Dendrodium ペシャワール会

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「他に方法がなければやる それで失敗すれば神の思し召し」 

ペシャワール会報が届きました。
ISがジャジャラバード南部に集まろうとしているというような情報(こちら)を見たりして、ペシャワール会は大丈夫だろうかと、ちょっと心配していたのですが、
ペシャワール会の灌漑事業が行われている地域は、相変わらず大洪水に苦しめられてはおられますが、
現地の人一丸となって、どんな試練にも弛むことなく、生きるための戦いを続けておられるようです。
以下 中村哲さんの味わい深い現地報告をうつしてみました。ご覧頂けたらと存じます。

予期せぬ洪水に、迷いなく全力投入
――技術を絶対視せず、忍耐を重ねて自然と共存


堰が機能停止

皆さんお元気でしょうか。
現在マルワリード用水路のさらに下流にある「ミラーン堰」(灌漑面積1100ヘクタール約4万人)の建設に忙殺されています。着工から1年、今春までに、取水口近傍の村落を保護する堤防をかろうじて築き。臨時の取水堰を作りましたが、予期せぬ洪水で地形が変わり、大幅に設計を変えています。
今年2月の「真冬の大洪水」の突発。7月の熱波に続く集中豪雨で堰が機能を停止、予想を超える大きな工事になっています。他方で干ばつはなお進行中、飢餓人口が増え続け、国民の4分の1の460万人以上が飢餓線上にあると言われています。PMSでは、「戦いより食糧自給」を掲げ、灌漑設備の充実による飢餓対策を各方面に訴え続けていることは、これまで報告してきた通りです。

大洪水と地形変化

しかし、大河を相手の仕事は、計画通りに進まない事のほう多く、自然は制御できない事を思い知りました。
クナール河沿いの作業地は、急流の大河です。問題になってきた新局面は、洪水流に伴う砂州移動や河道の変化でした。
技術的には、昨年度に竣工したマルワリード=カシコート連続堰の完成度が高く、「現状では適正技術」と宣言し、「PMS方式(斜め堰)の拡大による農村救済」を提唱した矢先でした。そこに今回の災害です。一筋縄ではいかぬことが分かり、出鼻をくじかれた思いでした。これでは「緑の大地計画」が掲げるモデル地域が、モデルでなくなってしまいます。
八月の第2波の大洪水で3km上流に分流が発生すると,作業地では7月の第1波で溢水寸前まで迫った河の水位が一転、今度は異常に低くなり、一時は流域の渇水さえ危惧されたのです。
一年前の着工時は、侵食される村落を目前にしつつ、堤防3km護岸工事で精力を使い果たし、堰造成を楽観視していました。そこに来た大洪水と地形変化はさすがに絶望的で、まるで底なし沼に引き込まれたようでした。ミラーン堰をめぐる一連の建設過程で、世界観が変わってしまったようにさえ思われました。
だが川の流れは、そんな人間の感情など頓着しません。次々と新たな対応を迫ってきます。既設の取水口や護岸線も、あちこちで緊急の改修を余儀なくされました。営々と築いてきた取水堰の、流域60万農民はどうなるのか。その思いと気迫だけが皆の胸の内に生きていました。

不思議なほど迷いなし

そうするうちに秋が来ました。水が引いた状態で、濁流に覆われていた河川敷が露わになると、変化した河道や砂州がくっきりと見えます。やっと再設計の測量が始められたのは、9月も下旬のことでした。
その結果堰造成は、予定した堰幅200mから450mに延長、3つの砂州にまたがる大工事となりました。その上に、上流の措置、既設の各取水口の改修、マルワリード用水路・沈砂池の債権などを余儀なくされています。
それでも、果たして出来るのかという迷いは、不思議なほど現地にはありません。「他に方法がなければやる。それで失敗すれば神の思し召し」という達観があるからで、膳のうち農民が祈る中、粛々と仕事が進められています。

自治性の伝統

なかなか伝わりにくいのは、アフガン農村に国家管理を拒む自治性が強く、政府の側でも公共事業をまともに執行できる予算や組織がないことです。支配も受け付けない代わりに、地域の事は地域自ら行うという体質です。
取水堰は日本の近世に完成した「斜め堰(福岡県朝倉市)」の構造を取り入れ、現地風に焼き直したものですが、おそらく200年以上の昔、基金や一揆が日常であった時代、わが国の農村も似たような状況であったろうと想像しています。知れば知るほど先人たちの知恵と忍耐に驚かされます。
その偉さは堰の設計と工事を自ら行ったというだけではありません。改修を村民自らが行い、用水路という自らの生命線を200年以上、維持してきた事です。
とすれば、私たちも似たような苦労をたどっていることになります。一時帰国時に、山田堰土地改良区や河川・灌漑方面の厚意で、改めて土砂吐きの構造を見学できました。細かい点は割愛しますが、見事です。土砂堆積を避け、上下流に影響を与えない工夫がちゃんと凝らされています。
しかしそれ以上に、「壊れなければ強くならない」という、地域に遺された言葉は、胸を刺すものがあります。技術を絶対視せず、自然の中で人間の分を弁え、忍耐を重ねて共存していく事です。近代で置き去りにされた先人の謙虚な逞しさが、ここにあります。この点こそが、はるかアフガニスタン東部の農村事情と直結氏、水利施設を維持して強度を護る力になるのだと思いました。

生きるための戦い

かくて川沿いの寒風を衝き、工事は続けられています。私たちが掲げるのは、生きるための戦いです。巷ではテロや空爆、難民の噂が絶えませんが、私たちは「対テロ戦争」などという、おぞましい戦列には加わりません。それこそが果てしない暴力の応酬を生み出してきたからです。
水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。内外で暗い争いが頻発する今こそ、この灯りを絶やしてはならぬと思います。
今年もいろんなことがありましたが、変わらぬ温かい祈りと支援に支えられ、現地は希望をもって歩んでいます。困難な事情にもかかわらず、ここまでこれた事を感謝します。日本も大変ですが、どうぞ工事の成功をお祈りください。
良いクリスマスと正月をお迎えください。

2015年12月 ジャジャラバードにて

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ペシャワール会報を見て 

昨日ペシャワール会の会報が届きました。
アフガニスタンは毎年のように洪水に襲われているようですが、
今年の夏の洪水は、例年になく激しいものだったと書いておられました。

アフガニスタンも厳しい気候が続いており、
農地の乾燥化で農業生産が急速に減少して来て、
飢餓人口は2000年の調査で400万人だったのが、
2014年は760万人に増加しているそうです。

洪水と干ばつの連続で、農地が荒れ果て、
農業が出来なくなって生活の道を絶たれた農民層が、
家族を養う糧を求めてIS(イスラム国)の勢力下に入り、
その範囲は今やナンガハル州の3分の2を覆うまでになっているそうです。

干ばつ地帯と紛争地域の分布が完全に一致しているのだそうです。
そして、干ばつと紛争の相乗効果で犠牲が増加しているのだそうです。

この負のスパイラルによる紛争を解決する為には、
武器でIS等の反乱軍を撲滅するより、
治水工事で国民が飢えずに済む為の対策をする方が余程有効と思われます。

それなのに、安倍総理率いる日本は、
積極的平和主義等と言って、アメリカの戦争に参加する為の法整備をしています。

中村さんは現地から見た日本に付いて書いておられます。

現地からわが国を見ると、絶望的な気分に襲われます。
字面を弄る非平和的・非現実的な主張は哀しく、さすがに呆然とします。


中村さんがどんなにガッカリされたか想像に難くありません。

折角憲法9条があるのですから、
日本は本当の意味での積極的平和主義を貫いてほしいものですね。
恒産恒心ではありませんが、
積極的平和主義とは、皆がまじめに働く気さえあれば、飢える心配のない社会を、
維持したり、立て直したりする事ではないでしょうか?

