実です。その分かれ目が、ここ数週間に迫っています。詳しくは、追って紹介します。

当方は覚悟して総力を結集、過去最大規模の工事となりました。事務所と現場、PMSと地域が一体となり、文字通り命綱を守るべく、緊迫した努力が傾けられています。まともな救援が寒村に届かぬことを誰もが知っています。おそらく、これほど組織化され、熟練した集団の動きを見ることは無いでしょう。戦局や政治の行方など、とっくの昔に興味を失いました。

■悪意ある噂
去る11月5日、工事現場の対岸で小さな戦闘らしきものがあり、建設中の水門付近に対戦車砲弾が三つ着弾しました。米軍の空爆演習もサルバンド村で日常化し、時々怪我人が出ます。迷惑な話です。作業員はそれを殆ど無表情に眺めていましたが、「PMSが狙われた」という悪意ある噂が流される気配があったので、ジア先生が治安関係、地方政府筋と飛んできて事実を確認し、誤報を打ち消しました。

地域自治会は、「PMSの邪魔をすれば、カシコート8万家族を敵にする」と異例の宣言、工事は何事もなく進められています。PMSが勇敢だとか、地域農民の情が厚いとかいう話ではなく、皆がそれほどの瀬戸際に立たされているということなのです。

■理屈も評論も虚ろ
時々流されるアフガン情勢は、戦局や危険情報、復興支援をめぐる報でなければ、それに対する評論ばかりです。いくら安全や人権が主張されても、一般のアフガン人の生命や人権は含まれていないようです。

もう静かにしておいて頂きたい。そう思います。見捨てられた人々の声が届くことは、今後もないでしょう。あっても、情報の洪水と議論の中で薄められ、伝わることはないと思います。ここでは、どんな理屈も評論も虚ろです。それよりも、餓えた人々に温かいパンの一切れを分かち合おうとする真心だけが、励みであり、信ずるに足ることです。

生殺与奪の権を握る自然の大河は、轟々と流れ、真っ白な水しぶきをあげて岩に砕け散る。それが何かを語るようです。人を欺かぬメッセージに耳を傾けます。

何もアフガンだけが困っている訳ではありません。しかし、平和とは生きた力です。どんな事情にあっても、私たちを根底から支えるのは、そんな人の温もりと和やかさであって、批評や「情報」ではありません。まして暴力や政略は論外です。

日本も寒々とした状態が続いていると聞きましたが、これまでの温かい支えと、変わらぬご理解に感謝申し上げます。

良いクリスマスと新年をお迎え下さい。

ジャララバードにて

新年 

明けましておめでとうございます
と言うのがしきたりですので、一応申し上げさせて頂きますが、
何とも気の重い新年となりました。
安倍政権は選挙で信認されたのだから、これからは原発新設もする。
と言っているようですが、選挙の時自民党の代議士は原発は止めますと言っていたものが大部分だと聞きます。
それでも自民党が勝ったら、原発推進が国民に容認された事になるのでしょうか?
自民党はTPPも慎重にと言っていたけれど、参加しないと言ったわけではないという事で、結局参加する事にしてしまうのでしょうか?

私は東日本大震災の直後には、震災復興の国債を出して復旧に努めるべきだと思っていたのですが、
自民党等野党は子孫に付けを残さない為とか何とか言って、復興国債を出す事に反対して、震災復興増税を決めてしまいました。
それなのに、今頃になって景気回復のため200兆円の日銀引き受けの国債を発行すると言っています。
それも消費税を上げる為には、景気回復が必要だからという理由を聞くと、
財政健全化の為に消費税を上げると言っていたのに、その消費税を上げる為に財政を更に悪化させる国債を発行しようとしているのですから、
詐欺師だってこんな嘘は恥かしくてつかないだろうと思われるくらいに、無茶苦茶な言い草です。

「日本は壊されようとしている」というのは本当なのかもしれません。
日本が滅びる前にアメリカが滅んでくれたら・・・・・なんて、私ははかない望みに希望を託していたものでしたが、
「人を呪わば穴二つ」という事ではなく、
アメリカのフィクサーが、日本に余力が残っている段階で、日本より先にアメリカを潰すわけがなかったのでした。
アメリカも近い将来潰さざるを得ないところまで来ているけれど、
行きがけの駄賃に、日本人の溜め込んだ財産を総て奪い取ってから、アメリカを潰そうと考えているのでしょう。
アメリカを潰すも潰さないも、フィクサーたちの腹一つです。
だって彼等はアメリカから様々な形で吸い上げた莫大な資金を、懐に納めているのですから。

