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マイケル・ハドソンの経済学 

マスコミに載らない海外記事の下記の記事、
マイケル・ハドソンという経済学者の見つけ出した、現在の世界経済の実態。
私が経済のずぶの素人だから、かえってすんなりと読めたのかも知れないが、大変面白く読ませていただいた。
何故土地価格が暴騰するのか、
麻薬密売がドルの国際レートを如何守って来たか等々
現代の経済には、国際金融資本が収奪するの為の、あらゆる手が忍ばされている様である。
   (以下引用)

欧米は経済的破滅への道を歩んでいる
Paul Craig Roberts
2016年2月1日

マイケル・ハドソンは世界最高の経済学者だ。実際、彼は世界でたった一人の経済学者だと言って良いと思う。それ以外のほとんど全員、経済学者ではなく、金融業界の権益のための宣伝係ネオリベラルだ。

もし読者がマイケル・ハドソンのことをお聞きになったことがなければ、それは単に「マトリックス」の威力を示しているにすぎない。ハドソンは、いくつかノーベル経済学賞を受賞していて当然なのだが、彼は一つも受賞することはあるまい。

ハドソンは意図して経済学者になったわけではない。著名な経済学部があるシカゴ大学で、ハドソンは音楽と文化史を学んだ。彼はニューヨーク市に出て、出版社で働いた。ジョルジ・ルカーチとレオン・トロツキーの著作とアーカイブの権利担当になるよう命じられた際、自分でやってゆけると思ったのだが、出版社は二十世紀に大きな影響を与えたこの二人のユダヤ人マルクス主義者の著作に関心を持ってはいなかった。

知人がハドソンに紹介してくれたゼネラル・エレクトリックの元エコノミストが、経済制度をめぐる資金の流れを教え、債務が経済より大きくなると、どのように危機が進展するかを説明してくれた。これにはまったハドソンは、ニューヨーク大学の経済学大学院課程に入学し、貯蓄がいかにして新たな抵当権付き住宅ローンへと変わるのかを計算する金融部門の仕事についた。

ハドソンは、博士号課程よりも、実務経験で、経済について、はるかに多くを学んだ。ウオール街で、銀行貸し出しが、どのように土地価格をつり上げ、それによって、金融部門への利子支払いをつり上げるかを彼は学んだ。銀行が貸し出せば貸し出すほど、不動産価格はあがり、銀行が益々多く貸すのを奨励することになる。抵当権支払いが上がれば、家計所得のより多くと、不動産賃貸価格のより多くが金融部門に支払われる。不均衡が大きくなりすぎると、バブルが破裂する。その重要性にもかかわらず、地代と資産評価の分析は、経済学の博士課程の一部ではなかった。

ハドソンの次の仕事は、チェース・マンハッタンで、各国がどれだけの債務返済をアメリカの銀行に支払う余裕があるのかを計算するのに、彼は南米諸国の輸出収入を使った。住宅ローンの貸し手が、物件からの賃貸料所得を、利子支払いに向けられる金の流れと見なしているのと同様に、国際銀行が外国の輸出収入を、外国ローンに対する利子支払いに使える収入と見なしていることを、ハドソンは学んだ。債権者の狙いは、債務返済支払いとして、ある国の経済的剰余を丸ごと獲得することであることをハドソンは学んだ。

まもなくアメリカの債権者とIMFは、債務国に、それで利子を支払うため、更なる金を貸し出すようになった。これにより諸国の外国債務は複利で増えることになった。ハドソンは、債務諸国は債務を返済することはできるまいと予言し、歓迎されざる予言だったが、メキシコが支払えないことを発表して、本当であったことが確認された。この危機は、アメリカ財務長官にちなんで名付けられた“ブラディー・ボンド”によって解決されたが、ハドソンが予言した通り、2008年にアメリカ住宅ローン危機がおきた際、アメリカ人住宅所有者に対してはなにもなされなかった。超巨大銀行でなければ、アメリカ経済政策の焦点にはなれないのだ。

チェース・マンハッタンは、次はハドソンに、アメリカ石油業界の収支を分析するための計算式を開発させた。ここでハドソンは、公式統計と現実との間の違いに関する別の教訓を学んだ。“振替価格操作”によって、石油会社は、ゼロ利潤の幻想を作り出すことで、税金支払いをまんまと免れていた。税金回避ができる場所にある石油会社子会社が、石油を生産者から、安い価格で購入する。利益に対して税金がかからない、こうした都合の良い国の場所から、利益が出ないように嵩上げした価格で、欧米の精油業者に石油が販売される。利益は非課税管轄圏にある石油会社子会社が計上する。(税務当局は、課税を逃れるための振替価格の利用に対し、ある程度厳しく取り締まるようになっている。)

ハドソンの次の課題は、スイスの秘密銀行制度に流れる犯罪で得た金額を推計することだった。チェースのための彼最後のこの研究で、ワシントンの外国における軍事活動によるドル流出を相殺するべく、ドルを維持するため (犯罪人によるドル需要を増やすことで)麻薬密売人から手持ちドルを惹きつける目的で、アメリカ国務省による指令のもとで、チェースや他の巨大銀行が、カリブ海諸国に銀行を設立したことをハドソンは発見した。もしドルがアメリカから流出しても、需要がドルの膨大な供給を吸収するほど十分に増えないと、ドルの為替レートは下がり、アメリカの権力基盤を脅かすことになる。犯罪人連中が違法なドルを預けることができるオフショア銀行を作ることによって、アメリカ政府は、ドルの為替価値を維持しているのだ。

ハドソンは、アメリカ・ドルの価値に対する圧力の源であるアメリカ国際収支赤字は、性格的に丸々軍事的なものであるのを発見した。海外におけるアメリカ軍作戦の、アメリカ国際収支に対する悪影響を相殺するために、アメリカ財務省と国務省は、違法な利益のためのカリブのタックス・ヘイヴンを支持している。言い換えれば、もしアメリカ・ドルを支えるのに、犯罪行為が利用できるのであれば、アメリカ政府は、犯罪行為を全面的に支持するのだ。

現在の経済学でいうと、経済理論では何もわからない。貿易の流れも直接投資も、為替レートを決定する上で重要ではない。重要なのは“誤差脱漏”つまり、ハドソンが発見した麻薬密売人や政府幹部自国が輸出収入を横領して不正に得た現金に対する婉曲表現だ。

アメリカ人にとっての問題は、二大政党がアメリカ国民のニーズを重荷として、そして、軍安保複合体、ウオール街や巨大銀行の利益や、ワシントンの世界覇権の障害と見なしていることだ。ワシントンにある政府は、アメリカ国民ではなく、強力な既得権益集団を代表している。これが一体なぜ21世紀に、帝国とその受益者のニーズの邪魔にならないところに国民をおいやることができによう、国民の憲法上の保護に対する攻撃が続いているのかという理由だ。

経済理論は、実際は、劣等人種から金をまきあげるための道具であることを、ハドソンは学んだ。国際貿易理論は、国々は、債権者に支払うために、国内賃金を引き下げさえすることで、膨大な債務を返済できると結論づけている。これが現在ギリシャに適用されている政策で、債務国に押しつけられるIMFの構造調整や緊縮政策の基本で、本質的に、国家資源を、外国の貸し手に引き渡す略奪の一形態だ。

貨幣理論は、資産価格不動産や株などのインフレではなく、賃金と消費者価格だけにしかかかわらないことを、ハドソンは学んだ。経済理論は、世界経済が金持ちと貧乏人へ両極化することへの隠れ蓑として機能していると彼は考えている。グローバリズムのお約束は作り話だ。左翼やマルクス主義経済学者でさえ、賃金面の搾取だけを考えていて、搾取の主要手段が、金融体制による、利子支払いでの価値抽出であることに気がつかない。

経済理論が、債務が搾取手段であるのを無視しているので、ハドソンは初期の文明が債務増大にいかに対処したかという歴史を研究した。彼の研究が余りに画期的だったので、ハーバード大学は彼をピーボディー博物館のバビロニア経済史主任研究員に任命した。

一方、彼は金融会社からも引っ張りだこだ。彼は長年アルゼンチン、ブラジルとメキシコ、債券の極端に高い金利を支払うことができるかどうかを計算するよう雇われていた。ハドソンの研究を基に、スカッダー・ファンドは、1990年、世界で二番目に高い利益率を実現した。

ハドソンは現代の問題を調査するうちに経済思想史を研究するに至った。彼は18世紀と、19世紀の経済学者たちが、金融部門の利益により奉仕できるようこれを無視している現在のネオリベラル経済学者より、債務が債務を負う側を無力化してしまう力を基本的に遥かに良く理解していることを見いだした。

欧米経済が略奪的な形で大衆の利益を犠牲にし、金融部門が儲かるよう金融化していることをハドソンは示している。それが、一体なぜ経済が、もはや一般庶民のためにならないのか。 金融はもはや生産的ではないのだ。金融は経済の寄生虫となってしまった。ハドソンは、この話を新刊「Killing the Host(宿主を殺す)」(2015年)で説明している。

読者の方々から、一体どうすれば経済学を学べるかというご質問を頂くことがよくある。長時間、ハドソンの書物を読むというのが私のお答えだ。まず、どういうことが書かれているのかという概要を把握するために、一度か二度通読する。次に、章ごとに、じっくり学ぶのだ。彼の本が理解できれば、どのノーベル賞を受賞したどの経済学者よりも、経済学を良く理解しておられることになる。

このコラムは、彼の本の「はじめに」と見なして頂きたい。私は状況と時間がゆるす限り、この本について、更に書くつもりだ。私の関心事について言えば、現在の多くの出来事は、欧米経済の金融化というハドソンの説明と切り離して理解することは不可能だ。実際、大半のロシアと中国のと経済学者も、皆ネオリベラル経済学教育を受けているので、両国とも、欧米と同じような衰亡の道を辿りかねない。

ハドソンの金融化に関する分析と、私の雇用の海外移転による悪影響の分析を総合されれば、現在の欧米世界の経済的進路が、破滅への道であることをご理解頂けよう。

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穏やかに明けた日本の新年  

新年明けましておめでとうございます。
と申し上げるには余りに問題山積の日本であり世界ですが・・・・・

今年は日本晴れの穏やかな年明けとなりました。
嵐の前の静けさでなければ良いのですが・・・・・

マスコミに載らない海外記事「取り組まれずにいる諸問題によって破壊されつつあるアメリカ」を読んで、
これはアメリカが犯してきた間違いであると同時に、日本が犯してきた間違いであり、
アメリカと同様に、今日本が苦しんでいる問題の原因でもあるのだろうと思いました。

現在の世界は「天国と地獄の長い箸」という法話の地獄さながらの状態になっている様ですね。

長い箸を持たされ、そのままでは食べ難いので、
向かい側の者の食べ物を、力任せに跳ね飛ばして、それを奪うという感じで食べようとするものが出てくると、
部屋は食べ物が飛び散り混乱状態になるし、
押し合いしながら無理やり手に入れた食べ物は汚れてしまっているかもしれない。
又、部屋(地球)中、上を下への大乱闘となり、
相手に食べさせる位ならと、食べ物を踏み躙って食べられなくする者も出るかもしれません。
そして、苦労した挙句に料理を食べられるのは、ほんの一部の人になってしまう事でしょう。

かくして、互いに与え合っていたら、皆豊かに暮らしていけたかもしれないのに、
指導者達が、自分達だけが裕福になることを最優先したためでしょうか、
今地球は阿鼻叫喚の巷と化してしまっている現在は、
奪い合う事しか出来ない、地獄世界の人々の世界になっているという事なのでしょうね。

それでは前述の記事を全文複写させていただきます。

取り組まれずにいる諸問題によって破壊されつつあるアメリカ
Paul Craig Roberts
2015年12月30日

百年前、ヨーロッパ文明として知られていたものは、後に第一次世界大戦と名前をつけられた大戦で、その命を終えつつあった。愚かな将軍連中によって、鉄条網と機関銃の砲火の中に派兵された何百万人もの兵士の軍隊は、塹壕でこう着状態になった。妥当な和平合意ができるはずだったが、アメリカのウッドロー・ウィルソン大統領が、戦局を、ドイツに不利に、イギリスとフランスに有利に変えようと、新たなアメリカ兵士を派兵し、大虐殺を継続させた。

新たなアメリカ兵という機関銃や鉄条網の餌食が、ドイツの立場を弱め、停戦が合意された。ドイツは、武器をおきさえすれば、領土を奪われず、賠償金も要求されないという約束だったのに、ヴェルサイユで裏切られる結果となった。ヴェルサイユ条約の不当さと愚劣さが、ドイツのハイパーインフレと、ワイマール共和国の崩壊と、ヒトラーの登場をもたらした。

13パーセンのドイツ・ヨーロッパ領と人口の十分の一を占める、フランス、ベルギー、デンマーク、リトアニア、チェコスロバキアとポーランドに引き渡した部分のドイツ返還をヒトラーは要求し、大戦を引き起こしたフランスとイギリスの愚劣さの繰り返しが、第二次世界大戦で、ヨーロッパ文明の残滓を片づけた。

アメリカ合州国は、この死で、大いに恩恵を受けた。アメリカ合州国経済は、両世界大戦からは無傷だったが、それ以外のあらゆる国々の経済は破壊された。おかげで、ワシントンとニューヨークの銀行は、世界経済の権威者となった。世界準備通貨として、アメリカ・ドルがイギリスのスターリング・ポンドにおきかわり、アメリカ支配、二十世紀後半、ソ連によってのみ行動を制約される支配の基盤となった。

1991年のソ連崩壊が、ワシントンから、この制約を除去した。アメリカの傲岸と不遜の爆発が、アメリカ合州国に引き渡された指導力の限界を消し去り、手を広げ過ぎるという結果になった。クリントン政権以降、ワシントンの戦争が、アメリカの指導力を損ない、中東と北アフリカの安定を、混乱に置き換えた。

ワシントンは、経済・政治の両分野で間違った方向に動いている。外交の代わりに、ワシントンは、脅しと強制を利用している。リチャード・アーミテージ国務副長官は“言われた通りにしないと、爆撃で石器時代にしてやる”と、パキスタンのムシャラフ大統領に言っていた。弱い国々をいじめるだけで満足せず、ワシントンは、ロシア、中国やイランなどの強力な国家を、経済制裁と軍事行動で威嚇している。結果的に、非欧米世界の多くは、世界通貨としての、アメリカ・ドルを放棄しつつあり、多くの国々は、支払制度を、彼等自身の世界銀行とIMFを組織しつつある。NATO加盟諸国の中には、ワシントンがロシアとの紛争に追いやっている組織の加盟国でいることを見直している国もある。

大国への中国の予想外な急成長は、アメリカ資本主義の強欲によるところが大きい。ウオール街に押され、“業績手当て”の誘惑から、アメリカ企業幹部は、生産性の高い、付加価値の高い雇用を、同等業務の給与が少なくて済む海外に移転し、アメリカ生活水準上昇をとめた。雇用と共に技術と事業ノウハウも移転した。アメリカの能力が中国に転移した。例えば、アップル・コンピューターは雇用を海外移転したのみならず、製造も海外移転した。アップル社は同社製品を製造している中国の工場を所有しているわけではない。

アメリカの労賃の節約は、企業収益、役員報酬や、株主のキャピタル・ゲインになった。一つの結果は、アメリカ所得分配の悪化と、所得と富の少数への集中だ。中流階級民主主義は、少数独裁政治に転化した。元大統領のジミー・カーターが最近発言した通り、アメリカはもはや民主主義ではない。少数独裁政治だ。

ウオール街の乗っ取りの脅威を避けるため、短期的利益と引き換えに、資本家はアメリカ経済を手放してしまったのだ。製造業と移転可能な専門職雇用が、アメリカから流出すると、実質家計所得は増大を止め、減少した。経済回復が主張されるなかでも、アメリカ就業率は下落した。雇用の増大は、低賃金の国内サービス業、小売り店員、ウエイトレスや、バーテンダーなどに限定されており、パートタイム雇用が、常勤雇用に置き換わった。労働人口に加わる若者は、自立した生活をすることが益々困難となり、50パーセントの25歳のアメリカ人が両親と同居している。

消費者と投資支出によって動いている経済において、実質消費者所得増大の欠如は、経済成長なしの経済を意味している。アラン・グリーンスパンに率いられて、連邦準備金制度理事会は、21世紀始めに、経済を動かし続けるため、欠落している消費者所得の成長を、消費者負債の増大で置き換えた。消費者負債の増大は、消費者所得の増大によって制限されるのだから、これは短期的な一時しのぎに過ぎない。

もう一つの深刻な過ちは、資本主義を機能させていた金融規制の撤廃だ。この甚だしい過ちの陰にいたのは、ニューヨークの大銀行連中で、買収したテキサス州上院議員を利用して、グラス・スティーガル法を撤廃し、驚くべき債務レバレッジや金融詐欺への歯止めを外したことで、議員連中は、報酬として、7桁の給与と銀行の副頭取職を与えられた。

グラス・スティーガル法撤廃が、商業銀行と、投資銀行の区別を破壊した。一つの結果が、金融の集中化だ。5つのメガバンクが、アメリカ金融界を支配している。もう一つの結果は、メガバンクが、アメリカ合州国政府より強力な力を得たことだ。現在、アメリカ財務省と連邦準備金制度理事会は、メガバンクの権益のためだけに働いている。

アメリカ合州国では、貯蓄している人は、8年間、貯蓄への利子が皆無だ。自分の退職の為に貯蓄してきた人々は、微々たる社会保障給付で、生きてゆくために、元金を引き出さざるをえなくなり、苦労している息子、孫、娘や孫娘に残す遺産も減ってしまうのだ。

ワシントンの財政政策が、家族に、徐々に自らの絶滅を強いている。これが今日の“自由と民主主義”アメリカだ。

資本家連中と、政府権力の乱用については正しいが、私的権力の乱用はほとんど気にかけないリバタリアン・イデオローグのサクラ連中は、家族や経済を破壊している資本家の強欲を進歩への道と見なしている。私企業の不正行為を規制する政府機関を信用しないことによって、リバタリアンは、アメリカ資本主義を機能させていた金融規制を撤廃する口実を与えたのだ。現在、強欲とリバタリアン・イデオロギーのおかげで、機能不全の資本主義が支配している。

アメリカ中流階級の消滅とともに、出世の階段も解体されたことが日々明らかになり、アメリカ合州国は金持ちと貧乏人で構成される二極分化した国になった。最も明白な結論は、アメリカ政治指導部の失敗が、不安定を、裕福な1パーセントと、持たざる99パーセントとの間の紛争へと導いているということだ。

アメリカ合州国指導部の失敗は、政治分野に限られず、全般にわたっている。アメリカの機構が動いている計画対象期間は極めて短期だ。アメリカ製造業が、アメリカ雇用と、雇用に伴う消費者所得を海外移転して、自社製品に対するアメリカ人の需要を損なったのと同様に、大学経営部が大学を破壊している。75パーセントもの大学予算が、経営に向けられている。学長、副学長、学部長、副学部長や、あらゆる差別語禁止違反の大家が激増している。

大学経営陣が、非常勤講師に数千ドルで授業をするようにさせ、学問の自由の根幹をなす終身在職権雇用は消滅しつつある。終身在職権雇用の減少は、博士号課程在籍者減少の先駆けだった。大学入学者数も減少する可能性が高い。大学での経験がむしばまれ、同時に、大学教育に対する金銭的見返りもむしばまれつつある。卒業する学生の雇用環境は、学資ローンを返済したり、独立した家計を営んだりするのに十分な収入を益々もたらさないものになっている。

大学の研究は、益々国防省や商業利益によって資金提供されるようになり、そうした権益のために動いている。大学は社会評論家や改革者を生み出す源としての役割を失いつつある。真実そのものが、商業化されつつある。

かつては事業に資金供給をしていた銀行制度は、できるだけ多くの経済を、レバレッジ債券に変換することに益々注力している。クレジット・カードの高金利請求のおかげで、消費者支出すら減少しつつある。経済では、負債が本当の生産より早く増大している。

歴史的に、社会資源の効率的利用を保障するという理由で、資本主義は正当化されてきた。利益は、資源が社会福祉を最大化すべく利用されている印であり、損失は非効率的な資源の利用の印であり、そういう企業が破産することで、是正されるというのだった。しかし、一国の経済政策が“大き過ぎて潰せない”金融機関を保護するためのものとなり、利益が、雇用海外移転の結果による、アメリカGDPの海外移転を反映するようになっている今、もはや当てはまらない。明らかに、アメリカ資本主義は、もはや社会の役にたっておらず、所得と富の分配の悪化がそれを証明している。

これらの深刻な問題のいずれに対しても、大統領候補は取り組んでおらず、どの政党の綱領も、アメリカ救出計画にはなっていない。本質的に短期的な、抑制されない強欲が、アメリカを破滅へと追いやり続けるだろう。

ポーランド軍がNATOの防諜センターを占拠 

ポーランド、軍がNATOの防諜センター建物を占拠
2015年12月18日
ワルシャワにあるNATO防諜センター建物が昨夜、軍の高官に占拠された。合鍵を使っての潜入。当直の軍人は退去を命じられた。

将官らは自らの行動を、センターの指導部の交換ということで説明している。ポーランド国防省はクシシュトフ・ドゥーシ・所長に代わって新しい人が任命されたという。Gazeta Wyborczaが報じた。

しかし「前」所長は解任の事実を認めていない。ドゥーシ氏によれば、ポーランド政府はこのような決定を自立して行なうことが出来ない。NATOのセンターの所長を変える事ができるのはNATOだけだが、ポーランドでは独自の規則を作る試みが決定されたようだ。


ポーランド軍がNATOの諜報センターを占拠しただなんて・・・・・
ポーランドでは何が起きているのでしょうね。

どんなに世の中が混乱しても、「創造のため」にこの世にいる人たちには大丈夫 

混乱するかもしれません。

しかし、どんなに世の中が混乱しても、「創造のため」にこの世にいる人たちには大丈夫です。

私のような破壊サイドは、古い地球と共に消滅していくのが理想なわけですが、その他の人々は、新しい地球の中で積極的に、その変化に対応して順応して、変化を完成させていきます。

そういう時まで待てばいいのだと思います。

と言っておられます。

In Deepのこの記事、面白いと思ったのでコピーさせて頂きます。(図や写真は3枚だけ複写残りは省略)
     (以下引用)
ギリシャの暴動の意味 彼等は自分自身と世界を 「カイロス」の地球に戻す責任を果せるか?ついでに 北緯33度線で生まれた「貨幣制度」もこの世から消えてしまえば・・・・・
http://oka-jp.seesaa.net/article/422518082.html

2015年7月15日夜のギリシャ首都アテネ
アテネのデモ
・Daily Mail
ギリシャの人々の「神性」が社会を創造の前段階へと駆り立てる

ギリシャの財政問題は何となく決着したかのようですが、首都のアテネでは、ロイター通信によれば、「この2年ほどで最も深刻な暴動」が起きています。

そして、ずいぶん以前から、他の国はともかく、「少なくともギリシャだけでは」強烈な変化が起きなければいけないと思っていました。

それは、現在の地球の文明の「発祥」というものと関係します。

私たちは、とても便利で快適な物質的文明の時代を生きてきました。

この文明には何の不満もないですし、楽しく楽で飢えることもないような時代を生きることができて、とても幸せに思っています。・・・しかし、そろそろ次の文明の時代になってもいいのかなとは思う部分もあります。

そして、その時代、すなわち「近い未来」は、物質的な文明ではなく、「精神的な文明であるべき」ならば、今の文明にはやや不要に思えるものがあります。

ギリシャという存在の問題は、今の私たちの生活を覆っている巨大だけれど「不要に思える」ものたちが「どこで始まったのか」ということと関係します。

たとえば、民主主義・・・というより「主義」という概念は、精神的文明には明らかに不要ですが、この「民主主義」といいうものの最初は?

あるいは、貨幣制度、西洋医学・・・。

あるいは、人間が戦いで優劣を決める(オリンピック)、多神教の神話・・・それらを初期の時代からおこなっていたのはどこか。

むかし、テレビで「まんがはじめて物語」というものがあったように記憶していますが、そのような調子で、「はじめて」を辿っていきますと、厳密な意味ではないものもあるとはいえ、そのどれもがギリシャに行き着く、ことに気づきます。

現代社会を形作っている基本的な概念の「始点として果たした役割」がギリシャにはあります。
ギリシャの変化を私が求めているのは、ここに理由があります。

「作ったもの自らが、責任を持って《終了》させる」ということです。

始まりを築いたものが自らで「破壊(破壊は創造の母です)」しなければならないと思っているのです。

次の地球の文明に進むためにくぐらなければならない「門」は、ギリシャから始まる物質的文明の終焉の兆しにあるとさえ考えています。民主主義やギリシャ神話やオリンピックが、あっという間に世界中に広まったように、《その反対》も、ギリシャが「創造」してくれれば、あっという間に世界中に広まるかも知れません。

世界中に広がれば、そうすれば、もともと精神性の高い生活をしていた日本人は、精神性を中心とした生活に移行しやすくなる気もします。

「古い価値観と新しい価値観の共存でもいいのでは?」という考えもあるかもしれませんが、しかし、ギリシャの生み出した数々の概念と文明はあまりにも偉大で、残っていては、それに頼り続けることになりそうです。なので、完全に破壊して、新たに創造する必要がありそうです。

新旧は共存はおそらくはできません。

ヨハネの黙示録に

「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」

というフレーズがありますが、望ましい変化はこれであって、共存の道はないように思います。




ギリシャにあった偉大な時間の概念

古代ギリシャには「ふたつの時間の観念」がありました。

クロノス時間とカイロス時間というふたつです。

クロノスは、現在でも使われている時計などで表すことのできる「いわゆる時間」の観念で、カイロスは、一般的な時間とはちがう「主体的な時間」を指します。

ということは、実際には「カイロス時間」には物理的な定義がないですので、「時間は存在しない」という意味にもなります。そういう観念を持っていたということは、古代ギリシャの人たちはきわめて精神的な存在でもあったといえます。

その中で、「物理的な文明発展」も進む中では、主体的な時間だけでは不都合で、それで、現在の「時間」となるクロノス時間というものが発明されたのかもしれません。

ちなみに、このふたつはなかなか覚えにくいですので、私は、「クロノスは苦労の巣」と覚えていますが、まあ、どうでもいいです(そうだな)。

語呂合わせの便利さはともかく、古代ギリシャ人たちは、物質的に生活するために必要なクロノス時間と共に、「真理から見た時間(存在しない時間)」という意味のカイロスのふたつの時間を使っていたという、すぐれた人々だったようですが、このカイロス時間というものは、その幅は、



決められていない点から、決められていない点までの無限

となっているわけで、つまり、カイロス時間から見れば、始点も終点もないといえるわけで、もっというと、


始点と終点はひとつである

という概念になるようにも思います。

ギリシャ文明にしても、その「始点」と「終点」は、カイロス時間の観点からは、実は同じだといえそうです。

「文明の誕生」と「文明の崩壊」は、まるで意味がちがうような響きですが、クロノス時間ではなく、カイロス時間で物事を考えると、「そのふたつは同じ」だということがわかります。

さきほど、聖書のヨハネの黙示録から引用しましたが、ヨハネの黙示録には、

「わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである」

というフレーズもあります。

「初めであり終りである」というのは、カイロス時間の概念から見れば、特に不思議なことではなく、そういう意味では、聖書でこれを言っている存在は、精神的な文明の価値観に生きているということがいえそうです。

ギリシャの暴動にしても、これを肯定的にとらえれば、すぐれたギリシャの人たちは、「終点」から「始点」に戻り「ゼロの地点」に戻るべくして動いている。

理性だとかそういうものではなく、 深い精神レベルで突き動かされているようにも思います。

すぐれたギリシャの人たちなら、そんな大層で巨大な変革をいとも簡単になし得てしまえるはずです。
彼らは必ずできるはずです。




2008年以来のギリシャ暴動の特徴

ギリシャでは、この数年、何度も若者たちの激しい暴動が起きています。

2009年1月 アテネ
greek-2.JPG
・クレアなひととき


2011年12月 アテネ
greek-riots-10.jpg
・public intelligence


2012年9月 アテネ
12年9月アテネ


このギリシャでの暴動は、他の国での若者の暴動とはちがい、特に若者たちは、むやみやたらに暴れているわけではありません。

たとえば、 2009年の暴動では、若者たちは SNS などを利用して、地図などの情報の共有や、「デモへの参加の際の持ち物」などの情報、たとえば下のような情報を共有していました。

・服装はバーカー(頭を守る、どこでも眠ることができる)
・リュック(水、食料、道具などは自分で持つ)
・ゴーグル(目の保護)と、口はタオルかバンダナで隠す
・用意できるならガスマスク(催涙弾に対応する)
・用意できるならヘルメット(頭部の保護のため)

上の写真を見ても、それらの情報が比較的共有されていることがおわかりかと思います。

つまり、「単なる不満の発散として暴れて破壊する」というものとは少しちがうのです。

2008年から断続的に続いている暴動は、意識的であるか無意識的であるかを別にしても、「目的意識」のようなものが感じられるのです。

その「目的」は何か?

それは実際には、いまだに当事者たちにもわかっていないでしょうが、非常にすぐれた民族であるギリシャの人たちは、いい加減、「物質に抑圧されている日々」はイヤなのかもしれないです。

神話と哲学と医学と数多くの思想と理想を作り出した、たぐい稀なる高貴な意志を持っていたギリシャの人々が、ATM の前にうなだれて並んでいる・・・。自分より上に「お金」が君臨する生活。

心の本当の奥では、ギリシャの人たちがそんな生活を嬉しいと感じているとは思いません。

ちなみに、ヨーロッパで、毎年のように「ある程度秩序だった暴動」が起きているのはギリシャ以外ではあまり例がないような気がします。あるいは、他の国で暴動が起きた場合は「系統と秩序」というものがないため、長期間にわたったデモにはならない傾向があります。

フランスでもイギリスでもスペインでも散発的に暴動は起きますが、「短期間暴れて鎮圧されて終わり」という感じです。

ギリシャの場合は、若者たちに計画性と「持続させる意志」があるため、デモが何ヶ月も続くことがあります。

どうして、ギリシャだけがそうなのか。

ギリシャで暴動が多い理由は、一般的には「失業率が高い」などの経済的な理由が挙げられますが、数値だけ見れば、スペインやイタリアもそれほど差はないです。

unemploy-eu.jpg
・blog.livedoor.jp/zzcj


上のグラフを見ると、最近では最大の暴動が発生した 2008年の12月の頃の若者の失業率は 30%以下で、現在のフランスあたりと差はありません。

このあたり、私は謎に思っていましたが、謎でも何でもないことだと気づきます。

ギリシャの人は、もはや地球の運命に逆らえるわけもなく、「古代ギリシャ以前」に、あるいは「カイロス時間の世界」に時計を戻そうとしている。

先に書きました、民主主義や、貨幣制度や、西洋医学、競技スポーツ、神話、あるいは、哲学もギリシャが発祥っぽいですが、そういうものは、人間本来の生活には不要なはずです。

「哲学」は意外と思われるかもしれないですが、人間が「真理を知った」場合ですが、「真理」には「解釈」というものが存在しないですので、哲学で解明する意味はないということになり、不要になるはずです。

いずれにしても、きわめてすぐれた文化と文明を地球にもたらしてくれたギリシャ人たちが本人たちの中の隠された霊性で、「ゼロの地点」にまで戻してくれようとしている。

そして、私たち日本人も「ゼロの地点」に戻ってみたい気もするわけで、私たちは、このギリシャの状況を見続けるべきだと思います。

ところで、先ほど、

> 自分より上に「お金」が君臨する生活

書きましたが、これは今ではどこでも同じです。

そして、日本人にしても、本当に「お金が自分よりえらい」なんて生活は楽しくは感じていないはずです。楽しく感じていないものは、誰がどういっても、いつか破綻して、消滅します。

日本にしても、ほんの千数百年くらい前ですかね。それくらいまではなかったのですから。

稲作や酒造りや家屋作りはそれよりずっと昔からありましたけど、貨幣なんて何万年も、あるいは何十万年も人間の生活になかったんですから、必要ないということは歴史から見ても明白なわけで。

ちなみに、頻繁に貨幣を使うようになった最初は古代ギリシャかもしれないですが、「本当の最初」は、メソポタミア文明で生まれたのだそうです。




北緯33度線で生まれたものもまた北緯33度に消えていくか

世界で最初の硬貨とは?というページには、


世界で最初に貨幣(硬貨)が使われたのはいつか? どこの誰が作ったのか?……これは今のところ正確にはわかっていません。しかし、硬貨について書かれた最も古い記録といわれるのは、今から4500年も前の古代メソポタミアのものです。
とあります。

その「最初に貨幣制度が作られた」古代メソポタミアの位置は、北緯 33度線上にあります。

古代メソポタミア
33-money.gif


今このあたりは別の意味でも騒がしいです。

33度線

・過去記事「中東のカオスと英国エコノミスト誌の表紙を見て…」より。


貨幣制度も IS も、どちらも 33度線絡みで「発祥」したようです。

アメリカ南北戦争時の南部連合のトップで、フリーメーソンの最高位である 33位のアルバート・パイク将軍は、1871年に書いた手紙に、




第三次世界大戦は、政治的シオニストとイスラム世界の指導者たちとの間で、「エージェント」と「イルミナティ」によって引き起こされる両者の意見の相違を利用することによって助長されなければならない。

戦争はイスラムと、政治的シオニズムが相互に破壊し合うような方法で行われなければならない。




と書いたそうですが、33度線はそういうたぐいの最前線でもあります。

そもそも、このアメリカの「南北戦争」自体が「 33度線での戦闘だった」ことにも気づきます。

下に地図を並べました。




南北戦争(推定死者数63万人)と北緯33度線

北米の北緯33度線
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・過去記事


アメリカ南北戦争(1861~1865年)の対立図
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・南北戦争が起きたのは、何で?





33度線から始まった「貨幣制度」だとか、33度線から次々と生まれでる「戦争」だとかは、また33度線の地中深くに戻っていってほしいところではあります。

しかし、それはともかく、ギリシャは、クロノス時間からカイロス時間の中へと「異次元の旅」に入ろうとしているように見えます。

こうなったら、世界の混乱も上等ではあります。




創造の手前のターンで

私たちは今、世界の破壊のターンを見て、その中に生きています。

混乱するかもしれません。

しかし、どんなに世の中が混乱しても、「創造のため」にこの世にいる人たちには大丈夫です。

私のような破壊サイドは、古い地球と共に消滅していくのが理想なわけですが、その他の人々は、新しい地球の中で積極的に、その変化に対応して順応して、変化を完成させていきます。

そういう時まで待てばいいのだと思います。

それまでは、映画『ファイト・クラブ』の台詞、

「これからはすべてよくなる」

と飽きるほど唱えてみるとか。

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・映画『ファイト・クラブ』(1999年)


日本はどうするかも考えてみたり。

「どうなる」ではなく、「どうする」かと。

大自然も人間の生活もすべてに変化は襲いかかるはずです。
その中でこそ、「これからはすべてよくなる」と考えてみる。

ギリシャもよくなる。

日本もよくなる。

ベランダのトマトの実もよくなる(意味がちがうわ)。

ところで、ウェブボットのクリフ・ハイは、6年前のエッセイで、カイロス時間のことについてふれています。私は、このエッセイで初めて「クロノスとカイロス」という言葉を知りました。

今回はそのエッセイを締めとしたいと思います。


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ウェブボット ALTA1309 パート4
2009年4月4日配信

「いま」という瞬間に生きるとはどういうことであろうか? それは時間が「いま」という一瞬に圧縮されることを意味している。確かに、時計が刻む時間は物理的に一定でありこれが変化することはないかもしれない。だが、われわれが生きる一瞬一瞬の時間の質が最近まったく変化してきていることに気づいているだろうか?

いま一瞬の時間は、われわれがかつて経験したことがないほど濃密になり、圧縮されたものとなってきている。この時間の圧縮は、経済や社会、そして地球が変化するにつれ、これから数年間で本格的になると私は考えている。

このような時間の圧縮の体験から、われわれ一人一人が太陽系と変化の瞬間を共有し、また銀河系とも共有していることが実感として分かるはずである。時間の圧縮体験はミクロとマクロで人間に大きな影響を与えるはずなのだ。

古代ギリシャでは時計が刻む日常的な時間の「クロノス」と、なにか特別なことが起こる「カイロス」という2つの時間概念をもっていた。

いまわれわれすべてが「カイロス」の時間をともに生きることになる。おそらくこれは可能性の高い予測として成立するだろう。これは人間自身が望んだものではなく、宇宙が人間に経験することを迫っているものなのだ。

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ここまでです。

昔から好きなエッセイですが、6年前には気づかなかったこととして、ここで、クリフ・ハイは、

> これは人間自身が望んだものではなく、宇宙が人間に経験することを迫っている

とありますが、これは、逆だと思っています。

> われわれすべてが「カイロス」の時間をともに生きることになる

ことを望んでいるのは、明らかに、私たち人間自身だと思います。だから、そのようになるのだと。

望めば、何もかも手にすることができるはずです。

「女王の教室」の予言 

7月2日のブログで10年前dendrodiumを始めた時、
2日だけ書いて後、1年余り休んでいた話を書いところだったが。
そのときに書いたのは、1日目が半夏生の話で、
2日目に書いたのが「女王の教室」だった。
その女王の教室が今話題になっている事を、
私は10年前に書いた記事のお陰で、知る事が出来たのだった。

FC2の管理画面では、同じFC2ブログからの訪問者が表示される事になっているのだけれど、
今朝その中のお一人のブログを覘いて見たら、
そのブログの最新記事に「女王の教室」を載せておられた。
多分その人は、「女王の教室」繋がりでdendrodiumを覘かれたのだろう。

「10年も前のテレビドラマをどうして?」と不思議に思い検索してみたら、
現在の日本を予言しているような事を指摘しているドラマだったという事で、
今「女王の教室」が話題になっているらしい。
10年前のドラマ「女王の教室」での指摘、現在の日本の姿と完全に一致していることが明らかに」に、女王(鬼教師)の下記の台詞を取り上げておられる。

いい加減、目覚めなさい。

日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?