善意が善意を呼んで大きく育とうとしているペシャワール会の活動 

アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が福岡県の農業用取水口「山田堰」を視察 という記事を書いた時私は、アフガニスタンの農業大臣の来日に日本の外務省が関わっているとは夢にも思わないでいたが、
昨日来たペシャワール会会報を見て、
アフガニスタンの農業復興大臣を、日本に招待したのは、
日本の外務省だったと知った。
日本各地の訪問後、山田堰見学はアフガン政府のたっての希望だったそうである。

私はうっかりして知らなかったのだけれど、
PMS(ペシャワール会)とJICA(日本国際協力機構)とは、4年前から共同事業を開始していたのだそうである。

中村医師はこれ迄いちNGOとして、アフガニスタン東部に灌漑事業と農業復興モデル地区を作って来られた。
それをアフガニスタン全土に拡大する為に、JICAとの共同作業をする事にされたらしい。
このたびのPMS方式に対するアフガニスタン政府と日本政府の認識と評価によって、
アフガニスタン全土での将来的な展開が、現実的な視野に入ってきたといえるのかもしれない。

と、事務局便りにある。

クナール河と較べて規模こそ小さいけれど同じく暴れ川の筑後川に、
1790年に創られた山田堰は、
1953年の大水害にも流出しなかったそうある。

その山田堰を手本にアフガニスタンの用水路の取水堰を作られた中村医師は、
試行錯誤の末にマルワリード=カシコート連続堰を創られた。
その堰はその規模と設計の素晴らしさから、「中村方式」と命名されたそうである。

地道なペシャワール会の活動がアフガニスタン政府を動かして、
アフガニスタンでは国策として、中村方式の灌漑事業に取り組む事になったそうである。

善意が善意を呼んで、善意が広がる話は気持ち好いものである。
アメリカ政府も人を苦しめる武器の輸出等に精出さないで、
人の為になるものだけを開発していたら、、
今日のような覇権の危機で、気を揉まなくて済んだだろうに・・・・・

「戦争をする時間があれば食料を作れ」by中村 哲 

ペシャワール会:アフガン支援活動報告 16万人、生活可能に 用水路27キロまで完成 /福岡
毎日新聞 2015年06月07日 地方版

 アフガニスタンで復興支援を続けるペシャワール会の現地活動報告会が6日、早良区西新6の西南学院大チャペルであった。現地代表の中村哲さん(68)が、約200人を前に全長27キロまで完成した用水路について報告した。

 中村さんは、アフガニスタンでは温暖化の影響で2000年夏から大干ばつが起きており、世界保健機関(WHO)は人口約2000万人のうち100万人が餓死すると予想していることを説明。この事態などに対処するため中村さんたちは用水路の整備に尽力してきた。

 気温50度を超える砂漠での作業は1日数十人が倒れたものの、現地の人間は諦めなかったという。江戸時代に朝倉市の筑後川で使われた取水技術によって、季節ごとに欲しい量の水を供給できるようになり、16万人が生活が可能になったと説明した。

 中村さんは「彼らの願いは、1日3杯の飯と、古里に家族と一緒にいれる事だけ。用水路が完成した時、最初に言ったのは『これで生きていける』でした」と紹介していた。【尾垣和幸】



「戦争をする時間があれば食料を作れ」 ペシャワール会の中村氏が講演 [福岡県]
2015年06月07日 01時47分
 アフガニスタンで活動している福岡市の非政府組織ペシャワール会は6日、同市早良区の西南学院大で活動報告会を開いた。現地代表の中村哲医師(68)は、国会審議中の安全保障関連法案を踏まえ「集団的自衛権は言葉のまやかしで連合軍に参加する権利のこと。私は現場で身に染みてそれを知っている」と持論を述べた。

 中村医師は、2003年から戦乱と干ばつに苦しむアフガン東部で用水路建設に取り組んできた。会場の約200人を前に「戦よりも食料自給。戦争をする時間があれば、食料を作れと言いたい」と強調した。

 現地の取り組みについて「住民の願いは1日3度食べられ、故郷で安心して家族と暮らせること。その願いがエネルギーになった」と説明。建設中の用水路事業を2020年までに完成させ、活動をさらに広げていくことに意欲を示した。

=2015/06/07付 西日本新聞朝刊=


ペシャワール会の用水路建設の取り組みで16万人が生活可能になったと言う。
という事は、ペシャワール会が用水路建設をしなかったら、
この16万人もの人々が生きて行けなかったという事なのである。
何と尊い取り組みだろう!

旱魃で生活出来なくなっていたアフガンの人々にとって、
「願いは、1日3杯の飯と、古里に家族と一緒にいれる事だけだった」と言う。
それを可能にする用水路の完成で「これで生きていける・・・・・」なのである。
最後の最後に人が求めるものは、これなのではないだろうか?

やる気のある人が本気でやったら、日本人のほんの一部の人の寄付金だけで、これだけの事が出来るのである。
それなのに今の世界の指導者(国)の主な取り組みは、
新たな難民を作り出す戦争ばかり・・・・・

今国会で審議されている戦争参加可能化法案は、
そんな戦争に走狗としてでも参加したいと言う安倍総理の、絶っての願を実現させる為のものなのだから論外である。

日本人としてペシャワール会の中村哲医師は、世界に誇れる方だと思うのだけれど、
最近殆どニュースに載せられる事がなかったので、
今日この記事を見つけて、嬉しさの余りコピーさせて頂いた。

「戦争をする時間があれば食料を作れ」と私も言いたい。

アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が福岡県の農業用取水口「山田堰」を視察 

江戸期の堰、アフガン大臣も注目 農村復興で福岡視察
2015年3月27日 12時29分
 アフガニスタンのナシール・アフマド・ドゥラニ農村復興開発大臣が来日し、27日、福岡県朝倉市の筑後川で江戸時代から使われている農業用取水口「山田堰」を視察した。福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」がアフガン東部に建設した取水口のモデルとなった堰で、「農業振興策の参考になれば」と大臣が視察を望んでいた。

 ドゥラニ大臣は、ペシャワール会の中村哲・現地代表の案内で山田堰周辺を歩き「30年間の戦乱でインフラが破壊され、干ばつも続いており水管理は重要課題。筑後川は地形が似ており、十分現地に適用できる」と感心していた。 (共同)


ペシャワール会の中村哲さんは遂に、アフガニスタンの大臣を山田堰見学に来日させるまでになっておられる。
マルワリード用水路を掘る事を決められた頃には、
用水路作りに従事した現地の人々は日当を貰えるから協力してはいても、
用水路を利用できる日が来ると思っていた人はあまりなかったそうである。

用水路は水路を掘るだけでは完成ではない、
流れのきつい大河から、丁度良い量の水を引き込む事の出来る取水口と、取水堰創りがどんなに大変なことであるか。
その上、例え取水口取水堰作りに成功したとしても、
ちゃちな取水口や取水堰では、洪水が起きたら忽ち流されてしまう事を、
現地の人々はいやと言うほど経験しておられたから、
素人の中村医師が、用水路作りに成功されるとは思えなかったのだろう。

しかし中村医師は何度洪水に流されても諦めることなく頑張って、
マルワリード用水路だけでなく、
近隣の使えなくなっていた用水路まで、
修理したり復元したりして、何十万人もの農家の人々に、水・農地を取り戻して上げられたのだった。

中村哲さんの素晴らしい所は、
用水路を掘るとき将来もし壊れても、現地の人が自分たちの力で修復できるようにと、
セメントで固めた護岸などにはせず、
江戸時代の工法・蛇かごを用いて用水路の護岸工事をされた事だと思う。
取水堰も現地の山から取ってきた巨岩を積み上げて造ってあるから、
洪水で流された時にも、現地の人々が修復する事が可能である。

中村哲さんは江戸時代に作られた筑後川の山田堰を参考にして、堰や取水口を造られたそうであるが、
現地の写真を見せていただくと、その規模の大きさに驚いてしまう。
土木工事には素人の医師が、ここまで大規模な工事をやろうと考えるられるだけでも驚くような事なのに、
中村さんはそれを実行し完成されたのだから、
アフガニスタンの農村復興大臣が山田堰を見てみたいと思われる位に、
現地の人々を驚嘆させたのだろう。