アメリカが終わったら次は中国でしょうから、
日本が中国と戦争を始めるように仕向けるとしても、彼らが中国を潰させる事は絶対にないと思われます。
安倍総理が本気で日中戦争を考えているのだとしたら、究極の壊国内閣と言えるでしょう。

色々と心配事はありますが、今の日本はアフガニスタンと較べたら、比べものにならないくらいに恵まれています。
ペシャワール会の新しいDVD「アフガニスタン 干ばつの大地に 用水路を拓く」が届いたので、早速見たのですが、用水路を創ると言うのは水路を創るだけではすまないのだという事を、今頃になって初めて認識し、その工事の大変さに改めて驚かされたのでした。

私は大河から水を引く時に、水門と水路を創ったら自動的に、水が入るのかと思っていたのですが、
水を導きいれる為の堰を創らねばならないのですね。
クナール河は大陸を流れる河ですから、川幅も広いし大変な水量です。
其処に土木工事についてはずぶの素人の中村医師は、堰を作るために試行錯誤を繰り返し、
現地の人も一生懸命協力して、堰を作ることに成功します。

マルワリード用水路は、用水路を掘るところから始めましたが、
近隣のカマ郡には水の道はあるのだけれど、水を引き込む為の堰が駄目になってしまい、水が引き入れられなくなっていて、干ばつで故郷を捨てて難民になるしかないというところまで来ていたそうです。
カマ郡から「毎年自分達で木を買ってきて堰を造っても、すぐに流されてしまい、どうにもならなくなって、村は今離散寸前にある。何とかペシャワール会で堰を造ってもらえまいか」と頼まれて、
中村さんは快く引き受けられたようです。
取水堰を造るのは大変難しい工事なのに、その年の植え付けに間に合わなかったら、村人は難民になるより他ない所まで来ているという事で、皆で必死に頑張って短い期間に堰づくりに成功し、20万人ほどの住民が農地を捨てずに済んだそうです。

用水路から水を得ることが出来る様になって、普通に農業が出来る様になった農民が、喜々として働いている姿を映しておられました。
その嬉しそうに働く大人や子供の姿を見て、初めから水に困らないで農作業をしたり、手伝いをさせられていたのだったら、大抵の者ががキツイキツイと愚痴を言いながらいやいや働いて、こんなに喜々として働く事はなかったのだろうなと思いました。

そういう喜びを得るために天は、この世に厳しい環境が生まれる事をも、許しておられるのかも知れないと思いました。

しかしながら、中村さんの菩薩様のような愛業も、
干ばつと戦争に見舞われて、苦しみの最中にある人々のご苦労も、並大抵のものではないでしょう。

しかし、苦労を承知で冬のエベレストに登る人もあることですし・・・・・

ペシャワール会の会報を見て 

自然とは人の運命をも支配する摂理である――2011年度現地事業報告

ペシャワール会報112号を読んで、感激した。
12年に及ぼうとする戦乱の地アフガニスタンで、ここまでの事業を成し遂げる事がどれ程大変な事であったか!
たった一人の日本人の熱意が大勢の人々を動かして、砂漠を緑の地に変えた。
難民になるしかなかったかもしれない人々が、中村さんの創られた用水路のお陰で、農地を耕す事が出来る様になったのであった。

用水路の完成後も、洪水や渇水に相次いで見舞われ、用水路の補修工事や取水方法の計画変更等、中村さんを待っている仕事は後を絶たない。
その上、中村さんの用水路で水に恵まれた集落と隣接する、周辺集落の住民の嫉みから争いが起きたりと、中村さんの仕事は次々に出来てくる。
その上本業の病院事業もある。
政府はハンセン病対策の出来る唯一残った病院として、中村医師にハンセン病患者の受け入れを依頼してきているそうである。

何から何まで、必要不可欠な事ばかりで、度外れて愛深い中村医師にはどれも放って置く気にはなられないのだろう。それらの対策に真摯に向かって、解決策を模索し、着実に実行に移しておられる。

