Dendrodium 悲惨な戦争

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イラクに派兵された元米兵の苦悩 

芳ちゃんのブログでイラクに派兵されていた元米兵(現在は平和活動をする作家であり、ラジオ報道記者)の手記を載せておられます。
芳ちゃんさんの感想と共に、全文を複写させて頂きます。
戦争の悲惨さおぞましさに、吐き気を催される方もあるかもしれませんが・・・・・

私はイスラム国の誕生に加担していた

2012年よりも前には「イスラム国」は存在してはいなかった。イスラム国を誕生させたのは米国だという見解はすでに半年以上も前からインターネット上では公知の事実となっている [注1]。

そして、今まではそのことを隠すことに専念していた米国の主流メディアさえもが、最近では、その事実を公然と口にするようになった。あるいは、認めざるを得なくなったという表現がより当を得ているのかも知れない。非常に大きな変化である。

そんな中、個人的な体験として自分は「イスラム国の誕生に加担していた」という告白をインターネット上に掲載した米国人がいる [注2]。彼の名前はヴィンセント・エマヌエル。

彼は労働者階級の家庭に生まれ、シカゴで育った。今は作家であり、ラジオ報道記者であり、平和活動にも専念する身だ。イラク戦争では2回の兵役(海兵隊)を過ごした後、3回目の兵役は拒否。イラクからの帰還兵が集う組織の面倒を見るべくそのまとめ役をしているという。米国の安全保障部門という巨大な組織の内部から見えてくるさまざまな課題を掘り下げ、議論のネタを提供し、永久に続くかに思われる米国の戦争経済、ならびに、今日の世界が経験しつつある環境問題や米国社会の軍国化との間に見えて来る関係性に焦点を当てようとしている。現在はインディアナ州のミシガン市に在住。

それでは、注2の記事を仮訳して、その内容を読者の皆さんと共有しよう。

<引用開始>
14年間にもわたる対テロ戦争を遂行し、西側は蛮行を助長し、いくつかの破綻国家をもたらす上では確かに偉大とも言えるような業績を挙げた。

最近の数年間、世界中の人々は「いったいイスラム国はどこから現れたのか?」と首をかしげてきた。それに対する答え方はさまざまではあるが、一般的には、多くの人たちは地政学(米国の覇権)的に答えようとしてみたり、宗教面(スンニ派対シーア派)から解説を試みたり、あるいは、イデオロギー的(ワハーブ派の教義)または生態学的な説明(気候の悪化が生んだ難民)に答えを求めようとする。数多くの評論家や元軍人たちはイラク戦争こそがイスラム国またはISILあるいはダーイッシュ等として知られている武装勢力をもたらしたのだとしているが、これはまさに当を得ていると言えよう。そこで、私は何か有益な内省とか逸話を可能な限り提供してみたいと思う次第だ。 

メソポタミアの悪夢:

2003年から2005年にけて私は第7海兵連隊の第1海兵軍に所属してイラクに駐留していたが、この戦争の反動がどのようなものとなるのかに関しては当時私はまったく予想することができなかった。しかしながら、やがては何らかの報いがやって来るだろうという予感はしていた。報復、あるいは、負の遺産が今世界中(イラク、アフガニスタン、イエメン、リビア、エジプト、レバノン、シリア、フランス、チュニジア、カリフォルニア、等)で現出し、激化し、何時になったら終わるのかはまったく予測がつかない有様である。 

あの当時、私は常識から逸脱した行為を目にしたり、そうした行為に自分自身が加わったりしていた。もちろん、戦争が持つ邪悪さは西側ではまともに認識されることはなかった。反戦団体はイラクにおける戦争の恐ろしさをはっきりと伝えようとしてはいたが、疑いもなく、西側の主流メディアや学会および政治・企業勢力はこの21世紀最大の戦争に関して真面目な検証が行われることを野放しのまま放置しておくようなことはしなかったのである。

われわれがアル・アンバー州でパトロールをしていた際には、軍用の携行食を車の外へ放り投げたものだ。あの時点では歴史書の中で自分たちがどのように描写されることになるのかについてはまったく想像することはできなかった。ただ多目的装甲車の中で私が望んでいたことは余分な空間を少しでも多く確保することだけだった。何年か後、私は大学で西洋文明史のコースを選択して、教授が文明の発祥地について話す内容に耳を傾けていた。私は、その時、メソポタミアの砂漠に散乱する軍用の携行食のことを考えていた。

シリアやイラクにおける近況を詳しく調べようとする時には、いつも決まったように、私の海兵隊の仲間たちは携行食の中から「スキットルズ」という名称のフルーツキャンディを選んで、子供たちに向かって投げつけていた様子を思い浮かべてしまう。子供たちに投げ与えるのはキャンディだけではない。尿や石ころ、ゴミ、その他諸々の異物が入った飲料水のボトルも含まれていた。私はしょっちゅう考え込んでしまう。「イスラム国やその他の武装勢力組織の連中の間ではいったい何人のメンバーがこういったおぞましい出来事を想い起こしているんだろうか」と。 

さらには、われわれが捕まえた何百人もの捕虜のことについても考え込んでしまう。彼らは仮設の拘留施設でテネシーやニューヨークおよびオレゴン等からやってきた20歳にも満たないような若い兵士らから拷問を受けた。私自身は拘留施設で勤務をするという不運な目には遭わなかったものの、聞いた話をいくつも思い出す。また、同僚の海兵隊員が話してくれた内容をはっきりと思い出すことができる。イラク人に対してパンチを加えたり、ひっぱたいたり、蹴ったり、肘鉄を加えたり、膝で蹴り上げたり、頭突きをしたり…と際限はなかった。性的な拷問についても思い出す。イラク人の男に他の捕虜に対して性的な行為を強制したり、彼らの睾丸にナイフを突きつけたり、時には、バトンを使ってアナル・セックスをさせたりした。

しかしながら、こうした醜態を演じる以前にはどうであったかと言うと、われわれの歩兵集団は夜間の襲撃の際にはスポーツ感覚でイラク人を包囲し、手を縛り上げ、頭には黒い袋を被せて、彼らの妻や子供たちが膝をついて嘆願する目の前で多目的装甲車の後部やトラックへ放り込んだものだ。時には、昼日中にも連中を拘束した。ほとんどの場合、彼らは抵抗しようとさえもしなかった。中には、海兵隊員が銃身で相手の顔を殴ろうとする間中両手を挙げているほど無抵抗であった。一旦拘留施設へ運び込まれると何日も、何週間も、時には何ヶ月にもわたって彼らを拘留した。家族には何の連絡もしなかった。彼らが釈放されると、われわれは彼らを前線基地から運び出し、彼らの住居からは何マイルも離れた砂漠のど真ん中へ連れ出し、そこへ放置したりした。

ジップタイ [訳注:プラスチック製の紐。電気配線などを束ねる際に使用される] を切断し、彼らの頭から黒い袋を取り除いてやってから、開放されたばかりの捕虜を威嚇しようとして、すっかり頭に来ている海兵隊員たちは彼らの頭上や周囲に向けてAR-15自動小銃を何発も発射したものだ。何時もの事ながら、笑い転げるためだった。大部分のイラク人は逃げようとする。拘留施設における苦難の日々に聞こえて来た絶叫と同じような叫び声を挙げ、今は施設の外にいることから何らかの自由を享受したいと願っているかのようでもあった。しかし、この連中がどれだけ長く生きながらえたのかについては知る術はない。結局のところ、そんなことは誰も気にしてはいなかった。しかし、われわれは米国に捕虜として捕えられた連中の中で幸運にも生き残った一人の男だけは知っている。彼の名前はアブ・バクル・アル・バグダディ。イスラム国のリーダーである。

驚いたことには、イラクの市民を非人間的に扱う能力は銃撃や爆発が終了すると格段に高まるのが常だった。多くの海兵隊員たちが集まって来て、死体の写真を撮ったりして暇をつぶしていた。死体を興味本位にバラバラに切断したり、膨らんだ死体を銃剣で突いたりして、安っぽい笑いを誘おうとした。当時はアイフォーンはまだ手に入る状況にはなかったので、何人かの隊員はデジタルカメラを持ってイラクへやって来ていた。西側はそんなことがあったことなんて全世界がすっかり忘れてしまうことを望んでいたに違いないと思うが、これらのカメラはまったく知られることのないイラク戦争の実態を数多く収録していたのである。あの頃のイラクの歴史やこれらのカメラには理不尽な殺戮や他の戦争犯罪がたくさん収められているが、イラクの人たちにとってはこれらの事実は忘れたくても忘れることはできない。

不幸なことではあるが、私はイラクで過ごした頃に経験したり聞いたりした無数の逸話を今も思い出すことが出来る。罪もない人々がただ単に米兵に取り囲まれ、拷問され、拘束されただけではない。何十万、あるいは、ある調査によれば百万のオーダーの市民が焼き殺されたのである。

彼らの国家を蹂躙した「邪悪の帝国」の本当の意味を理解することができるのはイラク人だけであろう。彼らはイラクとイランが闘った8年戦争で西側が担った役割をよく記憶しており、彼らは1990年代にクリントン政権によって課された経済制裁のことをよく記憶している。あの政策によって、50万人以上の市民が死亡した。犠牲者の大多数は女性と子供たちであった。そして、2003年がやってきた。西側はやりかけていた仕事をついに完了した。今日、イラクという国家は壊滅状態にある。人々は毒に冒され、不具になり、自然環境は劣化ウラン弾によってすっかり汚染された。14年間にもおよぶ対テロ戦争の後ひとつだけ明白な事柄が存在する。それは西側は蛮行を助長し、幾つもの破綻国家をもたらす上で偉大とも言えるような業績を挙げたという事実である。

幽霊たちとの同居:

イラクの子供たちの暖かく鏡のような目が、当然のことではあろうが、私にはしょちゅう思い出される。私が殺した連中の顔、あるいは、少なくとも死体を確認することができる程に身近に横たわっていた連中の顔は私の記憶から消え去ることは決してないのではないか。悪夢が私を襲ったり、毎日の生活の中でさまざまなことを回想する際、「イスラム国はいったい何処から現れたのか」という問いかけを決まって思い起こす。はっきり言って、彼らはわれわれを憎んでいる。残念ながら、あの憎悪の念は理解可能だ。西側に対する憎悪の念は今後何年も、いや、何十年にもわたって消え去ることはないだろう。それ以外にいったいどんな可能性があるというのだろうか?

繰り返すが、中東に対して西側が引き起こした破壊の程度は先進国に住む人たちの大部分にとっては想像することはできそうもない。西側の市民が世間知らずにも、「連中はいったいどうして俺たちを憎むのか」という問いかけをいつもしていることからも、このことは決して強調し過ぎることはない。

最終的に、戦争や革命および反革命が起こり、後世の世代はその結果と共に生きることになる。つまり、文明や社会あるいは文化や国家、個人は生き延びるか、あるいは、消えて行くかのどちらかである。こうして、歴史は動いていく。西側が将来どのようにテロを扱うのかは西側がテロ行為を継続するか否かによって決まるだろう。イスラム国のような組織が将来再び形成されることを予防する上で明らかに有効であると思われる手法は、西側が軍国主義に頼ることについてはことごとく反対することだ。たとえば、CIAが後押しをするクーデターや代理戦争、ドローンによる爆撃、暴動対策、経済制裁、等、あらゆる形の介入に対して反対することだ。

その一方、イラクで大量虐殺に直接関与したわれわれ自身は戦争の幽霊たちと同居し続けるしかないだろう。

著者のプロフィール: ヴィンセント・エマヌエルは作家、ラジオ報道記者、ならびに、活動家として活躍。現在インデイアナ州のミシガン市に在住し、メール・アドレスはvince.emanuele@ivaw.org。

<引用終了>
イラク戦争がイラクの市民にもたらした残酷な状況を歴史家の目で捉え、それを自分の言葉で語るために、この著者は海兵隊員としてイラクに派遣されたのではないかと私には思える。彼の記述にはそう思わせるものがいくつもある。著者は10年も前の自分の経験や同僚から聞いた逸話を客観的に捉え、それを周囲の人たちに伝えようとしている。彼の最大の不満は周囲の一般大衆がイラク戦争で何が起こっていたのか、米国の軍隊はどんなことをしているのかに関して何も知らないこと、あるいは、知ろうともしないことにあるようだ。

イラク戦争に関する彼の記憶は悪夢の連続であったに違いない。そんな風に思える。事実、この著者がイラク戦争について書いた他の記事 [注3] を読んでみると、そこには彼の感情がここに引用した記事とは比べ物にならないほど直接的に表現されており、読み手にはビンビンと伝わって来る。

この著者にとっては「イスラム国はいったい何処から現れたのか」との問いかけは余りにも認識に欠けたものだ。「自明の理ではないか」と彼は言いたいようだ。しかし、現実には、兵員を10万も20万も送り込んでイラク戦争に直接関与して来た米国においてさえも、このような問い掛けをする人は多いのだ。

イスラム国の誕生の秘密を議論する上で秀逸な記述だなと思った個所は「・・・しかし、この連中がどれだけ長く生きながらえたのかについては知る術はない。結局のところ、そんなことは誰も気にしてはいなかった。しかし、われわれは米国に捕虜として捕えられた連中の中で幸運にも生き残った一人の男だけは知っている。彼の名前はアブ・バクル・アル・バグダディ。イスラム国のリーダーである」という部分だ。

さらには、「・・・はっきり言って、彼らはわれわれを憎んでいる。残念ながら、あの憎悪の念は理解可能だ。西側に対する憎悪の念は今後何年も、いや、何十年にもわたって消え去ることはないだろう。それ以外にいったいどんな可能性があるというのだろうか?」という部分だ。

イスラム国の誕生の秘密はこれらの記述にすべてが言い尽くされていると言えよう。

この著者の体験談は核心をついている。何十万もの米兵がイラクで反テロ戦争を体験し、自分自身の目でそれを見て来た。仲間の隊員の経験についても聞いており、多くのことを知っている。しかしながら、この著者程に自分の思いを詳しく伝えてくれた元米兵はいない。「米兵はそんな残虐なことはしなかったよ」と反論できる人はいるんだろうか?誰一人としていない。そこにこの著者の非凡さがあり、歴史の証人としての価値があるのだと思う。

2014年9月7日に「ジェームズ・フォーリーの死 ― 疑問が湧いてくるばかりで、答が見つからない」と題したブログを掲載した。そのブログでは、米軍兵士がイラク人市民に対して犯した犯罪的な行為としてポール・コルテスという元米兵が語った戦争体験をご紹介した。戦場では理性や倫理観を失った兵士らが無抵抗の市民に何を仕出かすか予測することはできない。14歳のイラク人少女とその姉は兵士らによるレイプ狩りの餌食となり、父母と共に虐殺されてしまう。自動小銃を持った兵士らが非武装の市民にとってこの上なく危険な存在となってしまう有様がはっきりと報告されている。

これらのふたつの逸話と同じような話は他にも無数にあったのではないだろうか。しかし、そうした現実はほとんどが公式には記録もされないままだ。実際に起こった事実は一兵士の記憶の中に収められたまま放置され、その兵士が口外しない限り誰にも分からない。当人が死亡すると当人と共に墓石の下へ埋葬されてしまうのが落ちだ。

ヴィンセント・エマヌエルが書き物として公式に述べた内容は、そういう意味で、とてつもなく重要である。

参照:

注1: Finally Confirmed: US Created ISIS Terror Group: By Zero Hedge, May/26/2015

注2: I Helped Create ISIS: By Vincent Emanuele, Dec/19/2015

注3: A Tragic Anniversary: By Vincent Emanuele, Apr/25/2015





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パリのため(だけ)ではなく、世界のために祈るべきとき 

ブナ林便りに或るインド人女性ジャーナリスト・ブロガーが書かれたという詩が紹介されていました。

この詩で歌われているように、
パリの事件はパリにだけ来た不幸ではないでしょう。
パリの事件は今世紀の初めごろから世界中で荒れ廻っている猛烈な暴易風の、
凄まじい血の嵐にやられた数々の事件のうちの、
一例に過ぎないと言えるのではないでしょうか?
アラビアやアフリカの各地では、ここ十数年の嵐の中で幾百万の人命が、酷たらしく奪われたか知れません。
住む家を焼かれ壊されて、流浪の旅に追いやられた人々の数は、1千万人を超えるかも知れません。
この嵐の主導者はフランス軍が全力で戦っても、敵討ちなど出来る様な相手ではないと思います。
フランスが今やるべきことは、一日も早くこの嵐を鎮める努力なのではないでしょうか?
     (以下引用)

目良誠二郎FB  私たちが捧げるべきなのは、パリへの祈りではない。 世界への祈りだ。 It is not Paris we should pray for.It is the world.
父親がベイルートで育ったというインド人女性ジャーナリスト・ブロガーが、パリの悲惨なテロの衝撃を受けて書いた詩を、つれあいが訳してアップしてくれたのでシェアします。
パリのため(だけ)ではなく、世界のために祈るべきとき…と美しい言葉で訴えるこの文章に心を揺り動かされました。拙い訳ですが日本語にしてみましたのでご一読ください。
*******

私たちが捧げるべきなのは、パリへの祈りではない。
世界への祈りだ。
パリの2日前に連続自爆攻撃にさらされたベイルートのことは
ニュースで伝えられない、そういう世界に祈りを捧げよう。
バグダッドの葬儀場が爆撃されても、死者に白人がいなかったから、
誰も「バグダッド」について投稿しない、そういう世界に。
祈りを捧げよう、
テロ攻撃を難民危機のせいにする世界に。
攻撃者と、あなたと全く同じものから逃げようとしている人とを
区別しようとしない世界に。
祈りを捧げよう、
背中に背負ったもの以外何ひとつ持たず、
何ヵ月もかけて国境を越えてきた人びとが
おまえたちに行くところはないと言われる世界に。
パリのために、ぜひとも祈りを捧げよう、
でもそれだけではいけない。
祈ろう、
祈りを持たない世界のために。
もはや守るべき家を持たない人びとのために。
身近な高層ビルやカフェだけでなく
いたるところで崩壊しつつある世界のために

集団疎開児童達の涙 

昨夜日本の名曲というテレビ番組で、大正・昭和期のメロディーを放送していた。
「忘れな草」とか「月の砂漠」とかその他色々、
私も少女時代によく耳にした懐かしい曲が声楽家の合唱で歌われていた。

「月の砂漠」の歌を聞き終わった時、主人が思い出話しを始めた。

戦時中、小学6年生で行かされた集団疎開での出来事である。
或る日、いつもは軍歌のようなものしか放送されないラジオから、
「月の砂漠」の歌が流れてきた。
その歌に気づいたクラスのメンバー全員が、
急にシーンと静かになって、その歌に聞き入っていたそうである。
そして、歌が終わった時、
女子の中には声を上げて泣き出す者があり、
男子の中にも、涙ぐんでいる者があったそうである。