中村さんは医療で寄与する為にペシャワール会を立ち上げた方で、
医師が本業であるのは周知の事だから、
土木事業には素人の中村さんに、用水路を完成させる事が出来るとは思えなかったのも当然だと思われる。
それが見事に用水路を完成させられただけでなく、
取水堰を何度も洪水で流されながらも、諦めることなく何度も修理して再生させ、
段々と流され難い堰を開発して行かれた。

それまでは敵対していたカシコートの取水堰まで造って上げ、
次々と近隣の取水堰を新設したり修理して、
周辺の農村の再生になくてはならない人となっておられる。
ペシャワール会報121号より アフガン東部の干ばつの現状と対策

中村さんは用水路を造って上げる時に、
将来壊れてもアフガニスタンの人が自分たちだけで、修理出来る様にと考えて江戸時代の工法を採用しておられる。
ペシャワール会は農作物の開発にも力を注いでおられるが、
ペシャワール会は農作物の種を最初は分けてあげても、
その後は各家の畑で取れた作物から自然に出来る種を使える作物をすすめておられる。
当然の事ながら、種の代金を毎年徴収する事など考えてもおられない。

モンサント等のアグリビジネス業者は、
お金を出して買わねば、種が手に入らない仕組み作りを目論んで、
体に害があるかもしれない遺伝子組み換え植物を研究開発し、
アメリカの政治力を利用して、各国の農家に栽培するよう強制してきた。

この遺伝子組み換え植物では、
農家は畑で実った実(種)を植えても芽が出ないので、
毎年種苗業者から種を購入する必要がある。
そしてその遺伝子組み換え植物だけは枯らさないが、
雑草は総て枯らすので除草の手間が掛からないという事で、専用の除草剤も買う事になっている。

モンサント等のアグリビジネスは、一度農家に遺伝子組み換え作物を作らせたら、
以後毎年、種子・除草剤・殺虫剤・化学肥料等の販売で、
年貢のように農家から半永久的に利益を得る予定だったようである。

しかし、遺伝子組み換え作物の健康への影響も取りざたされるようになるし、
強烈な農薬の所為で、土地は急速にやせて行くことも分かって来て、
世界中の農家に強制して来ていた遺伝子組み換え作物は、
今、世界中で拒絶反応を起こされている様である。
脱・遺伝子組み換え作物、脱・モンサントが進む世の中

干ばつで苦しんでいるアフガニスタンの人々を救いたい一心で、
アフガンの農家が食べて行ける様にと用水路を作り、
土地にあう農作物を開発する取り組みをしてこられたペシャワール会と中村哲さんは、
今共感の輪の中におられる。

一方現地の農家を苦しめてでも、
自社の紐付き農業を世界中に繰り広げようと悪戦苦闘して来たモンサントは今、
世界中から拒絶されている。

それでもモンサントはこれからも、人類を苦しめるビジネスに邁進していく積りなのだろうか?

戦争屋勢力が勢力を維持する為に戦争を続けていたら、
遂には人類は死滅せねばならない日を迎える事になるだろうし、
遺伝子組み換え植物を蔓延させて行ったら、
土地はやせ、ミツバチは死に絶えて、
人類だけでなくいろんな生物が食料を得られず、死に絶えていく日が避けられない事になるのだろう。

ペシャワール会の取り組みと、モンサント等の取り組みに、
極楽と地獄の寓話を思い出させられた。

極楽と地獄の話、
腕を折り曲げる事の出来ない人々が、テーブル一杯のご馳走を前にして取った行動によって、
極楽と地獄になった。

極楽のグループは
腕が曲がらなくても向かいの人には食べさせてあげる事が出来るので、
互いに向かいの席の人に食べさせて上げているグループで、
皆お腹一杯食べる事が出来、鼓腹撃壌の極楽にいる思いであった。

地獄のグループは
人に食べさせる等いやなこったと、
曲がらない腕に悪戦苦闘しながらも、自分の口に運ぶ事しか考えられず、
曲げる事の出来ない腕の為、誰も何も食べられず、
皆が餓鬼地獄に落ちていた。

平和憲法によって信用されてきていた日本人 

マガジン9 この人に聞きたい 「中村哲さんに聞いた」の中で、
「平和国家日本に期待されていること」という部分をコピーさせて頂く。

大旱魃と長い戦争の所為で、2500万人の人口のうち、1200万人がこの干ばつで被害を受け、500万人が飢餓線上、100万人が餓死寸前という状況にあるのがアフガニスタンで、救援活動をしてこられた中村哲さんにとって、一番強い味方は憲法9条を守っている日本の国民であるという事だったようである。
安倍総理が憲法9条を集団的自衛権行使容認閣議決定で台無しにしてしまわれたけれど・・・・・


「平和国家」日本に期待されていること

編集部


 現地では、NGOとか国際機関なんかが襲撃されるということは、かなりあるんですか?


中村


 何回も、見聞きしたことはありますよ。でも、我々ペシャワール会が襲われたことは一度もありません


編集部


 それだけ、ペシャワール会の活動が現地の方々に浸透しているということでしょうか。


中村


 そうですね。アフガンの人たちは、親日感情がとても強いですしね。それに、我々は宗教というものを、大切にしてきましたから。


編集部


 宗教とは、やはりイスラム教…。


中村


 おおむね、狙われたのはイスラム教というものに無理解な活動、例えば、女性の権利を主張するための女性平等プログラムだとか。現地でそんなことをすると、まず女性が嫌がるんです。キリスト教の宣教でやっているんじゃないか、と思われたりして。


編集部


 宗教的対立感情みたいなものですか?


中村


 いや、対立感情は、むしろ援助する側が持っているような気がしますね。優越感を持っているわけですよ。ああいうおくれた宗教、おくれた習慣を是正してやろうという、僕から言わせれば思い上がり、もっときつくいえば、“帝国主義的”ですけどね。そういうところの団体が、かなり襲撃されています。民主主義を波及させるというお題目は正しいんでしょうけれど、やっていることは、ソ連がアフガン侵攻時に唱えていたことと五十歩百歩ですよ。


編集部


 ペシャワール会は、そういうことからは無縁であったということですね。


中村


 そうです。それに僕はやっぱり、日本の憲法、ことに憲法9条というものの存在も大きいと思っています。


編集部


 憲法9条、ですか。


中村


 ええ、9条です。昨年、アフガニスタンの外務大臣が日本を訪問しましたね。そのとき、彼が平和憲法に触れた発言をしていました。アフガンの人たちみんなが、平和憲法やとりわけ9条について知っているわけではありません。でも、外相は「日本にはそういう憲法がある。だから、アフガニスタンとしては、日本に軍事活動を期待しているわけではない。日本は民生分野で平和的な活動を通じて、我々のために素晴らしい活動をしてくれると信じている」というようなことを語っていたんですね。


編集部


 平和国家日本、ですね。


中村


 ある意味「美しき誤解」かもしれませんが、そういうふうに、日本の平和的なイメージが非常な好印象を、アフガンの人たちに与えていることは事実です。日本人だけは、別格なんですよ。


編集部


 日本人と他国の人たちを区別している?


中村


 極端なことを言えば、欧米人に対してはまったく躊躇がない。白人をみれば「やっちゃえ」という感覚はありますよ。でもね、そういう日本人への見方というのも、最近はずいぶん変わってきたんです。


編集部


 それは、なぜ、いつごろから、どのように変わってきたんですか?