古代日本に行基菩薩が施して下さったという溜め池等の数が異常に多いので、私は「全部が全部行基さんが関わられた分けではないのかもしれない」等と疑いの目を持っていたけれど、
中村さんのしてこられた事を見せて頂いて、
今は行基菩薩の手になると言われている、溜め池等の施設は本当に行基菩薩が住民に協力させて作られたものなのかも知れないと思えてきた。
現代の行基菩薩とも言える中村医師の、現代文明への感想と思える文章をここにコピーさせて頂く。

■2011年度を振り返って
ペシャワール会の結成が1983年9月、現地活動の開始が翌年5月、「アフガニスタン」は日本から遠い存在だった。

当時、アフガン戦争(1979―89)とソ連軍撤退が一時的に世界を沸かせ、忘れ去られていった。その後の経過を回顧するのは、気が進まない。恐れた破局が確実に現実化してゆく過程は、人間の愚かさをたどるだけで、元気の出ないものである。

大国の利のために武力や謀略が横行し、無数の犠牲を出した。そして、犠牲の殆どが罪のない弱者であった。この愚行が正当化され、拡大して現在に連続している。信ずべき「正義」は死んだ。

怪しげな進歩発展を謳歌する時代は終わった。だが、今だに人がカネを使うのではなく、カネが人を動かしているように見える。一国が滅びようと、生命が犠牲にされようと、利のためならなりふり構わない姿は、自滅の道を驀進する恐怖の戯画だ。

そして、この破滅への運動は、容易に私たちを誘惑する。刹那的な繁栄で物欲が刺激され、人為の架空が独り歩きする。この「注文の多い料理店」にとどまる限り、表裏にある暗い不安も消えないだろう。

医学を含め、今日私たちに突きつけられている最大の課題は、「自然と人間の共存」である。私たちは自然を操作し、人の意に従えるよう努力してきた。それが文明の発展であり、豊かさをもたらす最善の道だと教えられてきた。

だが、アフガニスタンで見る限り、事態はそうでもない。自然とは人の命運をも支配する摂理であり、人の意識の触れることができない一線を画して厳存する。

私たちは荒唐無稽なカルト集団の考えを笑うが、時代が共有する迷信や倒錯から誰も自由ではない。近代技術が長足の進歩を遂げた今日、ともすれば、科学技術が万能で、人間の至福を約束するかのような錯覚に陥りがちではなかっただろうか。また自然を無限大に搾取できる対象として生活を考え、謙虚さを失っていなかっただろうか。自然はそれ自身の理によって動き、人間同士の合意や決まり事と無関係である。

大震災を経て、市場経済の破たんが世界中でささやかれる今、命はただ単に経済発展や技術進歩だけで守られないというのが、ささやかな確信である。

その一方で、新たな模索もまた、あらゆる分野で静かに始まっている。その声は今でこそ小さくとも、やがては人類生存をかけた大きな潮流にならざるを得ないだろう。

必要なものは多くはない。恐らく、変わらずに輝き続けるのは、命を愛惜し、身を削って弱者に与える配慮、自然に対する謙虚さである。現地事業がその思いに支えられる限り、恐れるものは何もない。

この一年間、立場を超えて人の温もりと良心に励まされ、無事経過したことを、感謝を以て報告し、12年度も更に力を尽くしてゆきたい。



続きに2011年度のペシャワール会の事業報告を載せさせていただきます。

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ペシャワール会 対岸のカシコートで新たな取水堰工事始める 

中村哲さんのペシャワール会は、マルワリード用水路の対岸にあるカシコートでも、灌漑用の取水堰の建設を始められたそうです。
2月7日、州政府、住民代表、PMSの三者が集まり、式場から500メートルほど離れた山腹で外国軍の空爆演習がされる中で、起工式は行われたそうです。
反政府勢力の出没する辺境の地に州の首脳が列席するのは異例のことなのだそうです。
普通なら暗殺を恐れて出て来たがらない州の首脳が、危険を冒してまで偏狭の地の行事に出席されたのは、
アフガニスタンで何かか動き始めたからなのでしょう。

ペシャワール会報111号より
(2012年4月1日)
 みなさんお元気ですか。今冬はアフガニスタンでも例年になく冷え、豪雪が高地を襲いました。

餓死や凍死の噂が絶えず、血なまぐさい戦が終末を思わせる状態を醸し出しています。
私たちは相変わらず、川沿いの工事です。まるで冷凍庫の中のような仕事で、寒風や冷雨にさらされ、鼻水を垂らしながらの毎日です。それでも、堰の造成で灌漑が成り、人々の笑顔を垣間見るのは、嬉しいものです。