今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。


この台詞を元に、現在の日本が如何にこの通りになっているかを詳しく解説しておられる。

全くその通りだと思った。
あのドラマを見た時、私はそこまで深く考えて見たわけではなかったけれど、
このドラマの作者の鬼気迫る才能に魅了され、
毎回、楽しみに見ていた事を思い出す。

続きを見るに、
上記記事の全文をコピーさせて頂く。

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戦後70年:今も続いている国民への忍耐押しつけ 

東日本大地震の後で日本国籍を取得されたドナルド・キーンさんの、インタビュー記事戦後70年:今も続いている国民への忍耐押しつけをコピーさせて頂きます。

政府と軍部は都合良く、日本人の美徳である我慢強さを利用しました。作家の高見順(1907〜65年)は昭和20(1945)年の日記で「焼跡で涙ひとつ見せず、雄々しくけなげに立ち働いている」国民の姿を記しました。彼は敗北であっても、戦争の終結を望んでいました。戦争指導者は国民に愛情を持っているのだろうかと疑っていました。何やら、東日本大震災(2011年3月11日)に重なるものがあるように思えてなりません。あれほどの地震と津波に見舞われながら、互いに助け合う日本人の姿に世界が感動しました。けれども、国民は理不尽に忍耐を押し付けられてはいないでしょうか。
という一節に、本当に今の政府の態度は、戦時中とそっくりなのかも知れないと思いました。
一般国民はこんなにも忍耐強く働き者なのに、
政府の人間になるととどうしてあんなにも、不人情で残酷になるのでしょう?
不思議ですね。
キーンさんのインタビューは、日本人に対する愛情に満ちてはいますが、
日本は90歳過ぎて日本に帰化してくださったアメリカの知識人に、
日本に帰化した事を後悔させてはいないでしょうか?

鬼・怒鳴門(きーん・どなるど) ニューヨーク市ブルックリン生まれ。92歳。東日本大震災後の2012年に日本国籍を取得した。菊池寛賞、毎日出版文化賞など受賞。02年に文化功労者、08年に文化勲章を受けた。米コロンビア大名誉教授 

 

◇ドナルド・キーンさんインタビュー   (2015年02月26日)
お国のために我慢すること、お国のために死ぬことが、日本の伝統なのだろうか。若き日に「源氏物語」と出合った感動を抱き続け、日本国籍を取得した日本文学研究者のドナルド・キーンさんに聞いた。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】

 米国海軍の日本語将校として、太平洋戦争に従軍しました。武器は取りたくなかった。だから、語学の能力を生かそうと思ったのです。1943年2月に海軍日本語学校を卒業し、日本軍から押収した文書の翻訳任務に就きます。ある日、小さな黒い手帳の山に行き当たりました。同僚たちは避けていた。なぜか。悪臭が立ちこめていたからです。それは死んだ日本兵たちが所持していた日記でした。血痕がついていたんです。軍事機密が漏えいする恐れがあることから、米軍は兵士が日記をつけることを禁止していました。日本軍は違いました。部下が愛国的かどうか、上官が検閲する目的があったのでしょう。

 「軍紀旺盛なり」。部隊が内地にいるころはまだ、勇ましい言葉で埋まっています。ただし、やがては南洋の最前線に送られる。輸送船団の隣の船が突然、雷撃を受ける。乗船していた部隊もろとも、海の藻くずとなる。戦争の現実に日記の調子が変わってきます。上陸したガダルカナル島(1942年8月〜43年2月の戦いで日本兵約2万800人が戦病死)はもちろん、南の楽園ではなかった。食糧はない、水はない。マラリアは流行する。米軍の爆撃は激しい。覚悟したのでしょう。最後のページに英語でつづっているものもありました。「戦争が終わったら、これを家族に届けてほしい」

 我々と同じ人間なんだ。戦時プロパガンダが伝えるような「狂信的な野蛮人」などではないのだ。胸を打たれました。従軍前はコロンビア大学で日本人教授(故・角田柳作氏)に師事し、日本の文化を学んでいました。それでも、中国大陸における日本軍の蛮行を聞くにつれ、日本は怖い国だと思うようになっていました。それが皮肉にも、自分が戦争に参加することによって、一般の日本人を知った。心から、彼らに同情しました。日本文学において、日記は一つの伝統的なジャンルを形作っています。平安朝の昔から、優れた日記文学が残されています。しかし、無名の日本兵たちが残した日記ほど、感動的なものはめったにありません。

 最初の玉砕となったアッツ島の戦い(1943年5月)に参加し、手りゅう弾を胸で破裂させて自決した日本兵の遺体を目にしました。沖縄戦(1945年3〜6月)では乗船した輸送船をめがけ、特攻機が突入してきました。なぜ、日本人は死を選ぶのか。ハワイ・真珠湾に設けられた捕虜収容所で出会ったのは、文学、映画、音楽を愛する日本人たちでした。彼らのためにレコード鑑賞会を開いたとき、敵も味方もなかった。ところが、そんな彼らは「日本には帰れない」という。ホノルルのハワイ大学の図書館で、日露戦争の資料を探し回りました。実はロシア軍の捕虜になった日本軍将兵は数多かった。それを教えたかった。「俺は将校だから、ロシア軍将校と同じようにウオッカを飲ませろ」などと要求したケースもあったそうです。

 捕虜になることは恥−−などということは軍部が強要した大うそです。戦争なのだから、命のやり取りは仕方がありません。しかし、相手に敬意を払うことはできる。能「敦盛」で源氏方の武将、熊谷直実は平氏の武将を一騎打ちで組み伏せるが、元服間もない自分の息子と変わらぬ若さと知り、見逃そうとしました。なんと、人間的でしょうか。味方が押し寄せてきたために熊谷は仕方がなく、敦盛を討ち取ります。その後に出家し、菩提(ぼだい)を弔うことを選ぶことになります。

 熊谷のような心を持たず、ひたすらに敵を殺すことを誇ることは、本当に恐ろしいことです。京都には(豊臣秀吉の朝鮮出兵で)切り落とした敵の耳を埋めた「耳塚」が残っています。これが武士ですか。「源氏物語」に魅了されたのは、そこに日本の美しさがあふれていたからです。西洋の英雄物語の主人公たちと違い、光源氏は武勇をもって、女性たちに愛されたわけではありません。彼が活躍した平安朝期にはたったの一人も、死刑になっていません。憲法9条を改正すべきだとの主張があります。現行憲法は米国の押しつけであると。しかし、忘れてはいませんか。この戦後70年間、日本は一人の戦死者も出さなかったではないですか。それならば男女平等だって、土地改革だって、押しつけではないですか。改めるべきなのですか。

 政府と軍部は都合良く、日本人の美徳である我慢強さを利用しました。作家の高見順(1907〜65年)は昭和20(1945)年の日記で「焼跡で涙ひとつ見せず、雄々しくけなげに立ち働いている」国民の姿を記しました。彼は敗北であっても、戦争の終結を望んでいました。戦争指導者は国民に愛情を持っているのだろうかと疑っていました。何やら、東日本大震災(2011年3月11日)に重なるものがあるように思えてなりません。あれほどの地震と津波に見舞われながら、互いに助け合う日本人の姿に世界が感動しました。けれども、国民は理不尽に忍耐を押し付けられてはいないでしょうか。

 杜甫(712〜770年)の有名な詩「国破れて山河あり」について、松尾芭蕉(1644〜1694年)は反論しています。山も河も崩れ、埋まることもあるではないか。それでも残るのは人間の言葉である、と。終戦直後の日本文学も言論統制が解かれ、一つの黄金期を迎えました。谷崎潤一郎、川端康成らに加え、三島由紀夫、安部公房などの新しい才能が咲き誇ります。

 東日本大震災の福島原発事故では放射能によって、国土の一部が汚染されてしまいました。しかし、国民の半数が反対しているにもかかわらず、世界中を震撼(しんかん)させた事故がまるでなかったかのように、原発再稼働の動きは進んでいます。戦後70年を迎え、言葉の力が再び試されています。

資本主義末期の国民国家のかたち・内田樹講演録 

内田樹研究室の記事に、ご自身の講演録を載せておられた。
素晴らしい内容で、共感する所も多かったからか、
長い講演録なのにちっとも長いと感じさせられることなく、
一気に読み終わってしまっていた。
記念にこの記事をコピーさせて頂く。

資本主義末期の国民国家のかたち
ご紹介いただきました内田でございます。肩書、ごらんのとおり、凱風館館長という誰も知らないような任意団体の名前の長を名乗っておりますので、こんなきちんとした学術的な集まりに呼ばれると、いたたまれない気持ちになります。
私は、基本的に全ての問題に関して素人でございまして、ですから、おまえのしゃべることには厳密性がないとか、エビデンスがないとか言われても、それはそうだよとしか言いようがありません。ただ、素人には素人の強みがありまして、何を言っても学内的な、学会内部的なバッシングを受けることはない、いくら言ったって素人なんだからいいじゃないかで全部済ませられる。
大学の教師というのは誤答を恐れる傾向がありまして、大風呂敷を広げることについては強い抑制が働く。私はその点で抑制のない人間でございまして、ほんとうは私のような野放図な人間がもう少しいたほうが、世の中、風通しがよくなってよいと思うんです。
それに意外なことに、この素人の直感が侮れない。
思い出しても愉快なことがあるんですけれども、今からもう十年近く前でしょうか、私が『街場の中国論』という本を出した後に公安調査庁の人が尋ねてまいりました。「公安調査庁です」と言って名刺を出して、「あなたのファンなんです」と言うんです。公安調査庁がファンのわけがない。(笑)
いろいろと話をしていたら、「あなたの中国論なんですけれども、この中国の共産党内部の情報をあなたはどうやって手に入れられたのか」と訊いてきた。「毎日新聞からです」とお答えしたら、随分驚いていらした。「だって、新聞で書いている情報だけだって、断片をつなぎ合わせていくと大体何が起きているくらいは想像がつきますでしょ」と申し上げたら、なかなか片づかない顔でお帰りになりました。

先般も、ちょっと自慢話になりますが、中国共産党に中央紀律委員会というものがありまして、そこが党幹部に推薦図書を指示しました。党幹部が読むべき本を五十六冊挙げて、これを読んでおくようにと、夏休みの課題図書みたいに挙げたリストの中に私の『日本辺境論』も入っておりました。日本人が書いたものは僕の本だけだったそうです。中国人の友達から聞きました。「内田さん、あなたの本、出てたよ。紀律委員長は習近平だから、習近平も認めた本だよ!」と言われました。けっこう愉快な話だと思うんですけれど、日本のメディアはあまり報道してくれなかったですね。

ことほどさように素人の直感は侮れないということで、本日は資本主義末期の国民国家の行方について一席お話しさせて頂きます。
こんなことをしゃべる資格が君にあるのかというような大ぶりの演題ですけれども、錚々たるそうそうたる政治学者の先生がたの前でしゃべらせて頂きます。先生方はやはり学問的厳密性ということを重んじられる立場にありますから、軽々なことは言えないと思うんですけれども、私は素人ですから、そういう気づかいが要らない。今日は限られた時間ではありますけれども、勝手なことを言って帰っていきたいと思います。私に期待されているのも、そういうことだと思うんです。とりあえず風呂敷だけ広げておいてください、穴はいくらあいても構いませんというのが講演依頼の趣旨だと思います。

それに、今日、実は時差ぼけなんですよね。昨日の夜、ローマから帰ってきたところで、これから時差ぼけ絶好調になってくるところなので、舌がうまく回らないんです。私、ふだん、滑舌もっといいんですけれども、今日はいつもの七割ぐらいのテンションなので、中身も七割ぐらいのクオリティーになる可能性がありますので、その点もご容赦ください。

まず、今日のテーマですが、安倍政権、なぜこのような政権が存在していて、誰が支持しているのか。戦後日本の民主主義社会からなぜこのような政体が生み出され、それに対して政官財メディアがそれなりの支持を与えているのかという、非常にわかりにくい現状を解読してみたいと思います。

現政権のありようを制度の劣化、制度の崩壊というように、先ほど山口先生がおっしゃいましたけれども、崩壊したり劣化する側にも主観的には合理性があるわけです。正しいことをしている、いいことをしている、日本の国民のためにやっているんだと、本人たちはそういうつもりでいるわけです。初めから日本を劣化させてやろうというよう悪心をもってやっているわけじゃない。我々の側から見ると、日本の制度をぶちこわしにしているようにしか見えないんですけれども、先方には主観的な合理性がある。主観的には首尾一貫性がある。たぶん正しいことをしているつもりでいる。僕としては、自分の判断をいったんかっこに入れて、彼らの側の主観的な首尾一貫性が何かということを見てゆきたいと考えています。

特に海外から見た場合に非常にわかりにくいと思いますが、日本の国家戦略が戦後一貫して「対米従属を通じての対米自立」というものです。これが戦後日本の基本的な国家戦略です。
でも、この「対米従属を通じての対米自立」ということは日本人にはわかるけれど、他国からはその理路が見えにくい。

僕は、個人的に勝手にこれを「のれん分け戦略」と呼んでいます。
日本人の場合、のれん分けというのは、わりとわかりやすいキャリアパスです。丁稚で奉公に上がって、手代になって、番頭になって、大番頭になって、ある日、大旦那さんから呼ばれて、「おまえも長いことよく忠義を尽くしてくれたね。これからは一本立ちしてよろしい。うちののれんを分けてやるから、これからは自分の差配でやりなさい」と、肩をぽんとたたかれて、独立を認められて、自分の店の主になる。そういうようなキャリアパスというか、プロモーション・システムというのは日本社会には伝統的に存在していました。
 だから、日本人にとっては、「徹底的に忠義を尽くし、徹底的に従属することによって、ある日、天賦のごとく自立の道が開ける」という構図には少しも違和感がないと思うんです。戦後日本人が「対米従属を通じての対米自立」という国家戦略に比較的簡単に飛びつけたのは、そして、そのことの「異常さ」にいまだに気がつかないでいることの一つの理由はこの「のれん分け戦略」というものが日本人の社会意識の中にかなり深く根を下ろしていたからではないかと思います。一種の伝統文化です。

対米従属を通じての対米自立というのは、敗戦直後の占領期日本においては、それなりに合理的な選択だったと思います。というよりそれ以外に選択肢がなかった。軍事的に決定的な敗北を喫して、GHQの指令に従うしかなかったわけですから。
この状態から、屈辱的な非占領状態から脱却するためには、とりあえずこの国にはもうアメリカに対して抵抗するような勢力は存在しない、レジスタンスもないし、パルチザンもないし、ソ連や中国の国際共産主義の運動と連動する勢力もないということを強く訴える必要があった。我々は、このあと軍事的な直接的占領体制から脱したとしても、決してアメリカに反発したり、アメリカに対抗する敵対勢力と同盟したりすることはありませんという誓約をなし、確証を与えないと、主権が回復できなかった。そういう切羽詰まった事情があったわけです。

その時期において、実際には面従腹背であったわけですけれども、対米従属という戦略を選んだことは、客観的にも主観的も合理的な選択だったと思います。それ以外の選択肢は事実上日本にはなかった。
ですから、吉田茂、岸信介、佐藤栄作あたりまで、一九七〇年代なかばまでの戦後政治家たちは、対米従属を通じてアメリカの信頼を獲得して、それによってアメリカに直接統治されている属国状態から、次第にフリーハンドを回復して、最終的に米軍基地がすべて撤去された後、憲法を改定して主権国家としての体面を回復する、そういうロードマップを描いていたのだと思います。アメリカから「のれん分け」してもらった後、外交についても、国防についても日本独自の戦略を展開してゆく。半世紀くらいかけてじわじわと独立を回復していく、そういう気長なスケジュールを組んでいたんだろうと思います。

そのスケジュールの選択というのは、当時の日本においては必至のものであったし、十分な合理性もあったと思います。そして、この戦略の合理性を確信させたのは、何よりも成功体験があったからです。対米従属したら、うまくいった。その成功体験があった。

一つは、一九五一年、サンフランシスコ講和条約です。戦後六年目にして、日本は形の上では独立を回復するわけですけれども、当時の国際社会の常識に照らしても、これほど敗戦国に対して寛容で融和的な講和条約というのは歴史上なかなか見い出しがたいと言われたほどに、寛大な講和条約が結ばれた。
これは、やはりそれまでの6年間の日本の対米従属の果実とみなすべきでしょう。ですから、日本の為政者たちは「対米従属戦略は正しかった」と確信することになった。対米従属によって主権の回復という大きな国益を獲得した。そういう成功体験として、サンフランシスコ講和条約は記憶されたのだろうと思います。
当分これでいこう、これだけ大きな譲歩をアメリカから得られたということは、これからさらに対米従属を続けていけばいくほど、日本の主権の回復は進んでゆくという楽観的な見通しをそのとき日本人たちは深く刻み込んだ。

あまりこういうことを言う人はいませんが、対米従属路線の二度目の成功体験は七二年の沖縄返還です。佐藤栄作首相はアメリカのベトナム戦争に対して全面的な後方支援体制をとりました。国際社会からはアメリカの帝国主義的な世界戦略に無批判に従属する日本の態度はきびしいまなざしに曝されました。僕自身も学生でしたから、なぜ佐藤栄作はこのような明らかに義のない戦争についてまで対米従属するのか、怒りを禁じ得なかったわけです。でも、イノセントな学生の目から見ると犯罪的な対米従属である佐藤栄作のふるまいも、長期的な国益という点で見ると、それなりの合理性があったわけです。義のない戦争に加担した代償として、日本は沖縄返還という外交的果実を獲得できたんですから。 

この二つの成功体験が日本人の「対米従属路線」への確信を決定づけたのだと僕は思います。少なくとも一九七二年、戦後二十七年までは「対米従属を通じての対米自立」という戦略は絵に描いた餅ではなくて、一定の現実性を持っていた。けれども、その現実性がしだいに希薄になってゆく。

人間は一度有効だった戦略に固着する傾向があります。
「待ちぼうけ」という童謡がありますね。元ネタは韓非子の「守株待兎」という逸話です。畑の隅の切り株にたまたま兎がぶつかって首の骨を折って死んだ。兎を持ち帰った農夫はそれに味をしめ、次の日からは耕作を止めて終日兎の来るのを待ち続けた。ついに兎は二度と切り株にぶつからず、畑は荒れ果てて、農夫は国中の笑いものになった。
「小成は大成を妨げる」と言いますけれども、日本はこの農夫に似ている。戦後の二つの成功体験によって、この成功体験、この戦略に居着いてしまった。国力をじっくり蓄え、文化を豊かにし、国際社会における信認を高めて、独立国、主権国家として国際社会に承認されるという迂遠な道を避け、ただ対米従属していさえすればよいという「待兎」戦略に切り替えた。

それまでの戦後政治家たちは、かなり複雑なマヌーバーを駆使して日米関係をコントロールしていたと思うんです。政治家ばかりでなく、官僚も学者や知識人も、日米関係というのは非常に複雑なゲームだということがわかっていた。それを巧みにコントロールして、できるだけ従属度を減らして、できるだけ主権的にふるまうというパワーゲームのためにそれなりの知恵を絞っていた。なにしろ、アメリカは日本にとって直近の戦争の敵国ですから、さまざまな点で国益が対立している。それを調整して、アメリカの国益増大を支援しつつ、日本の国益を増大させるというトリッキーなゲームですから、かなりの知的緊張が要求された。

ところが、僕の印象では、八〇年代から後、そういう緊張感が政治家たちに見えなくなくなってしまった。日米両国が、それぞれの国益をかけて、非常に厳しい水面下のバトルを展開しているという感じがなくなってしまった。ただ単純に対米従属してさえいればいいことがあるという思い込みに日本のエスタブリッシュメント全体が領されるようになった。対米従属をすると、「いいこと」があるという、シンプルな入力出力相関システム、いわゆる「ペニー=ガム・メカニズム」のようなものとして日米関係を構想する人たちがしだいに増えてきて、気がつけば多数派を形成するようになった。日米関係が一種の「ブラックボックス」になってしまって、「対米従属」という「ペニー銅貨」を放り込むと、「なにかいいこと」という「ガム」が出てくるという単純なメカニズム幻想が定着してしまった。そんなふうに日米関係が現実から遊離して、幻想の領域に浮き上がってしまったのが、だいたい80年代なかばから後ではないかと思います。

どうしてこんなことになったのかというと、結局は「時間の問題」だったと思います。
「対米従属を通じての対米自立」という発想そのものの合理性は、確かに論ずるまでもない。でも、時間がたってくると、その装置を管理運営する人間が入れ替わる。敗戦直後のとき、日本の外交戦略のフロントラインにいた人たちは、日米の国益の間には齟齬がある。両国の国益が一致するということは原理的にはありえないということを骨身にしみて知っていた。当たり前です、殺し合いをしてきたばかりなんですから。国益が相反するということがわかった上で、「面従腹背」のマヌーバーを展開していた。表面的にはアメリカに追随するが、本心では早くアメリカを厄介払いしたいと思っていた。
でも、面従腹背のポーズもそれが二世代三世代にわたって続くうちに変質してしまう。「面従」だけが残って、「腹背」が消えてしまう。対米従属がそのまま日本の国益増大であると頭から信じ込む人たちが増えてきた。増えてきたどころではなく、政界、財界、メディア、学会、どこでも、対米従属・日米同盟機軸以外の選択肢を考えたことがある人がいなくなってしまった。
以前、あるアメリカ政治の専門家に「日米同盟以外の安全保障の選択肢」について質問したことがありましたが、質問に驚いて絶句してしまいました。対米従属以外の政治的選択肢があるかどうかを吟味したことがなかったようでした。でも、例えば、イギリスの政治学者に「対米同盟以外の安全保障の選択肢」を訊いても、ドイツの政治学者に「EU以外の安全保障の選択肢」を訊いても、「考えたことがない」と答えることはありえないと思います。ふつうは「いまある仕組み以外の可能性」を、蓋然性がどれほど低くても、一応は考えておく。日本人だけが外交戦略において「日米同盟基軸」、つまり対米従属以外のいかなる選択肢についてもその可能性や合理性について考えない。これはあきらかに病的な症候です。

対米従属が国家戦略ではなく、ある種の病的固着となっていることがわかったのは、鳩山さんの普天間基地移転についての発言をめぐる騒ぎのときです。僕は、あのとき、報道を注視していて、ほんとうにびっくりした。あのときが、日本の大きな転換点ではなかったか思います。

鳩山首相は、普天間基地をできたら国外、せめて県外に移転したいと言ったわけです。国内における米軍基地の負担を軽減したい。できたら国外に移って欲しい、そう言った。外国の軍隊が恒常的に国内に駐留しているというのは、どの主権国家にとっても恥ずかしいことです。ふつうはそう感じます。外国の基地が常時駐留するのは誰が見ても軍事的従属国のポジションだからです。
フィリピンはアメリカの軍事的属国的なポジションの国でしたけれど、憲法を改正して外国軍の駐留を認めないことにしました。そのせいで米軍はクラーク、スーヴィックというアメリカ最大の海外基地からの撤収を余儀なくされました。韓国でも、激しい反基地運動を展開した結果、在韓米軍基地は大幅に縮小されました。ソウル市内にあった龍山基地も移転させられた。
でも、日本のメディアは、韓国やフィリピンにおける反基地運動をほとんど報道しませんでした。僕はまったく知らなかった。以前、海外特派員協会というところに呼ばれて講演したときに、司会をしていたイギリス人ジャーナリストから「韓国の反基地運動についてはどう思いますか」と質問されて、「その話を知りません」と答えたら、驚かれたことがあります。「安全保障や外交のことを話している人間が、隣国の基地問題を知らないのか?」と。でも、日本のメディアで、そんな話を聴いたことがなかった。
韓国では、長期にわたる反基地運動の結果、在韓米軍基地は縮小されています。日本では、相変わらず「半島有事に備えて」という理由で沖縄の軍事的重要性は変わらないというようなことを新聞の社説は書いている。でも、「半島有事の備え」がそれほど喫緊であるというのなら、朝鮮半島の米軍基地が縮小されている理由が説明できない。それほど北朝鮮の軍事リスクが高いなら、むしろ米軍を増強すべきでしょう。だから、そこを衝かれたくないので、日本では東アジアでの米軍基地縮小の事実そのものが報道されない。
さらにややこしいのは、韓国の場合は、そうやって米軍基地は縮小するけれども、戦時作戦統制権はまだアメリカに持っていてもらっているということです。つまり、米軍基地は邪魔だから出て行ってもらいたいけれど、北朝鮮と一戦構えるときには米軍に出動して欲しいので、戦時作戦統制権だけはアメリカに押しつけている。そうやってアメリカをステークホルダーに巻き込むという、かなりトリッキーな米韓関係を展開しています。
でも、これは主権国家としては当然のことなのです。米軍は平時はいると邪魔だが、非常時には必要になる。韓国側の自己都合でそういう勝手なことを言っている。主権国家というのは「そういうもの」です。自国の国益を優先して勝手なことを言うことのできる国のことです。韓国はその点で主権国家です。

フィリピンもそうです。一旦は米軍基地を邪魔だから出て行けと追い出しておきながら、南シナ海で中国との領土問題が起きてくると、やはり戻ってこいと言い始めた。言っていることは首尾一貫していないようですが、首尾一貫している。自国の国益を最優先している。

その中にあって、日本だけが違う。それぞれの国が自国の国益を追求していって、他国の国益との間ですり合わせをしていって、落としどころを探していく。これが本来の主権国家同士の外交交渉のはずですが、日本だけはアメリカ相手にそういうゲームをしていない。アジア諸国がアメリカと五分でシビアな折衝をしている中で、日本だけがアメリカに何も要求しないで、ただ唯々諾々とその指示に従っている。それどころか、近隣の国がアメリカ相手に堂々とパワーゲームを展開しているというニュース自体が、日本ではほとんど報道されない。

その鳩山さんの件ですけれども、鳩山さんは、国内に米軍基地、外国軍の基地があるということは望ましいことではないと言ったわけです。当たり前ですよね。主権国家としては、当然、そう発言すべきである。沖縄の場合は、日本国土の0.6%の面積に、国内の七五%の米軍基地が集中している。これは異常という他ない。この事態に対して、基地を縮小して欲しい、できたら国外に撤去していただきたいということを要求するのは主権国家としては当然のことなわけです。けれども、この発言に対しては集中的なバッシングがありました。特に外務省と防衛省は、首相の足を引っ張り、結果的に首相の退陣の流れをつくった。
アメリカから「鳩山というのはどうもアメリカにとって役に立たない人間だから、首相の座から落とすように」という指示があったと僕は思っていません。そんな内政干渉になるような指示をしなくても、鳩山が首相でいると、アメリカの国益が損なわれるリスクがあるから、引きずり下ろそうということを考える政治家や官僚がいくらも日本国内にいるからです。メディアも連日、「アメリカの信頼を失った鳩山は辞めるべきだ」という報道をしていました。なぜ、日本の首相が米軍基地の縮小や移転を求めたことが日本の国益を損なうことになるのか、僕には理由がわかりませんでした。
この事件は「アメリカの国益を最大化することが、すなわち日本の国益を最大化することなのである」という信憑を日本の指導層が深く内面化してしまった、彼らの知的頽廃の典型的な症状だったと思っております。
 
映画監督のオリバー・ストーンが、2013年に日本に来て、広島で講演をしたことがありました。これも日本のメディアは講演内容についてはほとんど報道しませんでした。オリバー・ストーンが講演で言ったのはこういうことです。
日本にはすばらしい文化がある、日本の映画もすばらしい、音楽も美術もすばらしいし、食文化もすばらしい。けれども、日本の政治には見るべきものが何もない。あなた方は実に多くのものを世界にもたらしたけれども、日本のこれまでの総理大臣の中で、世界がどうあるべきかについて何ごとかを語った人はいない。一人もいない。Don’t stand for anything 彼らは何一つ代表していない。いかなる大義も掲げたことがない。日本は政治的にはアメリカの属国(client state)であり、衛星国(satellite state)である、と。これは日本の本質をずばりと衝いた言葉だったと思います。アメリカのリベラル派の人たちのこれが正直な見解でしょう。

日本はたしかにさまざまな力を持っている。経済力も文化力もある。平和憲法を維持して、戦争にコミットせずに来た。けれども、国際社会に向けて発信するようなメッセージは何にも持っていない。アメリカに追随するという以外の独自の政治的方向性を持っていない。これは、アメリカ人のみならず、国際社会から見たときの日本に対する典型的な印象ではないかと思います。
そのとき、オリバー・ストーンは「そういえば、先般、オバマに逆らって首にされた総理大臣が一人いたが」と言っておりましたけれども、これはもちろんオリバー・ストーンの勘違いであります。別にオバマに逆らったから、オバマによって首にされたわけではなくて、彼を首にしたのは日本人だったからです。
首相が日本の国益を代表して、素直に国土を回復したい、主権を回復したいということをアメリカに伝えたら、寄ってたかって日本人がそれを潰したという事実そのものが日本の罹患した病の徴候だったと僕は思います。アプローチは拙劣だったかも知れないが、首相の主張は正しいという擁護の論陣を張ったメディアは僕の知る限りありませんでした。アメリカの信頼を裏切るような政治家に国政は託せないというのがほとんどすべてのメディアの論調でした。「ちょっと、それはおかしいんじゃないか」と言う人がほとんどいなかったことを僕は「おかしい」と思いました。
主権国家が配慮するのは、まず国土の保全、国民の安寧、通貨の安定、外交や国防についての最適政策の選択、そういったことだと思います。主権の第一条件である「国土の回復」を要求した従属国の首相が、国土を占領している宗主国によってではなくて、占領されている側の自国の官僚や政治家やジャーナリストによって攻撃を受ける。これは倒錯的という他ありません。

なぜこのような病的傾向が生じたのか。それは「対米従属を通じての対米自立」という敗戦直後に採用された経験則を、その有効性についてそのつど吟味することなく、機械的にいまだに適用し続けているせいだと思います。でも、考えてもみてください。1972年の沖縄返還から後は、もう42年経っている。その間、アメリカから日本が奪還したものは何一つないわけです。42年間、日本は対米従属を通じて何一つ主権を回復していないんです。対米従属は日本にこの42年間、何一つ見るべき果実をもたらしていないという現実を「対米従属論者」はどう評価しているのか。このままさらにもう50年、100年この「守株待兎」戦略を継続すべきだという判断の根拠は何なのか。これを続ければ、いつ沖縄の基地は撤去されるのか、横田基地は戻って来るのか。それを何も問わないままに、前例を踏襲するという前例主義によって対米従属が続いている。

アメリカから見ると、日本側のプレイヤーの質が変わったということは、もうある段階で見切られていると思うんです。それまで日本は、それなりにタフなネゴシエーターであった。対米従属のカードを切った場合には、それに対する見返りを要求してきた。しかし、ある段階から、対米従属が制度化し、対米従属的なマインドを持っている人間だけしか日本国内のヒエラルキーの中で出世できないような仕組みになった。それから、相手にするプレイヤーが変わったということに、アメリカはもう気づいていると思います。
かつてのプレイヤーは対米従属を通じて、日本の国益を引き出そうとしていたわけですけれど、いまのプレイヤーたちは違う。アメリカの国益と日本の国益という本来相反するはずのものを「すり合わせる」ことではなく、アメリカの国益を増大させると「わが身によいことが起こる」というふうに考える人たちが政策決定の要路に立っている。
現に、これまで対米従属路線を疑うことなくひた走ってきたせいで「今日の地位」を得た人たちがそこにいるわけですから、彼らがこれからも対米従属路線をひた走ることはとどめがたい。彼らにおいては、いつのまに国益追求と自己利益の追求がオーバーラップしてしまっている。何のための対米従属かというと、とりあえず、そうすると「わが身にはよいことが起こる」のが確実だからです。
植民地において、植民地原住民であるにもかかわらず、宗主国民にすりよって、その便宜をはかる代わりに、政治的経済的な見返りを要求するものは清朝末期に「買弁」と呼ばれました。今の日本の指導層は、宗主国への従属的ポーズを通じて、自己利益を増大させようとしている点において、すでに「買弁的」であると言わざるを得ないと僕は思っています。

では、この後、日本は一体どうやって主権回復への道を歩んでいったらいいのか。
今、アメリカから見て、日本というのは非常に不可解な国に見えていると思います。
かつての吉田茂以来の日本のカウンターパートは、基本的に日本の国益を守るためにアメリカと交渉してきた。その動機は明確だった。けれども、ある段階から、そうでなくなってきてしまった。対米従属戦略が面従腹背の複雑なタクティクスであることを止めて、疑い得ない「国是」となってしまった。それによって日本の国益が少しも増大しないにもかかわらず、対米従属することに誰も反対できない。そういう仕組みが四十年間続いている。
そうすると、アメリカは日本の政治家をどう見るか。交渉する場合、日本の代表者が自国の国益を増大しようと思っているのであるならば、そこで展開するゲームには合理性があるわけです。アメリカの国益と日本の国益というのは、利害が相反する点があり、一致する点がある。そのすりあわせをするのが外交だった。ところが、いつのまにか、あきらかに日本の国益を害することが確実な要求に対しても、日本側が抵抗しなくなってきた。そのふるまいは彼らが日本の国益を代表していると考えると理解できない。日本を統治している人たちが、自国の国益の増大に関心がないように見えるわけですから。

例えば、特定秘密保護法です。特定秘密保護法というものは、要するに民主国家である日本が、国民に与えられている基本的な人権である言論の自由を制約しようとする法律です。国民にとっては何の利もない。なぜ、そのような反民主的な法律の制定を強行採決をしてまで急ぐのか。
理由は「このような法律がなければアメリカの軍機が漏れて、日米の共同的な軍事作戦の支障になる」ということでした。アメリカの国益を守るためにであれば、日本国民の言論の自由などは抑圧しても構わない、と。安倍政権はそういう意思表示をしたわけです。そして、アメリカの軍機を守るために日本国民の基本的人権を制約しましたとアメリカに申し出たわけです。日本の国民全体の利益を損なうことを通じて、アメリカの軍機を守りたい、と。言われたアメリカからしてみたら、「ああ、そうですか。そりゃ、どうも」という以外に言葉がないでしょう。たしかにそうおっしゃって頂けるのはまことにありがたいことではあるえれど、一体何で日本政府がそんなことを言ってくるのか、実はよくわからない。なぜ日本は国民の基本的人権の制約というような「犠牲」をアメリカのために捧げるのか。

『街場の戦争論』(ミシマ社刊)にも書きましたけれども、そもそも国家機密というのは、政府のトップレベルから漏洩するから危険なわけです。ご存じのとおり、イギリスのキム・フィルビー事件というのがありました。MI6の対ソ連諜報部の部長だったキム・フィルビーが、ずっとソ連のスパイであって、イギリスとアメリカの対ソ連情報はすべてソ連に筒抜けだったという戦後最大のスパイ事件です。それ以来、諜報機関の中枢からの機密漏洩はどうすれば防げるかというのが、インテリジェンスについて考える場合の最大の課題なわけです。
その前にも、イギリスではプロヒューモ事件というものがありました。陸軍大臣が売春婦にいろいろと軍機を漏らしてしまった。でも、ピロートークで漏れる秘密と、諜報機関のトップから漏れる秘密では機密の質が違います。ですから、ほんとうに真剣に諜報問題、防諜の問題を考えるとすれば、どうやって国家の中枢に入り込んでしまった「モグラ」からの情報漏洩を防ぐかということが緊急の課題になるはずです。
けれども、今回の特定秘密保護法は、世界が経験した史上最悪のスパイ事件については全く配慮していない。キム・フィルビー事件のようなかたちでの機密漏洩をどうやって防ぐかということに関しては誰も一秒も頭を使っていない。そういうことは「ない」ということを前提に法律が起案されている。つまり、今現に、日本で「キム・フィルビー型の諜報活動」を行っている人間については、「そのようなものは存在しない」とされているわけです。彼らは未来永劫にフリーハンドを保証されたことになる。いないものは探索しようもないですから。
現に国家権力の中枢から国家機密が漏洩しているということは、日本ではもう既に日常的に行われていると僕は思っています。どこに流れているか。もちろんアメリカに流れている。政治家でも官僚でもジャーナリストでも、知る限りの機密をアメリカとの間に取り結んだそれぞれの「パイプ」に流し込んでいる。それがアメリカの国益を増大させるタイプの情報であれば、その見返りは彼らに個人的な報奨としてリターンされてくる。結果的に政府部内や業界内における彼らの地位は上昇する。そして、彼らがアメリカに流す機密はますます質の高いものになる。そういう「ウィン・ウィン」の仕組みがもう出来上がっている、僕はそう確信しています。特定秘密保護法は、「機密漏洩防止」ではなく、彼らの「機密漏洩」システムをより堅牢なものとするための法律です。アメリカの国益増大のために制定された法律なんですから、その法律がアメリカの国益増大のための機密漏洩を処罰できるはずがない。
特定秘密保護法にアメリカが反対しなかったというのは、自国民の基本的人権を制約してまでアメリカの軍機を守るという法律制定の趣旨と、権力中枢からの情報漏洩については「そのようなものは存在しない」という前提に立つ法整備に好感を抱いたからです。これから先、日本政府の中枢からどのようなかたちで国家機密がアメリカに漏洩しようとも、いったん「特定秘密」に指定された情報については、それが何であるか、誰がそれをどう取り扱ったか、すべてが隠蔽されてしまう。どれほど秘密が漏洩しても、もう誰にもわからない。