常日頃と違う美しくやさしいメロディーに、
親元を離れさせられ、食べるものも十分には与えられない厳しい日々とかけ離れたやさしいメロディーが、
子供達の心に何を齎したのか?
「月の砂漠」の歌が初めてレコード化されたのは、
夫の大部分の同級生の生まれた年・昭和7年だったそうだから(夫は早生まれなので昭和8年生まれだけれど)、
彼等彼女等が生まれた頃の世の中には、「月の砂漠」のメロディーが満ちていたのかもしれない。
それで「月の砂漠」の歌は、
疎開児童達にとって、両親の住む家で過ごした幸せな頃の、象徴のような気がしたのかも知れない。

私は終戦の時はまだ1歳だったから、戦争中のことをほとんど知らない。
私たち以降に生まれた人々の大部分の人たちも、
物心ついてからずっと日本は平和だったから、
自由で平和な世界の有難さが、もう一つ分かっていないかもしれない。

しかし、一旦戦争になってしまうと日本も、
平和を懐かしむ事すら非国民と咎められる、四六時中息の抜けない世の中になってしまい、
心の平和も常に脅かされる国になってしまうことだろう。

1 月の沙漠を はるばると 旅の駱駝が 行(ゆ)きました
  金と銀との 鞍置いて 二つならんで 行きました

2 金の鞍には 銀の甕  銀の鞍には 金の甕
  二つの甕は それぞれに 紐で結んで ありました

3 先の鞍には 王子さま 後の鞍には お姫さま
  乗った二人は おそろいの 白い上着を 着てました

4 広い沙漠を ひとすじに 二人はどこへ 行くのでしょう
  朧にけぶる 月の夜を 対の駱駝は とぼとぼと

  砂丘を 越えて 行きました
  黙って 越えて 行きました


「月の砂漠の」の歌詞は、とことん悠長でのんびりした歌詞で、
特に意味などない歌であると思う。

軍歌のように、何としても勝つんだという気概もこめられていないし、
何かを強制される様な雰囲気も全然ない。
子供達は美しい月夜の砂漠のメルヘンに、
想像の翼を自由に広げる事が出来る。
あの素晴らしい世の中に、一日も早く戻って欲しい、と、子供達の涙は言っていたのかも知れない。

昔ソ連が崩壊する以前に読んだ、
ソルジェニーツィンの小説(収容所群島だったかと思う)にあった、
収容所に収監された男性の話の1シーンが思い出させられる。

その人が如何して収容所に入れられる事になったかは覚えていないが、
その男性が呼び出されて収容所の中の事務室に行った時、
ラジオから懐かしいメロディーが流れていた。
その人はそのメロディーに引き込まれる様に聞き入った。
そしてラジオの受信機に灯っていた緑色の光の美しさに、
長らく自由の世界から隔てられて来た事を痛感させられ、
郷愁の様なもので、涙が滲んで来たというようなシーンであった。

戦時中というのは国全体が、収容所の中のような状態になるのではないだろうか?
その中では自由に考える事も、自由に歌う事も許されない、
窮屈で暗い世の中となってしまうのではないかと想像される。

私は終戦の時には1歳10ヶ月だったから、
当然論理的に考える力などなかったのだけれど、
幼児は幼児なりに戦時中の、暗い雰囲気を肌で感じていたのではないかと思う。
2~3歳になった頃(戦後1~2年経った頃)だと思うが、
世の中が何となく明るくなっているような気がした記憶が、今でも薄っすらと残っている。

総てに於いて殺気立った時代・戦時中には、
平和な時代には何の変哲もない普通の音楽でも、
現在の私たちには想像できないくらいに、強く心に響くものなのかもしれない。

夫の思い出話を聞いた時、
例え銃後であっても、戦争がどんなに厳しいものであるか、
恐ろしいものであるかを痛感させられたのだった。

況や、戦地に行かされる若者たちの艱難は、
銃後の者が耐えさせられた厳しさ等とは、
比べようもないくらいに厳しいものだった事だろう。

金輪際、日本は戦争になど加担してはならない、と改めて思わされたのだった。

米軍アフガニスタンの病院を爆撃 

米軍による病院誤爆「国境なき医師団」が非難


 アフガニスタンでアメリカ軍が病院を誤爆したことをめぐり、NGO「国境なき医師団」が軍当局に対し、前もって病院の位置を連絡していた上、爆撃を受けた、と非難しました。

 「飛行機がさまざまな方向からやってきて、病院の上を4、5回飛んだ。その度に病院の主要な建物を極めて正確に爆撃した」(国境なき医師団 オペレーション責任者 バート・ジャンセン氏)

 アフガニスタンでアメリカ軍に病院を誤爆され、スタッフや患者が多数死亡した医療NGO「国境なき医師団」は3日、アフガニスタンとアメリカの軍当局に対し前もって病院の位置を連絡していた上、爆撃を受けた、と通報した後も空爆が続行されたと非難、情報公開を求めました。(04日16:00)


真実を探すブログによると、米軍機の爆撃によって、
国境なき医師団のスタッフ12人患者4人子供3人の19人が亡くなったそうです。

アメリカは誤爆だと言っているそうですが、
NGO[国境なき医師団」は米軍当局に対し、前もって病院の位置を連絡していたのに、
爆撃を受けた、と非難しているという事です。
その上、爆撃を受けた、と通報した後も、
米軍は空爆をやめないで、病院を爆撃し続けていたのだそうですから、
これでは誤爆では通らない事態だと思います。

これまでのアメリカだったら、国際法に違反する行動を採る場合には、あらかじめ作っていた傀儡を使って、
悪い事は傀儡にやらせて、自らは口を拭って、傀儡のやった悪事を非難していたものでした。
それが今回は、米軍機の爆撃であるという事が明白な状態の下に、
病院を爆撃したのですから、一寸異常事態と言えるのではないでしょうか?

今アメリカはそこまで追い込まれている・破れかぶれになっているという事なのかも知れません。

アメリカに破れかぶれになられたら、私達地球上の生命にとって、これほどの脅威はないでしょう。
アメリカ国内では破れかぶれになった者の、銃乱射が度々起こっているそうですが、
米軍が破れかぶれになったら、銃乱射の比ではなく、
核兵器の乱射になりかねませんものね。

だからと言って、アメリカに無茶苦茶されない為に、世界がアメリカの言いなりになっても、
世界の破滅が、ほんの一寸、先延ばしされるだけでしょうし・・・・・

世界の英知の結集が待たれる所です。

追記
それともアメリカはもう国際法違反を恐れる必要さえなくなっている?

14兆ドル – 2014年の全世界における戦争の代償  

今日は芳ちゃんのブログの記事をコピーさせて頂く。
2014年だけでも全世界が受けた戦争被害額は14兆ドルに上るのだとか・・・・・

14兆ドル – 2014年の全世界における戦争の代償
最近の米国は戦争に首まで浸かったままである。しかも、何年も続いている。

米経済の50パーセントは軍産複合体とそれに関連するサービスが占めると言われている。どこかで戦争をしていないと、米国の経済は動かない程である。

米国の2014年の軍事予算(5,810億ドル)は二番手の中国(1,290億ドル)を始めとした9か国(中国、サウジアラビア、ロシア、英国、仏、独、日、インド、韓国)の軍事予算の合計(5,660億ドル)を越す。中国の軍事予算は米国のそれの22パーセントに相当するに過ぎない。調査の対象となった残りすべての156ヵ国の軍事予算の合計は3,420億ドルである [注1]。

そして、不幸なことには、戦争による破壊活動は今年も続いている。

武力紛争はすべてを破壊する。住居、学校、病院、公共施設、道路、橋、鉄道、空港、上下水道、通信施設、等、ありとあらゆる構造物が破壊されてしまう。そして、何よりも悲惨なことは庶民の生活を破壊してしまうことだ。

シリア紛争で破壊された市街地の様子は凄まじいばかりだ。生命の危険を感じて国外(トルコ、レバノン、ヨルダン、イラク、およびエジプト)へ逃げ出したシリア市民の数は4百万人、長年住みなれた故郷を離れて国内で移動した市民は7.6百万人に達すると伝えられている。合計で、千2百万人に近い。死者数は32万人に達する。さらに、行方不明者や記録されてはいない死者が9万から11万人もいる。

「シリア紛争はプーチン抜きでは解決はできない - ドイツの政治家の弁」と題された9月13日の「スプートニク」の記事にはすっかり破壊された街の写真が掲載されている。街の名前は分からない。まさに瓦礫の山である。
シリア瓦礫
Photo-1: 瓦礫の山 © AFP 2015/ ABD DOUMANY

この種の写真は嫌と言うほど見てきた。ボスニア・ヘルツエゴヴィナで、アフガニスタンで、イラクで、ガザで、リビアで、ウクライナのドネツク・ルガンスク両州で。そして、今、イエメンで。

紛争の当事者間で和平が実現したとしても、街の再建には莫大な費用と長い時間を必要とする。砲撃を受けて負傷した人の経済的損失や心的苦痛は想像する術もない。働き手を失った家族の苦難は計り知れない。

別の記事 [注2] を見ると、2014年中の全世界での戦争による代償は14兆ドルに達すると報告している。

この14兆ドルという金額はいったいどれほどの額なのか私にはとても実感が湧かない。

これは全世界のGDPの13パーセントに相当し、英国、フランス、ドイツ、カナダ、スペインおよびブラジルの経済規模の合計値にほぼ匹敵するという。仮にこの14兆ドルの10パーセントだけでも節減することができたとすれば、それだけで破産寸前のギリシャの負債を6回も繰り返して支払うことができるという。国の借金の総額をGDPの70パーセントのレベルへ引き下げるために、ギリシャは2,120億ドルの融資を必要とする。昨年全世界が被った戦争による代償の10パーセントは1.43兆ドルに相当。さらに、その6分の1は2,383億ドルとなる。これだけあれば、EUをあれだけ騒がせたギリシャの救済には十分だ。

基礎的な大小関係を上記のように大雑把に把握した上で、二番目の記事を仮訳し、皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>
新しい報告書が金曜日(2015年6月19日)に公開された。それによると、2014年の世界における戦争の代償は14兆ドルに達するという。

経済平和研究所(IEP)が作成した本報告書は、シリアやイラクおよびアフガニスタンでの紛争が世界における死者の殆んどをもたらす要因になったと報告している。

この報告書によると、シリアは地球上でもっとも平和に欠けた国であると位置づけられ、イラクとアフガニスタンがこれに続く。米国はこれら3カ国の戦争のすべてに関与している。「10年前は年間平均でテロリストの攻撃による死者はせいぜい2千人のレベルであったが、昨年は2万人が死亡した。」と、同報告書は述べている。

「世界平和度指数」報告書は戦争による代償は全世界のGDP の13パーセントにも達し、これは英国、フランス、ドイツ、カナダ、スペインおよびブラジルの経済規模を合計した値にほぼ匹敵すると報告している。

ムサブ・ヨセフはツイッターに下記を掲載している。pic.twitter.com/0rej5PF0Ze — Musab Yousef (@musabyousef1) June 18, 2015

経済平和研究所(IEP)報告によると、全世界の戦争による代償は14兆ドルに達する。

経済平和研究所の創立者であり所長でもあるスティーブ・ギラレイは「世界中の戦争を均等に10パーセント程小さくすることができるとしたら、1.43兆ドルもの富が世界経済に追加されることになる…」と述べている。

「2014年は矛盾に満ちた1年であった。OECD加盟諸国は歴史的に見てもより高い平和度を実現した。その一方、紛争国では、特に、中東では武力紛争が今まで以上に激しくなった。この状況は非常に深刻である。これらの紛争はますます解決が困難となり、テロリズムは他国へと広がって行く」と、ギラレイは付け加えた。

世界でもっとも平和な国はどこか? http://t.co/KXt1PoratJ #peace @GlobPeaceIndex pic.twitter.com/gIvitYCG1j — 世界経済フォーラム (@wef) June 18, 2015

2008年から毎年発行されている「世界平和度指数」は23個の指標、ならびに、「社会の安全とセキュリティーのレベル」、「国内や国外での紛争」および「軍事化の度合い」といった三つの重要なテーマを用いて算出される。

武力紛争によって死亡した人の数は2010年の49,000人から2014年には180,000人に急増した。中東や北アフリカでは2008年に平和度指数が公開されてから最悪の年となった。

La nueva Televisión del Sur C.A. (TVSUR) RIF: G-20004500-0

この記事は最初にteleSUR [訳注: ベネズエラに所在するメディア] によって下記のサイトに掲載された: 

http://www.telesurtv.net/english/news/Global-Cost-of-War-Was-14-Trillion-Last-Year--20150619-0038.html.

この記事を使用する際には情報源を記述し、オリジナルの記事とのリンクを示してください。www.teleSURtv.net/english

La nueva Televisión del Sur C.A. (TVSUR)
<引用終了>

あれだけ大騒ぎをしたギリシャに対する融資パッケージを(数字の上では)こうも簡単に充当することができるのだとすれば、ウクライナの救済なんて容易いことなのではないか。ウクライナの場合、融資必要額は、少なくとも、計算上では一桁も小さいからだ。

要は政治だ。如何に健全な政治を行うことができるかということに尽きる。

残念ながら、いつの時代にも戦争をしようとする国はある。誰かが言った。「戦争ほど大事な政治的行為はない」と。頷けるような気もするが、この論理は完全に覇権国側の論理である。

しかしながら、戦争を遂行する側の負担も無視することはできない。率直に言って、米国の今日の姿を見ると、そのことが良く分かる。非生産的な戦争を継続することによって、米国の経済は軍事産業だけに頼る経済と化しており、国家財政は破産寸前である。

「今日の米国は西暦460年のローマ帝国だ」と誰かが論評した。国家の変革を求める真面目な政治家もたくさんいるのだが、戦争経済にうつつをぬかし、強硬路線を叫ぶ政治家は大衆に受けるのが常である。こうして、変革には失敗し、ローマ帝国は崩壊した [注3]。

日本は日露戦争(1904~1905年)を遂行するために、戦争の開始前からロンドンで外債の募集を試み、多額の借金をして、戦争のための資金を確保しなければならなかった。戦費は19.8億円となり、これは1904年度の政府歳出額である2.2億円の8.9倍に相当。つまり、9年分の国家予算に相当するほどであった。

日露戦争の終結の交渉過程では、日本は戦費に相当する賠償金をロシアから奪おうとしたが、賠償金を手にすることはできなかった。日本国内では「ロシアに勝った!」として大騒ぎをしていたが、国際的には必ずしもそのようには評価されていなかったということだ。日本は負けないで済んだ、あるいは、引き分けに終わったということに過ぎない。

そして、日本は日露戦争での借金を返済するのに80年もかかった。借金は金利を含めて何倍にも膨らんだのである。

第一次世界大戦で敗戦したドイツは戦時中の借金を返済するのに92年もかかった(2010年まで)。これは日露戦争が日本に与えた影響と同程度の年月だ。

英国政府は、昨年10月、第一次世界大戦時に発行した戦時公債を100年たった今(2015年2月)償還することに決めたそうだ [注4]。この戦時公債は償還期限がないことから、「永久債」とも呼ばれていた。昨今は金利が安い。相対的に高い金利の100年前の公債を償還して、もっと安い金利の国債を新たに発行しようということだ。政府にとっては、利払いを縮小するための策である。

「世界でもっとも平和な国はどこか?」のサイトを覗いてみると、日本は平和度指数が高く、トップの10ヵ国に入っている(8番目)。

しかし、この夏日本の政治は軍事化の傾向を強めている。中国や韓国およびロシアとの領土問題で敵対関係を続け、海外の戦争へ日本の自衛隊を派遣することができる体制の整備に身をやつしている。こうして、日本は「軍事化の度合い」を高めていると見られ、三つの重要なテーマのひとつで平和度の評価がさがるのではないだろうか。来年の平和度のランキングではトップ・テンから脱落するのかも知れない。

政治的には非常に不健全であると言いたい。

♞  ♞  ♞

我々一般庶民の目にはつきにくいことではあるが、借金の返済で苦労した各国の歴史を読んでみると戦争の惨たらしさを改めて痛感させられる。

そして、今の日本政府が抱えている債務はどのように返済していくのだろうかと考えさせられてしまう。

日本政府の債務総額は膨らむばかりで(2014年度の国債残高は885兆円)、減少の兆候はない。2014年度の国債残高は対GDP比で181パーセント。そして、日本の人口は減り続け、GDPは縮小の方向にある [注:これらの数値はウィキペディアによる] 。

戦場となった国や兵士を送り出した国では一番苦労させられるのは決まって一般大衆である。このことを忘れてはならない。幸いにも戦争を生きながらえることができたとしても、何十年にもわたって多額の税金を課され、支給される年金は雀の涙ほどでしかない。

要するに、戦争は非常に長い年月にわたって国民に負の影響を与えるのだ。
♞  ♞  ♞
日本政府は対外派兵や集団的自衛権の行使を容認しようとしており、本日、9月19日未明、安保関連法は参院本会議を通過し、可決された。

将来の日本を考える時、この安全保障関連法案は果たして賢い選択であるのかどうかを即断することは生易しいことではないが、少なくとも、米国の戦争に日本の自衛隊が参加する道を開くこの法案は日本が太平洋戦争以降70年間求めてきた平和国家、戦争を放棄する国家を希求することからの決別であると言える。この安保関連法は「将来の日本が生き残る道は米国の戦争に加担することしかないのだ」と言わんばかりだ。

しかし、本当にそうなにだろうか。決してそうではないと思う。

世論調査によると、有権者の3分の2は反対しているのである。世論が反対するこの法案を成立に導いた現内閣は「悪い内閣」の見本として歴史に名を残すことになるだろう。また、政府の言うことを無批判に右から左へ流してしまうような主要メディアはその存在理由が疑われる。ニュースを取り扱うメディアとしての基本的な機能を放り出してしまったのである。

「だからどうなんだ」と開き直らずに、我々一般庶民はますます広く、そして、ますます深く勉強し続けなければならない。幸いなことには、理解を深めるために必要な情報はいくらでも入手することが可能だ。

参照:
注1: This map shows how the rest of the world doesn’t even come close to the U.S. military spending: By Amanda Macias, “teleSur”, Feb/24/2015

注2: Global Cost of War Was 14 Trillion Dollars Last Year: By “teleSUR / mh-CM” and “Information Clearing House”, Jun/20/2015

注3: It’s 460 AD in Rome: This won’t be fixed: By Paul Rosenberg, Information Clearing House – FREEMANSPERSPECTIVE

注4: UK bonds that financed first world war to be redeemed 100 years later: By Julia Kollewe and Sean Farrell, Oct/31/2014, www.theguardian.com > Business > Bonds