昨年末のベスード第1堰(人口10万、2千町歩)に次いで、去る3月初め、ベスード郡のタプー地域(人口3万、1500町歩)の灌漑が成りました。何れもJICA(国際協力機構)共同事業の一環で進められていましたが、洪水と渇水による生活不安は甚だしいものがあったのです。
 しかし、これによってPMS(平和医療団日本)の取水技術は完成度の高いものとなりました。斜め堰と堰板を駆使した方式は、ようやく地域灌漑関係者の間で認められるようになり、努力は更に続けられます。

■小説よりも奇 ― カシコートとの縁
 現在の最大の関心は、何と言ってもカシコート地域の復活です。これまでしばしば触れてきましたが、同地とは不思議な因縁があります。古い会員の方なら、1993年の悪性マラリア大流行をご記憶でしょうか。あの時も、ソ連軍撤退に伴って大量の難民帰還があり、国際支援から見放された状態だったと思います。当時爆発的に悪性マラリアが広がり、多くの子供やお年寄りが犠牲になりました。

 最も死亡者の多かった地域のひとつがカシコートでした。18年前、2000名分の治療薬を携え、しらみつぶしに村々を回りました。でも同地域で最後の村に着いたとき、手元に残ったのは僅か50名分の治療薬だったのです。誰も死にたくはありません。普通ならパニック状態が起こります。実際、発足したばかりのダラエヌール診療所では、診察の順番を争う住民たちと一触即発、かなり緊迫しました。

 しかし、カシコートでは事情が違っていました。村会の指導者に話すと、重症者のみ50名を選抜し、治療を受けさせたのです。その時彼らが述べた言葉が忘れられませんでした。「こんな所に誰も来やしない。おそらく、あなた方が最初で最後でしょう。わしらは神を恨むほど不信心者ではありません」と、深く感謝の意を伝えたのです。

この「最後の村」が、何と私たちが取水堰の準備工事をしているサルバンド村だったのです。
サルバンドとは、パシュトゥ語で「取水口」という意味です。カシコート地域は20キロメートルに及ぶ川沿いの長大な地帯で、主幹水路の始まるのが同村です。これが年々荒れ果て、ただでさえ貧しい村々は、食にも事欠き、半分以上がパキスタン側に難民化したと言われています。

更に伝えたい因縁は、同村がPMSマルワリード取水堰の対岸だということです。対岸同士の確執はこれまで伝えてきた通りですが、昨年1月1日、大洪水で傷んだ堰の改修の最中、突然工事中のダンプや重機が拿捕される事件がありました。これは、カシコート側の主幹水路も洪水で流失し、同地域に壊滅的な打撃を与えていたからです。思い余った住民が、「せめてこんな時くらい、多少の助けを」と、強訴に及んだものでした。

当方としては、マルワリード用水路流域やカマ郡の工事の真っ最中、手が回らない状態でした。昨年10月になり、カシコート長老会が異例の謝罪を行い、救いの手を求めました。それほど追いつめられていたということです。

PMSとしても、マルワリード用水路保全のためには、堰対岸の協力が欠かせません。 それだけでなく、元来、このような地域こそが支援の対象となるべきです。窮した住民たちは、やむを得ず傭兵となり、危険な前線に立たされます。健全な生活ではありません。道義的な意味でも、カシコートを活動の最重要地帯と位置づけ、10月に和解し、工事を決定しました。

実際、ペシャワール会の支える「緑の大地計画」でカシコートは筆頭に挙げられており、ここに画竜点睛ともいうべき計画が始動しました。
■難攻不落のクナール河
しかし、話は美談でも、実際の工事となると別です。これがまた、今までにない難攻不落の地形、戦の方がよほど楽だったと、正直ひそかに思いました。相手は巨大な暴れ川です。大洪水の爪痕が生々しく、取水堰予定地から約1500メートルは、洪水で破壊され、河道が大きく村に進入しています。

主要河道の変更や護岸工事なしに、堰の建設は不可能です。相当大がかりな難工事を覚悟せねばなりませんでした。それも迫りくる増水期前に主な工事を終えないと、秋に予定した取水堰・主幹水路の工事は流れてしまいます。相当に緊迫しました。河は、敵対や和睦もない代わりに、容赦もしません。嘘もない代わりに、人の言葉が通じません。それ自身の理によって動きます。