もし、僕がアメリカの国務省の役人だったら、日本人は頭がおかしくなったのかと思ったはずです。たしかにアメリカにとってはありがたいお申し出であるが、何でこんなことをするのかがわからない。どう考えてみても日本の国益に全く資するところがない。そもそも防諜のための法律として機能しそうもない。そのようなザル法を制定する代償として、自国民の基本的人権を抑圧しようという。言論の自由を制約してまで、アメリカに対してサービスをする。たしかにアメリカ側としては断るロジックがありません。わが国益よりも民主主義の理想の方が大切だから、そんな法律は作るのを止めなさいというようなきれいごとはアメリカ政府が言えるはずがない。日本からの申し出を断るロジックはないけれど、それでも日本人が何を考えているかはわからない。いったい、特定秘密保護法で日本人の誰がどういう利益を得るのか?
日本政府が日本の国益を損なうような法律を「アメリカのために」整備したのだとすれば、それは国益以外の「見返り」を求めてなされたということになる。国益でないとすれば何か。現政権の延命とか、政治家や官僚個人の自己利益の増大といったものを求めてなされたとみなすしかない。
現に、米国務省はそう判断していると思います。日本政府からの「サービス」はありがたく受け取るけれど、そのようにしてまでアメリカにおもねってくる政治家や官僚を「日本国益の代表者」として遇することはしない、と。

集団的自衛権もそうです。集団的自衛権というのは、何度も言っていますけれども、平たく言えば「他人の喧嘩を買う権利」のことです。少なくともこれまでの発動例を見る限りは、ハンガリー動乱、チェコスロバキア動乱、ベトナム戦争、アフガニスタン侵攻など、ソ連とアメリカという二大超大国が、自分の「シマ内」にある傀儡政権が反対勢力によって倒されそうになったときに、「てこ入れ」するために自軍を投入するときの法的根拠として使った事例しかない。
何で日本が集団的自衛権なんか行使したがるのかが、ですから僕にはさっぱりわからない。いったいどこに日本の「衛星国」や「従属国」があるのか。海外のどこかに日本の傀儡政権があるというのであれば、話はわかる。その親日政権が民主化運動で倒れかけている。しようがないから、ちょっと軍隊を出して反対勢力を武力で弾圧して、政権のてこ入れをしてこようというのであれば、ひどい話ではあるけれども、話の筋目は通っている。でも、日本にはそんな「シマうち」の国なんかありません。
結局、集団的自衛権の行使というのは、現実的にはアメリカが自分の「シマうち」を締めるときにその海外派兵に日本もくっついていって、アメリカの下請で軍事行動をとるというかたちしかありえない。アメリカの場合、自国の若者が中東や西アジアやアフリカで死ぬということにもう耐えられなくなっている。意味がわからないから。でも、海外の紛争には介入しなければならない。しかたがないから、何とかして「死者の外部化」をはかっている。無人飛行機を飛ばしたり、ミサイルを飛ばしたりしているというのは、基本的には生身の人間の血を流したくないということです。攻撃はしたいけれども、血は流したくない。だから、民間の警備会社への戦闘のアウトソーシングをしています。これはまさに「死者の外部化」に他なりません。たしかに、これによって戦死者は軽減した。でも、その代わり莫大な財政上の負荷が生じた。警備会社、要するに傭兵会社ですけれど、めちゃくちゃな値段を要求してきますから。アメリカは、その経済的な負担に耐えることができなくなってきている。
そこに日本が集団的自衛権の行使容認を閣議決定しましたと言ったら、アメリカ側からしてみると大歓迎なわけです。これまで民間の警備会社にアウトソーシングして、莫大な料金を請求されている仕事を、これから自衛隊が無料でやってくれるわけですから。願ってもない話なわけですよね。「やあ、ありがとう」と言う以外に言葉がない。
ただ、「やあ、ありがとう」とは言いながら、何で日本がこんなことをしてくれるのか、その動機についてはやっぱり理解不可能である。
アメリカが金を払って雇っている傭兵の代わりに無料の自衛隊員を使っていいですというオファーを日本政府はしてきているわけで、それがどうして日本の国益増大に資することになるのか、アメリカ人が考えてもわからない。
つまり、確かに日本政府がやっていることはアメリカにとってはありがたいことであり、アメリカの国益を増すことではあるんだけれども、それは少しも日本の国益を増すようには見えない。これから自衛隊が海外に出ていって、自衛隊員がそこで死傷する。あるいは、現地人を殺し、町を焼いたりして、結果的に日本そのものがテロリストの標的になるという大きなリスクを抱えることになるわけです。戦争にコミットして、結果的にテロの標的になることによって生じる「カウンターテロのコスト」は巨大な額にのぼります。今の日本はテロ対策のための社会的コストをほとんど負担していないで済ませている。それをいきなり全部かぶろうというわけですから、アメリカとしては「やあ、ありがとう」以外の言葉はないけれど、「君、何を考えてそんなことするんだ」という疑念は払拭できない。

僕はいつも自分がアメリカ国務省の小役人だったらという想定で物を考えるんですけれども、上司から「内田君、日本は特定秘密保護法といい、集団的自衛権行使容認といい、アメリカのためにいろいろしてくれているんだけれど、どちらも日本の国益に資する選択とは思われない。いったい日本政府は何でこんな不条理な決断を下したのか、君に説明できるかね」と問われたら、どう答えるか。
たしかに、国益の増大のためではないですね。沖縄返還までの対米従属路線であれば、日本が犠牲を払うことによってアメリカから譲歩を引き出すというやりとりはあったわけですけれども、この間の対米従属をみていると、何をめざしてそんなことをしているのか、それがよく見えない。たぶん、彼らは国益の増大を求めているのではないんじゃないかです、と。そう答申すると思います。
今、日本で政策決定している人たちというのは、国益の増大のためにやっているのではなくて、ドメスチックなヒエラルキーの中で出世と自己利益の拡大のためにそうしているように見えます。つまり、「国民資源をアメリカに売って、その一部を自己利益に付け替えている」というふうに見立てるのが適切ではないかと思います、と。 

国民資源というのは、日本がこれから百年、二百年続くためのストックのことです。それは手を着けてはいけないものです。民主制という仕組みもそうだし、国土もそうだし、国民の健康もそうだし、伝統文化もそうです。でも、今の日本政府はストックとして保持すべき国民資源を次々と商品化して市場に流している。それを世界中のグローバル企業が食いたい放題に食い荒らすことができるような仕組みを作ろうとしている。そんなことをすれば、日本全体としての国民資源は損なわれ、長期の国益は逓減してゆくわけですけれども、政官財はそれを主導している。彼らのそういう気違いじみた行動を動機づけているものは何かと言ったら、それが国益の増大に結びつく回路が存在しない以上、私利私欲の追求でしかないわけです。
自傷的、自滅的な対米従属政策の合理的な根拠を求めようとすれば、それは、対米従属派の人たち自身がそこから個人的に利益を得られる仕組みになっているからという以外に「国務省の役人になったと想像してみた内田」のレポートの結論はありません。

対米従属すればするほど、社会的格付けが上がり、出世し、議席を得、大学のポストにありつき、政府委員に選ばれ、メディアへの露出が増え、個人資産が増える、そういう仕組みがこの42年間の間に日本にはできてしまった。この「ポスト72年体制」に居着いた人々が現代日本では指導層を形成しており、政策を起案し、ビジネスモデルを創り出し、メディアの論調を決定している。

ふつう「こういうこと」は主権国家では起こりません。これは典型的な「買弁」的な行動様式だからです。植民地でしか起こらない。買弁というのは、自分の国なんかどうだって構わない、自分さえよければそれでいいという考え方をする人たちのことです。日本で「グローバル人材」と呼ばれているのは、そういう人たちのことです。日本的文脈では「グローバル」という言葉をすべて「買弁」という言葉に置き換えても意味が通るような気がします。文科省の「グローバル人材育成」戦略などは「買弁人材育成」と書き換えた方がよほどすっきりします。

安倍さんという人は、一応、戦後日本政治家のDNAを少しは引き継いでいますから、さすがにべったりの対米従属ではありません。内心としては、どこかで対米自立を果さなければならないと思ってはいる。けれども、それを「国益の増大」というかたちではもう考えられないんです。そういう複雑なゲームができるだけの知力がない。
だから、安倍さんは非常にシンプルなゲームをアメリカに仕掛けている。アメリカに対して一つ従属的な政策を実施した後には、一つアメリカが嫌がることをする。
ご存じのとおり、集団的自衛権成立の後に、北朝鮮への経済制裁を一部解除しました。沖縄の仲井真知事を説得して辺野古の埋め立て申請の承認を取り付けた後はすぐに靖国神社に参拝しました。つまり、「アメリカが喜ぶこと」を一つやった後は、「アメリカが嫌がること」を一つやる。おもねった後に足を踏む。これが安倍晋三の中での「面従腹背」なのです。日米の国益のやりとりではなく、アメリカの国益を増大させた代償に、「彼が個人的にしたいことで、アメリカが厭がりそうなこと」をやってみせる。主観的には「これで五分五分の交渉をしている」と彼は満足しているのだろうと思いますけれど、靖国参拝や北朝鮮への譲歩がなぜ日本国益の増大に結びつくのかについての検証はしない。彼にとっては「自分がしたいことで、アメリカが厭がりそうなこと」ではあるのでしょうけれど、それが日本の国益増に資する政策判断であるかどうかは吟味することさえしていない。
「対米従属を通じての対米自立」という戦後日本の国家戦略はここに至って、ほとんど戯画のレベルにまで矮小化されてしまったと思います。
だから、これから後も彼は同じパターンを繰り返すと思います。対米譲歩した後に、アメリカが厭がりそうなことをする。彼から見たら、五ポイント譲歩したので、五ポイント獲得した。これが外交だ、と。彼自身は、それによって、アメリカとイーブンパートナーとして対等な外交交渉をしているつもりでいると思うんです。

時間がもうあと十分しかないので、では一体これから我々はどうやって主権国家として、主権国家への道を歩んだらいいかということを述べたいと思います。

国というものを、皆さんはたぶん水平的に表象していると思います。
ビジネスマンはそうです。今期の収益とか、株価ということばかり考えている人は、それと同じように国のことも考える。ですから、世界を水平的に、二次元的に「地図」として表象して、その中での自分たちの取り分はどれぐらいか、パイのどれぐらいを取っているか。そういうような形で国威や国力を格付けしてようとしている。けれども、本来の国というのは空間的に表象するものではない、僕はそう思っています。地図の上の半島の広さとか、勢力圏というものを二次元的に表象して、これが国力であると考えるのは、間違っていると思う。

国というのはそういうものではなくて、実際には垂直方向、時間の中でも生きているものです。我々がこの国を共有している、日本なら日本という国の構成メンバーというのは、同時代に生きている人間だけではない。そこには死者も含まれているし、これから生まれてくる子供たちも含まれている。その人たちと、一つの多細胞性物のような共生体を私たちは形づくっている。そこに、国というもののほんとうの強みがあると思います。

鶴見俊輔さんは、開戦直前にハーバード大学を卒業するわけですけれども、そのときにアメリカに残るか、交換船で日本に帰るかという選択のときに、日本に帰るという選択をします。自分は随分長くアメリカにいて、英語で物を考えるようになってしまったし、日本語もおぼつかなくなっている。そもそも日本の政治家がどの程度の人物かよくわかっているし、多分、日本はこれから戦争をやったら負けるだろう。そこまでわかっていたけれども、日本に帰る、そう決意する。そのときの理由として鶴見さんが書いているのは、負けるときには自分の「くに」にいたい、ということでした。

「くに」とともに生き死にしたいというのは、これは、やはりすごく重たいことだと思うんです。この感覚というのは、なかなか政治学の用語ではうまく語り切ることができないんですけれども、簡単に想像の共同体だ、共同幻想だとか言い切られてしまっては困る。というのは、実際に、我々日本人は、現在列島に居住する一億三千万人だけでなく、死者たちも、これから生まれてくる子供たちも、同じ日本人のフルメンバーであるからです。ですから、過去の死者たちに対しては、彼らが犯した負債に関しては、我々は受け継がなければいけない。そして、できたら完済して、できなければ、できるだけ軽減して、次世代に送り出さなければいけない。その仕事が僕らに課されているだろうと思っています。

今の日本ではグローバリズムとナショナリズムが混交しています。グローバリストはしばしば同時に暴力的な排外主義者でもある。僕はそれは別に不思議だとは思わない。それは彼らがまさに世界を二次元的に捉えていることの結果だと思うんです。グローバルな陣地取りゲームで、自分たちの「取り分」「シェア」を増やそうとしている。その点ではグローバル資本主義者と排外的ナショナリストはまったく同型的な思考をしている。
そして、排外主義ナショナリストというのは、伝統文化に関して全く関心を示しません。死者に対して関心がないからです。彼らにとって死者というのは、自説の傍証として便利なときに呼び出して、使役させるだけの存在です。都合のいいときだけ都合のよい文脈で使って、用事がなければ忘れてしまう。自分に役立つ死者は重用するけれど、自説を覆す死者や、自説に適合しない死者たちは「存在しないこと」にして平気です。それはかれらが「くに」を考えているときに、そこには死者もこれから生まれてくる人たちも含まれていないからです。

でも、僕たちが最終的に「くに」を立て直す、ほんとうに「立て直す」ところまで追い詰められていると思うんですけれども、立て直すときに僕らが求める資源というのは、結局、二つしかないわけです。
一つは山河です。国破れて山河あり。政体が滅びても、経済システムが瓦解しても、山河は残ります。そこに足場を求めるしかない。もう一つは死者です。死者たちから遺贈されたものです。それを僕たちの代で断絶させてはならない。未来の世代に伝えなければならないという責務の感覚です。

山河というのは言語であり、宗教であり、生活習慣であり、食文化であり、儀礼祭祀であり、あるいは山紫水明の景観です。我々自身を養って、我々自身を生み、今も支えているような、人工的なものと自然資源が絡み合ってつくられた、一つの非常に複雑な培養器のようなもの、僕はそれを山河と呼びたいと思っています。山河とは何かということを、これから先、僕はきちんと言葉にしていきたいと思っています。

もう一つは死者たちです。死者たちも、未来の世代も、今はまだ存在しない者も、我々のこの国の正規のフルメンバーであって、彼らの権利、彼らの義務に対しても配慮しなければいけない。

僕は合気道をやっているわけですけれども、経験的にわかることの一つというのは、例えば体を動かすと、自分の体の筋肉、骨格筋とか、関節とか、そういうものを操作しようと思って、具体的に、今、存在するものをいじくっていっても体は整わないということです。
しかし、例えば今、手の内に刀を持っている。ここに柄があって、刃筋があって、切っ先がそこにある。手に持っていないものをイメージして体を使うと、全身が整う。
これは長く稽古してよくわかったことなんですけれども、実際には、我々は今、存在するもの、そこに具体的に物としてあるものを積み上げていって、一つの組織や集団をつくっているのではなくて、むしろ「そこにないもの」を手がかりにして、組織や身体、共同体というものを整えている。これは、僕は実感としてわかるんです。

今、日本人に求められているものというのは、日本人がその心身を整えるときのよりどころとなるような「存在しないもの」だと思います。存在しないのだけれど、ありありと思い浮かべることができるもの、それを手にしたと感じたときに、強い力が発動するもの、自分の体が全部整っていて、いるべきときに、いるべきところにいるという実感を与えてくれるもの。太刀というのは手を延長した刃物ではなくて、それを握ることによって体が整って、これを「依代」として巨大な自然の力が体に流れ込んでくる、そういう一つの装置なわけです。それは、手の内にあってもいいし、なくてもいい。むしろ、ないほうがいいのかも知れない。

今、日本が主権国家として再生するために、僕らに必要なものもそれに近いような気がします。存在しないもの、存在しないにもかかわらず、日本という国を整えて、それをいるべきときに、いるべきところに立たせ、なすべきことを教えてくれるようなもの。そのような指南力のある「存在しないもの」を手がかりにして国を作って行く。
日本国憲法はそのようなものの一つだと思います。理想主義的な憲法ですから、この憲法が求めている「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去する」ことはたぶん未来永劫実現しない。地上では実現するはずがない。でも、そのような理想を掲げるということは国のかたちを整える上で非常に有効なわけです。何のためにこの国があるのか、自分の国家は何を実現するために存在するのかということを知るためには、我々が向かっている、ついにたどりつくことのない無限消失点なるものをしっかりとつかまなければいけない。それなしではどのような組織も立ちゆきません。

これからどうやって日本という国を立て直していくのか考えるときには、つねに死者たちと、未だ生まれてこざる者たちと、生きている自分たちが一つの同胞として結ばれている、そういう考え方をするしかないのかなと思っております。
これから日本は一体どうなっていくのか。実は、僕はあまり悲観していないんです。ここまでひどい政権だと、いくら何でも長くは保たないと思うんです。特に、隣国や国際社会の諸国から、もうちょっと合理的な思考をする政治家に統治してもらいたいという強い要請があると思うんです。そうでないと外交がゲームにならないから。

現在の日本の安倍政権というのは、アメリカとも、中国とも、韓国とも、北朝鮮とも、ロシアとも、近隣の国、どこともが外交交渉ができない状態ですね。ほとんど「来なくていい」と言われているわけです。安倍さんが隣国のどことも実質的な首脳会談ができないのは、彼の国家戦略に対して、ほかの国々に異論がある、受け入れらないということではないと思います。日本の国家戦略がわからないからですよね。それでは、交渉しようがない。

安倍さんが選択している政策は、あるいは単なる政治的延命のためのものなのかと思ったら、外国は怖くて、こんな人とは外交交渉はできないでしょう。個人的な政治的延命のために国政を左右するような人間とは誰だって交渉したくない。あまりに不安定ですから。国と国との約束は、そこで約束したことが五年、十年後もずっと継続する、国民の意思を踏まえていないと意味がない。でも、安倍さんの外交はどう見ても国民の総意を代表しているものとは思われない。日本国民が「代表してもらっていない」と思っているというのではなく、諸国の首脳が「この人の言葉は国の約束として重んじることができるのか」どうか疑問に思っているからです。ですから、これから先、安倍政権である限り、対米、対中、対韓、対ロシアのどの外交関係もはかばかしい進展はないと思います。どの国も「次の首相」としてもう少しもののわかった人間が出てくることを待っていて、それまでは未来を縛るような約束は交わさないつもりでいると思います。
安倍政権に関しては、僕はそれほど長くは保たないと思います。既に自民党の中でも、次を狙っている人たちが動き出している。ただ、先ほど話したように、対米従属を通じて自己利益を増すという「買弁マインド」を持った人たちが、現在の日本のエスタブリッシュメントを構築しているという仕組み自体には変化がない以上、安倍さんが退場しても、次に出てくる政治家もやはり別種の「買弁政治家」であることに変わりはない。看板は変わっても、本質は変わらないと思います。

どうやったらこのような政治体制を批判できるのか。僕が学術というものを最終的に信じているのはそこなんです。為政者に向かって、あなた方はこういうロジックに従ってこのような政策判断をして、あなた方はこういう動機でこの政策を採用し、こういう利益を確保しようとしている、そいうことをはっきり告げるということです。理非はともかく、事実として、彼ら政治家たちがどういうメカニズムで動いているものなのかをはっきりと開示する。本人にも、国民全体にも開示する。別に彼らが際立って邪悪であるとか、愚鈍であるとか言う必要はない。彼らの中に走っている主観的な首尾一貫性、合理性をあらわにしてゆく。その作業が最も強い批評性を持っているだろうと僕は思います。
 

僕は、知恵と言葉が持っている力というのはとても大きいと思うんです。面と向かって、「おまえは間違っている」とか、「おまえは嫌いだ」とか言ってもだめなんです。そうではなくて、「あなたはこう考えているでしょう。だから、次、こうするでしょう。あなたの内的ロジックはこうだから、あなたがすることが私には予見できる」と。民話に出てくる「サトリ」ではないですけれど、他人におのれ思考の内的構造を言い当てられると、人間はフリーズしてしまって、やろうと思っていたことができなくなってしまう。人の暴走を止めようと思ったら、その人が次にやりそうなことをずばずば言い当てて、そのときにどういう大義名分を立てるか、どういう言い訳をするか、全部先回りして言い当ててしまえばいい。それをされると、言われた方はすごく嫌な気分になると思うんです。言い当てられたら不愉快だから、それは止めて、じゃあ違うことをやろうということになったりもする。そういうかたちであれば、口説の徒でも政治過程に関与することができる。僕はそういうふうに考えています。

立憲デモクラシーの会には多くの知性が集合しているわけですが、僕はこういうネットワークを政治的な運動として展開するということには実はあまり興味がないんです。その政治的有効性に対しても、わりと懐疑的なんです。真に政治的なものは実は知性の働きだと思っているからです。
今、何が起きているのか、今、現実に日本で国政の舵をとっている人たちが何を考えているのか、どういう欲望を持っているのか、どういう無意識的な衝動に駆動されているのか、それを白日のもとにさらしていくという作業が、実際にはデモをしたり署名を集めたりするよりも、時によっては何百倍何千倍も効果的な政治的な力になるだろうと僕は信じております。

これからもこういう厭みな話をあちこちで語り続ける所存でございます。何とかこの言葉が安倍さんに届いて、彼がすごく不愉快な気分になってくれることを、そして俺はこんなことを考えているのかと知って、ちょっと愕然とするという日が来ることを期待して、言論活動を続けてまいりたいと思っております。皆さん方のご健闘を祈っております。ご清聴、どうもありがとうございました。

生命は何所から来たか? 

In Deepの下記記事を読んで、生命は彗星に運ばれて、宇宙からやってきたらしいと知りました。
しかし、だからと言って生命の起源が、彗星であるという事にはならないでしょうが・・・・・

昨今の行き詰まる世界情勢を見るにつけ、
人類の将来が気がかりな所ですが、
宇宙にこの様な仕組みがあるのなら、
例え地球人類が滅んでしまっても、
生命は彗星に乗って新たな星に到着し、
又延々と歴史を重ねて、新たな文明を築いて行くのかも知れないと、
希望のようなものが湧いてきました。

現在のように、神の領域とも言える様な科学技術を、
人類が手に入れてしまったら、
人類は神の様に愛深く智慧に満ちた存在にならない限り、
必然的に現在のような恐ろしい世の中を作ることとなり、
結局科学技術が人類にとっての仇となるのでしょう。

キリスト教に「アダムとイブ(人類の祖)は智慧の木の実を食べた事により楽園を追われた」というお話がありますが、
人類はこれまでもこの挑戦を、何度も何度も繰り返しやっているのかも知れませんね。
或人々の善意や悪意が地球生命の総てを、
生かしも殺しも出来る様な世の中で、
如何生きて行くべきかという命題を背負って、
私達は今の時代に生まれたのかも知れません。

昨今太陽や地球が、可也危なっかしいものを秘めているようです。
もしかしたら現世に、そろそろ結論が出されようとしているのかも知れません。
この世の富等に執着したり、惰性で利己的で破廉恥な行動に終始していたら、取り返しが付かない事になるでしょう。
次の世に持って行けるものは、それぞれの精神だけなのに、
この世の富に目をくらませて、自分の良心に蓋をするなど愚の骨頂です。

今私達は人類のスピリットが如何に発揮されるかが最終的に問われている、
稀有の世にめぐり合ったのですから、
後で恥ずかしく思わずに済む生き方をして行きたいものですね。


  (以下 In Deep記事引用)
「彗星は強烈な悪臭を放っている」ことが観測されたことから改めて思う「宇宙塵も彗星の母体も生き物」で、さらに言えば宇宙はすべてが生き物かもしれなという感動

今年夏に書きました、・アイスランドの火山の状況のその後と、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星 2014年08月29日
という記事で、「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」というものを取り上げたことがあります。

欧州宇宙機関( ESA )の観測衛星ロゼッタが「 10年 5ヵ月の旅」を経て 8月 6日に彗星の軌道に入ったという報道をご紹介したものでした。ロゼッタは、今年の 11月にはこの彗星に着陸する予定です。

そのチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星ですが、大きさは、最大部分で約3キロメートルある彗星で、下の写真のような形をしています。

衛星の写真

現在、観測衛星ロゼッタは、この彗星の観測と分析をおこなっているわけですが、最近、ロゼッタが、このチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の「匂い」のデータを送信してきました。

そして、その匂いが「きわめて悪臭」だということがわかったのですね。

後で再びふれますが、これは、過去記事の、

・宇宙空間に「強烈な匂い」が漂っていることを知った日: 「それは焼けたステーキと金属の匂い」と語る NASA の宇宙飛行士たち 2012年07月24日
などとも関係しそうな話でもあると共に、この観測結果は、彗星が単なる無機的な氷の塊ではないことを意味します。

ロゼッタには、成分の分析のための「機械の鼻」がついていて、それによって緻密に成分を分析するのですが、送られてきたデータの主な成分は、

・硫化水素
・アンモニア
・シアン化水素
・ホルムアルデヒド
・メタノール
・二酸化硫黄

などで、つまり、硫黄やらアンモニア臭やらが混合した「ものすごい悪臭」であることがわかったのです。

先に、冒頭のニュー・サイエンティストの記事の翻訳を載せておきます。

Comet stinks of rotten eggs and cat wee, finds Rosetta
NewScientist 2014.10.24

彗星は、腐った卵や猫のおしっこの匂いがすることを探査機ロゼッタが発見

彗星とはどのような「匂い」がするものだと思われるだろうか?
その答えを端的にいえば、かなりひどい匂いのようだ。

欧州宇宙機関( ESA )の彗星探査衛星ロゼッタから送信されたチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星のデータからは、この彗星は、腐った多摩美や猫の尿とアーモンドの匂いが混合した匂いであることが明らかとなった。

しかし、この悪臭は、実は朗報といえる。

この悪臭の背後にある硫化水素、アンモニア、および、シアン化水素は、凍結した水と二酸化炭素と混合されたものだが、ロゼッタの分光計がこのような様々を検出するとは思われていなかっのだ。

成分中には、さらに、ホルムアルデヒド、メタノールおよび二酸化硫黄が含まれていた。

「これは本当に素晴らしいものです。10年待ち続けた後、突然、私たちの前にこのようなもの(匂いの成分のこと)が現れたのです」

と、スイス、ベルン大学のカスリン・アルトウェッグ( Kathrin Altwegg )教授は言う。

アルトウェッグ教授は、 ROSINA と呼ばれるロゼッタのイオン分析計と中性分析計、つまりロゼッタの機械の「鼻」の担当者だ。

「驚くべきなのは、太陽からのこれだけの距離で非常に豊富な科学的性質を持っているということです」

氷の彗星がさらに熱を帯びると、 ROSINA は、より複雑な分子を検出することができるであろう。
アルトウェッグ教授は、それらの匂いの成分が共通の発生起源を持っているかどうかを判断するために、他の氷玉と彗星の分子を比較しようとしている。

彗星は、太陽系の初期の時代から残ったビルディング・ブロックであり、彗星観測衛星ロゼッタの目的のひとつが、それらの彗星がすべて同じ発生源から来ているものかどうかを同定することにある。

もし、彗星それぞれの発生源が違った場合、それは地球上に生命が発生するために必要な分子の起源を説明することができる可能性がある。

ちなみに、このチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の匂いは非常に低い成分であり、人間の鼻では気づかない程度のものだ。「私たち人間が彗星の上に立っても、この匂いを検出するには犬の力を必要とするでしょう」とアルトウェッグ教授は言う。
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翻訳記事はここまでです。

それにしても、このチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星から検出された成分を見ていると、

「妙に毒性の強いものが多い」

ことに気づきます。

今回の彗星から検出された成分の性質は下のようなものです。
すべて Wikipedia の説明を引用しています。


チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星から検出された成分

・硫化水素 → 水によく溶け弱い酸性を示し、腐った卵に似た特徴的な強い刺激臭があり、目、皮膚、粘膜を刺激する有毒な気体である。

・アンモニア → 無機化合物。特有の強い刺激臭を持つ。

・シアン化水素 → メタンニトリル、ホルモニトリル、ギ酸ニトリルとも呼ばれる猛毒の物質である。

・ホルムアルデヒド → 有機化合物の一種で、最も簡単なアルデヒド。毒性は強い。

・メタノール → 有機溶媒などとして用いられるアルコールの一種である。

・二酸化硫黄 → 無機化合物。刺激臭を有する気体で、別名亜硫酸ガス。自動車の排気ガス等で大量に排出される硫黄酸化物の一種であり、環境破壊、自動車公害の一因となっている。


彗星とは、かくも毒々しいものでもあるようですが、しかし一方で、この成分たちからは、一部、「生命」の雰囲気が漂います。生命といっても、「有機物」といったレベルでの生命ですが、少なくとも、彗星は「単なる汚れた氷の塊ではない」ということが今回のデータでわかったのではないかと感じます。

さて、この「宇宙の悪臭」ですが、上にもリンクしました過去記事「宇宙空間に「強烈な匂い」が漂っていることを知った日……」では、宇宙飛行たちが「自分が宇宙空間で感じた匂い」を、考え得る限り挙げた、ディスカバリーの記事から匂いをピックアップしていますが、宇宙空間というのは、おおむね、

・アジア料理の香辛料
・ガソリン
・汗をかいた足の匂い
・体臭
・マニキュア取りの薬剤
・肉を焼いた匂い

などが混じったような強烈な匂いがするのだそうです。

Astronaut-EVA.jpg

▲ 何となく「無臭」のように思える宇宙空間には、実は「強力な匂い」が漂っています。


上の記事では、宇宙ステーションでの任務をおこなった NASA のドン・ペティット宇宙飛行士が、自らのブログに記した以下の文章をご紹介しています。


「宇宙空間の匂いを説明することは難しいです。これと同じ匂いを持つものの比喩ができないのです。強いていえば、『チキンの料理の味がする金属の匂い』というような感じでしょうか。甘い金属のような感覚の匂い。溶接とデザートの甘さが混じったような匂い。それが宇宙の匂いです」


どうして「匂い」がするのかというと、その理由として、現在の科学では、

・酸素原子
・イオンの高エネルギーの振動

などの理由ではないかとされていますが、しかし、よくは分からないながらも、そのような理由で、

・アジア料理の香辛料
・ガソリン
・汗をかいた足の匂い
・体臭
・マニキュア取りの薬剤
・肉を焼いた匂い

の匂いが全部出ますかね?

特に「汗をかいた足の匂い」などという臨場感に富んだ匂いからは「生物」という雰囲気をとても感じます。

ちなみに、私自身はぶっちゃけ、これらは「有機物や、大量の微生物」だと思っていますし、あるいは、彗星の「悪臭」を作っているものもそうだと思います。

とはいえ、そのようなことを私のような科学の素人が書いても説得力がないわけで、ここは、現代物理化学の神様的な存在でもあるスヴァンテ・アレニウスと、フレッド・ホイル博士にご登場いただきたいと思います。



宇宙の「チリ」自身がすべて生命だと考えたアレニウス

スヴァンテ・アレニウスという科学者は、Wikipedia の説明をお借りしますと
スヴァンテ・アレニウス( 1859 – 1927年)は、スウェーデンの科学者で、物理学・化学の領域で活動した。物理化学の創始者の1人といえる。1903年に電解質の解離の理論に関する業績により、ノーベル化学賞を受賞。
という方です。

そのアレニウスは、19世紀以降の科学者の中で最初に「地球の生命は地球外の宇宙から飛来してきたものだ」とする説を持ち、この説に「パンスペルミア」という名をつけました。これは、ギリシャ語で「パン」は日本語で「汎」を意味して、「スペルミア」は「種」という意味です。

要するに、パンスペルミアという言葉自体は、

「生物のタネは(宇宙も含めて)広くそのすべてにわたる」

という意味の言葉で、「どこにでも生物はある」ということを表しただけのもので、難しい言葉ではないです。

・宇宙塵自身が生命であることに言及した 100年前のノーベル賞学者の実験  2011年05月07日
という過去記事にも抜粋したことがありますが、「エピソードで知るノーベル賞の世界」というサイトにはこのように記されています。


「生命の地球外起源説」にも挑戦したアレニウス

アレニウスは、化学の分野のみならず、あらゆる科学にも通じていた。彼が貢献しなかった科学の分野はほとんどなかったとも言われている。

彼は、宇宙空間を漂っている「生命の種子」を想定し、これが太古に地球上に降り注いだ可能性もあり、地球上の生命の発生にもつながったのではないか、とする「パンスペルミア説」(汎宇宙胚種説)なども提唱。

彼は、そうした生命種子は「太陽風を受けて、秒速100Kmの速度で宇宙を旅してきた」とまで計算していた。



その後、20世紀に入ってから、「地球の生命は、原始の海の中で《偶然》発生した」という珍説が登場して以降、この説が長く科学上での一般学問となっていたことがありました。

さすがに最近では、遺伝学などか進み、生物のあまりにも複雑な構造をシルにつれて、この「自然発生説」を考える科学者はあまりいなくなっていると思います。

たとえば、上のチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の記事にも、

> もし、彗星それぞれの発生源が違った場合、それは地球上に生命が発生するために必要な分子の起源を説明することができる可能性がある。

というような記述があることからわかるように、いつの間にか、地球の生命は宇宙からもたらされたとする考え方が、現在の科学界ではむしろ主流になっているという事実があります。

生物学や生物の DNA 構造などが明らかになるにつれて、「物質が偶然組み合わさって DNA やアミノ酸ができて、そこから細胞ができ、そしてそこから何百万という種類の生き物ができる」などということは「無理だ」と考えざるを得なくなったということもあると思います。

それほど生命の構造は複雑なんです。

だから、科学の探求を真剣におこなった科学者ほど、「神」や「この世の始まり」ということを多く考えるものなのかもしれません。近代物理学の祖であるニュートンが、現代では一種のオカルト扱いをされているエメラルド・タブレットの解読で「この世の仕組み」を解明しようとしたり、前述したアレニウスが、『宇宙の始まり』という、天地創造神話を科学的側面から検討するような著作を記したりするというのも、そのようなことかもしれません。

それほど、この世界は複雑で「奇跡のようなもの」で、優秀な科学者になればなるほど、そのことを強く感じる傾向はあるようです。

フレッド・ホイル博士も、晩年は、お釈迦様の言う「無限の宇宙」を自著で語っていました。


話をパンスペルミア戻しますと、結局、


宇宙塵そのものが生命(アミノ酸、 DNA 、バクテリアなどを含めて)である


ということなのだと、私はアレニウスの言葉を解釈しています。

宇宙塵などと書くと難しいですが、宇宙塵というのは Wikipedia の説明を借りますと、単に、


宇宙空間に分布する固体の微粒子のことである。

というもので、つまり、宇宙空間に転がっている微粒子の総称です。

アレニウスは、それらの宇宙塵を含めて、

> 宇宙空間を漂っている「生命の種子」を想定した

のですが、しかし、これだけでは問題があります。

ただ、「漂う」だけでは、宇宙空間に生命が存在していたとしても「宇宙塵そのものに推進力も方向性もない」という重大な問題があります。アレニウスは太陽風に乗って、宇宙空間の生命が移動することを想定していたようですが、生命の移動が、太陽活動の強弱に支配されると共に、太陽から遠く離れた場所に生命が到達することはなくなってしまいます。

宇宙空間全体に生命を行き渡らせるためは、太陽とは関係なく、「何らかの推進力」が必要です。

そんな中で、彗星の観測と分析の中から

「彗星は微生物の塊なのではないか

とし、「彗星」は生命の運搬役ではないかとしたのが、フレッド・ホイル博士でした。

彗星は自ら軌道をもち、推進力を持ちます。

推進力を持つものには、小惑星もありますが、小惑星が「岩」なのに対して、彗星は基本的に「氷の塊」ですので、衝突の際や、あるいは太陽のような熱をもつ天体近くを通過する際でも内部が保護されやすい構造です。

また、今回のチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の「匂い」は、彗星が、単なる氷ではないことも示唆していますが、この「匂いの原因」の可能性として考えられるのが「バクテリア(細菌)」です。

これは、フレッド・ホイル博士たちが、1980年代に彗星の尾が「バクテリアである可能性」を観測・分析したことによります。

彗星は生命の運搬を担う

この観測については、過去記事の、

・良い時代と悪い時代(3): 2013年の巨大彗星アイソンのこと。そして宇宙から地球に降り続ける生命のこと
 2012年10月11日

に書いたことをそのまま抜粋したいと思います。

ちなみに、彗星は以下のような構造となっています。


・コニカミノルタ プラネタリウム

ここから抜粋です。


良い時代と悪い時代(3)より

彗星はそのほとんどが軌道周期を持っており、ある意味では、「自主的に移動」しています。

さらに、彗星の内部に微生物が存在していれば、仮に彗星が大気を持つ惑星に突入しても、大きさにもよりますが、衝突と摩擦による熱から「内部」が守られる可能性があります。

このあたりは何年か前にクレアなひとときの「宇宙はすべて生き物からできている」に書いたことがあります。

そこに英国カーディフ大学のチャンドラ・ウィクラマシンゲ博士が、1986年に、シドニーのアングロ・オーストラリアン天文台にあるアングロ・オーストラリアン望遠鏡で観測した、「ハレー彗星の赤外線吸収スペクトル」のグラフを載せたことがあります。

下のグラフです。

ハレー彗星
この図が何を示しているかというと、「ハレー彗星と地球の大腸菌は、成分分析上で一致した」ということです。

この観測結果が「彗星は微生物の塊であるかもしれない」という推測につながっています。

また、隕石の場合にしても彗星の場合にしても、大気層に突入する際には表面は熱と衝撃によって、分子レベルで破壊されますので( DNA も残らないということ)、「守られる頑丈な外殻」は必要だと思います。そして、それが彗星の構造とメカニズムなのだと私は思っています。

あるいは、「摩擦熱の問題でそもそも微生物しか大気圏を突破できない」ということもあります。


抜粋はここまでです。

上にある「摩擦熱の問題」というのは、「彗星の破片は時速3万6千キロ(秒速 10 キロ)という超高速で移動している」ということと、地球を含めた惑星が「非常に高速で自転している」ということと関係します。

大気のない惑星にこれらが衝突すると、その摩擦で生じる衝撃によって、その物体は分子レベルでバラバラに破壊され、生物が生き残る可能性はありません。しかし、地球には大気があり、高層圏では気体の密度が低いために、侵入した破片の速度は減速され、分子レベルでの破壊は免れます。

それでも摩擦による非常に高い熱が生じるのですが、摩擦熱は、「小さな物質であればあるほど、熱も小さく」なります。
DNAの大きさ


▲ 大きさの比較。髪の毛の直径が 0.1ミリメートルで、細胞は髪の毛の直径の10分の1の大きさ。大腸菌は髪の毛の直径の 100 分の 1 の大きさ。ウイルスは、大腸菌の 10 分の 1 なので、髪の毛の……えーと、計算できないですが、このようになっています。図は、東京都臨床医学総合研究所より。


摩擦熱については、フレッド・ホイル博士の著作『生命はどこからきたか』から抜粋します。


フレッド・ホイル『生命はどこからきたか』より

地球大気に秒速 10キロのスピードで物体が突っ込んできた場合、その摩擦熱は物体の大きさ(粒子の直径の4乗根)と比例する。その場合、物体が針の先くらいのものでも、摩擦温度は 3000度に達し、ほとんどの物質は残らない。あるいは生物なら生きられるものはいないはずだ。可能性があるとすると、それより小さなものだ。

たとえば、細菌やウイルスくらいの大きさの粒子なら、突入した際の摩擦温度は約500度となる。摩擦で加熱される時間は約1秒間と推定される。この「1秒間の500度の状態」を生き残ることができない限り、生物は彗星に乗って地球に侵入してくることはできない。


ホイル博士は、英国カーディフ大学のチームと共に執拗な大腸菌の実験を続けます。そして、大腸菌たちは、「1秒間の 500 度」をクリアしたのでした。

つまり、 DNA や、アミノ酸といった「生命の部品」ではなく、大腸菌のような、生物として完成している大型の生き物でも宇宙から降ってくることが可能であることがわかります。ウイルスは細菌よりさらに小さいですので、摩擦熱も小さくなり、いくらでも地球に降り立つことが可能だと思われます。


この地球において、病気が「突然現れる」ということを不思議に思われたことはないですか?