権力者は歴史を改ざんする 

そりゃおかしいぜ第3章で、先の戦争の終結記念日が、何故9月3日になったかの経緯を書いておられる。
日ソ不可侵条約を破棄して参戦したソ連の都合で、9月3日となったのだそうであるが、この相談に現在の習政権の立脚する中華人民共和国の前身八路軍は関係していない。
戦時中八路軍と日本軍は、殆ど交戦していない。
それ処か、八路軍は中国軍(蒋介石軍)が日本軍に負けるのを待っていた様な所も無きにしも非ずだったそうある。
その上、日本が敗戦した後、多くの技術者が八路軍に協力しており、
1949年の天安門での毛沢東の勝利宣言の時に空を飛んでいた飛行機は、
旧日本軍の技師によるものであったと言う。
戦争中の日中の関係にはそうした経緯があったのに、
習近平の政治ショーの抗日戦勝利の祝賀会である。
歴史の改ざんも甚だしい。
共産党の兵士が日本軍を負かしたようなドラマが大量に放映されて、
民衆の洗脳を行っているそうである。
中華民国国民であろうと、中華人民共和国国民であろうと、
日本軍が中国人に掛けた迷惑が、許されるものとは思わないが、
日中戦争をさせたがっているアメリカに、尖閣諸島問題を起こさせられるなど、
日中間が険悪になる様操作されている中で、
殊更70年も前の戦争で、両国(日本と中華人民共和国)が戦った様に偽装して、
政治ショーを開く等、
習近平政権はアメリカの策に乗って、日本と戦いたがっているのだろうかと、疑いたくなってくる。
アメリカの挑発に乗せられて、再び日中戦争が始まったら、
地獄のような世界に突き落とされるのは、日本国民だけではなく、
中国の人民も同様なのだから、
慎重の上にも慎重を期して頂きたいものである。

以下に「そりゃおかしいぜ第3章」の記事、
続きを読むに「ちきゅう座」の記事をコピーさせて頂く。

中国の抗日祝賀は矛盾だらけである">中国の抗日祝賀は矛盾だらけである
2015-08-31
中国が今年、抗日戦勝利祝賀会を大々的に、9月3日に行う。中国が日本帝国主義の侵略に勝利したことは大いに祝うべきであり、そのことはなるべく評価はしたいと思っている。しかし、今年習近平が行おうとしている祝賀会は、極めて政治的な色合いが強く、しかも自己権力的な保全の狭量なものとしか評価できないものである。
ポツダム宣言を日本が受け入れ降伏を発表したのは、1945年8月15日である。ポツダム宣言に中国は入っている。本来なら、中国はこの日を抗日戦勝利の日とすべきである。ソビエトのスターリンは中国の蒋介石に対して、9月3日を戦争終結の日と強制した。蒋介石は9月2日という日を選んで、勝利宣言をスターリンに電報を打っている。スターリンはポツダムというベルリン郊外の場所に、連合国の会議の設定を行ったが、日本と不可侵条約を結んでいるため、宣言には入っていない。そのため8月9日に宣戦布告したソビエトの勝利は、9月3日でなければならないのである。抗日戦に加えて内戦の最中であり疲弊し切っている中国の、やっとの抵抗である。北方領土の問題もあるが、スターリンの卓越した外交手腕と言える。

終戦4年後に中華人民共和国を設立を宣言した中国共産党の八路軍と、日本はほとんど交戦していない。日本軍に勝利したのは蒋介石の、国府軍であり中華民国である。1945年当時は、共産党軍はまだ田舎にいて権力掌握どころではなかった。
毛沢東は蒋介石が日本軍と戦って疲弊するのを待っていた。敵の敵は味方という、毛沢東が後の凄惨な党内抗争で使った手法である。日本の敗戦後、多くの技術者が八路軍に協力している。1949年の天安門での毛沢東の勝利宣言の時に空を飛んでいた飛行機は、旧日本軍の技師によるものである。
革命第一世代は都合よく日本軍を利用して、後の国家建設に加わったことを知っているため、国交回復当初は日本に対して、日本帝国主義と国民は別であるとか、一衣帯水の理念を述べて日中親善を前面に出していたものである。

習近平は祝賀会に向けて、ネット上の粛清を始めた。上海の爆発で1500名の死者が出たとか株価に関するデマを流して市場を混乱させたとか発信した人物を200名近く拘束した。この国がこうしたことをやるのは、きな臭い事実があるからであるが、言論統制が厳しさを増している。
そうした中の、習近平の政治ショーの抗日戦勝利の祝賀会である。歴史の改ざんも甚だしい。共産党の兵士が日本軍を負かしたようなドラマが大量に放映されて、民衆の洗脳を行っている。真に祝うべきは、台湾に亡命してた蒋介石の末裔(現実には存在しないが)の中華民国である。蒋介石軍の消耗を待っていた、中国共産党に抗日戦を祝賀する資格はない。
権力者は都合よく歴史を改ざんするものである。安倍晋三も同類である。

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長崎の原爆忌 

長崎原爆投下、9日で70年 過去最多76カ国が参列へ
2015年8月8日20時12分

 長崎は9日、70回目の原爆忌を迎える。長崎市の平和公園で開かれる平和祈念式典では、田上富久・長崎市長が平和宣言で、被爆や戦争の記憶を次世代に継承するよう呼びかける。一方、国会で審議中の安全保障関連法案については、慎重な審議を求める。

 節目の式典とあって、参列するのは過去最多の76カ国。イランなど19カ国が初めて参列する。米国からはオバマ政権で核軍縮・不拡散政策を担うゴットメラー国務次官やキャロライン・ケネディ駐日大使が参列する。

 原爆投下時刻の午前11時2分、参列者は犠牲者に黙禱(もくとう)を捧げる。被爆者代表による「平和への誓い」は、長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)会長(86)が読み上げる。7月31日までの1年間に亡くなった被爆者は3373人で、死没者名簿に記された人は16万8767人。

 安倍晋三首相は6日の広島市での式典あいさつで、近年の歴代首相が言及してきた「非核三原則の堅持」について語らなかった。9日の長崎市での式典あいさつでは非核三原則に言及する方針を7日の衆院予算委員会で示している。

 8日夜、犠牲者の追悼や平和への願いを込めて市民が手作りしたキャンドル5千個以上をともす「平和の灯(ともしび)」が平和公園であった。やわらかな明かりに包まれながら、参加者が祈りを捧げた。(力丸祥子)


今日は2度目の原爆忌。
夫の兄は長崎の爆心地近くの工場に動員されて働いていて即死された。
即死された義兄の方が苦しんだ後、亡くなった被爆者よりは、
まだましだったかもしれないという話を、幾つも聞いた。
今日は夫の兄の祥月命日でもある。

安倍総理が今度はどんな談話をするかが話題になっているそうであるが、
口先だけの非核三原則の約束で、東京に帰ったら忽ち反故になってしまうのかと思うと、
どうでも良いような気もする。

もう戦後70年。
仏教では50年で法事も打ち止めになると聞いている。
本当は、今現在苦しんでおられる福島の被爆者の事を、真剣に考えて助けて上げてほしいものである。

広島に原爆が落とされた日に思う 

今日は広島に原爆が落とされてから70年になる。
マスコミに載らない海外記事「悲しき原爆記念日」に、次の記述がある。
   (引用)
最初は広島で、8月6日に“大火災から生じた旋風が都市を飲み込み”、66,000人が死亡した。標的リストの二番目は小倉だったが、恐ろしい運命のいたずらで、都市は煙と、もやに覆われており、爆撃機は長崎に方向転換させられ、おぞましくもファット・マンと名付けられた二発目の原爆が、8月9日に投下された。

対日本戦争はそれで終わったが、この二都市を破壊する間に、8月8日、ドイツの都市ニュルンベルクで、来るべき国際軍事裁判による、ドイツ人戦犯裁判用の指針を含む憲章が、勝利した同盟国の署名によって承認されていたことは記憶されるべきだ。 二重基準の憂慮すべき例として、裁判官達は“以下の行為、あるいはそのいずれも、国際軍事裁判の管轄権内の、そこに個人的責任がある犯罪である... (b) 戦争犯罪: つまり、戦争法や、戦争の慣習法違反。その様な違反... 都市、町や、村の残酷な破壊を含むべきこと”と言われていたのだ。“一般市民や無防備の都市の空爆を企てる”ことは不快感を催す、というルーズベルト大統領の言葉を含んではいなかったが、そのような攻撃は戦時国際法に反することが明らかにされていた。

ニュルンベルク憲章がドイツ人戦犯の有罪判決を導いたが、トルーマンが“空からの破滅の雨”と呼んだ “死となり、世界の破壊者”が日本に猛烈な勢いで降り注いだ、まさにその時にニュルンベルク憲章が署名されたのは、おぞましい偶然の一致だ。

これはつまり、正義は戦勝国だけのものであることを示している。

実に悲しい記念日だ。


「正義は戦勝国だけのもの」という事は、
戦争はどっちもどっちの、悪事であるという事だろう。
安倍さんや馬鹿ウヨたちは、「今度は勝って日本を正義の国にするのだ」と思っているのかもしれないが、
戦争とはどっちもどっちの大悪事であるのに、
侵略戦争をしてでも、勝って正義の国になろうなどと思うのは、大きな心得違いだと思う。
戦勝国が正義面出来るからと言って、
正義がその国になかったら只の見栄に過ぎない。
見る人にはちゃんと見えているのだから、
見栄を張るために戦争をしようなど、馬鹿なことは考えないでほしいものである。

安倍総理の目論みは、
アメリカと組んで戦争をしたら、今度は日本が戦勝国になれる、と思っているのかもしれないが・・・・・

安倍政権の、集団的自衛権でアメリカと共に戦争しようなどという、
日本人だけでなく世界中の人々を苦しめる目論見は、絶対に許してはならないと思う。

「沖縄慰霊の日」 日本で唯一の住民を巻き込んだ戦場 

沖縄慰霊の日、異例の平和宣言 翁長雄志知事「辺野古移設の中止を」【全文】
2015年06月23日
6月23日の沖縄全戦没者追悼式の中で、翁長雄志(おながたけし)知事が平和宣言の中で「普天間基地を辺野古に移設する作業の中止の決断を強く求めます」として、移設計画を進める安倍政権の姿勢を強く批判した。

この日は、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者らを悼む「慰霊の日」。追悼式は最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で開かれた。朝日新聞デジタルによると、日米両政府が普天間返還に合意し、辺野古周辺が候補地に浮上した1996年以降、慰霊の日の平和宣言で県知事が明確に辺野古移設計画の中止を訴えるのは初めて。6月23日は、沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる日。追悼式には翁長知事のほか、安倍晋三首相や衆参両院議長、キャロライン・ケネディ駐日米国大使らが参列した。

安倍首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くして参ります」と述べたものの、辺野古移設には触れなかった。翁長知事の平和宣言の全文は以下の通り。

■翁長雄志知事の平和宣言全文

70年目の6月23日を迎えました。私たちの郷土沖縄では、かつて史上稀に見る熾烈な地上戦が行われました。

20万人あまりの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。それは私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。

戦後、私たちはこの思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んで参りました。しかしながら国土面積の0.6%に過ぎない本県に日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73.8%が集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や本県の振興開発にさまざまな影響を与え続けています。

米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小がなされても、専用施設面積の全国に占める割合は0.7%しか縮小されず、返還時期も含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります。

沖縄の米軍の基地問題は我が国の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべき重要な課題であります。特に普天間飛行場の辺野古移設については昨年の選挙で反対の民意が示されており、辺野古に新基地を作ることは困難であります。そもそも私たち県民の思いとは全く別に強制接収された「世界一危険」といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、その危険性除去のため「辺野古に移設する。嫌なら沖縄が代替案を出しなさい」との考えは到底、県民には受け入れられるものではありません。国民の自由・平等・人権・民主主義が等しく保障されずして、平和の礎を築くことはできないのであります。

政府においては固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古に移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。一方、私たちを取り巻く世界情勢は地域紛争やテロ、差別や貧困が基となり、多くの人が命を落としたり、人間としての尊厳が蹂躙されるなど、悲劇が今なお繰り返されています。このような現実にしっかりと向き合い、平和を脅かすさまざまな問題を解決するには、一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要であります。

戦後70年を迎えてアジアの国々を繋ぐ架け橋として活躍した先人たちの万国津梁(しんりょう)の精神を胸に刻み、これからも私たちはアジア太平洋地域の発展と平和の実現に向けて、努力して参ります。未来を担う子や孫のために誇りある豊かさをつくりあげ、時を超えていつまでも子供たちの笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。慰霊の日にあたり、戦没者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて全力で取り組んでいく決意を、ここに表明します。


沖縄の全戦没者追悼式はNHKでも放送していた。
安倍総理が挨拶の為出て来た所で、私はこの放送を見るのをやめてしまった。
辺野古埋め立てに沖縄県民が、県知事選 市長選等であれほど反対の民意を出したのに、
安倍政権は沖縄の民意を踏み躙って憚らず、
辺野古埋め立て強行の強硬姿勢を改めない。

そんな安倍総理が沖縄全戦没者追悼式にぬけぬけと顔を出し、もっともらしい挨拶までするなんて、
その安倍総理の無神経さは、
安倍政権総ての政策の無神経さに一脈通じるものがある様な気がする。

つまり無神経だから米軍に要請されるままに、
憲法違反の法案を、数多の憲法学者の制止も無視して、強引に通そうと出来るのだろう。
その結果国民が、本来行く必要のない戦争に狩り出されると分かっていても、
安倍総理は全然痛痒を感じていないようであるが、
その無神経さがあるから、辺野古埋め立て反対で燃えている沖縄に、
住民の要請と反対の政策を強行しながら、平気で出向く事が出来るのだろう。

「戦争をしない国 ~明仁天皇からのメッセージ~」という本を、
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』の著者・矢部宏治さんが、(6月30日発売)出されるそうである。(こちら
副題に、「あなたは 天皇の言葉に 耳を傾けた事がありますか?」とあるが、
安倍総理は尊王家ぶっているけれど、天皇陛下のお声に耳を傾けた事は、全然ないのではないかと思われる。
と言うより、天皇陛下のお気持ちを知っているから、殊更無視しているのかもしれないが・・・・・

 明仁天皇は皇太子時代も含めて沖縄を10回も訪問している。初訪問(昭和50年・1975年)では過激派に火炎ビンを投げつけられる事件が起きた。

 その夜、殿下は文書で談話を出した。「…沖縄が先の大戦で、我が国では唯一の住民を巻き込んだ戦場と化し、幾多の犠牲を払い今日に至ったことは忘れることのできない不幸であり…」と。

 沖縄が過去に払った尊い犠牲に対し、記憶し続け、考え続け、心を寄せ続けることを約束しますというメッセージだった。


と、この矢部宏治さんの本の中の一節にあると言う。

安倍総理は国民を戦争に巻き込むという事がどういう事か、考えた事があるのだろうか?

「戦争をしない国 ~明仁天皇からのメッセージ~」は、安倍総理に是非読んでもらいたい本であると思った。

「軍隊は住民を保護する為の存在ではない」と言う曽野綾子 

2008年に私が書いていた「軍隊は住民を保護する存在ではない」という曽野綾子の説を読んで に、今日コメントを入れてくださる方があった。
それでこの記事を読み直してみて、
これからの日本は、再びこのような危険に曝される国になるのかもしれないと、
憲法9条無視の現政権の安全保障政策なるものに、危機感を新たにしたのだった。

この記事は、
『山崎行太郎氏のブログ』に保守論壇の「沖縄集団自決裁判」騒動に異議あり」に触発されて書いたのだった。
山崎行太郎ブログのこの記事の主題は、沖縄集団自決裁判に付いての論証であるが、
その記事の中の、曽野綾子に付いての次の記述に私は驚いたのだった。

■「集団自決事件」の陰に「沖縄住民処刑事件」が……。

 曽野綾子は、不思議なことだが、赤松大尉や赤松隊を擁護し弁護するあまりに、赤松大尉や赤松隊の「戦争犯罪」めいた問題については、「批判的なこと」は一切書いていない。たとえば、赤松大尉や赤松隊が、沖縄現地住民や少年少女達を、「スパイ疑惑」や「密告の可能性」という理由から、次々と処刑・斬殺していったことを記述しているが、それらの斬殺事件はすべて戦時下でのことであり、法的にも許されるはずだ……とか、軍隊は住民を保護する存在ではなく、戦うことを第一義とする存在である、それ故に住民処刑もやむをえなかった……とかいうような論理で擁護しているが、私は曽野綾子のその強引な論理に何か腑に落ちないものを感じる。当然のことだが、「曽野綾子神話」を鵜呑みにして論理を組み立てている保守派の面々も、この「沖縄住民スパイ疑惑斬殺事件」には触れようともしない。おそらくその原因は、曽野綾子の『ある神話の背景』をまともに読んでいないからだろう。読めば誰だって、疑問に思うはずである。たとえば、『ある神話の背景』に、こんな記述があるが、これらの記述をどれだけの人が読んでいるのだろうか。

 赤松隊がこの島を守備していた間に、ここで、六件の処刑事件があつた、といわれる。琉球政府立・沖縄資料編集所編『沖縄県史』によっても、そのことは次のように記されている。

 

一、伊江島から移住させられた住民の中から、青年男女六名が、赤松部隊への投降勧告の使者として派遣され、赤松大尉に斬り殺された。

 二、集団自決の時、負傷して米軍に収容され、死を免れた小峰武則、金城幸二郎の十六歳になる二人の少年は、避難中の住民に下山を勧告に行き、途中で赤松隊に射殺された。

 三、渡嘉敷国民学校訓導・大城徳安はスパイ容疑で斬殺された。

 四、八月十五日、米軍の投降勧告に応じない日本軍を説得するために、新垣重吉、古波蔵利雄、与那嶺徳、大城牛の四人は、投降勧告に行き、捕えられることを恐れて、勧告文を木の枝に結んで帰ろうとした。しかしそのうち、与那嶺、大城の二人は捕えられて殺された。

 五、座間味盛和をスパイの容疑で、多里少尉が切った。

 六、古波蔵樽は家族全員を失い、悲嘆にくれて山中をさまよっているところを、スパイの恐れがあると言って、高橋軍長の軍刀で切られた。

  (紫字は山崎行太郎ブログよりの引用)
曽野綾子は『ある神話の背景』という本の中で、
それらの斬殺事件はすべて戦時下でのことであり、法的にも許されるはずだ……とか、軍隊は住民を保護する存在ではなく、戦うことを第一義とする存在である、それ故に住民処刑もやむをえなかった……とかいうような論理で擁護しているのだそうである。
そして、いわゆる右翼論壇とその信奉者達は、曽野綾子の『ある神話の背景』を全面的に信用し支持して、
しばしば引用しているのだそうである。

という訳で、日本を「普通の国に」と言っている軍国主義右翼の感覚では、
軍隊は国民を守る事を第一の使命としてはいないという事のようである。

では軍隊の第一の使命は何だと彼等は思っているのだろう?
戦う事が第一の使命だと、曽野綾子は言っている様であるが、
戦う目的は「国民を守る為」だったのではなかったのか?
情報が漏れる恐れがあると言って、軍人の判断だけで裁判もなしに、
簡単に国民を殺害する事が許されるなんて、
軍隊とは国民にとって脅威以外の何者でもないと言えるのではないだろうか?