要するに、人間界の都合と全く無関係な世界を相手にするということです。特に取水堰は、自然と人為との危うい接点です。いったん取り込んだ水なら、かなり意のままに利用することができます。でも河の水は、そうはいきません。

古今東西、人が様々に工夫を凝らし、一定の必要水量を得るべく、営々たる努力が重ねられてきました。 かつて為政者の関心は治水でありました。それは元来、「人が立ち入れない領域であっても、触れなければ生きられない」という真剣な意味を帯びていたと思われます。人柱を立て、神仏に祈ったのも、そのような事情からでしょう。

■異例の州政府協力
2月7日、州政府、住民代表、PMSの三者が集まり、起工式が行われました。これも異例づくめで、反政府勢力の出没する辺境に州の首脳が列席するのは初めてでした(普通なら暗殺を恐れて出てきません)。この背景には、PMSの水利事業の重要性が知られ始めたこと、政府・反政府という政治地図を超えて、アフガン人内部で何かが動き始めたということがあります。建設的仕事を介して人々が和する助けとなるなら、PMSとしても喜ぶべきことでありました。

この日は、式場から500メートルほど離れた山腹で外国軍の空爆演習が派手にありました。住民を威嚇しているのです。みな眉をひそめて「危険な演技」に怒りを隠しませんでした。その中での式典は、何か象徴的なものがあるように思えました。

■サルバンド村の銃撃と青空教室
2月15日、「危険な演技」は度を超え、女子学童に米軍ヘリが機銃掃射を加える事件が発生しました。作業現場から遠くないところに学校があり、百数十名の女子生徒は、まだ教室がなく、野外で黒板を囲んで学んでいます。ヘリコプターは超低空で飛来し、子供に襲いかかりました。12名が重軽傷(うち重症6名)、機銃弾が「教室」の石垣を跳ね、その破片で負傷したものです。

折から外国兵による「コーラン焼却事件」で、アフガン中が騒然としていました。PMS側は直ちにケガ人の救援活動を行いました。その際に、学校の教師や父兄たちが、女子学童のための教室建設を懇請しました。
この状態で野外の学習は危険です。青空教室が悪い訳ではありませんが、木陰もない岩石沙漠、厳寒酷暑の中、まともな学習ができるとは思えません。その上、機銃掃射の餌食となるとあっては、たまったものではありません。

PMS側は大いに同情し、用水路工事が山を越える時点で、女子教室の建設を約束しました。サルバンド村側は表面上沈黙し、善後策が話し合われています。これによって、PMSを除き、カシコートに外国人が入れなくなりました。こうした事件はアフガン中で日常的に起きています。堪忍袋の緒が切れたアフガン人将兵が外国兵を銃撃したり、狂った外国兵が民間人を殺したりする事件が相次いでいます。

かくて、あらゆる意味でPMS最後といえる、大きな挑戦が始まりました。折しも、アフガン空爆に次ぐ復興ブームから10年、見渡せば、外国人の姿が周辺から再び消えました。戦は秩序を乱し、建設的な支援を困難にしてしまいました。

しかし、平和とは、この中でこそ輝くべきです。それは積極的な力であると共に、戦争以上の忍耐と努力が要ります。最近、古参の職員たちが、しみじみと語ります。

「あれから10年、わしらはちっとも変わらないのに、周りは忙しいこった」

河が変わらず流れるように、私たちの仕事も続きます。血なまぐさいニュースが多いですが、この中にあっても、人々の幸せを願い、少しでも良心的に生きようとする者も少なくありません。そうした人の温かさこそが、かろうじて世界の破局を防ぎ、私たちをつないでいるのだと、最近考えます。日本自身が困難に直面しているにもかかわらず、変わらぬお支えに感謝し、私たちの活動が明るい希望を共有できるよう、力を尽くしたいと思います。
平成24年3月
ジャララバードにて。

アフガニスタンへの援助金は生きた援助に! 