どんな細菌でもウイルスでも歴史の中で「唐突に」現れる。


それほど広大とも言えない地球で、しかも、たとえば、エイズにしてもエボラにしても、たとえば、サルとかコウモリなど動物由来で発生してヒトに伝わるとされていますが、人間より短い寿命の彼らが何千万年も代々、ウイルスを温存して伝えてきた? このことは昔から不思議に思っていました。

まあしかし、そのことはともかく、今回の彗星の「匂い」で、さらに彗星そのものが生命の塊であることを確信した次第です。

それにしても、思えば、人類を脅かすエイズもエボラも「アフリカ発」とされていますが、現代の人類そのものが「アフリカ発」というアフリカ単一起源説が有力で、人類も、その人類を脅かすものも同じ場所あたりから拡がっているというあたりも何となく興味深くはあります。

エネルギー保存の法則は成り立たない 

エネルギー保存の法則が成り立たないことが証明されたのだそうです。
以下、「自然の摂理から環境を考える」の記事をご紹介します。
詳しい事は分からないので、私はこの記事を信じただけなのですが、
普遍の法則と思われていた「エネルギー保存の法則」も疑わしいとなると、
人類はもう終わりが近いかもしれないと言う、世界を覆う悲観論も、必ずしも正しくないのかも知れないと思いました。

太陽系の成り立ちはこんなにも単純なものだったのかと思う一方、
それがこんなに規則正しく巡っている理由は何なのだろう?と不思議になってくる。
やっぱり宇宙を動かしている主体があるからなのかも知れません。

【2014お盆企画】物理の基本法則『エネルギー保存則』は成り立たないことが証明された

私たちが当たり前のように信じてきた(前提にしてきた)ことが、それは事実では無く、学校教育やマスコミからの情報によって刷り込まれ思い込んできた固定観念であることは多い。そしてそのことに気付くことは、潜在感覚では不整合をもちながらも明確にならずモヤモヤしたものが整合して、“目から鱗が落ちる”感覚で非常に面白い。

今回紹介するのは、現代科学の根幹ともいうべき物理の基本法則『(物質世界で閉じた)エネルギー保存則は成り立たない』、そしてこの説の前提に、『太陽系にある地球を含めた惑星は、太陽から生み出された』という衝撃的な論証です。
以下、「物理の基本法則『エネルギー保存則』は成り立たないことが証明された(その1)」より引用。


物理の基本法則『エネルギー保存則』は成り立たないとの衝撃的な論考を紹介します。確かに現実の事象を固定観念でなく論理整合するかどうかで再考すると納得できます。現在はあらゆる方面から事実の追求が始まっていると実感する。

反エントロピー世界観による本物の社会変革を!1:ロシア科学アカデミー・スミルノフ学派Dr佐野千遥(リンク) より

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(前略)先ず最初に導入部として、「正統派」現代物理学派が堅く信奉する物質世界で閉じた「エネルギー保存則」とは実は全く成り立たない代物でしかない事をここに論証する。

太陽の惑星は別の天体から遣って来たとすると、全ての惑星が太陽の自転軸に垂直な平面上を公転している事実と矛盾が生じ、太陽の全ての惑星は太陽から生まれたと結論付ける事が出来る。

では如何にして生まれたか?

太陽のフレアーのプラズマが軌道に乗せる為の正確な方向と速度で例えば海王星の有る遠くまで打ち上げられたという説は先ず有り得ない事で、それは佐野千遥が2011年11月に水星の内側軌道への新惑星が太陽表面から間もなく誕生する事を予言し2012年3月10日に実現したように、元々今の太陽の中心と今の海王星との間の距離を半径とする巨大な太陽が徐々に半径を縮めて行った際に太陽の表面から剥離して全ての惑星は生成されて来た。

太陽の半径がその黄金比にまで縮んだ時点で天王星が、そのまた黄金比にまで縮んだ時点で土星が太陽の表面から剥離し惑星となった、等々。

上記のように、佐野千遥博士は「太陽系にある地球を含めた惑星は太陽から生まれた」というこれまで誰も出したことの無い説を論証し、その説をもとに、2011年11月7日のブログで「間もなく太陽表面から新しい惑星が誕生する」という予言を以下のように行っています。

以下、「2011年11月7日の佐野博士のブログより引用」より引用


現在太陽の活動が異常状態になっている(NASA発表)。2008年9月に黒点が全く無くなり、その後、2010年以来、黒点は30個を越えて増大し、活動が異常に活発になっただけでなく、通常活動が活発な時期には発する宇宙線も増えるのが普通だが、現在は活動が活発で(地球上では磁気嵐が頻発している)あるのに、宇宙線が減っているという異常状態にあった。

そして間もなく、太陽の表面に球体が発生する事が確認されるであろう。それが水星の内側に2番目に生じる新惑星である。この必然は黄金比を基に計算される。

太陽はその昔、海王星を生んだ頃には、その半径が今の海王星と現在の太陽の中心との距離に等しかった、つまり太陽は今の太陽・海王星間の距離を半径とした巨大な太陽であった。生成直後の海王星は自転する太陽の表面近くを転がるようにして公転していた。

太陽はその後、収縮して行き、半径が太陽・海王星間の距離の{(黄金比)^2}^2 ={root(5)-1/2}^4 = 0.1458 倍にまで縮んだ時に、次の惑星の天王星が太陽から生まれ、再び太陽の半径が更に縮み太陽・天王星間の距離の{(黄金比)^2}^2になった頃に太陽は土星を生んだ、等々。

全ての太陽の惑星、および火星・木星間のアステロイド群、そして海王星の外側の惑星ではないとされた冥王星の距離に散らばっているクイパー・ベルトは全て{(黄金比)^2}^2に太陽の半径が縮んだ時点で次々に太陽が生んだ星および星の残骸である。

佐野博士の説は、今の太陽というのは、太陽系に惑星がない頃は超膨大な大きさの存在であり、それが徐々に惑星を生み出すことで縮んで行き、やがて直近に月を生んだことで現在の太陽のサイズ、太陽系の配列が出来上がった。そして、太陽が惑星を生み出すタイミングは、太陽・惑星間の距離の{(黄金比)^2}^2 ={root(5)-1/2}^4 = 0.1458 倍にまで縮んだ時であり、この黄金比の距離になると新しい惑星が太陽から生み出させる。というものです。

そして、黄金比を基に計算して、“間もなく、太陽の表面に球体が発生する事が確認されるであろう。それが水星の内側に2番目に生じる新惑星である。”と予測しました。

そしてそのことは、なんと4か月後の2012年3月10日のNASAの発表で証明されることになります。

太陽からの惑星の生成 太陽からの惑星の誕生2

それが、太陽から黒く巨大な球体が“臍の緒”の紐のようなものでつながっている、このNASAの動画です。(※NASAの動画は→コチラ

NASAは、この太陽の表面に発生している球体が何であるか分からないと発表していますが、佐野博士は、これが水星の内側に(2番目に)出来た新惑星であると予言していました。

そして、この「太陽系にある地球を含めた惑星は太陽から生まれた」という説が前提にもなりますが、佐野博士は『物質世界で閉じた「エネルギー保存則」とは実は全く成り立たない』ことを科学的に論証していきます。



引き続き、「物理の基本法則『エネルギー保存則』は成り立たないことが証明された(その1)」より引用。


海王星が生まれてから膨大な時間が経ったが、その間に太陽は大量のヘリウム原子核(それなりに大きな質量を持つ)を宇宙線として放出し、大量の光・エネルギー(アインシュタインのエネルギーの式m * c^2 のmは質量)を放出してきた。

よって太陽の質量は大きく減っていなければならない。

ところが太陽の質量は減ったとすると大矛盾が起こる。

若し減っていたなら、その重力で海王星を繋ぎとめておく事が出来ない。

よって太陽の質量は永年に渡る多大な質量放出にも拘らず全く減っていない。

この事を「エネルギー保存則」を信奉する現代物理学は説明できず、見て見ない振りをする以外に無い。

永年に渡る多大な質量放出にも拘らず太陽の質量が全く減っていないという事は何かが逆に流れ込んでいるからである、と言う以外に無い。

つまり質量が大きかろうが、小さかろうが、ゼロであろうが、常に一定速度で太陽の重心、地球の重心に向けて流れ込んでいる物が有る。これを20世紀初頭までの物理学者達は正しくもエーテルと呼んだ。

ニュートンは「力が物体をその力の方向に運んだ時、その力と運んだ距離との積を仕事=エネルギーと言う。」と定義した。つまりエネルギーは方向性を持った概念として定義されている。

20世紀初頭、プランク定数やハイゼンベルグ不確定性原理 ΔE * Δt >= h / 4πに見られるように物理世界は離散値で出来ている事が発見された。

私・佐野は「離散値の物理世界では等速円運動の回転自体が方向性を持ったエネルギーを消費する。」事を論証した。

離散値の物理世界で原子核の周りを軌道電子が回っているが、これはエネルギーを消費している。

物質世界を見る限りエネルギーは外から一切供給されていません。

にも拘らず、原子核の周りを軌道電子が半永久的に回り続ける事は否定できない。

エネルギーを消費していて、尚且つエネルギーが外から供給されていないのなら、「正統派」現代物理学の「エネルギー保存則」によれば、軌道電子の運動は必ず減衰しなければならず、半永久的に回り続ける現実と矛盾が生じる。

ここにミクロの世界においても「エネルギー保存則」なる物は誤りである事が論証された。

更にこのミクロの世界の等速円運動のエネルギー計算に離散値でない連続実数値に基づく数学である微積分を使うとそれまで方向性を持っていたエネルギーが方向性を失うことを佐野が論証した。

物理学が微積分で等速円運動のエネルギーを計算して以後、運動エネルギーは(1 / 2) * mv^2という方向性の無い誤ったエネルギー概念として物理学の中に流布され、物理学を盲目にした。

連続実数値に基づく微積分ではなく、離散値に基づく差分・和分を使えばエネルギーはその方向性を失わない事は佐野が論証して初めてロシア物理学会が認識した。

佐野はゲーデルの不完全性定理と、物理世界の離散値性と、宇宙のフラクタル性とは、ほぼ同等な概念であると示唆した。数学と物理学とは地続きである。

どうですか。

「太陽の質量は永年に渡る多大な質量放出にも拘らず全く減っていない」という論点からマクロの世界ではエネルギー保存則が成り立たないことの論証、また、「軌道電子の運動は必ず減衰しなければならず、半永久的に回り続ける現実と矛盾」という論点からミクロの世界でもエネルギー保存則が成り立たないことの論証は、これまで信じてきたことを粉々に打ち砕く内容ですが、固定観念に囚われなければ論理的にスッキリします。

そして、「エネルギーは方向性をもつ概念にもかかわらず、その前提を捨象した微積分で等速円運動のエネルギーを計算して以後、物理学を盲目にした。」、「連続実数値に基づく微積分ではなく、離散値に基づく差分・和分でエネルギーを計算しなければならない」という論点は、現在の物理学が陥っている前提と手法の矛盾という根本的欠陥を端的に指摘しています。

また、「ゲーデルの不完全性定理と、物理世界の離散値性と、宇宙のフラクタル性とは、ほぼ同等な概念」であるとする展開は、非常に難しいですが、狭い閉鎖系の現代物理の世界から解放された感覚すら感じます。



佐野博士の理論により、現代物理学の根幹ともいうべき基本法則『エネルギー保存則』を失うことは、近代以降の科学がつくりあげ(学者→)学校教育やマスコミを通じて人々を信じ込ませてきた、宇宙物理学や原子物理学などの論理が悉く根本から覆されることになります。

新しい世界観の創造は、固定観念を盲信するのではなく、対象世界を広げて現象事実を注視し、潜在思念に照らしてその現象事実と固定観念の不整合を抽出する。そしてそこから妥協せず・諦めず、未知なる世界の中から可能性を掴む追求を楽しむ(追求充足)。

それが重要であることを紹介した記事は教えてくれます。

また、追求は、その「前提」は潜在思念に合致しているのか、事実を捨象した固定観念になっていないかの検証から不整合を抽出することからスタートとしますが、その「前提」を捨象して都合良く・取り繕うカタチで答をつくっていけば泥沼(盲目)に陥るということを、現代物理学は私たちに示しています。

責める国も責められるような事をやってはいたが・・・・・ 

獣医さんのブログ「そりゃおかしいぜ」の韓国も中国も正しい歴史認識をを読んで、その通りだなあと思いました。
これは戦時中の日本の侵した罪が免責される事を意味しません。
「自国が他の国に酷いことをした事実には目を覆い続けながら、自国に甚大な被害を与えた国として、或国だけを非道な国と責め続けるのは、おかしいと気づかねばならない。」という事だと思います。

今の世界の殆どの政治家達が、大上段に正義を述べ立てる時、自国の負の遺産には目を瞑っているのではないかと思います。
何処の国の政治家も相手国と仲良くするメリットがあるときには、その国がどんなに酷いことをしていても何も言わないけれど、
その国との友好関係を必要としなくなった時、世界輿論に働きかけて、酷い国扱いをして恨みを晴らそうとするもののようです。

そういう世界の政治家のやっている事を知っているから、
どこの国の政治家も、どこだってやっていることだとばかりに、
自分の国の負の歴史を棚に上げて、外国を大上段に口撃する国だらけになってしまうのでしょう。

政治家がそうであるとしても、国民は歴史を真摯に受け止めて、反省すべきは反省する事の出来る、まともな人間でありたいものだと思います。
旧日本軍が中国人を初めとするアジア諸国の人々に多大の迷惑を掛けた事は、紛れもない歴史的事実なのですから・・・・・

韓国も中国も正しい歴史認識を
韓国はベトナム戦争に、述べ30万の兵を送っている。冷戦当時の、西側つまりアメリカの支援である。この事実は、概要として知られているところではある。

韓国の派兵には、北ベトナムの南下を抑え共産化を阻止する理念があった。冷戦Photo時代のことでその理念は今さら問うものではないが、アメリカ同様に残虐な行為を重ねていた事実は、隠ぺいされたままである。

当時は、韓国は朴正煕政権下で、言論の自由などほとんどなきに等しかった。現大統領朴槿恵の実父である。ベトナム戦争での不祥事、あるいは都合の悪かったことは隠されたままである。

韓国軍が、ビンダイ、ソンディエン、タイピンなどで、非戦闘員である村民の多くを虐殺した事実は、現地の証言などで明白である。同じ東洋人として裏工作にも暗躍している。

アメリカはソンミ村虐殺事件などを、報道で一般に知られるようになり、兵士の処罰を不十分ながら行っている。民間も報道や映画などによって、ベトナム戦争の負の遺産はそれなりに検証の対象になっている。

翻って韓国を見ると、隠ぺいされていた歴史的経過はあるとはいうものの、全くこうした事実に目を向けようとはしないのである。日本が韓国を統治して、様々な非人権的な行為や略奪や殺害を行ってきたことは事実である。このことの決着は、少なくとも政府間で合意を見ていることである。見直すなら構わないが、手続きを踏むべきである。

日本の自民党や民主党の一部の政治家が、韓国に対していまだにこうした侵略の事実を認めないのは、極めて不見識なことではある。このことを、ベトナム戦争時の韓国軍の行為に重ね合わせると、寸分違わないと言える。

韓国が歴史認識を公然と日本に発言するなら、自らの負の遺産、非人道的行為をも認めるべきではないか。ただ、違うのはベトナムが、韓国が日本に対して言い続けるようなことを、韓国に対して言っていないことである。

中国の場合はもっとひどい。天安門事件は歴史から抹殺してしまった。共産党が躍進するさなかの、権力闘争に毛沢東など指導者は幾多の殺戮を重ねている。政権に不都合な事実は、歴史から抹殺するのである。

歴史は事実を事実として明らかにしたその後に、評価をするべきなのである。評価を先に行って、事実を隠ぺいするのは本末転倒である。歴史認識を中国も韓国も他国に対して言える立場にあるとは思えない。

右翼左翼の障壁をなくし 共に国の為に力を合わせよう 

「反戦な家づくり」で右と左という宿痾という記事を書いておられる。
私も同じような事を思っていたので、一人でも多くの人に賛同して頂きたく、この記事をそのままコピーさせて頂いた。

私は天皇陛下を敬愛している人間だから、右翼となるのかもしれないけれど、自分では右翼だと思っていないし、ウヨさんたちも私を右翼と思っている人は少ないだろう。

しかし天皇制を忌み嫌っている人たちは、私のことを気が知れないと思われるかもしれない。
そこで、何故私が天皇制を支持しているのかと言う理由を分かっていただく為に、
反戦な家づくりの上記記事へ「皇室バッシングに思う」という記事をTBさせていただいた。
反戦な家づくりの明月さんは、このTBを直ぐに載せて下さっていた。
それで私は、明月さんは右左に囚われない活動をしたいと、本気で願っておられる方だと確信した次第である。

尚、如何して私が天皇陛下を敬愛しているかに興味を持ってくださる方は、どうぞお目通しを。

右と左という宿痾
右翼とか左翼という言葉は、日本においては意味を失った、と私は思っている。

なぜなら、日本の右翼や左翼は、戦後の日本の政治体制の右足と左足だった(過去形)からだ。
55年体制の右足が自民党、左足が社会党、と言う意味とも近いけれども、もっと広い意味を含んでいる。

1945年、戦争に負け、40万の占領軍に日本は制圧された。
占領軍は、当時の日本において二つのリスクに直面していた。

ひとつは、共産主義革命の勃発だ。
今でこそ共産主義革命などと言うと鼻で笑う人が多いが、2年後に中国革命がおきている当時にあっては、ピリピリとした緊張感であったはずだ。

もう一つは、戦前回帰の軍国主義の復活だ。
自国民の命をまったく躊躇いなしに使い捨てにする軍国日本は、占領軍にとって余りにも不気味な存在だったろう。
だからこそ、40万もの軍隊を率いて来たのである。

そこで占領軍がとった作戦は、両者を争わせて、その中間で従米保守が漁夫の利を得る というものだった。
松本憲法草案にみられるように、当時の日本の政府指導者の多くは、敗戦という現実を理解していなかったし、まして戦争への反省など毛ほども持ち合わせていなかった。占領軍の力を持ってすれば、このような連中は全員処刑することもできたが、そうはしなかった。そして、その「象徴」が憲法第1条として結実した。総責任者である天皇を免責することによって、戦前回帰勢力をあえて温存したのである。

一方、いかに日本といえども、悲惨な戦後を迎えて食糧メーデーや2.1ゼネストなど戦後革命の機運はあった。しかし、日本共産党は、驚くべきことに占領軍を解放軍と評価していたので、占領軍の命令には忠実に従がってゼネストを中止し、革命の芽をみずから折っていった。

こうした左右の勢力のバランスの上に、吉田内閣は立ち上がった。
言葉にすると実に奇妙だが、吉田をひとことで評価するならば反戦反共だと私は考えている。その帰結が、徹底した従米ということだ。
卑屈なまでに占領軍に忠実になることによって、戦前回帰も共産主義革命も回避したいという米国の方針に、100%乗ったのである。

そして、もっとも巧妙だったのは、矛先が従米保守である自分に向かわないように、右翼と左翼を反目させ、争わせる構造を作り出したのである。
以来、日本で右翼と言えば国粋主義とか軍国主義と言われ、左翼と言えば共産主義とか社会主義と言われるようになった。
そこに、従米保守は、あたかも存在しないかのように静かに日本を支配する構図を作り上げた。

共産党は、その後武装闘争路線を経て、もはや決定的な影響力は失った1961年に至って対米従属論にたどり着く。
このころから生まれた新左翼諸派は、日本の侵略戦争をラディカルに反省する余り、戦前回帰勢力を過大評価し、対米従属を誤りとする傾向があった。

こうして、戦後日本では、なぜかより「左」に位置する者が従米を支え、より「右」に位置する者が独立を指向するという、普通で考えれば逆転した現象が続いてきた。
そして、保守本流はその両者の争いを傍観しつつ、静かにおとなしく、従米安定政権を維持したきた。


■■
ところが、事態はあるときから一変した。
ソ連崩壊、冷戦の終結は、バランサーの一方であった「反共」が失われることを意味した。
自民党の本流は、吉田の路線を踏襲して反共反戦イコール従米で何の疑いもなく進んできたのに、一挙に路線転換を迫られることになった。

米国側からすれば、冷戦終了後も、これまでと同じよう日本と付き合っていくのか、という問題だ。
共産主義との最前線に浮かぶ不沈空母だからこそ、ある程度の繁栄も許容し、反戦というテーゼも許してきた。
しかし、一挙に存在意義の低下した日本に、これまでと同じ待遇は必要ない。

少なくとも1997年のガイドラインと、98年のアジア通貨危機からこちらは、日本の軍事協力を明確にし、経済的にも日本の富を米国へ吸い上げるシステムが稼働し始めた。
自民党は、これまでの反共反戦では生きていけなくなった。

そこに登場したのが小泉純一郎だ。
反共反戦から、従米参戦へ、恥も外聞もゴマカシもなく見たマンマの従米路線を掲げ、これまでの自民党の生き方を「ぶっこわす」と叫んだ。
それまでの自民党は、極めて不平等ながら国民が皆食っていくという意識があったが、負け犬は死ねという路線に大転換した。

ここに至って、従来の右翼と左翼も意味をなさなくなった。
独立や国益を求めている右翼にとって、敵は左翼ではなく小泉であり、真性従米路線だということが明らかになった。
人民の命と暮らしを求めている左翼にとってもまた、敵は右翼ではなく小泉であり、真性従米路線だということが明らかになった。

もちろん、右翼と左翼では思想信条は違う。
端的に言うと、「国民」といったときに、「国」に比重があるのが右翼、「民」に比重があるのが左翼、と私は理解している。
しかし、国も民もどちらも成り立たないような真性従米路線に対しては、右翼と左翼が争っている場合ではない。

血みどろの戦争をしていた中国の蒋介石と毛沢東ですら、日本の侵略には手を組んだのである。
まして、あまり大したことをしてこれなかった日本の右翼と左翼の怨恨など、大したことではない。(当事者には色々あるだろうけど)


■■
と、右翼だの左翼だのと書いてきたけれども、今現在、あれこれと社会活動やら政治活動に走り回っている人の多くは、自分が右翼だとか左翼だとかの自覚はないだろう。
私自身は、先ほど書いた自分の基準で言うならば、どっからみても左翼だという自覚はあるが、別に「俺は左翼だ」と気取っているわけではない。あえて分類すればそうなる、ということだ。
しかし、世の中不思議なもので、自分には自覚がないのに、他人がやっていることには「右」とか「左」とか言うのである。

もちろん、いわゆる保守系の集まりと、いわゆる革新系の集まりでは、色んな意味でやり方も雰囲気も何もかも違うのは確かだから、ものすごい違和感を感じるのは間違いない。
私自身、最近は二股かけて活動してきたので、それは顕著に感じる。
感じるけれども、そんなものはご飯ばかり食べていた人がパンを食べるようなもので、これも冷静に考えたら大したことではない。
大したことでは無けれども、そうやって60数年支配されてきた私たちは、そう簡単に抜け出すこともできない。

朝はパンと珈琲しか食べたことない人に、無理やりぬか漬けを口に突っ込んだら、まあケンカになる。
同じレベルの、滑稽で深刻で真剣なせめぎ合いが、これだけ多様化したようにみえるこの今の今でも繰り広げられている。

やはり、60年以上刷り込まれた感覚は、簡単にはどうこうできないのだろう。
ただ、ひとつだけ、考えてもらいたい。
戦後の従米日本、独立できなかった日本、自立できなかった日本の背骨は、「私は右でも左でもない」とか「中道」とかいう人々だったのだ。
「あれは右だよ」「こっちは左だよ」といって、静かなる従米を静かに支えてきたのだ。

いま、従米路線が鎌首をもたげて、直接的に牙をむいているときに、いまだにノンビリと「右だ左だ」と千年一日の如きことを繰り返していると、ぱっくりと食われてしまうことは、わかりきったこと。
せめて、大蛇の腹の中で「お前のせいだ」とケンカしないようにしたいものだ。。。。

まあ、こうして彼我の情勢を見てみると、無傷で済ますのは無理みたいな気はする。
でも、できるだけ被害を少なく、できるだけ希望を大きく次の世代につないでいくために どうしたらいいのか。

パンばかり食ってきた人と、ご飯ばかり食ってきた人が食事会をできないのか。
「こんなスカスカ、食った気がしないぞ」とか「うえ、ねばねばして気持ち悪い」とか言い合いながらも、それなりに良いところも見付けるような、そんな関係は作れないのか。
そんなことを妄想するのである。

恐竜滅亡後を考えている若い人々 

内田樹の研究室「脱グローバリズム宣言」には、
もうすぐ講談社から刊行される『脱グローバル論  日本の未来のつくり方』(平川克美・小田嶋隆・中島岳志・イケダハヤト・高木新平 ・平松邦夫との共著)の「まえがき」を予告編代わりにアップしておきます。
という事で、ご自身が書かれた前書きを載せておられました。

その中の記述で私は次の挿話を面白く感じました。
イケダさん高木さんの若者2人はそのときまでお名前さえ存じ上げませんでしたが、いざ話してみると、もう私のような還暦を過ぎた人間の手持ちのロジックや語彙に言い換えることのむずかしい斬新なアイディアを次々と聞かせてくれました。

彼らを見ると、「ポスト・グローバル時代」はすでに始まっているということがわかりました。

喩えとしてはいささか失礼ですけれど、恐竜が天に向かって吠えている足元で、小型の哺乳類獣が「次の時代」に備えて適応の用意を始めている、そんな印象を受けました。


今世界で強権をほしいままにしているグローバリスト恐竜は、もう間もなく滅びのときを迎えているのです。
今私達を追い込んでいる様に見えている恐竜達は、実は間もなく自滅するのです。
恐竜が滅んだ後には、恐竜から上手く逃げてきた小動物たちが、生きる道を探す時です。

現在世界中を席巻しているグローバリスト恐竜の、終わりの近い事を直感的に知っている若い人たちが、
恐竜死滅後の世界でどう生きていくか、斬新なアイディアを次々と聞かせてくれたという話を読んで、
希望のようなものを感じました。

夜明けの直前が一番暗いのだとか・・・・・

「主権回復を目指す日」を読んで 

田中 良紹さんの「主権回復を目指す日」を読んで、
安倍総理はこのことをご存知なのだろうか?と思った。
安倍総理がこのことをご存知ならば、
今の日本で主権回復を祝う日など絶対に開こうとはなさらなかっただろう。

この記事はとても重要な事がてんこ盛りの記事だと思った。

主権回復を目指す日
2013年4月27日 23時28分
サンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日を記念して政府主催の式典が開かれる。政府はその日を「主権回復の日」と呼ぶ。しかし日本の現状を直視すれば「主権は完全に回復された」などとおめでたい事を言う気になれない。この国の主権を本気で考えるなら、その日を「主権回復を目指す日」とすべきである。

安倍総理は記念式典を開く意義について「日本が占領されていたことを知らない若い人がいる」と述べたそうだが、7年間の占領期について内実を知っている日本人は安倍総理も含めてほとんどいない。GHQによって占領期は厳しく情報統制されていたからである。従ってもっともらしく言われる戦後史も、それぞれの立場がそれぞれに都合の良い情報を言っているに過ぎず、日本人はスタート時を知らずに戦後史を語っている事になる。

私がそれを痛感したのは1976年に起きたロッキード事件である。この事件は右翼民族派の領袖で自民党の前身である自由党に結党資金を出した児玉誉士夫がアメリカ軍需産業の秘密代理人であったとするアメリカ議会の暴露から始まった。なぜ右翼民族派の領袖がアメリカの手先となったのか。メディアの取材はそこからスタートした。

「占領期の7年」に解明のカギがあり、新聞もテレビも占領期の情報発掘に全力を挙げた。全社が独自のソースを追って発掘した情報は毎日がスクープの連続で、これほど各社のニュースが面白かった事はない。私も生存するGHQ関係者、諜報機関員、旧軍関係者らを追いかけて占領期の闇を探った。

しかし東京地検特捜部が政治家をターゲットとする捜査に入ったためメディアの「発掘作業」は2か月ほどで終わり、ついに占領期の闇が解明される事はなかった。私の胸には闇の深さだけが残った。その後アメリカの情報公開法によりCIAの機密情報が公開された事や、ノンフィクション作家の発掘作業などによって知られざる戦後史の一端は解明されてきた。

児玉誉士夫や読売新聞社社主正力松太郎がCIAの協力者であった事、アメリカの雑誌「ニューズウイーク」東京支局長が上司のハリー・カーンと共に日本の戦後政治を動かし鳩山一郎や岸信介を総理に就任させた経緯、表向きは追放された旧軍関係者が冷戦の始まりと共にCIAにリクルートされて復活した事など、ロッキード事件当時の取材と符合する事実が次第に明らかになった。しかしそれでもまだ占領期の全容が解明された訳ではない。

一方、サンフランシスコ講和条約は日本の領土を確定したが、それが今では周辺諸国との深刻な対立の遠因となっている。サンフランシスコ講和条約で日本は朝鮮、台湾、南洋諸島、南沙諸島、西沙諸島を放棄し、さらに南樺太と千島列島を放棄したが、国後、択捉両島が千島に含まれるかどうかで変遷があった。当初日本政府は含まない旨を国会で答弁し、二島返還でソ連との交渉に臨もうとしたが、アメリカのダレス国務長官に四島返還でなければ沖縄を返さないと脅され、日ソ平和条約を締結することが出来なかった。

また沖縄を含む南西諸島や小笠原諸島はアメリカの信託統治領となり、アメリカの統治下に置かれた。沖縄県民が4月28日を「屈辱の日」と呼ぶのは、自分たちの主権は回復されず、切り離されたからである。それから20年後に沖縄の本土復帰は実現するが、返還交渉の密使であった故若泉敬が悔悟するように、沖縄は「返還」と言うより「基地の固定化」をもたらした。アメリカにとっては基地機能をいささかも失わずに行政費用を日本に押し付ける事に成功した。

南西諸島の中に問題の尖閣諸島もある。アメリカが南西諸島を日本に返還した以上「尖閣諸島は日本の施政権下にある」とアメリカが言うのは当然である。しかし決してアメリカは「日本の主権下にある」とは言わない。それがアメリカの立ち位置である。サンフランシスコ講和条約に中国は参加していないが、それ以前のカイロ、ポツダム宣言で中国は連合国の側におり、戦勝国の一つなのである。

だからアメリカは共産中国に核保有を認めた。核保有国とは第二次大戦の戦勝国で、戦後の世界を支配する側である。核を持つ国同士が戦争をすることはありえない。米ソ冷戦とは支配する側の中での覇権争いゲームであった。ソ連が自滅した後は、米中が覇権を争う趨勢にある。そのソ連崩壊直後から私は、冷戦後の世界を一極支配しようとするアメリカ議会の議論を見てきた。

そこで語られていたのは、日本にアジアで大きな役割を担わせないために、アメリカがこの地域で優勢な軍事力を展開するという戦略である。日本が存在感を強めればアジアは不安定になるというのがアメリカの認識で、それをさせないために日米同盟を強化すると彼らは考える。昔から言われてきたがやはり日米同盟とは日本を自立させない「ビンのふた」なのである。

その上でアメリカが考える「同盟」とは「アメリカに保護されていると思わせ、独立主権国として行動するために必要な外交能力と国防能力をはく奪するシステム」である。それを知ってか知らずか「日米同盟強化」を叫ぶ安倍政権の誕生を見ると、過去のアメリカ議会の議論を思い出してしまう。

安倍総理が「主権回復の日」に抗議する沖縄県民の心に想いを致すなら、むしろその日を「占領期の歴史に光を当て、日本国民の戦後史を見つめ直し、独立主権国家を回復するための一歩を踏み出す日」とすることをお勧めする。

訪米中にCSISで" Japan is back "と言う予定の安倍総理 

明日うらしまの安倍総理のアメリカ訪問についての評論は、ドイツから見たものであるだけに、日本では殆ど報道されない、悲惨な安倍総理のもてなされ方が持つ意味を含めて大変興味深いものでした。

安倍首相は訪米中に、悪名高いシンクタンク戦略国際問題研究所・CSISで、" Japan is back "と題する講演を行うそうですが、まさによくも言ったりですね。この表題が、それだけで安倍氏の反動性を表現していると世界では解釈されてしまうことにさっぱり気付かないこと事態が、すでに立派な喜劇なのです。
 これは出来の悪い政府を持つ国民にとっては立派な悲劇なのです。

という結びの言葉も悲しいまでに的を得ていると思います。

この厳しいアメリカの空気に耐えかねて、安倍総理はTPP参加を表明してしまうのでしょうか?
日本にとって大変な痛手であるだけでなく、安倍総理にとっても恥じの上塗りになるだけでしょうに・・・・・

安倍晋三首相訪米は共同記者会見抜きの喜劇に終わるか。Japan is backとはよくも言ったり!
 本日2月21日の南ドイツ新聞に、Neihart・ナイハルト東京特派員の記事が「誤解の関係/日本の安倍首相が就任の訪米をする・彼はアメリカとの同盟を発展する中国に対抗する防波堤と理解している」との見出しとリードであります(今のところネットでは読めません)。同記者はすでに先月、安倍氏のポートレイトで祖父、岸信介元首相がCIAの資金でヤクザを雇ってまでして日米安保条約を締結した歴史を報道しています(時間あれば翻訳しようと思っています)。
 
 今回も祖父以来の日米関係にノスタルジーを抱く安倍首相の訪米とオバマ政権の認識の齟齬に関した記事です。わたしが驚いたのは文末に「オバマは1月に『最も近い同盟者』の就任訪問に時間を割くことができなかった。そして今、大統領は首相との恒例の共同記者会見を拒否した。これらはシグナルなのか?」とあるではないですか。
何も、日本の首相の米大統領への就任訪問だけでなく、世界ではよほどのことがない限り、就任訪問では首脳の共同記者会見がもたれるのが外交儀礼ですらあります。