嘘で塗り固めた覇権主義国 

サウジ、クラスター爆弾使用…イエメン空爆で
2015年05月05日 09時47分
 【カイロ=溝田拓士】国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(本部・米ニューヨーク)は3日、サウジアラビアなどアラブ有志国によるイエメンの反政府武装勢力への空爆で、国際条約で禁止するクラスター爆弾が使われたと発表した。

 3月下旬に空爆が開始されて以降、戦闘の激化に伴って死者数は1000人を超えており、空爆に対する国際社会の批判が強まる可能性もある。

 同団体の声明によると、爆弾は米国製で、イエメンのハディ政権と戦闘中の反政府武装勢力「フーシ」が拠点を置く北部サアダ県で使用された。同団体が4月中旬以降、活動家や住民から写真や映像などの証拠を入手した。声明は「市民を危険にさらしている。いかなる状況でも使用されるべきでない」と非難した。


サウジアラビアが違法にイエメン攻撃を始めたのが。3月下旬だったという事は、
イエメンの人々は1ヶ月余りも、爆撃され続けていたのだろうか?
そして遂に、イエメンの一般市民がクラスター爆弾で攻撃されていると言う。
イエメン攻撃をやっている人間達は、何と無慈悲で無法な人間達だろう!

アメリカやイギリスなどNATOの国々は、サウジアラビアに戦闘用機器を提供しているのみならず、攻撃用爆弾を提供し、戦闘機に給油し、諜報情報を提供し、サウジアラビア王国に兵站支援をしているが、直接爆撃していないから、
アメリカもNATOも対イエメン戦争には不関与であると言っているらしい。

ウクライナで起きた事に付いては、ロシアがクリミアを併合し、東部地域も併合しようとして、ロシア軍がウクライナ軍を攻撃していると言って、アメリカは日本を含む欧米圏の国々に、経済制裁を呼びかけていた。
欧米諸国がロシアに経済制裁を始めたのは、ほんの1年足らず前の事であり、ロシアへの経済制裁は今も続けられている。

アメリカは国際法に違反した残虐行為をする国に対しては、制裁を下すのを国是としているのではなかったのか?
サウジアラビアの明らかに違法な戦争・残虐行為に、
アメリカが武器弾薬を提供し攻撃目標のアドバイスまでしているのでは、
アメリカがサウジアラビアの違法な戦争に、一枚噛んでいると言っても過言ではないと思うが、
こんな矛盾した事をやっていてアメリカは恥ずかしくないのだろうか?

マスコミの載らない海外記事「対イエメン戦争・石油と地政学の組み合わせ」によると、
アメリカはヤヌコーヴィチは、ウクライナから逃げたので、あらゆる正統性を失ったと主張した。2015年2月の最近も、アメリカ高官は、この主張を維持している。

アル・ハーディーも国から逃れた。とはいえウクライナを評価するのに使われた同じ物差しは、アル・ハーディーの正統性を評価するのには適用されないのだ。ウクライナでの立場と違い、ワシントンは、アル・ハーディーが依然、正当なイエメン指導者だと主張している。

と、共に国外逃亡したウクライナ大統領とイエメン大統領に対する、アメリカの評価は真逆である。

フーシ派と、イエメン軍は、バブ・エル・マンデブ海峡を封鎖することができるのだ。アデル・アル-ジュベイル駐ワシントン・サウジアラビア大使が、フーシ派は、弾道弾ミサイル、重火器や、イエメン基地を支配するべきではないと強調した一つの理由は、アメリカとサウジアラビアが、特にイエメンが将来イランの同盟として、テヘランと協力するような場合に、イエメンがバブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する可能性を無力化したがっている為なのだ。
という事で、(アメリカと)サウジアラビアはイエメンを攻めることを正当化している。

イスラエルがイエメン爆撃に半ば公然と参加している理由も、
イスラエルは三隻の核兵器搭載イスラエル潜水艦を、常時、イラン海岸近くに配備し、テルアビブからのイラン爆撃命令に、態勢を整えて待機しているが、イエメンがイランと手を結んで、バブ・エル・マンデブ海峡を封鎖する事態になったら、
常時イラン爆撃が出来る現在の態勢に、支障が出るから困るという事だそうである。
それでイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフが、連邦議会に、3月4日、演説しに出かけた際に、ワシントン界隈でイエメンとバブ・エル・マンデブ海峡について警鐘を鳴らしたと言う。

アメリカやその同盟国は、アメリカの覇権態勢が覆される恐れのある事は、
どんな違法な暴力や残虐行為を行っても絶対に阻止し、アメリカの覇権を守らねばならない。
アメリカ覇権を永続させる事のみが正義であると、彼等は信じている様である。

昔日本でも、平安時代位までは「まつろわぬ国」という事で、
朝廷は反抗する地方に軍を送って攻めていた。
征夷大将軍坂上田村麻呂が有名であるが・・・・・

民主主義を吹聴して人間の自由と平等を主張してきたアメリカが、
現代の世界でも、古代の覇者と同様の感覚で世界を支配し続け様としているから、違和感があるのだろう。
アメリカが古代の覇者のように、正直に自国の欲望を表明していたら、
少なくとも今のように、嘘八百の横行する世界にはならずに済んでいただろう。

然しながらアメリカが最初から、正直に覇権主義者であると表明していたら、
世界中から反発を受けて、現在ほどの武力を蓄える事も出来なければ、
これ迄世界から受けて来た様な支持も、受ける事は出来ていなかっただろう。

真実の姿を嘘で塗り固めて、人道に悖ると言って、諸外国を陰に陽に攻撃してきた手前、
アメリカは常に嘘と偽善から逃れる事が出来ないのだろうが、
もうそろそろ、嘘で諸外国を味方につける手法は、変えた方が良いのではないだろうか?
どの国でも、上の者が嘘ばかりついていると、下の者も本当の事が言えなくなり、
民心も国情も荒むばかりである。

戦争推進こそが最大の悪事 

マスコミに載らない海外記事広島と長崎: 第二次世界大戦時の原爆攻撃の罪でのアメリカ裁判を示唆するロシア下院議長によると、
ロシアの下院議長が広島長崎原爆投下に付いて、人類に対する犯罪という事で国際調査したいと言っているそうである。

確かに安倍総理がこだわっている「慰安婦問題」も人権蹂躙問題ではあるが、
無辜の民数十万人の命を一瞬にして奪うと言うのは、比較にならない位に人権蹂躙と言えるだろう。
生きる権利を奪う以上の人権蹂躙はない筈なのだから・・・・・

しかし、これ迄アメリカ人は勿論の事、
日本人も原爆投下についてアメリカの罪を言い立てる事は控えてきていた。
その理由は私の想像によると、
人殺しをすると分かっている戦争を始めたのは、(当時の)日本政府だったのだから、
人権蹂躙を言い立てる権利は日本側にはないだろうという思いが、
公正な日本の国民の心の中に、有ったからなのではないだろうか?
総ては戦争を始めた事が悪いのである。
だからこそ、
「過ちは繰り返しません」と、原爆の記念碑に書き込んだのだろうと私は思うのである。

諸悪の根源は戦争にある。
だから戦争をどちらが始めたのかという事が、一番重要なことである、という事なのではないだろうか?

先の敗戦の時、戦争責任者が大勢処刑されたけれど、
それは国内外の人々大勢に、塗炭の苦しみを与えた上に、
何百万人もの人々を死に至らしめた戦争を、始めたり推進した人々だったからであった筈である。

だから昭和天皇も今上天皇も、靖国神社に戦犯が合祀されてからは、
靖国神社に参拝する事を拒否しておられるのだそうである。(こちら

天皇尊崇者の振りをしている安倍総理は、しきりに靖国神社に参拝したがっているが、
それは安倍総理は、
政治家が事情があって戦争をはじめても、
その政治家を有罪にすべきでないと言いたいからなのだろうと思う。

しかし、国内に攻め込まれた時反撃するのは当然認められても、
或る国に攻め込まれそうだからという事で、先に攻め込むのを許すとしたら、
心配性の人間の恐怖心には切りがなく、
まして、国民の恐怖心に働きかけて、戦争をさせて一儲けしようとする悪漢に騙されたりすることもある事を考えたら、
戦争への歯止めは不可能になってしまうだろう。

政治家には戦争とは大量虐殺であるという認識の下、
戦争はどんな悪よりも尚悪い事であるという認識を持って、政治をしてもらわねばならないと思う、
そうでなかったら、戦争の危険性はいたるところに満ち満ちている。
アメリカ等は武器産業の景気回復の為に、戦争をしたがっているとさえ言われている。

70年前の原爆投下は絶対に許される事ではないけれど、
もっと許されるべきでない事は、現在進行形で行っているアメリカの戦争事業だろうと私には思える。

今上天皇は機会ある毎に、平和の大切さを説いてくださっている。
安倍総理は戦争に何か美しい物があると思い違いしている様であるが、
戦争とは大量殺人であり、国民に殺人鬼になる事を強制することであるという事を思い出して、
天皇崇拝者だったら天皇崇拝者らしく、天皇陛下のご教示を、素直に聞いて、平和維持に心をかたむけてほしいものである。

まして先の戦争で日本が何一つ悪い事をしていない、などと言うありえない空想を膨らますのは止めるべきであると思う。
外国に武器を持って乗り込むということ事態が、相手国にとって許されざる悪事なのであるという事くらい、
我が身に引き換えて考えたら分かりそうなものである。

武器を持って他人の家に押し込む者の事を強盗と言う。
だったら、武器を持った兵士を他国に押し込む事も強盗というべきなのではないだろうか?

ロシアがアメリカの原爆犯罪を問題にして下さるのは有り難いけれど、
だからと言って日本が無辜の被害者面をするのはどうかと、私には思えるのだけれど・・・・・

従軍慰安婦騒動に思う 

安倍総理は第一次安倍内閣のときにも、従軍慰安婦問題を蒸し返して、韓国などの反感を呼んだだけでなく、
従軍慰安婦問題をアメリカ議会でまで、取り上げられる事になっていた。

安倍総理はこれに懲り反省することもなく、
第2次安倍内閣になっても、再び従軍慰安婦問題を蒸し返して、旧連合国からの反感を買っている。
朝鮮人従軍慰安婦が旧日本軍によって強制連行されて、慰安婦にされたのかどうかというのが問題点らしい。
河野談話(続きを読むにコピー)で日本側は、
慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。と、従軍慰安所設置に軍が関与したことを認めている。
安倍内閣は河野談話を見直さない(踏襲する)としている。)

韓国や北朝鮮は強制連行が有ったと言い、日本側(河野談話)はその点をあいまいにしているらしい。
朝鮮人慰安婦ではないが、
戦時中の日本軍がオランダ人女性を強制的に従軍慰安婦にしたのは事実であると、
戦後国際裁判所で有罪判決が出ているそうである。
オランダ人女性にこのような悪辣なことをした軍人が居たのは事実なのだから、
旧日本軍の軍人が、従軍慰安婦にする為、朝鮮人女性を強制連行したかも知れないという疑いを、消し去る事は不可能である。
白馬事件(スマラン事件)
1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した容疑で、戦後、国際軍事裁判において(将官や兵站責任者の佐官などの高級将校を含む)当該軍人・軍属(請負業者)たちに有罪が宣告されている。

朝日新聞の元記者植村隆氏が、「従軍慰安婦強制連行」と捏造記事を書いたと、現在も非難の嵐の中におかれているのは、
彼の義母(妻の母)金学順が日本政府に対する訴訟の原告として名乗りでた時は、「親に40円でキーセンに売られた」と訴状に書いていたのに、植村隆記者が「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人が名乗り出た」と報じ、これが騒ぎの発端になったとして、これは誤報ではなく意図的な捏造であり、植村記者の妻は韓国人で義母が訴訟の原告団長だったので、義母の訴訟を有利にするために「日本軍の強制連行」という話にしたのだ と批判されているかららしい。
義母の裁判を助ける為に、彼の義母が従軍慰安婦として強制連行されたと書いのだとしたら、
それは糾弾されねばならない事であるとは思うが、
彼の義母は僅かな金額で親によって売られたのだと、訴状に書いているそうであるから、
植村元記者が後に嘘と発覚した吉田清治の証言を引用したのは、
彼は一般論として、軍は強制連行も行っていたと書いたのだと思える。
だから吉田清治証言を、植村元記者が捏造したというのは、ちょっと違うのではないだろうか。

植村元記者が従軍慰安婦の強制連行を、事実として書いたことだけで、
従軍慰安婦が強制連行されたという輿論が出来たのではないのは、
吉田清治証言の嘘がばれた後で、河野談話が書かれた事でも分かる。

共同通信も7回にわたって吉田証言を記事にしていたが、1992年頃より識者らの間で信ぴょう性に疑問を呈する声が出だしたため、1992年を最後に記事としての取り上げるのを止めている。(こちら
だから平成5年(1993年)に書かれた河野談話に、吉田清治の証言が参考にされる訳がない。

植村元記者が吉田清治証言を記事で取り上げたのは1991年8月との事だから、
その記事執筆からもう23年を経過している。
嘘の証言を見抜けずその証言を引用したからと言って、
それを掲載した新聞社諸共に、23年も経って捏造捏造と大騒ぎする日本のマスコミは、
やっぱり真ともではないと私には思える。

それに吉田証言を信じて世界中に配信した共同通信は、如何して捏造(嘘の証言を信じたことが捏造だとしたら)を謝らなくても許されているのだろう?
朝日が先に取り上げていたからと言って、
朝日も共同通信も、騙されて記事を書いたという点に於いては同じなのに・・・・・
(それに他の新聞社は一切書かなかったのだろうか?)

安倍総理は徒に従軍慰安婦問題を蒸し返して、日本の旧悪を世界に思い出さたトンでもない総理である。
河野談話で一応折り合いが付いていたのに、
そして結局は河野談話を踏襲するしかないのに、
安倍総理は総理大臣の身分も弁えず、軽々しく日本政府の公式見解を覆して、
関係諸国の顰蹙を買い、日本の信用を大きく傷つけたのである。
安倍総理の暴挙は、万死に値すると言っても過言ではないだろう。

従軍慰安婦問題で日本軍が酷いことをしたと認めることは、自虐史観だ等という人種がある。
日本人がそんな酷い事をする筈がないというのが、
戦時中の日本軍の悪事とされているものを、否定する理由であるらしいが、
それは短絡的過ぎると思う。

私は日本人は余程の事がなかったら、そんな酷いことをする人種ではないという意見には賛成であるが、
その日本人でさえも狂わせるのが、戦争であると思うからである。
何しろ戦争というのは自分たちの言い分を通す為だったら、
それに歯向かう者は、何万人でも殺すことを厭わないという代物なのである。

だから戦争の最中には、普通の状態では考えられない様な狂気が、罷り通る事が有り得るのである。
そんな狂気の世界に長らく置かれた者が全員、
平和時のように人道にそむいたことは一切しない、という保証は何所にもないと言えるだろう。

戦時中の資料が全然残されていない以上、
旧日本軍の軍人が、白馬事件でオランダ人女性を強制連行したのと同じように、
旧日本軍の軍人が、朝鮮人女性を只の一人も強制連行していない、と断言出来る者は居ない筈である。

分からないことは分からないままで、折り合いをつけていた日本政府の先輩の苦労を無にして、
新たな日本バッシングの原因を創った安倍総理は、
昔風に言えば「万死に値する」と言われる過ちを犯したのである。

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人間社会に戦争は不可欠なものか? 

神様と名乗る人のコメントに以下のものがあった。
綺麗事を言って、正義漢ぶってはいけませんな。戦争は人が死ぬし痛い。誰でも嫌だ。
がしかし、それは世間を知らない子供の理屈
であって、歴史を見れば、人類史は戦争の歴史でもあるのだ。それが「生きる」ってことだ。
生き物の宿命でもある。闘争と生き残り。
 こっちが戦争は嫌だといっても、攻めてくる者は絶えない。平和はたまさかの僥倖であって、この平和を保つためには、軍備を充実しなければならない。大戦争を避けるには小戦争をやらなければならないこともある。例えばミュンヘン会談のとき、まだ弱小なヒトラーを叩くべきであったのだ。


これに対して私が書いた返事コメントを写させていただく。
貴方の言っている事は総て嘘。
軍備を持たない者を攻めることは、軍隊には出来ない。
ガザがあんな事をされているのは、ハマスという軍隊があるからであろう。

無腰の者を攻めることは軍隊には出来ない。
ウクライナが東部地域を爆撃したのは、ウクライナ政府軍であって、
アメリカも公式には、ウクライナ東部地域を爆撃する事は出来ない。

無理無体な軍隊が攻めてくることがあったとしても、
軍隊等無い方がましである。
少なくとも反撃されたという言い逃れは出来ないから、
爆撃被害は最小限で済む。

それに軍隊が無かったら、同盟国だ等という理由で、侵略戦争に狩り出される恐れもない。

今のアメリカの軍事力に敵う国などないのだから、
軍備等持たない方がずっとましである。
アメリカに侵略しようと決心されたら、これを軍備で防ぐ事等、不可能だからである。

大東亜戦争・太平洋戦争を聖戦と言うのなら、今も暴虐な米軍を懲らしめないまでも、不服従を貫く位しても良いのでは安倍総理? 

何故個別的自衛権だけではいけないのかを、詳しく書いて来られたコメントに対して、私が書いたコメントを複写させて頂く。

安倍総理は先の戦争は、アジア開放のための聖戦であったとする立場を採っておられるから、
旧日本軍がやったと言われている慰安婦問題で韓国と、
南京虐殺問題で中国と、揉め続けているのだろう。
アジアの国々を欧米列強の暴虐から守るために聖戦を戦っていた日本軍が、
そんな悪い事をするはずがないというのが、安倍総理の立場だった筈である。

それなのに太平洋戦争で、日本軍は誰と何のために戦ったのかという事を
安倍総理は忘れてしまっているとしか思えないような政策を強行し続けている。

アメリカの元経済政策担当の財務次官補だった人が、
アメリカそのものが主要テロリスト国家だ。と言っておられ位に、
アメリカは今も世界中の人々を苦しませている、暴虐きわまりない侭である。

戦時中日本は「鬼畜米英」と言って、それと戦っていたのではないのか。

安倍総理は鬼畜米英と言って戦っていた日本軍を、一方では正当化しながら、
その鬼畜米英の行っている戦争に協力する為に、日本中の反対を押し切って、
集団的自衛権行使を容認すると閣議決定したのである。
これはそれまでの内閣が平和憲法に抵触すると言って、
拒否し続けてきた政策である。

個別的自衛権のままでは、アメリカ軍に協力して行動する時の為に作っておきたい法整備に、色々と支障をきたすから、
米軍等と協力しやすいように、集団的自衛権行使容認の必要があった。
これが憲法に抵触する事は重々承知の米軍からも要請されて、安倍総理が集団的自衛権行使容認の閣議決定をした理由らしいが、
それでは安倍総理は、今のアメリカの戦争を何と思っているのだろう?