中村


 いちばんのキッカケは湾岸戦争。そして、もっとも身近なのは、もちろんアフガン空爆です。アメリカが要請してもいない段階で、日本は真っ先に空爆を支持し、その行動にすすんで貢献しようとした。その態度を見て、ガッカリしたアフガン人はほんとうに多かったんじゃないでしょうかね。


編集部


 せっかくの親日感情が、そのために薄らいでしまったんですね。


中村


 それでも、いまでもほかの国に比べたら、日本への感情はとても親しいものです。この感情を大事にしなければならないと思うんです。湾岸戦争のときに、「日本は血も汗も流さずお金だけばら撒いて、しかも国際社会から何の感謝もされなかった。それが、トラウマになっている」なんて、自民党の議員さんたちはよく言うようですけど、なんでそんなことがトラウマになるんですか。「お金の使い方が間違っていた」と言うのならいいのですが、「もっと血と汗を流せ」という方向へ行って、とうとうイラクへは自衛隊まで派遣してしまった。僕は、これはとても大きな転回点だったと思っています。
 これまでは、海外に軍事力を派遣しない、ということが日本の最大の国際貢献だったはずなのに、とうとうそれを破ってしまったんです。これは、戦争協力ですよね。そんなお金があるんだったら、福祉だの農業復興だの何だの、ほかに使い道はいくらでもあるというのに。

編集部


 ほんとうにそうですね。お金をどのように使うか、国際貢献とか国際援助とかいうのなら、最初に中村さんがおっしゃったように、まず「生存」のために使うべきですよね。


中村


 日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきなんです。現地で活動していると、力の虚しさ、というのがほんとうに身に沁みます。銃で押さえ込めば、銃で反撃されます。当たり前のことです。でも、ようやく流れ始めた用水路を、誰が破壊しますか。緑色に復活した農地に、誰が爆弾を撃ち込みたいと思いますか。それを造ったのが日本人だと分かれば、少し失われた親日感情はすぐに戻ってきます。それが、ほんとうの外交じゃないかと、僕は確信しているんですが。



9条は、僕らの活動を支えてくれる
リアルで大きな力


編集部


 そう言えば、雑誌『SIGHT』(07年1月)のインタビューで、「9条がリアルで大きな力だったという現実。これはもっと知られるべきなんじゃないか」とおっしゃっていましたね。


中村


 そうなんですよ。ほんとうにそうなんです。僕は憲法9条なんて、特に意識したことはなかった。でもね、向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。
 武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。

編集部


 その体で実感した9条を手放すことには、どうしても納得できない。


中村


 具体的に、リアルに、何よりも物理的に、僕らを守ってくれているものを、なんで手放す必要があるんでしょうか。危険だと言われる地域で活動していると、その9条のありがたさをつくづく感じるんです。日本は、その9条にのっとった行動をしてきた。だから、アフガンでも中東でも、いまでも親近感を持たれている。これを外交の基礎にするべきだと、僕は強く思います。


編集部


 お話を伺って、中村さんたちの活動は、それこそ「ノーベル平和賞」に十分に値するものじゃないかと、とても強く感じました。これからも、ほんとうにお体や健康にお気をつけて、素晴らしい活動をお続けください。
 本日は、長時間、ほんとうにありがとうございました。

中村


 はい、こちらこそありがとうございました。第2期用水路建設に向けて、もっと日焼けしてきます(笑)。

温かい他者への関心の結実 アフガニスタンの用水路 

ペシャワール会報が届いた。
中村医師はアフガニスタンの人々を旱魃から救う為に、土方のようになって用水路を掘り遂にマルワリード用水路を完成された。
しかし夏にアフガニスタン方面を襲う大洪水で、出来たばかりの用水路が壊されたり、取水堰取水口等が無残な姿に壊される事態が毎年のように起こり、
大洪水の爪あとを職員作業員共々へとへとになりながら修復してきておられる。

2010年8月の洪水では、マルワリード用水路の決壊だけでなく取水堰が流されてしまって、
このままでは折角の用水路に水を引くことが出来ない事になるかもしれない、危機的状況になっていたのだそうである。

この状態を救ったのが長年敵対関係にあったカシコートからの和解申し入れであった。
カシコートの人々はマルワリード用水路によって潤されていた人々への嫉妬からか、
対岸のカシコート側からマルワリードのための取水堰工事をしようと、
カシコートに持ち込んでいたダンプや重機等を、
拿捕する嫌がらせをしていたのだった。

カシコートでは古くからの用水路はあったのだけれど、その頃、取水堰が毎年流されて安定せず、畑に水を引くことが出来ないため、住民はもう土地を捨てて難民になるしかない状態にまで、追い込まれていたのだった。

切羽詰ったカシコートの自治会は、長年経緯のあったPMS(ペシャワール会)に謝罪し、
取水堰を造って欲しいと申し入れてきたのだった。
PMSは謝罪を受け入れて、カシコートの取水堰を造ることを約束した。
これはPMSにとっても救いの手となったのだが・・・・・

PMSは2012年からカシコートの取水堰を創り始めた。
断続的な大洪水に襲われ、堰の一部を決壊されたりしながらも、
堰長505m 堰幅50~120m前面石張りで面積2万5千㎡の
マルワリードとカシコートの連続堰が、
今年3月完工したそうである。

この堰完工の目途となる工事が完成した昨年12月、
これで「再砂漠化」の脅威が消え、両岸の安定灌漑が保証され恵が約束された瞬間、
現場の人々総てが涙を流し抱き合って喜び合っていたそうである。

これというのもPMSが、嫌がらせをしていたカシコートの人々を、
謝って来たら直ぐに許して上げ、
取水堰を造って欲しいという、見方によっては虫の良い願いを、二つ返事で聞いてあげた度量が、
マルワリード用水路流域と、カシコートの両地域を救ったのだった。

中村医師はアメリカのアフガン戦争という、悲惨な戦乱の中で、
病院の経営と共に、
土木工事でも、あれだけのことをやり遂げられたのである。
その慈愛の深さ、意志の強さには、只々感心するばかりであるが・・・・・

中村さんはこの会報の最後に、次のように書いておられる。
違いや矛盾をあげつらって拳を上げるよりも、血の通った共通の人間を見出す努力が先だと思います。私達の活動が、このような壁を越えようとする努力と、温かい他者への関心の結実だとすれば、これに勝る喜びはありません。そしてこれが譲れぬ一線でもあります。

世界中の人々が、違いや矛盾をあげつらわず、拳を上げるよりも、血の通った共通の人間を見出す努力をしたら、戦争等という野蛮なことをせずに、皆が潤う世の中にする事が出来るのだろうにと残念でならない。

日本の豊かな自然の恵みに改めて感謝 

昨夜朝日放送の「こんな所に日本人」という番組を見た。
昨日はイランに一人住む女性を探す旅だった。
毎回人探しの旅をする役者さんは替わるので、役者さん名前は覚えていない。

昨日の番組での人探し旅をする役者さんが、イランに着いて間もなく、偶々道路で出会ったイランの人に、目的地(日本人女性の住む町)へ向かう道を尋ねた時、
そのイランの人が自分は「優しくて思いやりがあるから日本人が好きだ」と言って日本人の役者さんに、親切に道を教えてあげているシーンがあった。

そのイランの人のご両親は、アフガニスタンからの難民だったと言っておられたので、
その人が日本人に対して好意的なのは、もしかしたら、
渇水に苦しむアフガニスタン人の為に、用水路を拓いて上げられた中村哲さんの、
総てをかけてのご尽力のお陰かも知れないと私は思った。

中村哲さんはアフガニスタンの人々から「ドクター・サーブ(中村)」と感謝され尊敬されておられるが、
中村哲さんが日本人からの寄付を元手に、この用水路開拓をして下さったお陰で、
日本人全員も「優しく思いやりのある人間である」と、アフガニスタンの人々は思って下さっているのかも知れない。
日本のNPOというのは多額の税金を使いながら、しばしば現地の人々に迷惑されるような構造物を造っていたと聞いているので、
日本人の誠意が伝わるような仕事をして下さった中村哲さんのご活躍に、私も感謝を捧げたくなった。