 そこで、ネットで見ると唯一本日の沖縄タイムスに→次のような報道がありました。

日米首脳会談後の共同会見見送り




平安名純代・米国特約記者】米ワシントンのホワイトハウスで22日に開かれる日米首脳会談で、安倍晋三首相とオバマ米大統領が会談後に開く予定だった共同記者会見が見送られることが19日までに分かった。首脳級会談で共同記者会見が見送られるのは異例。米 政府筋が本紙の取材に対して明らかにした。


 米政府筋によると、見送りは米側が要請した。当初、米側は首脳会談で日本の環太平洋経済連携協定(TPP)への参加表明に対する期待を伝えていたものの、日本から困難との意向が伝達された。そのため、「踏み込んだ議論が期待できず、具体的な成果も発 表できないため、記者会見は不要と判断した」という。


 どうやら共同記者会見をアメリカ政府が拒否したのは事実のようです。TPPで合意が出来ないことが理由にされていますが、同盟国との首脳会談がたったひとつのイッシューの意見の相違で記者会見もしないなどということは、まったくあり得ないことです。
わたしもドイツの首相府で頻繁にある首脳会談後の共同記者会見を日常体験していますが、それがないということは、外交儀礼的にはいわば「お客にお茶も出さない」ことと同じです。 常識ではあり得ない失礼な扱いとなります。

 
 他の報道では、アメリカの記者たちが記者会見を行うように申し入れしているとのことです。本当の理由と、実際にどうなるかは明日の会談を待たない限り判りませんが、ホワイトハウスの会談室での会談後の簡単な両首脳のコメントだけに終われば、これは立派な、日米外交史のスキャンダルとなるでしょう。

 わたしの見方では、オバマ政権は安倍政権を、初めから見限ってしまっていることの現れであると思います。2007年4月の第一次安倍政権の時の、ブッシュ大統領との訪問の際は、キャンプデービットで首相夫妻は丁重にもてなされ、もちろん共同記者会見も行われたことは、→首相官邸の記録にあるとおりです。

 この記者会見でも安倍首相は質問の終わりに「従軍慰安婦」問題での質問に答えて、日本国内とは裏腹の二枚舌の回答をしていますが、オバマ政権は、その繰り返しを容認しないのではないかとの推定も出来ます。当時の安倍内閣の外交失敗については、このブロクでも何度も紹介したとおりです。最近の批判は→ここに、第一次政権批判は→ここを参考にして下さい。
 
 当時からまったく変わらず、何も学ばず、増々右傾化した第二次安倍政権は、そのアベノミクスと呼ばれる経済政策でも世界のお荷物になっていることは、先のモスクワG20財務相会談でも明らかで、舞台裏でさんざん批判されたことは日本のメディアがきっちり報道しないだけです。
 
 ブッシュ大統領とはまったく異なるオバマ氏はおそらく、オフレコ会談で冷淡に厳しく安倍氏を批判するのではないかと思われます。
第一次訪米は歴史修正主義者の悲劇でしたが、第二次はどうやらその喜劇に終わりそうです。そうなることを防ぐための共同記者会見の見送りであれば、アメリカ政府の、ワシントンでせめて恥をかかせないための配慮なのかもしれません。

 また安倍首相は訪米中に、悪名高いシンクタンク戦略国際問題研究所・CSISで、" Japan is back "と題する講演を行うそうですが、まさによくも言ったりですね。この表題が、それだけで安倍氏の反動性を表現していると世界では解釈されてしまうことにさっぱり気付かないこと事態が、すでに立派な喜劇なのです。
 これは出来の悪い政府を持つ国民にとっては立派な悲劇なのです。

被害者訴訟についての講演記録 

昨日の記事で「原発事故被害住民 国と東電を提訴」のニュースを紹介しましたが、
原発の被害者訴訟はおいそれと解決出来るものではないかも知れません。

原発事故が起きる以前のものでちょっと古いものですが、長年公害訴訟に携わってこられた馬奈木弁護士が、大阪のアスベスト訴訟弁護団の集まりで講演された時の、講演記録が目に留まりましたので、ここにコピーさせて頂きます。
この講演録を見て、原発事故が起きる前から、国(官僚)がこんなにも無法な事を押し通す輩だったのかと、改めて驚かされています。

馬奈木昭雄弁護士 講演録「国に勝利するために」
2009年10月3日

■私たちのたたかいのめざすもの

 今日はお招きいただいて、ありがとうございます。
  私が少し先に事件をやったからといって、偉そうに何か大口をたたくような話するのもどうかと思ったんですが。今、私が色々取り組んでおります、とりわけ諫早の干拓問題ですね、有明の裁判です。いろんな問題に取り組む中で、今、私自身が直面している問題点、それを一体どうやっていくのかと、いろいろ考え悩む問題がありますが、その中で、もし、みなさん方の何かご参考にしていただけるものがあったら、それは有難いなと思いまして。今、私が直面している問題点を、少しお話してみたいと思います。
  まず私の経歴をお話しますと、1969年に弁護士になりました。この年は、実は、水俣病の最初の裁判、1次訴訟が提訴された年です。私が4月に弁護士になりまして、6月に1次訴訟が提訴されます。それから、水俣病の裁判は、2次訴訟、3次訴訟、そして現在も水俣病訴訟が行われてます。国相手の裁判であります。これが4次訴訟になります。69年からですので、40年を経過致しました。発生から言いますと、公式に国が水俣病が起きたことを認めたのが、昭和31年ですから、50年が過ぎてます。弁護士1年生からその裁判に関わりまして、被害確認から50年。裁判始めてからでも40年。一体なんで水俣病は今まで解決出来ないのかを色々、私も尋ねられますし、そういう声を聞きます。その中には、私達がなんでそんなに長期間解決することができないのかという非難の意味も入ってるように私思うんです。これは取り組んだ1人として、誠に申し訳ない次第です。水俣病の裁判が40年続いている、取り組みが公式確認以来50年、患者が正式に発生したと今分かってるのは、昭和16年です。それから言いますと、もう70年近くになります。今まで、その闘いが続いていることは、逆に、私は誇りにしていいと考えてます。どういうことなのかというのを少し、まずそこから話を始めてみたいと思うんです。なぜ、水俣病は解決しないのか。
  まず、これまで4大公害裁判といわれますけれども、最初に先頭をきったイタイイタイ病の原告、弁護団のみなさん方が言ったスローガンがございます。これは『謝罪を許さない闘い』ということでありました。加害企業、三井金属ですけれども。この会社が、被害者のお墓にお参りさせて欲しいと言った時に、被害者のみなさん方は、「断わる」「墓参りに頭を下げることは許さない」。どうしてか。加害企業としてやるべきことを全部やって、それからお詫びに来いと。それまでは、頭を下げることは許さんと、こうおっしゃったと、私どもに語り伝えられております。同じようなことが水俣病の裁判でもございまして。私どものスローガンは『最後の1人まで』、『被害者の最後の1人まで、生きている内に救済を』。結論だけ申し上げますと、今も尚長期間にわたって闘いが続いてるのは、最後の1人まで到達していないからです。私どもは、被害者がいる限り、闘いは続くと思ってます。物事が終わることはないと思ってます。
  更に、じん肺訴訟では、これはもう有名なスローガンになってます。『あやまれ、つぐなえ、なくせじん肺』というスローガンで、私どもは闘ってまいりました。冒頭で『あやまれ』と言ってます。イタイイタイ病は謝罪を許さないと言った。つまり、謝ることを許さないと言った。じん肺の「あやまれ」という要求は違うことを言ってるのか。そんなことはない。同じことを言ってるのだと私は思ってます。この問題について、もう少し言いますと、水俣病の最初の時期に言われたスローガンが、実はあります。これは、『社長に水銀を飲ませろ』ということであります。自分たちの苦しみを分かってもらうために、社長に水銀を飲ませたらいいと。社長は水銀を飲んで、自分がその苦しみを味わうべきだという意味合いであります。しかし、このスローガンは誤りだと、長い議論の中ではっきりしたと私は思っております。それは、言ってしまえば、私憤、私の憤りです。被害者の方の本当の心情というのは、そうではなく、もう被害はこれで最後にして欲しい。自分たちのような被害が今後続くことは許されないんだと。もう被害発生を本当に止めるべきだということではないでしょうか。自分たちが最後の被害者の1人になりたい。それで終わらせるべきだということだと、私は思っております。これを一般論で言い直しますと、私憤、私の憤りから最初は出発するわけでありますけれども、本当の願いは、やっぱり公憤、公の憤り。もう被害は止めたい、止めさせたい、加害者は止めるべきだということだと思っております。だから、決して水銀を飲ませることではないと思ってます。

■「あやまれ」とは何か

 そこで、『あやまれ』というスローガンで言われてることは、一体何なんだろうか。私どもは、謝ったふりをする場面というのをたくさん見てまいりました。例えば、水俣病でも、1次訴訟で勝った時、昭和48年、1973年ですけれども、勝って、工場に踏み込みました。そしたら、工場長以下会社幹部が総員お出ましになって、一斉に土下座して、地べたに手をついて謝るふりをしたわけです。本当に謝ったのか。謝ってませんよ。だから、まだ、未だに裁判が続けられているということです。似たような場面、例えば、HIVでも、ミドリ十字の社長以下が一斉に土下座した場面見ましたよね。これが、イタイイタイ病が言う、『謝罪を許さない闘い』、こんなことをさせてはならないということだと、私は理解しております。本気で謝っていない。謝ったふりをして見せてるだけだと。なんでそんな振りをして見せてるのか。もう分かりきっています。日本人のものの考え方として、みんな土下座して床に手をついて、あそこまで謝ってるんならもういいじゃないか、許してやれよ。要するに、社会的に免罪をしてもらいたいということであります。
  本当に謝るというのはどういうことなのか。まず、加害企業や国が、自ら自分自身で被害発生を致しましたと、私どもの行為によって被害を発生させましたということを認めること。そして、その原因は、私どもがここで間違いましたと。だから、その間違いは改めますと自ら認めて、そして反省をすることです。その当然の結果として、全ての被害者に救済の措置を尽くすことです、自ら尽くすことです。そして当然のことながら、2度と同じ被害が起こらないように、必要な対策を、自ら講じることであります。そういうことを誓約することです。これが、私どもが求める『あやまれ』ということです。加害企業や国が、自ら謝ることによって、真の被害者救済も出来る。今後の被害発生防止、なくせという要求を実現出来ると思っております。

■加害企業の論理 - じん肺訴訟

 そうすると、裁判に勝つ、勝訴判決を受けることはどういう意味を持ってるんだろうかということになります。私には痛恨の想いの場面がたくさんございます。
  例えば、じん肺の裁判でもそうです。最初の集団のじん肺訴訟、これは長崎北松と言います。ここには零細な炭鉱が多かったんですが、じん肺患者達が裁判を起こした。被告は、日鉄鉱業という会社であります。この会社は裁判に負けても頑強に頑張り続けた。とうとう最高裁まで行ってしまいました。だから、1審で勝つというのが物事の終わりではないという実例です。最高裁まで行くことを許してしまったと。本当は1審で決着をつけるべきでした。実は、4大公害裁判、イタイイタイ病、新潟の水俣病、四日市の公害、それから私どもの、熊本の水俣病、実は1審で決着をつけました。高裁まで行ったのは、先頭を切ったイタイイタイ病だけです。あとは全部1審で決着をつけました。それについては、もう少し後でお話したいんですけど。
  ところがですね、この日鉄鉱業は最高裁まで、まあ頑張り抜いたというか、我々が頑張り抜いたというか。最高裁で私どもが勝ちましたので被害者を先頭に、私ども弁護団も一緒にどっと本社になだれ込みました。まず、原告のみなさんが、「謝れ」と言ったんです。そしたら、日鉄鉱業の代表者は「謝らない」と言いました。なんでだと。あれは最高裁判決が誤っておりますと、間違っております、だから、謝りません。なんということを言うんだと、最高裁判決に従わないと言うつもりかと。「いいえ、従います」、判決は裁判をした原告に、裁判で要求した金 - 裁判所が認めた金ですけど - 認めた金を払えと言ったんです。だから、裁判所が払えと言った金はこの場でお払いしますよ、判決には従ってるんです。
  これが、加害企業の論理であります。金を払えと言うんだったら金を払えばいいんだろうと。それも、裁判をして勝った原告だけに払えばいいんだろうと。加害企業というのはとんでもないことを言うもんだと、私どもは、日鉄鉱業のこのけしからん論理に対してですね、無法者の言うことだと、アウトローだと。法を認めない輩がとんでもないことを言ってるんだと、私どもは一斉に非難致しました。そして、日鉄鉱業に、本当に謝らせたいと言って闘いを取り組んだわけであります。しかし、残念ながら私どもは、日鉄鉱業を未だに屈伏させることが出来ないでおります。その後、日鉄鉱業に対し最高裁判決が次々と出ました。私どもが筑豊で、やっぱり日鉄も被告にしてますが、私どもが最高裁で日鉄相手に勝った判決が5度目の最高裁判決です。その後、6度目の最高裁判決が出てます。無法者としか言いようがない。つまり、裁判をして負けてもかまわない。負けた原告に判決が言う金だけ払いますよという態度をいまだに貫き通してるわけです。

■判決で物事は解決しない - 水俣病訴訟

 ところが、そのけしからん無法者だと言ってた加害企業を上回る無法者がいたわけであります。それが、国であります。水俣病で、とんでもないことを国はやってると。まず、私どもは1次訴訟で、加害企業チッソに対して完膚なきまでに勝ちました。チッソはさすがに控訴を断念し、被害者救済を行うことを誓約致しました。その結果、1次訴訟の後、昭和48年、1973年でありますが、チッソと被害者との間で約束が出来ます。その約束は、裁判をした原告だけではなくて、認定された患者、それまでに認定されていた患者、更にそれから先も認定される患者に対して、全部同じ被害者の救済措置をとりますと。全認定患者にです。
  その中身は、大きく言うと、3本の柱になります。1つは、必要な医療、これを安心して全部受けてもらう。つまり、治療費の全額負担です。勿論、治療費をみてもらったからと言って、例えば、病院へ行く手段、離れ島たくさんございましたので、離れ島から病院まで行けるかと、じゃ行く手段を尽くしましょうと。それから、治療というのは病院の治療だけではないですね。例えば、鍼灸・マッサージであります。鍼灸・マッサージの治療費も一定回数ですが、認めますと。温泉に行くと楽になるんだよね。分りました、温泉療養認めます。年20回まで認めてます。それから、第2に当然治療を受ける前提として、安心して生活が出来なきゃいけない。終身にわたる生活保障、私ども、年金と言ってますけども。年金を生涯にわたって支払います。それから、例えば、子供さんたちが就学したい、だけど、就学出来ないという時の就学の援助金とかですね。そして、第3に、裁判に勝った金、これは何かと言うと、お詫びのお金、慰謝料でございます。お詫びの金に過ぎないと。これだけで被害者救済が終わったなんて思うな、ということであります。
  という三本柱の救済を、私どもは勝ち取りました。だから、昭和48年で、私どもの闘いは終わったと言っても良かったわけです。おそらく、これだけの成果をあげた裁判例というのは珍しいんじゃないでしょうか。それで解決した、そこで解決したといってたたかいをやめたという例、たくさんあるんじゃないでしょうか。
  ところが、私どもは、そこで闘いを終わることは出来なかったわけです。どうしてか。隠し込まれたたくさんの被害者がいることを、私どもは身を持って知ってたからです。認定された患者の背後にたくさんの患者がいる。隠されている。チッソの圧力によってですね、公然と名乗り出ることが出来ない。名乗り出たら、村八分になる。就職は出来ない、結婚も出来ない。徹底した差別が付きまとう。私どもは、だから、掘り起こし健診を徹底してやりました。新しく出てきた患者さんたち、そして、国がどうしても認めようとしない、つまり認定しようとしない患者さんたち、国がこれが水俣病だ言っている症状が間違ってるよという裁判を起こしたのが、2次訴訟であります。私どもは、それをチッソ相手にやりました。チッソ相手に患者と認めさせることでやったわけです。我々が圧勝致しました。完璧に勝っております。ところがチッソは控訴したんです。控訴審で、1審を上回って私どもは勝ちました。勝ちましたというのは、病状をですね、はっきりさせました。水俣病像をはっきりさせたわけであります。当時の担当官庁は環境庁でした。当時の環境庁長官は石本さんとおっしゃる看護師さんです。石本環境庁長官が、チッソに対して、これはもう上告したって駄目だと。これ以上争うなというんで、高裁で我々が勝った判決、つまり、国が決めた水俣病の診断基準は間違いだと、不当に患者を切り捨ててるよという判決が、確定したわけであります。
  私どもは、環境庁長官がチッソに対してそこまでおっしゃったわけですから、当然国はお認めになりますよね、認定基準は変えてくれますよね、我々が裁判で勝ち取った病像、これを認めてくれますよねと、環境庁に迫ったわけです。環境庁は何と言ったか。司法判断と行政判断は違うんです。行政判断は別です。だから、改めませんと。平然とそう言い放ったわけです。つまり、判決なんか従う必要はないと、国が言って見せてるわけですよ。加害企業以上に悪質な無法者だ。一番無法な者は何か。組織体は何か。私は国だと、自信を持って申し上げます。国ぐらい悪質な組織体はないと。もっと言いますと、官僚です。と、私は確信してます。
  そこで、そう国が居直るんであれば、今度は国相手に裁判をすると言って起こしたのが3次訴訟、国賠訴訟であります。国を相手に国の責任を問う裁判を起こした。わたしどもは1審で、これもまた完膚なきまでに勝ちます。この国に勝った判決が、判例時報という法律雑誌がございまして、判例として紹介されます。その一面に、まず水俣病で勝ったんだよと。私どもは国に勝ったというのが第1番目の見出しだと思いましたら、見出しは違ってました。国が言っている水俣病は、いわゆる中枢神経を侵す、脳を侵す病気だというんですが。私どもが勝った判決はですね、全身を侵す疾患だと。全身症状がありますよと。全身を侵してるんですよという判決なんです。まず、第1の見出しはそこになってます。私はこれは見識だと思います。編集者が正しいと思います。水俣病は全身を侵す病気なんだ、けっして脳だけを侵してるんじゃないよという判断ですね。これが第1番目だと。私は、アスベストの問題、じん肺の問題も同じ問題だと思ってます。全身を侵されてるに決まってると思ってます。まあそれは置きまして。次に国の責任を認めて勝ったよというのが、二番目の見出しです。
  ところが、国は従いません。控訴致しました。私どもは、そこで、重大な教訓を学んだと思ってます。つまり、国に、あるいは加害企業に、きちんとした救済措置をとらせる、今後の被害防止策をとらせるためには、判決に勝っただけではだめなんだと。例えば、その病像も、我々は完膚なきまでに勝ちましたけど、それが高裁止まりだったと。1審と高裁の判決だと。最高裁判決でなかったから、国は従わないのか。最高裁判決をとるべきだと、私ども随分言われました。これは3次訴訟の時なんですけど。国を従わせるためには最高裁判決をとらないとだめなんだと、随分言われました。マスコミも一斉にそう書きたてました。私どもは違うと、それは違うと。最高裁判決をとったからといって、物事が解決するわけではないよ。
  それが水俣病でも見事に立証されました、関西水俣病で、最高裁で勝ちました。国は、恐れ入りましたと従ったか。未だに従いません。国の無法者としての立場は、あの病像は間違ってるということですよ。だから、私どもは、その国の誤った態度をただすために、ノーモア・ミナマタ病訴訟、4次訴訟をまた熊本で起こしたわけです。

■救済を具体的に実行させる闘い - 勝訴判決をとる意味

 じゃあ何のために裁判やってるんだ。判決をとっても無意味なのか。それは違うということははっきりしております。だからこそ、我々は4次訴訟を起こしたわけであります。判決をとったからといって、その判決だけで物事が解決するわけではない。だけど、判決は力にならないのか。なるに決まっています。
  問題は、私どもが勝ち取った判決、とりわけ最高裁判決なんていうのは、これはみんな本来は従うべきものであります。それに従わない者にそれを従わせるようにさせる力をもった闘いを、我々がどう取り組むかです。その時に判決があるのは大きな力になる。これは当然のことです。問題は、私どもがその判決の力をどこまで生かして活用して、闘いを大きく出来るか、私はそう思っております。そこで、この救済を具体的に実行させるということを、私たちがどう取り組むのか。
  まず、責任をはっきりさせる。これ大前提です。つまり、何が悪くて、被害を発生させたのか、被害発生を防ぐためにどうすべきであったのかです。それをはっきりさせるのは当たり前のことです。だけど、それは判決でなければはっきりさせられないのか。裁判所に認めてもらわないと、責任ははっきりしないのか。勿論、裁判所に認めてもらった、大変結構なことです。特に、最高裁で勝つ。我々は筑豊じん肺訴訟で - 最高裁で初めての判決だと言われますが - 国の責任、国が、被害が発生することを防止すべきなのに防止しなかったことを認めた最初の判例であると言われます。私どもは、だから大変名誉なことだということで、実は、私どもの弁護団、何回か表彰を受けてます。表彰を受けて言うのも何ですが、私は、けっして名誉なことではない、恥さらしだと、実は思っております。何が恥さらしなのか。何も裁判所から認めてもらうことはないんです。
  私たちが、被害者が先頭になって、みんなで国民に訴え、こんなひどいことを国はやってるんだよ、とんでもないことをやってるんだよ。その結果、こんなにとんでもない被害に、今、たくさんの人が苦しんでるんだよ。国民に訴えかけていく、国民の理解を得る、共感を得る。これは、何も裁判所から認めてもらう必要はないんです。私たちが、自分たちの力で勝ち取れることです。

■敗訴判決を許さない闘い - 有明海訴訟

 逆に言うと、裁判で本当に勝ちたいと思っても、判決を私たちが書くことはできません。判決は裁判官が書くものです。これはどうしたって逃れられない。そうすると、私たちに敵意をもった、つまり、被害者を勝たせてはならないと、逆に、国を負けさせてはならないという方が正確なんですけど、国に、何がなんでも勝たせるべきだと思ってる裁判官がいるのは、これは如何ともし難い事実だと思ってます。何がなんでも、私どもを負けさせると、固く決意してる裁判官がいる。現に、私たちはそれで負けた例があります。つまり、到底実行不可能なことを言って、我々を負けさせる。
  有明の裁判でですね、因果関係、あの堤防を造って、干拓地を造った、そのために有明海に漁業被害が起きたことを我々は定性的に立証しました。全体の流れから言うと、それに決まってるでしょと。そうだと一審の佐賀地方裁判所は認めました。日本全国魚は獲れなくなったけど、有明は特にひどく獲れなくなった。我々はグラフで - 折れ曲がりと言いますけど - その後曲線が違ったでしょ、極端に曲ったでしょ、そう我々は言いました。だけど、控訴審の裁判所は、それを定量的に立証しなさい、どれだけの影響を与えたか、量的に証明しなさいと。我々が事業差し止めの仮処分で、佐賀で勝った後、高裁でひっくり返し我々を負けさせた裁判官は、ひっくり返した理由をそう言いました。その後、本裁判で、国側の証人が出て来ました。コンピューターを使って色々シュミレーションをやる。私が、「あなたの研究で定量的に立証するためには、あと何年かかると思いますか」と聞いたら、「まあ100年はかかるでしょうね」、つまり、そんなもの立証出来るわけないよという答えなんです。立証出来るわけないことを立証しろと我々に要求するというのは、我々をあえて負けさせるという以外の何ものでもありません。そういう判決を平気で書く裁判官がいるという厳然たる事実です。非常識です。
  水俣病の裁判で色々ご尽力いただいた白木先生 - 東大の脳の病理の専門家でありますが - このような判決例を、「整然たる非常識」「理路整然とした非常識」と言われます。そういう判決が、今横行致します。
  ということは、裁判に確実に勝つためには、そういう判決を書いたら許さんぞ、絶対に許さんぞ。誰が許さないのか。勿論、被害者が許さない。だけど、国民世論もけっして許さないぞ。これを裁判所に分からせることだと、私は思っております。そして、理不尽な道理に反した判決を書いたら、被害者は益々激昂するよ。正しい解決を求めて、今まで立ち上がることが出来なかった被害者まで立ち上がってくるんだよ。紛争は益々激化するんだよ。これを形で目に見せてあげる。高裁の仮処分決定で我々を負けさせた裁判官は、考え違いをしてる。我々を負けさせたら、国を勝たせたら、我々がしょぼんとなって潰れるに違いないと。国が考えている紛争解決というのはそういうことなんです。国が考えている紛争解決は、被害者を黙らせることです。どうしたら被害者を黙らせることが出来るか。手を変え、品を変え、やって参ります。水俣病の歴史、じん肺の歴史、全てそうです。被害者をどうやって黙らせるか。裁判なんかしてもだめだよ。負けさせてやろう。しょぼっとなるに違いない。   有明の裁判は、我々は佐賀の地裁で、仮処分で、事業を全部ぶっ止めたわけですね。それが高裁でひっくり返った。我々は原告1000人で闘ってたんですが、その内漁民は200人足らずでした。あとは市民の方でした。ひっくり返った1カ月後、我々は、本訴訟の漁民原告を1000名、追加提訴を致しました。漁民は怒ったんだよ。高裁のこんなとんでもない判決に、心から怒ってるんだよ。勿論、1カ月で1000人の提訴が出来るわけありません。つまり、私どもは、前から追加提訴は用意してたんです。勝って、追い討ちをかけて、一気に決着をつけるということでですね、漁民原告を1000名増やすという取り組みをやってました。ここが、私、大事なことだと思うんです。この方針は、負けたからといって変わることはないわけです。負けたら、余計腹を立てて、益々力を大きくする、拳がもっと高く振り上がるということです。本訴訟で1000名の追加提訴、つまりそれまで1000名だった原告を倍増させた。200人だった漁民原告から言うと、5倍増であります。しかも、一番弱かった熊本の地域の原告が一番たくさん参加を致しました。
  その後ですね、私どもは、公害等調整委員会、公調委と言いますが、そこに因果関係をはっきりさせてくれと申立していたんです。我々、楽勝だと思ってたんです。どうして楽勝だと思ったのかと言うと、専門委員という方を公調委が自分で持ってまして。その専門委員の先生方が、意見書を出すんです。その意見書の中で、因果関係を認めてたんですよ。専門の先生方、それも公調委のですよ、公調委が頼んだ専門家の先生方が因果関係があると認めるんだから、決定でも認めるに決まってるよねと我々が高を括ってましたら、見事に肩透かしをくらいました。さっきの議論です。定量的立証はされてない、定性的立証はしたけれども、という理屈で負けました。私どもは、高裁の裁判官はこの結論が分かってたんだなと。公調委がこの理屈で私たちを負けさすのが分かってたんだなと、私、妙に納得したんですけどね。私どもは、高裁の裁判官に、私たちを負けさせると、あとで公調委でひっくり返ったら大恥かくぞと。そんなばかなことはせん方がいいよと言ってたんです。しかし、高裁が平然と我々を負けさせたのは、なるほど、公調委でひっくり返ることはないと分ってたんだよね。そう納得しました。納得してただけじゃだめなんですね、公調委の後、我々はさらに佐賀地裁の本訴訟に500人追加提訴致しました。提訴した原告は、長崎の漁民です。ご承知かどうか分りませんが、長崎は事業の推進県だ、一枚岩で推進県だと言われてます。事業を推進すると言われてる県の中で、漁民は反対してるよ、こんなにたくさんの漁民が反対してるんだよ。高裁で負け、公調委で負けたって、漁民は決してがっかりなんかしてないよと。けしからん、益々紛争は拡大したことを形で示したわけです。そして、昨年、佐賀の本訴で我々が勝ったわけです。
  つまり、裁判官に、本気で勝つ判決を書かせようと思ったら、まず被害者が許さない。勿論、国民世論も許さない。我々を負けさせた時、全力をあげて判決は間違ってるという非難の行動です。我々が勝った時 - これ1紙の例外もなくと申し上げときます - これまで我々の悪口を言う立場の新聞社がないわけでもありませんでしたが、そこまで含めて、テレビニュースでも、この判決が正しいと、全国的に支持される状況を作りました。諫早、有明海と何の関係もない、東北とか北海道の新聞まで、トップで報道される状況を作り出しているわけです。

■被害者がいる限り闘いは続く

 大切なのは、そういう運動を作り出していくことだと私は思ってます。それは、誰がするのか。まず、強大な原告団、強く大きな原告団です。被害者が先頭に立つ、当然です。それを支える強大な弁護団。そして、それを本当に支えていただくのは、支援のみなさん。私は実を言いますと、支援という言葉はあんまり好きではありません。何か一方的に自分が応援するというふうに聞こえます。私は違うと思ってます。支援ではない、共闘だと思ってます。労働者のみなさん方、あるいは市民のみなさん方が、この闘いに取り組むのは、決して人助けの一方的なボランティアではないと、私は思ってます。自分も被害者、あるいは、今なってないなら、いつ被害者になってもおかしくない状況だ。自分たちの被害を防止するために、一緒になって闘うんだと。これが支援だと、私は思ってます。だから、共闘組織だと思ってます。この力が強大な力にならなければいけないと思ってます。
  ですから、この裁判も、拝見しましたら、追加提訴を繰り返しておられます。私は当然だと思ってます。出来れば、その追加提訴がますます数が増えていく。原告がどんどんどんどん増えていく。もちろん、弁護団も支援組織もどんどん増えていく。闘いはどんどん大きくなっていってるよと、目に見えるように。とりわけ、裁判官の目に見えるようにする。これは追加提訴していけば、嫌でも目に見えるわけですから。さらには署名運動の署名数がどんどん積み上げられていけばいいのですから。ということがまず1つではないかと思います。
  最後の1人まで救済すると言う以上は被害者を最後の1人まで見つけ出さないといけないわけです。最後の1人まで、被害者として手を挙げてもらわなければならないわけです。そのための掘り起こし活動、これをどうやるか。これ実は、水俣の決め手でありました。筑豊のじん肺でも被害者の掘り起こし、随分熱心にやりました。その時の視点は、企業にこだわらない。工場内労働者、これはある意味でははっきりしてます。工場内で働いてた人は、ある意味はっきりしてる。だけど、被害者は工場内労働者に止まらないと、近隣の住民の方も一緒にこの裁判は提訴してる。
  被害者は工場周辺の労働者市民だけではないのが、アスベストの問題点です。例えば、建材で、日本中ばらまかれてる。小学校で、中学校で、アスベストの建材がいっぱい使われてる。とんでもない話だと、どうするんだと、今問題になっております。つまり、日本中総被害者。うちの家も、アスベスト使ってないのかって、私、うちを建てた大工さんにすぐ聞きました。「もう、あんた使ってないよね」「使ってないと思っております」「本当かね」という話になるんですよ。だからですね、言ってしまえば、これは無限に組織拡大出来る課題ですよね。私は、無限に拡大すべきだと思ってます。敢えて申し上げますが、たとえ何十年かかろうと、と思ってます。私は、水俣では100年戦争だと言ってます。それは、次世代まで影響が及ぶことは明らかだと確信してるからです。だから、水俣は100年戦争をあくまで続ける。絶対に止めない。被害者がいる限り、最後の一人まで闘いは続くんだと。
  もう1つ、私どもは絶対に負けないと言ってます。どうしてか。勝つまでやるからです。1度や2度負けたからといって、それがどうした。我々は勝つまでやる。もう少し言うと、要求を実現するまでやる。最後の1人の被害者の救済まで頑張り抜く。これが水俣病の弁護団のスローガンです。最後までやり抜くんです。そして、それは今、有明の闘いに引き継がれて、有明の取り組むみなさん方のスローガンになってます。『我々は絶対に負けない。勝つまでやるからだ』ということです。だから、一度は勝った仮処分が高裁で負けても、私たちはめげるどころか、ますますたたかいを拡大した。私は、当然そうあるべきだと思ってます。被害者の救済、それから被害の根絶、これを実現するためには、本当に実現する日まで闘い抜く他ない。そのための力をどうやって蓄えていくか。そこが勝負だと思ってます。
  そして、大きく世論に訴える。その時訴える中身は、やはり大きな志だと思うんです。『私を救済して下さい』、勿論、大切です。それが出発点です。だけど、多くの国民の方たちの心を掴んだのは、『もう被害者は私たちを最後にして下さい、これ以上被害者を作らないようにして下さい』、やっぱり、この訴えだと思うんです。その訴えを尽くしていけば、国民世論は必ず支持してくれる。そのためにどうしたらいいのか、正しい道筋を指し示す。その正しい道筋が指し示されれば、当然、共感を得ると思ってます。
  是非ですね、この裁判が先頭を切って判決をとるわけです。判決をとったからといって、すぐ物事が解決すると、そういう生易しい問題ではない。その通りです。だけど、私たちが、その解決を勝ち取るんだよ、最高裁まで行くのは恥さらしなんだよ、その前に解決しきらなきゃだめなんだよ。
  私は、筑豊じん肺で最高裁で勝った時に、お亡くなりになった遺族のみなさん方に、申し訳の言葉がない、心からお詫び致しました。こんな大変な裁判だから時間かかったのはしょうがないじゃないか。最高裁で勝ったじゃないかと。そんなことをどの面下げて、お亡くなりになった被害者に言えるのか。私はそう思っております。生きてる内に救済を、と。当然のことです。わが弁護団、これは水俣病ですけど、水俣病の弁護団が、遺族の方からこう言われました。後で勝ったからと言って、布団を墓にかけてやるわけにいかんよと。その通りだと思うんです。
  1日も早く要求実現を勝ち取る。最高裁まで行くのは恥さらしだと。出来れば1審で決着をつける。1審で決着つけられなくても、高裁で判決までとる必要ありません。それまでに決着をつけりゃいいんです。という心意気で、総力を挙げて頑張り抜こうじゃありませんか。そして、それはみなさん方の力だけではない。地域の連帯した力、勿論、当然必要です。それを、全国に働きかけて、全国の結集した力にする。地域の闘いを全国の闘いへ、全国の心ある国民のみなさんの共感と支援の力を結集して要求の実現を、というふうに思っております。
  色々雑駁なことを申し上げました。何か参考にしていただけることがあれば幸いでございます。以上で終わらせていただきます。


尚下線は当ブログが引きましたので念のため。

現在の日本のおかれている状況 

ジャーナリスト同盟通信が、現在の日本のおかれている状態を詳しく分析しておられるので、ここにコピーさせて頂きます。
日本人がマスコミに誘導されるままに、現在の政権のやろうとしている事を許し続けていたら、
日本人はこれからどんな地獄を見せられる事になるか、
空恐ろしくなるような状態に、今の日本は置かれているのです。

そのことを既にご存知の方も多いでしょうが、
「事情を知らないまままだ政府の戦争容認政策に賛同している人々」に読んで頂いて、
一人でも多くの方に、目を醒ましていただきたいと願っています。

本澤二郎の「日本の風景」(1271)
<悪夢のCIA工作?>
 ワシントンの産軍体制・ネオコン関係者は、現在どんな心境なのだろうか。多分、日本の改憲軍拡世論操作に自信をみなぎらせているに違いない。いまや産経・読売・日経の新聞テレビだけではないのだから。むしろ彼らが多少、気にしている点はオバマ変身であろう。しかし、下院は共和党が多数を占めている。依然として対日工作は、これまでの延長戦で走れる、それもあと一息だ、参院選勝利後には、9条を解体して日本軍を自由に戦場に送り込める、と睨んでいるのであろうか。その先は?日本人にとって悪夢である。その恐ろしい対日工作は、その全貌をさらけ出してきつつある。改めてCIA工作に驚愕するばかりだ。