一方で鬼畜米英と戦った英雄的日本軍であったと自慢にしながら、
相変わらず鬼畜の如き戦争を続けているアメリカ軍の手下として働く為に、
安倍総理は同胞の反対を押し切って、憲法違反の閣議決定をしている。

安倍総理が旧日本軍を聖戦を戦った清らかな軍だと言い募りながら、
日本の青年を米軍の配下にして、米軍の暴虐非道な戦争に協力させようとしている。
安倍一派に唆されるままに、日本軍は悪くなかったと言い募っている馬鹿ウヨたちは、
安倍総理のこのダブルスタンダードを何とも思わないのだろうか?

やっぱり彼等は馬鹿ウヨなのだろうか?
  (以下引用)

アメリカの元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニストPaul Craig Robertsさんが「世界を脅かすアメリカ政府」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-70f3.html
の中で次のように書いておられます。

イラク、リビアや、シリアに対する、アメリカの無謀で無責任な政治的・軍事的介入の結果、悪が解き放たれてしまった。サダム・フセイン、カダフィやアサドの支配の下で平和に共存していた様々な宗派は、お互いに殺戮をしており、あらたな集団ISISは、イラクとシリアの一部からあらたな国家を作り出す過程にある。

ブッシュ、オバマ両政権によってもたらされた中東の混乱は、何百万人の人々にとっては、死と強制退去と、無数の将来の死を意味している。私がこの文章を書いている時点で、40,000人のイラク人が、水もなしに、山頂で立ち往生し、アメリカの介入が生み出した、ISISの手で殺されるのを待っている。

中東における現実は、2003年5月1日、ジョージ・W・ブッシュがアメリカ航空母艦アブラハム・リンカーン号着艦演出の後、ブッシュが宣言した“任務完遂”と全くの対極にある。アメリカ政府が完遂した任務は、中東と何百万人もの命の破壊であり、その過程で、アメリカの評判の破壊だった。悪魔の様なネオコン・ブッシュ政権のおかげで、今日、アメリカは、世界中から、世界平和に対する、最大の脅威と見なされている。

クリントン政権のセルビア攻撃が前例となった。アメリカ政府が、”限りなき自由作戦”なるオーウェルばりの名前でごまかした、アメリカ政府によるむき出しのアフガニスタン侵略をし、ブッシュが、それを一層強化したのだ。

アメリカ政府が、アフガニスタンにもたらしたのは、自由ではなく、荒廃だ。13年間、アフガニスタン中を爆撃した後、“超大国”数千人の軽武装のタリバンに破れたアメリカは撤退しつつあるが、アメリカが今後何の責任もとらない荒廃した地域だけ残してゆく。

果てしない中東混乱のもう一つの源は、イスラエルが、パレスチナを盗み取ったことだが、アメリカ政府がそれを可能にしたのだ。ガザにおける一般市民に対するイスラエルによる最近の攻撃の中、アメリカ議会は、イスラエルによる戦争犯罪を支持する決議を通し、イスラエル向け弾薬用に何億ドルも支払うことに賛成投票した。極めて高徳なアメリカが、本質的に無防備な人々に対する、疑う余地のない戦争犯罪を100パーセント支持するのを我々は目にしているのだ。

イスラエルが、女性や子供を殺害すると、アメリカ政府は、それを、イスラエル人がパレスチナ人から盗み取った国が“自らの国を守るイスラエルの権利”だと言うが、パレスチナ人が報復すると、アメリカ政府は“テロ”と呼ぶ。いまだに存在しているごくわずかの道徳的政府からは、テロリスト国家と呼ばれ、国連事務局長からは、戦争犯罪と非難される、イスラエルを支持して、アメリカ政府は、テロリスト国家の支援を禁じる自らの法律にも違反している。

もちろん、アメリカそのものが主要テロリスト国家だ。だから、アメリカ法の下では、アメリカ自身を支持すること自体が違法だ。ところが、アメリカは、国内法であれ、国際法であれ、自らの行動を制限する法律を受け入れないのだ。アメリカは“例外的な、必要欠くべからざる国だ。”それ以外はどうでも良い。いかなる法律も、いかなる憲法も、そして、いかなる人道的配慮も、アメリカ政府の意思を制限する権限はないのだ。アメリカ政府の主張は、ナチス第三帝国の主張を超越している
このアメリカの悪事に日本は憲法破壊をして迄、協力する事はないと思います。

これまでの政権は憲法を楯にして、これを逃げ続けて来ました。
それなのに安倍政権は憲法を無視の閣議決定をして迄、アメリカの侵略戦争に付き合うと決めたのです。

日本がこんなアメリカの悪事に協力して迄、僅かの期間生き延びようとするのでは、
大東亜戦争の趣旨を正当化しようとしている安倍さんの意図が、真っ赤な嘘である事が証明された事になりますね。

日本はアメリカを懲罰まではしないでも、
非暴力不服従を貫くべきだと思います。

アメリカはその内自壊してしまうでしょうが、アメリカが滅んだ後、アメリカと共に悪事を遂行していたら、
今度こそ日本は世界中から見放されてしまう事になるでしょう。
[2014/08/23 07:14] URL | 和久希世

終戦の詔勅への疑問も・・・・・ 

日本国民だけでなく世界中の一般国民で、戦争したがっている者などほんの僅かしかいないだろう。
しかし、世界には戦争を世渡りの道具としている者や、
武器を作って売る事を商売にしている者があり、
それらの人々が世界中で、陰に日向に暗躍しているのも事実である。

自衛隊は日本の国土が、どこかの国から攻められた時にのみ、
国民の生命と財産を守る為に、これを迎え撃っても良いと規定された組織であった。
しかし今安倍総理はこれ迄憲法により禁じられているとして来た「集団的自衛権行使容認」を、
解釈改憲という強引な手法で、閣議決定してしまった。

つまり、外国から攻められたときにしか、武力を使う事が許されない事になっていた自衛隊を、
同盟国の要請だけで、武力を使える軍隊もどきに変えてしまったのである。
これは平和主義を謳った日本国憲法に、完全に違反しているのに、
安倍政権は憲法解釈を変更すれば、こういうものも容認できると強弁している。

これからの日本では、集団的自衛権という名の下に、
日本の自衛隊員がアメリカの戦争に、最前線で使役されるかも知れない。
それでは奉職時と話が違うと言って、自衛隊員が大勢辞めてしまって、日本はアメリカの要請に答えられなくなるかも知れない。
その時には日本でも戦前のように徴兵制をしいて、
青年達を無理やりアメリカの侵略戦争に、狩り出すようになるかも知れない。

又、こんな無茶苦茶な憲法違反を平気で強行する政権は、
今後日本が主体となって戦争をする所まで、暴走して終うかも知れない、
等という恐怖心が、集団的自衛権行使容認の閣議決定後、国民の間に広がっている。

こんな時私は終戦記念日の戦没者追悼式への天皇陛下の出席に、反対する集会を開くとの記事を見て、
安倍総理がもくろんでいる「天皇制国家主義」復活を恐れてのデモンストレーションだろうと思ったのだった。
しかし、そんな事をしたら、戦争屋勢力の思う壺ではないかと、
その集会を計画した方々とそれに賛同する人々に対し、異を唱えたくなったのだった。

今日の記事もその趣旨の下、コメ返を記事に仕立てたものである。
昨日の終戦記念日に向けて書いた私の記事に頂いた、ある方のコメントに対する私の返コメを複写して、
昭和天皇に対する疑問についての私の考えを、他の方々にもお読み頂けたらと思う。

>戦争を憂う者同士が批判しあうことは避けるべきと思いますの 大変失礼しました。

全然ご心配には及びません。
この様に真摯なご意見を頂く事は、私にとって、まず嬉しい事ですし、
自分と違う意見を聞かせていただくことによって、
その様な考え方がある事に、気付かせていただく事が出来ます。
又、それを見せて頂く事によって、改めるべき点は改める事が出来るし、
自分がそのご意見に反対の場合には、
反論する事によって、自分の意見を補強する事も出来ます。
という訳で私は反論も大歓迎なのです。

ところで、終戦の詔勅をご紹介くださりありがとうございました。
私も全文を読んだ事がありませんでしたので、勉強になりました。

仰る通り責任問題と反省に、
昭和天皇は一切言及しておられませんね。

しかし、あの状況下で総てに周到に行き届いた発言を求める事は、難しかったかもしれません。
昭和天皇にしたら、先祖から受け継いだ日本国を、亡国としては大変だという思いだけが先行しておられたことでしょうし・・・・・

それに天皇に完全を求めるなら、それは無理な事かも知れません。
人間宣言をされる以前から、天皇も一人の人間に過ぎなかったのは事実なのですから・・・・

昭和天皇はあの戦争に於いて、
黙って戦争遂行の旗頭になられたことを、きっと胸をかきむしられる位に後悔されたことでしょうが、
戦争開始当時は、周辺の者の説明等により、
この戦争は止むを得ないものであり、それがアジア諸国を救う道でもあると、
心から信じておられたのではないでしょうか?

昭和天皇が間違いを犯された事は事実であり、天皇陛下万歳と言わされて死地に行かされた人々と、その家族の悔しさは限りない事であるとは思います。
しかし、現在の日本及び世界は、戦争屋勢力に牛耳られており、
欧米の政治家達も戦争屋勢力に牛耳られるままに、戦争へ突入させられようとしていますが、
第2次世界大戦当時も似たような状況だったのではないでしょうか?

今も昔も、政治家は巨大資本家の要求に、乗せられざるを得ない状況に置かれ易い者のようですし・・・・・

太平洋戦争の時の戦争遂行者も、今の政界で蠢いている勢力と、似たりよったりの勢力だったのではないかと思うのです。
只当時は主権者が国民ではなく、天皇だったから、天皇を騙せば戦争が出来る状態だったという所が、現在と違っていただけの違い、と思えば分かりやすいかと思います。
現在の大部分の国民が戦争等真っ平と思っていても、
戦争屋勢力はマスコミを総動員した洗脳で、国民の可也の人々を、戦争止むなしかと思わせる事に成功しているようです。

天皇も国民も同様に、戦争をしたがる理由がないのに、
戦争屋勢力に、煽てたりすかしたりされて洗脳され、遂に二進も三進もいかなくなっているという点に於いて、
大東亜戦争当時の天皇と現在の国民とは似ているのではないかと思うのです。

それらの想像を巡らした時、
戦争屋勢力が再び天皇制国家主義なるものを打ち立てて、
天皇を利用して国民を死地に追いやろうとしているからと言って、
私達平和を希求している者達が、天皇を敵視するのは賢いやり方ではないでしょう。

何しろ天皇に対する日本国民の長年培われてきた習性は、厳然として今も残っているのですから・・・・・

折角今上天皇が必死で平和主義を表明しておられるのに、
どうせ天皇は「天皇制国家主義」に取り込まれて、
日本は太平洋戦争の時と同じ事になるに決まっているから、
今のうちから天皇を敵視する事を、国民に教えておこうという企ては、
反って戦争屋勢力を利するものにしかならないだろうと私には思えるのです。

前にも書きましたが、
「天皇陛下をぼろくそに言っている左翼が戦争反対と言っているのは、左翼が日本をどこかの国に捧げようと目論んでいる売国奴だからだ」という戦争屋勢力の悪口に、絶好の根拠と看做され、利用される恐れがあるからです。

日本国民は天皇に付いて行く政権を信頼する傾向があるのは、
内乱を最小限に抑える働きをする長所でもあるのですから、
その長所を生かしつつ、
平和主義こそ国民にも天皇にも良いことであるのに、
日本に戦争をさせて一儲けけしようとしている売国奴どもから、
私達国民は騙されようとしている。
私達国民は天皇陛下と共に日本と世界の平和を守るのだと、
天下に表明するべきではないかと、私は思うのです。

これは天皇陛下が有能かどうかの問題ではなく、
天皇陛下にとっても戦争責任者にされる事は災難であると言う事実を踏まえて、私達は天皇支持を選択するべきだと思ういう事です。
[2014/08/16 12:07] URL | 和久希世

69回目の終戦記念日 

69回目の「終戦の日」、戦没者追悼式で平和誓う

 15日は69回目の終戦の日です。東京・千代田区の日本武道館では政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われました。

 「国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」

 戦没者追悼式には、天皇・皇后両陛下や安倍総理をはじめ、7歳から100歳までの遺族らおよそ6000人が参列し、参加者の最年長は夫がフィリピンで戦死した100歳の女性でした。

 「(戦時中)机を並べている方が全部1トン爆弾でやられた。それだけが今でも目に浮かぶ。こんなに平和になって良かった・・・」(最年長参列者 難波いそさん)

 今年は参列した遺族のうちおよそ8割の人が70歳以上となっていて、遺族の高齢化が進んでいます。

 「私たちは歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら今を生きる世代、そして明日を生きる世代のために国の未来を切りひらいてまいります」(安倍晋三 首相)

 安倍総理はこのように述べましたが、歴代の総理大臣が表明してきた「アジア諸国への加害責任と反省」については去年に続いて言及しませんでした。(15日12:41)


69回目の終戦記念日。
敗戦を終戦と言ったのが良くなかったという説もあるが・・・・・

終戦直後の日本は、戦争が終わってほっとしている空気が漲っていた。
これからはもう空襲される恐れがないというだけで、庶民はほっとしたのだろう。
原爆だけではない、日本中の大都市が絨毯爆撃で焼き払われたのも、
日本がアメリカに宣戦布告さえしなかったら、起きなかったことかもしれない。
戦争さえしなかったら、どこの国も外国人を大威張りで虐殺等出来はしないだろう。

戦時中の世の中には、日本人の追い詰められた気持ちが、満ち満ちていたのだろう、
終戦当時まだ幼かった私にも、ある時から何故か世の中が明るくなったような感じがしたのが、うっすらと記憶に残っている。

今の馬鹿ウヨたちは尖閣諸島に異常に執着し、やたらと殺気立って来ているが、これを平和ボケと言うのではないだろうか?
そんなちっぽけな人も住めない離島の為に、空襲で殺されるかもしれない危険を無視して平気だなんて・・・・・

戦争なんか始めたら、武器を売りたくて仕方ない戦争屋達が、
戦争当事国の双方に、親切顔してどんどん武器を供給してくる事だろう。
空襲による無差別殺人で、庶民も殺されて行くのが戦争だということを、あの戦争で痛いほど経験した筈なのに、
喉もと過ぎれば熱さ忘れるで、
アメリカの経済界に誘導されたからかも知れないが、
日本の経済界は、戦争しないと経済回復が出来ないからと、
無責任な総理大臣を担いで、又ぞろ戦争準備を始めようとしている。

戦後の歴代総理大臣は必ず、「アジア諸国への加害責任と反省」を挨拶の中で言っていたのに、
安倍総理は今年も、周辺諸国に迷惑を掛けたと言わなかったそうである。
日本があの戦争でアジア諸国に迷惑を掛けた事は、逃れようのない事実なのだから、
戦没者追悼式で戦没者を追悼する時に、追悼式を主宰する現職総理大臣が、その戦争で迷惑を掛けた国々に対して、
あの時は済まなかったと、表明するのは当然の義務の筈なのに、
安倍総理は去年も今年も、一切謝罪をしなかったそうである。

敗戦後国交を回復し、友好関係に戻ってくれた国々に対して、
日本の総理大臣として当然の礼儀を果たす事が、そんなにいやなのなら、
安倍総理は日本の総理大臣になんかならなかったらよかったのに・・・・・

69回目の長崎平和祈念式典 

長崎市長「戦争せぬ誓い」訴え 69回目の原爆の日
集団的自衛権に言及
2014/8/9
 長崎は9日、69回目の原爆の日を迎えた。爆心地近くの平和公園(長崎市)で開かれた平和祈念式典には約5900人が参列。長崎市の田上富久市長は平和宣言で、来年開かれる核不拡散条約(NPT)再検討会議を前進させるため、日本が主導的役割を果たすよう政府に求めるなど、核兵器廃絶を訴えた。

 式典ではこの1年間で死亡、または死亡が確認された3355人の原爆死没者の名簿が奉安された。式典には過去最多の51カ国の代表が出席。参列者は原爆投下時刻の午前11時2分に黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。

 平和宣言で田上市長は「被爆国としての原点に返れ」と訴えた昨年の宣言を踏まえ、核廃絶問題での日本の使命を強調した。核兵器禁止を求める国々と、段階的核軍縮を主張する核保有国の対立に危機感を表明したうえで、日本政府には「核兵器の非人道性を一番理解している国」として、その先頭に立つことを求めた。

 さらに政府が閣議決定した集団的自衛権の行使容認にも言及。「日本国憲法に込められた『戦争をしない』という誓いは、被爆国日本の原点であるとともに被爆地長崎の原点」と述べ、日本の安全保障のあり方に関し国民に広がる不安や懸念に真摯に向き合うことを政府に求めた。

 東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故から3年がたった東北の被災地には、復興への願いと支援を改めて伝えた。



広島の原爆記念日は雨だったが、
台風11号が接近する最中にもかかわらず、
長崎の平和祈念式典は雨に見舞われずに済んだようである。

広島市長と違い長崎市長は式典での平和宣言で、核廃絶問題での日本の使命を強調し、安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定に、
平和への不安と懸念を述べ、政府が被爆国としての原点に返る事を求めたそうであるが、
何故かNHKは長崎市長の平和宣言の部分を放送しなかったそうである。(放送を見ていた夫の話)

何故長崎に原爆が落とされたかに付いては、
当時の米国の色々な事情も伝えられているが、(こちら
米国にどんな思惑があったとしても、
あの時日本が戦争をしていなかったら、幾らアメリカでも日本に原爆を落とす事はなかっただろう。

広島や長崎で行われる原爆慰霊の式典を、
平和祈念式典と呼ぶのはその為だった筈である。
「二度と許すまじ原爆を、我らの上に・・・・・」
というのは、これからの日本は2度と原爆を落とされない国(どんな国際紛争も外交努力で平和裡に納める国)であり続け様という決意表明だったのではないだろうか?
その為に私達は政府が絶対に戦争を目論まない様、常に見張って行こうという誓いを歌にして、
常に忘れないよう自分達を励ましていたのだろう。

原爆記念日の式典を「平和祈念式典」と名づけたのも、平和こそ原爆を落とされずに済む最良の方法だと思ってのことだろう。

その平和を祈念する式典で、恒久平和を願って訴えられた長崎市長の平和宣言を、
NHKは同時放送なのにわざわざその部分だけをカットして、他のエピソード放送に代えていたのであった。
これはNHKが恐らく安倍総理の意を受けて、
長崎市長の平和への訴えが全国民の耳に届かないよう細工した、
NHKお得意の欺瞞放送だったということだろう。

これでも安倍総理は集団的自衛権行使容認は、(積極的)平和主義だと言われるのだろうか?
本心で平和を願っている人だったら、
平和への方法論が違っていたとしても、
平和を願う人の主張を、握りつぶしたりはしない筈である。

安倍総理は平和祈念式典に今年も2回続けて、心にもない挨拶をしに行ったということなのだろう。
平和欺瞞式典に、国民を騙す為には必要だからと、いやいやながら出席した安倍総理は、
「総理は辛いよ」と思っているのだろうか?
ならば早々に総理をお辞めになったら?