先日とどいたペシャワール会報に書いておられた中村哲さんの、
2012年現地事業報告の一部を、ここに写させていただきます。

  天・地・人の構図の中で
「自然と人間の関係」を問い続ける
  中村 哲
2012年度を振り返って     
 2013年にペシャワール会、翌年5月には、現地活動30年を迎えます。
 嘗ての青年医師は、初老の工事現場監督となり、この間のめまぐるしい変転を思うと、波乱万丈とはこんなことを言うのかと不思議な気がしています。
 めまぐるしい動きにもかかわらず、一貫する縦糸は天・地・人の構図の中で「自然と人間の関係」を問い続ける事だったような気がしています。
 医療現場、河川工事、農業に至るまで、このことは変わりません。
 大きな転機が何度かありましたが、最後のものは2010年8月の大洪水でした。ゴミくずのように流されるはかない人間の営みを見ながら、思う所がありました。それまで人の都合で自然を眺める未練がましさを拭えませんでしたが、自然の摂理から人を眺める様になってきました。
 人は大自然の中で、身を寄せ合って生きています。そして、人もまた自然の一部です。このことを忘れると、私達の考えは宙に浮いてしまいます。科学技術で自然を制御できると錯覚し、不老不死の夢が叶うように考える。目先の満足の為なら、暴力も厭わず、生死さえ軽く考える。生かされている恩恵を忘れ、暗いねたみや不安に支配される__現地で見ていると大は戦争から小はいじめや自殺まで、この錯覚が影を落としているように思えます。
 アフガニスタンの現場から見る限り、時代は明らかに一つの破局に向かっています。人がこの巨大な錯覚の体系にとどまる限り、希望はありません。希望を演出する事は出来ても、本当ではありません。
 干ばつの対策に奔走した立場から見ると、日本ほど豊かな国土に恵まれた国はありません。敗戦直後、飢餓から立ち直らせ、戦いで傷ついた人々を慰めたのは、郷土の山河と自然でした。その恵みによって生かされてきたことは、学校で教えられませんでした。おそらく、郷土を築いてきた祖先たちは、このことを知っていました。
 株価や経済成長率は、恵を語りません。武力は国民や郷土を守りませんん。30年間の日本の変化を回顧すると、哀しいものがあります。
 「身を寄せ合う」とは、人が和し、弱者を労わる事です。和して同ぜず、ここに積極的な価値と希望があります。平凡ですが、これが30年の結論です。
 現地活動はなおも続きます。「緑の大地計画」を以って日本の良心の気力を示したいと思います。30年の支えに感謝します。
   (以下略)

「餓えた人々に温かいパンの一切れを」ペシャワール会の「緑の大地計画」大詰めの作業 

ペシャワール会報114号の中村哲医師の報告書をご紹介します。
昨年末はペシャワール会の「緑の大地計画」カシコート取水堰工事が、伸るか反るかの天王山を迎えていたそうです。
工事は、相手が大自然です。連続堰の長さ約500メートル、それも2010年夏の大洪水で流失した砂州を復旧しながら、大河クナールを横断する作りです。生易しいものではありませんが、12月中旬で大勢が決すると見ています。 という事で、
11月5日、工事現場の対岸で小さな戦闘らしきものがあり、建設中の水門付近に対戦車砲弾が三つ着弾し、米軍の空爆演習もサルバンド村で日常化し、時々怪我人が出ても、作業員達は無表情で眺めていたそうです。
地域自治会が、「PMSの邪魔をすれば、カシコート8万家族を敵にする」と異例の宣言、工事は何事もなかったかの如く進められているそうです。
ここでは、どんな理屈も評論も虚ろです。それよりも、餓えた人々に温かいパンの一切れを分かち合おうとする真心だけが、励みであり、信ずるに足ることです
と中村医師が書いておられるが、それが全然誇張でもなんでもないと素直に感じられ、
そんな厳しい現実と真っ向から戦っておられる人々の雄雄しさが、真直ぐに胸に届くような報告書だと思いました。
(写真は1つだけ載せましたが、会報には写真や図面等を沢山載せておられますので、元記事を見られたほうがより分かりやすいかと思いますが・・・・・ 以下引用です)

「緑の大地計画」の天王山――私たちを根底から支えるのは温もりと和やかさ

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
   ペシャワール会報114号より(2012年12月12日)

■「緑の大地計画」最大の挑戦
みなさん、お元気でしょうか。

当地も初冬にさしかかり、高山が薄化粧をしてきました。川筋の風が冷たくなり、防寒具が要る季節になりました。

相も変わらず、河の工事に追われています。アフガンでは、渇水期です。河の水位が思いきり下がり、毎年今頃でないと取水堰や護岸の工事ができないのです。

今年はまた、特別です。昨年10月から準備してきたカシコート取水堰工事が、のるかそるかの段階に差しかかっているからです。

PMS(平和医療団・日本)=ペシャワール会では、カシコート復興を「緑の大地計画」の天王山と位置づけ、大規模な工事が進んでいます。

本工事が過去10年の「緑の大地計画」の最大の挑戦だと考えて差し支えありません。対岸400メートル先には、マルワリード用水路の取水口が見えます。対岸では同水路の灌漑によって、25.5キロメートル全流域が殆ど無駄のない土地によみがえり、15万人以上の人々が故郷に戻り、自活できるようになっています。しかし、取水口は一昨年の大洪水で相当傷み、改修を余儀なくされていましたが、両岸の対立が根深く、対岸からのアプローチが出来ずにいました。

■堰の一体化
ところが、昨年秋、カシコート自治会とPMSとの和解・協約が成り、同地域の灌漑計画が動き出しました。計画が成功すれば、陸の孤島であるカシコート全域が難民化から免れ、同時にマルワリード堰の安定が保証されることになります。つまり、マルワリード=カシコートとの堰が一体化され、維持が約束されるからです。

しかし実際の工事は、相手が大自然です。連続堰の長さ約500メートル、それも2010年夏の大洪水で流失した砂州を復旧しながら、大河クナールを横断する作りです。生易しいものではありませんが、12月中旬で大勢が決すると見ています。

現場はさながら戦場です。重機九台とダンプカー16台、精鋭の作業員200名を集中、必死の作業が整然と行われています。
カシコート取水門
カシコート取水門の柱=堰板を積む溝(2012年11月4日)

■緊迫した努力
長い間PMSの工事に携わってきた彼らは、取水堰が地域の生命を握ることを知っています。成功すればカシコート2500ヘクタールもまた、マルワリード流域と同様、多くの農民が戻って生活を維持できる。失敗すれば……逆にマルワリード側が再び沙漠に戻り、十数万人が路頭に迷うのは確実です。その分かれ目が、ここ数週間に迫っています。詳しくは、追って紹介します。

当方は覚悟して総力を結集、過去最大規模の工事となりました。事務所と現場、PMSと地域が一体となり、文字通り命綱を守るべく、緊迫した努力が傾けられています。まともな救援が寒村に届かぬことを誰もが知っています。おそらく、これほど組織化され、熟練した集団の動きを見ることは無いでしょう。戦局や政治の行方など、とっくの昔に興味を失いました。

■悪意ある噂
去る11月5日、工事現場の対岸で小さな戦闘らしきものがあり、建設中の水門付近に対戦車砲弾が三つ着弾しました。米軍の空爆演習もサルバンド村で日常化し、時々怪我人が出ます。迷惑な話です。作業員はそれを殆ど無表情に眺めていましたが、「PMSが狙われた」という悪意ある噂が流される気配があったので、ジア先生が治安関係、地方政府筋と飛んできて事実を確認し、誤報を打ち消しました。

地域自治会は、「PMSの邪魔をすれば、カシコート8万家族を敵にする」と異例の宣言、工事は何事もなく進められています。PMSが勇敢だとか、地域農民の情が厚いとかいう話ではなく、皆がそれほどの瀬戸際に立たされているということなのです。

■理屈も評論も虚ろ
時々流されるアフガン情勢は、戦局や危険情報、復興支援をめぐる報でなければ、それに対する評論ばかりです。いくら安全や人権が主張されても、一般のアフガン人の生命や人権は含まれていないようです。

もう静かにしておいて頂きたい。そう思います。見捨てられた人々の声が届くことは、今後もないでしょう。あっても、情報の洪水と議論の中で薄められ、伝わることはないと思います。ここでは、どんな理屈も評論も虚ろです。それよりも、餓えた人々に温かいパンの一切れを分かち合おうとする真心だけが、励みであり、信ずるに足ることです。