<発端は尖閣上陸事件>
 日揮事件にかこつけた世論調査が、マスコミによって喧伝されている。自衛隊の海外展開をするための、自衛隊法改悪支持するという国民が多数なのだと。こうした世論の変化を、どれほどの日本国民とアジアの人々が、まともに受け止めているだろうか。悪夢が徐々に現実になろうとしているというのに、である。
 既に当事者の日記から、過去にCIAはA級戦犯容疑者の岸信介を官邸に送り込んだことが判明している。今回はその孫をも成功させた。有頂天する彼らの様子が手に取るように見えてくる。
 このさい、感情に流されることなく、急変している内外政治潮流を冷静に振り返ってみよう。問題の発端は、香港活動家と報じられた人物の尖閣上陸事件だった。これが石原決起へとつながる。お忘れではあるまい。この活動家は、既にCIAの秘密工作員として発覚している。中国のネット社会で大騒ぎになった人物だ。
<主役はCIA秘密工作員>
 この髭の活動家は、中国のネット社会では有名人なのだ。彼は上陸の際、中国旗と台湾旗の2本の旗を掲げて上陸するという手の込んだ方法を選択した。その後にネット上に、これが掲示されると、台湾旗マークをなぜか消して、問題を荒だてた。
 当時、CIAがどうして足のついている人物を起用したのか、という疑問に対して、専門家はCIAの資金不足のせいだと回答した。この人物は以前に反中活動家としてネット上で暴露されていた。
<石原訪米と尖閣購入発言>
 尖閣は俄然、中国や台湾の漁民を巻き込むことになる。既に火種はあった。中国漁船の海上保安庁による拿捕事件である。ご存知、日中分断工作がワシントンの陰謀として、その筋では知られてきた。「アジア人同士を戦わせる」という手品は、戦前の大英帝国が用いたものである。
 それはさておく。「アメリカにNOといえる日本」という本で有名になった石原慎太郎都知事が、突然、ワシントンを訪問した。ワシントンの産軍体制・ネオコンのシンクタンクで知られるヘリテージ財団へ出向いて、東京都が尖閣を購入する、と宣言したのだ。
 尖閣上陸事件に次ぐ新たな行動である。CIAと共闘した石原を裏付けたのだが、当時はそのことを分析した専門家もマスコミも存在しなかった。興味深いことに、この石原・ヘリテージの連携を支援する中曽根康弘の盟友・ナベツネの読売新聞は、最初のワシントン電でヘリテージ財団に招かれてと報じながら、あとで消した。どういうことかというと、CIA工作の露見を隠ぺいしようとしたからである。
 双方の狙いは、領有権紛争が一番手っ取り早い右傾化世論操作の方法だからである。それまで全く無関心で気付こうともしなかった尖閣問題が、茶の間の庶民の関心を引き付けるようになった。マスコミの全てが大々的に報道を開始したからである。
 無知な日本国民は、こうしてCIA工作に呑みこまれてゆく。小沢事件もそうだったが、新聞テレビはワシントンの立場を擁護して報道する不思議なメディアなのだ。このことさえ理解出来ない日本人はまだ多い。マスコミだけではない。財閥・官閥・政治家・法曹人も、彼らの中核はみなワシントンに懐柔されている。台湾や韓国もそうである。
<野田の国有化宣言>
 ワシントン工作は野田内閣にも、当然のことながら伝染した。石原に連動しての野田首相の尖閣国有化宣言である。このことについて、野田は直前に胡錦濤国家主席から「それだけは止めてほしい」と懇願されていた。これに中国の政府と世論が硬化して当然だった。9・18反日デモは、300カ所を数えた。中国全土に及ぶ空前絶後の事態に発展した。
 それは他方で、欧米諸国が喝采した瞬間となった。日中対立の経済的おこぼれが欧米に流れるからだ。日本の経済的損失は計り知れない。正に、CIAに手玉に取られた日本人と政府だった。
<日中対立>
 改憲軍拡への世論操作は、CIAと石原・野田の連携する過程で見事に花開くのである。日中友好40周年に合わせた、それを否定する逆転劇となった。これらの損失は計り知れない。日本企業は貿易の損失によって多大な犠牲を払っているが、それよりも両国の人民に新たに刻印された心の傷跡の方が、はるかに厳しい。
 両国に日中友好派がいるとすれば、この損失に茫然自失するばかりだろう。政治で破壊した城壁は、政治によってのみ修復可能である。ゆえにアジア重視の小沢・鳩山に期待した筆者だったのだが、彼らもまたCIA工作の手先となったマスコミによって、噴き出した芽を12・16選挙で摘まれてしまった。
 筆者が1年前に期待し、予測した政治変革は無念にも挫折してしまった。日本の新聞テレビが、これほど腐りきっているとは思えなかったからである。

 新聞テレビの責任なのだが、彼らもまた財閥資金とCIAに取り込まれてしまって、正論を吐けなくなっているのである。ジャーナリズム不存在の日本なのだ。数日前NHKは、ミャンマー民主化の行方を取り上げた実録報道をしたという。かの国でも、報道の自由は政府や資本の前に屈している。不正追及に政府・議会・資本から圧力を加えられる始末なのだ。その苦闘ぶりを報じたというのだが、戦後67年も経たNHK自体が、現在もミャンマーレベルではないか。新生ミャンマーの新聞は、もがき苦しみながら報道の自由確保に苦闘している。だが、NHKは豊富な給与体系もあってか、そうした苦悩さえ感じていないのではないか。そこが何としても悲しくてわびしい。
<石原新党>
 ワシントンのネオコンの対日指令は、原発の維持推進と1日も早い9条解体、そのための世論操作、そのための石原の尖閣問題の表面化であったことを確認出来るだろう。80歳の老人をおだてあげ、決起させたCIA工作もしたたかである。
 尖閣に火をつけ、日中友好を崩壊させ、右傾化世論を噴き上げさせて、続いて新党を立ち上げさせた手口は、敵ながらあっぱれだ。石原はというと、マスコミが人気者に仕立て上げた大阪の若者をおだてて、まんまと「維新の会」という古式騒然とした新党名の代表に収まった。議会内部から改憲軍拡体制構築を推進するためだ。このことは彼の再三にわたっての発言で判明している。
 石原は、露骨に平和憲法を誹謗し続ける選挙戦を推進した。これにマスコミは、批判もせずに屈するだけだった。無力化したマスコミ、それどころか右翼公約の宣伝機関になり下がってしまった。新聞テレビに左右される日本人は、昔も今も変わらない。
 67年前に平和国家路線を約束して国際社会に許されて登場した日本だということなど、すっかり放棄する石原演説だった。
<安倍の改憲軍拡公約>
 極右・国粋主義者の石原に歩調を合わせたのが、政権奪取目前の安倍・自民党だった。そんな極右・自民党に清き1票で支援したのが、日ごろ平和を喧伝する宗教政党だった。まるでマンガの世界が、12・16選挙で現実化したことになる。
 安倍は日銀から円札を刷る輪転機を奪い取って景気をよくする、と言い張った。他方で、平和憲法を改悪するのだと吹聴した。世の中が様変わりしてしまった総選挙となったのだが、このことにも内外のマスコミは気付かなかった。恐ろしい日本の船出に沈黙を守った。ただ見守るだけで、なすすべがなかった。
 有権者の多くは、原野で草を食むだけの羊の群れでしかなかった。極右のなすがままの日本へと人々は駆り出されていることに、全く気付こうとしなかった。それは知識人のいない日本だった。そのはずだ。3・11で東北はおろか地球を放射能で汚染、死の大地・海洋にしておきながら、それでも原子力ムラは健在なのだから。
 期待された小沢新党に対して、読売ナベツネ新聞を先頭にマスコミは、こぞって数年前からの小沢叩きに専念した。ワシントンの鎖に、がんじがらめにされた新聞テレビに愕然とするばかりである。
 安倍も石破もそろって改憲軍拡のドラを叩きまくった。それでも敗北しなかった。
<自民圧勝と不正選挙疑惑>
 不可解な選挙結果が待ち構えていた。自民党は圧勝した。連立を組む公明党と会わせると、3分の2を超えてしまった。
 自民党は前回の2009年総選挙で民主党に大敗北を喫した。その時の得票に及ばなかったのだが、議席は天地の開きがあった。選挙制度にも問題はあるのだが、それだけではなかった。
 外国のメディアは「国民は原発反対。ところが、反対派はほとんど当選しなかった。不思議な結果となった」と報じた。
 不正選挙がネットで大々的に報じられた。現在も。筆者も驚いたのだが、選挙の用紙から投開票、保管・運搬を、一つの民間企業が請け負っているという事実が、初めて露見・発覚した。正直、本当に驚いてしまった。
 機械式開票読み取り機のプログラムが多少、操作されるという事実も判明した。保管・運搬のさいに票の差し替えも可能だということも判明した。実際に不正は行われていた、という疑惑だ。不可解な選挙結果が、そのことを印象付けている。内部告発が出てくるのかどうか、今も筆者は注目している。
 有権者のわずか10%台の得票で、3分の2近い議席を確保した自民党?こんなことを信じろ、という方が無理だろう。たとえ選挙制度が問題だとしても。
 この問題の選挙屋は「ムサシ」。筆頭株主の上毛実業の実質オーナーは、巨大な米投資会社がコントロールしていることも判明した。投開票のプログラムは富士通が作ったものであることも判明した。
 この選挙屋疑惑を自民党から共産党までが沈黙している。東電福島原発事件に対してと同様の態度である。不思議な日本の議会である。ジャーナリズムでは、日刊ゲンダイしか報道していない。
<韓国大統領の竹島上陸>
 日本人を憂鬱にさせる事件は、同じ価値観を共有していると決めつけてきた韓国からも飛んできた。かの国は当然のことながら従軍慰安婦問題を提起して久しい。真っ当な主張である。
 それに野田内閣は応ぜず蹴飛ばしてしまった。その先に韓国大統領の竹島上陸問題が発生した。韓国の人々が支持して当然だった。筆者は李明博大統領の決断の裏にCIAの存在が見える。
 中国・韓国とさらに北方領土のロシアから封じ込められている日本を印象付けることで、日本人の脳細胞を右傾化させるという作戦である。大成功だろう。
 韓国もまた政治経済の全てをワシントンに牛耳られている。韓米FTAの締結もそのひとつである。日本にはTPPが襲いかかってきている。
<日揮大事件>
 日本国民の右傾化大作戦の極め付きは、海外で働く日本人を殺害することである。数人の旅行者の拉致は一過性で印象に残らない。しかし、大企業社員それも多くの日本人を殺害すれば、改憲軍拡の勢いに拍車がかかるだろう。
 筆者は事情通の情報などから、アルジェリアの日揮社員殺害事件を追及してきたのだが、それは大がかりな欧米の諜報機関が仕掛けた事件と断定するに至った。
 それは尖閣問題などと結びついている日本人右傾化・改憲軍拡の潮流を作り出す一環なのだ、ということである。
<改憲軍拡世論づくり>
 1993年にアメリカ取材をしたことがある。日本の改憲軍拡の元凶を確かめようとして1カ月かけて国務省・国防総省・ヘリテージ財団・ニューヨーク株式市場・軍需産業・米議会研究者など関係機関を総なめにした。
 ヘリテージ財団は日本からのレアメタルの提供を求める要望が印象に残る。武器輸出3原則の緩和だ。既に実現している。国務省日本部長は沖縄の世論に神経をとがらせていた。
 当時のワシントンは、クリントン政権が誕生したばかりでリベラルが支配的だった。読売・改憲論に関係者は驚愕していた。政府関係者は日本財閥の経済暴走に関心が向いていた。
 ワシントンが公然と9条解体を叫んだ人物は、海軍出身のアーミテージ国務副長官である。小泉内閣からである。イラク・アフガン戦争からだ。自衛隊を米軍の手先に悪用したいという、ネオコンの強い意向である。
 それが数日前に紹介した5人の対日調教師だ。彼らは日本の戦争国家体制づくりの工作人といえるだろう。産軍複合体の代理人である。
 ワシントン事情に詳しい専門家にとって常識に属する事柄である。しかし、彼らはそれを明かさない。永田町にうつつを抜かしてきた筆者にとって、5人の調教師の存在は新しい視点である。
<覚醒せよ!日本人とアジア人>
 いま欧米は経済危機の渦中にある。人々の目を外に向けようと必死である。それはアジア各国とも同様である。人々の目を外部に向けさせて、内部の矛盾に蓋を掛けさせようと必死なのだ。
 欧米の古い策略は、アジア人同士争いをさせて、漁夫の利を得るというものだ。これがワシントンやロンドンの秘密工作なのである。大英帝国の手口を今ワシントン帝国が採用している。
 彼らはそのための日本改造、ワシントンの手先となって戦争をする日本改造実現に必死なのだ。そのために安倍内閣を誕生させた。石原新党もその流れの一環である。CIA工作は着実に進行している。むろん、アメリカの一般市民は無関係だし、知らない。
 問題は、これに傍観者でしかない日本人とアジア人である。覚醒を求めたい。魯迅の心境である。
2013年2月4日9時45分記

石橋湛山の「小日本主義」 

ブナ林便りの記事に、石橋湛山さんの小日本主義の事が紹介されていた。
石橋湛山さんは大日本帝国華やかなりし大正10年、既に大日本主義の先行きのなさを説き、小日本主義を唱えておられたそうである。
ノリオウエブの記事をコピーさせて頂く。

■ 石橋湛山 -先見の明あり-


 石橋湛山内閣はわずか二ヶ月と短命であったが、彼の戦前・戦後 を通じた思想の一貫性、「その先見性には驚嘆せざるを得ない」(石 田博英著・石橋政権71日)ものがある。

 石橋は大日本帝国時代の大正10年に小日本主義を唱えている。 「朝鮮、台湾、樺太も捨てる覚悟をしろ、支那やシベリアに対する干 渉は勿論やめろ。これ実に対太平洋会議策の根本なり」。

 植民地保有について石橋湛山は「朝鮮の独立運動、台湾の議会 開設運動、支那およびシベリアの排日は、既にその前途何なるかを 語っておる。我が輩は断言する、これらの運動は、決して警察や、 軍隊の干渉圧迫で押さえつけられるものではない。そは資本家に対 する労働者の団結運動を、干渉圧迫で押さえつけ得ないと同様で あると。…‥‥即ち大日本主義は、如何に利益があるにしても長く 維持し得ぬのである」と喝破している。

 石田博英は昭和60年刊行の「石橋政権71日」の中で、「この予言 的論文が書かれて65年。『大日本主義』の惨憺たる破綻を経て、戦 後日本は石橋湛山の『小日本主義』の道を歩み、経済大国の地位を 得た」と石橋湛山の先見の明を称えている。

 石橋は第二次世界大戦中もその姿勢を変えなかった。自由主義を 捨てず、政府の方針に批判的な論説を続けた。

 清沢洌の暗黒日記にも「日支事変以来、僕の周囲のインテリ層さ え、ことごとく戦争論者であった。小汀利得君も、太田永福君もそうで あった。事実これに心から反対したものは、石橋湛山、馬場恒吾両君 ぐらいのものではなかったかと思う」(昭和19年4月3日)、「7月29日 号『東洋経済』は石橋君の筆として『東条内閣は民心を喪い、広く天下 の人材から見放された』と書いている。過去の内閣にしても、これだけ 書けるのは石橋君以外になし」(7月29日)とある。

 石田博英によれば、石橋湛山は昭和19年10月、小磯内閣の 石渡荘太郎蔵相に勧めて「戦時経済調査室」を設けさせた。その目 的は、極秘裏に敗戦後の日本経済の復興策を研究するにあった。 中山伊知郎、大河内一男、工藤昭四郎等が委員で、幹事役は山際 正道・大蔵省総務局長であった。この会議の席上でカイロ宣言が話題 に上った。これによれば、日本は敗戦後 四つの島に縮小されてしま う。四つの島で生きていけるかが議論された。出席者全員が「巨大な 人口をかかえた日本が四つの島に押し込められては、とても戦後の 日本は再建できない」と悲観的見通しを主張した。石橋湛山だけが 反論した。「日本は四つの島でやっていける。それどころか、軍事費 や植民地経営費が不要となるから、世界の経済大国になることも夢 ではない」と断言した。

 中山伊知郎は後に「四つの島での生き方を徹底的に考えていた 石橋さんには歯が立たなかった。議論ではすでに負けたし、その後 の事実の進行では、いっそうはっきり負けた」(中山伊知郎「卓見」、 長幸男編「石橋湛山ー人と思想」所収)と回想している。

 石田博英は著書の「私の政界昭和史」のなかで「戦後日本の発展 はこの石橋先生の考え方、すなわち『小日本主義』の正しさを実証し た。あの破壊と混乱の時代に、これだけの確信を持って日本の発展 を見通した者は、石橋先生以外にない」と石橋の先見の明を絶賛す る。

 目先の課題にモグラたたきを繰り返すような昨今の政治家やパフ ォーマンスでの人気取りに終始する政治家をみていると、石橋のそ の透徹した歴史観、先見性には深く感服するものがある。


世界が第3世界化している。 

世界には第1世界(欧米)と第2世界(社会主義諸国)と、第1世界と第2世界から略奪される第3世界があるが、
近年第1世界と第2世界の中の1%を除く99%の人民の、第3世界化が進んできた。
今第3世界の国民と、第1第2世界の中で第3世界化した人民の怒りが爆発して、
世界が混沌としてきている。
此れを鎮める為には如何するべきか、
方法を間違えると、1%の人々も99%の人々と共に奈落の底に落ちる事になるかもしれない。
今日本では1%の人々が、99%の人々の心配を無視して、目先の利益(原発利権・TPP・消費税増税)に邁進しているが、(日本の場合は1%と言うよりは、宗主国と言うべきかも知れないが・・・・・)
同じ地球に住んでいる以上、生物は皆運命共同体であるという事を、彼ら1%は忘れているようである。

ブナ林便りの吉田悟郎さんが書いておられるものの一部をここに引用させて頂く。ここ20年、世界にはかくも大事件が続いて起きて来た事を改めて思い出させられる。(こちら

世界中の人民から苛酷に絞り取り続けてきて、
世界中を第3世界化(被掠奪民化)に成功しようとしている1%の人々は、
現在、多分彼らも想像だにしなかったであろう苦悩の最中にある。

世界の1%の人々は自分達が繁栄する為にも、
99%の人々を地獄に落としはいけない。
地球上の生物総てと共存共栄を図らねば、彼等も奈落の底に突き落とされるだろうという事に、一刻も早く気づいてほしいものである。

日本のことで言えば、原発事故が再び起きたら日本の支配層も総て、日本人として亡国の憂き目を見ねばならなくなるという事である。
 では吉田さんの記事の引用を始める。

1991年7月2日、韓国ソウルのソウル大学湖巖教授会館で日韓歴史教育セミナーが『21世紀を志向する歴史教育』という主題で研究会議を行った。記録は、1992年11月に三省堂から西川正雄編『自国史を超えた歴史教育』として公刊されている。まず、ご存知でない方もいるだろうし、この会議の日本側の主催者である比較史・比較歴史教育研究会は2012年今年に入って任務完了として幕を閉じたので(以下中略)
  
<吉田悟郎は、基調講演で、現代世界の危機と混沌の本質を、
ともに西欧近代文明に起源をもつ第一世界(欧米勢力)と第二世界(ソ連などの社会主義勢力)の「第三世界化」ととらえる。
これまで第一世界と第二世界は、「冷戦」というかたちでたがいに対立しあいながら、時には協調しあって第三世界を支配してきた。
ところが、この過程で第一世界も第二世界も、自らのなかに抑圧され切り捨てられた諸社会、諸地域、諸民族を生み出した。これらは第一世界・第二世界の内部にできた第三世界であり、これらの人々の異議申し立てが第一世界・第二世界の第三世界化なのである。
この傾向は、一九世紀末以来の第一世界の世界支配─やがて第二世界が加わる─に抵抗しつづけてきた第三世界の本格的な異議申し立てと連動しあっており、ここに今日の危機の本質がある。
それは、西欧近代文明の支配の崩壊としての「破局」といってもよい。
それでは、この破局から次に何が出てくるのか。
吉田は、「全世界および世界史の第三世界化」であるとして、第三世界の視点からの世界史認識を提唱する。
そのためにはまず、西欧近代文明がつくりだした「国民国家」の枠組みを克服することが必要である。
吉田は、第三世界との対比で、西欧近代的国民国家の枠組みをつぎのように列挙する。

①異性・個別性などを排除し否定する、一元性・均質性・整合性。
②多元的多層的な関係性・多義性・相互浸透性・周辺性などを否定し、敵視し、体系性のみを目指す。
③無境界性に対立し、これを抹殺して境界性を固めようとする。

 こうした枠組みを確立することによって生まれた西欧近代強国は、全世界にわたって極めて抑圧的・階層的・序列化的構造をつくりあげた。これが西欧近代資本主義的世界秩序であり、一九世紀から二○世紀にかけて、これら強国に生まれた帝国意識・大国意識がこの枠組みを強化した。
脱亜入欧的近代化の道をたどり、欧米強国に追随して強国の列にのし上がった日本・日本人は、西欧近代国民国家の枠組みにとらわれ、今日の「破局」の意味がつかめないでいる。
今日の「破局」に主体的に立ち向かっていくためには、国民国家の枠組みの徹底的な相対化と、これを支えてきた西欧近代文明総体(その日本的ヴァリエーションも含めて)の内在的検討が必要である。
それはまた、西欧近代文明を構成している人間優越主義(自然と人間の分離)、
科学万能主義(西欧近代科学の独走・理性の絶対化)、
工業主義・生産力主義(資本主義および従来の社会主義)、
いわゆる市民社会とナショナリズムの徹底的再吟味にほかならない。

こうした作業を通して、吉田は、これらの観念が、
ヨーロッパ・ヨーロッパ人の自己確認のための思考枠、
アジア=東方世界を管理・指導するための世界観・歴史観にもとづいていること、
「自由」「民主主義」「法と正義」「国際秩序」「平和」「人権」などは人類普遍のものではなく、
特殊な西欧近代に由来する一つの価値群・理念群に過ぎないことを明らかにし、
第三世界的諸特徴、すなわち差異性・関係性・相互浸透性・無境界性などの観点から見直すべきことを主張する。
第三世界とは、「自分の国をもてない人々、自分の国だけに縛られない人々、あるいは自分の国にこだわる場合でも自分たちがこれからかちとろうとしている国が別にあると考えている人々、自分の在り様を政治的に選び、闘い取っている人々の世界」である。
それは時々刻々と新しい民族が形づくられるアイデンティティ複合」の世界である。
 吉田は、ハードで一元的な西欧近代的国民「国家」にソフトで複合的な第三世界的「民族」を対置し、
そこに世界史と自国史の統一的把握の場をおき、
そこから世界の人間の共存の未来を見いだす努力を試みようと述べたのである。>
1991年7月ソウル大学湖巌教授会館での日韓歴史教育セミナーの基調講演を準備した、その時は世界史でいえばどういう時であったのか。1989年ポーランドはじめ東欧諸国の一連の民主化革命のなかでベルリンの壁も崩壊した。

アジアでは同年6月4日、天安門事件がおきている。第二次大戦中ナチスドイツとの密約で非合法に合併したバルト三国もソ連軍の介入を排して1991年独立した(当時、在露日本大使館の分析官であった佐藤優の『自壊する帝國』(新潮社、2006年)が裏話をルポしており面白い)。1989年にはソ連軍は8年半戦争を続けたアフガン戦争の泥沼から撤退を完了しているが、1991年の夏、ソ連守旧派の党官僚による8月クーデターの失敗はソ連とソ連共産党の崩壊を決定的にした。
ロシア共和国、白ロシア、ウクライナ三国の国家共同体をつくり、ソ連に代わる枠組みで切り抜けようとし、ソ連の存在意義はなくなった。1991年12月25日、ゴルバチョフはソ連大統領を辞任しソ連は完全に解体消滅した。
 中東ではイラク軍のクウェート侵攻により米国ひきいる多国籍軍が編成され、湾岸戦争が始まり、多国籍軍の圧倒的勝利でクウェートは「解放」され、停戦となった。
戦費五分の一を負担した日本は、戦争終了後に自衛隊の海外派遣に踏み出す。
この間、後に注目される中東における大事なことが進行していた、
アフガンからソ連軍を追い出すためにCIA とパキスタン情報局がムジャヒディーン(イスラーム義勇兵を訓練し養成し武装化させ、ここにアルカーイダが生まれたことと、このアルカーイダの活動の中からビン・ラーディンが台頭した(ビン・ラーディンは1989年2月のソ連軍敗退撤退後、反米活動に転じた)ことである。
1991年7月という時は、世界史の一端をふりかえると、このようなピークであり、今日につながる要因が見てとれる。
この1991年、私は70歳、翌1992年成瀬治さんに代わって比較史・比較歴史教育研究会の代表をつとめる。
それから十年経過して2001年は9.11事件(並行ハイジャック・NYのWTCツインタワー崩壊とワシントンのペンタゴン破壊という連続テロ事件)をきっかけに、
米英などがアフガニスタンでイスラーム世界相手の出口なき「反テロ世界戦争」を開始。
日本は後方支援の名目でインド洋・イラク・クウェイトへの自衛隊派遣へと踏み込んでいく。
 そして、それから十年、2011年チュニジア・エジプトはじめ中東で新市民革命(板垣雄三の「世界を変える新市民革命の足音」“DAYS JAPAN”Vol.8 ,No.9、『世界』2011年9月号)が拡大。
そのさなか東日本大震災と福島第一原発事故(メルトダウン)とが発生。
米国は債務不履行に陥る危機と向き合い、世界を動かすドルの威力は失墜。
以後、米国の世界覇権はガタ落ちを続ける。(拙稿「極東の地殻変動と中東の地殻変動」「終りの終りは今始まったばかり」)
私はこの前年2010年12月に、“Form高校生新聞”に、1991年のソウルでの報告にも触れた「自由・平等・民主・人権について思う」を投稿している。
まず、日本の宗主国である米国は、反テロ戦争の継続の中で自由も民主も平等も人権もともに衰弱したが、米国市民もただ我慢してはいなかった。Occupy運動、1%の独裁と横暴に抵抗して99%の抗議と改革の声をあげつつある。
 西欧ではスペインのM12-M15全国的な怒れる市民の「真の民主主義」を求める決起(RAMON BOOKサイト、童子丸開さんのルポ)、
ギリシアにおける急進左翼連合の台頭,
ドイツでも“ブロキュパイ”のデモがフランクフルトのヨーロッパ中央銀行前で銀行の貪欲を批判し、
同じく政府の緊縮財政に苦痛を与えられているギリシアなど他のヨーロッパ諸国の市民との強い連帯を叫ぶ。西欧の“99%”は、欧州危機の本質は投機の問題もあるが、緊縮財政というよりもサブプライム・バブル崩壊以降の銀行の不良債権処理の失敗にあることを見抜いている。
世界の金融資本はバブルの崩壊→金融緩和政策→次のバブルの発生→バブルの崩壊という悪循環を繰り返してきた、そのたびに異常な好景気と異常な不景気をくりかえし、市民の生活を混乱させ多大の苦しみ・絶望を与えてきた。
生産性を向上させ実体経済を育てることこそ99%の市民には大事なのに。
銀行、投資企業、さまざまな金融機関は、零細あるいは中産の市民の住宅ローン、あるいは学生ローンなど、年金や先物を賭けた冒険的な預金などをかき集め、巻き上げて太ってきた。
それに対して金融取引税=ロビンフッド税の要求が、富や金を巻き上げられた中産・零細ともに没落しつつある“99%”から出てきたのも当然である。
あの米国でも全米看護師聯合(National Nurses United)が、ウォールストリートに対するロビンフッド税を要求し、シカゴでG8サミットにあわせてデモ行進を行なった。
米国のウォール街占拠運動は2011年9月以来久々の左派の大衆運動としても継続している。

 2011年9月30日のNY市民総会での公式声明にいわく、
「アメリカと世界の富が1%の人たちに握られていること、この富の偏在こそ、あるいは富の偏在がもたらす現代の社会関係こそ、問題である」とし、その変革を主張している。
同時に、企業と企業活動については、民主主義的政府の正統な権力は人民に由来するが、企業は誰に同意を求めることもなく人民や地球から富を簒奪しており民主主義のプロセスが経済権力によって決定されている間は、いかなる真の民主主義も実現不可能である、という現実を認識している。
人民よりも自分たちの利益を、
公正よりも利己的な関心を、
平等よりも抑圧を優先するさまざまな企業が私たちの政府を動かしているこのとき、あなたがたによびかけている。
「私たちは・・・ここに平和的に集まっており、それは私たちの権利である。世界の99%の人たちは、世界の企業勢力によって不当な扱いを受けている。つまり、何よりも利益を追求する世界の企業活動が、富を簒奪し政府を動かし、人民の権利を踏みにじっていること。そして、占拠運動はどのように運営され、支持され、広がったのか? 自主的自発的な人々の連合体として運営されている。そして、市民の支持を受け、増え続けている。その多様な参加者。カナダでも市民・学生・女性の決起が見られる、毎日のそういう模様はいくらか“DEMOCRACY NOW”サイトなどで窺い知られる。
そして中南米では、ボリビア・ベネズエラやチリその他で同様な変革への動きが始まっている。これは中南米の政治経済サイトでやはり報道されている。
こうして、2011年から2012年にかけて、アラブの春にはじまり、ヨーロッパ。カナダ。米国、中南米と改革と変革を求める99%の市民の決起がひろがっており、それらの共鳴、共振の相互関係は、かつて人類史には見られなかった新しい夜明けを予感させるものがある、
日本の、福島の女性たちが先頭を切った反原発・生命と権利を求める運動は、以上のような世界の春に合流し、その一翼をになうことが世界から期待されるようになりつつある。

 水俣の闘い、沖縄の闘いもこういう日本の市民たちの覚醒と決起を支える闘いである。
板垣雄三の“DaysJapan”2012年4月号の「十代の若者たちにあてた手紙」のよびかけ、ティーンエイジャーズへのアピールも、こういう世界史、人類史のあけぼののなかで起草されたものであろう。

1991年7月ソウル大湖巌教授会館での日韓歴史教育セミナー冒頭の私の基調報告(基調講演と指定されていたがおこがましいので)は、二十一年の経過を経てどれだけ有効であったのか。
提案の「第一・第二世界の第三世界化」という見通しと「21世紀の予想される第三世界の本格的異議申し立て」という予測と判断は、
2011年中東での地殻変動に始まる“アラブの春”からヨーロッパ・中南米・カナダ。アメリカにひろがる、いわば“99%”の市民の決起と異議申し立てとなり、
2012年5月、今も、継続・成長しつつあるではないか。
「西欧近代的国民国家の枠組みの特徴」:としてあげた諸特徴はまさに自分たちを縛る桎梏と自覚され、
それに対比して「第三世界的特徴」として挙げた「ソフトな人類の諸特徴」として挙げたことは当時イスラーム学者黒田寿郎さんやかねがね私淑していた中東学の先輩板垣雄三に学ぶこと大きかったが、
2011年から顕在化したアラブ・イスラームの市民革命の随所に示されているではなかろうか。
日本の脱原発の市民運動にもそれに近い諸特徴が見られるのではなかろうか。
さて、「ハードで一元的な西欧近代的国民国家にソフトで複合的な第三世界的市民を対置し」「世界史と自国史の統一的把握の場をつくる」「そこから自然・環境とも共生する世界の人類の共存共栄の未来を拓こう」という提唱はどうなっているであろうか。
狭く見れば、依然として明治以来の「特殊な国民国家」の呪縛は堅く根を下ろし、さらに狭く歴史研究・歴史教育の場を見れば、牢固たる「官許歴史・官許世界史+官許自国史」という堅固な壁はそう揺らいでもいないのではなかろうか。私のささやかな提唱は、所詮「蟷螂の斧」にすぎなかったのであろうか、わが国については。                 
2012年5月27日


(下線 色字 改行は当ブログ)

これからの世界に向かって立ち上がる市民たち 

「ブナ林便り」で紹介しておられた板垣雄三さんの「十代の若い人たちに宛てた手紙」を初めて読んでみました。
早速コピーしてこのブログにも保存させて頂こうと試みたのですが、
誰かに弄られた所為なのかどうか分かりませんが、
私のパソコン機能のコピーでは、同じ言葉が繰り返し書かれる等、複雑な変更がされたコピーになってしまい、写す事が出来ませんでした。
ちょっと長いものではありますが、読んでみる値打ちのあるものだと思います。

 これからの世界に向かって立ち上がる市民たち
 _____十代の若い人たちに宛てた手紙

激しい 展開 をみせはじめたわしちの 世界 。
つくられた 流れに 身をまかせて 生きる 時代 は終わりを 告げた 。
歴史 の分岐点 に居合わせている 若者 たちへ 、世界 の動向 に目を凝らしてきた 中東史 の第一人者 である 板垣雄三氏 から 、未来 を切り拓くためのメッセージ 。
http://daysjapanblog.up.seesaa.net/image/E99BBBE5AD90E78988E794A8E58E9FE7A8BF.pdf

12・4・20 追記
昨日この記事をアップしようとしたら、インターネットが通らなくなって、昨日1日中ネットがつながらないままになりました。
それで今日20日にアップしたのですが、日付は19日になっています。
(復旧が出来なかったのは、私の知識不足のせいで、ネットが切れたのは多分偶然でしょうが・・・・・)

恐ろしい「国防権限法」の話 

ちきゅう座童子丸開氏の日本もじきにこうなるのか? 政府による国民殺害を合法化する米国ファシズムによるとアメリカでは、大統領が危険人物と認めたら、アメリカ国内に住むアメリカ人でも、国家に対する反逆者であるとして、令状もなしに殺害しても違法ではない事になるという法律が通ったそうである。
2011年12月1日、米国の議会上院が可決した「国防権限法」(NDAA)で、大統領が署名したら有効になるのだそうである。
オバマ大統領は、もう署名したのだろうか?

このブログで紹介しておられる、アメリカのエリック・ホールダー司法長官が言った言葉を批判した記事を、ここにも複写させていただく。
米司法長官氏は大統領が行う場合には人殺し(murder)は暗殺(assassination)ではないと説明する。なぜなら大統領はそれが緊急の脅威であると宣言した人々を殺すだけだからであるのだそうであるが・・・・・

殺人は合法的だと、米国司法長官エリック・ホールダーは言う
デイヴィッド・スワンソン著 Global Research 2012年3月6日

 司法長官エリック・ホールダーは月曜日に、人々を殺すことがどうして合法的なのかを説明した。それは、重罪に問われた囚人への処刑でも、自己防衛のために誰かを撃つのでも、ある意味で合法化される戦場での戦いでもなく、何の罪にも問われず、逮捕もされず、裁判にもかけられず、裁判所の許可も無く、立法府の許可も無く、国民の許可を得ることも無く、実際に大統領府以外のいかなる機関とも情報を共有することもなく、自宅のソファーに座っている個人を標的にして殺すことなのである。ホールダーは遠まわしなやり方で話の核心に近づいた。

 『この国の初期の時代以来、米国人たちはこのチャレンジに、そしてそれが要求する全てに対処してきた。しかし我々が知っているように、そしてジョン・F.ケネディ大統領が最もよく描いたように、「世界の長い歴史の中でわずかいくつかの世代だけが危険の絶頂にあるときに防衛の自由という役目を与えられてきた。』

 ホールダーはこう引用してすぐにそれを否定する。我々の世代もまたちょうどそのようなときにあるものとして行動すべきであると主張するのだ。たとえそうではないとしても、ホールダーの姿勢が指し示すようなときがいつまでも続くかもしれない。

 『この言葉が話されてから半世紀が過ぎているのだが、今日の我が国は、絶えざる注意と堅固な行動が要求される深刻な国家安全保障への脅威に直面している。我々がもう一度「危険のとき」に達していることは明らかである。』
『我々は戦時の国民である。そしてこの戦争で、我々は決して過小評価できない賢く決意を固めた敵に対面しているのだ。』

【中略】

 国民殺害の合法性に関する弁舌がその4分の3を過ぎて、ホールダーは焦点となる話題に近づき始める。彼の言葉はこうである。

 『いま、私はテロリスト容疑者を突き止め逮捕して裁きにかけるために使う手段についてかなりの詳細に至った。有益な情報を得るために――他にも理由があるが――可能な場合にテロ容疑者を捕らえることはより好ましいことだ。しかし我々は同時に、我が政府が明らかな権威を――責任を、と言いたいわけだが――持っているという事実のあることも認識しなければならない。死をもたらす力の適切で合法的な行使を通して合衆国を守るためにだ。』

 ホールダーの言う「政府」という言葉は大統領を意味する。それはオバマ大統領であろうがであろうが、ロムニー大統領、サントラム大統領だろうが、次期の大統領になるいずれかの男女であり、他の誰でもない。その一人の人物だけが、その適切で合法的で可能なことを決定できるのである。もしも副大統領が誰かを捕らえることが可能だと考えるなら彼にとってまずいことになるだろう。決定者になりたければ一つ上の職を得るべきなのだ。もし最高裁長官が合衆国に対して説教を垂れることを重大な攻撃ではない考えるならそれは大変なことだろう。まじめに受け取ってほしいのならその裁判官の服を着てはならないのだ。もしも米国議会が大統領の「外科手術的な攻撃」はあまりにも多くの男女と子どもの無差別殺人になりがちだとして反対するなら、さて、彼らは何ができるのかを知っているのだ。大統領選挙に出馬せよ! もしも法の枠外にある殺人についての国連の特別な担当者が反対意見を持っているのなら、さあ――これは特別なことではないのだろうか? そして米国民は? 彼らは口をつぐむか、悪い政党から立つ人種主義者の荒くれ者に投票することができるのだ。ホールダーは続ける。

 『この原則はずっと以前から米国と国際法の下で確立されていることだ。アルカイダやタリバンやその協力者の勢力によって為された攻撃――そしてそのうち続く脅威――に対する対応として、議会は大統領に、それらのグループに対するすべての必要で適切な力を行使する権限を与えてきた。合衆国が武力紛争の中に置かれているがゆえに、我々は国際法規の下で武装する敵に対して行動を起こす権限を与えられているのだ。憲法は大統領に、いかなる暴力的な攻撃の緊急の脅威からも国を守る権力を与えている。そして国際法規は国が自己防衛をする無前提の権利を認めている。その何一つとして、我々が伝統的な戦争をしているのではないという事実によって変えられてはいない。』

 実際には、2001年の軍事力を行使する権威はケロッグ・ブリアン条約、国連憲章、そして米国憲法に違反している。それはほんの10年前のことなのだ。そしてそれはすでに古びたものとなりつつあり、2001年9月11日のテロ攻撃に関与した者たちを罪に問うことはますます困難になり始めている。いかなる国際法規も時間的・空間的な限界を持たない隠密の世界戦争を認めてはいない。こんな狂気は長期間確立されている伝統ではないのだ。そのいかなる種類の違反も誰かが「防衛的」などと呼べるようなものではなく、伝統的な国家防衛の軍事力の権利は他国に攻撃された国に対してのみ、神秘的なあるいは思想的な感覚によってではなく、従来から国家であると知られる地理的な場所で実際に起こった攻撃に対してのみ、適応されるのである。ホールダーはそれを古くさいと語る。

 『我々の合法的な権威はアフガニスタンの戦場に限定されない。何たることか、議会も我々の連邦裁判所も、アフガニスタンでの紛争に軍事力を使用する我々の能力の地理的な視野に限界を与えてきた。我々は、国家を持たず国から国へと作戦展開を変えがちな敵との戦争を行っているのだ。最近の3年間だけをとっても、アルカイダとその仲間たちは我々に対してアフガニスタン以外の国々から数多くの攻撃を――幸いなことに成功していないが――指揮してきた。我々の政府は、これらの脅威からこの国と国民を守る責任と共に権利を持っているのである。』

 数多くの攻撃? 合衆国に対して? 最近の3年間? アルカイダとその仲間たちによる? もしホールダーがそんなに多くの話題を放り出した後で何かの質問を受けたかったのなら、誰かがその文書資料を要求したかもしれない。そしてもし人々が、メディアの雇われ者に逆らって、質問することを許されていたとしたなら、誰かが、ホールダーの描写したいかなる行為がどのようにして犯罪という以上に戦争であることになるのかを、問い詰めていたかもしれない。もし戦争だというのなら、それらは合法であるべきだ。ホールダーは、もしみんなが戦争をしているのなら攻撃は合法であると言ったに過ぎない。しかし彼は同時に、もし逮捕できない者がいれば殺したいだけだとも言った。そして彼はそのことの前置きとして逮捕者全員が公正な裁判を受けるという主張をした。それは逮捕者たちが裁判を受けるような犯罪を示しているように聞こえるかもしれない。でもそれなら、本人のいない状態で彼らをその罪で裁いてから逮捕と国外追放の圧力をかけてみてはどうだい? 最低でも、たとえ彼らを殺した後であっても、その罪が何だったのかを宣言したらどうだい? 最低でも、殺されたどいつが犯罪者であり、どいつがたまたま戦争中に歩いていると気付かずにたまたま運の悪い場所にいただけなのかをはっきりさせたらどうだい?