平和は日本国憲法が一番大事にしている「国是」なのだから、
国是に従いたくない総理は、国民が罷免できる筈だけれど、
最高裁は形骸しか残っていないし、
「主権者でも、国民は辛いよ」と言いたい所である。
でも、国民をやめることなど私には出来はしないし・・・・・

69回目の原爆記念日 


Listening:<記者の目>広島原爆、500メートル圏内からの証言=高橋咲子(広島支局)
2014年08月06日
 ◇核の残酷、人の強さ

 広島原爆で、住民らのほとんどが即死したと言われる爆心地から500メートルの圏内。広島大学原爆放射能医学研究所(原医研、現広島大原爆放射線医科学研究所)は、1972年時点で圏内で被爆し生存していた78人を追跡調査し、身体的影響だけでなく社会的、心理的な側面を明らかにしようと研究を重ねた。毎日新聞はこの夏、原医研が72〜85年に生存者から聞き取ったり収集したりした録音テープを入手した。証言、そして新たな取材から見えてきたのは「生きる基盤」を断ち切った原爆の残酷さと、それでもなお精いっぱい生きようとした人たちの姿だった。

 ◇断ち切られた生命、営み、絆

 まず驚いたのは生々しい8月6日の光景だ。爆心地から約490メートルの電車内で被爆した23歳の軍人は、衝撃を感じ身を伏せた後、とっさに電車から飛び降りた。電車は真っ暗な中を燃えながら30メートルほど走って止まった。光を取り戻す中で見えてきたのは、無くなった街と3倍にも膨れた馬だった。別の証言では「毒ガス攻撃だ」「まだ爆音が聞こえる」と口々に叫び、パニックに陥る人たちもいた。

 旧日本銀行広島支店など堅固な建物内では、500メートル圏内でも助かった人が多かったが、路上や木造家屋の中でも命を取り留めた人がいた。県外から仕事で来た生命保険外交員の45歳男性は時計もめがねも吹っ飛び、ベルトだけが残ったと証言した。爆心地から500メートルの地点でも秒速200メートルの爆風が襲い、皮膚の表面温度は500〜600度となったというから助かったのはまさしく奇跡だ。

 原爆の被害は8月6日だけのことではない。強い放射線は一生被爆者を苦しめ続けた。また、家族や慣れ親しんだ地域との絆を断ち切ったことを忘れてはならない。

 爆心地から約410メートルにある本川国民学校で11歳の時に被爆した居森清子さん(80)=横浜市=は両親、弟と離ればなれになり、日ごろ付き合いのない親戚に引き取られた。家族に可愛がられ、父親から「大学に行かせたい」と言われていた居森さんだが、親戚からは疎まれ、義務教育卒業後は住み込みで美容院に働きに出された。

 戦後40年を過ぎた頃、かつてのご近所さんから両親が息を引き取った場所を教えてもらった。その時の気持ちを尋ねると「別に何とも」と素っ気ない答えが返ってきた。食い下がる私に、居森さんは「いないものと思ってきたから」と言った。自分が11歳の時、家族の行方が分からないまま地元から放り出されたら何ができるだろう。どんな気持ちで頭から家族のことを追い出し、身を粉にして働いてきたのか。胸が締め付けられた。

 ◇苦しみ抜いた末、前向く意思こそ

 20代で被爆した女性のめいの証言も残っていた。50歳になる前に亡くなった女性は生前二つのかつらを大切にしていた。一つはよそゆき、一つは通勤用。日曜日ごとにきれいに洗い、カールをセットした。女性は髪の毛がないと近所の子供たちにバカにされ、入退院を繰り返して鉄道に飛び込むことも考えたという。

 それでも勤めを続け、倹約し家を建てた。めいを可愛がり、駄菓子屋で毎日小さなお土産を買ってきた。被爆の影響で聴力を失ったが、テレビの字幕付き洋画を楽しみ、同僚と旅行にも出かけた。証言から浮かび上がったのは、精いっぱい「よく生きよう」とする女性の姿だった。

 それぞれに共通するのは厳しい環境にありながら、自らの意思で前を向いて生きようとする姿だ。苦しみ抜いてたどりついたその生き方に、人間の根本を見た気がした。

 原医研の研究者たちにも触れたい。研究の中心メンバーだった故・湯崎稔教授は生存者の保証人になったこともあった。テープなど研究資料を保管していた医師の鎌田七男名誉教授はこまめに相談に乗るなど退職後も生存者を支え、居森さんが昨年、一時危篤になった際は広島から横浜まで駆けつけた。その姿勢は「研究はするが治療はしない」と広島の人から嫌われた、米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)の対極にある。

 親兄弟を一瞬にして失い、財産を奪われ、慣れ親しんだ土地を破壊される。多重がんにむしばまれ、生涯、病への恐怖におびえ続ける。鎌田名誉教授は「これこそ核兵器の非人道性だ」と指摘する。

 広島で取材をするまで、被爆者とは「悲惨な体験をした人」というイメージだった。だが、今では「原爆を生き抜いた人」だと思う。戦後、大国が核兵器を持ちながら使用できなかった理由の一つに、被爆者の存在があると言われる。彼らがいなくなった未来のためにも、できるだけ多くの被爆者の「人生」を記録に残したい。


福島であんな原発事故を起こしておいて、まだ原発の再稼動をしようとしている政府が・・・・・
とか、核拡散防止条約にいつも反対している政府が・・・・・(こちら
等と思って、私は最近は原爆記念行事に、ちょっと褪めた思いを持つようになっていたけれど、
この記事を読んだとき、
そんな日本政府だからこそ、日本は原爆記念行事を続けねばならないのかも知れないと思ったのだった。
もし原爆記念行事まで取りやめてしまったら、それこそ政府に歯止めが掛からなくなってしまうかもしれない。

米軍によって広島や長崎に原爆を落とされたことと、
東京や大阪etcが米軍によって絨毯爆撃された事と、どう違うのかと言えば、
1度の爆撃による死者の数もさることながら、
一番大きな違いは生き残った人々の、被爆後何十年間も続く放射能被害の深刻さなのだと思う。
その事を世界に忘れさせないためにも、原爆記念行事は続ける意味があったのだ。

原爆被爆記念行事を続けながら、日本は福島で大事故を起こし、日本に三度目の放射能被害者を出してしまった。
「三度(みたび)許すまじ」と歌っていたのは、放射能被爆の事ではなかったのだろうか?
それなのに、原爆記念日には今でも白々しく「三度許すまじ原爆を」と歌っている。
それを思うと、日本政府のやる原爆記念日なんて偽善と、近年私は白けた気持ちになっていた。

日本政府は原発推進と原爆記念行事の両方を続ける政府である。
この矛盾した行政を平気で続ける総理大臣を、
原爆記念行事に毎年出席させ続ける事によって、
私達は総理大臣に、少なくとも放射能被害に目を瞑る事は許されないという圧力だけは、かけることが出来るのかもしれないと思うようになったのだった。

本音を言えば、70年近く前の原爆記念日はもう終わりにして、
福島原発の過酷事故を忘れない日を新たに設定し、記念行事を始めた方が良いのではないかと思っているのだけれど・・・・・
(仏教でも法事は50年で終わりにする事になっているのだし・・・・・)

NHK経営委・長谷川三千子氏の思想の辿り着く所 

NHK経営委員発言:騒動収まらず
2014年2月6日
 NHKを巡る騒動が収まらない。経営委員の長谷川三千子埼玉大名誉教授が就任前、朝日新聞社で1993年に拳銃自殺した右翼団体元幹部を礼賛する追悼文を発表していたことが明らかになった。
 ◇官房長官「長谷川氏の文書承知していなかった」
 5日午前の記者会見で矢面に立たされた菅義偉官房長官は、長谷川氏を起用した理由を「わが国を代表する哲学者、評論家として活躍し、わが国の文化にも精通している」と繰り返し、文書については「承知していなかった」と論評を避けた。
 同じころ、参院予算委員会では民主党の有田芳生氏が同じ経営委員の作家、百田尚樹氏の発言を取り上げた。有田氏は、百田氏が東京都知事選の応援演説で「南京大虐殺はなかった」と持論を展開したばかりか、他の主要候補を「人間のくずみたいなもの」と批判したと指摘。安倍晋三首相の見解をただした。
 首相は「聞いていないから感想を述べようがない」とかわしたが、再三の追及に「延々とこれを補正予算案(審議)の場でやるつもりですか」と声を荒らげる場面もあった。
 ◇「バランス感覚が欠けすぎだ」
 NHKについては、従軍慰安婦などを巡る籾井(もみい)勝人会長の発言が問題になり、政権が沈静化に努めている真っ最中。そこに、首相の肝煎りで起用した長谷川、百田両氏の問題が加わり、火消しは容易ではない。5日、国会内で講演した田中均元外務審議官は「NHK経営委員なる方がいろんなところでいろんなことを言っている。残念なことだが、外国(米国)のイメージは日本の信頼性が落ちているということだ。日本の国益を害している」と苦言を呈した。
 田中氏は昨年6月、「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」という首相の国会答弁に毎日新聞紙上で懸念を表明し、首相が自身のフェイスブックで「外交を語る資格はない」と応酬した経緯がある。
 民主党は「あまりにバランス感覚が欠けすぎている。当然、首相に任命責任はある」=榛葉(しんば)賀津也参院国対委員長=と攻勢を強め、長谷川、百田両氏の国会招致を要求する構えだ。政府関係者は「そういう人だと分かっていて選んだのだろうが、たがが外れている」と嘆いた。(毎日新聞)


天木直人のブログ『日本はテロ礼賛国家だと世界に宣言した「安倍の日本」』でも、この件を取り上げておられる。  
   (一部引用)
 野村秋介という右翼団体の代表が1993年に朝日新聞社本社に乗り込んで社長の目の前で抗議の拳銃自殺を図った時に寄せた追悼文の一部である。
 「・・・人間が自らの命をもって神と対話することができるなどといふことを露ほども信じていない連中の前で、野村秋介は神にその死をささげたのである・・・」

「人間が自らの命をもって神と対話することができる」と思っている者が、何の為であれ自からの命を粗末にする事は有り得ないと思う。
何故ならば神は愛であるから。
愛とは相手を生かしたいと思う心であろう。
そして神の第一の戒めは『殺す勿れ』である。

神は自殺を含めて、人間が人間を殺す事を好まれる筈がない。
人間は神の大事な子供なのだから。
自分自身の命であっても、神にとっては大事な子供の命である。
神は人がご自分の子供の命を殺す事を、好まれる筈がない。

だから自殺して政治的行動をする事が、神の御意思に叶うという考え方は、正しいとは言えないと私は思う。
誰かを助ける為に政治的行動をしているのだと思って行動していても、
自他を殺す行為から、人々が幸せを得る事はないだろう。

誰かを助ける為に危険を冒して、結果死ぬ事があったとしても、
それは自ら死を選んだのではない。
人を命がけで守る行為は愛の行いであるから、尊い行いであると私も思う。
結果的に命を落としたとしても、誰かを傷つけるために自殺的攻撃をかけるのとは全然違うだろう。

権力者を殺す事によって、国民を幸せに出来ると思い違いして、暴力革命を起こし権力者を交代させても、
庶民は新しい権力によって、やっぱり蹂躙されたままになる事は、ソ連中国の例を引くまでもないだろう。

話は変わるが、
太平洋戦争末期日本では特攻隊という、命を捨てて攻撃する自爆テロのような攻撃が、
青少年兵によって行われたそうであるが、
特攻攻撃で死ぬ事なく奇跡的に生還した英雄的精神の兵士への、軍による扱いの酷さ非情さを知ったら、
戦争をしたがる国の政府及び軍というものが、如何に国民の真摯な心を粗末に扱っているかが分かるだろう。
この事について私は『悲惨な戦争』という題で特攻隊のことを書いているのでその一部を引用する。
   (一部引用)
一般には特攻隊員は殆どが亡くなったと思われているけれど、特攻に出た事になっている約1200人のうち、半数の約600人の隊員は、不時着したり、機械の都合で特攻に出ることが出来なくて、生還していたということなのです。
しかし当時の陸軍は特攻隊員が生還していると知れたら、後の隊員の士気にかかわるとして、生還した事をひた隠しに隠して、福岡に特別の施設のようなものを造って、其処に隔離していたという事なのです。
其処に入れられていた人の証言で、生きて帰って来たという事で、国賊扱いにされ、毎日殴られたり罵られたりし、順次どこかの特攻に送り込まれる事に決められていたそうです。あまりの理不尽な扱いに自殺する隊員も多数あったということでした。


NHK経営委員の長谷川三千子氏の、命を捨てて抗議した青年を持ち上げる姿勢に、
この先再び日本で、政治家が自分たちの欲望を遂げる為に、青少年を騙して命を捧げさせようとしている勢力の影を感じさせられた。

こんな考えの者を好む安倍総理及び安倍政権に騙されて、悲惨な戦争に駆り出される人がない様に、
NHK会長・安倍総理の傀儡経営委員だけでなく、安倍総理にも早々にご退場願いたいものである。

戦争とは国民の権利剥奪のためのツール 

きっと誰かに愛されているに、「世界の村発見! こんなところに日本人」という番組(テレビ朝日)で放送された内モンゴルに住む日本人の方の話を、詳しく記載しておられました。
私もこの番組を見ていたのですが、このように詳しくは覚えていませんでしたので、そのときにされていた話を、以下に引用させていただきます。

 内モンゴルに住む日本人は立花珠美さん。彼女は1940年、2歳の時に父親の仕事で満州へ移住。敗戦直前の8月14日、ソ連軍の侵攻をうけて避難中、母親は姉の命を奪い、珠美さんをも手にかけようとしたけれど泣き叫び、母親は珠美さんに何かを言い残し自害(日本の軍人の命令で多くの人間が自決。日本人1500人が命を落とした)。その時珠美さん、7歳。

 珠美さんは死体の中で2~3日を過ごす。その後中国人の男性に助けられるが、その男性は貧しく、自分では養えないと珠美さんを、子どもを欲しがっていた別の中国人夫婦の養子にした。珠美さんは鳥雲と名づけられた。その家庭も裕福ではなかったけれども、大学まで行かせてもらい、大学を卒業し教師となり貧しくも幸せに生活を送っていた。

 しかし1966年文化大革命で珠美さんの養父母は、日本人を育てた「日本のスパイ」として糾弾されたが、娘の居所は隠し通した。学校の生徒も同僚の教師も密告はしなかった。1972年に日中国交正常化となり、1980年に生き別れた兄の存在が判明。1981年8月、41年ぶりに日本へ行き兄と再会した。その時、父が1945年に帰国し、1972年5月に他界していたことを知った。

 日本に帰国した時、兄たちは永住帰国を勧めたが、養母から「帰ってくるよね?」と電話があり、養母と中国に恩返しをするために内モンゴルで生きていくことを決めた。そして、内モンゴルで教育に力を注ぎ、1991年に全国教育者模範賞を受賞。そして、ホルチン砂漠の植林事業活動に携わっている。

 珠美さんは、21歳の時に結婚し、33歳の時にご主人は他界。娘と息子を女手一つで育てた。


この中国残留孤児だった女性の話の中で印象に残っているのは、
「誰も恨みません。ただ軍国主義を恨みます。」という言葉でした。

辺見庸という人が、人々が気づかないままに今の日本はもう戦時になっていると言っておられたそうです。(こちら
  辺見氏曰く
 戦争というものは、一般市民にとって、まったく普通の日常の中で、何の変哲もなし始まるものなのだ。

戦後生まれの私にとって、戦争というのは、国民全体が日章旗を片手に、興奮し、きわめて緊張した状態で起こるものだと勘違いしていた。

そうなのだ。戦争の始まりはいたって静かに起こっていたのだ。ほとんど気付かれることもなしに。

という事だそうです。

そう言われてみれば、今平時では考えられないくらいの、人命軽視が平然と進行していますね。
7歳の時内モンゴルに一人残され、親切な地元の人に育てられ、今は幸せな老境におられる立花珠美さんのお話の中でも、軍人(官権)による日本人切捨ての話しがありましたね。
満州から逃げ遅れた1500人もの人々を助ける努力を放棄して、自害を迫ったのは日本人を守る為にあったはずの軍だったのです。
珠美さんは軍の命令に従ったお母さんから殺されそうになったとき、その手から逃げ出したお陰で生き延びる事が出来たけれど、満州に居た姉妹弟は皆死んでしまわれたそうです。
沖縄でも軍から自決を迫られて、大勢の民間人が命を捨てさせられています。(民間人死者9万4000人)

今政府は福島県や近隣県の放射能汚染度を詳しく調べ、危険な地域の住民を避難させる努力を払わないばかりか、
マヤカシの除染をして、東電福一から未だ放射能の降り注いでいる地域に、国民を帰還させようとしています。

国にとって国民の命は守るべき対象になっていないというのは、今が戦時だからなのではないでしょうか。
戦争というのは国民の命を軽視し、業者が利益を最大限獲得する為のツールなのかも知れません。
平時であれば公務員(政治家)が国民の命を犠牲にするような政策を、推進する事は許されないけれど、
戦時であれば国のためという事で、それを当然視するムードにすることが出来るという寸法なのでしょう。

戦後アメリカは日本軍の命知らずに恐れをなして、日本が2度と戦争をしないように平和憲法を押し付け的に決めさせましたが、
この憲法によって日本人はどれだけ恩恵を受けたことでしょう。
業者と言うものは、チャンスがあれば国民の権利を押さえ込んででも、利益拡大に走ろうとするものです。
そのためには戦争ほど便利なものはない様です。

公害垂れ流しを訴えても「この非常時に我慢せぬとは、この非国民が・・・・」で済むし、
武器弾薬は幾らでも売れるし、
政府がどんなに大企業優遇に走ろうと、国民が文句を言ったら「非国民」と言って逮捕しても、其れに楯突く勇気のある国民は皆無という状況が創り易い。

業者にとっては実際に戦闘をしていてもしていなくても、それ程大差はないのでしょう。
要するに国のためと称して、血税の大部分を業者の懐に押し込め、
国民の人権に考慮せず、奴隷的使用が出来れば良いのでしょう。

そういう意味では、今の日本は戦時にのめり込もうとしていると言っても、過言ではないだろうと思いました。
盧溝橋事件の頃には殆どの日本人が、戦時に入っていると気がつかなかったけれど、
世の中が段々と厳しくなって行ったのと同じように、
政府はこれから日本人を少しずつ、締め上げていこうとしているようです。
そのためのツールとして、尖閣諸島問題を起こしたのだけれど、
経済界が大損害を被るので、実際の戦闘には入らないで、只世の中をきな臭くするだけで済ますかもしれません。
戦争というのは業者にとっては儲け拡大のチャンスで、その旨味は忘れられないもののようですね。