昨夜のNHK教育テレビETV特集で「アフガニスタン・医師中村哲の挑戦▽武器ではすくえない▽農地を再生させた命の用水路▽砂漠に村」という番組を見ました。
日本はアフガニスタン復興の為に約5000億円の支出を約束しているそうですが、そのお金を何に使うかまだ決まっていないそうです。
中村哲さんの作られた用水路は、税金は全然使われていないけれど、確実にアフガニスタンの用水路沿いの人々の命を救う働きをしています。
かさかさに乾いた、見るからに不毛な土地が今はみずみずしい緑に覆われて、収穫を喜ぶ人々の笑顔を見たら、中村さんが確実に現地の人のために働いてこられたことが分かります。
アフガニスタン人の大男で容積にしたら中村さんの倍も有るかと思われるような人が、中村さんを抱き上げて親愛の情を示し、その場の人々が笑いに包まれている情景に、彼らの感謝の念が伝わってくるようでした。
以前読んだものに、アフガニスタンの人の一人が「中村先生と日本人に感謝します。」と言うようなことを言っておられたということが書いてありました。
私はアフガニスタンのために何一つしてあげてはいないけれど、中村さんのお陰でアフガニスタンの人々に、日本人の一人として感謝されているのだと思うと、私も中村さんに感謝したくなりました。
海外で活躍しておられる大勢の立派な日本人のことを紹介している番組がありましたが、
こうやってがんばってくださっておられる日本人のお陰で、私達日本人はどれほどの恩恵を受けていることでしょう。(逆の場合も有るのかもしれませんが・・・・・)

政府はアフガニスタンの人々で、
これまでは軍閥に雇われるしか食べていけなかったような人々が、
自分で食べ物を生産することが出来るような施策を創って上げる様な、
本当の援助に日本国民の税金を使ってほしいものだと思いました。
カンベリ砂漠2009・8
昨年8月最後に通水したカンベリ砂漠(2009・8)
カンベリ砂漠2010・7
試験的に植えられたカンベリ砂漠の稲(2010・7)

ペシャワール会のDVD発売される 

少々旧聞ですが、ペシャワール会の苦闘の記録の、DVDが発売されるそうです。
以下、西日本新聞を写します。

荒野に緑 「命」の記録 アフガン用水路 近く完成 苦闘の歩みDVDに ペシャワール会2009年7月29日 14:20  
30年に及ぶ戦乱と干ばつに苦しむアフガニスタンの難民を支援している非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)が同国東部で2003年から建造してきた全長約24キロの農業用水路が近く完成する。善意の寄付金と汗で成し遂げる難事業。同会は用水路完成までの歩みを記録したDVD「アフガンに命の水を ペシャワール会26年目の闘い」を作り、販売を始めた。益金をさらなる支援に役立てる。

 DVDは01年9月11日の米中枢同時テロ後のアフガンで米軍の空爆が始まった中、現地で貧困層に食糧を配給するスタッフの活動なども含めた過去10年間の映像を56分間にまとめている。用水路の建造も同時テロ後の危険な環境で敢行された。

 DVDには、土木工学の知識がない同会現地代表の中村哲医師(62)が高校の教科書で独学して穀倉地帯の再生計画をまとめる経過や、人々が乾いた大地で1500本もの井戸を掘り、用水路建設に汗を流す姿が刻まれている。

 限られた資金の中、用水路の護岸建設には筑後川の伝統的工法を採用。針金で作ったかごに石を詰めて積み上げ、地雷から抜き取った火薬を掘削工事の爆薬に転用した。

 建設中には悲劇もあった。昨年夏、スタッフの伊藤和也さん=当時(31)=が武装グループに殺害されたが、中村医師たちは現地にとどまって工事を継続。現地は今、気温50度を超す猛暑に見舞われているが、ついに最終段階を迎えている。

 DVDについて、同会の福元満治(みつじ)事務局長は「戦乱と干ばつで荒れた農村に平和を取り戻す闘いの記録。現地の喜びを映像で伝えたい」と話す。

 同会によると、用水路の建造で、傭兵(ようへい)や難民にならざるを得なかった人々を延べ60万人雇用でき、3000ヘクタールの田畑がよみがえり、15万人が暮らせるようになったという。

 DVDは、中村医師が西日本新聞に寄せた文章などを収録した小冊子付きで2625円。ナレーションは俳優の菅原文太さんが無償で引き受けた。送料不要。申し込みは同会=092(731)2372。    ×      ×

 ■ペシャワール会

 1983年、パキスタン北西辺境州で貧困層のハンセン病治療をし、79年の旧ソ連侵攻で生じたアフガニスタン難民も治療する中村哲医師の支援組織として結成された。会員数約1万3000人。寄付金により同州やアフガニスタンで複数の病院や診療所を運営している。受診者は延べ100万人を超える。中村医師は2003年、アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞(平和・国際理解部門)を受賞した。