 ホールダーは、もしある外国が米国大統領に対して手を出さないと確認したなら彼はそこにいる誰かを殺害するだけだろうと説明を続ける。これが、ホールダーの言葉によると、「他国の主権の尊重」ということである。

 さらにホールダーは、我々は第2時世界対戦の最中に日本の重要な軍人を殺したという。もちろん、当時合衆国は日本と交戦中であり、議会がその戦争を宣告した。合衆国はまたあの戦争中に数多くの隠された犯罪を働いた。その中には日系米国人を不法に強制収容所に送ったことも含まれる。そしてそれが、話の初めのころにホールダーが取り出して見せた法律を作ったのだ。ホールダーは、大統領が行う場合には人殺し(murder)は暗殺(assassination)ではないと説明する。なぜなら大統領はそれが緊急の脅威であると宣言した人々を殺すだけだからである。

 『そのような作戦を「暗殺」と呼ぶ人がいる。そうではない。その用語の使用は不適切だ。暗殺は不法な殺人である。ここで、私が説明してきた理由によって、アルカイダのリーダーや暴力的な攻撃の緊急な脅威を示す関連ある勢力に対して自らを防衛するために米国政府が用いる致死的な手段なら不法なものではないのだ。そしてそれゆえに、それは暗殺を排除する大統領令あるいは刑法に違反するものではないだろう。』

【後略】


国の統治者(アメリカなら大統領)に背く者(反逆者)は、即刻死を以って罰せられても当然というのが、
「国防権限法」の趣旨と見られるが、それならシリアの武装蜂起した反体制派を、何故マスコミは反乱軍と言わないのだろう?
シリア軍が北部拠点制圧 反体制派との戦力差鮮明

緑の党今年7月に旗揚げ 

いよいよ日本版「緑の党」が旗揚げへ -脱原子力発電、脱経済成長をめざして-
2012年 2月 24日
<安原和雄(やすはらかずお):ジャーナリスト・元毎日新聞記者>

 日本にもようやく「緑の党」が7月に誕生することになった。2013年参議院選挙に立候補し、初の国会議員を登場させることをめざしている。具体的な政策として脱原子力発電(即時全面停止)を正面に掲げるほか、脱経済成長など、民主・自民党のような既成大政党とは一線を画す姿勢を打ち出している。
 「緑の党」は今では多くの国や地域で活動しており、ドイツ、フランスなどでは連立政権に参加し、環境政策の転換などで実績を挙げている。日本版「緑の党」は出遅れ感が否めないが、やがて存在感のある政党に成長していくことを期待したい。(2012年2月24日掲載)

 全国の地方議員や自治体首長ら有志の政治組織「みどりの未来」は、2012年2月第4回総会を東京で開き、7月に「緑の党」を結成することを決めた。同時に2013年7月の参院選挙に挑戦し、「緑の党」として初の議員を国会に送り込もうという基本方針を確認した。
 なお共同代表に八木 聡(長野県大町市議)、中山 均(新潟市議)、須黒奈緒(東京杉並区議)、松本なみほ(兵庫県)― の4氏を再任した。

 「緑の党」の理念や具体的政策は何か。「日本にも緑の党をつくろう!」と呼びかける「みどりの未来ガイドブック」(2011年11月「みどりの未来」発行)を参考にしながら、その概要を紹介しよう。

(1)どういう世界や日本をめざしているのか
 世界や日本の現状をどう認識し、何を実現しようとしているのか。次のように述べている。
・現代社会は、もう何十年も危機的な状態が続いている。
・地球は有限であるのに、人間が無限の経済成長を求めた結果、自然を破壊し、資源を収奪し、モノを作り続けることを繰り返してきた。
・物質的な豊かさが増す一方、格差が広がり、人と人との結びつきや社会のあり方は冷たく貧しいものになり、多くの人々が将来への底知れない不安を抱えながら、時間に追われて暮らしている。
・今こそ本当の「豊かさ」を見直す時にきている。
・経済成長に依存しなくとも、環境と調和したゆったりとした生活を享受することで、地球にも人間にもできるだけ負荷をかけない社会のしくみを創りたい。
・一人ひとりが尊重され、人々の生活が、競争ではなく、自治と協力によって営まれる、あらたな経済社会のかたちを実現したい。
・世界の不公平と貧困、紛争を解決するために、日本が先頭に立ち、公正な国際社会へ転換していく。
・さあ大胆に進路を変えよう。ともに新しい未来の1ページを刻もう。

(2)理念は何か
 次のような「6つの理念」を掲げている。
1.エコロジカルな知恵=世界のすべてはつながり影響し合っている・・・知恵のあるライフスタイルとスローな日本へ!
2.社会的公正/正義=「一人勝ち」では幸せになれない・・・弱肉強食から脱却する思いやりの政策を!
3.参加民主主義=納得できる政治参加・・・利権・腐敗をなくし、一人ひとりの元気と幸せのためのプロセスを!
4.非暴力/平和=誰にも殺されたくない、殺したくない・・・戦争に至らない仕組みを提案し実現する!
5.持続可能性=脱石油、脱原発、脱ダム・・・子どもたちの未来と自然環境を食いつぶすシステムから脱却を!
6.多様性の尊重=私の知らない苦しみや悩みがある・・・「誰もが幸せになる権利」を尊重する、生きやすく楽しい社会を!

(3)理念実現のための具体策は
 「6つの理念」を実現するために以下のような12の具体策を打ち出している。その骨子を紹介する。
1.脱原発(即時全面停止)と再生可能エネルギーへの全面的な転換
 すべての原発を廃炉へ、2020年までに再生可能エネルギーを30%に増やし、温室効果ガスを30%削減
2.地域の人々が担う共生経済(地産地消)のすすめ
 農林水産業(第1次産業)、加工業(第2次産業)、消費(第3次産業)を、すべての地域で循環させる第6次産業(注)の育成
 (注・安原)2011年3月、略称「6次産業化法」(正式名称は「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出および地域の農林水産物の利用促進に関する法律」)が施行された。農林漁業者(1次)が地域資源を活用し、生産・加工(2次)、販売(3次)を一体として手掛け、所得増をめざすのが6次産業の基本的な考えである。農林漁業者が同法の認定を受けると、資金、ノウハウなどで支援を受ける。政府は6次産業化事業の年間売上高を10年後に10兆円にする目標を掲げている。

3.食は自給率向上で安心確保
 食糧自給率(現在40%)を80%に倍増させ、フードマイレージ(食糧輸入に必要な「重さ×距離」)を3分の1に削減。遺伝子組み換え食糧は輸入・生産禁止
4.すべての人に生存権の保障
 月10万円のベーシック・インカム(すべての個人に給付される最低所得保障)の導入。医療、介護、子育て、教育、住まいなどの公共サービスを思い切って拡充
5.雇用の分かち合いでスローライフ
 現状では2000時間(サービス残業を含む)を超える年間労働時間を1300時間に短縮し、雇用を分かち合い、自由時間を増やす。男女の均等待遇と最低賃金の引き上げ
6.公正な税負担で社会保障の充実
 社会保障充実のために所得税の最高税率を70%に戻し、金融・資産課税の強化と環境税の導入。租税特別措置の全廃。消費税は逆進性をなくして引き上げ

7.シングル社会と多様な家族(説明は略)
8.他文化共生のフェアな社会
 移住労働者に日本人と同等の労働条件、定住外国人の地方参政権、アイヌ民族に議席を―などの発想で社会制度を設計し直す
9.誰でも立候補できる選挙制度と小選挙区制の廃止(説明は略)
10.住民自治の徹底と「市民自治法」の制定(同上)
11.共に生きる北東アジア
 「軍事同盟」としての日米安保の見直し。アメリカと対等・友好な関係を築き、米軍基地の撤去と防衛予算の大幅な削減へ。北東アジア非核地帯を実現
12.公正と連帯のグローバル社会
 国際連帯税・通貨取引税を創設。国際連帯税は環境対策や途上国支援、感染症などのグローバルな課題に取り組む資金を調達。通貨取引税は投機マネーのコントロールが狙い。

(4)既存の政党との違いは? 二大政党による政権交代は?
 これまでの政党のビジョンは富の再分配の考え方に違いはあっても、富を生み出す経済成長を前提としている。私たちは、分配の公正とともに持続可能性を重視し、エネルギー政策、環境政策を中心に先駆的、抜本的な政策を推進する。
 組織体制は中央集権ではなく、地域や具体的な課題によって集う自立的なグループによる連合を志向する。採決が必要な場合は多数決で決めるが、、メンバーは決定に従わない権利をもち、少数意見は留保され、尊重される。

 政権交代は、これまで政官財の癒着を断ち切るなど、一定の効果を挙げる可能性があり、そのことは歓迎すべきことである。しかし現在の二大政党はともに経済成長を追い求め、原発や憲法9条改定への容認論が根強いなど、私たちのめざす社会ビジョンとは異なるところが多い。
 既存の政治勢力とも、政策的に共通する部分については連携を図っていく。経済成長至上主義からの脱却を基本にすえて、右か左かではなく未来へ向けて前へ進むべく「新しい政治」をめざす。

<安原の感想> 脱原発と脱経済成長の姿勢堅持を
 「緑の党」の発足に期待したいことは多いが、なかでも脱原発(即時全面停止)と脱経済成長の姿勢は堅持して欲しい。この二つを抱き合わせの政策として世に問いかけている政党は日本ではやがて誕生する「緑の党」のほかにはない。日本版「緑の党」のいわば専売特許ともいえる。
 ただ問題は脱経済成長が世論にどこまで受け容れられるかである。脱原発は今なお「原子力村」(原発推進複合体)の執拗な抵抗が陰に陽に続いているが、すでに広範な世論は脱原発で足並みを揃えつつある。しかし脱経済成長については楽観できない。なぜなら多くのメディアをはじめ、経済成長期待派が今なお勢力を誇っているからである。
 私自身は、どうかといえば、1990年代半ばに脱経済成長派に転じた。「成長至上主義から脱成長主義へ」という見出しで次のように書いている。

 貪欲の経済学のキーワードは、経済成長至上主義である。これに対し、地球環境時代の知足の経済学のキーワードは脱成長主義である。
 成長至上主義とは、GDP(国内総生産)、GNP(国民総生産)が増えることによってのみ豊かさを保証できるという考え方である。一方、脱成長主義とは、GNPが増えなくても、つまりゼロ成長(経済規模が横ばいに推移)あるいはマイナス成長でも、そこに真の豊かさを見出すことができるという発想である。言い換えれば、環境や生活の質の低下を招きかねない量的成長よりも質の向上をめざす質的発展を重視する発想である。
 例えば病人が増えると、GNPも増える。なぜなら病院通いをする人が多くなって、医者や病院の所得収入が増えて、それがGNPを押し上げる要因となるからだ。成長率が高くなったとしても、病人の多い社会が豊かな社会といえるだろうか。(安原和雄著『知足の経済学』・ごま書房・1995年4月刊から)

 以上のような脱経済成長のすすめにかかわる拙文を書いてから、すでに20年近い歳月が流れ去った。脱経済成長派も増えつつあるが、多数派の地位を獲得するのはいつの日か。「緑の党」の活躍に期待したい。


日本にもようやく緑の党が結成されることになったそうである。
その目指しているもの、理念など私が常日頃願っていた事であると思った。
出来ればこの政党が力をつけて、日本の政治を改革できるように成長すると良いなと思う。

地球型惑星発見 

地球外生命体存在か? 3つ目の地球型惑星発見
(02/04 15:19)
 太陽系の外にある地球に似た惑星がまた見つかりました。発見者は「生命が存在し得る最有力候補」と話しています。

 新たに見つかった惑星(GJ667Cc)は、大きさが地球の約4.5倍で、22光年離れたさそり座にある太陽よりも小さい恒星の周りを約28日で公転しています。研究者が注目しているのは、その表面温度です。恒星から受けているエネルギーは地球が太陽から受けている量とほぼ同じで、惑星の地表付近の温度は地球に近いとみられています。惑星を発見した研究者の1人、カーネギー研究所、アングラーダ・エスクーデ研究員は「液体の状態の水と生命が存在し得る最有力候補だ」としています。地球型の惑星は、これまでに3つ見つかっています。


地球が放射能汚染されても、生物が生きることができる星が見つかったから、
これからも原発や核戦争が、したい放題出来ると誰かさんが喜んでいるのかな?
でも22光年も離れているのでは、ロケットでは行けないだろうし・・・・・

そうか! 次に生まれるとき、その星が在ることを知っていたら、そこに生まれる機縁になるかもしれないという分けか・・・・・な~んちゃって

渡辺謙のスピーチ 

渡辺謙さんのダボス会議でのスピーチ素晴らしいですね。
これは大部分の日本人の今の気持ちなのではないかと感じました。(もちろん私も)
全文を載せさせていただきます。

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。

「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

仮訳“帝国主義と「愚者の反帝国主義」”(ジェイムズ・ペトラス) 

地球座に「仮訳“帝国主義と「愚者の反帝国主義」”(ジェイムズ・ペトラス)」と言う記事が載っていた。
近現代の帝国主義が反帝国主義運動をどうやって篭絡し、空中分解させていったかが解き明かされている。
私たちは今帝国主義によって搾り取られつつあるが、これから逃れるため私たちには何が出来るのだろう?
マスコミの嘘に騙され続けていたり、
煽られて、いたずらに過激な行動に走ったりしたら、帝国主義勢力の思う壺になってしまう。
私たちはこれからどうしたら良いのか?
仮訳“帝国主義と「愚者の反帝国主義」”(ジェイムズ・ペトラス)
を以下に引用させていただく。

帝国主義と「愚者の反帝国主義」 ジェイムズ・ペトラス 2011年12月30日

 歴史の最も大きな矛盾の一つが、帝国主義の政治家による、自分たちは偉大なる人道的十字軍であり国と人民を解放するという歴史的な「文明の伝道」に携わっている、という主張である。その一方で彼らは、歴史の記憶の中で最も野蛮な征服、破壊の戦争と被征服民の巨大な流血を行っているのだ。

 近代資本主義の時代に帝国主義支配者の思想は、初期の富と力と植民地と威厳を手に入れる「権利」から、後の「文明の伝道」という主張にまで、時を経て変わっている。もっと最近になると帝国主義支配者たちは、特定のコンテキストや敵対者や環境や聞き手に適用される正当化の理屈の様々な変化形を宣伝するようになった。

 この論文は、支配を維持するための戦争と制裁を正当化する現在の米国の帝国思想的な主張の分析に集中している。

帝国主義思想の文脈の付け方

 帝国主義的なプロパガンダは、それが、世界的権力を巡る競争相手に対して向けられるものなのか、あるいは地方的・地域的な社会政治学上の敵に対して制裁を課したりおおっぴらな戦争をおこなうものなのか、ということによって異なってくる。

 既成の帝国(欧州)あるいは新興の帝国(中国)を考慮して、米国の帝国主義プロパガンダは時と共に変化している。19世紀初期にワシントンは「モンロー・ドクトリン」を宣言して、ラテンアメリカを植民地化する欧州の努力を非難しつつ、同地域での自らの帝国主義支配の構造を特権化した。米国の帝国ポリシーメーカーたちが中東とアフリカで一次資源獲得のための植民地から欧州を追い出しつつあった20世紀には、それは様々なテーマを奏でることになった。それは「植民地支配の形態」を非難して「新植民地」への転換を推し進めたが、これが欧州の独占を終わらせ、米国の多国籍企業の進出を容易にした。このことは第2次世界大戦の最中とその後に中東の産油地帯で明らかな形を取った。

 1950年代の間、米国が帝国の筆頭となり過激な反植民地主義ナショナリズムが全面に立ったときに、ワシントンは没落しつつある帝国主義勢力との同盟を画策したが、それは共通の敵と戦うための、そして共通の敵と戦う植民地化後の権力を支えるためのものであった。第2次世界大戦後の経済的な回復と成長と統一はあったのだが、欧州は、ナショナリストの反抗とその政権に対する軍事的抑圧では、いまだに米国の主導の下に共同で働いている。米国と欧州の政権や銀行や企業との間に紛争と競争が起こるときには、それぞれの地域のマスメディアが「調査結果」を発表して競争相手の腐敗や不正行為等々を強調し、米国の取締り機関は、ウォールストリートの投資企業による同様の行為は見過ごしながら、欧州の企業に重い罰金を科す。

 最近では米国内でイスラエルの同盟者によって強化される軍事帝国主義と植民地戦争の盛り上がりが、米国と欧州の帝国主義の間である深刻な不一致を作り出している。英国を除き、欧州は米国によるイラクとアフガニスタンの戦争と占領に対して最小限の形だけの貢献を行った。ドイツとフランスは、主要な市場と資源獲得の場で米国と入れ替わりながら、その輸出市場と経済的な能力の拡大に専念した。米国と欧州の帝国の類似点が資本投資機関の糾合とその結果としての共通の危機と崩壊をもたらしたが、そこには何らの協調された回復の策も無かった。米国の論者たちは「傾いて崩れつつある欧州連合」という見方を宣伝し、その一方で欧州の論者たちは、英米的な規制緩和や「自由市場」の失敗とウォールストリートの詐欺を強調した。

帝国のイデオロギー、経済列強の興隆とナショナリズムの挑戦

 帝国主義的「反帝国主義」には長い歴史がある。それは、敵対する帝国、新興勢力、あるいは単なる競争相手に対してだけに向けられる、公的な力に支えられた告発、暴露、そして道徳的な憤りである。その相手が単に既成の帝国主義勢力の跡を追っているだけの場合もある。

 英国の帝国主義者たちはその最盛期に、ラテンアメリカの原住民に対するスペイン帝国の「例外的な残虐さ」という「暗黒伝説」を広めながら、そして一方で最大規模の最も利益の上がるアフリカ人奴隷貿易を行いながら、3つの大陸にわたる地球規模の略奪を合理化した。スペインの植民地主義者たちは原住民を奴隷化したのだが、米大陸に移住した英国人たちは原住民を絶滅に追いやった・・・。

 第2次世界大戦に向かう時期には、欧州と米国の帝国主義列強は、そのアジアでの植民地搾取の一方で、日本の帝国主義による中国への侵略と植民地化を非難した。逆に日本は自分が欧米帝国主義に対する戦いの先頭に立っていると主張し、植民地時代後のアジアの対等なパートナーによる「共栄圏」を計画した。

 「反帝国主義」の道徳的なレトリックの帝国主義的使用は、競争相手を弱めるように作られ多くの聞き手に向けて発せられた。実際には、その反帝国主義のレトリックが植民地の人々を「解放する」役を果たしたことなど一度も無かったのである。ほぼ全てのケースで、勝者となった帝国権力はその植民地または新植民地支配の形を敗者のそれと入れ替えたのみだった。

 帝国主義者による「反帝国主義」は、植民地にされた国々で起こるナショナリズム運動に、そして自らの国内の大衆に向けて発せられる。英国の帝国主義者たちはラテンアメリカの農業・鉱山エリートたちの間で反乱を扇動したのだが、スペインの重商主義の支配に対抗して「自由貿易」を約束した。また彼らは米国で北部に対抗して南部の奴隷を使う綿花プランテーションの地主たちの「自立」を支持した。アメリカの反植民地革命に対してはイロコイ族の領有権を支持した。・・・このように正当な不満を帝国の目的のために見つけて利用したのである。第2次世界大戦の間には、日本の帝国主義者たちはインドで大英帝国に反対するナショナリストの反帝国主義運動の一部を支持した。米国はキューバとフィリピンでのスペインの植民地支配を非難し、抑圧される人々を暴虐から「解放する」ための戦争を欲したが(1)・・・、テロと搾取と植民地支配の体制を押し付け続けた・・・。

 帝国主義列強は反帝国主義運動を分裂させ、成功の暁には将来のための「従属支配者」を作り出そうとした。反帝国主義的なレトリックは2種類のグループの人々を惹きつけた。まず帝国の権力と一緒になって共通の政治的・経済的な利益を持つ保守的なグループだが、彼らは革命的なナショナリストへの嫌悪を共有し、新興帝国の権力にその富を結びつけることでより大きな利益を手に入れようとした。他方、反帝国主義運動の過激なグループは新興の帝国権力と戦術的に同盟を結んだが、それは手段(武器、プロパガンダ、車両そして金銭援助)を確保するために帝国権力を利用しようという発想であり、権力を確保しさえすればそれらを棄てる考えであった。往々にして帝国とナショナリストの相互の騙しあいゲームは帝国側の勝利に終わった(2)・・・。それは今も昔も同じである。

 帝国主義的「反帝国主義」のレトリックは、同様に国内の大衆に対しても向けられた。18世紀の反植民地闘争の遺産を賞賛する米国のような国では特にそうである。その目的は、帝国建設の基盤を、帝国への忠誠者や軍事主義者や企業受益者たちの強固な結束を越えて広げることである。それは、自由主義者たち、人道主義者たち、進歩的な知識人たち、宗教的・非宗教的な道徳論者たち、そしてその他の「オピニオン・メーカー」たちに向けて訴えかけられた。帝国同士の戦争と植民戦争のためにその命と税金を支払うはめになる広範な大衆の間で名声の高い者たちに向けてである。

 帝国の広報官たちは、ライバルたちの実際のあるいは捏造された暴虐さを発表する。そして植民地化の被害者たちの苦境を強調する。企業エリートと強固な軍事主義者たちは、資産を保護しあるいは戦略的な資源を手に入れるために軍事行動を要求し、人道主義者や進歩的な人々は「人道に対する犯罪」を非難してジェノサイドの被害者を救うための「断固たる措置を行う」ことを呼びかける。左翼のグループがこの合唱に加わって、その抽象的なイデオロギーにぴったりの被害者の集団を見つけ出し、「人々が自らを解放するために武装させよ」(ママ)と帝国権力に懇願する。帝国主義戦争への道徳的な支援と社会的な体面のお飾りを借りることによって、そして「被害者を救うための戦争」というプロパガンダを丸呑みすることによって、進歩主義者たちは「愚者の反帝国主義」の典型になる。「反帝国主義」の土台に立った広範な大衆的支持を確保したときに、帝国主義権力者たちは、正義のためにという道徳的な熱狂に盛り立てられて、戦争を遂行するために安心して国民の命と公共の財産を犠牲にできるのだ。血みどろの戦いが続き戦死者が増大し国民が戦争とその犠牲を心配するようなときになると、進歩的そして左翼的な熱狂は沈黙に変わり、あるいはもっと悪くすると、「戦争の性質が変わった」とか「これは我々が考えていたような戦争ではない・・・」などといった主張をしながら道徳的な偽善へと変化するのである(3) 。あたかも戦争実施者たちが前もって、どのようにどうして帝国主義戦争を行うべきかを、進歩主義者や左翼と相談していたかのように!

 現代という時代では、帝国による「反帝国主義戦争」と攻撃が、十分な資金を得た「草の根運動」、いわゆる「非政府組織」によって幅広く支持されそそのかされるようになった。それらは帝国主義的な攻撃を「招く」ことができる大衆運動を起こすために行動する(4) 。

 過去40年以上にわたって米国帝国主義は少なくとも24の「草の根」運動を扇動してきたのだが(5) 、それらは、民主的な政府を破壊し、集団主義的な福祉国家を破滅させ、標的とされた国々の経済に大きな損害を与えてきたのだ。

 チリでは民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ政府の下で1972年から73年を通して、CIAが資金を与えAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)を通した巨大な支援によって、私営の運輸業者たちに物品とサービスの流れを止めるようにさせた。彼らはまた、銅の産出と輸出を止めるために(エル・テニエンテ鉱山で)銅鉱山労働組合の部門によるストライキに資金を与え、そしてついにクーデターにまで至らしめた(6) 。軍が政権を握った後、多くの「草の根」キリスト教民主主義同盟の役員たちが、選挙で選ばれた左翼の組合活動者へのパージに参加した。言うまでも無いことだが、運輸業者と銅鉱山労働者たちは直ちにストライキをやめてその要求を引き下げ、結局のところあらゆる交渉権を失ったのである!

 1980年代に、CIAはバチカンの経路をとおしてポーランドの「連帯」を支援するために何百万ドルも送金した。そしてグダニスク造船所の労働者のリーダーであるレフ・ワレサを英雄にしたのだが、彼は共産主義政権を転覆させるためのゼネストの先頭に立った(7) 。共産主義政権が倒されると同時に保障された雇用と社会保障と労働組合組織もまた消えてしまった。ネオリベラル政権はグダニスクの労働者を50%に減らし終にはそこを閉鎖してしまい、全部の労働者を解雇したのである。ワレサは豪勢な大統領年金付きで退職し、一方でかつての彼の同僚は路上をさまよい、そして新たな「独立」ポーランドの支配者たちはアフガニスタンやイラクでの帝国主義戦争のためにNATOに軍事基地と軍需用品を提供したのである。

 2002年にホワイトハウスとCIAとAFL-CIO、そして複数のNGOが、ベネズエラの軍と産業界と労働組合と官僚が率いる「草の根」クーデターを支援して、民主的に選出された大統領チャベスを追い落とした(8) 。48時間のうちに、都市の貧困階層による100万人の強力な自然発生的な草の根の運動が、軍隊内の護憲勢力を後ろ盾にして、米国をバックにする独裁者を打ち破りチャベスを権力の座に戻した。続いて石油産業の重役たちがロックアウトを命じたのだが、それは米国に資金を与えられた多くのNGOの支持を得たものだった。彼らは労働者たちが石油産業を奪い取ることで打ち倒された。この不成功に終わったクーデターとロックアウトはベネズエラの経済に何十億ドルもの損失を与え、GNPが2桁も下降する原因を作った。

 米国は「草の根」武装イスラム聖戦主義者を支援してボスニアを「解放」し、「草の根」テロリストであるコソボ解放軍に武器を与えてユーゴスラビアを解体した(9)。米国がベオグラードを爆撃し経済を破壊してそれを「ジェノサイドへの返答だ」と主張したときに、ほとんど全ての西側左翼がこれを褒め称えた。コソボの「自由と独立」は、欧州最大の米軍基地を備えた巨大な白人奴隷商人のマーケットとなった(10)。そこは全欧州で外国に移住する割合が最も高いのである。

 帝国主義「草の根」戦術は、人道主義的、民主的、そして反帝国主義的レトリック、資金と訓練を与えられる各地のNGOと結びついており、マスメディアによる西側の世論、特に「著名な左翼人士の道徳的な批評」を動員するための大キャンペーンがその権力掌握の背後に付き添っているのである。

帝国が推し進める「反帝国主義的」運動の結果:誰が勝者で誰が敗者なのか?

 帝国主義者が推し進める「反帝国主義的」そして「プロ民主主義的」な「草の根運動」の歴史的な記録は、単一にネガティブである。その結果をちょっとだけまとめてみよう。チリでは運輸労働者の「草の根」ストライキがアウグスト・ピノチェットの残虐な軍事独裁を招き、ほぼ20年間にわたる何十万人もの拷問と殺人と投獄と亡命を招き、野蛮な「自由市場政策」と米国の帝国主義政策への従属を招いた。結局は米国の多国籍銅採掘企業とチリの寡頭支配者が大勝ちした者であり、労働者階級、および都市と田舎の貧困層が大負けしたのだ。ソビエト支配に対する東欧で米国に支援された「草の根蜂起」は、ロシアを米国に取り替え、ワルシャワ条約機構の代わりにNATOへの従属、国有の企業や銀行やメディアが西側の多国籍企業に大規模に移された。国営企業の私営化は前代未聞の2桁台の失業を生み、借金はうなぎのぼりとなり年金生活者の困窮が急増した。この危機によって教育レベルと技術レベルの高い人材が国外に流れ、無料の国民医療と高等教育と労働者の休暇施設は廃止された。

 いまや資本主義化された東欧とソ連全体を通して、高度に組織化された犯罪者集団が大規模な売春と麻薬の回路を発達させた(11) 。外国と地元のギャング「企業家たち」は豊かな公営企業を手に入れて新しい超金持ちの寡頭支配者となった。西側の「パートナー」とつながる政党政治家、各地の企業家と専門家たちは社会・経済的な勝者である。年金生活者、労働者、集約農業の農民、失業する若者たちが、以前には補助金を与えられていた芸術家たちと共に、大負けを喫したのである。東欧の軍事基地はロシアへの軍事攻撃の最前線となり同時にあらゆる反撃の標的となった。

 もし我々が帝国権力の移動の結果を測ってみるなら、東欧諸国が米国とEUに(以前の)ロシアよりももっと従属的な位置に置かれていることが明らかになる。西側が誘導した経済危機がその経済を荒廃させている。東欧諸国の軍はNATOの下でソビエト支配の下でよりももっと帝国主義戦争に奉仕している。文化的なメディアは西側の商業的支配の下にある。とりわけ、経済面での全面的な帝国主義の支配の度合いが、かつてソビエトの下にあったものよりもはるかに進んでいるのだ。東欧の「草の根」運動は米帝国の深化と拡大を成功させた。平和、社会的公正、国の独立、文化的な復興と民主主義を伴う社会福祉の提唱者たちが大負けしたのだ。

 帝国主義者が推し進める「反帝国主義」と恋に陥っている西側の自由主義者や進歩主義者や左翼たちもまた大負けした者たちだ。ユーゴスラビアに対するNATOの攻撃への彼らの支持は、一つの多民族国家を分裂させコソボに巨大なNATOの軍事基地と白人奴隷商人の天国を作らせる結果を導いた。帝国が推し進めた東欧の「解放」への彼らの盲目的な支持は福祉国家を荒廃させ、社会福祉の展望を与える面で競い合う必要を感じていた西側政権への圧力を失ってしまった。「草の根」の反乱を通して西側帝国が前進したことで主に利益を得たのは、多国籍企業とペンタゴンと右翼自由市場主義ネオコンだった。政治的な領域全体が右傾化するにつれ、左翼と進歩主義者のグループは次第に流れを追うようになった。左翼の道徳主義者たちは信頼と支持を失い、その平和運動は痩せ細り、その「道徳的批判者」は同調者を失った。帝国の支援する「草の根運動」の尻尾にくっついた左翼と進歩主義者たちは、その呼び名が「反スターリン主義」であれ「プロ民主主義」であれ「反帝国主義」であれ、いかなる深刻な自省をも行ったためしがない(12) 。社会福祉や国の独立や個人の尊厳の喪失という見地から自らの位置の長期にわたる否定的な結果を分析する努力など全くやっていないのだ。

 帝国主義が操作する「反帝国主義的」論調の長い歴史は、現在、猛毒を帯びた姿に出会っている。オバマによって立ち上げられた中国とロシアに対する新たな冷戦、イランのいわゆる軍事的脅迫をめぐってペルシャ湾で起こりつつある熱い戦争、ベネズエラの「麻薬ネットワーク」に対する干渉主義的な脅迫、そしてシリアの「血の海」は、倒れかけの帝国を支える、「反帝国主義」の利用および誤用の、一部分および一群れである。願わくは進歩的で左翼的な著者と記者には、過去の思想的な落とし穴から学び、帝国吹きかえの「反乱」に「進歩的な外見」を提供することでマスメディアに近づこうとする誘惑に抵抗してもらいたいものだ。本物の反帝国主義や親民主主義の運動を、ワシントンとNATOとマスメディアに後押しされたものから峻別するべきときである。

とんでもない都知事に騙されてはいけない! 

「木霊の宿る町」処刑される米国経済の続きを読むの部分で、大東亜戦争・太平洋戦争の経緯を詳しく書いておられる。
http://onomar.jugem.jp/?eid=3764#sequel
その中で読売新聞の渡辺恒夫名誉会長権主筆を初めとした著名人の、兵士としての戦争体験を紹介しておられるので、以下に引用させていただく。

日本経済新聞2006年12月5日第44面の『私の履歴書』で、
渡邉恒雄読売新聞・名誉会長兼主筆は次のように述べている。
「古参兵によるビンタは当たり前。理性的な判断や合理的な思考が
存在する余地すらない。不条理な精神主義と陰湿な制裁が横行していた。
あるとき、一等兵の誰かが丸太を並べた上に何時間も正座させられていた。
江戸時代の拷問のようだった。
私も毎日、【上靴(じようか)】と呼ぶ皮のスリッパで頬を張られた。」

読売新聞(朝刊)2007年3月24日第1面『編集手帳』は
「志願して17歳で海軍に入った城山三郎さんは、朝から晩まで
殴られずくめの絶望を味わった」と述べている。

読売新聞2004年9月28日第13面の『時代の証言者』の中で、漫画家の水木しげる氏は「日本の軍隊じゃ、兵隊はいつも殴られてるんですから」と
述べている。

読売新聞(朝刊)2006年9月26日第12面で、
山岸章連合初代会長は次のように述べている。
「海軍甲種予科練習生に志願しました。
軍人精神注入棒で毎日のように殴られる。
暴力と権威で押さえ込むだけ。
死んだ方がましだと思うまでぶん殴られた。」

日本経済新聞2007年5月16日第40面の『私の履歴書』で、
映画監督・脚本家の新藤兼人氏は、「苛酷な私的制裁が待っていた。

隊の玄関には野球バットをひと回り大きくした【直心棒】が掲げてあった。

これで兵隊のケツを殴るのだ。暗闇の営庭で整列し、
【軍人は忠誠を尽くすを本分とすべし】と股を開いてケツを突き出すと
上級水兵(=上官)の【直心棒】が唸りをあげてとんでくる。
踏ん張りが悪いと吹っ飛ぶのである。5回殴られる。
殴られたケツは紫色になる。
【直心棒】による私的制裁は毎夜続いた。
私たち海軍二等水兵は、アメリカと戦争するのではなく、
日本帝国海軍と戦争だと思っていた」と述べている。

日本経済新聞2005年5月4日第28面の『私の履歴書』で、
加藤寛千葉商科大学長は「軍隊では、案の定、苛められっ放しだ。
軍人勅諭が暗唱できない、糧秣の米俵が担げない、あれができない、
これができない。で、【この国賊】と殴られる。口から流れる血の赤を見ると
興奮して凶暴になる上官もいて、本当に痛い目をみた」と述べている。

日本経済新聞2004年9月8日第40面の『私の履歴書』で、エコノミストの金森久雄氏は1944年、陸軍に召集され、陸軍二等兵として8ヶ月過ごした体験を
「兵隊の思い出はあまり語りたくない。夜は私的制裁がはじまる。
初年兵を並べて、スリッパでほっぺたを殴るなどは日常茶飯事である」と
述べている。


一昔前まではこういう目に会わされた人が大勢生きていたから、日本人は当然の事として戦争を嫌悪し、平和を愛していた。
ここ10年余り段々と戦争容認の意見が、右翼と称する者たちの間から叫ばれるようになってきているが、
それは戦争で悲惨な経験をした者達が、順次死に絶えて行ったからなのかも知れない。

渡辺恒夫読売新聞名誉会長は、ご自身が戦争で酷い目に会っておられるのに、
アメリカの求めに応じて、日本を戦争に引きずり込みかねない前原誠司のようなものを、
どうして手放しで贔屓したり出来るのだろう?
年をとって昔の事を忘れられたからなのかなと思っていたが、兵隊として無残な体験をした思い出を書かれたのは、2006年の事なのだから、昔の事を忘れたわけでもないだろうに・・・・・

石原慎太郎と言うとんでもない都知事は、『新・堕落論 我欲と天罰』 という本を出して、
戦後66年間の日本国民の必死の努力を全面的に否定し、
平和の毒、平和はセンチメント等と、とんでもない事を言っているそうである。
『文藝春秋』 平成23年8月号 第94頁~第103頁
石原慎太郎(作家・東京都知事)・藤原正彦(数学者・お茶の水女子大学名誉教授)

石原都知事は都民の台所とも言える中央卸売市場を、豊洲のガス工場跡地で猛毒が残存している事が分かっている土地に移転しようとしている。
豊洲の予定地は3・11の大地震の後で、地震による液状化現象が確認され、埋め込んでも猛毒を押さえ込むことは、更に無理であるという事が判明している。
それなのに石原慎太郎は東京都の豊富な資金力にものを言わせて、反対者を個別に押さえ込んで、ごり押し的に築地市場の豊洲移転を断行しようとしている。
これだけ酷い人間になると、他人を苦しめる事が善であり、国民が苦しめられていないと、為政者の怠慢に見えてくるのだろうか?
あの世に持って行ける訳でもないお金を、これ以上増やしてもどうしようもないだろうに、習い性となって、賄賂を手に入れるためだったら、どんな事でもしたくなるという事なのだろうか?
石原都知事が日本人が駄目になったと感じておられるのは、ご自分が駄目になったのを他人が駄目になったと、勘違いしておられるからなのではないだろうか?