前回はアメリカと敵対関係の下の国民の権利剥奪事業(戦争)でしたが、
今回のはアメリカと共同歩調をとる、国民の権利剥奪事業(TPP)も含まれているようです。

平和ボケという言葉の意味 

平和ボケという言葉をしばしば耳にする。
たいていの場合、「日本は長い間平和だったので、日本人は世界の厳しさを知らない、この世界で生きていくからには戦争を覚悟して置くべきである。」という意味で使っていると思う。
しかし、10年余り前に内乱で酷い目にあった人たちの話を読んだら、
平和ボケという言葉は、真反対の意味で使うべき言葉なのではないかと感じたのだった。

ずっと平和に暮らす事が出来ていると、平和のありがたさを忘れてしまい、
戦争への誘いに簡単に乗ってしまう事をこそ、
「平和ボケ」と言うべきなのではないかと思ったのだった。

ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争で、人々は筆舌に尽くせない位の悲惨な目に会い、
戦争のおぞましさに、平和こそ何者にも代え難い、一番大事なものだと感じられたようである。

サラエボでの体験談を書いたブログ記事を見た人の感想の中に、
「平和ぼけしてる私達は改めて考えないといけない事が沢山あるよね。」
という言葉を見たとき、
これが平和ボケの本当の意味なのではないかと感じたのだった。

ではサラエボでの紛争時の話の一部をコピーさせて頂く。

サラエボで本当にあった紛争の話。家族の為に戦うという事。
http://ameblo.jp/worldgate-kana/entry-11265009839.html
   (前略)
ボスニア・ヘルチェゴビナ紛争と呼ばれるその戦争について、ちょっとだけ書いておく事にします。

もともと、ボスニア・ヘルチェゴビナはクロアチア・スロベニア・マケドニアなどと一緒に「ユーゴスラビア」と言う一つの連邦制国家でした。

ユーゴスラビアが出来る歴史も、第二次世界大戦にさかのぼって話をしなくてはいけなくなるので、詳しくはご自身で調べてみてください。

そのユーゴスラビアから、クロアチアとスロベニアが独立したのをかわ切りに、その翌年、ボスニア・ヘルチェゴビナも独立します。

このボスニア・ヘルチェゴビナ。

一つの国家の中に、ムスリム人・セルビア人・クロアチア人が住んでいる多民族国家だったのですが、その中で、セルビア人はユーゴスラビアからの独立に反対していました。

しかし、セルビア人の反対を無視し独立。

独立が不満なセルビア人は、これに反発しそこから武力衝突がはじまります。

サラエボにはムスリム人が主導するボスニア・ヘルチェゴビナの本拠地があります。

紛争が始まると、サラエボは町をぐるっとセルビアに包囲され、集中砲火を受けることになりました。

1992年から1995年までの4年間に渡る紛争で20万人以上の死者を出し、200万人の難民が出たと言います。

そして、その犠牲者のほとんどは市民であったと。

その舞台となった町、サラエボで、今日はその当時の話を聞く貴重な機会を持つ事が出来ました。

今回泊まった宿のお父さんが軍人さんで、この4年間、前線で戦っていたとの事。

そのお父さんがセルビア側の前線基地があった山や戦跡を巡りながら、当時の話を語ってくれました。

紛争が始まる10日ほど前。

山の上にセルビア人が基地のようなものを作り大砲を町に向けていたそうです。

それをどこかのテレビ局が取材をし、これは何かと聞いた時、これはサラエボを守る為のものだと言っていたと。

けれど、その10日後、その大砲はサラエボの町に向かって発射され、紛争が始まったんだ。と。

その場所は山の上。

サラエボの町を一望できるところでした。

高い山の上はセルビア人側の基地。

ボスニア側の前線はそこから見下ろせる場所にある丘の上だったそうです。

最初につれて言ってもらったのはオリンピックのときにボブスレーが行われていた場所。
サラエボ ボブスレー
そこもセルビア人の基地となり、ここは通信室だったようです。
通信基地

紛争前は、ここは駐車場になっていて、週末になるとここまで来てはピクニックをしたり、ジョギングをしたり、ケーブルカーに乗ってきたり、皆の憩いの場所だった。

けれど、紛争が終わり、今は誰も来ない。

まだ至る所に地雷が埋まっているから。

政府が安全だと言っても信じない。何故なら、自分自身でもいくつも地雷を見つけているからだと。

テープが貼ってあるところは、危険だから近づくなと言うしるしだと言います。

コンクリートで舗装された道の直ぐ横に、テープ。
地雷がある目印のテープ

地雷も見せてもらいました。
地雷
町を車で走っていると、地雷除去をしている車が通り過ぎました。

地雷を見つける機械や、犬を使って地雷を探している国もあるみたいだけれど、ここにはそんなものは無い。手作業で除去している。

と言っていました。

紛争中、地雷をどうやってチェックしていたのかもやってくれました。

ここもセルビア人側の基地。
セルビア人の基地

セルビア人が油断して昼ごはんを食べている時に不意打ちで攻めると、セルビア人は驚いて武器もそのままで逃げる。
基地

その隙に、置いていった武器と、置いていった食料を持って、セルビア人が戻ってくる前に自分達もすぐに撤退する。

そうやって武器や食料を手に入れた。
と。

自分達の基地では、穴を掘って、上に木や石を積みシェルターのようにして中で火をたいて暖をとった。
穴を掘った基地
外の気温がマイナス15度になる事もあり、その時は見張り役と暖をとる人と、交代ごうたいで過ごしていた。

基地に数日いると、何日かまた家に帰ることが出来るのだけれど、その時はいつも自分の家があるか、妻と子供は無事か、それもわからないまま家に向かい、家があるとほっとした。

帰るときはそのまままっすぐ帰るのではなく、木を切り倒し、その木を引っ張って家まで運びながら帰った。

家には水も、燃料も十分ではなかったから。

そして、家に帰ると何十往復も水を汲みに行き、家にためておく必要があった。

何故なら、妻とまだ6ヶ月の子供にはそんな力仕事をする事は無理だし、自分が一度前線に出てしまうと、何日でまた戻ってこれるかわからないから備えておく必要があった。

15日に一度、配給があった。

1家族に1つの缶詰と、砂糖、小麦粉、水、少しのお肉。

天文台だった場所。
銃痕天文台の

沢山の銃弾の跡。

弾がコンクリートにささったまま残っている所もありました。

お父さんが言っていたことで凄く印象に残っている事があるので書いておきます。

「何で戦ったか?何で銃を持ったか?それは、一番は家族を守る為だ。

まずは家族を守る為、次に自分を守る為。自分は男だから、そのために戦ったんだ。」

戦った人のほとんどは、宗教がどうのとか、民族がどうのとか、独立がどうのとか、そんなのどっちでも良かったんじゃないかって思いました。

そんな事よりも、戦わなかったら家族が、自分が、殺される。

だから戦うしかなかったんじゃないかって。

最後に、お父さんが言ってた。

宗教も、人種も、国籍も、民族も、そんなのは何だっていいんだ。

その人が良い人だったらそれが全てだ。

何で殺しあう必要がある?他の民族や宗教の人と戦う事を、それは神の為だと言う。そんなのおかしいと思わないか。

そういうお父さんも、セルビア人の話をする時だけは、違う表情になっていたけれど。

日本の震災をとても胸が痛いと心配してくれて、その後で、

天災によって人の命がなくなることはもちろん悲しい事だ。

そうやって、何もしていないのに天災で死んでしまう人もいるのに、何で武器を持って、人と人が殺しあう事があるんだ。

理解できない。同じ人間なのに。

戦争も、銃を持つ事も、軍服を着ることも、もう本当に嫌だ。

今日もシリアでは戦いで人が死んでいる。何でそんな事繰り返すんだ。
と。

おじいちゃんから戦争の話を聞いた時、それは、とっても昔の話で、歴史上の話で、なんとなく実感が無かった。

けれど、お父さんが話してくれた話は、私がこの世界に生き、ぬくぬくと平和に暮らしていた時に、同じ時に同じ地球で起きていた事だった。

私がニンジン嫌い・・と、給食を残していた同じ時、同じ地球のこの場所では、少しの水と、少しの小麦粉が命を繋ぐ全てだった。

私がくだらないちっぽけなイジメで死にたいと呟いた時、同じ地球のこの場所では、生きたくても死んでいく命があり、潰された希望があった。

こんなに優しくて、こんなにあったかい人達が、命をかけて殺しあう場所にいたんだ。

宗教ってなんだろう。民族ってなんだろう。

難しい問題だというけれど、

難しくしているのは人間自身なんだ。

戦争を経験していない平和ボケした私達は、知る必要があり、考えるべき事があり、意見を持つ必要がある。

遠い国の、関係ない話ではなくって、

同じ地球の、同じ人間の話であると言う事。

イスラエル高官の暴言に思う 

広島・長崎の原爆記念行事に対するのイスラエル高官の暴言の事は、京都新聞にも載っていた。
イスラエル高官は日本人が原爆投下で酷い目にあったのは、アジア諸国に対して侵略をしたからで、自業自得だと言い、
「(平和祈念式典は)独り善がりで、うんざりしている」と、ツイッターに書いていたという。

福島原発事故で被爆した多数の国民を只今現在も放置していながら、
七十年一日の様に原爆記念行事を行っている政府には、
偽善的だと言う感想を私も持ってはいるけれど、
日本が中韓に悪い事をしたから受けた報いなのに、広島長崎でやっている平和祈念式典には「独り善がりで、うんざりしている」と、イスラエル人に言われると、やっぱり抗議したくなる。

それに原爆は中韓によって落とされた物ではない。
だから中韓に敵討ちされたという種類のものではない。
これは大国アメリカが、日本国中の大都市を絨毯爆撃して、大勢の民間人を殺したが、
それでも飽きたらぬかのように、
もっと強烈な原爆を広島と長崎に、主に民間人の殺戮になることを承知で落としたのだから、
ユダヤ人が呪って止まない「ナチスのホロコースト」と同様の、
「弱い者いじめ」以外の何者でもない行為だったのである。

当時の日本は敢えて原爆を落とさなくても、
日本政府は降伏をほぼ決めているのを知っていて、
アメリカ軍は当時出来たばかりの原爆を、都市部に落として人体実験をしたかったから、
終戦間際のドサクサに、3日の間隔しかあけないで、
広島と長崎に2種類の原爆を落としたのだった。

日本に降伏を決心させるために仕方なく原爆投下を決めたと言うのだったら、
1発目と2発目の間隔が短すぎる。
これは手遅れになる前(日本が降伏する前)に、大急ぎで2種類の原爆実験をやってしまいたかったという意思の現れであろう。

現在パレスチナに侵略行為を続けているイスラエルの高官が、
イスラエルは侵略行為等した事がないと言わぬばかりに、ぬけぬけと、
こんなことを言って日本に言いがかりをつけるなど、このイスラエル高官はとんでもない人間である。

イスラエル人は自分達が受けた被害については、70年近く経っても許すべからざる行為を行ったと言って、
ナチス政権の人間を見つけたら断罪しているけれど、
自国のやっている残虐行為は、パレスチナ人が反抗するから悪いという事なのだろうか、第三者の私が聞いても驚くような酷い事を日常的にやっていて、平気の平左のようである。

イスラエル人は最初から人間に序列をつけているのではないだろうか?
パレスチナ人や日本人が酷い目にあっても自業自得だけれど、
イスラエル人(ユダヤ人)が酷い目に会わされた場合は、
100%加害者が悪いという結論になるようである。

かつて日本がアジア諸国で、西洋の真似をして、侵略行為をやったのは絶対に悪い事だけれど、
だからと言って非戦闘員を、原子爆弾の人体実験に使った事を知らぬ振りして、(こちら
広島・長崎の被爆者が酷い目に会ったのは、自業自得(侵略の結果)だと言い放つのは、あまりに酷い言い分であると思う。

天木直人のブログにもこの件が取り上げられていた。
下に全文を引用する。

イスラエル高官の広島・長崎原爆投下容認発言を見逃す日本
 イスラエルの政府高官が原爆投下を当然の結果だとネット上で発言していたという。

 きょう8月17日の各紙が一斉に書いている。

 報じられたその発言の内容は驚くべきだ。

 「(広島・長崎への原爆投下は)日本の侵略の当然の結果だ。(平和祈念式典は)独り善がりで、うんざりしている」

 「日本が追悼すべきなのは、中国や韓国の侵略犠牲者だ」

 日本国民の中にもこのような考えを持っている者がいるかもしれな
い。

 個人が心の中でどう思おうと自由だ。

 しかしイスラエルの現職の政府高官の発言である。

 これが一大外交問題にならないはずはない。

 しかし、日本政府の対応も、日本のメディアの取り上げ方も、そして原爆に反対する日本国民の反応も小さい。

 この事は、麻生副総理のワイマール憲法発言の時の反応と対照的だ。

 麻生発言が批判さるべき本当の理由は、憲法9条改憲を国民が気づかない形でこっそり行なえと言った事だ。

 その例として民主的なワイマール憲法がヒトラーによって国民が気づかないうちに変えられていたという事を言おうとした。

 その比喩は浅薄で無知をさらけ出したが、ナチを擁護したものでない事は誰も目にも明らかだ。

 それにも関わらず、ユダヤの広報ロビー機関は麻生副総理発言をナチ擁護発言だと決め付けて世界中に喧伝し、国内メディアも騒いだ。

 野党はこぞって安倍・麻生政権批判を行い、政局にしようとした。

 イスラエル高官の原爆投下容認発言との対照的な反応の違いをどう考えればいいのか。

 その答えは人によって様々だろう。

 しかし少なくともはっきり言える事がある。

 政府もメディアも国民も、このイスラエル高官の暴言に対し、イスラエル政府にもっと毅然とした態度で強く抗議すべきであるということだ。

 世界に向けてこのイスラエル高官の発言を日本の総意は許さないという意思表示を行なうべきであるということである。

 それが出来ないようでは、「唯一の被爆国として原獏投下は許さない」と繰り返す日本の主張は建前に過ぎないということになる。

 二度と原爆投下は許さない、という日本の立場もまた、政治によって都合よく使い分けられているということである。

 そんなことでは日本の原爆反対の訴えは世界には届かない(了)

硫黄島玉砕 

これは2006年12月に書いたものですが、
日本は今再び、悲惨な戦争の危険に、さらされかねない状況になって来ています。
硫黄島玉砕の話は、先の戦争の時、軍人という名の公務員が、同じく軍人という名の公務員に対して、どんなに薄情で残酷な命令を下していたかを思い出させられます。

これは東電と言う会社の役員が、同じく東電という名の会社の役員(吉田元福一原発所長)に対してした、薄情極まりない仕打ちと一脈通じるものがあると思います。
そして硫黄島で虐殺された兵士達は、今福一原発で放射能汚染した中、原発事故収束のために、
命がけで働いて下さっている原発作業員の方々の、現状と重なるものを感じさせられます。
以下 硫黄島玉砕を一部修正の上再掲させていただきます。

*****************
昨夜テレビで硫黄島の玉砕を取り扱っていました。
硫黄島で亡くなった軍人や兵士たちと家族との手紙の遣り取りをテーマに、
硫黄島の厳しい生活とその終りが描かれていました。

硫黄島では2万人以上の人が、日本本土の空襲をわずかでも遅らせるだけの為に、
文字どうり命がけで、厳しい暑さの中悲惨に虐殺されてしまわれたのでした。
島の少ない水で2万人を養う為には、飲み水にも事欠く状態だったそうです。
飲み水にも事欠く位ですから、お風呂で汗を流す事など願うべくもない状態で、
その上、食べ物も足りない、地獄のような島に篭って、
遂に米軍によって全員虐殺されてしまったのでした。
玉砕という美しい言葉で誤魔化されていますが、
全員が逃げ場もないまま、若い命を奪われてしまったのです。
兵士達の郷里の親や妻子にとっては、掛け替えのない人なのに、
軍部は兵隊の事を、葉書き代の1銭五厘位にしか思っていなかったのでした。

硫黄島玉砕とは、戦争の悲惨さを凝縮したような、酸鼻な事例でした。
戦争を計画し遂行させている大本営参謀本部の人たちは、戦況が悪化した頃でも、一番安全な場所で、
日本中が飢えているときでも自分達の為には、ふんだんな食料を確保して、終始快適な生活を送り続けていました。
そして心優しい人犠牲的精神の人たちに、過酷な犠牲を強要して置きながら、
その死を見ても参謀本部の者たちは、自分たちの判断の是非を特に反省する事もなく、
悲惨な死に方をした軍人や兵士に対して、
日本人なら当然そうあるべき事をしただけ位にしか、考えていなかったであろうことを思うと、
戦争は絶対に始めてはいけないものであると、改めて強く思わさせられました。

例え日本人全体のためであるとしても、そのために1部の人が犠牲となって、地獄の境涯に落とされるなど、不条理極まりないと思います。
その人達だって日本人なのですから・・・・・

国際紛争は何処までも平和的外交努力を尽くすべきであって、
絶対に名誉欲や金銭欲の為に、戦争を始める様な事があってはなりません。

太平洋戦争の戦争指導者たちは、結局戦犯として死刑になりました。
一般の兵士には捕虜になりそうになったら、虜囚の辱めを受けない為に、速やかに自決せよと強要していながら、
戦争責任者達は敗戦後も、なんだかんだと屁理屈をつけて、自分たちは捕虜の辱めに甘んじ、
死刑になるまで自決してはいないのです。

戦争遂行者達は虜囚の辱めを受けないどころか、死刑の辱めを受けて初めてこの世を去ったのです。

遅かれ早かれ敗戦は見えていたはずなのに、
何故硫黄島に同朋を2万人も篭らせて、悲惨な最期を味わさせなければならなかったのでしょうか?
私には大本営の戦争指導者たちが、自分たちの没落の日を1日でも先延ばししたかっただけのような気がしてなりません。

硫黄島玉砕は決して美談にしてはならないと思います。
あれは同僚の軍人を見殺しにしてでも、現在手にしている権力に、一日でも長くしがみ付こうとしている、
身勝手きわまりない軍人達の、身の毛もよだつようなおぞましい、醜聞以外の何ものでもないと私には思えるのです。

大本営の戦争指導者たちは、防ぐ事は不可能と分かっていながら、無駄に同朋が殺されるに任せて、
最後は竹槍ででも応戦すると言って、飽くまで戦争を終わらせようとはしませんでした。
他人の犠牲の下ででも、権力にしがみついて居たかった軍人達の為に、
硫黄島の守備を押し付けられた軍人たちは、あの様な地獄の苦しみを強いられたのだと言うのが、
硫黄島玉砕事件の真相だったのではないでしょうか。

そして軍部は日本国中の都市部で、一般市民(非戦闘員)が何十万人と殺されても、
なかなか終戦に踏み切ろうとはしませんでした。
結局天皇陛下が終戦の詔勅を放送させられて、やっと彼等は諦めたのでした。
(軍人の中には、天皇の詔勅を奪ってでも、終戦を阻止しようとした輩があったそうですが・・・・・)

杖るは信に如くは莫し 

木霊の宿る町で紹介しておられる
「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題し平成7年8月15日村山総理大臣によって出された、
いわゆる「村山談話」の締めくくりの言葉は、
「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。
となっています。

「杖るは信に如くは莫し」とは「よるは しんに しくは なし」と読み、
「頼りとするものとしては、 信義に勝るものはない。」という意味の 中国の成語だそうです。

安倍政権は昨年末総理になってから最近まで、この村山談話を引き継がないと言っていましたが、
5月初めのアメリカ議会報告書で糾弾されて後、
村山談話を引き継ぐと言いなおしておられます。

安倍総理のこの態度は杖るは信に如くは莫し(頼りとするものとしては、 信義に勝るものはない。)の、
真反対を行く行動で、安倍総理は中韓首脳から、益々信頼できない人間であると思われたことでしょう。

日本人はこんなに信義に悖る人間だったのでしょうか?
日本人は信義を重んじる人間だとばかり、私は思っていましたので、
日本を代表する総理大臣がこんな卑怯者であるという事は、残念で仕方ありません。

又維新の会の代表の一人である橋下徹大阪市長が、
「銃弾が飛び交う中、猛者集団を休息させようとしたら(従軍慰安所が)必要なのは誰だって分かる」と言い、だから戦争は許されざる政策であると言う結論ではなく
橋本市長は日本軍が従軍慰安婦制度を敷いていたことを肯定するような発言をしていました。
これらの事で今日本は、世界中から顰蹙を買っているそうです。

如何してこんな人非人の政治家ばかりが、マスコミで持て囃されているのか、
それこそが、今の日本の不幸だと言えるのではないでしょうか?