=2009/07/29付 西日本新聞夕刊=

追記
[紹介]医者、用水路を拓く--
アフガンの大地から世界の虚構に挑む 

アフガニスタンの農業用用水路完成する 

京都新聞の一面に、アフガニスタンの大勢の人々が喜び合っているが写真載っていた。(ネットにもこのニュースがありました。もう一つ)
「希望の水路 遺志実る」と言うタイトルで
ペシャワール会の伊藤和也さんの遺志をつぎ、アフガン人らが今月、全長約24キロの農業用水路を完成させ、通水を喜んだ。と言うものであった。
アフガニスタン戦争が長引いているので、ペシャワール会のあの用水路も、爆弾で壊されているのではないかと心配していたので、この記事で水路の完成を知り、私もとても嬉しかった。

しかし、現地ではタリバンが攻勢を強めているので、現地スタッフは今も脅迫を受けており命の危険にさらされていると言う。
ペシャワール会の現地代表の中村哲さんは、今一時的に福岡に帰っておられるけれど、
秋にもアフガニスタンに戻られるので、その時に用水路開通の記念式典を開く予定とのことである。
長い年月をかけて現地の人と共に、現地の人の為に、最後の方はそれこそ命がけで、用水路を作ってこられた、ペシャワール会の方々に、心からの拍手を送りたい。
そしてこんな人々がある一方で、無暗に爆弾を打ち込んで、人々から生活の手段も何もかも奪っていく、戦争と言うものの理不尽さに戦慄させられる。

一日も早いアフガン攻撃の終結が祈られる。

追記
インターネットに、このニュースが載っていると言う事を知らなくて、
新聞記事のまま、中村哲さんが秋にアフガニスタンに戻られてから、開通式をされると書きましたが、8月初めに通水式を中村さんがされたと言うことでした。
お詫びして訂正します。

伊藤和也さん拉致殺害事件 

本当に残念なニュースが、昨日事実であると確認された。

「外国人追い出すため」と実行犯 伊藤さん拉致
 【ジャララバード(アフガニスタン東部)28日共同】アフガニスタン東部で日本の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(本部・福岡市)の伊藤和也さん(31)=静岡県掛川市出身=が武装グループに拉致され死亡した事件で、身柄を拘束された実行犯2人が捜査当局の調べに「アフガンの治安悪化を印象付けて、外国人を追い出したかった」と供述していることが28日、分かった。地元高官が明らかにした。

 身代金目的との見方も強く、当局は拉致などの動機についてさらに詳しく追及し、逃走中の犯行グループ3人の捜索を継続。反政府武装勢力タリバンは伊藤さんを殺害したとし「すべての外国人がアフガンから出るまで殺害を続ける」と主張しているが、実行犯とタリバンとの関係は分かっていない。

 一方、ペシャワール会の中村哲現地代表は28日朝、アフガン入り。ジャララバード経由で拉致現場となったブディアライ村に向かい、同日午前11時(日本時間午後3時半)以降に行われる地元の葬儀に参加する予定。

2008/08/28 09:52 【共同通信】


ペシャワール会の中村哲さんは、私の母校(福岡高校)の同窓生で、マスコミで取り上げられる以前から、同窓会誌でそのご奮闘を知っていただけに、今回の事件は、他人事ならず残念でなりません。
現地の人にも信頼されておられた協力者がこんな事になってしまって、
ペシャワール会の代表として、中村さんはどんなにかお辛い事でしょう。

でも現地の人のために骨身を惜しまず、命の綱の水道工事を何年もかかって、現地の人と共に作り上げた中村医師のペシャワール会にしてこうなのですから、今のアフガニスタンに外国人がいると言う事自体が、現地の人の心を逆なでする事なのかもしれないという気がします。

9.11事件の後、ビンラディンが居たらしいと言うだけで、アメリカの攻撃を受け、延々7年間もその軍隊に居座られ、殺戮の巷にされ続けているアフガニスタンの人にしたら、
外国人が諸悪の根源にも見えて来ても仕方ない事かもしれません。

折角のペシャワール会の手助けを、こういう形で終りにされてしまって、共に働いておられた現地の方々も残念だったと思われます。
1000人もの方々が、この伊藤和也さんの捜索に自発的に参加されたと言うニュースに接した時、伊藤さん及びペシャワール会が本当に、現地の人のために働いておられたと言う証明を見たような気がしました。

今はアフガニスタンから1日も早く外国の軍隊が引き揚げて、平和が取り戻されるよう祈るばかりです。