福島県人を初めとして、日本中の人々を奈落に突き落とした原発の推進を言ったり、
平和志向を悪し様に言ったり、若い人たちの未来を何と思っているのだろう?
もしかしたら石原慎太郎は、老い先短い自分に、若い人たちを殉死させたがっているのだろうか?

それにしても「木霊の宿る町」のこの記事、読み応えがあった。

  追記
最初にご紹介しましたURLは、下記に変わっています。
http://onomar.jugem.jp/?eid=3765#sequel

政変を起こした中東各国の構図 

長州新聞の下記記事を紹介していただいて、やっぱりそういうことだったのかと思ったのでした。
どうしても辞めないカダフィーをやっつける為に、自国を攻撃して欲しいと、米欧に依頼するリビアの革命軍に、私は疑問を持たざるをえなくなっていました。
カダフィーが辞めないのは、一族のために権力を守りたい為でもあるでしょうけれど、
このまま成り行きに任せていたら、リビアも米欧に蹂躙され富を吸い尽くされる運命にあると思うから、
あくまでも抵抗する事に決めたのだろうと、私は考えを改める事にしました。
という事で、長文ですが、引用させて頂きます。

 政権転覆図り軍事介入も
 アメリカの常套手段          
 リビア 石油略奪と中東支配のため 
 
 2011年3月7日付


 チュニジアから中東・北アフリカへと広がった親米独裁政府打倒の大衆運動は、米欧とくにアメリカがこの地域の石油資源の確保のために軍事拠点を置き、新自由主義、市場原理主義で各国人民から富を略奪してきた中東戦略の大破たんを示した。ところがこのなかで、米欧支配層は国連からマスメディアを総動員して「自由・民主・人権」を叫んで、チュニジアやエジプトでは親米の軍部を使って新自由主義を実行する政府樹立を策動し、リビアに対しては「人権侵害」を口実に現政府の転覆を煽り、軍事介入の諸準備を進めて戦争も辞さない構えを見せている。それはイラン、中国に対する政府転覆の策動としてもあらわれている。
 オバマ米政府はエジプトの反政府デモが起こった当初は、「盟友」ムバラクをかばうため軍事弾圧も容認した。だが、反政府デモの勢いがもはや押しとどめられないと見るや、一転して武力弾圧を止めさせ、ムバラクに「デモの要求を受け入れる」よう迫り、しまいには「早く去るべきだ」といって退陣させた。「自由や人権」の理解者を装い、あとは親米軍部の「最高評議会」に実権を握らせて新たな親米政府をつくらせようとした。アメリカが口をはさむ前に親米大統領が追放されてしまったチュニジアへのアメリカの対応も、これと同様である。
 ところが、リビアに対してははじめから、カダフィ政府が東部の「反体制派」に武力弾圧をおこない、「人道危機」が生じていると騒いだ。米欧政府からマスメディア、国連安保理、国際刑事裁判所まで口をそろえて、政府軍の無差別空爆や「傭兵」による虐殺などで何百人、何千人が殺されていると煽り、現在の内戦状況をつくっている。
 米欧首脳が前面に乗り出して、「民間人への血なまぐさい、残虐な殺りくは許し難い」と非難し、国連安保理もリビア経済制裁を決議し、国際刑事裁判所も「カダフィと側近を人道に対する罪で訴追する」とした。
 アメリカは60年余りにわたって、イスラエルを手下にパレスチナを占領支配し、数知れない住民を虐殺してきた。米英がウソの口実で開始したイラク戦争で、100万人にのぼる無実の人民を殺傷した。アフガニスタンでは「対テロ」を理由に米軍やNATO(北大西洋条約機構)軍が今も毎日、無人機まで使って無辜(むこ)の民間人を好き勝手に殺している。
 なによりも第二次大戦における日本に対して、広島、長崎の原爆投下、沖縄戦、東京をはじめとする全国空襲など、住民への無差別殺人をやったのはアメリカである。
 過去の事例をあげるまでもなく、近年の事例をあげても、米欧の支配者にとっては、住民を虐殺することに反対ではない。かれらにとってリビアで住民弾圧することが問題なのではなく、別の目的があると見るほかはない。
 米欧支配者は歴史的に主権国家の転覆や戦争を仕掛けてきた。近年でいえば、1989年の東欧社会主義国の政変、中国の「天安門事件」などがあげられるが、それがいまなお現実に進められている。中国に対しては、チベットやウイグルでの騒乱を弾圧したことはけしからんとして非難するだけでなく、台湾や南海諸島の領有権をめぐる主張や軍備増強を「平和への脅威」として「仮想敵」に仕立てあげ、日本や「韓国」、オーストラリアなどを糾合して包囲網を形成、不断に軍事演習をやって戦争恫喝を加えている。
 中国政府がすでにかつての社会主義や反米の旗を投げ捨てて、資本主義の道に進み、アメリカの国債を買って財政危機を救い、アメリカの投資・商品市場となっていることはよく知られている。それでもアメリカは満足しない。現政府をもっと米欧のいいなりになる売国的な政府にとってかえ、アメリカのアジアでの覇権を維持しようとしているのである。
 それは米欧の対イラン政策にも共通している。1979年のイラン革命でアメリカの中東支配のかなめの一つであったパーレビ王朝が倒されたのち、イランは中東で反米の旗を掲げて、アラブ世界の反米感情に影響力を持っていることが、アメリカの中東一極支配の障害になっている。イランの核開発とか独裁支配をあげつらって、制裁とか「人権抑圧」と騒ぐ目的は、アメリカに従属する政府をでっち上げるためにほかならない。
 現に中東を見ても、アメリカは親米でさえあれば、アメリカの中東支配の障害にならなければ、王制であろうが独裁政府であろうがかまわない。むしろ石油確保のためには欠かせない。今回の反政府デモのうねりは、サウジアラビアやバーレーン、クウェート、カタールなど王国に波及している。オバマ政府はその親米王制を守るために、カネをばらまいて人民の食料品価格の高騰や貧富の格差への不満をかわすよう指図し、反抗が収まらなければペルシャ湾岸機構による軍事介入すら指示している。そこには、世界随一の産油国サウジがあるし、米海軍第五艦隊の司令部や中東最大の空軍基地があるからである。

 リビア近海に海兵隊400人を緊急派遣

 オバマ米大統領は3日の記者会見で、リビア情勢にふれ「カダフィは権力の座から去るべきだ」とのべ、「無防備の市民が重大な危機に陥る」事態となれば、「アメリカは迅速にフル稼働する能力がある」と軍事介入の用意があることを明言した。
 実際にアメリカはすでに、「避難民救出」などを口実に海兵隊400人を乗せた強襲揚陸艦2隻をスエズ運河を通してリビア近海に派遣した。原子力空母エンタープライズも、リビア周辺に展開するとも伝えられる。欧州諸国も「自国民救出」を理由に、ヘリ空母などの艦船や、戦斗機ユーロファイターなど軍用機をリビア周辺に派遣している。さらに、キプロスの英軍基地やイタリアの空軍基地を拠点に、リビア空域を空中警戒管制機で監視する態勢もとりつつある。
 また米欧政府は、カダフィ政府が「反体制派」の支配地域に空爆を加えることを阻止し、「人道危機を救う」ためといって飛行禁止空域を設定することを検討している。これは公然たる主権侵害であり、ゲーツ米国防長官がいうようにそのためにはカダフィ側の防空施設を破壊しなければならず、掛け値なしの戦争である。
 リビア東部を制圧したとされる「反体制派」がつくったという「暫定政府」は、アメリカに飛行禁止空域の設定とカダフィ政府の軍事拠点空爆を要求している。「反カダフィ派」と称するものは、本部をワシントンとロンドンに置く「リビア救国戦線」というCIA(米中央情報局)と直結していると伝えられる。
 リビア政府高官の発言として、「イギリス、アメリカ、フランスの特殊部隊が2月23日と24日に、軍事顧問団に率いられてリビア東部の港湾都市に派遣された」と、外国メディアが報じている。
 こうして米欧支配層はリビアの「人道危機」を口実に、公然たる軍事介入をおこない、カダフィ政府の転覆を画策している。エジプトやチュニジアでは、人民の反政府デモの力で独裁大統領が打倒され、米欧も見限らざるをえなかった。それとリビアとの違いがどこにあるのだろうか。
 リビアでは1969年カダフィをはじめとする青年将校団がクーデターで王制を打倒し、共和制を打ち立てた。欧米の石油資本から油田を奪い返して国有化し、国の最大の収入源である石油貿易収入の大半を国内経済と人民生活の改善につぎ込んだ。また、世界の反米運動と結びつき、中東ではパレスチナ人民の民族独立を支持し、イスラエルと対決した。
 そのためアメリカは、79年にリビアを「テロ支援国家」に指定し、86年には首都トリポリとベンガジを空爆し、カダフィの自宅まで爆撃。同年、経済封鎖を始めて、カダフィ政府の転覆を画策した。
 ところが、カダフィ政府は03年12月、突如として核兵器の開発と大量破壊兵器の廃棄を宣言し、査察を無条件に受け入れることで米英と合意した。国内市場を米欧に開放し、国際通貨基金(IMF)の構造改革プログラムを受け入れ、国営企業を民営化し、食料、燃料などへの政府補助金を削減した。
 この「改革・開放」、新自由主義と市場原理主義への転換を機に、米欧資本はどっとリビアに踏み込んだ。イタリアとの天然ガスパイプラインの開通をはじめ、イギリスとの軍事契約、石油資本との原油・天然ガス探査の契約なども結ばれた。09年3月には、アメリカと軍事条約を締結。「対テロ戦」や海域防衛の共同着手、軍事情報の交換、米軍兵器供与などについて合意し、アメリカの北アフリカでの「同盟国」となった。
 しかし、米欧支配者はまだ満足しなかった。リビア政府が原油などの所有権を売り渡さなかったことに象徴されるように国家主権、民族の独立を守る姿勢、資本主義国の政治体制と異なる人民代議機関という独自の政治機構を持っていることなどが障害となり、「改革・開放」のテンポが遅くなっていた。
 米日欧支配層の強欲な願望は、リビアをエジプトなどのような植民地・従属国にすることだった。リビアの民族主権を放棄させ、世界で8位、アフリカで最大の石油資源を略奪し、新自由主義と市場原理主義でリビア人民を搾取・収奪し、すべての富を奪い尽くすことであった。
 また、北アフリカから中東全域に広がりつつある親米独裁打倒の波を押しとどめるために、米欧のいいなりにならない国は容赦なくつぶすということを見せつけるため、リビアを血祭りに上げようとしているのである。
 今年に入ってからの中東・北アフリカを席巻した親米独裁政府打倒の大衆行動は、疑いもなく米欧の新自由主義が人民に失業と貧困、貧富の格差、食料品などの高騰をもたらしたことへの怒りの爆発であった。それは新自由主義と市場原理主義の大破たんにちがいない。
 だが、世界経済恐慌・金融恐慌にのたうち回る米欧支配層は、すんなりと引き下がるのではない。中東・北アフリカでも新たな政治的代理人をつくって、新自由主義を進め、石油・天然ガスの強奪や世界支配のための戦略的要衝を確保しようとしている。
 エジプトやチュニジアでは、親米の軍部に実権を握らせ、そのもとで大統領選や議会選挙の形をとった政府構想を進めている。国の権力の根幹は暴力であり軍隊・軍事力である。これをアメリカと売国反動勢力が握っていることが支配の根幹であり、大統領もその代理人にほかならないという関係を教えている。したがって反政府デモを主導した勢力に確固とした、人民主権の国家を樹立する構想と方針を持った指導勢力がないために、反抗は続いても米欧主導の政治プロセスを暴き、人民に方向を示すことができない。米欧から完全に独立した、自由で民主主義の国家を打ち立てるためには、人民大衆を真に代表し、歴史の進歩発展を代表する指導政党をつくり出す方向にすすまざるをえない。


血も凍るような話 

マスコミに載らない海外記事で、コソボの首相(ハシム・サチ)がセルビア人を殺して臓器を取り出して売る、臓器密売業者(その他諸々の悪事もやっているマフィア)のボスであるということを書いた記事を紹介しておられる。
国の最高権力者が臓器売買の元締めだったら、誰が人攫いや殺人者達を取り締まってくれるだろう?
恐ろしい、血も凍るような恐ろしい国にされて、コソボは放置されているのを、誰もどうすることも出来ないのだろうか?
ここに問題の記事をコピーさせていただく
   (引用)
コソボのサチ: 臓器密売業者2010年12月16日
長年にわたり広く知られていた、KLAが運営していた精巧な臓器摘出団の詳細が、1月15日に刊行された欧州会議の報告書によって確認された。“コソボにおける、人々に対する非人間的な処遇と、違法な臓器密売”報告書は、この州で最近再選された“首相”ハシム・サチを、ヨーロッパ中での、武器、麻薬、人間や人の臓器密輸を専門にする“マフィア的”アルバニア人集団のボスだと特定している。報告書は、サチの側近達が、戦後、セルビア人を、国境を越え、アルバニアに連れ出し、彼等を殺害し、彼らの臓器を闇市場で販売していたことを暴露している。更に報告書は、サチが十年間、ヘロイン取引を巡り“暴力的な采配”を振るってきたと非難している。

意図的な証拠隠滅 ─わが読者にはおなじみの、臓器密売疑惑は、長い間、大手マスコミにより“セルビアのプロパガンダ”と片づけられ、ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)元検察官カーラ・デル・ポンテが回想録で、この実情に関するあらゆる本格的捜査の開始を阻まれていたことを彼女が暴露した2008年始めまで、西欧では無視されていた。彼女はまた、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の現地捜査官達が、アルバニアの町Rripeの悪名高い“イエロー・ハウス”で没収した証拠の一部がハーグで破壊され、KLAや彼等を幇助した西欧の連中が、臓器密売の申し立てに対し、“証拠は無かった”と主張できるようにしてしまったことも衝撃的に暴露した。


2008年4月、デル・ポンテの暴露をきっかけに、17ヶ国の欧州議会議員が、欧州議会で疑惑を調査することを要求する決議動議に署名した。案件は欧州議会の法律問題・人権委員会に付託され、同委員会は、2008年6月、スイスの議員ディック・マーティーを報告者として任命した。彼はCIAが、ヨーロッパで、テロ容疑者を誘拐し、監禁したという告発の捜査で、国際的名声を獲得している。


“本物のテロ” 前書きの中で、マーティーは“この任務の並ならぬ困難さ”のいくつかを明らかにしている。十年前に起きたとされている行為が、対象の領土に対する管轄権を持つ、いずれの国家、国際当局によっても、適切に調査されていなかったのだ。更に、マーティーは続けている。


… コソボ紛争の事実を明らかにし、戦犯を懲罰するという努力は、一方の側は犠牲者で、もう一方の側が加害者だという暗黙の憶測に基づいて、主として一つの方向に集中していた。以下で述べる通り、現実はずっと複雑であるように思われる。コソボのアルバニア人社会の構造が依然として極めて部族指向であり、本当の市民社会というものが存在していない為、現地の情報源と接触を確立するのは極端に困難だ。これは、往々にして、正真正銘のテロと言えるほどの恐怖によって、一層悪化してしまった。我々への情報提供者の中にも、我々の調査の主題を切り出すやいなや脅された人々がいるのこの恐怖は我々も目撃している。国際機関の代表達の中にさえ、こられの真実に取り組むのをいやがっていることを隠さない人々がいた。“過去は過去だ”我々はそう言われてきた。“我々は将来に心を向けなければならない。”と。


サチの組織犯罪とのつながりは、彼のドレニツァ・グループがKLA内部で主流派となった1990年代末にまでさかのぼると報告書は書いている。1998年までに彼はアルバニア国内でも“大半の違法な犯罪的企業”を支配するようになった。サチとドレニツァ・グループのメンバー四人は、直接、暗殺、監禁や打擲の罪を犯していると名前を挙げられている。


十年以上にわたる秘密報告内容の中で、麻薬密輸と戦っている少なくとも五ヶ国の機関が、ハシム・サチや、彼のドレニツァ・グループの他のメンバーが、ヘロインや他の麻薬取引で、暴力的采配を振るっているとして、名前をあげており… サチやこうしたドレニツァ・グループのメンバーは、コソボ組織犯罪のマフィア的構造にかかわる諜報報告書の中で、終始“中心的存在”として名前をあげられている。これらの多様で、膨大な報告書を、驚愕と道徳上の憤りを感じながら、私は調査した。


国際社会はKLAによる戦争犯罪を無視することを決め込み、セルビア人や、セルビア人に協力したとして非難されたロマ人(いわゆるジプシー)や、アルバニア人に対し、サチの部隊が残忍なテロ作戦を遂行するのを可能にしたと、マーティー言及している。1999年6月12日、KFOR軍兵士の到来以後、彼等のおよそ500人が“行方不明になった。 ”約100人がアルバニア人で、残り400人の大半はセルビア人だった。こうした民間人の何人かは、KLAにより北部アルバニアの様々な場所で、秘密裏に監禁され、“最後に行方不明となる前に、冷酷で、恥ずべき扱いをうけた。”と報告書は書いている。捕虜は臨時監獄で、性、年齢、健康と出身民族に基づく、臓器取り出しの適性を“振り分けられた”。彼等は終点である、ティラナ空港に近いFushe-Kruje近傍の簡易診療所へと送られた。


移植医が仕事場について、手術準備ができていることが確認されると、捕虜は‘隠れ家’から個別に連れ出され、KLAの殺し屋により即座に処刑され、彼等の遺体は手術を行う病院へと迅速に運ばれた。


誰も手がだせないサチ─報告書は、刑務所や、そこに収容されていた人々の運命に対して、サチのドレニツァ・グループが“最大の責任を持っていた”と述べている。報告書は、サチを含めた、コソボの幹部アルバニア人の責任追及に固執せず、KLA元幹部を効果的に起訴する、という意思の欠如という点で、コソボの独立を支援した諸政府を批判している。“サチに与えられた、そのような大国による外交的、政治的支援が、サチ自身の心の中に、自分には誰も手がだせないのだという感覚”をもたらした。


“犯罪人と、幹部政治家や公務員との癒着の徴候は、無視するには余りに目に余り、深刻だ”が、“地域を担当する国際的当局は、こうした状況を詳細に調査することが必要だとは考えなかった、あるいは、余りに不完全かつ表面的に調査した。”とマーティーは結論している。


マーティーが報告書をパリの欧州会議に、12月16日に提出した後、報告書はストラスブールの欧州議会で1月25日に討議されることになっている。


マスコミの反応─マーティー報告書刊行から数日のうちに、彼の暴露を、1999年のセルビア人に対するNATOの戦争、アフガニスタンとイラクのためにこの戦争が作り出した前例、現在の“コソボ”社会の本質、といったより広範な問題と結びつける、無数の素晴らしい記事が、ヨーロッパの大手マスコミに掲載された。


ガーディアンのニール・クラークは“リベラルな介入の神話”を激しく非難している。トニー・ブレアの言う“良い”戦争どころではなく、ユーゴスラビア攻撃は、イラク侵略同様、誤りだと彼は書いている。


これは多くの左派リベラルが受け入れた作り話だったのだ。1999年、ブレアは、アメリカに借りのある、戦争挑発屋の二枚舌政治家ではなく、民族浄化に反対の態度をとる道徳的な指導者と見られていた。だが、もしも西欧がバルカン半島諸国で道徳的に行動したい、コソボの人々を保護したい、と望んでいたのであれば、セルビア人との戦争以外の解決策や、コソボ政界で最も暴力的な集団たるKLAを支援する以外の選択肢もあったのだ … そうはならず、敵意に満ちた反セルビア的な態度から、西欧は一層極端な姿勢をとり、クリントン大統領のコソボ特使ロバート・ゲルバードさえもが“全く疑問の余地がないテロ集団”だと表現した組織に加担したのだ。


1998年、ベオグラード政府との紛争がエスカレーションに至ったのは、KLAの暴力作戦ゆえであることを、クラークは指摘している。“1999年3月NATOとの戦争勃発は、セルビア政府が悪かったからだと聞かされてきた”が、イギリス国防相のギルバート卿が“ランブイエ [戦争の前に行われた国際会議]で、ミロシェビッチに突きつけられた条件は全く目に余るものだった…それは極めて意図的だった。”と認めていたことを彼は言い足している。それから、NATO占領が行われ、その下で、南コソボの推計200,000人のセルビア人や他の少数派や、自治区の首都プリシュティナのセルビア人ほぼ全員が自宅から強制退去させられた。しかしイラク戦争が信用を失ってしまったのだ。クラークはこう結論づけている。


そこで“リベラル介入主義”を支持する連中にとって、コソボは、ある意味で成功だったという話を宣伝することが一層重要となった。KLAの犯罪に関する欧州会議報告書は、そういう立場を維持するのを、ずっと困難にする。そこで、もし人々を、将来のあらゆる西欧の“リベラルな介入”に関し、より懐疑的にする役割を報告書が果たせば、それは大いに歓迎すべきことだ。


トニー・ブレアには、何人か大いに奇怪な友人がいるが、人間の臓器を商売にする怪物は、群を抜いていると、スティーブン・グローバーはデイリー・メイルで書いている。報告書により、コソボ首相は、腐敗して機能不全な国家を統轄している主要戦犯として描かれているとグローバーは言う。1999年3月、セルビアに対する猛攻を開始し、250,000発の爆弾を投下し、推計1,500人の無辜の民間人を殺害した後、まさにこのサチと、いわゆるコソボ解放軍内の彼の仲間が、アメリカとイギリスによって権力の座に据えられたのだ。


これは、ブレアにとっての最初の大きな戦争であり、これが、それに続く西欧のイラク侵略への地ならしをしたのだ。重大な違いは、左翼全般と、とりわけ自由民主党が、サダム・フセインに対する戦争には反対だったのに対し、ビル・クリントン大統領を、セルビア壊滅のため、ブレアに協力してくれるよう説得した際、両者ともブレアの主な応援団だったことだ。


ハシム・サチのKLAが犯した残虐行為をロンドンもワシントンも無視しがちで、“あの段階では、ブレアもクリントンも戦争を望んでいたので”セルビア人に、到底受け入れられない過酷な条件を突きつけたのだと、グローバーは結論づけている。


もちろん、それも、大半のマスコミがトニー・ブレアが悪事を働くはずなどないと見なしていた昔の話だ。1999年の軍事的成功により、イギリスは、アメリカ合州国に次ぐ世界第二の警察官の役割を果たせるし、果たすべきなのだと彼は確信した。この救世主的な調子は、2001年の労働党大会での演説に反映していた。‘万華鏡は振られたのだ。… 我々の身の回りの、この世界を整理し直おそうではないか。”と彼は熱弁を振るった…コソボで起こったことが、それに続いて起きたイラクとアフガニスタンでの出来事を方向づけるのに役立った。‘解放された’コソボが、今や破綻した、ギャング国家になったというのは、実に皮肉なことだ…ブレアの救世主的必然性から、道徳的に双極性のトニー・ブレアは、世界を‘良い子’と‘悪い子’とに分けるのがお気に入りで、自分自身をおこがましくも前者の側においていた。次から次へと戦争を生み出してきたこの人物が、あげくの果てに、自由の金メダルを、臓器売買をしていた怪物から受章する羽目になった、というのは、いかにも似つかわしい。


アメリカの被害防止対策と自己検閲─ こうした解釈は、アメリカ大手マスコミの薄弱で及び腰の報道とは、何光年もの距離にある。例えば、シカゴ・トリビューンは、欧州会議報告書そのものに関する記事を掲載するには適任ではないと判断したのだろう。代わりに、欧州連合に対し、事実上の論拠に疑念を呈し、コソボ“政府”はディック・マーティーを名誉棄損で訴える予定だという、報告書に批判的な記事を二本掲載した。十年前、サチと彼の相棒連中を利するよう、戦争をしかけたビル・クリントンの知恵やら、それが良い戦争であったという神話を今日まで永続化していることに関し、主要日刊紙一紙たりとも、一言の疑問も記事にしていない。


もちろん、サチ、別名“スネーク”が犯罪人であり戦犯でもあるというのは決して目新しいことではない。興味ある疑問は、ヨーロッパ側の一体誰が、彼の“誰も手がだせない”立場を、何故、今、終わらせたかったのだろうか?彼の主たる幇助者、教唆者であるアメリカ政府は、一体これに対し、どうするつもりなのだろう?


当然ながら、12月14日、サチの“政府”は、“根拠がなく、中傷的である”として報告書をはねつけた。同日、ハシム・サチは、オバマ大統領への電報に“リチャード・ホルブルックの逝去で友人を喪失しました。”と書いた。“スネーク”はワシントンには他にも多数友人がいる。例えば、アメリカが率いた対セルビア戦争最盛期の1999年当時“アメリカ合州国とコソボ解放軍は、全く同じ人間的価値観と理念のために戦っている … KLAのために戦うことは、人権とアメリカ的価値観のために戦うことだ。”と宣言したアメリカ上院議員(そして現在はWikiLeaksの敵)ジョセフ・リーバーマン。アメリカ高官と一緒に写ったサチの写真は、事実上、過去12年間にわたる様々な政権の紳士録だ。ビルとヒラリー・クリントン、オルブライト、ブッシュ、ライス、バイデン、ウェスリー・クラーク…


サチを幇助したアメリカ人連中や、その手先のマスコミは、超党派の被害限定対策に既に乗り出している。その二本柱は、報告書は薄弱な事実証拠に基づいているという主張と、個人的にディック・マーティーの信用を落とし、欧州会議を議論するだけで行動に移さない見当違いな委員会呼ばわりする企みだ。


著者について


外交問題専門家のスルジャ・トリフコビッチ博士は『The Sword of the Prophet』とa『Defeating Jihad』の著者。彼の最新刊は『The Krajina Chronicle: A History of the Serbs in Croatia、Slavonia and Dalmatia』。


記事原文のurl:www.chroniclesmagazine.org/2010/12/16/kosovo%E2%80%99s-thaci-human-organs-trafficker/

石原慎太郎の外道ぶりは、日本の縮図に過ぎなかった 

独りファシズムのwhite riot - a riot of my own  の記事に、石原都知事のことを外道と書いておられたが、この外道ぶりは石原都政だけでなく、日本の政治そのものの姿であるらしい。
だからあの石原慎太郎の傍若無人な都政に、日本政府は何も文句が言えないのだろう。
と言うより、外道仲間として助け合っているからなのかもしれない。

この「外道」という言葉に、私は「まさしく!」と思った。
彼等をを形容するのに、「外道」程ぴったりな言葉があるだろうか?
「独りファシズム」の記事を、下に引用させて頂きます。
    (引用)
white riot - a riot of my own 
2010/12/20 21:56
2年前、日比谷の年越派遣村のニュースを見たときには、日本の貧困もここまできたのかと暗澹たる思いでした。非正規労働者というのはリスクバッファー、つまりは固定費の調整弁であり、景況が悪化すれば数十万人どころか数百万人規模で一斉に大量失業者を生むということは最初からわかりきっていたことです。メディアはサブプライムを発端とした世界不況の余波みたいな論調でしたが、直近の元凶は言うまでもなく04年の派遣労働法改正、製造業への派遣労働者解禁です。また当時は偽装請負や事業委託というスキームによって中間業者が6割近いピンはねを行う凄まじさで、大企業から中小零細企業に至るまで常識はずれの違法就労が横行していました。社会保険も労働法も適用されず、派遣や期間工よりさらに劣悪な待遇を強いられる、文字通り使い捨て労働者を数十万人規模で大量生産していたわけです。幾度もエントリーしたとおり、これによって企業の内部留保は僅か5年少々で倍の400兆円規模に膨れ上がり、人材派遣会社の売り上げは3倍の6兆円規模にまで業容を拡大したわけですから、国際的な価格競争維持のためやむなしというのは詭弁であり、官民癒着で労働者のピンはねを合法化していただけの話です。

人件費流動化による固定費削減が喫緊であったのなら、EUなみに派遣事業者のマージンを10%以下に制限(日本は40%のピンはね率でしたから)、失業給付期間を複数年度の大幅延長するなど法整備すべきであったに拘わらず、真逆にセイフティネットを根こそぎ取っ払ってしまったわけです。現在、設備投資や運用にも回せず現金として企業が抱える内部留保は200兆円とのことですから、これらの余剰金はいっそベーシックインカムとして失業給付金を支給しておいたほうがよかったでしょ。いまどき失業すると、半年や1年で次の職なんかみつかりませんから。社会末端まで金が回り個人消費の落ち込みやデフレを回避でき、乗数効果により最終的には企業側もリターンを回収できていたわけです。利回りを生まない資本が数百兆円も滞留し腐敗する一方、生活保護世帯は200万近くに爆増し、国も自治体も財政難と税収不足に陥り、結果、増税と社会保険料の引き上げに依拠するというスパイラルですから国策もクソもありません。100年以上前、ヘンリー・フォードが看破していたように、労働者は消費者であり、労働者を厚遇するほど消費力が増し、社会全体に金が還流するという言説は、まっとうなロジックだったわけです。まして、日本国GDPの60%以上は個人消費が占めるわけですから、一般労働者が金を使わないとうことは経済の死を意味します。

今年から年越派遣村に対する助成は行わないと石原都知事が表明しているとのことですが、こいつはどの面下げてこんなことが言えるんでしょうかね?新銀行東京の資本金1000億円が杜撰な与信システムにより縁故融資やヤクザ絡みの金融ブローカーに蚕食されほぼ全額が毀損しているのは周知のことです。が、もともとこの原資が特定難病者と高齢者への各種福祉や行政サービスを削って現出させたものであることはあまり知られていません。打ち切りを通告された際には、都庁前でこれらの方々が不自由な身体で座り込みのデモを行っていましたが、殆ど報道されることもありませんでした。本来なら石原が瑕疵を認め私財を供出し補填するのが道理でしょうが、そんな殊勝な心持などあるはずもなく、渦中においては1.2億円もの公費を使い欧州で大名旅行をしている始末ですから外道も極まりです。弱者はとことん虐げられ、強者はどこまでも貪る、ということです。

ゼロ金利政策がとられ久しくなりましたが、これはもともとバブル期に不動産投資で莫大な不良債権を抱えた銀行救済の措置でした。住専がらみの乱脈貸付が表沙汰になり四半世紀ちかく経ちますが、その残債処理はいまだ‘預金者と納税者負担’という形で継続しています。ざっと試算してもゼロ金利政策施行以後の10年間、一般預金者が本来受け取るはずであった金利損失は200兆円に上ります。つまり、銀行はゼロコストで資本調達し貸付金利が丸々粗利になっていたわけです。その上法人税が延々と減免されていたわけですから、世界中探しても日本のメガバンクほど楽にぼろ儲けできる商売はないでしょ。ちなみに住専の不良債権のうち実に60%ちかくがヤクザ絡みの貸付でした。ケツを拭くのは結局庶民ですから、石原銀行の一件は日本国の縮図、フラクタルみたいなものです。

税制改革で来年以降、各種控除は廃止され、増税ラッシュ、消費税10%引き上げとか謳っていますが、どうにもならないです。管政権は近々に瓦解するでしょうが、岡田か前原が代表になったところで、聖域化された特別会計、特殊・公益法人など外郭団体、天下り、公務員の過剰給与、財政投融資など官僚の既得権益が俎上に上がり、これらが縮減されることはおそらくありません。支配勢力は完全に閣僚を取り込んでいます。この状態においては、いくら増税したところで穴の開いたバケツに水を注ぐようなもんです。つくづく卑しいと思うのは消費税です。繰り返しますが、これは竹下政権下、将来の少子高齢化に備え社会保障費の補填原資とする「養老税」という大義でしたが、導入後には反故となり一般財に組み込まれました。本来の目的に沿ってプールしておけば、少子高齢化社会となった現在、200兆円規模の補填財源が確保できていたわけです。徴収税額相当の金が大企業減税、輸出払戻還付に充当され続けていますから極めて利権誘導性が高い、事実上の「斡旋利得税」です。経団連が主導し消費税10%引き上げを煽っているのは、こうした背景ありきですから、全くふざけた話しです。

国・地方の税収60兆円全額が公務員と‘みなし公務員’の給与に充当され、防衛予算の2.4倍相当、実に12兆円が天下り補助金と化し、ネット国家予算240兆円が国債と財投債の莫大な借財でまかなわれていると、危機的な財政運営について幾度もエントリーを行ってきましたが、これに対し「公務員が過剰に給与をもらっても、その分は消費に回されるから問題ない」という趣旨の反論メールを頂きました。(公務員の方でしょうか?)僭越ですが、結果として医療、教育、社会保障に社会資本が配分されず、過剰な貯蓄性向と消費抑制が経済縮小をもたらしているわけですから、自分はトンデモナイことだと確信しております。マスコミは厳として報道しませんが、新規国債とは別途、過去の国債償還と利払いのため約100兆円の借換債が10年連続発行されています。新規国債、財投債、借換債、これら総計、実に160兆円規模の公債を発行しているわけですから、今後さらなる社会保障、教育、医療、行政サービスの縮減は規定路線であり、苛烈で不平等な税制度改革が盛りこまれるでしょう。

しかし、工場でずっとマジメに働いた挙句クビ、目腐れ金すら与えられずに年末の寒風吹きすさぶ街へ追い出され、為政者からは社会のクズ扱い。これがもしEU、イギリスやフランスあたりだったら、とっくに元労働者は暴徒化、焼き討ち騒ぎを起こし、警官隊と衝突とかになってるでしょ。日本人の異常な従順さ、てのは畜群道徳主義者の教育成果なんでしょうか?時代の法には触れようとも、憤怒のエネルギー、義憤の爆発こそが社会を変革させる原動力に他ならない思うんですけどね........。

ちちんぷいぷいの動画を載せた記事について 

昨日書きました「ちちんぷいぷい」での、野中広務さんの発言動画を載せた記事が見つかりましたので、
ご紹介しておきます。http://blogs.yahoo.co.jp/higasitoyokazu/52429312.html
私は動画をブログに載せる方法が分かりませんので、あちらでごらん頂けたらと存じます。

偽善者キツィこのブログより

野中広務が再び爆弾発言
①米国が内政干渉で鳩山道連れ辞任を命令!!!?~日米首脳会談を拒否して、普天間の問題は辺野古と決めろと米国がニホンの首相に命令!!!?~ 傑作(0)
米国が内政干渉で鳩山道連れ辞任を命令!!!?~日米首脳会談を拒否して、普天間の問題は辺野古と決めろと米国がニホンの首相に命令!!!?~【簡易版】
鳩山政権は自民党伝統の対米従属に屈する!? ニホンの一般市民を40万人以上大量虐殺した悪の枢軸米国と対峙した三島由紀夫の精神は何処へ
毎日放送『ちちんぷいぷい』-平成22年07月14日 出演:角淳一・石田英司・未知やすえ・桂吉弥・小藪千豊・名越康文・野中広務(他)

鳥の先祖は恐竜? 

足跡化石は鳥類祖先=始祖鳥より前、恐竜進化説を補強
岡山の博物館が83年に発見
 林原自然科学博物館(岡山市)は2日、モロッコ・アトラス山脈のジュラ紀前期(約1億9000万年前)の石灰岩層で1983年に石垣忍副館長が発見した恐竜の足跡化石が、鳥類の祖先とされるドロマエオサウルス類のものと考えられると発表した。
 これまでドロマエオサウルス類の骨や足跡の化石は、最初の鳥類とされる始祖鳥の化石が見つかったジュラ紀後期(約1億5000万年前)より新しい時代のものしか見つかっていなかった。国立科学博物館の対比地孝亘特別研究生=古脊椎(せきつい)動物学=は「ドロマエオサウルスが始祖鳥より古くからいた証拠で、鳥類は恐竜から進化したという仮説を補強する」と話している。(2010/07/02-20:49)


まだ鳥類は恐竜から進化したという仮説を補強するとしか言えないらしいけれど、
多分間違いないのではないだろうか?
素人目にはトカゲなどは恐竜を超小型化したもののような気がするけれど・・・・・

ところで人間の一部が1億年か2億年後まで、生き延びていて、
「どうやらこれは、人間の子孫らしい。」と言われる世の中がやってくるのだろうか?

その研究を発表している新人類は、知的頭脳だけでなく、徳に於いても優れた生物で、
かつて地球上を覆う程の勢力を持っていながら、
あっけなく滅んでしまった人類の歴史が解明されてから、
彼等は人類の二の舞をしないようにとの戒めを心に刻んで、
地球環境を大切にして、自然の恵みを仲良く皆で分け合い、互いに助け合って、
何時までも幸せに暮らしていきましたとさ。

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