でも日本人でも、日本の事情を知らない人が多いのですから、
海外では日本の事情は、余り知られてはいないでしょう。

このまま安倍政権が続いたら、
本当に日本は再び孤立して、遂には無謀な戦争に走り、自滅して行くかも知れないという危機に瀕しているのかもしれません。
これらはジャパンハンドラーに操られたマスコミの所為だといくら言っても、
そんなものは言い分けにも何もならないでしょう。

日本の子供達に未来を残す気があるなら
「杖るは信に如くは莫し」という言葉を思い出して、
昔の日本人のように、信義を大事にする国民性を、
再構築せねばならないのではないでしょうか。

勇まし気な金正恩の宣戦布告声明 

北朝鮮「南北関係は戦時状況に突入、金正恩時代はすべてが違う」
2013年03月31日09時17分 中央日報/中央日報日本語版]

北朝鮮は30日、南北関係が戦時状況に突入したと明らかにした。

北朝鮮は同日午前、「政府・政党・団体特別声明」を通じ、「この時刻から南北関係は戦時状況に入り、したがって南北間で提起されるすべての問題は戦時に準じて処理されるだろう」と明らかにしたと朝鮮中央通信が伝えた。 

声明は、「待ちに待った決戦の最後の時がきた。朝鮮半島で平和でも戦争でもない状態は終わった」と強調した。続けて「米国と傀儡一味が軍事的挑発を起こすならば、それは局地戦に限定されず全面戦争、核戦争に広がることになるだろう。われわれの最初の打撃に米国本土とハワイ、グアムが溶け落ち、南朝鮮(韓国)駐留米軍基地はもちろん青瓦台(チョンワデ、大統領府)と傀儡軍基地も同時に焦土化するだろう」と警告した。

声明は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が緊急作戦会議を招集し戦略ミサイル打撃計画を最終検討・承認したとし、「元帥様の重大決心は米国と傀儡一味に対する最終警告であり正義の最終決断だ」と説明した。

また、「金正恩(キム・ジョンウン)時代には全てのことが異なるということしっかりと知らなければならない。いまや敵対勢力は朝鮮がない地球は存在できないという白頭霊将の意志と度胸、恐ろしさを身震いするほど味わうことになるだろう」と宣言した。


金正恩は本気だろうとか、
これは北朝鮮の何時もの手(瀬戸際外交)だとか、意見は色々の様であるが、
本当の所はどうなのだろう?

金正恩がこんな声明を発表するのは北朝鮮が
「アメリカは今度は本気で北朝鮮を襲うかもしれない」という危機感に満たされる状況になっているからなのだろうか?

「朝鮮がない地球は存在できないという白頭霊将の意志と度胸」とは、
「アメリカが北朝鮮を滅ぼす気だったら、北朝鮮は世界と心中覚悟だよ」ということなのだろう。
このままでは日本は滅んでしまうかもしれないと思いながら、何も出来ずに手を拱いている私には、
金正恩のこの激しい言葉を、なんと評したら良いのか言葉がない。

大事に至らなければ良いのだが・・・・・
もしもの時が本当にきたら、
日本も対岸の火事では済まなくなってしまう事だろう。

平和国家日本で戦闘機を造る? 

F35米から第三国輸出「例外」 平和国家の理念骨抜き
2013年2月5日 朝刊
 政府は、国内企業が部品製造に参画する米ロッキード・マーチン社製の航空自衛隊次期主力戦闘機F35をめぐり、米国で組み立てられた後、第三国に引き渡された場合、武器輸出三原則の例外にあたるとの見解をまとめる方針だ。故意ではなくても、第三国への引き渡しがあり得ることを政府自身が認めるような対応といえる。日本が国際紛争に関与する余地を残し「平和国家」の理念が骨抜きになる懸念はぬぐえない。 (生島章弘)


 F35は米英など九カ国が共同開発した最新鋭機。日本政府は二〇一一年十二月、一定の条件で例外的に米国以外とも共同開発・生産を認める官房長官談話を公表し、国内企業の製造への参画を決めた。防衛産業の育成などが目的で、一三年度予算案に企業参画の初年度経費八百三十億円を計上。空自による二機分の取得費二百九十九億円も盛り込んだ。


 しかし、F35は各国で製造した部品を米国内の工場に集めて、組み立て・修理を行う仕組みであることが判明。安倍政権は、国内メーカーが製造した部品を使った機体を第三国に移転させない「厳格な管理」を米側に要請することを決めたが、目の届かないところでイスラエルなど周辺国と軍事的な緊張が高まる国に輸出、使用される可能性が浮上した。


 仮に紛争で使われれば、武器輸出三原則で禁じる「国際紛争の助長」に触れる恐れが強い。このため、そうした事態が生じても例外として「国の意思としての武器輸出とは言えず、三原則には抵触しない」(防衛省幹部)とする見解をまとめることにした。


 民主党政権で予算編成に携わった関係者は「米側から早く政治的な結論を出すよう迫られていた」と明かす。野党の追及を避けるため、企業参画経費の予算審議が始まる前に整合性を取りたい政府の思惑もにじむ。


 ただ、例外の容認は裏返せば拡大解釈ともいえる。政府が守ってきた「平和国家」の理念を有名無実にする危うさをはらむ。


 自民党の石破茂幹事長は四日の記者会見で、政府の対応に関し「三原則の趣旨を逸脱すべきでない」と強調したが、解釈がなし崩しに広がっていく危険性も否定できない。


なし崩し的に例外を認めていたら、どんどん法律無視が横行して来ている日本であってみれば、東京新聞の心配は杞憂ではないと思う。
今朝の天木直人さんのブログで、
 未開発のF-35を日本に導入し、日本がその開発・生産・メインテナンスの拠点となるという驚くべき実態だ。と、
武器輸出3原則の趣旨逸脱だけではなく、今アメリカで組み立てられているF35を、日本で開発・生産・メンテナンスの拠点にする計画が、もう出来ているというニュースが、産経新聞によってスクープされていたのだそうである。

朝日新聞は故意に、産経新聞のスクープ・日本でF35を造る拠点にする計画があるという事を隠していると、天木直人さんは言っておられたけれど、
東京新聞もそのことには一言も触れていない。

秘密裏に日本はどんどん、戦前のような危ない国に変えられようとしている。
敗戦後の日本は戦争放棄する事によって、平和国家として国際社会に受け入れてもらったのに、
日本政府は世界の国々との約束を、完全に反故にしてしまおうとしているのだろうか。

戦争など絶対にさせてはならない 

首相観艦式:「安全保障環境は厳しい」
毎日新聞 2012年10月15日 12時01分(最終更新 10月15日 12時05分)
 野田佳彦首相は14日、神奈川県の相模湾沖で行われた自衛隊観艦式で訓示し、尖閣諸島や竹島を巡る中国、韓国との対立を念頭に「我が国の安全保障環境は、かつてなく厳しさを増している。領土や主権を巡るさまざまな出来事も生起し、自衛隊の使命は重要性を増している」と強調した。さらに「人工衛星と称するミサイルを発射し、核開発を行う隣国がある」と北朝鮮への警戒感を示した。

 首相は訓示で旧海軍の用語を多用。旧海軍兵学校から海自の幹部候補生学校に伝わる標語「五省(ごせい)」を読み上げたほか、最後に「諸君が一層奮励努力することを切に望む」と呼びかけた。「一層奮励努力」は、日露戦争の日本海海戦で旗艦・三笠が掲げた「Z旗」が意味した言葉。

 観艦式が行われたのは3年ぶりで、海自の護衛艦や潜水艦など45隻、航空機18機が参加した。海上保安庁は尖閣諸島周辺の監視活動などのため、巡視船の参加を取りやめた。また米国、豪州、シンガポールの海軍から各1隻が参加した。外国の艦艇参加は、02年に東京湾で行われた「国際観艦式」に米露など11カ国が計17隻を派遣して以来。当初、韓国も参加の意向を示していたが、李明博(イミョンバク)大統領の竹島上陸で日本との摩擦が強まった後に辞退したという。【飼手勇介、鈴木泰広】


野田総理は自分で日中関係を破壊して置いて、
「我が国の安全保障環境は、かつてなく厳しさを増している。・・・・・」などと宣たもうている。

自分の選挙区で野田総理落選運動等が起きているので悲観して、日本を非常事態にしてしまおうと企んでいるのではないかと疑いたくなってしまう。
その企みならジャパンハンドラーズ様も、もろ手を挙げて協力してくださるだろうからと、又してもよからぬ企みを起こしているのでなければ良いがと、心配になってくる。

私も以前は平和を守る為には、憲法改正反対が一番であると思っていたが、
今や憲法無視のままで戦争突入さえしかねない政治家が、日本の政界にはひしめき合って居る様に見える。
最高裁判所には憲法違反のイラク参戦に協力した竹内元外務事務次官が判事として、憲法の番人役に納まっている。
国民は憲法の番人に憲法違反者であると分かっている竹内元外務事務次官が任命されても、これを罷免する事が出来なかった。
今や日本には憲法の番人としての最高裁判所はなくなってしまっている。

孫崎享さんの「戦後史の正体」が戦争反対の左翼にも受けているのは、
アメリカのジャパンハンドラーズに牛耳られるままの政府を何とかする為には、
アメリカからの影響で戦後日本の政治がどんなにゆがめられてきたかという事に、国民の多くが目を向けて、
ジャパンハンドラーズの言いなりの政治に反対する雰囲気を作りたいからだったのではないかと私は愚考している。
行き詰った日本を何とかしなくてはならない時に、
「戦後史の正体」を書いた孫崎さんが実は改憲論者であったから許せないとか、自立派と従米派に分けるようないい加減なわけ方では足りないとか言って、国民の意識統一を阻もうとしている政治ブログを見ると、
貴方方は日本がどうかなろうとしているのを、何とかしようとする意思はないのですか?と、聞いて見たくなる。
今の日本で国を憂うる人々の心を一つにする為の取り組みでも、
その表現に一切の妥協が許せず、内部分裂を図るとしたら、
其れは敵(戦争推進勢力)に塩を送る事になるのではないだろうか?

私は現在の日本には「アメリカが日本に戦争をさせたくてしょうがないで色々と画策している」と言う現状を、
一人でも大勢の国民が認識することが、何よりも喫緊の課題であると思っている。
福島社民党党首が孫崎さんにエールを送られたそうだけれど、福島さんもそういうお気持ちからだったのではないだろうか?

従米派があまりに惨めな自らの姿をカモフラージュするために、反中や嫌韓などをわめいている。 

「反戦な家づくり」9・11に思うに、戦後日本の政治思想の動きを概略的に分析しておられたが、「本当にそうだな~」と何度も思わせられた。
その中に、
従米派が偽右翼に流れているという現象がある。あまりに惨めな自らの姿をカモフラージュするために、反中や嫌韓などをわめいている。
という件があるが、石原慎太郎のシンパ達・所謂馬鹿ウヨたちの気持ちも、将にこういうものなのではないだろうか?

彼等は何時までも外国軍(米軍)に占領され続けている日本で愛国心を叫びたいが、
真直ぐに愛国心を叫ぶとなると、米軍に歯向かわねばならない。
しかし、世界一強い軍隊を敵に回す事は、彼等の性に合わない。
強いものの側に立って強がるのが、彼等の本性なのだから・・・・・

そういう愛国心を叫びたいがアメリカに立ち向かう勇気はない「ええかっこしい」で「へたれ」の馬鹿ウヨの心理を汲み取って、
アメリカのジャパンハンドラー達が、石原慎太郎に尖閣諸島で騒ぎ立てることを依頼したのだろう。
馬鹿ウヨたちは大喜びで、此れに飛びついてきた。
この騒ぎを大きくしたら、中国も黙っていられなくなるだろうから、
「上手くしたら日中間にドンパチを始めさせる事が出来るかもしれない。」とほくそ笑んでいるのは、
ジャパンハンドラーだけで、日本にとっては災難以外の何物でもないのに、
愛国心を売り物にしている馬鹿ウヨが、石原慎太郎の売国パホーマンスに全面協力している今の日本・・・・・

尖閣パホーマンスはアメリカが野田売国政権にさせた数々の悪事を隠す目的と共に、
「アメリカに立ち向かう度胸はないが、愛国心は叫びたい」という者達の虚栄心を擽って、中国と悶着を起こさせて
結果的に漁夫の利を得ようというアメリカ・ジャパンハンドラーの描いた、一挙両得のシナリオであろう。

今の日本の政界は売国に勤しむ者だらけの様である。
世界を席巻する金融資本に対抗しても、勝ち目はないのだからと、
彼等は最初から諦めて、売国に勤しんでいるのかもしれない。
売国で莫大な賄賂を得る事が出来たら、日本が滅んだ後も自分達だけは、何とか生き延びられるかもしれないと、
はかない望みを託して、売国政治家連は金融資本に恭順の意を表しているのかもしれない。
そんな売国政治家の隠れ蓑尖閣問題は、繰り返し繰り返しニュースで報道されている。
尖閣諸島の領有権にこだわっていたら、愛国心がある、と国民に錯覚してもらえるかも知れないと、
売国政治家やマスコミは自分達のやった悪事に震えながら、
国民の目が尖閣諸島にそらされる事を願って、洗脳に励んでいるのだろう。

先日来馬鹿ウヨ達は尖閣だけでなく、竹島問題にも飛びついたけれど、
今竹島問題は問題にして欲しくないアメリカの意向を汲んで、
マスコミは火消しに汲々としていた。
アメリカは日韓が手を組んで、中国に対抗して欲しいのに、
竹島問題などで日韓がもめたら、計画が台無しになってしまうという訳なのだろう。
最近公共電波では殆ど竹島の事が問題にされなくなっているようである。
この事実も、彼等領土問題を騒ぎ立てる輩が、本当の愛国心を持つものではない証左と言えよう。

本当の愛国心とは何かについては色々な考え方があるかもしれないが、
私は、私達国民は常に平和で共に豊かな生活が維持され、国民同士助け合っていたいと願う心ではないかと思っている。
日本国民統合の象徴として天皇を立てるのは、
国内が内輪もめで内乱になったりして、国民生活を脅かす事がないようにとの、配慮からであると思っている。
天皇は歴史的にそういう働きを何度も担ってきておられるから、
平和憲法を大事にされる今上天皇は尚更、日本国民統合の象徴として、有り難い存在であられると私は思っている。

太平洋戦争敗戦記念日に思う 

野田総理は参議院で問責されても平気の平左で、総理の椅子を離れようとはしない。
原発反対の首相官邸前デモで、毎週大勢の国民が原発反対を訴えていても、反対派の人々と面談しても、蛙の面に水で国民の主張を採用する気は皆無のようである。
それのみか、野田総理は9月上旬原発比率を、2030年に15%以下という事で決定する予定であるという。
「将来的に原発ゼロ」=中間目標30年に15%以下―国民に協力要請へ・政府検討2012年 9月 1日 15:06 JST )
又、原子力規制委員会委員長人事は、今国会後野田総理が独断で、田中俊一氏で決定する腹積もりであるらしい。

国民の多くが原発の即時撤廃を希望しており、少なくとも30年には0%を希望していると言う調査結果が出ても意にも介さず、
只ひたすら飼い主の命令のみに従って、国民の主張を無視する政策を強引に決定してしまう総理大臣を見ていると、民主主義って一体なんだったのだろうと、無気力になってしまいそうになる。

先日官邸前デモの代表の人と野田総理が会談した時の事を、その直後NHKニュースが報道していたのを思い出す。
「首相が政府の方針を分かって欲しいと依頼されたが、デモの代表者たちは受け入れかねると態度を変えず、会談は物別れになった。」とNHKはもって回った言い方をしていた。
まるで、無理を言っているのが国民で、まともな総理が頭を下げて頼んでいるのを、わからずや国民が突っぱねたので、会談は物別れになったと聞こえるような報道で、ちょっとあきれたのだったが、
野田総理の国民の生活を無視する政策の総ては、総理よりずっと強い権力者の意思によって推進されているから、NHKも論議の矛盾も省みず、総理の政策に全力で協力しているのかもしれない。

小泉内閣の時福島第1原発の安全装置を態々はずしていたそうである、(【原口前総務相】福島第一原発の安全装置は小泉政権が撤去していた
これは日本に深刻な原発事故を起こさせて、日本を廃墟にする事で世界の核廃棄物の受け入れ場所にしてしまう魂胆からだろうと、一部で言われているけれど、野田政権のやっている事を見せ付けられていると、あるいは本当の事かもしれないという疑いがわいてくる。

政府は放射能が降りかかった震災瓦礫を、莫大な経費をかけて鹿児島県の山の中に埋める計画だそうであるが、如何してわざわざ日本の端に運んでまで国中に放射能をばら撒きたいのか、日本人としたら理解できない事をしようとしている。
この他にも、原発災後の政府の取った対策には、故意に福島県民を被爆させたのではないかと疑いたくなるような、一般日本人には理解不能の事だらけである。

もう今の日本は私などがどんなに嘆こうが、愚痴ろうがどうしようもない状態になるしかないのだろうか?
何処かの権力者の意思は固く、日本は汚染列島として、滅亡させられる運命にあるという事なのだろうか?

今日は太平洋戦争の敗戦記念日であるが、
日本はあの時滅ぶ運命だったのに、束の間ではあったが繁栄する事が出来た。
戦争中アメリカに焼夷弾や原爆で、一般市民が何十万人も焼き殺されているのに、
生き残った私達は60年以上平和な日本で繁栄する事が出来た。
私達は日本が68年間余分に生きながらえる事が出来ただけ、幸運であったと感謝すべきなのだろうか?
今後の事は戦勝国様の御意思のままにと、畏まって承るしかないのだろうか?

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