生殺与奪の権を握る自然の大河は、轟々と流れ、真っ白な水しぶきをあげて岩に砕け散る。それが何かを語るようです。人を欺かぬメッセージに耳を傾けます。

何もアフガンだけが困っている訳ではありません。しかし、平和とは生きた力です。どんな事情にあっても、私たちを根底から支えるのは、そんな人の温もりと和やかさであって、批評や「情報」ではありません。まして暴力や政略は論外です。

日本も寒々とした状態が続いていると聞きましたが、これまでの温かい支えと、変わらぬご理解に感謝申し上げます。

良いクリスマスと新年をお迎え下さい。

ジャララバードにて

新年 

明けましておめでとうございます
と言うのがしきたりですので、一応申し上げさせて頂きますが、
何とも気の重い新年となりました。
安倍政権は選挙で信認されたのだから、これからは原発新設もする。
と言っているようですが、選挙の時自民党の代議士は原発は止めますと言っていたものが大部分だと聞きます。
それでも自民党が勝ったら、原発推進が国民に容認された事になるのでしょうか?
自民党はTPPも慎重にと言っていたけれど、参加しないと言ったわけではないという事で、結局参加する事にしてしまうのでしょうか?

私は東日本大震災の直後には、震災復興の国債を出して復旧に努めるべきだと思っていたのですが、
自民党等野党は子孫に付けを残さない為とか何とか言って、復興国債を出す事に反対して、震災復興増税を決めてしまいました。
それなのに、今頃になって景気回復のため200兆円の日銀引き受けの国債を発行すると言っています。
それも消費税を上げる為には、景気回復が必要だからという理由を聞くと、
財政健全化の為に消費税を上げると言っていたのに、その消費税を上げる為に財政を更に悪化させる国債を発行しようとしているのですから、
詐欺師だってこんな嘘は恥かしくてつかないだろうと思われるくらいに、無茶苦茶な言い草です。

「日本は壊されようとしている」というのは本当なのかもしれません。
日本が滅びる前にアメリカが滅んでくれたら・・・・・なんて、私ははかない望みに希望を託していたものでしたが、
「人を呪わば穴二つ」という事ではなく、
アメリカのフィクサーが、日本に余力が残っている段階で、日本より先にアメリカを潰すわけがなかったのでした。
アメリカも近い将来潰さざるを得ないところまで来ているけれど、
行きがけの駄賃に、日本人の溜め込んだ財産を総て奪い取ってから、アメリカを潰そうと考えているのでしょう。
アメリカを潰すも潰さないも、フィクサーたちの腹一つです。
だって彼等はアメリカから様々な形で吸い上げた莫大な資金を、懐に納めているのですから。

アメリカが終わったら次は中国でしょうから、
日本が中国と戦争を始めるように仕向けるとしても、彼らが中国を潰させる事は絶対にないと思われます。
安倍総理が本気で日中戦争を考えているのだとしたら、究極の壊国内閣と言えるでしょう。

色々と心配事はありますが、今の日本はアフガニスタンと較べたら、比べものにならないくらいに恵まれています。
ペシャワール会の新しいDVD「アフガニスタン 干ばつの大地に 用水路を拓く」が届いたので、早速見たのですが、用水路を創ると言うのは水路を創るだけではすまないのだという事を、今頃になって初めて認識し、その工事の大変さに改めて驚かされたのでした。

私は大河から水を引く時に、水門と水路を創ったら自動的に、水が入るのかと思っていたのですが、
水を導きいれる為の堰を創らねばならないのですね。
クナール河は大陸を流れる河ですから、川幅も広いし大変な水量です。
其処に土木工事についてはずぶの素人の中村医師は、堰を作るために試行錯誤を繰り返し、
現地の人も一生懸命協力して、堰を作ることに成功します。

マルワリード用水路は、用水路を掘るところから始めましたが、
近隣のカマ郡には水の道はあるのだけれど、水を引き込む為の堰が駄目になってしまい、水が引き入れられなくなっていて、干ばつで故郷を捨てて難民になるしかないというところまで来ていたそうです。
カマ郡から「毎年自分達で木を買ってきて堰を造っても、すぐに流されてしまい、どうにもならなくなって、村は今離散寸前にある。何とかペシャワール会で堰を造ってもらえまいか」と頼まれて、
中村さんは快く引き受けられたようです。
取水堰を造るのは大変難しい工事なのに、その年の植え付けに間に合わなかったら、村人は難民になるより他ない所まで来ているという事で、皆で必死に頑張って短い期間に堰づくりに成功し、20万人ほどの住民が農地を捨てずに済んだそうです。

用水路から水を得ることが出来る様になって、普通に農業が出来る様になった農民が、喜々として働いている姿を映しておられました。
その嬉しそうに働く大人や子供の姿を見て、初めから水に困らないで農作業をしたり、手伝いをさせられていたのだったら、大抵の者ががキツイキツイと愚痴を言いながらいやいや働いて、こんなに喜々として働く事はなかったのだろうなと思いました。

そういう喜びを得るために天は、この世に厳しい環境が生まれる事をも、許しておられるのかも知れないと思いました。

しかしながら、中村さんの菩薩様のような愛業も、
干ばつと戦争に見舞われて、苦しみの最中にある人々のご苦労も、並大抵のものではないでしょう。

しかし、苦労を承知で冬のエベレストに登る人もあることですし・・・・・

ペシャワール会の会報を見て 

自然とは人の運命をも支配する摂理である――2011年度現地事業報告

ペシャワール会報112号を読んで、感激した。
12年に及ぼうとする戦乱の地アフガニスタンで、ここまでの事業を成し遂げる事がどれ程大変な事であったか!
たった一人の日本人の熱意が大勢の人々を動かして、砂漠を緑の地に変えた。
難民になるしかなかったかもしれない人々が、中村さんの創られた用水路のお陰で、農地を耕す事が出来る様になったのであった。

用水路の完成後も、洪水や渇水に相次いで見舞われ、用水路の補修工事や取水方法の計画変更等、中村さんを待っている仕事は後を絶たない。
その上、中村さんの用水路で水に恵まれた集落と隣接する、周辺集落の住民の嫉みから争いが起きたりと、中村さんの仕事は次々に出来てくる。
その上本業の病院事業もある。
政府はハンセン病対策の出来る唯一残った病院として、中村医師にハンセン病患者の受け入れを依頼してきているそうである。

何から何まで、必要不可欠な事ばかりで、度外れて愛深い中村医師にはどれも放って置く気にはなられないのだろう。それらの対策に真摯に向かって、解決策を模索し、着実に実行に移しておられる。

古代日本に行基菩薩が施して下さったという溜め池等の数が異常に多いので、私は「全部が全部行基さんが関わられた分けではないのかもしれない」等と疑いの目を持っていたけれど、
中村さんのしてこられた事を見せて頂いて、
今は行基菩薩の手になると言われている、溜め池等の施設は本当に行基菩薩が住民に協力させて作られたものなのかも知れないと思えてきた。
現代の行基菩薩とも言える中村医師の、現代文明への感想と思える文章をここにコピーさせて頂く。

■2011年度を振り返って
ペシャワール会の結成が1983年9月、現地活動の開始が翌年5月、「アフガニスタン」は日本から遠い存在だった。

当時、アフガン戦争(1979―89)とソ連軍撤退が一時的に世界を沸かせ、忘れ去られていった。その後の経過を回顧するのは、気が進まない。恐れた破局が確実に現実化してゆく過程は、人間の愚かさをたどるだけで、元気の出ないものである。

大国の利のために武力や謀略が横行し、無数の犠牲を出した。そして、犠牲の殆どが罪のない弱者であった。この愚行が正当化され、拡大して現在に連続している。信ずべき「正義」は死んだ。

怪しげな進歩発展を謳歌する時代は終わった。だが、今だに人がカネを使うのではなく、カネが人を動かしているように見える。一国が滅びようと、生命が犠牲にされようと、利のためならなりふり構わない姿は、自滅の道を驀進する恐怖の戯画だ。

そして、この破滅への運動は、容易に私たちを誘惑する。刹那的な繁栄で物欲が刺激され、人為の架空が独り歩きする。この「注文の多い料理店」にとどまる限り、表裏にある暗い不安も消えないだろう。

医学を含め、今日私たちに突きつけられている最大の課題は、「自然と人間の共存」である。私たちは自然を操作し、人の意に従えるよう努力してきた。それが文明の発展であり、豊かさをもたらす最善の道だと教えられてきた。

だが、アフガニスタンで見る限り、事態はそうでもない。自然とは人の命運をも支配する摂理であり、人の意識の触れることができない一線を画して厳存する。

私たちは荒唐無稽なカルト集団の考えを笑うが、時代が共有する迷信や倒錯から誰も自由ではない。近代技術が長足の進歩を遂げた今日、ともすれば、科学技術が万能で、人間の至福を約束するかのような錯覚に陥りがちではなかっただろうか。また自然を無限大に搾取できる対象として生活を考え、謙虚さを失っていなかっただろうか。自然はそれ自身の理によって動き、人間同士の合意や決まり事と無関係である。

大震災を経て、市場経済の破たんが世界中でささやかれる今、命はただ単に経済発展や技術進歩だけで守られないというのが、ささやかな確信である。

その一方で、新たな模索もまた、あらゆる分野で静かに始まっている。その声は今でこそ小さくとも、やがては人類生存をかけた大きな潮流にならざるを得ないだろう。

必要なものは多くはない。恐らく、変わらずに輝き続けるのは、命を愛惜し、身を削って弱者に与える配慮、自然に対する謙虚さである。現地事業がその思いに支えられる限り、恐れるものは何もない。

この一年間、立場を超えて人の温もりと良心に励まされ、無事経過したことを、感謝を以て報告し、12年度も更に力を尽くしてゆきたい。



続きに2011年度のペシャワール会の事業報告を載せさせていただきます。

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ペシャワール会 対岸のカシコートで新たな取水堰工事始める 

中村哲さんのペシャワール会は、マルワリード用水路の対岸にあるカシコートでも、灌漑用の取水堰の建設を始められたそうです。
2月7日、州政府、住民代表、PMSの三者が集まり、式場から500メートルほど離れた山腹で外国軍の空爆演習がされる中で、起工式は行われたそうです。
反政府勢力の出没する辺境の地に州の首脳が列席するのは異例のことなのだそうです。
普通なら暗殺を恐れて出て来たがらない州の首脳が、危険を冒してまで偏狭の地の行事に出席されたのは、
アフガニスタンで何かか動き始めたからなのでしょう。

ペシャワール会報111号より
(2012年4月1日)
 みなさんお元気ですか。今冬はアフガニスタンでも例年になく冷え、豪雪が高地を襲いました。

餓死や凍死の噂が絶えず、血なまぐさい戦が終末を思わせる状態を醸し出しています。
私たちは相変わらず、川沿いの工事です。まるで冷凍庫の中のような仕事で、寒風や冷雨にさらされ、鼻水を垂らしながらの毎日です。それでも、堰の造成で灌漑が成り、人々の笑顔を垣間見るのは、嬉しいものです。

昨年末のベスード第1堰(人口10万、2千町歩)に次いで、去る3月初め、ベスード郡のタプー地域(人口3万、1500町歩)の灌漑が成りました。何れもJICA(国際協力機構)共同事業の一環で進められていましたが、洪水と渇水による生活不安は甚だしいものがあったのです。
 しかし、これによってPMS(平和医療団日本)の取水技術は完成度の高いものとなりました。斜め堰と堰板を駆使した方式は、ようやく地域灌漑関係者の間で認められるようになり、努力は更に続けられます。

■小説よりも奇 ― カシコートとの縁
 現在の最大の関心は、何と言ってもカシコート地域の復活です。これまでしばしば触れてきましたが、同地とは不思議な因縁があります。古い会員の方なら、1993年の悪性マラリア大流行をご記憶でしょうか。あの時も、ソ連軍撤退に伴って大量の難民帰還があり、国際支援から見放された状態だったと思います。当時爆発的に悪性マラリアが広がり、多くの子供やお年寄りが犠牲になりました。

 最も死亡者の多かった地域のひとつがカシコートでした。18年前、2000名分の治療薬を携え、しらみつぶしに村々を回りました。でも同地域で最後の村に着いたとき、手元に残ったのは僅か50名分の治療薬だったのです。誰も死にたくはありません。普通ならパニック状態が起こります。実際、発足したばかりのダラエヌール診療所では、診察の順番を争う住民たちと一触即発、かなり緊迫しました。

 しかし、カシコートでは事情が違っていました。村会の指導者に話すと、重症者のみ50名を選抜し、治療を受けさせたのです。その時彼らが述べた言葉が忘れられませんでした。「こんな所に誰も来やしない。おそらく、あなた方が最初で最後でしょう。わしらは神を恨むほど不信心者ではありません」と、深く感謝の意を伝えたのです。

この「最後の村」が、何と私たちが取水堰の準備工事をしているサルバンド村だったのです。
サルバンドとは、パシュトゥ語で「取水口」という意味です。カシコート地域は20キロメートルに及ぶ川沿いの長大な地帯で、主幹水路の始まるのが同村です。これが年々荒れ果て、ただでさえ貧しい村々は、食にも事欠き、半分以上がパキスタン側に難民化したと言われています。

更に伝えたい因縁は、同村がPMSマルワリード取水堰の対岸だということです。対岸同士の確執はこれまで伝えてきた通りですが、昨年1月1日、大洪水で傷んだ堰の改修の最中、突然工事中のダンプや重機が拿捕される事件がありました。これは、カシコート側の主幹水路も洪水で流失し、同地域に壊滅的な打撃を与えていたからです。思い余った住民が、「せめてこんな時くらい、多少の助けを」と、強訴に及んだものでした。

当方としては、マルワリード用水路流域やカマ郡の工事の真っ最中、手が回らない状態でした。昨年10月になり、カシコート長老会が異例の謝罪を行い、救いの手を求めました。それほど追いつめられていたということです。

PMSとしても、マルワリード用水路保全のためには、堰対岸の協力が欠かせません。 それだけでなく、元来、このような地域こそが支援の対象となるべきです。窮した住民たちは、やむを得ず傭兵となり、危険な前線に立たされます。健全な生活ではありません。道義的な意味でも、カシコートを活動の最重要地帯と位置づけ、10月に和解し、工事を決定しました。

実際、ペシャワール会の支える「緑の大地計画」でカシコートは筆頭に挙げられており、ここに画竜点睛ともいうべき計画が始動しました。
■難攻不落のクナール河
しかし、話は美談でも、実際の工事となると別です。これがまた、今までにない難攻不落の地形、戦の方がよほど楽だったと、正直ひそかに思いました。相手は巨大な暴れ川です。大洪水の爪痕が生々しく、取水堰予定地から約1500メートルは、洪水で破壊され、河道が大きく村に進入しています。

主要河道の変更や護岸工事なしに、堰の建設は不可能です。相当大がかりな難工事を覚悟せねばなりませんでした。それも迫りくる増水期前に主な工事を終えないと、秋に予定した取水堰・主幹水路の工事は流れてしまいます。相当に緊迫しました。河は、敵対や和睦もない代わりに、容赦もしません。嘘もない代わりに、人の言葉が通じません。それ自身の理によって動きます。

要するに、人間界の都合と全く無関係な世界を相手にするということです。特に取水堰は、自然と人為との危うい接点です。いったん取り込んだ水なら、かなり意のままに利用することができます。でも河の水は、そうはいきません。

古今東西、人が様々に工夫を凝らし、一定の必要水量を得るべく、営々たる努力が重ねられてきました。 かつて為政者の関心は治水でありました。それは元来、「人が立ち入れない領域であっても、触れなければ生きられない」という真剣な意味を帯びていたと思われます。人柱を立て、神仏に祈ったのも、そのような事情からでしょう。

■異例の州政府協力
2月7日、州政府、住民代表、PMSの三者が集まり、起工式が行われました。これも異例づくめで、反政府勢力の出没する辺境に州の首脳が列席するのは初めてでした(普通なら暗殺を恐れて出てきません)。この背景には、PMSの水利事業の重要性が知られ始めたこと、政府・反政府という政治地図を超えて、アフガン人内部で何かが動き始めたということがあります。建設的仕事を介して人々が和する助けとなるなら、PMSとしても喜ぶべきことでありました。

この日は、式場から500メートルほど離れた山腹で外国軍の空爆演習が派手にありました。住民を威嚇しているのです。みな眉をひそめて「危険な演技」に怒りを隠しませんでした。その中での式典は、何か象徴的なものがあるように思えました。

■サルバンド村の銃撃と青空教室
2月15日、「危険な演技」は度を超え、女子学童に米軍ヘリが機銃掃射を加える事件が発生しました。作業現場から遠くないところに学校があり、百数十名の女子生徒は、まだ教室がなく、野外で黒板を囲んで学んでいます。ヘリコプターは超低空で飛来し、子供に襲いかかりました。12名が重軽傷(うち重症6名)、機銃弾が「教室」の石垣を跳ね、その破片で負傷したものです。

折から外国兵による「コーラン焼却事件」で、アフガン中が騒然としていました。PMS側は直ちにケガ人の救援活動を行いました。その際に、学校の教師や父兄たちが、女子学童のための教室建設を懇請しました。
この状態で野外の学習は危険です。青空教室が悪い訳ではありませんが、木陰もない岩石沙漠、厳寒酷暑の中、まともな学習ができるとは思えません。その上、機銃掃射の餌食となるとあっては、たまったものではありません。

PMS側は大いに同情し、用水路工事が山を越える時点で、女子教室の建設を約束しました。サルバンド村側は表面上沈黙し、善後策が話し合われています。これによって、PMSを除き、カシコートに外国人が入れなくなりました。こうした事件はアフガン中で日常的に起きています。堪忍袋の緒が切れたアフガン人将兵が外国兵を銃撃したり、狂った外国兵が民間人を殺したりする事件が相次いでいます。

かくて、あらゆる意味でPMS最後といえる、大きな挑戦が始まりました。折しも、アフガン空爆に次ぐ復興ブームから10年、見渡せば、外国人の姿が周辺から再び消えました。戦は秩序を乱し、建設的な支援を困難にしてしまいました。

しかし、平和とは、この中でこそ輝くべきです。それは積極的な力であると共に、戦争以上の忍耐と努力が要ります。最近、古参の職員たちが、しみじみと語ります。

「あれから10年、わしらはちっとも変わらないのに、周りは忙しいこった」

河が変わらず流れるように、私たちの仕事も続きます。血なまぐさいニュースが多いですが、この中にあっても、人々の幸せを願い、少しでも良心的に生きようとする者も少なくありません。そうした人の温かさこそが、かろうじて世界の破局を防ぎ、私たちをつないでいるのだと、最近考えます。日本自身が困難に直面しているにもかかわらず、変わらぬお支えに感謝し、私たちの活動が明るい希望を共有できるよう、力を尽くしたいと思います。
平成24年3月
ジャララバードにて。

アフガニスタンへの援助金は生きた援助に! 

昨夜のNHK教育テレビETV特集で「アフガニスタン・医師中村哲の挑戦▽武器ではすくえない▽農地を再生させた命の用水路▽砂漠に村」という番組を見ました。
日本はアフガニスタン復興の為に約5000億円の支出を約束しているそうですが、そのお金を何に使うかまだ決まっていないそうです。
中村哲さんの作られた用水路は、税金は全然使われていないけれど、確実にアフガニスタンの用水路沿いの人々の命を救う働きをしています。
かさかさに乾いた、見るからに不毛な土地が今はみずみずしい緑に覆われて、収穫を喜ぶ人々の笑顔を見たら、中村さんが確実に現地の人のために働いてこられたことが分かります。
アフガニスタン人の大男で容積にしたら中村さんの倍も有るかと思われるような人が、中村さんを抱き上げて親愛の情を示し、その場の人々が笑いに包まれている情景に、彼らの感謝の念が伝わってくるようでした。
以前読んだものに、アフガニスタンの人の一人が「中村先生と日本人に感謝します。」と言うようなことを言っておられたということが書いてありました。
私はアフガニスタンのために何一つしてあげてはいないけれど、中村さんのお陰でアフガニスタンの人々に、日本人の一人として感謝されているのだと思うと、私も中村さんに感謝したくなりました。
海外で活躍しておられる大勢の立派な日本人のことを紹介している番組がありましたが、
こうやってがんばってくださっておられる日本人のお陰で、私達日本人はどれほどの恩恵を受けていることでしょう。(逆の場合も有るのかもしれませんが・・・・・)

政府はアフガニスタンの人々で、
これまでは軍閥に雇われるしか食べていけなかったような人々が、
自分で食べ物を生産することが出来るような施策を創って上げる様な、
本当の援助に日本国民の税金を使ってほしいものだと思いました。
カンベリ砂漠2009・8
昨年8月最後に通水したカンベリ砂漠(2009・8)
カンベリ砂漠2010・7
試験的に植えられたカンベリ砂漠の稲(2010・7)

伊藤和也さん拉致殺害事件 

本当に残念なニュースが、昨日事実であると確認された。

「外国人追い出すため」と実行犯 伊藤さん拉致
 【ジャララバード(アフガニスタン東部)28日共同】アフガニスタン東部で日本の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(本部・福岡市)の伊藤和也さん(31)=静岡県掛川市出身=が武装グループに拉致され死亡した事件で、身柄を拘束された実行犯2人が捜査当局の調べに「アフガンの治安悪化を印象付けて、外国人を追い出したかった」と供述していることが28日、分かった。地元高官が明らかにした。

 身代金目的との見方も強く、当局は拉致などの動機についてさらに詳しく追及し、逃走中の犯行グループ3人の捜索を継続。反政府武装勢力タリバンは伊藤さんを殺害したとし「すべての外国人がアフガンから出るまで殺害を続ける」と主張しているが、実行犯とタリバンとの関係は分かっていない。

 一方、ペシャワール会の中村哲現地代表は28日朝、アフガン入り。ジャララバード経由で拉致現場となったブディアライ村に向かい、同日午前11時(日本時間午後3時半)以降に行われる地元の葬儀に参加する予定。

2008/08/28 09:52 【共同通信】


ペシャワール会の中村哲さんは、私の母校(福岡高校)の同窓生で、マスコミで取り上げられる以前から、同窓会誌でそのご奮闘を知っていただけに、今回の事件は、他人事ならず残念でなりません。
現地の人にも信頼されておられた協力者がこんな事になってしまって、
ペシャワール会の代表として、中村さんはどんなにかお辛い事でしょう。

でも現地の人のために骨身を惜しまず、命の綱の水道工事を何年もかかって、現地の人と共に作り上げた中村医師のペシャワール会にしてこうなのですから、今のアフガニスタンに外国人がいると言う事自体が、現地の人の心を逆なでする事なのかもしれないという気がします。

9.11事件の後、ビンラディンが居たらしいと言うだけで、アメリカの攻撃を受け、延々7年間もその軍隊に居座られ、殺戮の巷にされ続けているアフガニスタンの人にしたら、
外国人が諸悪の根源にも見えて来ても仕方ない事かもしれません。

折角のペシャワール会の手助けを、こういう形で終りにされてしまって、共に働いておられた現地の方々も残念だったと思われます。
1000人もの方々が、この伊藤和也さんの捜索に自発的に参加されたと言うニュースに接した時、伊藤さん及びペシャワール会が本当に、現地の人のために働いておられたと言う証明を見たような気がしました。

今はアフガニスタンから1日も早く外国の軍隊が引き揚げて、平和が取り戻されるよう祈るばかりです。

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